標識調査でわかること

鳥類標識調査からこんなことがわかってきました。

標識調査は鳥の一羽一羽を確実に個体識別ができるという点が、他の調査方法と大きく異なる特徴です。

ではこの調査によってどんなことがわかってくるのでしょうか。

目次

1.鳥の渡りに関すること

ツバメの渡り

大昔から、鳥の渡りは人間にとって大きな謎でした。夏にたくさんいた鳥たちが冬にいなくなってしまうのは、いったいなぜなのだろう? かの有名な古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、ツバメは木のうろや泥の中で冬眠すると考えていました。近年になって"渡り"という概念が一般的になっても、夏に我が家の軒下に巣をつくるツバメは、毎年来るあのツバメだろうか?  どこをどう通って旅をしてきたのだろう? そんな疑問は消えません。

日本でツバメに足環をつけて放した結果、秋から春にかけて、日本から2000km以上も離れたフィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシアなどから、足環のついたツバメを見つけたという情報が寄せられました。これは、現地の人たちが、小さな足環に刻印された"TOKYO JAPAN" という文字を手がかりに、手紙を書いて知らせてくれたのです。

  日本で標識されたツバメの国外での回収

一番長い距離を渡る鳥は?

渡り鳥は、いったいどれくらいの距離を渡るのでしょうか?もちろん種類によって違い、長い距離を渡る鳥と短い距離を渡る鳥がいますが、長距離を渡るものの中には、地球を約半周して、自分の生まれ故郷と越冬地を往復する鳥がいることがわかっています。これも標識調査をおこなって初めてわかった事実なのです。   日本では、南極で足環をつけられたオオトウゾクカモメという海鳥が、赤道を越え、はるか12,800kmもの長距離を移動して、北海道の近海で発見された記録があります。この鳥が今のところ、日本に渡ってくる鳥の中で最長距離移動の記録保持者です。

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2.鳥の年齢・寿命に関すること

野生の状態で鳥の寿命を調べるのはとても難しいことです。なぜなら、野鳥には戸籍簿のような記録がないからです。 そこで寿命を知る手がかりとして、足環をつけた鳥が再び捕獲または回収されるまでの期間のデータが重要となってきます。放鳥時すでに成鳥であることもあるので、正確には寿命とはいえませんが、その鳥が少なくともその期間は生きていたという証拠になります。

1961年から1998年までの38年間に標識放鳥した447種のうち、125種について5年以上経過した後の回収記録が得られました。また、2012年時点で集計した主な種の長寿記録を右の表に示しました。 これを見ると、小鳥類では10年以上生きるものはまれで、大型の鳥では海鳥類で長生きするものが多いことがわかります。

標識調査でわかった鳥の長寿記録

一番長生きの鳥はどんな鳥?

日本で記録された一番長生きをした鳥はどんなものがあるでしょう。アホウドリの仲間のオオミズナギドリという鳥で、1975年5月に京都府の冠島で足環をつけられた個体が、2012年1月にマレーシアのボルネオ島で衰弱して保護されました。最初に捕獲された時から実に36年8ヶ月経過していました。また、一般的に冠島で産まれた雛は4年後以降に冠島に戻ることが確認されていることと、最初に冠島で捕獲された際には成鳥であったことから、この個体はボルネオ島で保護された時点で40歳以上だったと思われます。近年は、足環の材質として腐食や磨耗に強い金属が使われるようになったので、足環からさらに長寿の記録が確認できるかもしれません。

オオミズナギドリ足環

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3.鳥の形態や分類に関すること

亜種とそうでない種の画像

世界的に広く分布する鳥でも、よく調べると少しずつ違いがあり、亜種とされることがあります。中には、この違いが大きく、新たに別種であると認められることもあります。別種であればもちろん、亜種の場合も、その地域ごとに保護策を講じていかねばなりません。これらの研究には、囀りなどの生態的な違いのほか、各部の測定値や羽色の違いなどの形態的違い、最近ではDNAが利用されています。これらの知見は標本や観察では得られないため、標識調査が重要な機会になります。

標識調査で新種を発見!(ヤンバルクイナ)

鳥類標識調査のために沖縄を訪れていた(財)山階鳥類研究所の研究員(当時)の研究員は、1978年から3年続けて種不明のクイナ類らしき鳥を観察していましたが、いずれも一瞬の出来事で詳しい特徴は確認できていませんでした。そこで1981年に同研究所標識研究室がこの不明種を確認するための捕獲調査を実施したところ、6月28日に幼鳥1羽、7月4日には成鳥1羽の捕獲に成功しました。この2羽は詳細に観察され、測定、写真記録などの後に足環を付けて放鳥されました。これらの記録と別途発見された死骸標本から論文が書かれ、正式に新種ヤンバルクイナが誕生したのです。日本で新種の鳥が発見されたのは1887年のノグチゲラ以来で、ほぼ100年ぶりのビッグニュースでした。

ヤンバルクイナの画像
ヤンバルクイナ

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4.地域の鳥類相に関すること

ある地域にどのような鳥が生息しているのかを調べることは、その地域の保全を考えるうえで基本的な調査事項です。野外での識別が困難な種(たとえばジシギ類)や、潜行性・夜行性で野外での観察そのものが困難な種(たとえばセンニュウ類)を確認するためには、標識調査が大きな力を発揮します。

ジシギ類の画像
タシギ

標識調査によって日本で初記録された鳥たち

日本で確認された野生鳥類のうち、マキバタヒバリ、コウライヒクイナ、モリムシクイ、ヒメアマツバメ、オジロビタキなど15種(亜種)以上の鳥たちは、標識調査によって日本で初めて記録されました。同じように、特定の地域の鳥類相を把握し種をリストアップしようとする場合にも、センサスなどの調査とあわせて、観察しにくい鳥を記録できる標識調査を実施することが有効です。

