2−6 動物分布調査(淡水魚類)

 

1.調査の目的と方法

(1)調査の目的

動物分布調査の一環として行われた淡水魚類分布調査は、我が国に生息する淡水魚類のうち、(注1)分布域が局限され、かつ人為の影響を受けやすい生活様式をもつため、今後急激な減少や地域的な絶滅の危険性があるものや、学術上重要であると思われるものとして、環境庁があらかじめ指定した27種および亜種(表2−6−1)、都道府県が独自に選定した44種について、その分布域や生息状況を調査したものである。

淡水魚類は漁業資源やレクリェーションの対象として大きな関心が払われているものも相当数存在する一方、このような関心の対象外の種類が多数あり、これらの存在に注意が払われぬまま、淡水域の開発が行われ、結果的に種の存続を脅かす事態に立ち至ることが多い。このような事態を避けるために、絶滅の危険性が考えられるもの、学術上貴重な存在であるもの等について現況把握を早急に行う必要があった。

本調査の結果は、量的にも質的にも現時点では望みうる限りのものといえるが、今後とも分布や生息に関するより正確な情報の把握し蓄積していく必要がある。今回の調査では今後の分布調査の基図となるべき分布図の作成と、動物地理学、分類学上の重要性や生息状況から、それぞれの種の位置を極力明らかにすることを試みた。

(2)調査の内容と方法

調査は現地調査、文献、聞込み等の既存資料を基礎とし、出来る限り現地確認に努めた。

調査項目は、種類、水域名、生息地、調査年月日、生息環境(水域)の概要、保護の現状、当該水域の問題点(環境圧)、出典等を対象とし、所定の調査票に従って記入された。各調査法の概略は次の通りである。

ア)文献調査

当該種の分布、生息環境などを考慮して、信頼しうる文献を対象に進められた。

イ)現地調査

現地調査にあたっては、都道府県内の当該種の生息状況を把握するため、調査の対象河川・湖沼の選択を考慮し、タモ網、小型地曳網、投網、釣、目視観察などから確認を行った。その他定置網漁獲物から、例えば降溯性魚類を対象に一部調査を実施した。

 

(注1)淡水魚とは生活環の全部を淡水中で経過するか、少くともある時期には必ず淡水域に入ってくるものをいい、淡水域で生活することはあるが、それが必ずしもその種にとって必要のないものは、周辺的淡水魚として除外される。

 

ウ)聞込調査(アンケート調査を含む)

当該種が生息するという情報を、直接当事者にあたって確認した。アンケート調査は、都道府県下の学校、漁業協同組合などの関係機関、または個人へ協力を依頼して進められた。この場合、調査対象種の誤認を避けるため、図鑑から転写した図を同封して情報を収集したケースもみられた。

いずれの調査も、種を査定する際、回答内容に対する信頼性の是非の判断は、調査者自身に委ねられた。

以上の結果から、淡水魚類の生息状況および分布の現状について、その概要を都道府県別、調査種別にとりまとめた。また、河川概要、主要河川の魚類相、概略分布図(調査対象種のみ)、種別生息概要、および調査票の点検・整理されたものが一括して報告された。さらに、20万分の1地勢図に、生息地点を表示し、分布図が作成された。

(3)情報処理の内容と方法

調査によって得られた情報は都道府県別にまとめられているので、これを全国的な視野での把握を可能にするため、種別の全国分布図の作成と生息状況等の集計・整理を行った。

ア)分布図の作成

全国47都道府県で作成された分布原図(20万分の1地勢図に記載)から、調査票の情報に対応する生息地点(又は生息地域)をデジタイザ−(座標解析機)で読み取り、それらの地点座標を経度・緯度に変換して、種別に自動製図機によりプロットした。

これとは別に、日本列島の海岸線および河川の位置をそれぞれ20万分の1地勢図、50万分の1地勢図よりデジタイザーにより読み取り、経緯度変換処理を行った後、地図描画プログラム(注2)により自動製図機で作図した(図2−6−1)。

イ)種別調査結果とその考察

調査対象種の特性や生息分布状況をできるだけ正確に把握するため、専門委員会が設置され、各委員がそれぞれ専門とする種を担当し、調査票の記載データのほか、他の知見をも加えて種別に総合的な検討を行った。その主要な内容は、種の概説、生息環境、生活史、地理的分布と生息状況、保護上の問題点等である。

 

(注2)国立科学博物館金井弘夫氏の開発した分布図自動作図プログラムKLIPSである。

 

2.調査結果の概要

 今回の調査で得られた資料(水域ごとに作成された調査票)数は、合計3,295(環境庁指定種2,666、都道府県指定種629)、そのうち資料数の最も多かったものは、イトヨ(396)で、これにオヤニラミ(387)、カマキリ(225)、イトウ(202)トミヨ(195)、イバラトミヨ(170)、オショロコマ(169)、ニッポンバラタナゴ(140)、ゼニタナゴ(111)と続き、10以下の資料数はアリアケシラウオ、スイゲンゼニタナゴ、ムサシトミヨの3種であった。これらの資料をもとに、絶滅に関するもの、環境圧に関するものなどに分類し、電算機により集計・整理した2種の種別総括表(付表1、付表2)を作成した。

 資料の種類は、調査者が当該種の現物を確認しているものが1,200で、環境庁指定種総資料数の45%を占め、残りを文献および聞込による情報数によって2分されている。絶滅および絶滅の恐れのある情報数は、合計212、8%(同上)であった。

 当該水域の問題(調査票の生息環境の概要の内容を含めて)では、水質汚濁、ダム・堰堤の建設、河川改修などが主要な環境圧としてあげられ、今回の資料では1部の種を除くと、50%以上の割合で、問題化していることが分った。

  環境庁指定種の分布状況や生息環境、環境庄の種類等についての概要は「生息状況一覧表」(表2−6−2)に示した。これは、電算機による機械的集計だけでなく、専門委員会による考察の結果も加味してある。また、魚類と人間生活とのつながりを考えるうえで貴重な情報となりうる方言名についてとりまとめ一覧表とした(表2−6−3)。なお、都道府県選定種は種名と選定調査した都道府県名を挙げるととどめた(表2−6−4)。

 

3.調査対象種解説

 淡水魚類分布調査において、環境庁があらかじめ調査対象としで選定された27種につ

いて、分布や生活史、人為的影響の種類と程度などを中心に解説を加えた。

 本文は、第2回自然環境保全基礎調査、動物分布調査報告書(淡水魚類)全国版にまと

められた専門研究者による種別解説より、必要部分を抜粋し再編集したものである。全国

版報告書の解説は、綿密な引用によって記載されているが、本解説においては原則として

引用文献を明記しなかった。

 

1)イトウ Hucho perryi(BREVOORT)

イトウ属はコーラシア大陸に広く分布し、Hucho hucho、H.taimen、H.ishikawai、H.bleekeri及びイトウH.perryiが知られている。本属は5種が不連続に分布し動物地理学上興味をひいている。

イトウについての生態学的或いは生物地理学的研究は乏しい。既に述べた様に本種はイトウ属の他の種と異り、沿海州、サハリンでは海から産卵の為に河川を溯上する。北海道に於いても溯上するといわれるが北海道では稀に降海するものがあっても、普通降海することなく生涯河川あるいは湖沼に留るであろう。生息河川は平野を蛇行し、ゆるやかに流れる河川であるが、稀に急流性の河川にみられることがある。又冷水性の湖沼を好む様である。このことはH.taimenが冷水湖を好むと同様である。

イトウ属の食性は何れも肉食性である。H.huchoは幼魚時に無脊椎動物を捕食するが、成体は魚を食う。

イトウは岩手県、青森県、北海道、サハリン、クリール(千島)、沿海州(南はウラジオストックまで)分布する。ただし青森県及び岩手県では既にみることがなく多分絶滅したものと考えられ、従って現在日本国内の生息地は北海道のみである。

1978年の動物分布調査(北海道)で調査者が確認し又生息することを聴いたものを合せると、イトウの分布は道東根釧原野を蛇行して流れる河川に分布が多く、ついで道北である。それに道央、十勝、道南の若干の河川に分布をみる。本種がどの程度生息しているかは全く不明といってよいが、量的には極めて少いものと考えられる。

本種は、ソビエートに於いてH.taimenがアマチュアの釣の対象として好まれる様に日本で最も釣人に好まれる魚の一種である。既に述べた様に平野を蛇行し、ゆるやかに流れる河川を好むイトウにとって河川の切替工事による流路の変更は可成りの影響があるだろう。本種の分布が道央に集中していることはその事と関係があるかも知れない。又H.taimenが清い冷水性の湖水を好む様にイトウも又その様な湖水を好むであろう。湖水の周辺や河川の流域の開発或いは都市化の影響は無視出来ないことの様に考えられる。更に重要な点は、イトウの成熟魚は雄魚で55cm以上、雌魚で90cm以上と推定され、50cm以上に達するにはその生長曲線から推して9年以上を要するということである。この様に成熟に長年月を要するイトウは捕獲によって容易に減少するであろう。このことに対する配慮は本種の保護対策上十分に考慮されねばならない点である。

