COP10では、生物多様性の損失を止めるために愛知目標として20の個別目標が決まりました。※1
※1:愛知目標の和訳は環境省仮訳です。
各政府と各社会において生物多様性を主流化することにより、生物多様性の損失の根本原因に対処する。
遅くとも2020年までに、生物多様性の価値及びそれを保全し持続可能に利用するために取り得る行動を、人々が認識する。
日常生活や社会経済活動においてさまざまな立場の人々が、生物多様性の保全や持続可能な利用にむけた行動に積極的に参加することが必要です。そのため、広報・教育・普及啓発(CEPA)によって、可能な限りすべての人々が生物多様性の価値や保全にむけた行動、たとえば個人の消費やライフスタイルを変えること等について理解することが重要です。
しかしながら、日本でも、生物多様性という言葉やその意味については十分に知られていない状況です。
遅くとも2020年までに、生物多様性の価値が、国と地方の開発及び貧困削減のための戦略や計画プロセスに統合され、適切な場合には国家勘定や報告制度に組み込まれている。
生物多様性が支える生態系サービスの価値は全世界で数兆ドルに相当するといわれています。この価値を国や地方自治体の様々な意思決定に組み込むことは、政策決定者が生物多様性の損失による影響を適切に評価することにつながります。このため、生態系と生物多様性の経済学(TEEB)や生態系サービスへの支払い制度といった取組が進められています。
遅くとも2020年までに、条約その他の国際的義務に整合し調和するかたちで、国内の社会経済状況を考慮しつつ、負の影響を最小化又は回避するために、補助金を含む生物多様性に有害な奨励措置が廃止され、あるいは段階的に廃止され、又は改革され、また、生物多様性の保全及び持続可能な利用のための正の奨励措置が策定され、適用される。
第一次産業等の自然と深い関わりをもつ産業に対する奨励措置の中には、結果的に生物多様性に悪影響を与えているものもあります。たとえば、ヨーロッパでは漁獲能力の向上につながる漁船の更新や燃料への補助金が、結果的に乱獲をもたらすことが指摘されています。その一方で、水産資源のモニタリングの奨励等生物多様性の保全と持続可能な利用につながる奨励措置もあります。様々な主体が生物多様性にとって有益となる行動を促すことにつながる措置を提供することが求められています。
遅くとも2020年までに、政府、ビジネス及びあらゆるレベルの関係者が、持続可能な生産及び消費のための計画を達成するための行動を行い、又はそのための計画を実施しており、また自然資源の利用の影響を生態学的限界の十分安全な範囲内に抑える。
自然資源の利用を環境容量の範囲内で持続可能な形で行うためには、総需要を削減するとともに、資源利用やエネルギー効率を向上させる必要があります。例えば、人間が使う資源の供給とそのプロセスで出る廃棄物を処理できる陸地・水域の面積を算出した値である「エコロジカル・フットプリント」の考え方に基づけば、既に地球の環境容量を超えた利用がされていると指摘されています。政府・ビジネスなどあらゆる関係者が持続可能な形での自然資源の利用計画を策定・実施していく必要があります。
生物多様性への直接的な圧力を減少させ、持続可能な利用を促進する。
2020年までに、森林を含む自然生息地の損失の速度が少なくとも半減し、また可能な場合にはゼロに近づき、また、それらの生息地の劣化と分断が顕著に減少する。
陸域の動植物の過半数は森林に生息し、その大半は熱帯林に生息していると推定されており、生物多様性を保全していく上で森林を含む自然生息地の保全は重要です。世界の森林面積は約40億ヘクタールで、2000年から2010年の森林面積の純変化(推計値)は、年平均で520万ヘクタール(九州と四国を足した面積程度)で、1990年代の830万ヘクタールに比べると減少しています。
しかし、熱帯林を中心に森林減少は続いており、特にアフリカや南アメリカなどでは森林面積の減少が最も大きくなっています。一方で、北欧や中国のように増加に転じている国もあります。
2020年までに、すべての魚類と無脊椎動物の資源及び水生植物が持続的かつ法律に沿ってかつ生態系を基盤とするアプローチを適用して管理、収穫され、それによって過剰漁獲を避け、枯渇したすべての種に対して回復計画や対策が実施され、絶滅危惧種や脆弱な生態系に対する漁業の深刻な影響をなくし、資源、種、生態系への漁業の影響が生態学的に安全な範囲内に抑えられる。
漁業は豊かな海の恵みの上に成り立っている環境依存型の産業であり、持続可能な漁獲のためには、それを支える生態系の健全さを保つことが必要です。しかし、評価可能な世界の漁業資源の約80%が、最大限あるいは過剰に漁獲され、漁業資源の総バイオマス量は1977年から11%減少したといわれています(FAO ※2 試算)。生態系の健全さを保つため、エコシステム・アプローチに基づき、利用している魚種の個体数の増減に合わせた回復計画の策定等を通じた漁業資源のより良い管理が必要です。
※2:FAO=国際連合食糧農業機関
2020年までに、農業、養殖業、林業が行われる地域が、生物多様性の保全を確保するよう持続的に管理される。
