蕪栗沼のマガン(大崎市提供)
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蕪栗沼のふゆみずたんぼ

●開始時期:平成15(2003)年 
●場所:宮城県大崎市
●事業主体:伸萠ふゆみずたんぼ生産組合

背景

蕪栗沼は、宮城県の北上川水系にある面積約150haの沼です。「沼」といっても大部分はヨシやマコモで覆われている「湿地」で、周辺は沼を干拓してできた水田に囲まれています。

蕪栗沼は、国の天然記念物に指定されているマガンを含めた220種類以上の鳥類のほか、メダカやゼニタナゴなど絶滅危惧種127種も確認されている生物多様性の宝庫です。平成17(2005)年、ガン類のねぐらである蕪栗沼とその周辺の水田が、特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約であるラムサール条約(※1)に登録されました。周辺の水田では、冬の間に田畑に水を張る「ふゆみずたんぼ」(冬期湛水)を実施し、ガン類のねぐらを分散する取り組みを行っており、これにより農地と湿地の両機能を併せ持つ「農業湿地」という新しい価値観が広まりつつあります。

「ふゆみずたんぼ」とマガンとの共生

渡り鳥のマガンは、近年、越冬数が減少する一方で、越冬できる湿地が限られているため、蕪栗沼等のごく一部の越冬地に集中する傾向が強まってきていました。日本で越冬するマガンの8割以上が宮城県北部地方に集まると言われています。また、平成17(2005)年には日本に飛来するマガンの6割が蕪栗沼に集まっていることがわかりました(宮城県調べ)。一般に、渡り鳥が同じ場所に集まりすぎると、鳥の伝染病が発生した場合に大きな被害を受ける恐れがあったり、沼の水が汚れたりします。そこで、冬の田んぼに水を張ることで、マガンのねぐらを分散させるために始まった活動が「ふゆみずたんぼ」(冬期湛水)です。

当初、渡り鳥による集中越冬を防ぐ目的で始まった「ふゆみずたんぼ」は、他にも良い効果をもたらすことがわかってきました。例えば、日中はハクチョウ類が休み場として利用します。そして、鳥類の糞はリン酸を多く含んでおり、田んぼの良質な肥料となります。鳥類が雑草を食べてくれるので、除草剤を使用しなくても良いことがわかりました。害鳥と言われ続けたマガンが、「ふゆみずたんぼ」によって人間と共生できるようになったのです。

蕪栗沼周辺の田んぼにおいて、「ふゆみずたんぼ」を始めたことにより、田んぼの生態系が豊かになり、田んぼの生きものをエサとするサギなどの夏鳥も多く見られるようになりました。また、平成10(1998)年に白鳥地区(遊水地)が田んぼから湿地に戻されたことも(※2)、マガンの飛来数の着実な増加に貢献しています。

マガンの飛来数の増加の図
ふゆみずたんぼ農法
ふゆみずたんぼ農法

【写真】ふゆみずたんぼ ©大崎市

ふゆみずたんぼ農法は、その名の通り、冬の田んぼに水を張る農法です。そうすることで、菌類やイトミミズ、カエルなどの多様な生物を息づかせ、それらの生物の営みを活用することで、天然の肥料、雑草の抑制、害虫の防除などの効果を得て、農薬や化学肥料を使わずに安全、安心な良質な米を生産し、人間と自然の共生を可能にしていきます。

苗箱当たり50〜60kgの薄播きによって、冷害に強い成苗の1〜2本植えを行います。「ふゆみずたんぼ」(冬期湛水)は12月〜2月まで実施し、開始時には土づくりのために10aあたり米ぬか60kgとくず大豆50kgを散布し、湛水水深5cmを保持しています。米ぬかやくず大豆を入れた土では、イトミミズの活動が活発になり、柔らかい表面土壌(トロトロ層)が形成され、雑草の種子を土中に埋め込むことで発芽させにくくする効果もあると考えられています。

平成10(1998)年から平成15(2003)年までは農家個人での実践が中心でしたが、平成15/16(2003/2004)年のシーズンから蕪栗沼の南に隣接する伸萠地区で、地域の集落単位での取り組みが始まりました。

大崎市田尻ふゆみず田んぼの耕作面積

ふゆみずたんぼ農法を採用している農家では、収穫量が9.5俵(570kg/10a)から7俵(420kg/10a)以下に減少しました。しかし、これは農薬・化学肥料不使用によるものだけではなく、稲株数を減らして病害虫に強い稲体づくりを図っているためだと考えられます。平成21(2009)年現在、ふゆみずたんぼに取り組む農家は、以上のような減収補填のため「田尻地域水田農業推進協議会」より、冬期湛水+農薬・化学肥料不使用栽培を条件に産地づくり交付金で8,000円/10aの助成を、大崎市より農薬・化学肥料不使用栽培の第三者認証費用の5,000円/10aについて補助を受けています。また、農地・水・環境向上対策において、共同支援で4,400円/10a、営農活動支援(冬期湛水+不耕起栽培)で6,000円/10aの交付を受けています。

