第9章 数値地理情報を用いた日本の自然環境区分のこころみ

−トータルな環境保全の基礎として−

 

 本章と10章では前章までとアプローチを変えており、そのうち本章では、基礎調査結果(植生調査結果)と国土数値情報などを用い、地域特性に応じたトータルな環境保全政策を検討する上での基礎となる「自然環境区分」をこころみた。

 

9.1 背景と目的

 

 従来、地質、地形、動物、植物といった個別の環境要素の保護に重点が置かれていたが、近年、地域全体の環境をトータルにとらえた環境の保全が注目されており,これに応じて自然環境保全政策が多様化しつつある。

 そのようなトータルな環境保全政策の前提として、あらかじめ自然環境の構造を把握し、理解することが必要である。しかし、環境そのものを構造的にとらえるこころみはほとんどなされてこなかった。

 すなわち、地形や気候、植生といった各環境要素についての地域区分は既に多く試みられているが、それらを総合して、自然環境を複合体あるいはシステムとしてとらえた環境区分はほとんどなされていない。

 このような自然環境区分は、地域生態学landscape ecologyの基礎として重要な位置をしめている。また、応用的な見地からは、広域的な環境計画を立案する際の基礎として、あるいは、さまざまな環境の統計を求める際の基礎単位として必要である(田中ら,1984)。

 実際、西ドイツでは、自然環境区分を各種統計資料の基礎単位として用いているし、ソ連や東欧においても、その必要性が十分認められている。オーストラリアでは、土地システム調査により、広大なオース卜ラリア大陸を自然的特性に即して区分している(井手・武内,1985)。東ドイツでは、地形と土壌を重視した国土全域の自然地域区分概念図が作成されている(武内,1985)。

 わが国では、Yoshino(1980)が日本全国の自然地域区分を行っている。Yoshinoは、地形、土壌、気候、植生それぞれについての空間区分をもとに、3つの空間レベルでおこなっている。第1の次元の空間区分で7、第2の次元では20、第3の次元では58の区分を得ている。しかし、方法論的には、研究者の主観にまかされている点に間題が残る。また、得られたそれぞれの地域区分のもつ意味があまり明確にはされていない。したがって、より客観的な手法を開発し、自然環境区分をこころみることは大変意義がある。

 一方、近年、各種の地理的なデータが数値情報のかたちで急速に整備されてきている。このようないわゆる数値地理情報は、コンピュータの急速な進歩にともなってその利用可能性がひろがってきている。その中心的存在である国土数値情報は国土庁及び建設省国土地理院により整備が進められ、また、気象庁によるメッシュ気候値、環境庁による全国植生データなど、近年国土の自然にかかわる情報が急速に蓄積されてきている。

 以上のような背景のもとに、本報告では、様々な数値地理情報をデータとし多変量解析を用いて、客観的で再現性のある日本の自然環境区分をこころみることとする。

 

9.2 方法と用いたデータの概要

 

9.2.1 方法

 複数の環境要素についての数値地理情報を用いることを前提とする場合、多変量解析手法の活用が有効である。すでに、筆者らはこのような環境基礎情報を作成し、それを用いた地域環境構造の把握を多摩川中流域を事例地域としてこころみている(李ら)。その方法論としては、地形、地質、土壌といった名義尺度のデータ(質的データ)を用いるために数量化理論を活用している点、とくに、地域環境の構造的把握のために数量化V類を用いている点、得られた区分を図化することによって環境区分図を作成している点に特徴がある。

 今回の解析方法は、おおむねそこで用いた方法と同様である。

 解析の手順を図9.2.1に示した。

 以下にその概要を記す。

(1)1次データファイルの作成

 国土庁作成の国土数値情報、環境庁作成の全国植生データ、気象庁作成のメッシュ気候値をもとに、自然環境にかかわるデータファイルを作成した。

 データはいくつかの磁気テープにまたがって収録されているので、メッシュコードにもとづいてそれぞれソートおよびマージをほどこし、1本の磁気テープに収録した。

 

