6 キツネ・タヌキ・アナグマの分布

池田  啓・小野 勇一

1 はじめに

 キツネ・タヌキ・アナグマは,第2回自然環境保全基礎調査1979年度の哺乳類分布調査の集計結果では3種とも高い生息区画率を示していた。

 明らかとなった点を整理してみると,1)平野部では3種とも生息区画が少なく,高山地域も生息区画率が低かった(山岳地帯は生息情報が得られにくいことにもよる)。2)都市化の進んだ地方,特に関東において3種とも絶滅区画率が高くなっていた。

 さらに,キツネは四国,九州において生息区画率が低く,タヌキは北海道で低かった。アナグマは他の2種に比べより低い生息区画率を示しており,北海道に自然分布していないほかは,全国同様な生息区画率であった。なお,沖縄にはこの3種とも自然分布していなかった。

 これら3種の中型哺乳類は,クマ(ヒグマ,ツキノワグマ),シカ,イノシシ等の大型獣のように分布が偏在しておらず(前回調査報告書の分布図を参照),全国的にほぼ一様な分布状態を示している。この事は,彼らが雑食性であることなどから,シカで見られる積雪などの環境要因によってさほどその分布が制限されていないことを意味すると考えられる。一方,その生息域が人里に近いことから,人間活動の影響を強く受ける種であるとも言えるであろう。

 したがって,キツネ,タヌキ,アナグマについては,3種の自然分布の様式を明らかにする事に加えて,都市化の進んだ地域における分布,減少の過程を把握する必要があるだろう。この点を考察するために,生息区画率の高い県,絶滅区画率の高い県等を選び,幾つかの項目について比較をおこなった。

2 結   果

(1)分布様式

 今回は,3次メッシュ(1×1km)により生息区画数を得ているが,この区画数を前回,5×4kmメッシュで得られた生息区画数で割った値は,生息情報の確かさを示すと考えられる。すなわち,5×4kmメッシュで生息とされた区画が3次メッシュに分割された時,多くの区画が生息区画であればこの値は高いものとなり,生息も確かなものと考えられる。また,この値は生息密度をそのまま反映するものではないが,生息密度が高ければ情報数も多くなるであろうから分布が疎であれば低く,集中していれば高い傾向を持つであろう。

図1 3次メッシュでの生息区画数/1次メッシュでの生息区画数

 
植生タイプ 格タイプが占
める区画率
キ ツ ネ タ ヌ キ アナグマ
シンリン9 59.78% 57.74% 63.30% 73.81%
シンリン6 15.85  24.67  24.08  19.30 
シンリン3 11.73  12.44  9.93  5.67 
そ の 他 12.64  5.15  2.69  1.22 
  100.00  100.00  100.00  100.00 

図2 キツネ,タヌキ,アナグマの植生選択度

 キツネ,タヌキ,アナグマについて,全国の総生息区画数で求めたこの値はそれぞれ,2.69,3.20,2.32であった。したがって前回の調査でアナグマの生息状況は,キツネ,タヌキに比べ過大に評価されたと言っていいだろう。図1には都道府県別に求めたこの値のヒストグラムを3種毎に示している。アナグマは2をモードとして低い値に各県が集中しており,全国一様に疎な分布をしていると考えられる。キツネ,タヌキは県毎でバラつきが多い。

 次に,これら3種の分布様式を検討するために,植生(森林)をその被度により4つのタイプに分け,生息区画との重ね合わせをおこなった。植生のタイプ毎について生息区画数がその種の全生息区画数に対して占める割合を図2の中に記した表に示してある。この値は,植生の各タイプの面積に影響されるので,以下の式により補正しこれら種の植生選択度とした。この式でrはある植生タイプに重なった種の生息区画数のその種の全生息区画数に対する割合(図2中の表に動物毎に示したパーセンテージ)とし,Nは各植生タイプが総調査区画数に対して占める割合(図2の表のA)とすると

