2−8 表土改変状況調査

 

1.調査の目的と方法

(1)調査の目的

自然環境の重要な構成要素であり、陸上の生態系の基盤である表土は、動植物の生息・生育の場、水の貯留、有機物の蓄積・分解等多くの機能を有するが、その生成には非常に長期間を要するうえ、地表上にごく薄く存するにすぎないものである。

このように、表土は、貴重な資源であるが、その重要性はあまり認識されておらず、各種の土地利用において安易な表土の改変が行われている現状にある。

今後われわれが表土の保全を考えていく場合には、その重要性について定性的に理解することはもちろん、定量的に把握することもきわめて重要である。しかし、そのために必要な知見をほとんどもち合せていない現状にあっては、個々の無意識的な行為が、総体としていかに表土を改変してきたかを明らかにするところから始めねばならない。

このため、本調査においては、関東地方における表土の改変状況を昭和20年頃、35年頃、50年頃の戦後の3時期において調査することにより、時系列的に表土の改変の実態を量(面積)的に把握しようとしたものである。

(2)調査の内容と方法

ア 調査資料

昭和20年頃、35年頃、50年頃の戦後の3時期における表土の状況を把握するためにそれぞれの時期の空中写真を用いることとし、近傍の時期の写真を収集した。それぞれの時期の年代幅は次のとおりである。

 昭和20年頃:昭和20年〜昭和27年(+7年)

 昭和35年頃:昭和32年〜昭和42年(-3年/+7年)

 昭和50年頃:昭和45年〜昭和50年(-5年/+3年)

なお、昭和50年頃については、第1回基礎調査の現存植生図も参考とした。

イ 表土状況の判読

調査対象域の表土状況は、表2−8−1の表土区分に従い第3次地域メッシュ(注1)ごとに把握することとし、それぞれのメッシュにおける表土の判定には小円選択法(注2)を用いた。

ウ データの処理

メッシュ判読によって得られたデータは、コード化し磁気テープに収納したのち、昭和20年頃、昭和35年頃、昭和50年頃の3時期のそれぞれで、表土状況メッシュ図を作成するとともに、表土区分別のメッシュ数を都県別及び関東全域で集計した。さらに昭和20年頃と昭和35年頃、昭和35年頃と昭和50年頃の間で表土状況の比較を行い、各メッシュごとに表2−8−2の「表土改変区分」に従い改変状況を分類し、表土改変メッシュ図の作成と、表土改変区分別メッシュ数の集計を行った。

 

2.関東地方における表土改変の状況

(1)調査対象域の選定について

自然環境保全基礎調査は、その特徴の一つに、全国土を対象とすることが挙げられる。

他の調査と異なり本調査が、関東地方に調査対象域を限定したのは、およそ次の理由によるものであった。すなわち1主として航空写真からの判読によるため、必要な写真(特に昭和20年代)が入手可能であること、2当該地域には、我が国の首都が存在し、最大の人口集積があり、これに伴い産業活動や人間の生産活動により、環境に対して大きな負荷が生じていること(人間の自然環境に対する影響が顕著に現われている)3当該地域は地形的に多様であり、かつその均衡がとれていること、4当該地域の植生は亜寒帯(亜高山帯)から暖温帯(低山帯)にわたり多様であるとともに、その配分が比較的均衡のとれたものであることなど、我が国の自然環境をある地域で代表させようとするならば、最もふさわしい要件を備えていると思われるからである。

(2)表土の改変状況の概要

本調査で判別した表土区分は表2−8−1に示すとおり、表土の取扱いに基づく9の区分とそれに対応する具体的な土地利用形態による17の細区分である。この区分に基づく各年代ごとの表土状況やその改変の状況は、資料編(表土改変一覧表)に示した。

関東地方の表土状況及びその改変の概況を把握するには、このような区分では繁雑であるので、自然表土地、半自然表土地、人工表土地等の区分にまとめ(表2−8−3)戦後30年間の推移を追った(表2−8−4及び図2−8−1)。

この図から、昭和20年代には東京都の区部及び川崎、横浜にほぼ限定されていた人工表土地が、近郊の自然表土地を蚕食して拡大していく様子が読みとれた。数字的にみると、人工表土地は昭和50年代には昭和20年代の約2.3倍に増大し(1592メッシュ→3643メッシュ)、その増分の5割強はみかけ上自然表土地の減少によって補われている。

年代別にみると、昭和20年−35年の間では、半自然表土地と人工表土地が増加し、自然表土地が減少しているが、昭和35−50年の間では、人工表土地は依然として増加しているのに対し、半自然表土地は減少に転じている。昭和20年−50年までを通してみれば、人工表土地のみが増加し、自然表土地と半自然表土地が減少した形となっている。

なお、自然表土地、半自然表土地、人工表土地の他、水域と埋立地を区別したが、各年代を通じて水域は減少し、未利用埋立地は増加している。

(3)表土改変の態様

3区分の表土状況の変化を概観したところ、その態様には年代による差が認められたので、ここでは年代別、都県別に表土改変の態様を比較検討した。

図2−8−2は昭和20年代から35年代、35年代から50年代と、ほぼ15年の期間において関東地方及び各都県にどのような改変が生じたかを表したものである。

関東地方全域でみると、S20−35、S35−50の両時期とも約8%の表土が何らかの形で改変を受けており、その主な内容は、表土の被覆(建築物、建造物、道路の舗装等による表土の被覆)、表土の反転(ゴルフ場、牧草地、緑の多い住宅地、公園・墓地等、表土の攪拌は生じているが地域的移動はない場合)、畑地化、水田化、表土の壊廃(造成地、土取場、崩壊地など)である。

