調査成果の活用

活用事例の一部を紹介します。

鳥類標識調査の成果は、国や地方自治体による自然環境保全施策、民間企業が行う環境アセスメント調査に活用されています。

表 国や地方自治体の自然環境保全施策・環境アセスメントへの活用事例概要(2008-2019)

行政機関 環境省 国指定鳥獣保護区計画の基礎資料
二国間渡り鳥等保護条約・協定等会議資料
 渡り鳥等保護条約会議(露・米)
 渡り鳥等保護協定会議(豪・中)
 渡り鳥保護協力会合(韓)
 日中韓ロ陸生鳥類モニタリングワークショップ
 日中韓ズグロカモメワークショップ
生物多様性条約締約国会議資料
東アジア・オーストラリア地域フライウェイ・パートナーシップ会議資料
鳥インフルエンザリスク種に関する基礎資料
希少種・外来種の生息に関する基礎資料
シギ・チドリ類追跡業務資料
JICA研修資料
環境省以外の
国の機関
国土交通省(環境アセスメントの基礎資料)
農林水産省(鳥インフルエンザリスク種に関する基礎資料)
地方自治体 都道府県レッドデータブック・レッドリストの基礎資料
管内の自然環境を解説するガイドブック・映像資料・生物調査報告書の基礎資料
鳥害対策協議会・第二種特定鳥獣管理計画の基礎資料
環境アセスメントの基礎資料
風力発電の基礎資料
天然記念物保全対策調査の基礎資料
湿地提携に基づく姉妹都市の湿地調査データ共有
研究機関 国立環境研究所(鳥インフルエンザリスク種に関する基礎資料)
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(風力発電の基礎資料)
日本鳥学会(鳥類目録の基礎資料)
日本野鳥の会(希少種、鳥類目録の基礎資料)
学術研究 学術論文、学会発表等(年間50件程度)
民間企業 環境アセスメントの基礎資料(風力発電、新幹線、国営土地改良事業、外来種駆除)
国際的な
取組での活用
アメリカ地質調査所(USGS)鳥類標識センター(二国間回収データ共有)
韓国国立公園渡り鳥研究センター(二国間回収データ共有)
アホウドリ類とミズナギドリ類の保全に関する協定(繁殖数データ共有)
アメリカ・ロシア研究機関(アホウドリ混獲データ共有)


 鳥類標識調査の成果は、学術研究にも活用されており、鳥類の生態に関して様々なことが明らかになっています。ここでは6つの研究事例を紹介します。


1) Heim, W., Heim, R. J., Beermann, I., Burkovskiy, O. A., Gerasimov, Y., Ktitorov, P., Ozaki, K., Panov, I., Maria, M. M., Sjoberg, S., Smirenski, S. M., Thomas, A., Tottrup, A. P., Tiunov, I. M., Willemoes, M., Holzel, M., Thorup, K., Kamp, J. (2020) Using geolocator tracking data and ringing archives to validate citizen-science based seasonal predictions of bird distribution in a data-poor region. Global Ecology and Conservation 24: e01215.

(タイトル和訳:市民科学に基づいたデータ欠乏地域における鳥の季節分布予測の有効性をジオロケータ追跡結果と標識記録を用いて評価する)

DOI: https://doi.org/10.1016/j.gecco.2020.e01215

目視観察データの確かさを、標識データから検証するとともに、ツバメとノゴマの渡りルートを特定した論文です。バードウォッチャーが双眼鏡などで観察したデータは有用ですが、一方で、誤認などの不確定な情報も含まれます。そこで、標識調査や追跡装置を用いた調査から得られた信頼性の高い確実な移動データによって、そうした観察データの精度を検証するともに、一部の鳥種について渡りルートを解明した国際共同研究です。日本の標識データからツバメ、ノゴマのデータが提供され、新たな渡りルートの解明に貢献しました。


2) Dorzhieva, A., Nakata, M., Takano, K., Fujihiko, Y., Ito, Y., Akahara, K., Tachikawa, K., Ichimura, Y., Furukawa, Y., Sato, H., Fujisawa, M., Okamoto, M., Shimizu, T. (2020) Bird-banding records reveal changes in avian spring and autumn migration timing in a coastal forest near Niigata. Ornithological Science 19(1): 41-53.