(2)2次データファイルの作成

 (1)で作成した1次データファイルをもとに、いくつかの量的データを区分し、質的データに変換するとともに、植生の群落コードなどのように分類が多いものについてはカテゴリを集約した。

 

(3)単純集計

 各環境要素ごとに単純集計を行った。この段階で、地理的な分布を考慮するためにメッシュマップを補助的に作成しながら検討を行った。(最終的なグラフィック出力は、(6)に示すような方法で行なっているが、この段階では、大型計算機のSAS(Statistical Analysis System)を利用した簡便な方法で行なっている。)

 

(4)クロス集計

 環境要素の相互のむすびつきを把握するために、クロス集計を行った。同時に、セルごとのカイ2乗値を計算することによって、各カテゴリ間のむすびつきを把握した。また、各環境要素間のむすびつきの強さを把握するためにクラメアの連関係数を求めた。

 クラメアの連関係数は変量間のクロス表をもとに、そのむすびつきの強さを表す指数である。0から1までの値をとり、ある変量の特定のカテゴリともう1つの変量の特定のカテゴリとの対応する度合が強まるにつれて、この値は1に近づき、逆に2つの変量が全く独立であれば0になる。

 

(5)多変量解析

 環境要素間の構造を把握するために、(4)で求めたクラメアの連関係数をもとに相関係数行列を作成し、それを因子分析により解析した。(因子分析は、1組の変数の変動を規定している因子の摘出を目的とする手法である。)また同様にクラスタ分析も行った。つぎに、主要な環境要素を用いて、数量化V類による解析を行った。(数量化V類とは、サンプルのいろいろなカテゴリへの反応パタンに基づいて、サンプルとカテゴリの両方を数量化し、サンプルやカテゴリの図的表現さらには分類を行おうという方法である。)そして、数量化V類の結果得られたサンプルスコアをクラスタ分析(ウォード法)によって分類した。各クラス夕(自然環境区分)の特質を以下の手順で明らかにした。

1各自然環境区分と環境要素の各カテゴリの間の特徴あるむすびつきをセルごとのカイ2乗値を用いて解析した。

2これだけでは、各自然環境区分の中で高い構成割合を持つ環境要素のカテゴリを無視してしまう可能性があるので、自然環境区分ごとに環境要素のカテゴリの構成割合を算出した。

3自然環境区分図をメッシュマップのかたちで作成し、各自然環境区分の地理的分布を把握した。最後に以上の結果をまとめて各自然環境単位の性格を示す表を作成した。

 

(6)グラフィック出力

 グラフィック出力は以下の3通りの方法で行った。

1CRT(白黒出力)のハードコピー

2CRT(カラー出力)のカラーハードコピー

3CRT(カラー出力)の直接写真撮影

 

9.2.2 用いたデータの概要

 用いたデータは、国土庁作成の国土数値情報、気象庁作成のメッシュ気候値、環境庁作成の全国植生データの3種類である。それらはみな標準地域メッシュコード体系(JIS−C6304−1976)に準拠している。標準メッシュシステムについては、3.2で述べた通りである。

 つぎに、各データファイルの特徴について簡単に述べる。

(1)国土数値情報

 本章で国土数値情報の中から用いたデータは、標高、地形分類、表層地質、土壌である。

 各3次メッシュの平均標高値は、1/4細分方眼(250mメッシュ)標高値から求めている。すなわち、各3次メッシュ内の25の標高値(250mメッシュ)を、中央部は重く、周辺部が軽くなるように加重平均をしている。

 地形分類、表層地質、土壌は、国土庁発行の20万分の1土地分類図の中の地形分類図、表層地質図、土壌図を基礎資料としている。計測は、20万分の1土地分類図上に方眼プレートを合わせ、基準地域メッシュの区画を計測の単位区画とする基準区画法により、優占するカテゴリを選んでいる。

 

(2)メッシュ気候値

 メッシュ気候値は、観測地点の気候値(累年平均値)と地形情報を用いて、各メッシュごとの気候値を推定したものである。その地形因子の作成に用いるメッシュデータの基礎になるデータは、国土数値情報の標高データなどである。このデータを基礎として、平均高度、標高差、起伏度、陸度・海度(%)、方位別開放度(%)、方位別勾配量(m/km)などの地形因子を計算し、例えば、気候値の推定は、ステップワイズ回帰分析を用いるなどして、データを作成している。