で示される。もし,あるタイプの植生を全く利用しなければこの値は−1となり,その植生ばかり利用していれば1となる。0の場合には,選択していないということになる。

 図2にキツネ,タヌキ,アナグマについてこの値をグラフで示してある。3種とも特に選択的に良く利用する植生はみられないが,キツネ,タヌキは森林度6(森林率が70〜40%)に若干高い値を示している。森林その他(森林率10%以下)は3種とも忌避しておりアナグマで特にその傾向が強く,アナグマ,タヌキ,キツネの順となっている。この傾向から,アナグマは森林率40%以下の所は生息適地ではなくより森林棲と考えられ,一方キツネはかなり森林率が低くても生息すると言えるだろう。キツネは,耕地,牧草地などでの観察例も多く,ここで得られた結果は,最近次第に明らかにされているこれら3種の生態からも支持される。これら3種は,前回報告書でも記したように,概して人里近くに生息する動物であると言えよう。

(2)生息の現状

 3次メッシュによるキツネ,タヌキ,アナグマの生息区画総数はそれぞれ26,322,31,413,13,631,であった。また国内全区画に対する割合は,キツネ,6.76(%),タヌキ,8.07(%),アナグマ,3.50(%)でタヌキ,キツネ,アナグマの順で生息区画率が高かった。絶滅区画数(率)は,キツネ,2,597(0.67%),タヌキ,1,694(0.44%),アナグマ,1,132(0.29%)であった。

 県毎の生息区画数,絶滅区画数は付表に掲げてある。この表の各県別の生息・絶滅区画率をプロットしたのが図3(キツネ),図4(タヌキ),図5(アナグマ)である。この図をもとに各県別の生息情況がタイプ分けできる。

<キツネ>

 生息区画率が10%以上で絶滅区画率が1%以下の県は1府12県であった。特に生息区画率の高い県は,京都(26),奈良(29),岡山(33),山口(35),佐賀(41),大分(44)であった。逆に,絶滅区画率が1%を越す県は1都1府11県であり,そのうち絶滅区画率が高く生息区画率の低い県は,秋田(5),埼玉(11),千葉(12),東京(13),石川(17),大阪(27),和歌山(30),福岡(40),宮崎(45)であった。佐賀(41)は生息区画率,絶滅区画率ともに高かった。

 生息区画率,絶滅区画率ともに低い県は,本種の自然分布しない沖縄(47),徳島(36),愛媛(38),高知(39)の四国地方と鹿児島(46)であった。これらに加えて,茨城(8),香川(37),長崎(42)が生息区画率の低さで,神奈川(14),新潟(15),滋賀(25)が絶滅区画率の高さで問題の残る県と言える。

図3 キツネ絶滅―生息区画

<タヌキ>

 図4に示したタヌキもキツネと同様に右下がりの傾向が見られた。

 生息区画率が10%以上で絶滅区画率が1%以下の県は1府13県であり,山形(6),奈良(29),島根(32),山口(35),佐賀(41),大分(44)が生息区画率の高い県であった。絶滅区画率が1%以上の県は1都6県であり埼玉(12),千葉(12),東京(13),石川(17),大阪(27),熊本(43),で,キツネと同様に都市圏に集中している。これらに加え,滋賀(25),福岡(40)の絶滅区画率が高い。また,茨城(8),栃木(9),神奈川(14),静岡(22),香川(37)も生息情況に不安が残る。

 自然分布しない沖縄(47)以外に,北海道(1),愛知(23)は,生息区画率,絶滅区画率ともに低い結果が得られた。

図4 タヌキ生息―絶滅区画率

<アナグマ>

 アナグマは,キツネ,タヌキとは異なり,ほとんどの府県が生息区画率10%以下,絶滅区画率1%以下に集中した(図5)。この事は,前述したように,全国的に生息が疎でなおかつ地域差がないためであると思われる。また,この種が森林棲であるため情報が得にくいことも考えられる。ただ,中型獣3種の中ではその生息情況に特に注意を払わなければならない種と言える。

