生物多様性と生態系サービス
地球の環境とそれを支える生物多様性は、人間を含む多様な生命の長い歴史の中で、つくられたかけがえのないものです。そうした生物多様性はそれ自体に大きな価値があり、保全すべきものです。 そして、私たちの暮らしは食料や水の供給、気候の安定など、生物多様性を基盤とする生態系から得られる恵みによって支えられていますが、これらの恵みは「生態系サービス」と呼ばれます。
生態系サービスの分類例
国連の主導で行われた「ミレニアム生態系評価(MA)」では、生態系サービスを「供給サービス」、「調整サービス」、「文化的サービス」、「基盤サービス」の4つに分類しています。TEEBではMAの分類を基本として、基盤サービスの代わりに「生息・生育地サービス」を追加しています。
ここではTEEBの分類に基づく4つのサービスを紹介します。
生態系サービスの分類 | ||
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供給サービス | 1 | 食料(例:魚、肉、果物、きのこ) |
2 | 水(例:飲用、灌漑用、冷却用) | |
3 | 原材料(例:繊維、木材、燃料、飼料、肥料、鉱物) | |
4 | 遺伝資源(例:農作物の品種改良、医薬品開発) | |
5 | 薬用資源(例:薬、化粧品、染料、実験動物) | |
6 | 観賞資源(例:工芸品、観賞植物、ペッ卜動物、ファッション) | |
調整サービス | 7 | 大気質調整(例:ヒートアイランド緩和、微粒塵・化学物質などの捕捉) |
8 | 気候調整(例:炭素固定、植生が降雨量に与える影響) | |
9 | 局所災害の緩和(例:暴風と洪水による被害の緩和) | |
10 | 水量調整(例:排水、灌漑、干ばつ防止) | |
11 | 水質浄化 | |
12 | 土壌浸食の抑制 | |
13 | 地力(土壌肥沃度)の維持(土壌形成を含む) | |
14 | 花粉媒介 | |
15 | 生物学的コントロール(例:種子の散布、病害虫のコントロール) | |
生息・生育地サービス | 16 | 生息・生育環境の提供 |
17 | 遺伝的多様性の維持(特に遺伝子プールの保護) | |
文化的サービス | 18 | 自然景観の保全 |
19 | レクリエーションや観光の場と機会 | |
20 | 文化、芸術、デザインへのインスピレーション | |
21 | 神秘的体験 | |
22 | 科学や教育に関する知識 |
- ※出典
- TEEB報告書普及啓発用パンフレット 「価値ある自然」 環境省
TEEB報告書 D0 生態学と経済学の基礎
生物多様性と生態系サービスの関係
生物多様性と生態系サービスの関係については、単一種の作物から食料を効率的に得ることができる場合もあるように、供給サービスなどは必ずしも生物の多様性と直接的な結びつきがないように考えられる場合もあります。しかし、以下に紹介するように生物多様性が豊かであるほど生態系サービスが向上するという場合も多くみられ、将来にわたって生態系サービスを受け続けていくためには、その源となる生物多様性を保全していくことが重要です。
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- 遺伝的多様性が保全されることにより、将来の医薬品開発や品種改良につながる可能性が確保される
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- 農地周辺の昆虫などの種の多様性が 高いほど、花粉媒介や病虫害の抑制といった調整サービスが向上する
生態系サービス間のシナジーとトレードオフ
複数の生態系サービス間の関係については、ある生態系サービスの向上を追求した場合、複数の生態系サービスが正の相乗効果によって向上する場合(シナジー)と、ある生態系サービスは向上するものの他の生態系サービスは低下する場合(トレードオフ)があります。
シナジーについては、例えば、都市域における緑地の確保が、二酸化炭素の吸収や都市住民のレクリエーションの場の提供など、複数の生態系サービスの向上につながることがあげられます。
トレードオフについては、例えば、マングローブ林を伐採しエビの養殖場などのために開発することが、短期的にはエビの養殖による商業的利益をもたらす一方で、魚類等の繁殖場所の消失や、二酸化炭素の吸収、海岸の保全などの様々な生態系サービスの低下つながることがあげられます。
また、TEEBでは、「生態系サービス間のトレードオフ」に加え、以下の3つのトレードオフがあると整理しています。
生態系サービスを受ける地域と、生態系サービスを維持するためのコストを払う地域が異なる場合
現在世代が生態系サービスを受ける一方で、将来世代にはその機会が失われてしまう場合
一部の人々だけが生態系サービスを受け、残りの人々はコストだけを負担する場合
こうした生態系サービス間のシナジーとトレードオフの関係は、複雑でまだ解明されていない部分も多くありますが、生物多様性を保全し生態系サービスを受け続けていくためには、これらの関係性についても考えていくことが重要です。