私たちの暮らしに直接かかわる農林水産業は、生物多様性とも深くつながっています。食料・繊維・燃料の需要の増大は、自然資源の過剰な利用につながり、生物多様性や生態系サービスの損失を引き起こします。今、生物多様性に配慮し、人にとっても安全で安定した農林水産物の供給が求められています。日本でも「生きものブランド米」などの認証産品が各地で販売されており、こうした生物多様性に配慮した事業者が増えることも重要です。
2020年までに、過剰栄養などによる汚染が、生態系機能と生物多様性に有害とならない水準まで抑えられる。
化学肥料の使用などにより増加した栄養素(主に窒素とリン)等による汚染は、藻類や一部の細菌の生育を助長し、湖沼やサンゴ礁等の生態系における貴重な生態系サービスの損失を引き起こすと同時に、水質にも悪影響を及ぼし、特に湿地・沿岸・海洋域における生物多様性に対する脅威となっています。アジア・中南米・アフリカの大部分は、今後20年間に窒素蓄積の水準が上がると予測されており、汚染源の管理が重要です。
2020年までに、侵略的外来種及びその定着経路が特定され、優先順位付けられ、優先度の高い種が制御又は根絶される。また、侵略的外来種の導入又は定着を防止するために、定着経路を管理するための対策が講じられる。
侵略的外来種は生物多様性にとっての主要な脅威の一つです。全大陸のあらゆる生態系において、外来種の数が増加し、拡大の速度も増しており、侵略的外来種によって世界経済への被害は1兆4,000億ドル以上になる可能性があるといわれています。外来種の脅威に対しては、(1)侵入の防止、(2)侵入の初期段階での発見と対応、(3)定着した外来種の駆除・管理の各段階に応じた対策を進める必要があります。
2015年までに、気候変動又は海洋酸性化により影響を受けるサンゴ礁その他の脆弱な生態系について、その生態系を悪化させる複合的な人為的圧力が最小化され、その健全性と機能が維持される。
様々な生態系サービスを供給し、多くの人々の暮らしを支えるサンゴ礁は、気候変動に対する脆弱性が高いといわれており、近年海水温の上昇等による大規模な白化現象が世界的に頻繁に発生しています。さらに大気中のCO2濃度の上昇に伴い、海水中のCO2が増加し海水の酸性化が進むと、炭酸カルシウムを主成分とするサンゴの骨格やプランクトンの殻が十分に形成されなくなる可能性があります。この結果、サンゴ礁における生態系のバランスが崩れることが懸念されています。サンゴ礁では海水の酸性化や水温上昇以外のストレスを減らすことによって、その影響を抑え、脆弱性が改善される可能性があるため、汚染や過剰利用等のその他の圧力を減らすことが必要です。
生態系、種及び遺伝子の多様性を保護することにより、生物多様性の状況を改善する。
2020年までに、少なくとも陸域及び内陸水域の17%、また沿岸域及び海域の10%、特に、生物多様性と生態系サービスに特別に重要な地域が、効果的、衡平に管理され、かつ生態学的に代表的な良く連結された保護地域システムやその他の効果的な地域をベースとする手段を通じて保全され、また、より広域の陸上景観や海洋景観に統合される。
現在、世界の約13%の陸域と約5%の沿岸域が保護地域等によって保護されています。陸域の保護地域はわずかに増加している一方で、十分に管理されているのは2割ほどだと指摘されており、管理の有効性にはばらつきがあり、管理能力の向上が必要です。また、それぞれの生物の生態特性に応じて、生育・生息空間のつながりや、適切に配置された生態学的ネットワークを形成していくことが重要です。
なお、我が国の自然環境保全を直接の目的とした保護地域制度には、自然環境保全地域、自然公園、生息地等保護区、鳥獣保護区、国有林における保護林が挙げられ、自然公園については、国立公園・国定公園・都道府県立自然公園を合わせた面積は543万㌶と国土の約14.3%を占めています。
2020年までに、既知の絶滅危惧種の絶滅が防止され、また、それらのうち、特に最も減少している種に対する保全状況の改善が達成、維持される。
野生の脊椎動物の個体数は、1970年から2006年の間に、地球規模で平均約3分の1が失われ、特に熱帯地域(59%)と淡水生態系(41%)で深刻な減少がみられます。「レッドリスト指数」によると、最大の危険に直面しているのは両生類で、最も急速に状況が悪化しているのは、暖水域の造礁サンゴです。環境省レッドリストでは、日本に生息・生育する爬虫類、両生類、汽水・淡水魚類の3割強、哺乳類、維管束植物の2割強、鳥類の1割強にあたる種が絶滅危惧種となっています。これらの種の絶滅や減少をくい止めるための対策を進めていきます。
2020年までに、社会経済的、文化的に貴重な種を含む作物、家畜及びその野生近縁種の遺伝子の多様性が維持され、また、その遺伝資源の流出を最小化し、遺伝子の多様性を保護するための戦略が策定され、実施される。
ある生物種の集団が遺伝的に多様であれば、環境の変化があった場合にも生き残る可能性は高くなると考えられます。栽培植物や農園動物、家畜、その野生近縁種の生物多様性は減少しており、貴重な種の多様性も減少しています。このため域内保全や遺伝子バンクの整備などの取組が必要です。