 強いて生息情況の良い県を挙げれば,山形(6),福井(18),奈良(29),島根(32),佐賀(41)となる。埼玉(11),千葉(12),東京(13)は,絶滅区画率が高い。

図5 アナグマ絶滅―生息区画

(3)生息情況と植生の関係

 キツネ(図3),タヌキ(図4)で示されたように,生息区画率の高い県は絶滅区画率が低い傾向にあった。また,絶滅区画率の高い県は概して都市化の進んでいる地域であった。このことは,生息区画率,絶滅区画率ともに森林率とその面積に密接に関連していることを示唆している。

<キツネ>

表1 キツネの生息・絶滅・森林区分‘その他’の区画率

 表1には生息区画率の高かった1府5県と絶滅区画率の高かった1都1府7県のそれぞれの区画率と森林率10%以下の区画率を示している。生息区画率の高かった府県は森林率10%以下の区画が少ない。また,3次メッシュを5×4kmメッシュで割った値も高く,確かな生息情報が得られている。ただ前述したように佐賀だけは絶滅区画率も高い。森林率10%以下の区画率が高く,メッシュサイズにより生息区画数を比較した値も高いことから,佐賀県では,平野部では絶滅傾向にあるものの山地において多くの地域で生息が認められることを示しているだろう。図6に最も生息区画率の高かった山口の森林分布と生息区画分布を重ねたものを示しているが,生息区画は全県を被っている。

 絶滅区画率の高かった都府県の森林率10%以下の区画率は生息情況の良い県に比べ高く,埼玉,東京,大阪,千葉,福岡の順となる。これらの地域は平野部が多いこと,そして都市化が進んでいるために生息が不適で絶滅区画率が高くなったと考えられる。埼玉は,3次メッシュと5×4kmメッシュで生息区画数を比較した値が高くなっている。このことは,関東平野では絶滅の傾向を示し飯能―本庄を結ぶライン以西では逆に生息が集中して,生息域に地域的な偏在があることを示している(図7)。

 秋田,石川,和歌山,宮崎の4県は森林が多いにもかかわらず絶滅区画率が高い。石川は,キツネの絶滅区画率の中で最も高い値を示している。絶滅の過程についての分析は次項でおこなう。

図6 電算機うち出しによるキツネの分布と森林の分布(山口県)

図7 電算機うち出しによるキツネの生息,絶滅分布図(埼玉県)

図8 キツネの森林率区分とキツネの生息区画数との関係

 一般に平野部の多い都府県は絶滅区画率が高く生息区画率が低い傾向がみられたが,各々の県でキツネがどの様な地域を利用しているのか,前記した植生選択度を用いて調べた(図8)。

 生息区画率の高い県は図2に示した全国の総生息区画数で得られたパターンによく似ており,森林区分‘6,3’のあたりにピークを持ち,森林区分‘その他’がマイナスとなる山型を示した。これらの県では,キツネが安定した土地利用情況(言いかえればキツネ本来の生息場所利用)を示していると言えるであろう。

 絶滅区画率の高かった県のパターンは3つに分類することができる。森林区分‘その他’の区画率が高い東京,大阪,埼玉では,右下がりのグラフとなっており、キツネが本来の生息場所を都市化によって追われ,森林率の高い地域に生息場所を制限されたと考えられる。福岡,秋田,和歌山,宮崎は,生息区画率の高い地域のパターンと類似している。これらの地域は森林区分‘その他’の区画率も低く,何らかの別の要因で絶滅区画率が高くなったものと思われる。ただ,福岡だけは都市化も進行しているので前記した都府県への移行過程と考えられるだろう。

