第6章 植生類型及び動物の分布を規定する要因

 

 本章では、解析対象となった植生類型及び動物の分布と、それと関連が大きく、分布を規定していると考えられる要因との関係について分析を加えた。分析対象としたのは、植生類型、動物では、哺乳類、鳥類、チョウ類の3群である。動物については、温量指数、地形区分、植生類型、土地利用(森林率、耕作地率、建物用地率)の4要因について分析を行い、そのうち一定の傾向が得られた要因との関係についてここに述べた。傾向が得られた要因は、哺乳類では温量指数、植生類型、土地利用の3要因、鳥類では地形区分、植生類型、土地利用の3要因、チョウ類では地形区分、温量指数、植生類型、土地利用の4要因である。

 

6.1 植生類型

 

6.1.1 植生と温量指数との関係

 降水に恵まれた日本では、地域的にちがう植生をうむ環境要因として、とくに温度が重要である。森林を構成する代表的な木本植物の分布と、年平均気温、年較差、積算温度のような気候値との対応を調べてみると、積算温度とよく対応していることがわかる。これは、亜熱帯のような暖かい地方に生育する植物は冬の寒さに、他方、寒い地方の植物は夏の暑さによって、分布が制約されるためと考えられる。この点に着目して、“暖かさの指数”と“寒さの指数”と名付けた温量指数が吉良竜夫によって考案された。

 温量指数とは一種の積算温度であるが、月の平均気温が5℃を越える月を植物が生育できる期間、逆に、5℃未満の月を非生育期間と仮定して算出される。“暖かさの指数”は、月平均気温が5℃を越す月の平均気温から5℃を引いた値を加算してもとめられる。また、“寒さの指数”は月平均気温が5℃未満の月について、月の平均気温と5℃との差の合計で、マイナスをつけてあらわされる。それは、月平均気温が5℃未満の月の平均気温から5℃を引いた値を合計した数値と等しい。

 おもな日本の植生帯を特徴づける樹木の分布帯と暖かさの指数との関係をみると、180、85、45、15のところにそれぞれの植生帯の上端(すなわち低温側の分布限界)が集中することが指摘され、この値にもとづいて、従来日本のそれぞれの植生帯における暖かさの指数の値が以下のように推定されていた。亜熱帯240から180;暖温帯、(丘陵帯)180から85;冷温帯(山地帯)85から45;亜寒帯(亜高山帯)45から15;高山帯15未満、である。図6.1.1.1にその2次メッシュ単位の分布を示した。

 今回の解析にあたってメッシュ気候値データから、各メッシュの暖かさの指数を算定して、植生類型などとの相関を調べてみた。

 図6.1.1.2は、日本の全3次メッシュの暖かさの指数に対する分布の割合を調べたものである。図によれば、日本は暖かさの指数で10から230の範囲を占めるが、55と115にピークがある。前者は温帯域、後者は亜熱帯(暖温帯)であり、この2つの気候帯を特徴づける冷温帯林と暖温帯林が国土の広い面積を占めていたことが明らかである。

 図6.1.1.3は、自然性の高い4つの植生類型の分散を示した図である。

 エゾマツ・トドマツ林は北方針葉樹林帯の植生類型と考えられ、気候帯として亜寒帯に入る植生と推定されているが、この見方には異論もある。今回の解析結果ではそのピークは温量指数40のところにあり、従来の評価でみると、これは亜寒帯の植生帯に入るといえる。

 日本の冷温帯の植生を代表するのはブナ林であるが、ブナ林にあたると考えられる植生類型をみると、日本海側と太平洋側で、相関に微少な差が生じているものの、ピークは暖かさの指数で60のところに位置する。

 エゾマツ・ドトマツ林ならびにブナ林がその分布で急な山型の線を描くのに対して、スダジイ林は分散の幅が広く、全体の10%以上が集中するような温量指数域はみられない。その分散の下限は65、上限は230に達している。

 しかし、ブナ林とスダジイ林は暖かさの指数100前後でほぼ完全に分離している。この点はエゾマツ・トドマツ林とブナ林が、暖かさの指数35から65の間で重なり合っているのと明らかに異なる分散パターンを示している。

 亜寒帯と冷温帯の境界と暖かさの指数との相関をさらに詳しく検討することを目的として、図6.1.1.4には日本の高山帯を代表するとされるハイマツ林、垂直分布上の亜高山帯であるオオシラビソ、コメツガ林、北方針葉樹林と考えられるエゾマツ・トドマツ林とアカエゾマツ林、さらに汎針広混交林といわれるエゾマツ・ダケカンバ林とエゾイタヤ・シナノキ林の分散を図示した。ハイマツ林は分布のピークが暖かさの指数で15にある。その数値は亜寒帯の上限、寒帯の下限と見られている。ハイマツ林は、植生のかたちとしては、アルプスやヒマラヤの高山帯下部の低木林に類似している。亜高山帯のオオシラビソ・コメツガ林が、亜寒帯に相当する北方針葉樹林と同じ気候帯を占める植生と見なせば、ハイマツ林を森林限界、樹木限界を越えた寒帯の植生とみなすことができると考えられる。

 図6.1.1.3と図6.1.1.4とを重ねてみると、冷温帯のブナ林と寒帯とするハイマツ林の間に、明らかに自然性の高い植生類型の分散に3つのパターンが認められる。それらは、

1)オオシラビソ林とコメツガ林、

2)エゾマツ・トドマツ林とアカエゾマツ林、

3)エゾマツ・ダケカンバ林とエゾイタヤ・シナノキ林である。

 亜高山帯のオオシラビソ・コメツガ林は、北方針葉樹林を代表するエゾマツ・トドマツ林とアカエゾマツ林と分散のパターンは類似し、ピークはともにおよそ40から45のところにある。60にピークのあるブナ林との間の暖かさの指数50にピークをもつのが、冷温帯から亜寒帯への移行帯の植生といわれる汎針広混交林である。暖かさの指数45はこれまでは亜寒帯の下限とみなされていた数値であり、50は温帯域に含まれることになる。しかし、ブナ林よりは10度低いところにピークをもち、重なり合わない。