 

2)オシヨロコマ Saluelinus malma(WALBAUM)

オシヨロコマはWalbaum、J.J.(1972)によってカムチャッカからsalmo malmaとして記載された。その後Jordan&Gilbert(1883)によってSalvelinus malmaとされ、現在に至っている。

オシヨロコマはカリフォルニヤからオレゴン、ワシントン、ブリティツシュコロンビア、南東アラスカからアリューシャン列島、ベーリング海、ベーリング海峡、ハーシエル島、ポイント・バロー、カムチャッカ、千島列島、北海道、サハリン、ピヨートル大帝湾、北朝鮮まで分布する。日本では北海道にのみ分布する。北海道のオシヨロコマは稀な例外があるかも知れないが、普通は淡水で生涯を終る。分布の南限は千走川(北海道後志)及び新冠川(日高)である。生息河川は37を数えるが、知床半島や積丹半島の河川の様に河口から渓流の様相を示す河川では河口から上流迄本種の分布をみるが、その他はすべて山地の渓流即ち河川上流部に限られる。分布の中心は山岳地帯を流れる石狩川、十勝川の支流及び北見の勇別川で、常呂川も他の河川に比較して多い。又根室や知床半島の河川が道東の分布の中心をなしていて、量的にも多い。北限は利尻島である。北海道のオシヨロコマは降海することがないので、各河川に分布するオシヨロコマは夫々独立した個体群として再生産をくりかえしていると思われる。

然別湖のオシヨロコマはミヤベイワナSalvelinus miyabeiとして別種の扱いをされたが現在はオシヨロコマの陸封型という見方が強い。

然別湖のオシヨロコマは天然記然物として保護されており、今のところ危惧すべき状況にはない様に思われる。たゞこの湖に注ぐヤンベツ川は産卵場であり又稚魚の生育場所でもあるので、現在奥地であっても林道等の開さくが進んでおり、それが河川に与える影響は無視出来ない。

 

3)ゴギ Salvelinus imbrius JORDAN et McGREGOR

ゴギはサケ科イワナ属の冷水性魚類で、山陰・山陽の山間の渓流に生息する。この魚は河川のなかだけで生涯をすごす、いわゆる河川型の生活史をもち、降海するのは知られていない。したがって、天然ではゴギはさほど大きくはならず、全長30cmを越える大型の個体は割合に珍らしい。

ゴギは分類学的にまだ問題を抱え、しかもわが国のイワナ属のうち、もっとも西に分布するために、学術上興味が深い。また、この魚は遊漁および河川漁業上重要で、第5種共同漁業権の対象種として扱われ、その養殖技術の開発研究も現在、各地で進められている。

ゴギは夏でも温度が20℃以下で、やや水量の多い山間の渓流から、山の稜線に近い源流のすぐ下まで生息する。このような場所は一般に、河谷の勾配が大きくて、河床は大型の転石と岩盤からなり、河原や中州はあまり発達しない。また、両岸には広葉樹が多いために、水面は割合に暗い。水は清澄で、増水時にもさほど濁らず、浅い淵や淀みなどの緩流部と小さな滝や落ち込み、短い早瀬などの急流部とが交互に現われる。

このような場所に、上流からゴギ、ヤマメ、タカハヤの順に生息するが、他地方のイワナと異なり、ゴギは他種と混生する区域が比較的長く、「すみわけ」の境界が明確でないことがある。また、両岸に狭い水田地帯をもち、明るくて比較的平坦な場所で、ヤマメ、ウグイ、カワムツ、稀には放流アユと共に、ゴギをみることがある。しかし、盛夏に水温が20℃を越えると、ゴギとヤマメは上流や支流に移動するようである。

産卵期は10月下旬から11月中旬で、ヤマメよりも少し遅い。水温は11〜8℃、産卵床は普通、瀬脇や浅い淀みの砂混じりの礫底で、水深は10〜50cm、水は停滞し、所によっては弱い反流が認められる。

卵は球形を呈し、直径は5.1〜5.4mmで、12月下旬以降に孵化を開始する。

孵化仔魚は全長13.8〜14.5mm(70%エタノール標本、生時には17.7〜18.5mm)で腹部に大きな卵黄嚢をもつ。平均水温14.5℃で飼育したところ、仔魚は孵化後36日目に全長24.1〜27.47mmになり、卵黄をほぼ吸収し尽し、体側にパーマークが淡く出現し始めた。天然の仔魚は、4月中、下旬以降にこのステージに達して、産卵床から脱出浮上する。そして、5月に30〜40mm、6月に40〜50mmに成長し、この間稚魚は流れがゆるい浅い暗所を好み、水生昆虫とくにカゲロウ目の幼虫をよく食べる。8月末には80〜95mmになり、少し深い底層を泳ぐ。11月になると、全長100mmを越えると思われる。

ゴギは中国地方の山間の一部という限られた地域に分布するが、山陰側では島根県の斐伊川から同県の高津川にかけて、山陽側では岡山県の吉井川から山口県の佐波川の間に、現在生息している。岡山県の高梁川と吉井川および山口県の佐波川のゴギは、山陰より移入されたものといわれる。ただし、鳥取県の千代川で、頭頂に斑点をもつイワナの存在が確認されているので、山陰側におけるゴギ分布の東限については、再検討の余地があろう。

広島県比姿郡西城町熊野地先の大羽川(江川系西城川支流)のゴギは、広島県により1951年に、天然記念物として指定されて現在に至っている。

島根、広島、山口3県の各水系で、この魚は第5種共同漁業権の内容に入れられ、各県の内水面漁業調整規則によって保護されている。具体的な保護の方法は、禁漁区と禁漁期の設定、漁具・漁法および漁獲物の体長の制限などである。しかし、監視の目が届き難い山間の渓流では、これらの禁止や制限の条項は必ずしも守られてはおらず、今なお毒流しなどの不法行為が後を絶たない。なお、最近山地の道路が整備されたため、渓流に入る釣り人が増加したこと、およびゴギは貧食で比較的釣りやすいために、遊漁による乱獲の危険性も大きい。

中国地方の山間部のうち、過疎化が著しい地方では、山林の乱伐と荒廃が目立ち、それに伴い洪水、山崩れ、雪崩などが増えて、さらに過疎化が進行する。そして河川は、水量減少、夏季水温の上昇、土砂の流入、氾濫などのため、次第にゴギやヤマメの生息に適しない環境に変わりつつある。このような山村の生活環境や河川環境を守るためには、森林資源および水源涵養林の保護と育成に努めることが、現在もっとも必要と思われる。

 

4)イシカリワカサギ Hypomesvs olidus(PALLAS)

イシカリワカサギは初めサハリンのタライカ湖から新種(Hypomesus sakhalinus)として発表され、その後石狩古川、塘路湖、天塩パンケ沼等で見出された。しかし、その後分類学的検討により、イシカリワカサギはH.olidusとされ、従来この学名を与えられていたワカサギはH.transpacificus nipponensisとされた。

本種は産業上重要であり、石狩川や塘路湖では採卵ふ化放流を行っている。鮮魚や加工品としてはワカサギと区別することがない。最近上記の湖にワカサギを移殖しているが、それ等のワカサギとイシカリワカサギの間には餌をめぐって競争がある様である。本種は淡水魚の中でも重要な漁業対象種であり、孵化放流が行われており絶滅のおそれはないと考えられるが、石狩古川は都市排水により汚濁がすゝんでおり、そのことが本種に与える影響は無視出来ないであろう。

生息している湖沼は河跡湖、海跡湖あるいはその様に考えられるところであり、腐植栄養湖に近い様相を示し、水色は褐色を示す。湖底には泥を堆積し湖の浅いところには水生植物(ヒシ)が繁茂する。底棲動物はユスリカ幼虫が優占する。成魚はイサザアミを好んで摂る様である。

北海道に生息するイシカリワカサギは終生淡水で生活する。1年で成熟し、4月中、下旬に湖岸で産卵する。湖岸の草や露出した木の根に産みつけられた卵は7.5〜9.5℃で20〜30日でふ化する。成熟産卵後も生き残って再び産卵するものがあるが、本種は1年で漁獲の対象となるためにその生残率を正確につかむことは困難である。漁獲された魚の年令組成をみると1年魚が卓越する場合と2年魚が多い場合とがある。最も高令なものは体長111mm、4令であった。餌はワカサギがほとんどである。