 千葉,石川はここまで見てきたパターンとは違った様子を示している。千葉は森林区分3にピークがあるが他の区分ではマイナスの値となっている。石川は右下がりの傾向を示しているが,森林区分9,6での値も0に近い。千葉については,森林区分‘その他’が比較的高いこと,生息区画率が低いことなどからかなり以前から絶滅が進行したものと考えられる。

<タヌキ>

表2 タヌキの生息・絶滅・森林区分‘その他’の区画率

図9 タヌキの植生選択度

 キツネと同様に表2,図9にタヌキの生息区画率と植生との関連を示してある。

 生息区画率の高い各県は,森林区分‘ソノタ’の占める割合が少なく,3次メッシュと5×4kmメッシュの割合も高いものとなつている。佐賀県はタヌキにおいてもいくぶん絶滅区画率が高い傾向にあり,平野部で疎,山地で集中した分布様式をとっているものと考えられる。

 絶滅区画率の高い都府県はここでも平野部が多い傾向を示しており,タヌキの生息域もまた都市化の進行と密接な関連がある。なかでも,埼玉,東京,大阪はキツネと同様にこの傾向が顕著である。また,埼玉の比較的高い生息区画率は,分布の地域的偏在によるものと言える。千葉は,上記の都市化の進んだ都府県に分類されると思われるが,生息情報がそれら都府県に比べ粗いのは別の要因があるのかも知れない。熊本,石川は森林区分‘その他’の率が低いにもかかわらず絶滅区画率が高い。

 植生選択度の傾向は,生息区画率の高い県では,森林区分‘6’にピークを持つ山型であった。キツネと似たパターンを示しているが,森林区分‘3’での値が多くの県でマイナスとなっており,キツネよりはより森林棲の傾向を示していた。絶滅区画率の高かった県では,森林区分‘9,6’での値の上昇がみられ生息地が都市化により森林部へ追われる傾向が示されている。また,石川,熊本の傾向は生息区画率の高い地域のパターンに類似しており,都市化の影響は少ない。

 ただ,生息区画率の高い地域と絶滅区画率の高い地域のパターンにはキツネほど顕著な差がみられない。また,都市化した東京,大阪では森林区分‘3’でプラスの値を示している。これらのことは,タヌキは都市化の進行にキツネよりは耐性があり,都市近郊でも生息する可能性を示していると考えられる。これは,タヌキがキツネに比べ雑食傾向が強いことに関係がある。前回報告書でも,東京,神奈川などでは宅地化により分布域が増加したことを示唆している。ただ,この傾向は都市近郊がタヌキにとって生息に好適な場であることを意味するわけではない。

 アナグマは前述したようにキツネ,タヌキに比べ生息区画率,絶滅区画率ともに低い値に多くの県が集中していた。表3には前2種と同様に,森林の区画率と生息・絶滅区画率を示してある。生息区画率の高い地域は森林区分‘その他’が低い傾向を示しているが,あまり明確ではない。一方,絶滅区画率の高い地域は,平野部の多い所であった。

表3 アナグマの生息・絶滅・森林区分‘その他’の区画率

図11 森林率区分6,9とアナグマの分布域(奈良県)

図10 アナグマの植生選択度

 植生選抜度のパターンにも明りょうな傾向はみられず,絶滅区画率の高い地域で森林区分‘9’が高い値となり,森林区分‘その他’が生息区画率,絶滅区画率が高い地域ともにマイナスの低い値を示していた。

 アナグマは,キツネやタヌキに比べより森林棲であるためその生息情報が得にくいためにこの様な結果になったと考えられる。図11に生息区画率の最も高かった奈良の生息区画を示してある。スラッシュの入った森林率40%以上の区画でアナグマの生息が認められていない地域は紀伊山地,高見山地等の山岳地である。また,山岳地域であっても十津川,北山川(熊野川の支流)ぞいの谷筋には生息している。このことから,アナグマの分布様式には森林以外の要因も考慮する必要があるだろう。