 図6.1.1.5は、同じ気温帯に属すると考えられる植生類型を和して、中間温帯林と暖温帯林の暖かさの指数との対応関係を示したものである。

 ブナ林とスダジイ林はほとんど重なり合わないことは、図6.1.1.3ですでに示したが、日本の暖温帯植生を代表する照葉樹林の植生類型(カシ類、タブ、コジイ、スダジイ、オキナワウラジロガシなど)を和してこの図は描かれている。それでも冷温帯林との間には依然大きなギャップがあることがわかる。その中間に位置するのが、モミ林、ツガ林、イヌシデ林、アカシデ林という植生類型の和で、それは中間温帯林と総称される植生である。そのピークは85である。85という数値は冷温帯の下限、暖温帯の上限と考えられている。

 図6.1.1.4と図6.1.1.5を重ねてみると、各気候帯に対応する植生が独自のピークをもつものの、お互いに重なり合いながら連続し、しかも暖かさの指数が小さい方でその間隔が狭くなる傾向が見てとれる。ここで興味深いことは、暖温帯と亜熱帯の間にある大きなギャップである。ここで亜熱帯とした植生類型はヤシ林、マングローブ林、ガジュマル林である。また、各植生類型の分散パターンを比較すると、暖かさの指数が小さい方ほど占有域が狭くなり、特定の数値を占める割合が高くなっている。これは各植生類型の多様性と関係しているという見方もできる。

 

6.1.2 植生と道路密度との関係

 各メッシュごとにもとめた植生類型と道路密度との相関関係を調べた。図6.1.2.1は冷温帯を代表する森林植生であるブナ林とその二次林であるクリ・ミズナラ林と道路密度の関係を示したものである。自然の度合が高いブナ林(日本海でも太平洋側でも)では、道路密度1以下に密集し、1を越えるとその占める割合は10%以下になる。クリ・ミズナラ林はブナ林よりも道路密度の高いほうへ、その分布がよっている傾向がある。これは道路密度の大きいところを好むというよりは、二次林の成立要因としての人為インパクトと道路の存在が関係していると見るべきであろう。

 図6.1.2.2図6.1.2.3に、暖温帯の照葉樹林を代表する森林植生と道路密度との関係を示した。すべての植生類型は自然度の高いものと考えられるが、アラカシ林はアカガシ林やウラジロガシ林とは異なる傾向をもつ。すなわち、アラカシ林は道路密度0から5の間に広く分散するのに対して、ウラジロガシ林とアカガシ林は、道路密度1から2にかけて、急激に減少する。タブ林やスダジイ林、コジイ林はアラカシ林とウラジロガシ林・アカガシ林の中間的な分散をしている。

 二次林植生であるクヌギ・コナラ林と道路密度との相関が、アラカシ林のそれよりも低い密度の側で、高い占有率を占めている点は注目に値する。

 図6.1.2.1と比較すると、全体として、冷温帯の森林よりも高い道路密度のところに存在している点が注目される。これは、暖温帯林は冷温帯林とくらべ、より標高の低い地域に分布しており、人間の生活域と重なるなど、古くから各種の開発行為の影響をうけた結果、道路密度の高い(=人為的な圧力の高い)地域に小面積ずつ残存しているためと考えられる。また、人為的なプレッシャーに対して、冷温帯の森林よりも暖温帯の森林の方が高い自己保存能力を有しているためという見方もできる。

 

6.2 動物分布と要因との関係

 

 本節では、前節で植生類型の分布と温量指数、道路密度との関係を述べたのと同様、動物分布と気候、地形、植生類型、土地利用との関係について述べた。植生類型については、個別の類型との関係をみると同時に、林業利用地や落葉広葉樹林などのカテゴリごとの小計についてもその関係を検討した。

 ここではメッシュ単位でえられた分布情報を、生息(確認)情報とよび、当該環境区分の総メッシュ数に対する生息確認情報数(メッシュ数)の割合を生息(情報)確認率とよぶこととする。

 なお、植生類型との関係では、植生データが小円選択法によって得られていることに留意する必要がある。すなわち、動物がある植生類型で生息情報数が多いときに、その植生類型が多く含まれる環境を選好する、というようによみかえる必要がある。動物の分布情報は、必ずしも植生データが代表するメッシュの中心で得られているとは限らないからである。つまり例えば、アオバズクの繁殖メッシュにしめる水田メッシュの割合が高いということを、水田が周辺に多くある樹林(5章2参照)で繁殖が多く確認されている、とよみかえる必要がある。

 

6.2.1 哺乳類

 哺乳類については、温量指数、植生類型、土地利用の3要因をとりあげ、種ごとに分布との関係を分析した。

 

1)温量指数(図6.2.1.1表6.2.1.1、単位は℃・月)

●ニホンザル

 温量指数90−120に生息情報が多く温量指数の平均値は99で、冷温帯林から暖温帯林成立域とされる値となっているが、指数30から170あたりまで幅広く生息情報が出現し、標準偏差は大きい(表6.2.1.1)。植生、温量指数と生息情報のこれらの関係は、本種は西日本中心の分布を持つものの、生息域の幅は地理的にも環境要因的にも広いことを示している。

●ヒグマ

 北海道にのみ生息することから、温量指数45−65の間(平均指数53)に生息情報数、確認率とも集中し変異幅は狭い。

●ツキノワグマ

 植生類型−生息情報の対応を反映して、温量指数の上では生息情報は指数60−90のブナ域に集中しているが(平均指数77)、指数50から110あたりまでの広がりを持っている。これは、東日本における低地までの進出と西日本の暖温帯林までの分布状況を反映したものである。

●タヌキ

 温量指数およそ70−130の範囲に幅広く生息情報が多く出現し、標準偏差も大きい。生息情報出現の温量指数平均値は97と暖温帯林域にある。しかし、北海道にまで生息することを反映して、温量指数の下限は25−30の区分からも生息情報は見られる。