北海道では釧路地方ではシラルトロ湖、塘路湖及び達古武沼に分布するが、達古武沼のイシカリワカサギは塘路湖から移殖したものである。塘路湖ではよく繁殖し最も重要な漁獲対象魚である。オホーツク海沿岸では渚滑川から報告されているが、現存していない様である。帯広に近い幌岡大沼にも生息するが、この沼は周囲僅に2.5kmであり、量的には少い。水位が低下しつゝあり、あるいは絶滅するかもしれない。天塩パンケ沼のイシカリワカサギも量的には多くない。石狩川水系には河跡湖が多いが、なかでも最も大きい石狩古川には本種がよく繁殖しており、重要な産業種である。この他この水系の河跡湖である袋地沼、菱沼、月ケ湖で生息が確認されている。河跡湖である余市古川でも本種の生息が確認されている。

 

5)アリアケヒメシラウオ Neosalanx regani WAKIYA et TAKAHASI

アリアケヒメシラウオは、シラウオ科のヒメシラウオ属に属する全長60mm前後の小型の魚である。本種はこれまで、有明海にのみ分布するとされていたが、筑後川下流の淡水域で生涯をすごし、有明海では獲れないといわれる。この地方では、この魚は単にシラウオと呼ばれ、例年2、3月のシラスウナギ採捕の際に、タモ網で若干混獲される程度で、とくにこれを対象とする漁業はなく、水産上利用価値も少い。

しかし、ヒメシラウオ属の他の種類は、すべて華北および朝鮮半島に分布するので、アリアケヒメシラウオは、九州北部と大陸における魚類相のつながりを示唆する学術上興味深い種類といえよう。

筑後川下流部は、傾斜が極めてゆるいために、有明海の潮汐の影響を強く受け、本流における感潮水域は、河口より約30km上流の久留米市小森野町地先にまでおよぶ。アリアケヒメシラウオは、この感潮水域の淡水と汽水中に、エツ、フナ、オイカワ、タナゴ類、ウナギ、クルメサヨリ、ボラ、スズキなどとともにすむ。この水域の川幅は広く、両岸にはアシが密生して、川底には軟泥や砂泥が多い。

本種の成魚と仔魚は、上述のとおり筑後川下流の感潮水域に限ってすみ、河口の汽水中で獲れても、海域に降下することはないという。産卵期は3月下旬から6月におよび、その盛期は4月である。この時期に成熟した雌雄の他に、仔魚や若魚が同じ場所で獲れるので、アリアケヒメシラウオは他のシラウオ類と異なり、産卵のための顕著な移動や溯河は行わないと考えられる。成熟した雌の体長は40〜55mmで、1尾あたりの孕卵数は300〜700を数える。

卵は沈性附着卵。体腔内卵の卵膜は二重で、外側には放射状の模様がある。産出とともに外側の卵膜は反転して附着器になり、他物にくっつく。

天然では4、5月に生れたアリアケヒメシラウオは、1年後には雌雄ともに全長50mm前後に成長して、成熟産卵する。産卵期が過ぎると、小型の未成魚のみが採取され、大型の成魚は全く獲れないので、この魚は満1年で産卵した後に、寿命を終えるいわゆる年魚と思われる。

このように、本種は年魚であって、しかもその生息域は、筑後川下流部の延長30km弱の区間にすぎない。そのうえ、河口より23kmの久留米市安武地先には、筑後大堰の建設が予定されており、これが完成すると、アリアケヒメシラウオの生息域は少し縮少し、流況も若干変わるであろう。この魚は生息数もさほど多くはないので、今後はその資源保護に留意することが必要と思われる。

 

6)アリアケシラウオ Salanx ariakensis KISHINOUYE

アリアケシラウオは、全長130mm前後になるシラウオ科の魚で、わが国では有明海に限って分布する。産卵期には主として筑後川下流域に溯上する。体は透明で、脳が透けてみえ、その形状が葵の紋に似ることから、筑後地方では本種をトンサンイオ(殿様魚)と呼んでいる。

アリアケシラウオが生息する有明海は、福岡、佐賀、長崎、熊本の4県に囲まれた内湾で水深20m以下の浅い平坦な湾奥部には、筑後川、矢部川などの河川多数が注いでいる。これらの河川が運搬した細泥は、沿岸部に堆積して広大な干潟が発達する。この海域ではまた、最大潮差6.5mにもおよぶ潮の干満により、海水と河川水ははげしく混合して、栄養塩類に富んだ基礎生産力の高い、複雑な環境を形成する。このような環境は渤海、黄海および朝鮮半島西岸に似ており、有明海の生物相もまた、これらの海域と共通性が認められる。

アリアケシラウオは秋に産卵するといわれる。しかし、本種の産卵習性、初期生活史

および成長、成熟などについては、ほとんどわかっていない。

かつて日本列島がアジア大陸と陸続きの時代に、本種は現在の華北、朝鮮半島から九州まで連続してすんでいたが、対島海峡成立の後にはその分布が切れて、遣存種として有明海に残ったものとされ、学術上も興味が深い。一方、この有明海は古くから干拓や埋立工事が進められ、この魚がすむ湾奥部独特の環境は、次第に変わりつつある。

 

7)ウケクチウグイ tribolodon sp.

本種は中村が1961年に福島県只見川水系の魚類調査を行った際に、ウグイ属の他種とは明らかに別種であると査定したものである。そして中村(1963)は取りあえずTribolodon sp.とし、和名のみウケクチウグイと命名した。

本種は只見川水系の中流域およびこれらの一部を遮断して建設された人工湖にみられる。

地元の漁業組合員よりの聴き込みによれば本種の産卵期は6月頃とのことである。その他については現在のところ公表された報告はない。

阿賀野川及び信濃川の両水系から記録されており、阿賀野川系に於ては福島県下では、その上限は大川筋では芦の牧温泉下流の小谷砂防ダム直下まで、只見川筋では本名人工湖までである。また新潟県下では阿賀野川水系においては東浦郡鹿瀬村から下流は河口付近の新潟市松浜までのほぼ全域から6地点(うち2点は確認又は聞込)に亘り記録されている。また信濃川水系に於ては三島市寺泊町の信濃大津分水路より記録されている。

現在のところは、近似種のウグイおよびエゾウグイと混同されている場合が多く、本種の詳細な分類学的検討、生活史および地理的分布の把握が必要である。

 

8)ヒナモロコ Aphyocypris chinensis GUNTHER

ヒナモロコは、コイ科に属する全長4、5cmの小さい淡水魚で、中国大陸や朝鮮半島に広く生息し、わが国では九州北部にのみ分布する。福岡市附近では、雑魚として扱われ、利用価値はほとんどなく、とくにこの魚を指す地方名もない。しかし、その特異な地理的分布のために、カゼトゲタナゴと同じく、動物地理学上貴重な種類とされている。

ヒナモロコは潅漑用水路で採集され、狭くてやや流れが淀む所、および泥底もしくは砂底の浅い溜り水で、増水時にのみ本流と連絡するような所に、カワバタモロコ、バラタナゴ、フナ、モツゴ、メダカなどとともにすみ、秋と冬の渇水期には、やや深い止水域に多いといわれる。

成熟した雄は胸に小さな白い追星を生じ、体色は雌よりやや濃い黄色を呈する。産卵期は5、6月であるが、天然の産卵習性はまだわかっていない。天然では7月頃全長13〜29mmの稚魚が遊泳するようになる。飼育条件下では、孵化後満1年で4、5cmになり、雌雄ともに成熟する。

福岡市附近では近年、農地の転用とともに、本種がすむ細流や用水路の統合整備がなされ、水質も悪化して、その生息域は次第に圧迫されてきた。

 

9)イタセンパラ Acheilognathus longipinnis REGAN

日本特産種で、最も体高の高いタナゴである。側線は完全で口ひげがない。

地理的分布が限られており、また生息環境の破壊に対する抵抗力が弱いために、近時減少が著しいので、昭和49年3月種の天然記念物に指定された。

河川池沼の静水域で、水草の繁茂したところに好んで生息する。底質は砂泥質で湧水があることが望ましく、また産卵床となる二枚貝が生息する場所であるか、もしくは二枚貝の生息場所が付近にあることが必要である。また河川敷内の池沼では、増水時に本川と連結することが望ましい。

産卵期は9月から11月にわたり、その盛期は10月中旬ないし下旬である。産卵は二枚貝、主としてタガイ、イシガイ、ドブガイの外鰓葉に対して行う。選ばれる二枚貝は殻長35〜65mmまでのやや小型のもので、二枚貝に対する選好性は,、殻の長さによるもので、二枚貝の種類によるものではないようである。1個の二枚貝に対する産卵数は30〜40で、産卵回数は1産卵期に2〜5回。卵は弱い粘着力があり、その大きさは3.2〜3.5×1.2〜1.4mm。水温17〜25℃で受精後約90時間でふ化する。