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5.個体群や生息環境の変化に関すること

一定の場所と方法で継続的に標識調査を行うことで、ある種が増えているのか減っているのかの傾向を知ることができます。また、環境の変化に伴って、そこに生息する鳥の顔ぶれが変わる場合もあります。近年、世界的にも標識調査データの環境モニタリングへの利用が重要視されてきています。

イギリスやアメリカでは1980年代から国内に数百ヶ所もの調査地を設け、データを収集し続けています。

日本でも継続的に標識調査を行っている鳥類観測ステーションのデータなどから、長期にわたる種構成の変動やいくつかの鳥種の増減傾向が明らかになってきています。

鳥類観測ステーション コノハズク
コノハズク

鳥類観測ステーションの成果から

1970年代から毎年継続して調査をおこなっている調査地が全国に数カ所あり、これらの標識データが徐々に解析されています。例えば、福井県の織田山という調査地では、1980年代前半に周辺の森林が伐採され、植生が急変したことによって種構成が大きく変化しました。

また、1973年以来継続して実施されている山中湖の繁殖期における調査からは、夏鳥の占める割合が1989年以降年々減少してきていることがわかりました。

織田山の放鳥数と種数

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6.いくつかの種についてわかってきたこと

鳥類標識調査の結果から、いくつかの種について明らかになったことを紹介します。

アマサギ Bubulcus ibis・チュウサギ Egretta intermedia・コサギ Egretta garzetta

夏鳥のアマサギ・チュウサギは日本で繁殖し多くは冬に南へ移動しますが、中でもフィリピンが重要な越冬地または中継地であることがわかりました。さらに留鳥といわれているコサギも国内で越冬する個体ばかりではなく、フィリピンなどの遠方に移動して越冬する個体もいることがわかりました。

コブハクチョウ Cygnus olor

コブハクチョウは、日本においては飼われていたものが野生化し自然繁殖するようになったと考えられますが、この鳥も夏と冬の生息地を変え、定期的に移動をしていることがわかりました。

オナガガモ Anas acuta

オナガガモの繁殖分布は広いのに、日本に渡来する個体はほとんどがロシア北東部からのものであること・日本で越冬した個体が年によっては北アメリカで越冬することがあること・例数は少ないがユーラシア大陸西部から渡来する個体がいることなどがわかりました。

ナベヅル Grus monacha・マナヅル Grus vipio

ナベヅルとマナヅルの金属足環での回収記録は少ないのですが、番号の入ったカラーリングを併用することにより、多くの観察記録が集まり、その結果、日本で越冬する両種の繁殖地や渡りの中継地が明らかになりました。

キョウジョシギ Arenaria interpres

キョウジョシギは日本では春に放鳥も回収も多いのに秋にはほとんどないことから、ベーリング海のセント・ジョージ島で夏に放鳥された本種は日本を経由せず主に南太平洋に渡って越冬し、春には秋と異なる経路で日本列島沿いに北上するのではないかと考えられます。

トウネン Calidris ruficollis

トウネンの金属足環による回収は少ないですが、足に色のついた小さなフラッグを付けて放鳥することによって、これまでに数十例もの観察記録が寄せられました。この結果、春秋に日本を通過する本種は、オーストラリア沿岸で越冬することが明らかになりました。

ウミネコ Larus crassirostris

ウミネコは青森県の繁殖地において長年にわたり調査を続けた結果、繁殖終了後いったん繁殖地より北へ移動し、その後冬期には関東地方以西に南下して、春には再び北方へ移動する傾向が明らかになりました。また、産まれた場所から移動し、別の地域で繁殖する個体のあることがわかりました。

ツバメ Hirundo rustica

日本では夏鳥として知られるツバメの越冬地はかなり広範囲ですが、日本に渡来するツバメは主にフィリピン・インドネシア・マレーシア・ベトナム南部等で越冬し台湾は重要な中継地になっているということがわかりました。

ハクセキレイ Motacilla alba

ハクセキレイは、日本ではかつて北海道と本州北部で主に繁殖していましたが、1970年代初めから本州中部以南の平地でも普通に繁殖するようになり、繁殖分布が本州西部・九州北部に急速に広がったと言われていますが、この分布の拡大が、回収記録にも示されています。

モズ Lanius bucephalus

モズは国内では留鳥として一年を通じて見ることができますが、調査をしてみると繁殖期と越冬期の間に長距離を移動する個体の少なくないことがわかりました。

オオセッカ Locustella pryeri

国内希少野生動植物種に指定されているオオセッカは、国内での繁殖地が数ヶ所知られていますが、越冬地の一部が明らかになりました。

ツリスガラ Remiz pendulinus

冬鳥として渡来するツリスガラは、1980年代中頃までは九州と中国地方の西部で越冬することが知られていましたが、その後、東に分布を広げわずか10年後には関東地方でも見られるようになったことがわかりました。

オオジュリン Emberiza schoeniclus

日本では東北地方以北で繁殖し本州以南で越冬するオオジュリンは、小鳥類の中では非常に多くの回収記録が得られています。その結果、秋の移動時期には太平洋沿岸沿い・日本海沿岸沿いを北から南へ移動する個体が多いのですが、北陸地方から関東及び東海地方に内陸を移動する個体も少なくないこと、朝鮮半島を経由して九州北部から東に移動する個体もいると思われることなどがわかってきました。

スズメ Passer montanus

日本ではなじみの深いスズメは留鳥として一年を通して見ることができますが、越冬期には繁殖地からかなり移動する個体の少なくないことがわかりました。