(タイトル和訳:鳥類標識調査記録により新潟市の海岸林における鳥類の春と秋の渡り時期の変化が明らかに)

DOI: https://doi.org/10.2326/osj.19.41

新潟県のボランティア調査員のグループが長年にわたり集めてきたデータを解析することにより、鳥類の春と秋の渡りの時期が変化していることを明らかにした論文です。新潟市では、ボランティア調査員(バンダー)のグループによって、数十年という長期調査が続けられています。新潟大学と共同研究によって、鳥の渡りの時期が以前と変化していることを明らかにしました。他のいくつかの既存研究から、地球温暖化といった気候変動によって鳥類の渡りの時期が変化していることが知られていますが、本研究も気候変動研究への貢献が期待されます。バンダーの調査努力が実った成果の一例です。


3)  吉安京子・森本元・千田万里子・仲村昇. (2020) 鳥類標識調査より得られた種別の生存期間一覧 (1961?2017 年における上位 2 記録について). 山階鳥類学雑誌52(1): 21-48.

DOI: https://doi.org/10.3312/jyio.52.21

鳥類標識調査で得られた、各種の生存期間(寿命に相当)を明らかにした論文です。標識調査の最大の特徴の一つは、長年のデータの蓄積によって、各種の寿命と言える生存期間データを得られることです。実際、世界各国の標識調査の成果として各種の生存期間が明らかになっています。種の寿命は科学的知識としてだけでなく、各種の減少を防ぐ対策を考える際にも必須の情報となります。この論文は、約60年という長期の日本の標識データから、各種の生存期間を明らかにした研究です。


4) Edenius, L., Choi, C. Y., Heim, W., Jaakkonen, T., De Jong, A., Ozaki, K., & Roberge, J. M. (2017) The next common and widespread bunting to go? Global population decline in the Rustic Bunting Emberiza rustica. Bird Conservation International 27(1): 35-44.

(タイトル和訳:広域分布するホオジロ類普通種で次に消えるのはこの種かも?カシラダカが分布域全体で減少)

DOI: https://doi.org/10.1017/S0959270916000046

カシラダカの個体数の大幅な減少を明らかにし、レッドリストでの絶滅危惧種への認定の根拠の一つとなった論文です。一般種であるカシラダカは身近な野鳥の一つですが、現在、急速に個体数が減少しています。日本だけでなく、ヨーロッパでも同様の傾向はみられており、国際的な問題であることが判明しました。この研究は、日本、中国、ヨーロッパの標識データを合わせて活用して実施されました(ヨーロッパのデータには観察データも含まれます)。標識データによって種の危機的状況が確認され、絶滅危惧種の選定に使われた一例です。


5) 出口智広・吉安京子・尾崎清明. (2012) 標識調査情報に基づいた 2000年代と 1960年代のツバメの渡り時期と繁殖状況の比較. 日本鳥学会誌 61(2): 273-282.

DOI: https://doi.org/10.3838/jjo.61.273

ツバメが渡ってくるタイミングが早期化していることを、標識データから明らかにした論文です。地球温暖化といった気候変動が、生物の生態に影響することが分かりつつあります。この研究は、1960年代と比べて2000年代ではツバメの渡来時期や繁殖開始時期が早くなっていることを明らかにしました。日本の自然環境系の調査の中で、もっとも長期の蓄積がある標識調査が活用された研究例と言えます。


6) 三上修・森本元. (2011) 標識データに見られるスズメの減少. 山階鳥類学雑誌43(1): 23-31.

DOI: https://doi.org/10.3312/jyio.43.23

スズメの減少を全国の標識データから明らかにした論文です。近年、スズメの減少が話題になりました。日本人にとってもっとも身近な鳥であるスズメが減っていることは、驚きをもって受け止められたのです。しかし、この研究が行われるまでは、スズメが減っているかどうかは、明らかではありませんでした。それが、様々なデータから多角的に検討され、徐々にその実態がわかってきたのです。その中で大きな貢献をしたものが標識データです。この研究では、全国の標識ステーションの約20年分のデータを活用し、スズメの個体数が大きく減少していることを明らかにしています。