2−2 特定植物群落調査

 

1.調査の目的と方法

(1)目 的

我が国は気候や地形・地質等の諸条件からその面積の割にきわめて豊かな植物相を有しており、とりわけ森林の発達は著しい。

しかし、近年、全国各地で急速に進んだ都市化や工業化による大規模な土地開発あるいは天然林の伐採・人工林地化等は、日本列島の植物相の多様性を次第に失わせつつある。

このような状況において、我が国の自然を健全な姿で後代に伝えるためには、我が国の植物相を具体的に形づくっている植物群落のうち、規模や構造、分布等において代表的・典型的なもの、代替性のないもの、あるいはきわめて脆弱であり、放置すれば存続が危ぶまれるものなどの種類やその生育地、生育状況等を把握し、保護対策を検討する必要がある。

本調査は、このため表2−2−1に示す選定基準を設けて、これに該当する植物群落を地域特性も考慮しながら、都道府県別に選定し、群落の位置や生育状況、群落組成等を明らかにするとともに、属地的にリストアップされた群落をいくつかのタイプに類型化し、全国的な選定状況、分布状況、群落の規模等について異なる群落タイプ間や同一タイプ内で比較・検討し、保護すべき群落の国土レベルでの配置、配分を適正に行うための基礎資料となるよう努めた。

(2)調査の内容と方法

調査は都道府県ごとに植物社会学、生態学等に知見を有する調査員によって行われ、表2−2−1の選定基準に該当する植生群落を、昭和48年度に実施した第1回自然環境保全基礎調査の結果や、IBPのJCT(P)のハンドブック(2)注(1)、その他の既存資料等から選定し、必要に応じて現地調査も混えて、当該群落の位置、面積、構造や分布上の特徴、生育状況、保護状況等を明らかにすることとした。

この結果、次の図表が作成された。

ア.特定植物群落生育地図(縮尺5万分の1)

イ.特定植物群落調査票及び植生調査表(代表的地点のみ)

以上のうち、イは都道府県ごとにまとめられ、都道府県別報告書として印刷された。

(3)情報処理の内容と方法

選定された群落は、当該群落の所在地名と群落名の組み合せによって構成されており、調査票は記述式で作成されている。したがってそのままでは集計や比較検討が困難であるので、群落名の整理と統合、相観注(2)及び立地区分での類型化等の処理を行ったうえで、調査項目ごとに内容をコード化し、磁気テープに納めた。又生育地図上に描かれた群落の位置情報は、第3次地域区画メッシュ注(3)に変換されて、これも磁気テープに収納された。

集計や全国的な分布図作成は、数値化された情報によって行った。

なお地域的な集計は、都道府県を基本単位として行い、その上位区分である地方区分については、種々の方式が存在し一定しないところから、ここでは、植物の分布特性を把握しやすいよう、気候区分を考慮したものを採用した(表2−2−2図2−2−1)。

しかしながら、現在の行政区分が地形的、気候的区分に必ずしも制約されていないことから(生物学的な集計を行う上で影響の大きいのは脊稜山脈を越えて、太平洋側と日本海側にまたがっている府県がいくつかあることである)、採用した区分も、その趣旨を十分満足させるものではなく、かつ馴染みの薄いものとなった。そこで最も一般的な8地方区分(北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州・沖縄)の集計も併記することとした。

 

注(1) IBPのJCT(P)

国際学術連合会議(ICSU)主催で、生物生産力、・自然保護・人間の適応性について10年間(1965〜1974)実施された国際的学術事業計画の一部門で、陸上生産群集の保護をねらいとするセクション(CP)のうち、陸上植生の類型と保護の研究を担当するもの。

注(2) 相観

植物の群落の様相をいい、ここでは主として、群落の優先種のもつ生活形(高木、低木、草本など)と葉形によって決定した。

注(3) 2−1参照。

 

2.選定基準ごとの群落の概要

 今回の調査で特定植物群落として選定されたものは全部で3,834件であった(ただし茨城県下館市内のカラコギカエデ群落(対照番号;8−60)は、既に消滅しており、実際は、3,833件である)。

 群落の面積は、全国で約93.5万ヘクタールに達しており、これは国土面積の約2.5%にあたる(表2−2−3表2−2−4)。これらの植物群落について選定基準別の選定状況を地方別、都道府県別に示したのが表2−2−5及び表2−2−6である。

 ところで、この基準によって選定された群落はきわめて多様であり、かつ基準そのものが抽象的な概念を含むので、より具体的な把握が可能なように.選定された群落を相観によって区分したところ、3834の群落は、表2−2−7のように、各相観に配分された。

 なお、すべての群落について、選定基準や面積、保護の状況等を付記し、相観ごとに都道府県順に配列した一覧表を作成し、資料編に収載した。

 以下に、それぞれの選定基準ごとに選定状況や植物群落の内容等について、相観区分に基づいて検討する。

(1)原生林もしくはそれに近い自然林(選定基準A)

