2.陸域の自然環境

 

2−1 植生調査

 

1.調査の目的と方法

(1)目 的

植生は陸上に降りそそぐ太陽エネルギーを唯一固定しうる緑色植物の総体であり、生物が営むエネルギー循環過程の基礎となるもので、人間を含む動物はすべてその生活を直接・間接に依存している。植生は地域ごとに様々な様相を示すが、この多様性は植生の存在する地域の地史、気象、地質、地形さらには人間を含む他の生物との相互作用等に基づく植物の進化、適応の結果である。したがって我々が自然に働きかける場合には、地域の環境の特性を植生から読みとることによって適切な手段を講じることが可能となる。

主として植物社会学的に分類された群落単位を地形図上に表現した植生図は、国土計画、地域開発、産業立地等のための自然診断図として、また自然環境の保護・復元・維持のための生態学的処方箋として重要な基礎図であり、各種の保護ないし開発のマスタープラン作成に不可欠な資料として高く位置づけられている。

本調査は、全国の植生の現況をより詳細に把握するとともに、地域レベルの計画に対応できる植生図を全国的に整備するための一環として、国土の約2分の1の地域(注1)について植生調査を実施し、縮尺5万分の1の現存植生図を作成した。

調査結果は数値情報化してファイルし、自然環境に関するデータ利用に備えるとともに、これを利用して各種の集計や分布図の作成、解析を行い、全国の植生の状況について客観的・総合的な把握を目指した。

 

(注1)「植生調査対象地域一覧図」資料編参照

 

(2)調査の内容と方法

調査は都道府県単位で行われ、第1回自然環境保全基礎調査による植生図及び空中写真等を参考にしながら、現地において植生調査を実施する等により、「植生図凡例一覧表」に示す植生凡例区分に従い、縮尺5万分の1現存植生図を作成した。

なお、現地において植生調査を実施した場合は「植生調査表」を作成し、その結果及び過去に作成された植生調査表(または組成表)等の既存資料に基づき、当該都道府県で使用したすべての凡例のそれぞれについて、その植物群落の相観、立地条件、主要な構成種、県内における分布、保全上の留意事項等当該群落の特徴を記載することにした。

なお、調査者が必要と認める場合は、定められた凡例以外の群落名を用いてもさしつかえないものとした。ただし、この場合、新たに使用する凡例と定められた凡例との対応関係を明示し、新たに使用する凡例が群集(または群集レベルの群落)である場合は、必ず組成表を掲載することとした。

(3)情報処理の内容と方法

植生図として画像によって表わされた調査結果から、定量的な情報を得るため、「標準地域メッシュ・システム」を採用し、これに基づき地図に表現されている情報を数値化し、磁気テープに収録した。

情報の数値化は次のようにして行った。

ア.現存植生図の読み取り

昭和54年度に都道府県別に作製された縮尺5万分の1現存植生図より、第3次地域メッシュを利用して読み取りを行った。読み取りは各メッシュの中央に直径5mmの測定円(約5ha)を設定し、円内で最も広い面積を占める群落をそのメッシュの代表とする手法(小円選択法)を用いた。この読み取り手法は第1回調査時に検討、採用された手法で、小面積の群落の欠除を防ぎ、偶然性を是正できることが特徴である。

読み取り範囲は現存植生図の図化範囲としたが、細部では次のような条件を定め読み取りを実施した。

1 メッシュ内の測定円に植生図が一部でも含まれたときは、含まれた範囲について上記手法を適用する。(例:図化範囲境界付近や海岸線など)

2 測定円に陸地が含まれても、植生図中に群落が表示されておらず、陸地面積が微細なときは除外する。(例:極めて小さい島など)

3 読み取り範囲で、図の読み取りが不可能なときは不明区分を用いて表示する。

4 陸域で囲まれるような湖沼、河川については、現存植生図中に該当凡例がなくても、開放水域として入力する。

5 測定円に2県以上がまたがる場合は、最大面積を占める県における最も広い面積の群落をそのメッシュの代表とする。

群落の数値化は、群落コードへの置き換えにより行った。このコードは、前出の「凡例一覧」に準拠した。

各々の群落は植生自然度への変換が可能であり、メッシュを代表する群落の植生自然度がそのメッシュの植生自然度となる。植生自然度は、一般に表2−1−1のような10段階の表示が行われている。今回の集計もこれに準拠したが、「植生自然度10およびその他の区分」を次のように設定し、13区分の表示を行った。

10−1 自然草原
10−2 自然裸地
10−3、4 開放水域 10−3: 現存植生図中に表記あり
10−4:    〃   表記なし
 (開放水域は一括する)
10−0 不明区分

 