●キツネ

 温量指数平均値は87と、ブナ林(冷温帯林)と暖温帯林の境にある。しかし、標準偏差23、温量指数50から125あたりまで生息情報の多い指数帯がある。今回解析している9種の哺乳類の中では、不連続な2つの分布域をあわせて分析しているシカ・エゾシカに次いで広い温量指数範囲から生息情報が出現し、本種は多様な環境に生息していることを示している。

●アナグマ

 植生類型−生息情報の対応に応じて、温量指数70−105の間に生息情報は多く、平均は95とタヌキとほぼ同様のところにある。しかし、夕ヌキは北海道まで分布するのに対してアナグマは本州以南の分布に限られることを考慮すると、本州以南に限ればアナグマはタヌキよりやや低めの温量指数の範囲を生息域としていると見なされる。

●イノシシ

 生息情報の平均温量指数は106と今回分析している9種の哺乳類の中では最も高い指数を持ち、南方・低地に偏った分布域であることを示している。沖縄に生息するリュウキュウイノシシの生息情報も含まれていることが、このような高い指数が見られる要因ともなっている。

●ニホンジカ・エゾシカ

 エゾシカとニホンジカの両方の分布域を合わせての解析を反映して、生息情報−温量指数の対応は二山型の分布を示し、それを区別しない標準偏差値は9種の哺乳類の中で最も大きな値を示している。エゾシカ・ニホンジカの生息情報をあわせた平均の温量指数は84とほぼキツネと同じ値で、冷温帯林−暖温帯林境界にある。

●カモシカ

 温量指数45−100の間、平均72と、植生との対応を反映してブナ林域に生息情報は集中している。これはツキノワグマとほぼ同様の分布パターンである。

 

2)植生類型(図6.2.1.2

●ニホンザル(表6.2.1.2 1/9

 生息情報の絶対数は林業利用地(全体の36.4%)で多いものの生息情報確認率としては常緑広葉樹林(5.7%)、針葉樹林(4.5%)で高い。植生類型別にみると、常緑針葉樹植林以外として、アカマツ林(生息情報全体の13.3%)、クヌギ・コナラ林(11.9%)、シイ・カシ萌芽林(11.9%)で多い。これらのことは、ニホンザルはブナ帯下部から暖温帯林を主な生息場所としていることを示している。

●ヒグマ(表6.2.1.2 2/9

 生息情報は落葉広葉樹林(生息情報全体の53.6%)に多く、その中でもエゾイタヤ・シナノキ林(確認率6.9%)、下部針広混交林(6.1%)で確認率が高い。林業利用地でも全体の25.2%の生息情報がみられ、生息情報確認率でも落葉針葉樹植林(カラマツ林)は3.2%と比較的高い値を示している。また、ササ草原、人工草地(牧草地)でも生息情報が多いが、これは食性に対応した生息地利用を反映したものと考えられる。

●ツキノワグマ(表6.2.1.2 3/9

 東日本中心の、しかも植生とよく対応する分布型を反映して、生息情報の約半数(47.9%)は落葉広葉樹林に見られ、その中でもブナ林(日本海側)とブナ林下部に成立するクリ・ミズナラ林あるいはクヌギ・コナラ林に生息情報は集中している。しかし、常緑針葉樹植林地でも全体の24.7%の生息情報がある。針葉樹植林地のみではエサ植物など少ないため生息地としては適してないとみなされるが、かくれ場としてあるいは標準地域メッシュにおける最大面積植生類型が針葉樹植林地であっても、その中に広葉樹林がモザイク状に入り林縁植物などが豊富なところでは採食地としても利用していると考えられる。

 弱土の地表改変地その中でも果樹園、水田などで生息情報が全体の5%程度出現しているが、これは堅果類不作年などの人里環境への出没を反映したものであろう。

●タヌキ(表6.2.1.2 4/9

 今回本解析で使用した第2回自然環境保全基礎調査による生息情報(標準地域メッシュ情報)ではキツネに次いで情報が多い。生息情報の33.0%は林業利用地、その中では常緑針葉樹植林に多く、確認率の上でも常緑針葉樹植林地は平均(8.8%)より高い(11.4%)。その他、生息情報が100メッシュ以上あり常緑針葉樹植林地以上に確認率が高い植生類型として、常緑果樹園(17.5%)、クヌギ・コナラ林(15.0%)、アカマツ林(14.1%)、シイ・カシ萌芽林(13.2%)、落葉果樹園(12.4%)など農耕地周辺あるいは西日本の里山植生類型が多く出現している。

●キツネ(表6.2.1.2 5/9

 他の種に比べ、弱度の地表改変地(農耕地)で高い(全体の24.7%)生息情報出現がみられることが、生息情報−植生対応の上でキツネの第一の特徴として上げられる。これは、キツネが北海道では牧草地、本州では農地周辺まで進出していることを反映したものと考えられる。その他、植生の大区分では林業利用地(生息情報全体の29.4%)、落葉広葉樹林(25.7%)で高いが常緑広葉樹林では低い(2.0%)。植生類型別生息情報確認率では、牧草地(14.8%)、クヌギ・コナラ林(14.0%)、アカマツ林(13.3%)で高い。これらのことは、キツネは西日本まで広く分布するものの、常緑広葉樹林では生息は少なくアカマツ林環境までの分布で、生息域の中心は暖温帯林か冷温帯林の里山環境であることを示しているといえよう。

●アナグマ(表6.2.1.2 6/9

 植生類型の小計では、生息情報は林業利用地(生息情報全体の35.2%)、落葉広葉樹林(29.9%)で多く、弱度の地表改変地(農業利用地)でも14.8%とかなり高い割合で出現している。常緑広葉樹林での生息情報は全体の4.7%と少ないが、その中でシイ・カシ萌芽林では生息情報が多い。落葉広葉樹林の中ではクヌギ・コナラ林、クリ・ミズナラ林などで生息情報が多く、植生類型小計全体としては少ないが針葉樹林の中のアカマツ林では生息情報は多い。これらのことは、アナグマの生息域は、暖温帯林の里山環境にあることを示している。