仔魚は貝体内で越冬し、翌年5〜6月に貝体外ヘ泳ぎ出す。満1年で全長40〜60mmに達して、雌雄ともに成熟する。最大全長80〜100mmに達する。

生殖期には雄の追星が生じ、また雄には鮮やかな婚姻色があらわれる。背面は青褐色側面は赤紫色となり、腹部は黒色となる。雌には明瞭な婚姻色はあらわれず、銀白色となり、20〜30mmの淡灰色の産卵管を伸長させる。

稚魚期には浮遊動物を主食とするが、成魚になると付着藻類を主食とするようになる。

本種はミヤコタナゴと共に、淡水魚のなかで最も早く行政によって保護措置が講じられている魚類である。

具体的な保護措置としては、本種に適した生息環境である河川敷内の静水域、淀川でわんど(・・・)ないしたまり(・・・)と呼ばれている水域をそのまま保全することにつきる。

わんどというのは明治時代に本川における舟行を容易にするために流速を緩める目的をもって、そだ沈床と捨石で構築したT型の水制が、年代を経ると共に、その間が洗堀されてできた静水面で、周辺に砂泥が堆積して池沼化されている。増水すると本川と連結するが、平水時は本川と隔絶するか、または狭水部で連結していることが多く、またフィルターのかかった良質の湧水のために、汚染された本川よりも水質の良いことが多い。また出水時にも静水を好む魚種や稚魚のかっこうの避難場所となっている。もともとは人工の構築物であるが、現在は淀川の自然環境の一部となっており、ことに魚類保全のための重要な要素となっている。

ところが現在の河川改修工事が、そのような水域の存続を許さない方向を指しているために、問題が生じている現状である。

幸いにして河川管理者も本種の保全に意を用いるようになってきたので、最も早く本種の保護が問題となった淀川においては、その主生息地は保全される合意が行われている。

本種の保護については、本種が種の天然記念物に指定されて、保護措置を講ずる上で法的な裏付けが得られたことが、大きく影響している。

本種の生息地が破壊される場合、安易にその代替池を構築しようとする傾向があるが、最も構築しやすい場所に代替地を掘削しても、必ずしもそれが機能するとは言えない。湧水の有無、底質の如何、水量の増減などの諸条件をよく考慮する必要がある。要するに現在本種の生息地として機能している静水域は、長時日の歴史の上で、本種の生息適性が証明されている場所であるから、できるだけ存続をはかるべきであろう。

 

10)ニッポンバラタナゴ Rhodeus ocellatus smithi(REGAN)

本邦西部に生息する小型のコイ科タナゴ属魚類で、特に珍奇な魚ではないが、生息地の破壊に加え、大陸産の亜種タイリクバラタナゴの侵入により危機的な状況に追い込まれている。タイリクバラタナゴは繁殖力が強く、しかも本亜種とは容易に天然交離を行うので、現在の前者の異常な拡散速度をもってすれば、以前の本亜種の生息地であっても、開放水域では純系種は消滅している可能性が極めて高い。

本亜種は浅く水草の繁茂した池や沼に主として生息し、潅漑用水路などでも流れのほとんどない部分を選ぶ。

本亜種の産卵期は5〜9月にわたり、主としてイシガイ科の二枚貝の鰓葉中に産卵する。1尾の雌の1産卵動作における産出卵数は主に2〜3粒、この動作を数回ないし数10回反復する。1個体1産卵期間中の産卵回数は10数回である。

ふ化直後の仔魚は全長2.8mm、松茸のつぼみのような極めて特異な形をしている。ふ化後約15日で貝体外へ浮出するが、このときは全長約7.5mm。全長約15.0mmでほぼ成魚と同様の形態となり、しばらくは大群をなして遊泳する。

満1カ年で40〜50mmとなり成熟する。但し産卵期の早期にふ化した個体は年内に成熟することがある。全長60mmを超える個体は稀であり、満3力年以上生残する個体もほとんどない。付着藻類を主とする雑食性である。

本亜種とタイリクバラタナゴR.o.ocellatusとの相違点は次の通りである。

1 前者は腹びれが淡黒色だが、後者は腹びれの不分岐ひれ条および第1分岐ひれ条に蒼白色の真珠光沢をもった不透明部がある。

2  前者では全長60mmを超える個体は稀だが、後者では雄80mm、雌でも60mmを超える個体は普通に見られる。

なお上記以外に両種の相蔭点として体側の婚姻色があり、ニッポンバラタナゴの婚姻色は赤レンガ色、タイリクバラタナゴを赤色と表現されている。

本亜種の天然の分布域は近畿と北九州である。四国にも生息するが、天然分布かどうか不明である。

本亜種とタイリクバラタナゴの天然交離の可能性は極めて大であり、さらに既に後者の拡散は鹿児島県にまで達していることを考えると、従来の本亜種の生息地であっても、河川や用水路のように開放水域においては両種は既に交離していると考えるべきであろう。

なおタイリクバラタナゴの拡散は、鑑賞魚として各地に送られる以外に、既に琵琶湖に定着している本亜種がアユ種苗に混入してその放流河川に送られるために生じるのである。

現在では、開放水域においては、本亜種の純系種はほとんど見出されず、一部池沼にのみ生存するという状態である。

 

11)カゼトゲタナゴ Rhodeus atremius JORDAN et THOMPSON

本種は従来日本特産と考えられていたが、韓国の西海岸へ注ぐ河川の2地点からも記録されている。

日本における分布は福岡、佐賀、熊本および長崎の4県下に亘ることが今回の調査結果により明らかにされている。熊本県の報告により本種の本土における南限は八代市の球磨川水系藻川であることが確認された。また北限は福岡市の多良々川である。長崎県の分布は壱岐島のみとされている。

福岡県柳川地方における産卵期は3〜6月、盛期は4〜5月と推定される。柳川地方ではやや小形のマツカサガイ(殻長23.3〜66.5mm)およびイモガイ(33.4〜49.4mm)に本種の産着卵および前期仔魚が発見された。

受精卵は水温21〜23℃で約35時間で孵化する。孵化直後の前期仔魚は全長3.2mm、卵黄に突起がある。孵化後約1カ月で全長8.3mmに達して卵黄を吸収し後期仔魚となる。産床の二枚貝から外部へ泳ぎ出すのもこの頃である。仔魚後期から稚魚期にかけて背の前半部に円形の黒斑が形成される。この黒斑は雌魚では成魚でも認められるが、雄魚では婚姻色の発現に伴って消失する。普通は満1カ年で全長30〜40mmに達して雄雌共に成熟する。それ以後の成長は緩慢で、天然水域は60mmに達するものは稀である。

現在までのところ急速に絶滅のおそれはないと考えられるが、その分布域が都市河川またはこれらに隣接していることが多いので、今後はいわゆる、都市開発が本種の環境におよぼす影響に充分注目する必要がある。

 

12)スイゲンゼニタナゴ Rhodeus suigensis(MORI)

本種はMori(1935)により朝鮮半島の水源より得られた全長40mmの雄を完模式標本としてPseudperilampus suigensisと命名発表された。中村・元信(1965)は日本で最初に岡山県吉井川水系より本種と覚しき雄魚を1尾採集して記録した。その後雌魚も得られている。更に広島県芦田川水系からも本種が記録されている。なお属名は中村・元信(1965)によってPseudoperilampusからRhodeusに変更された。日本における分布は上記の記録以外にはない。

記録自身が僅かなので朝鮮半島産の本種および、本種をカゼドゲタナゴとの分類学的および生態学的な詳細な研究が必要である。

 

13)ミヤコタナゴ Tanakia tanago TANAKA

本種は東京小石川(現在東京都文京区)にある東京大学付属植物園内の池で発見されRhodeus tanagoと命名発表された。属名はその後Tanakiaと改められ現在に至っている。

その分布は茨城県を除く関東地方に局限されているようである。しかしながら主要産地であった東京都の周辺地区の細流は都市の膨張に伴う埋立、あるいは汚水流入などにより本種の生存、繁殖に不適当となった。その結果近年は著しく分布が狭められている。したがって今回の調査結果では、栃木、千葉、神奈川および埼玉の4県のそれぞれの一部分からのみ分布が確認されている。

本種は平野部で湧水の噴出するような浅い小沼や、これから流出する水の澄んだ細流や畑地、水田地帯、平地林の中などを流れる川幅1m前後の小川などに主としてすんでいる。本種のすんでいる環境は関西以西におけるアブラボテの場合にやや似ている。