 

(3)全国植生データ

 全国植生データは、自然環境保全基礎調査にもとづいて作成されている。ここで用いた全国植生データは、その第2回(昭和54年度)、第3回(昭和58〜61年度)の調査によるものである。

 読み取りは、各メッシュの中央に直径5mmの測定円(約5ha)を設定し、円内で最も広い面積をしめる群落をそのメッシュの代表とする手法(小円選択法)を用いている。この読み取り手法は、小面積の群落の欠如を防ぎ、偶然性を是正できることが特徴である。

 

 以上のようにこれら3つのデータが形式的には標準地域メッシュコード体系に準拠しているが、各メッシュの代表値の求め方には若干の差異があることに注意しなければならない。すなわち、標高はメッシュ内の細分メッシュデータの加重平均、地形・地質・土壌はメッシュ内の優占カテゴリ、植生は小円選択法によってそれぞれ求めている。この結果とくに急峻な山地のように局地的に環境が大きく変化しているところでは、中心点と1メッシュ全体との間で対応が認められない可能性がある。そのような場合、求め方によりメッシュの代表値が異なってしまう。しかし、全国38万件のデータを取り扱う上では、そのようなことによって生ずるズレは無視できるほどに小さくなると考え、以下の作業を進めることとした。

 

9.3 解析結果と考察

 

9.3.1 各環境要素からみた日本の自然環境の概観

 自然環境要素としては、以下の12項目をとりあげた。

(1)地形

(2)表層地質

(3)土壌

(4)標高

(5)年平均気温

(6)暖かさの指数

(7)寒さの指数

(8)最寒月平均気温

(9)年降水量

(10)暖候期降水量

(11)寒候期降水量

(12)植生

 この中で、植生については以下に若干の補足を加える必要がある。

 環境庁の全国植生データは、メッシュごとに「植物群落コード」(植生凡例)によって記載されている。全国の植生図に現れる凡例は766種類に区分されており、植物群落コードは群集レベル程度のかなり細かい区分である。コードの1ケタ目は以下のように分類されている。1)寒帯・高山帯自然植生、2)亜寒帯・亜高山帯自然植生、3)亜寒帯・亜高山帯代償植生、4)ブナクラス域自然植生、5)ブナクラス域代償植生、6)ヤブツバキクラス域自然植生、7)ヤブツバキクラス域代償植生、8)河辺・湿原・塩沼地・砂丘植生(各クラス域共通)、9)植林地・耕作地植生(各クラス域共通)、0)その他

 しかし、本研究の解析を行う上では、この分類には以下のような問題がある。1各区分のサンプル数のバランスが良くない。すなわち、1)2)3)の区分のサンプル数が極端に少ない一方、逆に9)の区分がかなり多い。2各区分が相観とはあまり対応していない。例えば、9)の区分のなかには相観的には全く異なる植林と水田と畑地が含まれている。そこで、主として相観と対応した区分とすること(例えば樹林と草地をできるだけ分ける)、サンプル数に極端な偏りが生じないようにすること(サンプル数の多いマツ林や水田は独立させる)などの点に留意しながら以下のように植生を表9.3.1.1に示した10の区分に再分類した。なおこの区分は、環境区分を目的としているため、前の章で用いた区分とは異なっている。

 以上にあげた各項目の区分およびその単純集計結果は表9.3.1.2に示した。なお、これらの概観・地理的分布特性などについては本報告書第3章ですでに述べた。

 

9.3.2 各環境要素相互の関係

(1)主要な環境要素の関係

 表9.3.2.1は各環境要素間のクラメアの連関係数を求めたものである。この表の中でもっとも値の大きいのは暖かさの指数と年平均気温との間の0.718、つぎは寒さの指数と最寒月平均気温との間の0.715で、以上気温に関する4つの要素間の関連係数は総じて高い。