●イノシシ(表6.2.1.2 7/9

 植生類型小計別の生息情報は、林業利用地(生息情報全体の40.4%)、針葉樹林(20.5%)、落葉広葉樹林(17.9%)で多い。本種は地域によっては農業・林業に大きな被害を与えているが、弱度の地表改変地での生息情報は全体の11.0%とそれほど高い割合ではない。植生類型別では、アカマツ林(確認率16.2%)、クヌギ・コナラ林(10.8%)で高い生息情報確認率が見られる。リュウキュウマツ林でもまとまった生息情報(確認率28.8%)が出現しているが、これはリュウキュウイノシシの生息情報を反映したものである。このような生息情報の出現状況から、イノシシは積雪の少ない冷温帯林から暖温帯林の里山、およびその上部の山地帯の植生域を主な生息域としていることがわかる。

●ニホンジカ・エゾシカ(表6.2.1.2 8/9

 林業利用地(生息情報全体の37.6%)、落葉広葉樹林(26.0%)、針葉樹林(14.5%)で多い。弱度の地表改変地でも全生息情報の12.0%が出現しているが、これはエゾシカの生息情報を示す人工草地(牧草地)における生息情報の多さを反映したものである。生息情報確認率−植生類型では、エゾシカではエゾイタヤ・シナノキ林、落葉針葉樹植林(カラマツ林)、下部針広混交林、それに人工草地などで出現率は高く、ニホンジカではブナ林(太平洋側)、シイ・カシ萌芽林などで高いがニホンジカの場合は多くの植生類型に分散している。これらのことは、エゾシカは冷温帯林、ニホンジカはブナ帯下部から暖温帯林の広い植生範囲を生息地としていることを示している。

●カモシカ(表6.2.1.2 9/9

 植生類型小計−生息情報では、落葉広葉樹林が大半をしめ(生息情報全体の45.8%)次いで林業利用地(生息情報全体の34.7%)で多くこの2つの樹林地に全体の80%近くの生息情報が集中している。植生類型別に見ると、落葉広葉樹林の中ではブナ林(日本海側)、クリ・ミズナラ林、クヌギ・コナラ林に生息情報は多く、典型的なブナ林型分布タイプを示している。

 

3)土地利用(図6.2.1.3

●ニホンザル(表6.2.1.3 1/9

 樹上生活で樹林地を生息域とすることから森林面積率70%以上の森林域に生息情報は集中している。しかし、耕作地面積率が10−40%の区分でも全生息情報の30%近くあることは、本種が農耕地周辺の里山環境に多く生息していることを反映している。建物用地面積率11%を越える市街地環境にはほとんど生息しない。

●ヒグマ(表6.2.1.3 2/9

 森林面積率90%以上、耕作地面積率10%未満、建物用地面積率10%未満に生息情報が集中し、土地利用区分の上では森林域に限られた分布状況を示している。

●ツキノワグマ(表6.2.1.3 3/9

 森林面積率90%以上、耕作地面積率10%未満に生息情報が多いが、森林面積率80−90%、耕作地面積率10%以上の区分でも全体の20から30%の生息情報があり、ヒグマに比べ土地利用上の森林域限定度はやや低い。これには、北海道と本州以南の土地利用の差(5.1.2参照)を反映していることも考えられる。建物用地面積率では10%未満に生息情報は集中している。

●タヌキ(表6.2.1.3 4/9

 森林面積率40%未満、耕作地面積率60%以上といった森林の少ない耕作地優先環境でも生息情報は全体の12%近く出現している。生息確認率のピークは森林面積率60−80%、耕作地面積率10−30%の区分にあり、森林面積率90−100%、耕作地面積率0−10%の区分では確認率は低下する、森林周辺環境への分布傾向を示している。建物用地面積率の上では0−10%に生息情報は集中するが、他の8種の哺乳類に比べ10%以上の区分でも生息情報が全体の10%近くと比較的多くの生息情報があり、里山−人里分布の本種の生息状況を反映している。

●キツネ(表6.2.1.3 5/9

 森林面積率0−10%の区分からも生息情報全体の5%近くが出現している。生息情報確認率はなだらかなカーブをもち、森林面積率60−80%、耕作地面積率10−40%の区分にピークがあり、森林面積率90%以上、耕作地面積率0−10%の森林域区分では確認率が低下するタヌキと同様の森林周辺型分布様式を示している。森林面積率が極めて低い区分でも生息情報が多いのは、北海道や本州の人工草地、農地周辺等における分布情報を反映したものとも考えられる。建物用地面積率は0−10%区分に生息情報は集中するが、10%以上にも全体の9%ほど存在する。

●アナグマ(表6.2.1.3 6/9

 森林面積率60%以上から生息情報は多くなり、生息情報全体としては90−99%の区分、確認率は70−90%の区分にピークがある。耕作地面積率では10−20%の区分に生息情報確認率のピークがあり、キツネ、タヌキに比べより耕作地面積率の高い区分でも生息情報が多い。これは、キツネ、タヌキは北海道にも生息し、原野が多く耕作地面積率の低い区分でも生息情報があることが土地利用−生息情報分析に作用しているのに対して、アナグマの生息する本州以南では原野−低森林面積率の環境区分は少なく、森林周辺環境としては原野ではなく、耕作地を多く含むことがこのようなアナグマとキツネ、タヌキの差に反映していることが考えられる。建物用地面積率では0−10%の区分に生息情報は集中している。

●イノシシ(表6.2.1.3 7/9

 生息情報は森林面積率50%からしだいに多くなり80−90%の区分に確認率のピークがある。耕作地面積率の上では、生息情報全体の61.9%が0−10%の区分にあるが、耕作地率40%台の区分まで多くの生息情報があり、確認率ピークは10−20%台にある。これらのことは、土地利用面でみると、森林が優先する農地と森林の混在域が本種の主要な生息域となっていることを示している。建物用地面積率の上では0−10%区分に全生息情報の95.8%が集中し、農地がある程度あるところであっても、住宅地・市街地面積が多くなると生息地利用が減少する。