(4)絶滅の過程

 表4には,キツネ,タヌキ,アナグマについて生息,絶滅区画率の低かった地域をあげてある。沖縄はキツネ,タヌキ,アナグマとも情報がなく前述したように自然分布していない。北海道のアナグマについても同様である。北海道のタヌキを除けば,どの県もその種に関しての情報数が少なく,かなり以前から絶滅傾向にあって現在に至ったのか,もともと自然分布の度合が少ないのかいづれかであろう。朝日(1977)は,四国のキツネの生息数の少なさを江戸時代のこの地方の都市化によるものとしている。また,愛知だけはキツネが犬疫により絶滅の可能性があることを県の報告書で示唆しているが,キツネと同じイヌ科であるタヌキの生息区画率の低さも犬疫と関係があると考えられ,その生息情況の変化に注意が必要であろう。北海道のタヌキの生息区画は,留萌,宗谷支庁に集中しており,大雪山,日高山脈,十勝平野で少ない(前回報告書,図20)。一つには山岳地での生息情報の不足が考えられるが,ここで取りあげた森林率以外の要因(例えば,地形,地史,積雪)が分布様式に大きく影響を及ぼしているだろう。

図12 キツネの絶滅情報の累積

表4 キツネ,タヌキ,アナグマの生息・絶滅区画率ともに低い地域の情報件数

 キツネ,タヌキ,アナグマの絶滅区画率の高かった地域について,年代別に得られた絶滅情報からその過程の分析をおこなった。絶滅情報は明治,大正,戦前,昭20年,昭30年,昭40年,昭50年,不明に区分されている。年代順に情報数を累積し総情報に対する百分率を求めて図示した。この際不明の情報数は総数の中には含めたが累積数に加えていない。したがって,グラフの最後の点(昭50年)は,100%に達していない。

 図12にキツネの絶滅区画率の高かった地域について示してある。グラフは,埼玉,千葉,東京,宮崎のように,傾きがゆるやかで明治の絶滅情報率が高い地域とグラフのたちあがりの急な地域に分けられる。埼玉,千葉,東京などは,都市化とともに明治以前からキツネの絶滅傾向があったと考えられる。図中の矢印は絶滅情報が50%になった時期を示しているが,どの地域も大正の初期となっている。宮崎もこれら都市化の進んだ地域と同様な傾向を持っており,明治の絶滅情報数も高く,大正中期に絶滅情報が50%となっている。隣接する鹿児島は,生息区画率が低いことを考え合わせると,南九州はキツネの生息情況に十分注意する必要がある。また,都市化以外の絶滅の要因(狩猟,疫病,森林率以外の環境条件)の究明が必要である。大阪は都市化の進んだ地域でありながら,急なたちあがりのグラフを示し,昭和20年代に絶滅情報が50%になっている。福岡も大阪と同様な傾向を示している。

 秋田,和歌山,石川は戦後急速に絶滅情報が増加している。これらの県では,戦後の都市化以外の急速なキツネの生息域の改変(水田化等),農薬の使用による要因が考えられる。

 明治における絶滅情報率の値はそれ以前の絶滅傾向を反映していると考えられる。いち早く都市化の進んだ東京ではこの時期の値が他地域に比べ最も高い。キツネは都市化の影響を受け易いと言っていいだろう。

図13 タヌキの絶滅情報の累積

図14 石川県キツネ生息分布

図15 石川県タヌキ生息分布

 図13はタヌキについて示したものである。タヌキのグラフはたちあがりが急で,明治時代における絶滅情報率は低い。東京,埼玉は幾分傾きもゆるく,絶滅情報率が50%となったのが昭和初期であった。大阪,千葉,石川,熊本は戦後急速な絶滅傾向を示している。キツネと比ベタヌキの場合,都市化の進行がすぐさま種の絶滅に結びつくことはないと言えるだろう。逆に,都市化が進み一たん絶滅の傾向がみられると急速に絶滅すると考えられる。大阪や千葉この例と言えるであろう。石川はキツネと同様にタヌキも絶滅区画率が高い。そして,絶滅は昭和10〜20年代にどちらの種も急速に起っている。図14,15は石川のキツネ,タヌキの生息分布であるが,キツネは七尾以北の能登半島で絶滅区画が多い。タヌキもキツネほどではないが同じ地域で絶滅区画が多い。この地域は石川でも森林区分3以上が多い所でもあり,植生分布とは異なった制限要因が考えられる。