産卵期は春ないし夏で、小形のマツカサガイの鰓葉中に産卵する。

本種は昭和49年6月25日付で国の天然記然物に指定され、現在残存が確認されている4県ではそれぞれ保護策が講じられている。

栃木県では栃木県水産試験場が中心となって昭和45年(1970)以来ミヤコタナゴとイトヨの保護対策の調査を実施しており、特に大田原市親園地区にはミヤコタナゴの保護を目的とした人工河川を造成し、成果を挙げている。

千葉県では天然分布は房総半島のやや南部の大平洋側へ注ぐ河川の上流部に数ヶ所分散しており、県ではこれらの地域の保全を計ると共に、市原市の一部の民間に委託して人工繁殖試験を実施している。

神奈川県では今回の調査報告によれば横浜市港北区の土地造成により消滅することに決定したため、1978年7月13日に同地産のミヤコタナゴを県文化財保護課と横浜市とによって、横浜市中区三色園の池ヘ移殖したとのことである。

埼玉県では所沢市附近の細流に残存することが最近判明し、文化庁指導のもとにその保護策を検討中であるという。

 

14)ゼニタナゴ Pseudoperilampus typus BLEEKER

本種はBleeker(1963)により新属新種として発表されたもので模式標本の産地はTokyo(東京)とされている。鱗数が著しく多いこと、口ひげを欠くこと、側線が不完全なことなどにより他のタナゴ亜科の種類との識別は容易である。

平野部の水草の繁茂した池沼や、これらに続く流れの緩やかな細流に分布し、食性は植物性(軟かい水草など)を主とした雑食である。

本種の産卵期はコイ料魚類としては珍らしく、秋季である。淡水産二枚貝の鰓葉中へ産卵し、孵化した仔魚は貝の鰓葉中で越冬し、翌春に貝体外へ泳出する。

本種の分布は東北地方では青森県を除く各県。関東地方では、全都県に分布する。

中部地方では、太平洋岸の静岡県磐田郡福田町付近の水路でかつて採取されたことがある。但し諏訪湖に霞ケ浦からカラスガイを移植して以来、本種が繁植しているので、静岡県下の本種は諏訪湖に源を発する天竜川水系を通じて南下繁植したものと考えられる。日本海側では信濃川水系の鎧潟より本種が記録されている。

以上は既往の文献等の記録によるものであるが、今回の調査結果から判断すれば、各地共著しく減少、又は絶滅している。

本種はかつては地理的分布も広く、個体数も多く、また食用魚としての価値も低かったので、全く関心が払われることはなかったが近年に至り、都市の膨張、地域開発などにより分布地域も著しく縮少した。そのうえ移殖種タイリクバラタナゴの急激な繁殖などの影響を受けて分布区域、個体数共に急激に減少するに至ったものである。

 

15)イシドジョウ Gobitis takatsuensis MIZUNO

Mizuno(1970)が本種を島根県高津川で最初に発見し、スジシマドジョウに類似するが、形態・生態的差異に基づき、新種として記載した。その後広島県太田川、山口県阿武川と佐波川、愛媛県重信川と岩松川などでみつかっている。

新種として記載されてから日が浅いため、現在のところ中国および四国地方の一部にのみ分布していることになっているが、スジシマドジョウとの区別を詳細にすることにより、その分布域は今後改められる可能性がある。

川の上流域下部から中流域(Ab−Bb移行型−Bb型)の清流に生息する。シマドジョウの生息場所が砂底部の河床であるのに対して、本種は礫底部であり、とくに淵の周囲の5〜15cmの石が堆積している部分や淵尻に30〜50cmの石が散乱している所に生息している。産卵場所・仔稚魚の生育場所などの環境はまだ明らかにされておらず、産卵期・仔稚魚の生態などの生活史もほとんど分っていない。成魚は他のシマドジョウ属に比べ小型で全長8cmを越す個体は極めてまれである。雌は雄よりいくぶん大型になる。産卵期は春から夏にかけてであろうと推測されている。

地理的分布の特徴については検討されたものがないが、今回の調査報告によると分布状況の概略は次のとおりである。

中国地方では、広島・山口・島根の各県に生息することが報告されている。広島県では、西条川支流の比和川に生息しているが生息密度は非常に小さいようである。山口県では、瀬戸内海の錦川と佐波川、日本海側の阿武川と掛淵川で採集されているが、生息密度は低い。今後の詳細な調査により県内の他の河川にも生息している可能性が示唆されている。島根県では、高津川だけで報告されているが、ここでの生息個体数は他の河川に比べて多いようである。

四国地方では、愛媛県と高知県の一部の河川から報告されている。愛媛県では重信川と若松川で採集されているが、いずれの川でも分布密度は極めて低い。高知県では蜷川のみで見つかっているが、生息密度は低い。

生息場所が礫底であるため、近年盛んに行われる河川改修により、生息数の減少傾向が見られる。また清流を好む本種にとって水質汚濁も問題となっている。

 

16)アユモドキ Leptobotia curta(TEMMINCK et SCHLEGEL)

ドジョウ科アユモドキ属の淡水魚。体は長卵形で側扁する。口ひげは6本あり、側線は完全、眼下に1本の棘があり、その先端は2又する。体色は背側は黄褐色で、腹側は白い。

わが国では琵琶湖淀川水系と岡山県の三河川すなわち吉井川、旭川、高梁川のみに分布する。日本特産魚だが、同属の魚は中国大陸などに分布する。

珍しい魚類である上に分布が限られており、近時著しく減少しているので、昭和52年3月種の天然記念物に指定された。

地方名はウミドジョウ・アイハダ(滋賀県)、アモズ・キスウオ(岡山県)など。

河川湖沼の砂礫底の水のきれいな流れのゆるい場所を好み、沈礁や石垣の間などにすみ、底生の小動物を食う。水深の浅い所でも見かける。狭い場所に好んで入り込む。

本種の産卵期は6〜8月(吉井川)ないし6〜9月(琵琶湖淀川水系)である。抱卵数は3OOO〜12OOOで、未受精の完熟卵は球形でO.9〜1.16mm、卵膜は透明で薄く、卵黄は淡黄色で、卵には粘着性がある。産卵は数回に分けて行われる。

卵は受精後1〜2日でふ化する。ふ化直後の仔魚は全長3.5mm、ふ化後21日で14.0mmとなる。稚魚期には体側の側線部にそって、円形の黒斑が約7個形成される。この黒斑は成長するにつれて伸長して鞍状の横帯となり、体色は緑色を帯びた黄褐色となる。

稚魚期までは主として中層を泳ぐが、成長するにつれて底層を泳ぐようになる。

孵化後138日で59.6mmとなり、形態・生態とも成魚に近くなり、ものかげにかくれる習性が強くなる。満1カ年で全長60〜90mmに達し、満2カ年で雌雄ともに成熟する。最大全長は18cmぐらい、20cmをこえる個体もある。成熟期の雄は、胸びれ、腹びれ、尻びれに小型の追星を生じ、暗桃色の婚姻色を示す。

三面コンクリート護岸による河川改修工事が行われて、本種の好む生息環境である石垣や沈礁が姿を消しその生息が著しく阻害されている。

 

17)ネコギギ Goreobagrus ichikawai OKADA et KUBOTA

最近では、朝鮮半島に分布するCoreobagrus brevicorpusと同種でその亜種と考えられている本種は、三重県五十鈴川から愛知県にいたる伊勢湾に注ぐ河川だけから見つかっている。日本における分布がこのように特定地域に限定されていることは学術上貴重である。

河川の上流から中流域の平瀬・淵にすみ、昼間は転石・岩の下や間隙などの隠れ場所がある河床を好んで選ぶ。かつては、護岸・堰堤などが石積みであったために、生息するのに適した隠れ場所が豊富であったが、近年それらがコンクリートによって行われるようになり、生息環境は減少しつつある。

夜間や濁り水のあるときに出て底生動物のエビ類や水生昆虫などを捕食する。

産卵期は6〜7月頃と推定されていること、成魚は全長7〜9cm程度の大きさのものが多く、最大14cmに達すること以外の生活史については明らかになっていない。

三重県五十鈴川から愛知県豊川にいたる伊勢湾に注ぐ河川にだけ生息している。

愛知県の矢作川と豊川の調査では、現在でも上流域にかなり生息していることが調査結果に報告されている。

岐阜県では、木曽川(長良川、揖斐川、木曽川)および矢作川上流域に生息している。長良川水系では、本流および支流の上・下流域に広く分布している。揖斐川水系では、支流の牧田川の上流域だけでみつかっており、他の支流および本流では報告がない。木曽川水系においては第2回動物分布調査では現認されていないが、上流から中流にかけて分布していることが他の文献に報告されている。よると、上流から中流にかけて分布

三重県では、五十鈴川以北の伊勢湾に流入する主要な河川の上・中流域にはいずれにも生息している。しかし、五十鈴川を除いて、その姿を見ることは稀である。

いずれの河川でも河川改修、ダム・堰堤などの建設、水質汚濁などによって減少する傾向にあり、現在では現認することが大変むづかしくなっている。第2回動物分布調査でも現認されたのはごく一部である。