ブランド米

ふゆみずたんぼ米このふゆみずたんぼ農法で生産されたお米は「ふゆみずたんぼ米」というブランド米として、慣行栽培(※3)米(60kgあたり14,000〜15,000円)と差別化を図り、付加価値の高いお米(60kgあたり23,000〜24,000円)として販売されているため、結果的には農家の収入の安定化にもつながっています。販路の確立も着実に進んでおり、JAみどりのでは首都圏のパルシステムへ、地元のたじり穂波公社では自然食品店などの指定企業への出荷、インターネットなどでの販売も行っています。ふゆみずたんぼ米を原料にした日本酒などの加工品も製造・販売され、売れ行きも良好になっています。

生態系サービスへの支払いの図
田んぼの生きものを指標に 〜たじり田んぼの生きもの宣言〜

ふゆみずたんぼの取り組みと並行して、蕪栗沼では、JAみどりのと東都生協の主催により、平成17(2005)年から生産者を中心に「生きもの観察」が行われ、平成20(2008)年度からは本格的に消費者がかかわった「田んぼの生きもの調査」に発展しています。

平成21(2009)年12月、「田んぼの生きもの調査プロジェクト」 (※4)は、「たじり田んぼの生きもの宣言」を発表しました。これは、田んぼの生物多様性の持つ大きな意義と可能性を共通認識するための宣言で、人間を含め全てのものは常に変化し続けていくことを認識し、未来へ伝えていくために行うものです。安心な田んぼを目指すだけでなく、健全な土づくりや複合生態系としての「里地里山」の多様性の維持、そして田んぼと周辺の環境配慮に努め、地球温暖化防止に貢献し、地域文化を継承し、産直活動を推進するなど、計10項目の宣言が盛り込まれています。田んぼの生きものと共生した農業をすすめる旨をうたった宣言としては日本初です。

田んぼの生きもの宣言マークこの宣言の理念を表現するものとして「田んぼの生きもの宣言!」マークを作成し、東都生協等で販売される田尻産米に平成22(2010)年2月に東都生協に出荷した分から貼られています。このマークは、生物多様性によって人と田んぼが支えられていることを表わしています。バックの色は、水の青、植物の緑、大地の茶を表し、目指すべき「なつかしい未来」を象徴しています。

※1 特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約(英語通称: Ramsar Convention) : 特に水鳥の生息地等として国際的に重要な湿地と、そこに生息・生育する動植物の保全を促し、湿地の賢明な利用を進めることを目的とし、昭和46(1971) 年にイランのラムサールで採択(昭和50 (1975) 年発効)。日本は昭和55(1980) 年に加入。平成22 (2010) 年2 月2 日現在、締約国159 ヶ国、登録湿地数1,886 ヶ所、その合計面積は約185,156,612ha に及ぶ。
※2 平成9 (1997) 年まで耕作していた白鳥地区の約50ha の田んぼを平成10 (1998) 年春から薄く水を張ることで湿地に復元した。
※3 一般の農家が行っている農薬や化学肥料を通常通り使用する栽培方法。自治体等が地域ごとに定める「栽培指針」等に沿って行われている。
※4 JA みどりの、JA 全農、みやぎ生協、東都生協、全農パールライス宮城、全農パールライス東日本、JA みどりの産直委員会、JAみどりの田尻地域有機栽培農業研究会、JA みどりの田尻地域集落営農組合、NPO 田んぼ、NPO 蕪栗ぬまっこくらぶ、大崎市田尻総合支所で構成される。

●参考文献
・高橋直樹(2004) 「宮城県田尻町のふゆ・みず・田んぼ(冬期堪水水田) 地域づくりとノウハウ」
・農林水産省大臣官房環境バイオマス政策課『生きものマークガイドブック 考えてみませんか?私たちと生きものたちのつながり』
・農林水産省農村振興局事業計画課(2007) 『環境保全型農業推進のための生産基盤整備技術の手引き』p154-159
・ラムサールCOP10 のための日本NGO ネットワーク(2009) 『湿地の生物多様性を守るー各地の報告ー( 暫定版)』p21-24
・Masayuki Kurechi (2007), "Restoring Rice Paddy Wetland Environment and the Local Sustainable Society - Project for Achieving Co-existence of Rice Paddy Agriculture with Water birds at Kabukuri-numa, Miyagi Prefecture, Japan" , Global Environmental Research, Association of International Research Initiatives for Environmental Studies, vol.11 No.2 pp141-152

●協力
大崎市産業経済部産業政策課
たじり穂波公社
NPO 法人「田んぼ」

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