4.海域の自然環境

 

4−1 海岸調査

 

1.調査の目的と方法

(1)目的

周囲を海に囲まれたわが国は、狭小な国土面積の割には海岸線は長く、その延長は地球を4分の3周するほどである。この海岸線は砂浜や磯、干潟、大小の島から成る出入の多い変化に富んだもので、日本人は古来、この海と陸地の境から、物心両面にわたって測り知れない恩恵を受けてきた。

ところが近年の都市の膨張や産業の発達に伴う内湾部の水質汚濁や、海岸線に加えられた物理的な改変によって、海岸線は我々の生活からは縁遠い存在となった。このうち水質汚濁に関しては、各種の施策が除々に効果を現わしつつあるが、海岸線の物理的改変は非可逆的であり、海岸線の人工化は進む一方である。

狭小な国土に現在の人口規模と生活水準を維持して人間が生活していこうとすれば、ある程度の自然改変は不可避的である。その上、自然改変、とりわけ海岸域のそれには、大規模な土木工事がつきものであり、それがもたらす目先の経済的効果によって安易に受容され易い。しかし、自然の諸々の価値を正当に認識するなら、このような行為は本当に必要なものに限らねばならないことは明らかである。海岸侵食から後背地を守るための堤防等の建設は、人命・財産の保護の点から必要不可欠な行為とみなしうるが、海岸侵食の一因である河川からの流送土砂減少の原因が主として、上流部のダムへの土砂堆積と下流部の砂利採取にあるとすれば、堤防等の建設が海岸保全の唯一の手段であると明言することは困難であろう。

このように、開発と保全の問題は、きわめて複雑な問題を内包しているにもかかわらず、共通の現状認識に立った議論がなされることは少なかった。

そこで、本調査では海岸(汀線)の自然状態および海岸陸域の自然状態を調査し、海岸域を適切に開発し、保全していくための共通認識の基礎としての現況把握を試みたものである。

(2)調査の内容と方法

調査は、主として現地確認による海岸(汀線)及び海岸陸域の現況区分とその図化(縮尺2万5千分の1の海岸改変状況図)、海岸改変状況図からの各区分の延長計測とその結果の磁気テープへの収納、磁気テープに収納したデータを利用しての集計による海岸の現況把握の3段階に分けられ、昭和53年度から55年度までそれぞれ1年間を費して行われた。

ア.現地調査

調査に当たっては、海岸(汀線)及び海岸陸域の現況区分を明確に定義すること、調査対象となる海岸線の範囲を明確にすることの2点が特に留意された。

海岸線の定義は図4−1−1に、海岸(汀線)・の海岸陸域の現況区分及びその定義は表4−1−1に示すとおりであるが、次に若干の補足説明を加えておく。

〔海岸(汀線)〕本調査でいう海岸(汀線)とは図4−1−1に示す区域をいうが、このうち潮間帯の部分は通常前浜(まえはま)と呼ばれ、潮の満ち干によって海中に没したり海面上に現れたりする区域である。高潮海岸線より陸側の部分は波や風により侵食や堆積(砂等の)を繰返す区域で、これは通常後浜(あとはま)と呼ばれている。前浜と後浜を合せたものを「海岸(汀線)」として扱うが、これは要するに、潮の干満や風波によって影響を受ける陸地がすなわち海岸であるという考えに基づく。この概念は、磯や崖にも拡張されて適用される。

「自然」、「半自然」、「人工」の区分は、「潮間帯」及び「高潮海岸線以奥の海岸」に改変が加えられているか否かによって判断された。これは、「海岸(汀線)」に対する潮の満ち干や風波によって、海からの自然な働きかけが人為的にさえぎられているか否か、という判断に基づくと言い換えることができる。

調査対象とする海岸線は、「全国海岸域現況調査」(建設省1974)の「海岸区分計測図」に表示されている海岸線のみとした。ただし、実際の海岸線は同調査以後の改変も予想されるので、調査はあくまで昭和53年の現況により行った。

海岸線の区分は島(北海道、本州、四国、九州もそれぞれ1つの島とみなす)市町村、自然公園等の指定状況(名称、地域区分)、海岸(汀線)の自然状態、海岸陸域の土地利用が変わるごとに行い、この区分(計測区間という)ごとに次の事項についても調査した。