国の天然記念物であり、愛知県では県の天然記念物、三重県では五十鈴川のネコギギが学術上価値の高い生物として認められている。

 

18)イトヨ Gasterosteus aculeatus aculeatus LINNAEUS

本種は北半球の亜寒帯から温帯にかけて広く分布している。産卵期に海から淡水域へ移動する降海型と陸封型があるが、場所によって変異の著しい種として知られている。

アジアでは降海型は樺太、北海道、千島、本州、四国、九州、朝鮮、陸封型は北海道の屈斜路湖、阿寒湖、大沼などの湖沼、および青森県、福島県、栃木県、福井県などの平野部湧水地帯に分布している。

陸封型の分布は極めて限定された地域に生息する貴重な種であり保護対策は緊急を要する。

降海型はおもに4〜6月の産卵期に河川に溯上し、河川下流域の細流の水深3〜4m以浅、流れの緩やかな砂泥底で附近に水草が生えているような場所で産卵する。産卵期以外の時期には海の沿岸部や潮だまりなどで生活している。

陸封型は一般に湧水地域とその下手の細流あるいは湖沼に生息し、水温20℃以下の水のきれいな砂泥底ないし泥底で水草のあるところを好む。冬にはやや深い沼などに移動することもある。具体例として、福井県大野盆地のイトヨは、夏の水温が14〜15℃、冬でも9℃前後、止水域を好むが細流の流速が0.2〜0.5m/secである水草の繁茂した場所に生息している。

降海型の産卵期は4月上旬から6月下旬である。陸封型もほぼ同じ季節であるが、福井県のものではまれに12月頃まで延びる。砂泥底に直径4〜6cm、深さ1〜2cmのくぼぼみを作り、枯れた水草、藻類のせんい、落葉などを集めてきて、このくぼみに巣を作り、産卵する。巣は6時間から3日ぐらいで完成する。

1回の産卵数は30〜150個で、2〜3尾の雌が1つの巣に産卵し、1巣内の卵数は最大600個ぐらいである。この卵は雄によって保護され、7〜10日で孵化し、孵化時の体長は4.2〜4.9mmである。2〜3日で卵黄を吸収して、後期仔魚となる。孵化後も体長2〜3cmになるまで巣内で雄によって保護される。体長2〜3cmに達すると巣を離れ、降海型のものは夏から秋に海へ下り、沿岸や潮だまりなどで過し、2月下旬頃から産卵のために川へ溯上する。最高溯上速度は約1OOmm/minで、おもに下流域で産卵する。陸封型のものは一生ほとんど同じ湧水地帯、湖沼で生活する。

仔魚は巣の附近で小型の浮遊動物を捕食し、成魚になると水生昆虫や半底性ないし真性の浮遊動物を好むようになる。

降海型は現在山口県永田川と利根川を南西限とする本州および北海道に分布するほか、大分県にも生息している。過去には愛媛県と長崎県でも記録されているが、近年はほとんど見られなくなっている。

北方系の魚類である本種の分布密度は南西に向うほど低く、本州の太平洋および西日本の日本海側では極めて稀にしか生息していない。北海道、東北地方の日本海側や北陸地方には現在でも普通に見られ、かなり生息しているものと考えられる。陸封型は、北海道では大沼、屈斜路湖、阿寒湖、塘路湖、青森県では相坂養魚所、福島県では阿賀野川水系などの小支流、栃木県では那珂川水系、利根川水系の湧水地帯、福井県では3ヶ所の湧水池に生息している。しかしながら、北海道の湖沼を除く他の湧水地帯では水質汚濁、埋立、湧水涸渇などによって近年生息数、生息範囲が急激に減少しており、絶滅さえ起こっている。

 

19)ハリヨ Gasterosteus aculeatus microcephalus GIRARD

我国では、陸封化の程度がイトヨに比べ著しいことから、イトヨの亜種とされている。イトヨに比べ分布域がさらに狭く、学術上でも極めて貴重な種である。

滋賀県東部平野の細流、三重県および岐阜県の揖斐川・長良川水系の平野部に分布し、湧水池とその下手の細流にすんでいる。国外では、バルト海、北海から地中海西部沿岸のヨーロッパ、カナダ南部からアメリカ合州国のカリフォルニア、メリーランド両州までの北アメリカに分布する。

水源に湧水をもつ清澄な溝、小川、池などの水生植物が多く、水深は比較的浅く20〜50cmの砂礫あるいは砂泥底に生息している。年間の水温は10〜18℃のところを好み、最高水温は20℃以下である。産卵場所として流れのほとんどない泥底を選び、イトヨと同様の巣を水底に作って産卵する。最近の岐阜県大垣附近ではオランダガラシの群落が存在するような環境条件下に多い。

産卵期は2月下旬から8月下旬とイトヨに比べ長い。流れのほとんどない、泥底の水草が繁茂する場所に、イトヨと同様河床に巣を作って産卵する。ただ、雄は雌を見つけてから巣を作りはじめ、巣を作りながらジグザグダンスをする点で、イトヨと異なるといわれている。

巣内に産みつけられた卵は球形で、直径は約1.0mmである。雄によってこの卵は保護され、水温15℃で10〜14日で孵化する。孵化時の体長は3.2〜3.5mmである。体長約20mmで外部形態は整い、このころから巣を離れて生活するようになる。

体長が約4cmまでのものは20〜30尾程度の群れを作り、それ以上のものは単独またはごく少数が群れを作って生活する。成魚は水温18℃以下の水のきれいな泥底部にすみ、水草の繁したところを好む。体長4cm程度以上のものは水生昆虫や半底性ないし真性の浮游動物を餌にしている。

1年で体長3〜4cmに達し、2年で5cm以上になって成熟する。

従来の報告では三重、岐阜、滋賀の各県に生息していることになっている。三重県では長良川・揖斐川流域の桑名郡多度町で、かつては生息していたことが確認されているが、現在ではほとんど絶滅したものと考えられている。

岐阜県の長良川流域では、岐阜市の西部の湧水池及びそれを源とする細流に生息しているが、年々生息地・生息数ともに減少する傾向にある。揖斐川流域では、揖斐川以西のいわゆる西南濃地方の湧水池とそれを水源とする細流に分布している。第2回分布調査でかなり広範囲にわたって現在でも分布していることが認められている。

滋賀県では、東湖岸一帯の湖北町から草津市までの区域に分布することが知られており、第2回分布調査でも何カ所かの水域に現在でも分布していることが明らかになっている。

陸封性のイトヨの場合と同様に、埋立、地下水利用による湧水涸渇などのために生息域、生息密度が年々減少しており、絶滅のおそれがある。

 

20)トミヨ Pungitius sinensis(GUICHENOT)

本種は北海道と青森、秋田、山形、新潟、富山、福井の各県に分布し、その南限地は、福井県九頭竜川水域である。本州の日本海沿岸では、青森県から石川県に到る各地方から知られているが、青森県以南の大平洋沿岸では末だ知られていない。

国外では、サハリン島およびアムール水系から沿海州を経て朝鮮半島東北部までと中国大陸の内豪古と山東省から揚子江まで分布している。

本種の亜種であると考えられているミナミトミヨは、過去に京都市西南部と兵庫県氷上町成松に分布していたが、現在ではともに絶滅したものと考えられている。

本種もイトヨ属のイトヨおよびハリヨと同様に湧水域に生息し、年々生息域、生息数が減少しているが、学術上貴重な魚種である。

温度の低い、水のきれいな湧水池とその下手の細流、地下水や伏流水のあるところなどに生息し、秋にはやや深みに移動し、川の岸よりの場所へも出る。水深は3m以浅の河床が砂礫あるいは砂泥のところを好む。流れが緩やかで、水草の繁茂したところに多く分布している。北海道の多くの河川では、河口部及び下流域に多いが、一部の河川では上・中流域に多数生息する。

生後満1年で成熟し、抱卵数は58〜168である。産卵期は、北海道では5月から7月、北陸地方では3月から7月である。産卵期に入ると、雄は水の清澄な、湧水のある、浅い小川の水生植物の繁茂したところを選び、水生植物の茎の間に水流に対し直角の位置に植物破片を用いて巣を作る。

巣が2〜3日で完成すると、3〜10個体の雌を誘引し、4〜5日間で400〜1200個を産卵さす。卵は雄によって保護され、8〜12日で孵化する。孵化後10日程度で仔魚は徐々に巣を離れるようになり、巣の附近で3〜4日間群泳してから河川などの深所へ移動する。雌は通常50日程度で2〜3回放卵して、放卵後死亡する。生活温度は9〜22℃で、冬期に幼稚魚は河川・湖沼などの比較的水温の変化のない湧水域などに集まって越冬する。

仔稚魚期の餌はおもに動物プランクトンであるが、成長に伴って、底生動物や幼稚魚を捕食するようになる。

北海道と本州では青森、秋田、山形、新潟、富山、石川、福井の各県に分布している。

北海道を除くほとんどの県で、水質汚濁、河川改修、農薬流入、ダム・堰堤の建設、農地改良、土地造成、宅地開発、地下水の利用、用水路のコンクリート化などにより、絶滅したり、生息域、生息量の減少が起こっている。とくに湧水の涸渇は、各地で分布に大きい打撃を与えている。

 

21)ムサシトミヨ Pungitius sp.