●ニホンジカ・エゾシカ(表6.2.1.3 8/9

 生息情報は森林面積率80−100%の区分に全体の70.2%が集中しているが、森林面積率80%未満の区分にも分散して出現している。低い森林面積率区分での生息情報は、北海道東部の原野、人工草地など森林率の低い環境区分におけるエゾシカの生息情報を反映したものと考えられる。森林面積率−生息情報の関係に対応して、耕作地面積率0−10%に生息情報は多いが20%以上の区分にも分散して生息情報は出現している。建物用地面積率の上では、0−10%の区分に生息情報は集中している。

●カモシカ(表6.2.1.3 9/9

 生息情報の72.9%は森林面積率90−100%の区分にあり、他の2種の偶蹄類、ニホンジカ・エゾシカ、イノシシに比ベカモシカは森林面積率の高い区分に分布域が集中している。それに対応して耕作地面積率は0−10%、建物用地面積率0−10%の区分に生息情報が多い。

 

6.2.2 鳥類

 鳥類では、地形区分、植生類型、土地利用の3要因をとりあげ、特徴のある傾向を示した種について分布との関係を分析した。なお、繁殖期のデータ(第2回自然環境基礎調査)は位置を表す最小単位が5倍メッシュ(約5km×4km)であるが、今回の解析にあたっては、繁殖確認情報があった5倍メッシュに含まれるすべての3次メッシュについて、繁殖情報があったとし、環境要因の3次メッシュデータと関連分析を行った。

 

1)地形区分(図6.2.2.1表6.2.2.1

●ヨシゴイ

 低地で最も多く確認されているが(45.2%)、台地(15.3%)・丘陵(16.4%)でもかなり情報が得られた。低地がこの種の主な生息地であることを示している。

●サシバ

 丘陵での生息確認率が最も高く(45.3%)、低地(19.7%)・中起伏山地(16.0%)・台地(10.5%)でもかなり情報が得られた。この結果は丘陵が主な生息地であることを裏付けている。

●オオタカ

 冬期は丘陵(35.3%)、低地(23.8%)、台地(14.4%)で多く確認されている。この種は主として丘陵より標高の低い地域でみられることが多く、実際の分布もこれらの地域が中心になっていると考えるべきであろう。

●アオバズク

 多く確認されたのは丘陵(33.7%)・低地(29.3%)・台地(15.1%)の3区分が大部分を占めている。これらの地形区分に相当する地域に夏渡来し、繁殖していることを示している。

●ヤマセミ

 繁殖期は丘陵(39.6%)・中起伏山地(29.5%)・大起伏山地(18.0%)等に確認記録が多く、冬期は丘陵(31.7%)、低地(25.6%)、中起伏山地(18.0%)等に確認記録が多い。冬期にはやや標高の低い地域に下る傾向がみられる。

●カワセミ

 丘陵(40.0%)・低地(25.1%)・台地(14.5%)・中起伏山地(11.9%)で多く確認されている。特に丘陵・低地が本種の主な生息場所であることを示している。

●アオゲラ

 丘陵(34.0%)・中起伏山地(17.8%)・低地(13.9%)・台地(12.5%)で多く確認された。丘陵で多く確認されたことは、この種の特性をよく示している。

●ツバメ

 丘陵(35.6%)・低地(20.5%)に多く情報があるが、台地(14.0%)・申起伏山地(13.6%)でもかなり情報が得られた。

●ハクセキレイ

 繁殖期は丘陵(31.2%)、台地(29.3%)、低地(19.7%)だが、冬期は低地(43.4%)、台地(20.0%)、丘陵(15.8%)と、情報の多い地形区分が繁殖期と冬期ではやや異なる。繁殖は河川の中流域中心、冬期は下流中心と、主な生息場所が変化することを示している。

●カワガラス

 繁殖期には丘陵(35.6%)、大起伏山地(23.2%)、中起伏山地(19.0%)で多く確認され、冬期には丘陵(28.8%)、中起伏山地(22.4%)、低地(19.4%)で多く確認された。これは、冬期には繁殖期よりやや下流まで移動することを示していると考えられる。

 

2)植生類型(図6.2.2.2

●ヨシゴイ(表6.2.2.2 1/13

 全体として生息確認情報の最も多い植生類型は水田で、34.6%がこの植生類型で確認されている。一方、本来の生息環境とされる低層湿原では生息情報の2.2%しか確認されていない。これは、低層湿原のメッシュが他の植生類型と比べ、少ないことと関連している。確認率をみると、小計では低層湿原を含む半水生生息地で最も高い1.3%を示しており、植生類型別では干拓地での確認率が高く(14.29%)、干柘地がこの種の生息場所としてよく利用されていることを示している。

●サシバ(表6.2.2.2 2/13

 生息情報が多いのは常緑針葉樹植林(23.0%)、水田(19.2%)、アカマツ(16.7%)等の区分である。この3区分はこの種の好む生息地の植生の組合せをよく表している。

●オオタカ(表6.2.2.2 3/13

 冬期に情報が多く得られたのは、小計別では、弱度の地表改変地が27.3%と最も高く、ついで、林業利用地(23.5%)、落葉広葉樹林(15.4%)となった。植生類型別では、常緑針葉樹植林(22.9%)、水田(14.7%)及び、二次林であるクヌギ・コナラ林(9.6%)、アカマツ林などで情報が多く得られ、この種が森林性とされながら、必ずしも森林の奥地を好まず、森林・農地等土地利用の入り組んだ、ある程度人為の及んだ地域に生息している状況を反映している。

●アオバズク(表6.2.2.2 4/13

 確認の多い植生区分は水田(19.1%)・常緑針葉樹植林(16.6%)・市街地(13.7%)・アカマツ林(9.7%)等である。市街地、水田等で情報が多く得られたのは、本種が人のの活動する半自然的な場所を多く含む地域に生息していることを示している。

●ヤマセミ(表6.2.2.2 5,6/13

 繁殖情報は、小計では林業利用地(42.6%)で最も多く得られ、ついで落葉広葉樹林(24.3%)で多く得られた。個別の植生類型では、常緑針葉樹林(37.0%)、クヌギ・コナラ林(13.5%)で多い傾向がみられた。冬期には常緑針葉樹植林(24.3%)、水田(21.2%)、クヌギ・コナラ林(10.1%)、アカマツ林(8.7%)等に確認記録が多い。