1 立入可能性; 当該計測区間の、波打ち際まで何の障害もなく自由に行けるかどうか、不可能ならばその理由。
2 利用状況; 当該計測区間の海岸域及びその地先海域における海水浴、潮干狩、魚釣などの利用形態。
3 汚染状況; 当該計測区間の海岸域における海水の清澄度、廃油ボール、ゴミ等の漂着状況。
4 鳥獣保護区の設定状況

イ.計測

海岸改変状況図に区分された計測区間の座標値をデジタイザーで測定し、これにより区間長を求め、他の調査結果とともに磁気テープに収納した。

測定中、1図葉中の合計値が「全国海岸域現況調査」の値と2%以上の差を生じた場合は再測した。

ウ.集計

イで作成した礎気テープを利用し、都道府県別、海域別(表4−1−2図4−1−2)に集計を行った。集計のうち、特に新たな作業を必要としたのは次の二つである。

1 人工海岸の原形態調査

人工海岸の原形態を把握するため次の方法により調査を行った。

対象海域は、「海岸」の人工改変の程度と全国的な位置バランスを考慮して、次の8海域とした。

なお、瀬戸内海区は、次に示す18の海域を包括している。

 

調査対象海域

瀬戸内海区の海域

海 域 No.

301

502

507

508

701〜718

801

807

810

海 域 名

陸 奥 湾

東 京 湾

伊 勢 湾

三 河 湾

瀬戸内海区

響  灘

有 明 海

鹿児島湾

海 域 No.

701

702

703

704

705

706

707

708

709

710

711

712

713

714

715

716

717

718

海 域 名

周防灘西

 〃 東

伊予灘西

別 府 湾

豊後水道

伊予灘東

広 島 湾

安 芸 湾

備 後 灘

燧  灘

備讃瀬戸西

  〃  東

播磨灘北

 〃 南

大阪湾北

 〃 南

紀伊水道西

  〃  東

対象海域の人工海岸が表示されている2万5千分の1地形図と当該海域の5万分の1初版刷地形図から、その海岸線、陸域区分を読み取り、電算機で集計・計算を行った。5万分の1初版刷地形図の製作年度は、明治25年から大正11年迄の間である。

2 海岸の連続性の集計

連続する「単一形態海岸(汀線)」の延長距離頻度を明らかにするとともに、大規模な自然海岸を摘出した。

作業は、次のとおり行われた。

(i)図葉接続データの作成

2万5千分の1地形図図葉毎に分断されている「単一形態の連続した海岸(汀線)」を、図面接合作業で確認してデータを作成した。

(A)集計

(イ)のデータと54年度作成した磁気テープより作成された「図葉接続後の海岸線ファイル」から連続する単一形態海岸の延長距離の度数を1km毎に集計し、頻度を、都道府県別と海域別のそれぞれで集計を行った。

 

2.海岸(汀線)・海岸陸域の現況

(1)全国の状況

調査の結果、北方領土を除く我が国の海岸線の総延長は32,170.21Kmと計測された。このうち、北海道、本州、四国、九州の4主要島(以下本土という)の海岸線延長は18,668.31Kmで総延長の58.03%を占めている。一方、本土以外の島嶼(以下島嶼という)の海岸線延長は13,501.90Km(41.97%)であった。

全国の海岸線の改変状況をみると、我が国の海岸線は総延長32,170.21kmのうち海岸(汀線)が自然状態にある「自然海岸」は18,967.17kmで、潮間帯に護岸、堤防などが設置されている「人工海岸」は8,598.95km、そして、残りの4,340.36Kmは潮間帯は自然状態にあるが、その後背海岸が人工化している「半自然海岸」であった。これらの総延長に占める比率はそれぞれ58.96%、26.73%、13.49%、である(100%に満たないのは河口部分を除いているためである)。

これを本土と島嶼に分けると、自然海岸は前者で9,156.43kmで本土の海岸線延長に対する比率は49.05%であり、人工海岸は6,367.45km(34.11%)、半自然海岸は2,905.01km(15.16%)である。島嶼部ではこの値はそれぞれ9,810.74km(72.66%)、2,231.50km(16.53%)、1,435.35km(10.63%)である。

海岸陸域の現況は、全体では自然地が19,369.16km(60.21%)、農業地は4.253.96km(13.22%)、市街地・工業地等は8,283.36km(25.75%)であった。本土・島嶼の別にみると、本土では自然地が9,679.65km(51.85%)、農業地2,452.57km(13.14%)、市街地・工業地6,286.55km(33.67%)であり、島嶼ではそれぞれ9,689.51km(71.76%)、1,801.39km(13.34%)、1,996.81km(14.79%)であった。