本種は池田(1933)がイバラトミヨPungitius pungitiusと同定して報告したもののうち関東地方に分布するものは他地域産のものと形態を異にするので中村(1963)が和名のみ仮にムサシトミヨと命名し、種名はPungitus sp.として報告した種類である。

平野部の湧水を水源に持つ細流に主としてすみ、セキシヨウモなどの沈水植物が繁殖している場合を選好する。

特に本種を対象とした報告は見当らないが、産卵習性等はトミヨ属の他の種と著しい差異はなく、営巣産卵し、雄が卵及び仔魚を保護する習性がある。

従来分布が確認されていたのは東京都杉並区の善福寺池及びその下流の善福寺川水系である。池田(1933)がイバラトミヨとして記録している標本のうち次の諸地点のものは本種と思われる。

埼玉県大里郡佐谷田村   同入間郡川越附近   同児玉郡本床町

東京都井之頭池         同石神井川

なお今回の調査結果では埼玉県で本種の分布地が2カ所記録されている。うち1カ所は川越市仙波、新河岸川であるが、この地方は既に絶滅したとされている。他の1カ所については諸般の事情を考慮してか、分布地の記載を省略している。

東京都は都内の分布地はいずれも絶滅したと報告されている。

以上を総合すると現在の分布地は恐らく埼玉県内の極めて限られた部分のみと考えられる。

湧水を水源とする細流を好む習性があるので本種の保護のためには現在の分布地の環境保全が最も重要である。なお同時に分類学的な他種との比較研究も必要な種である。

 

22)イバラトミヨ Pungitius pungitius(LINNAEUS)

本邦では、北海道の道東・道央の太平洋岸沿いの諸河川に多く、新潟、富山県以北の青森、秋田、山形、新潟などの日本海側の各県に分布している。岩手県にも過去には分布していたことが報告されている。本種の亜種とされているムサシトミヨは埼玉県と東京都に分布していたが、現在はほとんど絶滅したと考えられている。

国外では、アイルランド・フランス中部を西端とし、バルト海、ボスニア湾からラップランドを経てシベリア北極海外に入り、カムチャッカからサハリン・沿海州・朝鮮半島北部に達し、さらにアラスカからカナダの北極海側を経て、アメリカ合衆国のニュージャージー州以北の太西洋岸および五大湖からミシシッピー川流域上流部まで分布する。

本種は各地でイトヨ、トミヨなどと混棲しており、したがって生息環境はこれらのものと類似している。すなわち、湖の沿岸部や扇状地の湧水地帯の水生植物が繁茂した砂泥底で水のきれいな、流れのゆるやかなところに生息している。河川では上流域から下流域まで分布するが、北海道ではおもに下流域に分布する。

産卵期は4月下旬から6月中旬であり、泥底に生える水草などの茎の、底から少しはなれた所に、雄がキンギョモなどの植物破片を使って営巣する。雄が雌を巣に誘導し産卵させ、卵と仔魚を保護する。雌の1回の産卵数は20〜30程度で、1年に数回産卵する。雄は数尾の雌を巣に導き、1巣内の卵数は30〜80に達する。卵は水温18℃の時、7日で孵化する。

前期仔魚までは完全に巣の中におり、その後は巣の付近で小型の浮游動物を捕食する。2週間後に体長約1.5cmに達すると、巣から離れて生活するようになる。

1年で4cm、2年で4.5cm程度の体長になるが、成長の良いものは2年で5〜7.5cmに達するものもある。普通1年で成熟し、長いものは3年半程度生存する。

成魚になると、水生昆虫や底生の小型甲殻類をおもに食べ、魚卵や仔魚を捕食することもある。

北海道を除く各地では問題点として湧水涸渇、水質汚濁、農薬流入、河川改修、土砂堆積、ダム・堰堤の建設、捕獲などが指摘されており、本種の生存にとっては多くの地域で水質汚濁、湧水涸渇、河川改修が主要な問題点となっている。

 

23)エゾトミヨ Pungitius tymensis(NIKOLSKY)

エゾトミヨは日本に分布するトミヨ属中、現存しているかどうかが不明なムサシトミヨを除けば最も分布域が狭く、北海道に限られる。分類学的研究を除いて、生活史や行動に関する報告は極めて少ない。トミヨやイバラトミヨからは一見して区別出来る形態をもち、系統発生上でも興味ある種と言い得よう。

生活史に関する研究報告はほとんど見当らないが、産卵期は長都川では4月上旬から7月中旬まであり、イバラトミヨの産卵開始時より約1カ月早い。体内熟卵数は22〜212粒、その径は平均1.44mmである。一部1年魚が産卵に参加するものがあるかもしれないが、産卵主群は2年魚と推定した。巣は多くは淀に作られる。産卵行動は水槽内で観察した限りではイバラトミヨと同様であり、巣を完成した雄魚は雌魚に対し所謂ジグザグダンスを行う。次いで雌魚を巣に誘導し巣に入った雌魚の尾柄をロで刺激し、それによって雌魚は産卵する。雄魚による死卵の除去やファンニングも観察された。卵は水温10〜13℃で10〜11日で孵化し、3〜4日目に巣から出た仔魚は巣の外側に付着しているが2日後には浮上する。当才魚は夏季に急速に成長し、冬季はほとんど成長しない。

北海道に於いては、エゾトミヨは日本海、オホーツク海、太平洋へ注ぐ河川に分布する。分布の中心は天塩川及び2、3の河川をふくむ道北域、道東根釧域、石狩川水系、湧払原野の諸河川である。しかし調査はなお不十分であり、本種の北海道内における分布はかなり広い地域に及ぶと考えられる。

 

24)オヤニラミ Coreoperca kawamebari TEMMINCK et SCHLEGEL

スズキ科の淡水魚で、形態的・生態的に興味深い魚であるため鑑賞魚として関心を集めているが、近時生息環境破壊のため、著しい減少傾向にある。近畿地方より西部本州・四国・九州に分布する他、朝鮮半島南部および中部にも分布する。種小名は別名カワメバルより取られたもので、この他方言としてはヨツメ・ミズクリセイベエ・ケントババなど実に多い。

水の清冽な流れのゆるやかな場所を好み、細流や用水路などに生息して、岩かげや水草の間などに身をひそめている。大河の中流域にもすむが、沿岸の浅所や小支流、たまりなどに多い。石垣の間や沈礁など障害物のある場所を占有しており、ときどき出てきてはその付近中層を泳ぎまわる。水温は15〜25℃が適温で、低温では行動が著しく衰えて静止状態に入る。

産卵期は5〜6月、水温18〜25℃が産卵適温である。産卵場としては川岸の水流のゆるやかな物かげが選ばれる。底質は多く砂泥質で、水深は産卵場の条件としては関係がない。

産卵は1回で終了することもあるが数回、数日にわたることもある。卵は一般に植物の茎の上に産みつけられる。

体長80mmの雌では1日に150〜300、数日にわたる1期間中に700〜750の卵を産む。雌は産卵後いなくなるが、雄が卵塊の保護に当り、胸びれを盛んに動かして水の流動を促し、卵塊に近づく動物をはげしく攻撃する。

孵化に要する日数は水温20〜25℃で8〜10日、孵化直後の仔魚は全長5〜6mm、2カ月で20〜35mm、1カ年で60〜70mmに達し、最初の産卵を行う。寿命は少くとも6カ年以上に達するが、全長は最大で130mmに達する。

仔魚ははじめ雄親魚の保護の下に集合するが、8〜10mmに達すると分散する。成魚は単独で生活し、自分の遊泳範囲を持ち、他の個体が侵入すればはげしく闘争する。ときとしてどちらかの死に至るまで争うこともある。

食性はすべて動物食で昆虫とその水性幼虫が多い。エビ類や小魚も捕食する。

 