 また年降水量、暖候期降水量、寒候期降水量の3者間の相関も比較的高い。

 そのほか連関係数が0.3以上のものとしては、地形−表層地質、地形−土壌、地形−標高、表層地質−土壌、植生−土壌、植生−年平均気温、植生−暖かさの指数、植生−寒さの指数があげられる。植生は比較的多くの要素と高い相関を示している。

(2)多変量解析による環境要素間の関係把握

 クラメアの連関係数を相関行列として因子分析を行った。まず主成分分析により固有値が1以上となる3因子を取り出し、さらに斜交回転であるプロマックス回転を行った。これら3因子による累積寄与率は58%である(図9.3.2.1参照)。

 第1の因子は気温にかかわる因子でこれとむすびつきの強い要素は、年平均気温、暖かさの指数、寒さの指数、最寒月平均気温である。第2の因子は地形とかかわる因子で、これとむすびつきの強い要素は、地形、表層地質、標高、土壌である。第3の因子は降水量とかかわる因子で、これと強いむすびつきを示す要素は、年降水量、暖候期降水量、寒候期降水量である。植生はこれら3因子のどれともかかわるが特定の強いむすびつきは示していない。

 つぎに、クラスタ分析の結果を図9.3.2.2に示した。クラスタ分析は通常サンプルについて行うが、ここでは相関行列をもとにして変数についてのクラスタ分析を行っている。全体は大きく3つのクラスタに分かれる。これは因子分析の結果得られた3因子と対応するものであるが、ここでは植生は因子分析による第2の因子、すなわち地形的な因子の中に含まれている。なかでも土壌と最も近くに位置している。

 以上の解析の結果から、主要な環境要素として以下の7要素を抽出した。すなわち、因子分析の第1因子とかかわる要素として「年平均気温」と「暖かさの指数」、第2因子とかかわる要素として「地形」と「土壌」、第3因子とかかわる要素として「年降水量」と「寒候期降水量」、およびそれらのどれともかかわりの見られる「植生」の7要素である。

 

9.3.3 多変量解析を用いた自然環境区分

(1)数量化V類による解析(図9.3.3.1図9.3.3.2参照)

 日本全体の3次メッシュの数は約38万件である。しかし、数量化V類による解析には電算機上に膨大な計算領域を要するために、38万件を同時に扱うことは不可能である。そこで、サンプルをランダムに抽出して、数量化V類による解析を行った。はじめに、母集団から0.5%あるいは1%の割合で抽出し、複数のデータセットを作成して、数量化V類を行い、その結果を比較検討した。のべ10回以上にわたるこれらの数量化V類の実行結果はおおむね類似しており、1%抽出でも十分安定した結果を示すと判断した。そこで1%抽出、すなわち約3800個のサンプルを用いて以下の解析を行った。

 数量化V類の結果得られた第1軸は、寄与率5.5%、固有値0.461で、「年平均気温」、「暖かさの指数」、および「地形」との相関が強い。全体として南北の帯状の性格を表している。第2軸は、寄与率5.1%、固有値0.428で、「年降水量」および「寒候期降水量」と相関の高い軸である。第3軸は、寄与率4.5%、固有値0.379で、第1軸との間にアーチ状の関係がある。これは、カテゴリに順序性が認められる場合に抽出される関係である。第4軸以降は用いるデータ集合によってバラツキが大きかった。以上のことから第3軸までのサンプルスコアを用いてクラスタ分析を行い、(2)にしめす9区分を得た。

 

(2)各自然環境区分の特質(図9.3.3.3表9.3.3.1表9.3.3.2参照)

 ここでは(1)によって得られた9つの自然環境区分の特質を区分ごとに述べた。

A:北海道の石狩山地、夕張山地のほか、本州の飛騨山脈の中央部にみられる。

 9つの区分のなかで最も寒冷であり、そのことが大きな特徴である(年平均気温<4℃のメッシュの構成割合が92%、以下%はメッシュ数の構成割合を示す)。地形は、大起伏山地(31%)、中起伏山地(28%)、火山地(20%)が多い。土壌はポドゾル性土(47%)、褐色森林土(27%)が多く、未熟土(19%)とむすびつきが強い。植生では寒帯、亜寒帯の植生が多い(80%)。地質は火山性岩石が多い(50%)。