●カワセミ(表6.2.2.2 7/13

 全体としては水田(18.0%)・常緑針葉樹植林(17.0%)・アカマツ林(15.0%)で生息が多く確認されている。これらの植生は共に、本種が生息している池・川等の水域の周辺環境を示している。

●アオゲラ(表6.2.2.2 8/13

 常緑針葉樹植林(26.5%)、水田(10.7%)、クヌギ・コナラ林(10.1%)等で多く確認された。広葉樹を好むこの種が常緑針葉樹植林で多く確認されているのは、針葉樹と広葉樹がモザイク状に混交している林に生息するものが確認されているためであろう。

●ツバメ(表6.2.2.2 9/13

 常緑針葉樹植林(22.3%)、水田(16.5%)、市街地(9.9%)、アカマツ林(9.4%)、クヌギ・コナラ林(7.8%)等で多くの情報が得られた。常緑針葉樹植林で情報が多かったのは、主に市街地で繁殖し、水辺や水田で餌を捕るこの種の行動範囲を考えると意外であるが、この種が広い行動範囲を持つこと、植林地の多い丘陵の周辺の農地によく出現することからこの傾向を示すに至ったのであろう。

●ハクセキレイ(表6.2.2.2 10,11/13

 繁殖期はエゾイタヤ・シナノキ林(14.3%)、畑(12.2,%)、人工草地(10.5%)等で情報が多く、冬期は市街地(23.7%)、水田(23.0%)で情報が多い。植生においても季節変化があることを示している。

●カワガラス(表6.2.2.2 12,13/13

 繁殖期には常緑針葉樹植林(29.2%)、アカマツ林(10.5%)に多く、冬期には常緑針葉樹植林(26.6%)、水田(15.4%)に多い。大きな変化はないが、冬期にはやや下流まで移動することを示している。

 

3)土地利用(図6.2.2.3

●ヨシゴイ(表6.2.2.3 1/14

 森林率0−10%の区分での生息確認情報が大半を占める(61.8%)。しかし、森林率の高い区分でも、少ないながら確認されている。耕作地率0−10%の区分で生息確認率が最も高いが、60−70%、70−80%の区分でも多く確認されていて、本種が平地の水田地帯に多く生息することを反映している。

●サシバ(表6.2.2.3 2/14

 生息情報の多い森林率区分は90−99%(18.6%)、0−10%(17.4%)、80−90%(11.9%)等で、森林率の高い地域によく生息している傾向があるが、森林率の少ない区分でも出現している。この種は森林がないと繁殖できないものの、森林の奥ではなく辺縁部で生活しているためこのような結果になるのであろう。

●オオタカ(表6.2.2.3 3/14

 森林率で冬期に情報が多いのは、森林率0−10%(25.3%)であるが、90−99%(10.31%)、10−20%(9.7%)、60−70%(9.1%)、80−90%(9.1%)と他の区分でも情報が多く、森林と他の土地利用の入り組んだ地域を好むこの種の特性が表れている。耕作地率で情報が多いのは耕作地率0−10%(38.4%)、20−30%(12.2%)、10−20%(11.9%)等の区分で大部分は耕作地率が80%未満の地域で出現している。これはこの種の生息条件として耕作地のみの地域でなく、まとまった森林が必ず必要なことを表している。

●アオバズク(表6.2.2.3 4/14

 本種は市街地に近い場所で多く確認されている。このことを反映して森林率O−10%の区分で31.7%確認されている。森林率の高い地域でも確認されているが概して少ない。耕地率では0−10%(34.9%)で最も多く確認されており、耕作地率の高い地域ではほとんど確認されなくなる。

●ヤマセミ(表6.2.2.3 5,6/14

 冬期には森林率0−10%(13.9%)の区分でも確認されたが、この種は森林率50%以上の地域に多く生息する傾向が見られる(生息情報の50.0%以上)。耕作地率は0−10%(33.2%)、10−20%(18.6%)、20−30%(14.1%)等耕作地率の低い区分で確認率が高く、山地性の本種は河川の周辺環境が森林であるような場所に生息していることがわかる。

●カワセミ(表6.2.2.3 7/14

 森林率0−10%(24.7%)で情報が最も多いが、森林率90−99%(14.6%)でも多い。これはこの種が平地のみでなく、森林に囲まれた丘陵の池や川・湖沼にも多く生息していることを示している。

●アオゲラ(表6.2.2.3 8/14

 森林率90−99%(16.6%)、70−80%(12.4%)、80−90%(12.4%)等、森林率の高い区分で多く確認された。森林率の高い区分で多く確認されたことは、この種が森林性の鳥類であることを示している。

●ツバメ(表6.2.2.3 9,10/14

 森林率0−10%(25.2%)の区分で最も高いものの、90−99%(17.1%)、80−90%(10.2%)でも確認されている。これは、行動範囲の広い本種が森林の辺縁部をよく飛ぶことからこのような傾向を示すのであろう。耕作地率では0−10%(44.0%)、10−20%(13.3%)の区分で多くと、本種の生息地域から想像する結果とは異にしている。

●ハクセキレイ(表6.2.2.3 11,12/14

 繁殖期は森林率0−10%(24.6%)、90−99%(12.9%)、100%(12.6%)と、森林率が高い地域にも生息するが、冬期は森林率0−10%(55.5%)の区分が過半数を占め、季節により傾向が異なる。

●カワガラス(表6.2.2.3 13,14/14

 繁殖期には森林率90−99%(31.6%)、100%(18.9%)、80−90%(14.1%)と、森林率の高い地域で多く確認された。冬期には90−99%(17.0%)、80−90%(15.9%)、70−80%(13.7%)と、やや森林率の低い区分で多く確認されている。

 

6.2.3 チョウ類

 チョウ類については、地形区分、温量指数、植生類型、土地利用の4つの要因をとりあげ、特徴ある傾向を示した種について分析を加えた。

 