25)ヤマノカミ Trachidermus fasciatus HECKEL

ヤマノカミは、カジカ目カジカ科に属し、全長150mmになる魚類で、わが国では福岡、佐賀両県のうち、有明海湾奥部に注ぐ河川とその河口附近に限って生息する。この地方では、本種をヤマンカミ、ヤマンカミドンポ、カワンカミ、カワオコゼ、ドウキヨウなどと俗称している。この魚はまた、中国および朝鮮半島にも分布するので、大陸と九州北部との魚類のつながりを示し学術上貴重な種類とされている。そして、味がよいために古くから「松江鱸魚」、「四鱸」として詩文などにもうたわれ有名である。

ヤマノカミは有明海湾奥部に注ぐ河川の中流域にすみ、水の澄んだ浅い礫底や砂礫底で単独の底生生活を送り、その仔稚魚は河口およびその附近の海域をすみ場とする。この地方では、河川下流部の傾斜がゆるく、また潮の干満差が極めて大きいので、河口部の感潮域が他地方に比べて長く、ミオ筋の両側には軟泥が厚く堆積している。そして、海域の沿岸部では、干潮時に軟泥に覆われた広大な干潟が出現する。

河川にすむヤマノカミの成魚や若魚は、昼間は主に転石の下や割れ目などの暗所に潜み、夜間出て活動する。一生を通じて甲殻等を選択的に捕食し、稀に小型の魚類や水生昆虫を摂餌することがある。11月に入って、河川水温が7〜8℃になると、ヤマノカミは下流に移動を始め、主に夜間川を下る。成熟した当才魚と2才魚には、雌雄共に顕著な婚姻色が現われ、鰓膜と臀鰭基部などが鮮やかな朱色を呈する。12〜1月には河口および有明海湾奥部に達し、成熟した雌魚の腹部は大きくふくれている。孕卵数は5,000〜11,000個(5例)であった。産卵期は1〜3月。産卵場所は河口および有明海湾奥部の干潟で、これまで確認された1例によると、ヤマノカミの卵はタイラギ(二枚貝)の空殻の内面に、団塊をなして産みつけられ、雄魚がこれを守っていた。1卵塊の卵数は5,000粒。産卵後の雌雄は極めてやせ細り、再度溯河するものも認められていないので、この魚は1回の産卵で死ぬと思われる。

孵化した仔魚は4月頃、全長約l3.5mm前後になり、河口附近の濁った汽水の表、中層を、スズキやアユの稚魚などとともに浮游し、潮の干満につれて河川と海域の間を往復している。4月から6月にかけて、ヤマノカミの稚魚は成長にともない次第に河川に溯上し、全長30cmほどになると単独の底生生活に移行する。稚魚、若魚期には小型甲殻類やその幼生をよく食べ、孵化後満1カ年で全長約20mm、3カ月で40〜60mm、1年で100〜120mm、2年で160mm位になる。

 

26)カマキリ Cottus kazika JORDAN et STARKS

日本の固有種であり、神奈川県相模川と秋田県雄物川を東北限とする本州と四国、九州の各河川に分布し、夏期には中流域に生息している、しかし、九州の長崎、熊本、鹿児島、四国の香川、中国地方の広島、岡山の各県ではこれまで生息が確認されていない。

福井県から鳥取県にかけての日本海側の河川では、生息数が比較的多く、九頭竜川などでは、本種の漁業が古くから行われている。しかし、近年各地の河川で水質汚濁、ダム・堰堤などによって年々減少する傾向にある。

とくに都市部周辺の河川では全く生息しなくなっているところが多い。

産卵期前の11〜12月上・中流域から河口附近へ下り、12〜3月に河口周辺で産卵するようであるが、産卵生態は明らかになっていない。春先に河川の中流域以上へ溯上し、流れの清澄なBb型の石礫底に生息している。とくに中流域の早瀬に好んで生息する。

産卵期には河口周辺の汽海水域あるいは海の沿岸で産卵するようである。体内卵数は870(全長9.5cm)〜1460(12cm)程度である。卵は、水温10〜20℃の時20日でふ化し、全長5.2mmである。孵化後4〜6日で摂餌しはじめ、孵化後約lカ月で12.5mmに達し、体長約15〜30mmに達した4〜5月頃に河川中流以上の水域に溯上し、主として水生昆虫を捕食する。体長10cm以上の個体は完全な魚食性で、とくにアユを好むが、盛夏期にはむしろ運動性のにぶい魚を捕食する。体長は半年で7〜8cm、1年半で13〜15cmに達する。成熟には2年を要するらしい。体長25cmをこえるものもある。

 

27)タナゴモドキ Hypseleotris bipartita HERRE

タナゴモドキは、ハゼ亜目のカワアナゴ科に属する全長5、6cmの美しい小魚で、その頭部と躯幹部はよく側扁して、一見コイ科のタナゴ類に似た外観を呈する。本種は最初フィリピンから報告されたが、沖縄県の一部にも生息し、沖縄島がその分布の北限となっている。

タナゴモドキは一般に、平野部をゆっくりと流れる河川の堰の上下、本流脇や用水路などの止水域、および水田の跡地、サトウキビ畑や荒地などに出来る浅い溜池状の所に生息する。これらの場所の条件をみると、水流は極めて弱く、水深1mより浅い泥底からなり、水生植物や湿生植物が繁茂している。そして、これらの生息場はいずれも汽水域や海水域に近く、ゆるい流れによって海と連絡している。したがって、この魚はその生活史の一部を、海域でおくると考えられている。

本種は他のハゼ類のような底生生活は営まず、主に水の中層を自由に遊泳して、小形の甲殻類、緑藻類、藍藻類などを摂餌する。雄は雌と異なり、体の背部は暗いオレンジ色で、峡部と背鰭は黒く、さらに臀鰭は朱紅色もしくは黄褐色を呈する。

フィリピンにおける本種の産卵期は2月頃である。この魚は小さくても成熟し、全長22.5mmで熟卵をもつ雌の例が知られている。

今回の調査では沖縄島・宮古島・石垣島および西表島が本種の生息地として報告されているが、宮古島および沖縄島の一部の河川では絶滅したと考えられている。この原因としては、家庭、畜舎などからの排水や農薬の流入による水質汚濁および河川改修などである。

 

4.方言名

  生物は土地々々で固有の名称をもつ場合が多い。これはその種が人々の生活に何らかの関わりをもち、それゆえ人々がその種を他と区別する必要があったことの証しである。方言の存在しない地域と当該種との関係は、

1 当該地域に定着して日が浅いか、定着の過程にある(例、ニッポンバラタナゴ)

2  目にふれるほど多くない(例、ミヤコタナゴ、イシドジョウ、イトヨ……)

などが考えられ、それ以外には地方名がそのまま和名となった場合(オショロコマ)や人間生活とほとんど関係をもたない場合(ヒナモロコ)、などがある。

 

5.都道府県選定種

 淡水魚類分布調査では、環境庁があらかじめ選定した27種の他都道府県の判断において以下に掲げる43種の魚類が選定され調査された。

  この中には、分布域の狭さや分類学上の特異性において環境庁指定種に匹敵するもの含まれているが、本調査の趣旨には適合しない種も含まれており、一律の基準で扱うことはできない。都道府県選定種の位置づけについては今後の課題とし、ここでは選定状況を示すにとどめた。

 

6.まとめ

 淡水魚類分布調査の対象としたものは、我が国の淡水域で生活環の全部あるいは一部を過ごす魚類のうち分布域が狭く、生活様式も開発の影響を受け易いため絶滅の恐れがあるなどの理由により、環境庁が指定した27種類の魚類と、都道府県ごとに独自に選定した44種類の魚類とである。

  調査結果を総合的に検討したところ、環境庁の指定した27種類については、次のような状況であった。

 すなわち、人間活動に伴う多様な環境圧は、これらの種の生息環境の破壊をもたらし、分布域の狭小化、個体数の激減をもたらしている。

  具体的な環境圧としては、環境の化学的変化として水質の汚濁、物理的な変化としては、ダム・堰堤の建設(渓流域の湖化、溯上、降海の阻害)、河川改修による河岸、河床のコンクリート化(隠れ場、産卵場、餌場の消失)、都市化に伴う小水体(池沼、湧水、クリーク)等の破壊などがある。さらに生物的な環境圧として外来種との競争や交雑があり、きわめて多様である。

 このような環境圧は、人間活動の特に盛んな平野部において著しく高く、そのような地域の小止水体に主として生息するタナゴ類やトゲウオ類は、その生存が危険な状態に陥っているものが多かった。

 河川の本流域や大きな湖沼等に生息する種類はタナゴ類やトゲウオ類など危機的な状態ではないものの、将来にわたって生存を楽観視できるものはなく、河川を魚類の生息環境として十全に保全していくことの必要性が明らかにされた。

 なお、このような稀少種の保護は、文化財保護法による天然記念物指定などの制度と、地域住民の関心の高まりが協働すれば、相当の効果を上げえることが明らかとなり、保護の在り方に一つの方向性を与えるものであった。

 

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