海岸(汀線)の状況と海岸陸域との関係をみると、海岸陸域が自然地の場合、その80〜90%(全体で84.8%、本土では79.8%、島嶼では89.8%)が自然海岸であり、陸域が市街地・工業地等であればほぼ70%(全体;71.7%、本土;72.8%、島嶼68.3%)が人工海岸であった。陸域が農業地の場合は、自然・半自然・人工海岸の比率はかなり平均化される(付表1参照)。

(2)都道府県別の状況

各都道府県の海岸(汀線)の状況は付表2に示すとおりであり、これから各汀線区分の比率に着目して分類した(本土のみ、ただし沖縄は全体)(表4−1−3)。

これから、概略、北海道・東北・本州日本海側・九州南部に自然海岸が多く残されており、東京・愛知・大阪・瀬戸内海岸域から九州西北部にわたる地域では、汀線の人工化が進んでいることが読みとれる。

都道府県別の海岸陸域の状況は付表3に示すとおりである。これから、海岸(汀線)と同様に各区分の比率に着目して都道府県を分類した(表4−1−4)。

自然地が残されている、あるいは市街地・工業地等ヘ開発がすすんでいる割合が高い都道府県は、海岸(汀線)区分でみた都道府県とほぼ同一の結果を示している。

陸域区分別に自然海岸、半自然海岸、人工海岸の占有率を求めたところ(付表3)、いずれの都道府県でも、自然地の場合、約7〜8割が自然海岸となっており、人工海岸化された部分は1割に満たない。

又、陸域が、市街地・工業地化しているところでは、ほぼ7割強が人工海岸化されていて、自然海岸として残されているのは1割以下で、自然地と対照的な結果を示している。

(3)海区・海域別の海岸の状況

本調査においては、我が国の海岸線を都道府県別に区分するだけでなく、地形・地理的条件を考慮できるよう海区・海域の区分(表4−1−2参照)を採用して各種の集計を行った。採用した区分によれば、我が国の沿岸域は8海区91海域に区分される。全海域に係る集計結果は資料編に収載したが、ここでは8海区91海域のうち各海区から1海域以上、代表的な海岸(特に典型的な内海・内湾はもれのないように留意した)を38海域(20海域・1海区)選定し(以下特定海域とする),これらの海域・海区に限定して、その状況について考察した(付表4〜7)。

なお、特定海域の場合は地理的特性を損わないよう本土と島嶼は一体として扱った。

ア 海区別

全国的には、約6割が「自然海岸」であるが、自然海岸が少ない都府県が含まれる海区−太平洋中区、瀬戸内海区で、自然海岸の占有率の低さと、人工海岸の占有率の大きさがきわだっている。

海岸域の現況をみると、太平洋中区、瀬戸内海区で自然地の占有率が他に比べ小さく、市街地・工業地他の占有率が大きいという傾向は、海岸(汀線)で明らかになったものと同じである。

イ 特定海域別

自然海岸、人工海岸の占有率が、全国集計値(59.0%、26.7%)と比較して、大きいかもしくは小さい海域は以下のとおりである。

自然海岸占有率が全国

集計値より大きい海域

人工海岸占有率が全国

集計値より小さい海域

石狩・三陸海岸・仙台湾

兵庫・伊予灘西・沖縄島

(6海域)

石狩・秋田・三陸海岸

兵庫・遠州灘・土佐湾

伊予灘西・沖縄島

(8海域)

自然海岸占有率が全国

集計値より小さい海域

人工海岸占有率が全国

集計値より大きい海域

胆振・富山湾・陸奥湾・

東京湾・相模湾・伊勢湾・

三河湾・瀬戸内海区(伊

予灘西を除く)・響灘・

有明海・八代海・鹿児島

湾     (28海域)

胆振・富山湾・陸奥湾・

東京湾・伊勢湾・三河湾・

瀬戸内海区(伊予灘西・

紀伊水道東を除く)・響

灘・有明海・八代海・鹿

児島湾   (26海域)

 