1)地形区分(図6.2.3.1表6.2.3.1

●ギフチョウとヒメギフチョウ

 両種とも中起伏山地、小起伏山地・丘陵・山麓および台地・段丘・低地等に情報が多い。さらにギフチョウには大起伏山地にも情報が多く、小起伏山地・丘陵・山麓に半数の情報が集中し、ヒメギフチョウには、小起伏山地・火山性丘陵・火山麓にも情報が多いという傾向がある。

●ウスバシロチョウ

 確認情報は、大起伏〜小起伏山地・丘陵・山麓に集中している。台地・段丘・低地にも情報があるが、火山地では少ないという傾向をもっている。

 したがって、生息地は火山地を除く山地地形に集中していることが表されている。

2)温量指数(図6.2.3.2表6.2.3.2

●ギフチョウとヒメギフチョウ

 ギフチョウは温量指数65−125に生息情報が多く、90−115に集中している。ヒメギフチョウは55−95に多く、とくに85−90に集中している。これによって、前者は冷温帯林域〜暖温帯林成立域にかけて生息し、後者は典型的な冷温帯林域に生息していることが表されている。

●ウスバシロチョウ

 温量指数50−120に生息情報があり、とくに85−105に集中している。ブナ林域の中で比較的温量指数が高い地域に生息域の中心があることがよく表れている。

 また、生息情報の範囲が日本列島の中心的な指数を示す値と一致しており、きわめて日本の環境に適した指数の幅内に生息地を有していることが表れている。

●ミカドアゲハ

 生息情報は温量指数110−150の幅と185−235の幅の2つの範囲で表されている。これは前者が本土の生息地、後者が南西諸島の生息地である。このような傾向は南から本土の太平洋側に沿って分布する種の生息地の特徴であり、ツマグロヒョウモンやイシガキチョウにも同様な傾向がみられる。

●ヤマキチョウとスジボソヤマキチョウ

 ヤマキチョウは温量指数50−95の幅に、スジボソヤマキチョウは、40−120の幅に確認情報が多かった。温量指数においても前者より後者の方が生息環境の幅が広いことがよく表れている。

●フジミドリシジミ

 温量指数25−105の幅に生息情報があり、特に55−90に集中している。ブナ林域の指数とよく一致する。本種がブナ林依存の種であることがよく表されている。

●オオルリシジミ

 すべてに情報が温量指数80−110の狭い範囲に集中している。これは現在、本種の食草であるクララの自然生育地がほとんど消滅した結果、ごく限定された地域のみで分布情報がえられたことが反映していると思われる。

●オオウラギンヒョウモン

 確認情報は温量指数50−130の幅に分散している。これは本来の生息地がほとんど消滅し、情報量が少ないため、本来の生息域全体にわたって情報がえられなかったことによるものと考えられる。

●エルタテハ

 温量指数30−95の幅に生息情報があり、特に40−70に集中している。ブナ林域の中の比較的温量指数の低い地域に生息域の中心があるものと考えられる。

●クモマベニヒカゲ

 生息情報は、ほぼ温量指数15−45にの幅内にあり針葉樹林帯域から高山帯域に限られ、高山蝶の生息域の特色がよく表れている

 

3)植生類型(図6.2.3.3

●クモマベニヒカゲ(表6.2.3.3 1/11

 全体的に情報が少ないが、傾向としては、オオシラビソ・コメツガ林、ダケカンバ林の情報がほとんどで、他にハイマツ林、雪田草原(湿性お花畑)などに生息地がみられている。これらは典型的な高山蝶の生息環境を表している。

●エルタテハ(表6.2.3.3 2/11

 生息地としては、落葉広葉樹林(37.9%)、林業利用地(24.9%)、弱度の地表改変地(13.6%)、針葉樹林(13.6%)の順に多くなっている。

 また、詳細にみると落葉広葉樹林ではクリ・ミズナラ林に多く、クヌギ・コナラ林、エゾイタヤ・シナノキ林、ダケカンバ林、下部針広混交林で情報が多くえられている。針葉樹林ではオオシラビソ・コメツガ林で多く確認され、これらの植生類型はいずれも典型的な山地の環境を表している。他には、常緑針葉樹植林、畑、人工草原(牧草地)などで広く見られている。

●オオウラギンヒョウモン(表6.2.3.3 3/11

 全体の情報が極めて少ないが、中でもススキ草原と常緑針葉樹植林の情報が多い。これはいずれも食草のスミレ類の生育地が反映し、さらに本来の生息地の多くが消滅した結果として表されたものであろう。

●オオルリシジミ(表6.2.3.3 4/11

 全体に情報が少なく分散しているので傾向がつかめないが、中でも水田や人工草地(牧草地)及び常緑針葉樹植林の情報が多い。これはいずれも食草のクララの生育地が反映しているものと考えられる。

●フジミドリシジミ(表6.2.3.3 5/11

 生息地としては、ほぼ半数の情報が落葉広葉樹林で、林業利用地や針葉樹林にも僅かな情報があった。この内容はブナ林が主で、他にブナ・ミズナラ林、クリ・コナラ林、常緑針葉樹植林などに情報があるが、これらはおそらくブナ林に隣接しているか、ブナ林を含むものであろう。本種がブナ林またはブナに依存している種であることがよく表されている。

●ギフチョウ(表6.2.3.3 6/11)とヒメギフチョウ(表6.2.3.3 7/11

 生息地としては、ギフチョウが落葉広葉樹(25.4%)、林業利用地(29.9%)、針葉樹林(18.0%)、弱度の地表改変地(18.9%)の順に、ヒメギフチョウが落葉広葉樹(41.7%)、林業利用地(29.6%)、弱度の地表改変地(17.1%)、針葉樹林(7.0%)の順に確認が多くなっている。

 また、詳細にみると前者は森林では、アカマツ林、クヌギ・コナラ林に多く、後者はクリ・ミズナラ林、クヌギ・コナラ林で多く確認されている。

 個々の植生類型をみると、ギフチョウの方がアカマツ林など西日本に多い植生に現れ、ヒメギフチョウはクリ・ミズナラ林や落葉針葉樹植林といった日本海側から東北にかけて多い植生に現れている傾向がよく表されている。