イ.自然公園および保全地域の読み取り

読み取り作業に先立ち、都道府県別に作製された自然公園および保全地域区域図(昭和55年7月現在)を国土地理院発行縮尺5万分の1地形図に移写整理を行い、この図面を作業図としてメッシュ読み取りを行った。対象とした公園は、国立公園、国定公園、原生自然環境保全地域、自然環境保全地域で、その読み取り範囲で現存植生図の読み取り範囲と同一した。読み取り方法は先に述べた現存植生図の場合に準じ、読み取り条件は以下のように定めた。

1 現存植生図の図化されている範囲をすべて対象とする。

2 対象区域内でメッシュの測定円内に公園が一部でも含まれたときは読み取りを行なう。

3 2種類以上の公園が含まれるときは円内で最大面積を占める公園をそのメッシュの代表とする。

4 公園図の接合などが不自然な場合でも作業図に従いそのまま読み取った。

5 公園地域外は4桁のゼロ(0000)によって表示する。

公園の数値化は環境庁自然保護局の定めたコード番号一覧によった(資料編)。

ウ.標準地域メッシュの性格と大きさ

地図情報を数値化するためには、地図に表現されている項目を数値化、符号化するとともに、位置についても数値化しなければならない。

この位置を表示する方法として、原則として行政管理庁の定めた(行政管理庁告示第143号)「標準地域メッシュ・システム」がある。これは、経緯度法とも呼ばれ、一定の経線、緯線で地域を網の目状に区画する方法であり、この区画を「地域メッシュ」と呼んでいる。

経緯線によって区画された地域メッシュは、地球全体を連続的に覆うことができるうえ、地図に印刷されている経緯線を基準に誰でも容易にメッシュ線を引くことができる。しかしながら、緯度間隔はどこでもほとんど同じであるのに対し、経度間隔は南北極に近づくにつれて狭くなるため、等積メッシュは同じ緯度帯内でしかつくれない。実際に、高緯度にある札幌では、鹿児島よりも16%程度面積の小さなメッシュとなる。

標準地域メッシュには、120万分の1地勢図の大きさに相当する第1次地域区画、22万5千分の1地形図の大きさに相当する第2次地域区画、および3第2次地域区画を縦横10等分した第3次地域区画がある。第1次地域区画は、経度差1度、緯度差40分で区画された範囲のもので、日本の中央付近では縦横とも約80kmである。第2次地域区画は、第1次地域区画を縦横8等分したもので、その範囲は、経度差7分30秒、緯度差5分にしてあり、大きさは約10km×10kmである。第3次地域区画は、経度差45秒、緯度差30秒の範囲にあり、大きさは約1km×1kmである。一般にこの第3次地域区画のことを「基準地域メッシュ」あるいは「第3次メッシュ」と呼んでいる。ちなみに、日本全国は、約38万6千4百個の3次メッシュで覆われる(図2−1−1〜4参照)。

なお、データの処理に際して基準地域メッシュでは粗すぎる場合、または細かすぎる場合には、これを分割または統合して分割地域メッシュまたは統合地域メッシュを用いることもできる。

メッシュコードの付け方は図2−1−2〜4に示すとおりである。

 

2.我が国の植生の現況

(1)調査範囲

本調査の対象となったメッシュは総数155,450メッシュで、これは全国の2分の1よりやや少ない。

都道府県別の調査メッシュ数(1メッシュはほぼ1km2)及び全域に対する比率(全域を調査した第1回調査のメッシュ数を基準とする)を表2−1−2に示した。今回の調査で、愛知県、香川県でほぼ全域が調査されているのをはじめ、大阪府、岩手県などで実施率が高くなっている。東京都、山形県、宮崎県、青森県などの調査面積比率は低く、山梨県と長野県は今回の調査対象から除外されている。

(2)植生区分及び植生自然度区分別の占有比率

表2−1−3表2−1−4は第1回調査と今回の調査において得られた植生区分及び植生自然度区分のメッシュ数とその比率である。

両者を比較すると比率や順位に相違が認められるが、これには、国立公園や国定公園をなるべくカバーするように調査域が選定されたという今回の調査の事情も反映されていると思われるもので、この相違を時系列的な変化とみなすことはできない。

細部において差はあるものの、大略的にみると植生区分や自然度区分の比率には前回と同様の傾向がみられる。すなわち全体的にみて最も大きな比率を占めるのは植林地・耕作地植生であり、ヤブツバキクラス域の代償植生、ブナクラス域の自然植生がこれに次いでいる。自然植生として最も大きな比率を占めているのは、ブナクラス域の自然植生であり、それに次ぐのが、亜寒帯・亜高山帯(トウヒ・シラベクラス域)の自然植生で、ヤブツバキクラス域の自然植生は最も小さい。