自然海岸の占有比率を縦軸に、人工海岸の占有比率を横軸にとり、特定海域(20海域+1海区)の値のそれぞれをプロットして、図4−1−3に示す結果を得た。全国及び本土の海岸線における自然海岸と人工海岸の占有比率と比較すると、自然海岸の比率が全国の自然海岸の比率(59.0%)より大きく、かつ人工海岸の比率が全国の人工海岸の比率(26.7%)より小さい海域は、石狩・秋田・三陸海岸・仙台湾・兵庫・遠州灘・沖縄島の7海域であった。一方、自然海岸の比率が本土のそれより小さく、人工海岸の比率が本土のそれより大きい海域は、胆振・富山湾・陸奥湾・東京湾・伊勢湾・三河湾・響灘・有明海・八代海・鹿児島湾、及び瀬戸内海の10海域・1海区であった。この場合、瀬戸内海は18海域の合計値であるが、海域単位で扱えば、前者の区分に1海域(伊予灘西)が入り、後者には15海域、両区分に含まれないものが2海域(伊予灘東、備讃瀬戸東)あった。なお、他の海域でいずれの区分にも属さなかったのは、若狭湾と相模湾及び土佐湾であった。

特定海域は全体として、自然海岸の比率が本土平均よりも低く、人工海岸の比率が高いものが多数を占めており、これは、内海・内湾を中心に選んだ結果が反映していると思われる。

これらの海域の海岸汀線の形態をみると、自然海岸においては、泥浜海岸が有明海・八代海・伊予灘東・安芸湾・仙台湾・東京湾・相模湾などを除いては極く小さいか全くみられずに、砂質海岸、岩石海岸、浜未発達が全国集計に比べると若干多い傾向が認められる。又、人工海岸における成因別割合は、全国集計では埋立及び干拓以外の人工海岸、埋立、干拓の順となっているのに対して、埋立が比較的顕著で、干拓の占有率も比較的高い一方で、この2者以外の人工海岸占有率が、全国集計値と比較すると相対的に低下している。

特定陸域の現況を海岸(汀線)と陸域の関係において整理したものが付表7である。

陸域自然地に対応する海岸(汀線)の形態としては自然海岸が、市街地・工業地他に対しては人工海岸が圧倒的に大きい傾向は、全国の傾向と一致するものである。又、農業地の場合は、自然海岸と半自然海岸の占有率の合計が全国集計に比べるとやや大きかった。

図4−1−4は、以上の状況を総合的に示したものである。

(4)自然公園等における状況

国立公園や国定公園等の自然公園においては、海岸線はしばしば中心的景観を構成するとともに、レクリェーション利用の場としても重要な位置を占めている。このような地域における海岸線は、どのような状況にあるのかを検討した。

国立公園、国定公園、都道府県立自然公園及び都道府県自然環境保全地域における海岸(汀線)の状況を、それぞれ、地種区分別に明らかにした(付表8〜11)。全般的にみて、自然海岸の比率は全国平均を上回っており、これを、更に地種区分別にみると、国立・国定及び都道府県立公園においては保護規制の強い特別保護地区、特別地域、都道府県自然環境保全地域においては、同様な意味での特別地区において80%以上100%に近い値を示している。

図4−1−5は、自然公園等における各地種区分の占有比率と、各海岸(汀線)区分の占有比率の関係を表わしたものであるが、1地域の海岸延長が長い国立公園、国定公園では、自然改変に対する規制の厳しい、特別保護地区と特別地域の比率の影響がみられ、特別地域以上の地種区分が77%強である国定公園の方が、62%弱である国立公園よりも、自然海岸の占有率がやや高かった。特別地域や特別地区が20〜30%程度でしかない都道府県立自然公園や都道府県自然環境保全地域では、自然海岸の比率が国立・国定公園以上に高かったが、これは、良好な自然状態にある比較的小規模な海岸線そのものが、指定の対象となっていることに由来するものであろう。

自然公園ごとの海岸線の状況については、資料編に掲載したが、自然海岸の占有比率についてのみみると、国立公園では50%以下の地域はなく、瀬戸内海の51%が最低で、海岸線をもつ国立公園の7割に当たる11公園で自然海岸率が80%以上あった。国定公園では三河湾、水郷筑波がそれぞれ24.9%、38.3%と著しく低い他はいずれも50%以上で、4割弱の8公園で自然海岸の比率が80%を超えていた。都道府県立自然公園は、該当するものが67と多いので、都道府県ごとにまとめた。

自然海岸の比率が最も高かったのは島根県で、最も低いのは愛知県であった(図4−1−6)。

 