選定基準A(原生林もしくはそれに近い自然林)として選定された群落は、群落数、面積とも最も多く、群落数で全特定群落の約4割にあたる1,462箇所.面積は約7割の623,484.7haに達している。その分布は、長野、山形、北海道、宮城、岩手などが比較的多く埼玉、大阪などは非常に少ない。

このカテゴリーに該当する植物群落は具体的にどのようなものであるかを把握するため、群落を相観により類型化し、それぞれの区分に属する群落の箇所数と総面積、平均面積を求めた(表2−2−8、都道府県別の状況は表2−2−9)。

選定基準Aに該当する群落は本来森林であるべきであるが、一部高山植生などが極相という観点からとりあげられており、これらはその他に含めた。

これによると、群落数の最も多いのは暖温帯常緑広葉高木林(照葉樹林)で549群落、これに次ぐのが冷温帯夏緑(落葉)広葉樹林(ブナ林など)で301群落であった。その他、各気候帯において極相林となる群落はおおむね50〜100群落程度選定されている。

面積的にみると、いくつかの気候帯にまたがり、複数の相観を含むため「植生一般」と区分された群落(もはや群落という概念の範ちゅうに含まれないが)の面積がとび抜けて大きく、5割以上の338,000haを占めている。これを除くと、冷温帯植生、冷温帯夏緑広葉高木林がともに約74,000haを占め最も大きく、これに次ぐのは亜寒帯植生、亜寒帯常緑針葉高木林で、それぞれ約33,000ha、35,000haを占める。群落数の最も多かった暖温帯常緑広葉高木林は11,OOOha弱と少なく、暖温帯植生とともに、この気候帯の天然林の規模の小ささを向わせる。

各相観ごとの平均面積をみると、植生一般及び亜熱帯植生が1群落平均4.000haを超えており、冷温帯植生が1,00Oha台でこれに次ぐ。それ以外はすべて1,00Oha以下で、一般に相観が同じであれば、亜熱帯・冷温帯のものが、暖温帯・亜熱帯のものより規模が大きい。

表2−2−8には都道府県別の状況を示したが、これによると同一の気候帯の中では、本来の分布域の群落の規模が大きい。

選定された群落数と平均面積とから、日本列島の東北部の原植生となる森林は、規模の大きさに着目して選定され、西南日本の原植生である照葉樹林は残存率の低さから、規模と関係なくたんねんに拾い出されたという傾向がうかがわれる。照葉樹林においてもまだ相当程度残存していると思われる九州南部においては、東北部におけるのと同様の選定傾向がみられる。

この結果は日本列島の東北部の原植生となる森林は、規模の大きさに着目して選定され、西南日本の原植生である照葉樹林は残存率の低さから規模と関係なくたんねんに拾い出されたという傾向を示すものである。照葉樹林においてもまだ相当程度残存していると思われる九州南部においては、東北部におけるのと同様の選定傾向がみられる。

(2)きわめて稀な植物群落または個体群(選定基準B)

選定基準B(国内若干地域に分布するが、極めて稀な植物群落または個体群)として選定されたものは、群落数で全体の約1割、面積で2割であり、長野、宮崎、熊本、北海道などに比較的多く布布している。また、宮城、山形、大阪、島取については全くみられない。

このカテゴリーに該当する群落または個体群は面積的にも限られた存在と思われるが、群落数の全体に占める比率に対して面積の比率が高いのは、本基準に該当する群落を一部含む広大な面積の地域が挙げられているためである。このような傾向は、長野県において特に著しい。この地域の数値を除けば本カテゴリーに属する群落の面積は一挙に5分の1に減少する。

なお、稀少性に関して客観的な判定を行うには、少なくとも全国的な分布に関する情報が整備されている必要があり、自然環境保全基礎調査の動植物分布調査の目的の一つはまさにこの点にある。

したがって現時点での本カテゴリー及び選定基準Cのカテゴリーに関する選定は予備的なものと位置づけられ今後の検討が必要である。

(3)南限、北限、隔離分布等分布限界になる産地に見られる植物群落または個体群(選定基準C)

選定基準Cに該当するとして選定されたものは、群落数、面積ともほぼ選定基準Bと同程度である。分布としては.、長野、北海道、宮崎、奈良、大分などに多くみられる。また、滋賀、岡山には全くみられない。

この場合にも長野県における大面積群落が、本カテゴリーにおける面積を過大なものにしている。

(4)砂丘、塩沼地、湿地、高山、石灰岩地等の特殊な立地に特有な植物群落または個体群(選定基準D)

選定基準Dに該当するとして選定されたものは、件数で約2割、面積で約5割であり、分布としては、北海道、長野、秋田、群馬、高知などに多くみられ、大阪、香川、奈良などは非常に少ない。