自然度区分をみると、比率が低いのは自然度1、3〜5、8及び10であり、この区分の順位については前回と今回は一致している。比率の高いのは2、6、7及び9であり、このグループ内での順位は逆転しており、前回最も高かったのは自然度2の農耕地であったが、今回は自然度6の造林地がそれに替っている。この辺りに調査地域選定に当たっての偏りが出ているものと思われる。

(3)自然公園及び保全地域の植生の状況

ア.調査の実施状況

今回の調査では精度の向上を図ったため、調査人員や時間、経費等の制約を受けて、調査地域を全国の2分の1程度に限定せざるを得なかったが、その中には、国立公園、国定公園がなるべく含まれるように選定された。

国立公園、国定公国、自然環境保全地域における植生調査の実施状況は次のとおりである。なお、それぞれの箇所数は56年3月現在のものである。

国立公園は全国27か所のうち、全域にわたり調査が行われたのが9か所、一部が調査されたのが16か所、全く調査されなかったのが2か所である。国定公園は全国51か所のうち、全域調査が行われたのが17か所、一部調査されたのは26か所、未調査は8か所である。保全地域(自然環境保全地域及び原生自然環境保全地域)は合計10か所のうち、6か所は全域で調査が行われたが、残りは未調査である。

表2−1−5〜8に上述の公園、保全地域について個別に今回の調査の実施状況を示した。調査域はメッシュ数で、公園等の区域は実際の面積(平方キロメートル以下四捨五入:昭和55.3現在)で表わした。これは、自然公園等に関する数値情報ファイルの作成時期が古く、したがって妥当なメッシュ換算値が得られないための便宜的な処置である。実施率は、調査域のメッシュ数を、1メッシュをおよそ1kmとして区域の実面積に対する百分比で表わしたものであるが、メッシュ化の過程で面積は過大に読み取られるので、この値も実際のものより過大なものであろう。

全域が調査された場合をみると、実施率は国立公園では96%から153%の値をとるが、9公園の平均は107%である。一方、国定公園では75%から167%までの値をとり、17公園の平均は109%であった。このことから、メッシュ換算値は実際の面積より7〜9%で多めであるといえる。したがって、国立公園、国定公園全体の調査実施率はそれぞれ71%,79%と算定されたが、実際はおよそ66%、72%程度と考えることができる。しかし、国定公園の場合、個々の公園面積が国立公園のそれぞれより小さいため、より過大に算定されている可能性が高いので、今回の調査では、国立公園、国定公園とも2/3程度が調査されたと考えるのが妥当であろう。

イ.植生の状況

図2−1−2、3は、調査が行われなかった地域あるいはごくわずかしか行われなかった地域を除き、国立公園、国定公園別に植生区分ごとの構成比を示したものである(各公園の位置は図2−2−4、5を参照)。

この図に基づき、優占する植生区分により各公園を分類したものが表2−1−9である。ただし、この表からは、調査実施率(表2−1−9参照)が60%未満のものは除いた。

これによると、ヤブツバキクラス域の代償植生や植林地・耕作地植生が優占する公園が多いが、これは全国的な植生状況の傾向と一致している。ブナクラス域の自然植生が優占する国立公園が無いのは、この植生帯に位置する公園が調査されていないことによるものである。ヤブツバキクラス域の自然植生が優占する公園は、国立公園、国定公園とも島嶼にしか見出せなかった。

 

3.まとめ

 国土の3分の2が森林で覆われている我が国は森林国と呼ばれるが、その質的な内容や国民一人当りの森林面積および住居地域における緑被率などについてみると、それは必ずしも森林国の名にふさわしいものではない。

人間の生活が営まれる環境は、我々にとり快適・安全・健全であるべきであり、その面で緑の持つ意味は大きく、緑を如何に保護し、復元、創造していくかは環境行政における当面課題の一つである。

 我が国の植生の現況に関し、全国レベルで高精度の調査が実施されればこれから生れる諸知見は環境管理上有用な指針を与えるものと考える。

 しかし本植生調査は精度の向上と引き換えに調査対象域が縮少し、全国の自然公園及び保全地域とその周辺を中心に、全国の約2分の1にあたる16万km2について実施されたにとどまった。

 この場合、調査域がランダムに抽出されるか、あるいは厳密にある計画性をもって設定されていれば、種々の集計はそれなりに意味を持ちうるが、今回の場合はそのどちらでもなかった。したがって、地域的な比較検討や分析はいたずらな混乱を招くおそれがあるので、ごく大雑把な傾向把握と地理的まとまりのあるものについての事例紹介にとどめた。本調査の成果は一に植生図の作成にあることを強調しておく。

 

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