●ミカドアゲハ(表6.2.3.3 8/11

 生息地としては、常緑広葉樹林(34.9%)、弱度または強度の地表改変地(共に25.7%)に多く、詳細には、畑、水田、市街地、スダジイ林、シイカシ萌芽林にも情報がある。これは暖地を中心として、市街地から自然林まで広い環境に生息していることが表れている。

●ウスバシロチョウ(表6.2.3.3 9/11

 生息地としては、林業利用地(35.7%)、落葉広葉樹(32.7%)、弱度の地表改変地(16.2%)の順に確認が多くなっている。多い割合で確認されているのは、クヌギ・コナラ林とクリ・ミズナラ林などである。

 実際には畑地や疎林で見かけることが多いが、この周辺にはクヌギ・コナラ・クリ等の雑木林が隣接していることも確かである。日当りがよく、開けた場所で見かけることの多いチョウであるが、雑木林の存在する環境と密接にかかわっていることがよく表れている。

●ヤマキチョウ(表6.2.3.3 10/11)とスジボソヤマキチョウ(表6.2.3.3 11/11

 生息地としては、ヤマキチョウが林業利用地(35.7%)、落葉広葉樹(31.0%)、針葉樹林(11.9%)、弱度の地表改変地(11.9%)の順に、スジボソヤマキチョウが落葉広葉樹(37.5%)、林業利用地(30.6%)、弱度の地表改変地(16.1%)、針葉樹林(8.3%)の順に確認が多くなっている。

 また、詳細には前者が落葉針葉樹植林とクリ・ミズナラ林に多く、後者が常緑針葉樹植林、落葉針葉樹植林、クリ・ミズナラ林に多く、他にも畑、水田、アカマツ林などにも情報が見られる。

 このことから、前者より後者の方が生息する植生の幅が広いことが表されている。

 

4)土地利用(図6.2.3.4

●クモマベニヒカゲ(表6.2.3.4 1/11

 確認情報は森林率で80%以上の地域に集中し、30〜100%の幅に分散している。耕作地率ではすべての情報が10%未満の地域、建物用地率でもすべての情報が10%未満の地域から得られている。これは、本種の生息地が、特に森林と密接な関係はないものの、人工物のまったくない、自然性の高い地域に限られていることを表している。

●エルタテハ(表6.2.3.4 2/11

 確認情報は森林率が50%以上の地域にやや集中しているが、0〜100%までのすべての範囲に分散している。しかし、耕作地率では分布情報の76%以上が0〜10%の範囲に集中しており、耕作地率が高くなるにしたがって、分布情報が少なくなる傾向がみられる。建物用地率ではこの傾向がさらに強く、94%以上の分布情報が0〜10%に範囲に集中している。これは、本種の生息地が自然性の比較的高い地域に限られるということを表している。

●オオウラギンヒョウモン(表6.2.3.4 3/11

 分布情報が少ないが、森林率では、ほぼすべての範囲から情報が得られ、耕作地率と建物用地率では10%未満の地域に集中する傾向がみられる。これは、本種が草原性のチョウであり、生息地が耕作地や建物の少ない自然性の高い地域に限られる傾向を表しているものと考えられる。

●オオルリシジミ(表6.2.3.4 4/11

 分布情報は森林率の20%未満の範囲にいくぶんかの集中がみられるが、70%未満の範囲にも情報が分散している。耕作地率でも10%未満の範囲にやや集中するが、ほぼすべての範囲に情報が分散している。しかし、建物用地率では10%未満の範囲に分布情報の65%以上が集中しており、すべての情報が30%未満の範囲に含まれている。これは、本種が草原性のチョウであり、耕作地でも生育しやすいクララを食草としていることが表されている。しかし、本種の生息地は、人家や市街地周辺(建物用地率が高い地域)にはみられない傾向も表されている。

●フジミドリシジミ(表6.2.3.4 5/11

 分布情報は全体の90%近くが森林率80%以上の地域に集中し、耕作地率・建物用地率ではほぼすべての情報が10%未満の地域に集中している。これは、本種が森林に強く依存しており、生息地は自然性の高い森林地域に限られていることが表されている。

●ギフチョウ(表6.2.3.4 6/11)とヒメギフチョウ(表6.2.3.4 7/11

 両種とも森林率60%以上に情報が多くとくに90−99%に最も多い。しかし、10−50%の地域にも情報はある。耕作地率では両種ともほぼ半数におよぶ情報が耕作地率0−10%の幅にあり、60%以上の地域からはほとんど情報が得られていない。建物用地率ではさらに顕著で、両種とも80−90%の情報が建物用地率0−10%であり、20%を越える地域からはほとんど情報が得られていない。

●ミカドアゲハ(表6.2.3.4 8/11

 分布情報は森林率では10%未満にやや集中する傾向がみられるものの、ほぼすべての範囲に分散している。耕作地率では約40%の情報が10%未満にやや集中しているが、70%未満の範囲にも情報がみられる。建物用地率では約60%の情報が10%未満の範囲に集中しているが、他の範囲にもみられる。この傾向は、本種の飛翔力がきわめて強く、様々な地域に出現すること、人家や市街地周辺においても確認しやすいチョウであることを表している。

●ウスバシロチョウ(表6.2.3.4 9/11

 確認情報は森林率で70%以上の地域、耕作地率で30%未満の地域、建物用地率で10%未満の地域に集中している。これは、生息地がより自然性の高い地域に限られており、全体として人家や市街地周辺には見られないことが表れている。

●ヤマキチョウ(表6.2.3.4 10/11)とスジボソヤマキチョウ(表6.2.3.4 11/11

 両種とも森林率70%以上にやや情報が多い傾向がみられるが、すべての範囲で情報が得られている。耕作地率では両種とも約85%の情報が30%未満の範囲に、建物用地率では80%以上の情報が10%未満の範囲に集中している。これは、両種とも森林と関連のある地域で、自然性が比較的高い地域に生息していることを示していると考えられる。

 

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