前期(S20〜35)においては、畑地化が最も多く(36.0%)、表土の被覆がこれに次いでいるが(30.6%)、後期(S35−50)では表土の被覆が最も多くなり(41.9%)、表土の反転が増え(22.9%)、畑地化は激減した(14.0%)。また前期では目立たなかった表土の壊廃が顕在化した(6.5%)ことも注目に値いする。

表土改変の各態様のうち、畑地化や水田化は農業活動に、表土の被覆や壊廃、盛土は、都市化にそれぞれ起因するものであろう。

ある地域で都市化が進展すれば、前者は減少し、後者は増加すると思われるので、これらの改変区分に着目して都市化傾向の把握を試みた。

数量的比較を容易にするため次の式により定義される指数を算定し、これを仮に都市化指数(U・I)(注3)とした。

U・I=

A−BA+B

ここでU・Iは都市化指数

Aは、 土地の被覆、壊廃、盛土のメッシュ数又は改変メッシュ総数に対する百分比
Bは、 畑地化、水田化したメッシュ数又は百分比である。

A及びBに該当しない表土改変区分は、農業活動及び都市化とは直接関係がない(注4)と判断し除外した。

関東地方全域及び各都県の2期間(S20−35、S35−50)における都市化指数U・Iを求めたところ、図2−8−3に示す結果を得た。

これによれば、前期(S20−35)では、茨城、栃木、千葉、群馬、埼玉、の5県がU・I>0で東京、神奈川のみがU・I>0.5と2極化していた表土改変の傾向が、後期(S35−50)にはすべてU・I>0となり、全域的に都市化の傾向が顕著になったことが把握された。

 

注(3)都市化指数(U・I)は次の性質をもつ;当該地域で都市化的改変のみが生じ、農業的改変が全くない場合はU・I=1となり両者が均衡している場合はU・I=0、正反対の場合はU・I=−1となる。U・I>0ならば、都市化が農業活動を上まわり、U・I<0ならば農業活動が優勢であることを示す。

注(4)「表土反転」は、果樹園や牧草地など明らかに農業活動の結果と考えられるものを含むが、これは当該区分の中では少く、多くの部分を占める、ゴルフ場、公園、その他は間接的には都市化の影響が考えられるが、都市化の直接の結果とは判断されず、「表土反転」はA,Bいずれにも属さないものと判断した。

 

表土の改変は、ある土地利用形態が別の土地利用形態に変わることに伴って生じるものであるが、その実態を明らかにするため、占有メッシュ数が比較的多く改変率も高い土地利用形態(表2−8−1の細区分に該当)について、その改変の内容を検討した。

図2−8−4は、上の条件に該当する森林、植林地、原野、畑地、水田、果樹園・茶畑・桑畑の6土地利用形態について、改変した部分がどのような土地利用形態に変化したかを示したものである(詳細なデータは資料編参照)。

これによると、6つの土地利用形態のうち、改変率の高いもの(≧20/%)は、原野、果樹園・茶畑・桑畑(前・後期とも)及び後期の森林であった。

それぞれの土地利用形態がどのような土地利用形態に変化したかについてみると森林は改変メッシュの80%前後が植林地に変化し、これに対し植林地は畑地・公園・墓地・ゴルフ場等(ここではその他の土地利用として区分)、市街地などに、原野は畑地、水田、植林、市街地などに多様に変化している。畑地、水田はともに市街地への改変が最も多く水田・畑地間の相互改変と公園・墓地・ゴルフ場等への変化がこれに次ぐ形となっている。果樹園・桑畑・茶畑の場合は、畑地、水田への変化が改変メッシュの50%前後を占め、市街地が30%前後を占める。

改変率の小さい表土区分としては被覆地に属する3つの土地利用形態(市街地、工場地帯、その他)が挙げられ、盛土地や表土壊廃地、表土反転地のうちの牧草地は出現メッシュそのものが少なかった。盛土地や表土壊廃地はきわめて不安定な(他の形態に変化し易い)状態であること、牧草地は関東地方では比較的稀な土地利用形態であることがその理由の一つであろう。

ここで得られた傾向を模式的に表すと図2−8−5のようになる。この図では一部に可逆的な変化もみられるが、多くは非可逆的な過程である。

 

3.まとめ

 関東地方における、昭和20年代から50年代にかけての表土の変化を調べたところ、都市地域が拡大し、自然地や農耕地を蚕食していくという顕著な傾向が把握された。昭和20年から50年までの30年間を前期(S20−35)と後期(S35−50)に分けると、表土の改変の態様には明らかな差異が認められた。すなわち、前期においては、表土の改変に都市化傾向が強かったのは東京都と神奈川県のみであったのが、後期に至るといずれの県でも都市化型の改変傾向が強く現われた。

  表土の改変の過程は、自然表土地から被覆地へと非可逆的に進行し、いったん表土がコンクリートやアスファルトで被覆されれば、この過程内に生じる通常の変化では、他の形態に変化することはない。この過程を表土の人為的遷移と考えると、都市地域はその極相に当るといえよう。

 

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