 

B:北海道および本州中部以北に点在している。タ張山地、奥羽山脈、中部山岳地帯のそれぞれの周辺部に分布する。

 Aについで寒冷である(2.0℃<=年平均気温<8.0℃が95%、45℃<=暖かさの指数<65℃が91%)。土壌はポドゾル性土(48%)が最も多くをしめ、寒帯、亜寒帯(31%)から冷温帯(50%)の植生を多く含む。地質では火山性岩右が多い(45%)。

 

C:北海道の根釧台地、十勝平野、勇払平野、手塩平野、名寄盆地に多く分布する。ごく一部は関東平野の北部に分布する。

 AやBと比べて温度条件は大きく変わらないが(4.0℃<=年平均気温<8.0℃が90%)、標高が低いことに特質がみられる(A、Bが600m<=標高の地域がそれぞれ81%、59%を占めるのに対して、C地域は逆に標高<200mの地域が80%を占めている)。これにともないA・Bではほとんどみられない黒ボク土(43%)、低地土・グライ土(24%)、泥炭土(8%、以上土壌)、あるいは礫(31%)、砂(8%)、粘土(9%)、ローム(25%、以上地質)とのむすびつきが強い。植生では、冷温帯の自然林(22%)のほか草地・畑地(52%)が多く分布し、この地域では一定の人為的なインパクトを受けていることがわかる。

 

D:北海道から東北地方の太平洋側および中部山岳地方に多く分布する。すなわち、夕張山地、天塩山地、日高山地(以上北海道)、北上山地・奥羽山脈の太平洋側、赤石山脈などのほか、ごく一部が中国山地、四国山地、九州山地に分布する。

 温度条件は、Cに比べやや高いがそれほど大きな違いはない。相違点はむしろ標高/地形的なものであり、Cが低地も多く含むのに対して、Dは地形的には、小起伏山地(34%)、火山地(11%)が多くなっている。これにともない、地質は、半固結−固結堆積物(39%)が、土壌では、火山放出物(4%)、黒ボク土(27%)、褐色森林土(63%)が多くなっている。植生は冷温帯自然林(32%)や冷温帯二次林(12%)とむすびつきが強く、人為の加わる程度はCよりも弱いものと考えられる。

 

E:本州の伊吹山地以北の日本海側に多く分布する。すなわち、出羽山地、朝日山地、伊吹山地を中心として、Dと同様に中国山地、四国山地、九州山地にも一部みられる。

 温度条件は、Dの地域よりやや暖かい(6℃<=年平均気温<12℃が98%)。大きな特徴は、降水量が多いことである(2000mm<=年降水量が64%)。土壌は褐色森林土が多く(77%)、植生は冷温帯二次林(42%)や人工植林(25%)が主である。地質は、火山性岩石が多くみられ、砂、礫、粘土、ロームはほとんど見られない(あわせて1%程度)。

 

F:北海道から九州まで分布する。石狩川周辺、北上盆地、仙台平野、下総台地、姫路平野、広島平野、都城盆地などいずれも局所的に分布する。

 気温でみると、FとGは近いが、降水量でみると、Fが多く(2000mm<=年降水量が84%)、Gが少ない(年降水量<2000mmが73%)という違いがみられる。また、標高はF(300m<=標高が79%)が高く、G(標高<300mが86%)が低い。植生では、F、G、Hは暖温帯を多く含む。土壌はほとんど褐色森林土(90%)で、植生は暖温帯二次林(28%)や人工植林(50%)が多い。

 

G:本州中部以西の木曽山脈、中国山地、四国山地、九州山地のそれぞれ平野部にかけての地域に分布する。

 Fに比べて、標高が低く、地形的には丘陵地、台地から、低地に分布し(丘陵地25%、ローム台地13%、砂礫台地・岩石台地18%、低地・自然堤防26%)。地質は礫(32%)・ローム(20%)が多い。土壌は黒ボク土(36%)、低地土・グライ土(25%)が多く、植生はマッ林(16%)、草地・畑地(30%)、水田(36%)が主である。