 石川とともに熊本もタヌキの生息に関して要注意な県である。

図16 アナグマの絶滅情報の累積

 アナグマの絶滅過程を図16に示している。東京が傾きのゆるやかなグラフを示し,序々に絶滅する傾向がみられる。千葉,埼玉はそれぞれ昭和30年,戦前(昭和10年)に絶滅情報が50%の時期となっている。植生の利用情況の項でも述べたが,アナグマに関しては情報数が不足しており明りょうな傾向を見ることができなかった。

3 考   察

 今回のとりまとめでは,キツネ,タヌキ,アナグマの分布の現況,分布様式の把握と絶滅の経過を明らかにするため,両極端にある代表的都道府県を取り上げて分折した。その結果,都市化の進行がこれら種の分布の制限要因として大きな影響力を持つ場合の他に,ここでは明らかにすることができなかった他の要因による場合もあった。表5,6にはキツネ,タヌキについて,分布様式に強く影響した植生(森林区分‘その他’の区画率)と生息情況の関係を都道府県別に示している。各都道府県は,その県の生息区画率,森林区分‘その他’の区画率により各々の枠に分類されている。さらに絶滅区画率が1%以上のものについては都道府県名をゴシックで記入し,区別している。1%以上の絶滅区画率を持つ都道府県には今回の分析によって考えられた絶滅傾向の要因を記入してある。

表5 キツネ,植生―生息区画による都道府県の類別

 キツネの場合であれば,都市化の進んだ地域は表の右下端に集まる。また,森林区分の‘その他’の区画率が高くても生息区画率が高い場合,埼玉,佐賀,滋賀のように地形によって分布域が偏在し,県全体としては絶滅区画率が高くなる傾向にある。また,都市化以外の不明な要因(狩猟,農薬,疫病などが考えられる)によるものは,森林区分‘その他’の区画率が低くなるにつれ多くなってくる。タヌキにおいても同様な傾向がうかがえ,表の左上端から右下端の対角線方向に都市化による影響が現われている。

表6 タヌキ,植生―生息区画による都道府県の類別

 今回使用した植生区分は,3次メッシュ内の森林は自然林,植林を問わず一括して取り扱っている。また,分析の後半で用いた森林区分‘その他’でも市街地,河川,湖沼等が一括されており分析上の問題点が残る。特に,キツネ,タヌキ,アナグマは他の種に比べ人里近くに生息しており,それだけに人間活動の影響を強く受けている。これら3種は雑食性であり,他の草食獣に比べ森林(自然林)そのものの分布により影響を受けることは少ないと思われる。したがって人の生活領域との境界領域での詳しい植生区分が必要となろう。

 報告書の性質上データの集積,分析は都道府県を単位としておこなった。しかし,四国地方一帯でキツネの生息が少ない例や,関東平野での生息区画率が低い事など,地形,都市化,その他要因と分布様式の関連を調べる場合には,別の単位(山塊,平野など)でデータを取り扱う必要があるだろう。

4 文   献

朝日稔,1977 日本の哺乳動物 玉川選書59,玉川大学出版部

5 要   約

 キツネ,タヌキ,アナグマの生息区画数と国内全区画に対する割合( )は,それぞれ,26,322(6.76%),31,413(8.07%),13,631(3.50%)であった。また絶滅区画数と全区画に対する割合は,キツネ2,597(0.67%),タヌキ,1.694(0.44%),アナグマ,1,132(0.29%)であった。