3.人工海岸の原形態

 我が国の海岸線(本土のみ)を形態別にみると、砂浜・泥浜海岸は約4.800km(約26%)、磯浜海岸は約2.800km(約15%)、浜の発達しない海岸は約6,400km(約34%)であった。しかし、すでに人工化された海岸線約6,400kmは、それ以前どのような海岸線であったかは明らかでない。

 そこで、人工化が行われる以前、その海岸線はどのような状態であったのかを、特定海域のうち、特に人工化の顕著なものについて調べ、人工海岸化しやすい海岸(汀線)の形態を類推する手掛りとした。

 調査に当たっては、すでに述べたように、明治時代の地形図から該当する区域の当時の海岸(汀線)・海岸陸域区分及び海岸の形態を判読し計測する方法を用いた。この場合、当時の海岸線は、現在の海岸線より一般に短かかった。

(1)海岸(汀線)及び海岸陸域区分

海岸(汀線)区分をみると、当時の人工海岸占有率は、東京湾の22%、三河湾の27%が大きいが、他の約1割前後以下ときわめて小さい。

自然海岸から人工海岸への改変が、平均すると5割弱で、約4割が半自然海岸からの改変となっている(表4−1−5)。

陸域区分をみると、市街地の占有率が調査海域全体で22%となっており、当時の人工海岸の占有率が13%であったことと比較すると海岸部における陸域の市街地化と汀線の人工海岸化は、現在ほど密接な関係になかったと思われる(表4−1−5)。

これは、かつての市街地・工業地他は、必ずしも人工海岸を伴うほど大規模でなかった、あるいは、埋立・干拓等の土木技術が未発達だったと推察されるが、いずれにしても、当時は、現在よりも自然(海岸)と日常生活がより身近なところで共存していたといえるであろう。

(2)当時の海岸線の形態

現在の人工海岸の6割はかつては砂浜又は泥浜であり、泥浜・砂浜の海岸部の人工海岸化が圧倒的であったことが読みとれた(表4−1−6)。

同時に大きな川の河口や内湾の後背地には古くから人口が集中し、産業活動が活発であったため、それに伴う海浜の人工化の動きも大きかったと考えられる。

この2つの理由によって、多くの砂泥浜が消失したと考えることができる。

 

4.海岸の連続性

(1)同一海岸(汀線)区分の規模

海岸線の改変を自然海岸の分断化という観点から眺めてみると、かつては一繋がりの自然の海岸線がコマ切れになるとともに、長大な人工海岸が増大していく傾向が把えられた(図4−1−7)。

すなわち、自然、半自然、人工という区分で一繋りの海岸線の長さをみると、0〜1kmの海岸線が出現頻度としては圧倒的に高く(65.6%)、延長においても最大に近い(16.8%)。延長が増大するにつれて出現頻度は急激に減少し、20kmを超す延長の海岸線は自然、半自然、人工の3区分を合せても100箇所に満たない。しかし、自然海岸が延長の増大とともに出現頻度を漸減させていくのに対し、人工海岸は50km以上の区分で再び増大する傾向を示している

これは都市地域が自然地を蚕食して増大していくのと類似の現象といえよう。

(2)長大な自然海岸

現在では、人工物によって分断されることのない長大な自然海岸は稀少な存在であることが、上記により明らかとなった。

連続した自然海岸の延長距離の長いものを、全国で20海岸、北海道地方で10海岸、本州地方で20海岸、四国、九州地方でそれぞれ10海岸選出し、その各種概況を明らかにし、整理した(付表12)。

調査時点で最も長く連続する自然海岸の延長距離は69.54kmであったが、上位20海岸のうち9海岸は北海道に位置し、6海岸は三陸海岸に含まれる。又、順位14及び17の海岸は、わずかな距離の人工海岸による中断があって2つに分離されているが、実際上は連続した海岸といってよいであろう。

形態的にみると全区間が砂浜である海岸はこのうち9箇所あった。

これらの海岸の陸域では、自然地が100%に近く、汚染状況についてみると、一部でゴミ漂着がみられる他はほとんど汚染が認められない。

 

5.海岸の立入可能性と利用状況

(1)海岸の立入可能性の現況

人間がレクリェーションの場として海岸を利用するためには、海岸(汀線)に到達できる、ということが前提となる。利用状況について考察する前に、海岸の立入可能性について検討した。