 

H:関東以南の海に近い地域にまとまって分布する。すなわち、関東平野、濃尾平野、大阪平野、岡山平野、筑紫平野などに分布している。

 植生として、水田、市街地が多いことからも、人為の影響がもっとも大きいことがわかる。植生分類における市街地のうち、60%をこのHのなかに含んでいる。この区分は温暖(14.0℃<=年平均気温が87%)で、地形でみると砂礫台地・岩石台地(10%)から低地・自然堤防(70%)に分布し、地質は礫(36%)、砂(21%)、粘土(19%)が多い。植生は水田(45%)、市街地(35%)が多い。

 

I:東北地方から沖縄まで広く分布している。高知平野、薩摩半島、大分・宮崎の海よりの地域などにGとHにはさまれるかたちで分散的に分布する。また、琉球列島にも多く分布する(沖縄県の96%がIに含まれる)。

 気温では、9つの地域の中でもっとも暖かい地域を含んでいる(年平均気温18℃以上の地域の97%がIに含まれる)。標高では400m以下が多く(88%)、植生として、暖温帯自然林とのむすびつきを9つの地域の中で唯一示す。人為的インパクトは標高が低い割には比較的弱い地域であると考えられる。降水量が多く(年降水量2000mm以上か63%)山地(58%)から台地(16%)にかけて多く分布し、土壌は褐色森林土(60%)が多く、赤黄色土(6%)とむすびつきが強い。地質は、半固結・固結堆積物(39%)、深成岩・変成岩類(26%)が多い。植生は暖温帯自然林(5%)、暖温帯二次林(17%)、人工植林(26%)、マツ林(24%)、水田(15%)が多い。

 

9.4 今後の課題

 

 以上、数値地理情報を用いて日本の自然環境区分をこころみた。本論ではできる限り、客観的に自然環境区分を行なうことに留意した。もちろん、完全に客観的な自然環境区分というのは考えにくいものであるが、少なくとも、同じデータを利用し、同じ方法で解析する限りは、同じ結果が得られるということ、すなわち、解析結果の再現性についてはかなり確保されたと考える。

 しかし、得られた自然環境区分図とYoshino(1980)の結果とを比較すると、全体的にかなり異なった様相を呈している。

 第1に、地理的なまとまりの程度に差異がある。われわれの作成した図では各区分がYoshinoのそれよりも分散的に分布しており、地理的に離れたところに位置していても、類似の環境ならば同じ区分に含まれている。つまり、「飛び地」が許されている。このことは用いた方法のなかに地理的な、あるいは分布に関する因子を組み入れていないことが大きな理由である。地理的な因子を組み入れる方法としては、数量化V類の結果得られたサンプルスコアをクラスタリングする段階で、変数のなかに座標を含めることが考えられる(一種の地理的スムージングである(李ら))。そのような地理的な情報を組み入れる方がよいかどうかは一概には言えないが、地理的な因子を含めた自然環境区分図(自然地域区分図)を作成し、今回作成した図と比較検討することは興味深いと考えられる。

 第2に標高に表される、あるいは地形的な要素の反映のされ方に差異がある。われわれの作成した図では、「標高」による違いが顕著にあらわれている。これは、基本的には「標高」によって、「年平均気温」、「暖かさの指数」、「地形」、「表層地質」、「土壌」、および「植生」(すなわち降水量以外の要素)が大きく規定される事が理由である。また、日本の主要な4島が、Yoshinoの図では5区分、われわれの図では9区分されているので、そのような区分のレベルの違いによっている可能性もある。

 最後に、今後の課題を述べる。

 第1にここで得られた自然環境区分が妥当なものであるかどうかを厳密に吟味すること、第2にさきに述べたような方法論的な検討(とくに自然地域区分図の作成)を行うこと、第3に動物、降雪量など今回用いられなかった環境要素を含む、より総合的な自然環境区分を行うこと、第4にトータルな環境保全につなげるために、このようにして作成した自然環境区分を基礎として環境の評価や地域特性に応じた環境保全指針の作成を行うこと、である。

 

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