 県毎の生息区画率と絶滅区画率にはキツネ,タヌキでは弱い逆比例の関係がみられ,アナグマは生息区画率,絶滅区画率とも前2種に比べ低く,各都道府県で顕著な差はみられなかった。

 3種ともに生息区画率,絶滅区画率ともに植生との関連がみられ,森林部分の多い地域では生息区画率が高く,少ない地域(都市部)では絶滅区画率が高かった。植生の選択度は,3種とも同様な傾向を示し,森林率10〜70%の所を選んでいた。アナグマはより森林棲が強く,キツネは弱い傾向であったが,キツネ,タヌキでは都市化の進んだ地域では,森林率の高い地域に分布を制限されていた。

 絶滅には2つのパターン,明治以前から絶滅が徐々に進行しているものと,昭和10〜20年代から急速に絶滅が起こる場合が認められた。この傾向の前者は都市化の進んだ地域に多く,キツネで特に見い出された。

 これらの結果から,都市化の進行はキツネ,タヌキ,アナグマの分布に強く影響を及ぼしており,キツネに最も早くその影響が現われることが明らかとなった。しかし,これら3種の分布様式に影響を及ぼす可能性のある要因は他にも考えられ(地形,狩猟,農薬),さらに詳しい分折が必要である。

Summary

 The total number of occupation grids (occupation rates) for red foxes, raccoon dogs, and badgers were 26,322 (6.76%), 31,413 (8.07%), and l3,631 (3.50%), respectively. The total number of extinction grids (extinction rates ) for these three animals were respectively 2,597 (0.67%), 1,694 (0.44%), and 1,132 (0.29%).

 In the case of the red fox and raccoon dog, a weak inverse relationship was seen between occupation rates and extinction rates, which were calculated separately for each prefecture. But both occupation and extinction rates for badger were rather lower than those for the former two species, and no correlation between occupation and extinction rates could be found.

 High occupation rates for these animals were recorded in prefectures which were widely covered by wooded areas, but high extinction rates were recorded in prefectures with urban areas. Forest cover in the grids is classified into four categories according to the degree of coverage:9, 6, 3, and null. The three species showed similar vegetational preference centering in the categories 3 and 6. Badgers selected wooded aeeas more often than red foxes and raccoon dogs. In large cities such as Tokyo and Osaka, red foxes and raccoon dogs are confined to wooded areas (Category 9) which are the second area of preference for the se species.

 There are two types of extinction process of the animals, extinction has been recorded from the Meiji era and has been accerelated from 10-20th year of Showa. Extinction in early time is found in the large city, and these tendency is remarkably recognized in the distribution of red fox.

 It is concluded that urbanization will affect the distribution patterns of red fox, raccoon dog and badger, and red fox is most sensitive for the urbanization. However, another factor such as landscape, hunting pressure and pollution by agricultural chemicals may also affect the distribution patterns of these animals.

付表1 キツネの生息および絶滅に関する情報数

付表2 キツネの生息・絶滅区画数およびそれらの全区画数に対する割合

付表3 各森林率区分におけるキツネの生息状況

付表4 キツネの年代別生息(見た)情報数

付表5 キツネの年代別絶滅情報数

付表6 タヌキの生息および絶滅に関する情報数

付表7 タヌキの生息・絶滅区画数およびそれらの全区画数に対する割合

付表8 各森林率区分におけるタヌキの生息状況

付表9 タヌキの年代別生息(見た)情報数

付表10 タヌキの絶滅年代別情報数

付表11 アナグマの生息および絶滅に関する情報数

付表12 アナグマの生息・絶滅区画数およびそれらの全区画数に対する割合

付表13 各森林率区分におけるアナグマの生息状況

付表14 アナグマの年代別生息(見た)情報数

付表15 アナグマの絶滅年代別情報数

 

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