全国集計では、海岸総延長32,170.21kmに対して、立入可能な海岸の総延長は20,145.86km(62.6%)、立入不可能な海岸の総延長は12,024.35km(37.4%)であり、全国の海岸の約3分の1が自然条件あるいは人為的要因により、立入不可能である。

立入可能性の内訳は、以下のとおりである。(表4−1−7)。

立入可能海岸は全体のうち約3分の2が本土にあり、残り3分の1が島嶼である。

海岸(汀線)区分毎の立入可能性をみると、全ての海区で、半自然海岸、人工海岸、自然海岸の順に立入可能海岸の占有率が高い。

半自然海岸は、もともと到達性の高い海岸であり、かつその改変状態が、人間の立入りを拒否するまでには至らないことから、3つの区分のうちでは、最も到達性(立入可能性)が高くなったものと思われる。

又、地形的条件により波打際への到達性が阻害されるような海岸(自然海岸)は、埋立や干拓の対象となりにくいのはもちろんのこと、護岸や離岸堤等の設置の対象箇所ともなりにくく、逆に、人工海岸や半自然海岸は、海岸周辺の利用が積極的におこなわれる地域であり、この点からも到達性が高くなると考えられる。

人工海岸はそれだけでは、人の立入りを阻害する存在ではないが、埋立てによって生じた人工海岸は工場地となることが多く、そのような所では往々にして一般人の立入りが規制される。工場等の存在が原因で立入りができない海岸線が10%以上あるいは50km以上存在する都道府県は表4−1−8のとおりである。

ここに掲げられた都道府県のうちの多くは、大規模な臨海工業地帯を有している。

(2)海岸の利用状況

図4−1−10は、本土四島の全海岸の利用状況を自然海岸、半自然海岸、人工海岸に分けてみたものであるが、自然海岸では魚釣りの利用率が高いのが目につき(魚釣りが立入可能な海岸に対して100%を超える利用率となっているのは、通常では近づけない岩場でも降下したり、船から乗り移ったりする実態を示しているものである)、半自然海岸では散策、海水浴、潮干狩りの利用率が高くなっている。散策、潮干狩り、海水浴などの利用が集中している半自然海岸は、人工海岸と比較すると、身近かな海岸としての大きな役割を持っていることを示している。

一方で、自然条件がかなり劣化している人工海岸においても魚釣り、散策などでかなり利用が行われていることは、人々の海との触れ合いに対する欲求が極めて強いことを物語っており、この点でもより多様な利用の可能性を持つ半自然海岸の、身近かな海岸としての役割りは大きいものがあるといえる。半自然海岸は人為が入っているものの、人と海との係わりを維持するために最も重要な場である潮間帯が自然のまま残されており、この潮間帯の保全が強く求められているといえよう。

 

6.まとめ

 我が国の海岸線の総延長は32,170.21kmであり、このうち北海道、本州、四国、九州の本土4島(以下本土)のそれは18,668.31km、その他の島しょ(以下島しょ)では13,501.90kmであった。このうち自然公園及び保全地域の指定のある海岸線は17,380.54kmで全海岸延長の54.0%を占め、鳥獣保護区の設定された海岸は4,624.25km(14.4%)であった。

 海岸線のレクリェーション利用の前提となる波打際への到達可能性についてみると、本土の68.1%、島嶼では55.0%の海岸が立入り可能であった。海岸の利用形態は多様であるが、魚釣、採取、,散策の利用率が高く、それぞれ立入り可能な海岸の80.9%、37.5%、33.6%が利用されていた。海水浴や潮干狩に利用される海岸は立入り可能な海岸の20.0%、16.3%にすぎなかった。

 改変の進行した海域の原形態を調査したが、これによると、現在の人工海岸線の位置はかって海であった−すなわち埋立や干拓によってできた−場合が圧倒的に多く、元の海岸の形態は砂泥浜であることが多い。

 本土の海岸線が人為により寸断される状況を、海岸線の連続性によってみた。これによると、1km以上に寸断された海岸が圧倒的多数にのぼり、総延長の16.8%を占めた。

 人工物により分断されることなく続く海岸線で最長のものは約70kmで、北海道に存在した。全体的に連続性の大きい自然海岸は北日本に偏在している。

 自然海岸(又は人工海岸)の比率をはじめとして、海岸線の状況には顕著な地域差が認められ、多くの場合、後背地域の経済活動の影響を暗示させるものであった。

 

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