生物多様性及び生態系サービスから得られるすべての人のための恩恵を強化する。
2020年までに、生態系が水に関連するものを含む不可欠なサービスを提供し、人の健康、生活、福利に貢献し、回復及び保護され、その際には女性、先住民 ※3、地域社会、貧困層及び弱者のニーズが考慮される。
水や食料、医薬品の提供などの生態系サービスに関連する陸上、淡水及び海洋生態系の保全・回復は、特にそれらの生態系サービスへの依存の度合いが高い貧困層や先住民・地域社会にとってとりわけ重要です。途上国の約80%の人が、主に植物に由来する伝統薬に依存しており、世界保健機関(WHO)の推定によると、ガーナやナイジェリアなどでは、発熱した子どもの60%が自宅での薬草療法に頼っています。一方で、食料や医薬品に用いられる多くの鳥類・哺乳類や、薬用植物が大きな絶滅リスクに直面しています。
※3:生物多様性条約の公定訳では「indigenous people」を「原住民」と訳していますが、ここでは一般に多く用いられる「先住民」と訳しています。
2020年までに、劣化した生態系の少なくとも15%以上の回復を含む生態系の保全と回復を通じ、生態系の回復能力及び二酸化炭素の貯蔵に対する生物多様性の貢献が強化され、それが気候変動の緩和と適応及び砂漠化対処に貢献する。
気候変動の緩和には、二酸化炭素等の温室効果ガスを削減することに加え、多くの炭素を貯蔵している森林や湿原等の生態系を保全することも重要です。さらに劣化した生態系を再生させていくことで、生態系の回復力を向上させ、気候変動への適応にも貢献することができます。これらの取組は、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)、国連砂漠化対処条約(UNCCD)等と連携し、相乗効果を生み出すことができる可能性があります。GBO3によれば、平均気温の上昇を2℃未満に抑えるという気候変動の緩和策と、生態系の回復対策等が並行して進められれば、転換点が回避される可能性は極めて高いとされています。
2015年までに、遺伝資源の取得の機会(アクセス)及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書が、国内法制度に従って施行され、運用される。
50ヶ国の締結を受けて、2014年10月12日に名古屋議定書は発効しました。今後は未締約国の締結とともに、各国の国内制度の整備・実施が必要です。
参加型計画立案、知識管理及び能力構築を通じて実施を強化する。
2015年までに、各締約国が、効果的で、参加型の改定生物多様性国家戦略及び行動計画を策定し、政策手段として採用し、実施している。
2013年現在、170ヶ国以上(締約国の87%)が、生物多様性国家戦略および行動計画(NBSAP)を策定・改定をしています。これらを通して、多くの国々で、法律や作業計画が新たに整備されるなど、多岐にわたる取組が促進されています。各締約国は、2015年までに愛知目標を踏まえた国家戦略を策定・改定し、効果的な取組を実施していくことが求められています。我が国も2012年に愛知目標を踏まえた国家戦略の改定を行いました。
2020年までに、生物多様性の保全及び持続可能な利用に関連する先住民の社会及び地域社会の伝統的な知識、工夫、慣行及びこれらの社会の生物資源の利用慣行が、国内法制度及び関連する国際的義務に従って尊重され、これらの社会の完全かつ効果的な参加のもとに、あらゆる関連するレベルにおいて、条約の実施に完全に組み入れられ、反映される。
生物多様性条約の第8条( j )項では、生物多様性の持続可能な利用に関して伝統的な生活様式を有する先住民と地域社会の知識、工夫、慣行を尊重し、保存し維持することなどを掲げています。一方で多くの少数民族の言語が消滅の危機にあると考えられ、伝統的知識の継承が課題となっています。
2020年までに、生物多様性、その価値や機能、その現状や傾向、その損失の結果に関連する知識、科学的基盤及び技術が向上し、広く共有され、移転され、適用される。
各国は、生物多様性に対する脅威を把握し、生物多様性の保全と持続可能な利用にむけた取組の優先度を決定するための情報を必要としています。さらに生物多様性に関する知識の向上と、生物多様性・生態系サービスの価値や機能のさらなる把握も必要です。本目標達成に向けては、新しい研究、新技術の開発、モニタリングを促進する他、既に利用可能な知識については、国レベル及び世界レベルでクリアリングハウスメカニズムを更に発展させていくことも有効です。
遅くとも2020年までに、戦略計画2011-2020の効果的な実施に向けて、あらゆる資金源からの、また資源動員戦略において統合、合意されたプロセスに基づく資金動員が、現在のレベルから顕著に増加すべきである。この目標は、締約国により策定、報告される資源のニーズアセスメントによって変更される可能性がある。
ほとんどの国、特に開発途上国では、人材や財源の面から条約を実施していくための能力は限られています。愛知目標の達成にむけて、特に政府開発援助(ODA)や各種の基金を通じた開発途上国への支援強化が重要です。