群落数の比率の割に面積比率が高いのは、選定基準B・Cと同じ理由による。

このカテゴリーに属する群落がどのような立地に生育しているかを把握するための、立地タイプを類型化して把握した(資料編参照)。

ただし、立地に関しては選定基準にかかわらずすべての群落について行い、一般立地とそれ以外の立地とをまず区分し、次に後者を特殊な立地として細区分し、それぞれの区分に該当する群落の群落数と面積を求めたものが表2−2−10である(地方別、都道府県別の状況は資料編に収載)。

したがって、群落数、面積とも表2−2−3・4の選定基準Dの数字と一致しない。両者を比較すると群落数では前者(一般立地を除く)は後者の約2倍となったが、面積は逆に3分の1に減少した。

一般的立地を除き群落数の多いのは、「海岸附近」、「湿地、湧水地」、「渓畔斜面」、「風衝地」等であり、一方少ないのは「風穴付近」、「崩壊地」、「硫気孔、噴気孔原」、「流水、水中」、「隆起サンゴ礁」等である。

(5)郷土景観を代表する植物群落(選定基準E)

選定基準Fとして選定されたものは、群落数では全体の紅4分の1であるが、面積は約20分の1と少なくなっている。分布としては、大分、三重、北海道などに比較的多くみられ、兵庫、岩手などは比較的少ない。

このカテゴリーは、武蔵野の雑木林や社寺林という例示があるのみで、きわめて情緒的な概念である。どちらかというと、郷土景観の要素としてどのような植物群落が重視されているかについての意識調査の趣きがある。

どのような群落が郷土景観を代表するものとして選定されているか把握するため、選定基準Aと同様、群落を相観により類型化し、それぞれの区分に属する群落の箇所数と総面積、平均面積を求めた(表2−2−11)。

これによると暖温帯常緑広葉高木林(照葉樹林)が467群落と、群落数で群を抜いている。以下、暖温帯植生(87群落)、冷温帯夏緑広葉高木林(85群落)暖温帯常緑針葉樹高木林(モミ・ツガ林、アカマツ林、クロマツ林など)(70群落)、暖温帯夏緑広葉高木林(コナラ林、ケヤキ林など)(53群落)、などが比較的群落数の多い相観である。

主要な相観は高木林が圧倒的であるが低木林や草原もある程度選定されており又、高木林の中でも植林や二次林もかなり選定されているなど、選定基準Aと異なった傾向がみられる。

面積的には冷温帯夏緑広葉高木林が最も大きく、平均面積でも上述の相観のうちでは最も大きい。全体的にみて選定基準Aの対応する相観と比較すると、1、2の例外はあるものの、ほとんどで平均面積が大巾に小さくなっている。

主要な相観の選定状況を都道府県別にみると(表2−2−12)、北陸〜東北地方以北と、それより南では、気候帯を反映して顕著な相違が認められる。すなわち前者では冷温帯性の森林が、後者では暖温帯性の森林が主体となっている。

個々の群落をみると、針葉樹林ではアカマツ林やクロマツ林が多く、夏緑(落葉)広葉樹林ではブナ林等の自然林の他、ケヤキ林、コナラ林などの二次林も多く含まれている。常緑広葉樹林は、最も多くの都府県から選定されたが、そのうち、社寺林と考えられるものは全体の70%近くあり、他の相観と比べて、社寺林の占める率はきわめて高かった(資料編、特定植物群落一覧表参照)。

(6)長期にわたって伐採等の手が入っていない人工林(選定基準F)

選定基準Fとして選定された群落は、最も少なく、群落数で全体の約30分の1、面積で約100分の1である。分布が多いのは山形、宮城、鹿児島、茨城、福岡、東京などであり、その他はかなり少ない。

この多くは、スギ、ヒノキ、アカマツ、クロマツなどの針葉樹林であるが、東京では明治神宮や浜離宮などの広葉樹の森林が、過去に植栽されたものとしてこのカテゴリーに含められているのが目につく。

(7)乱獲等により極端に減少するおそれのある群落または個体群(選定基準G)

選定基準Gとして選定された群落は、群落数で全体の約1割、面積では約30分の1と少なく、分布としては、北海道、新潟、岐阜、長野などに比較的多くみられる。

(8)その他学術上重要な植物群落または個体群(選定基準H)

選定基準Hとして選定された群落は、件数、面積とも全体の約1割程度であり、宮城、北海道、奈良、三重などに比較的多くみられる。

 

3.照葉樹林

 昭和48年に実施された第1回自然環境保全基礎調査の結果、暖温帯(ヤブツバキクラス域)の自然植生は他の地域のそれと比べて残存率がきわめて低いことが明らかとなった(図2−2−2)。この傾向は全国の2分の1のみ調査した合回の調査にも顕著に表われている(2−1参照)。

 これは当該地域が、古来日本人の主たる生活域であったため、自然に対して最も人手が加えられてきたことを示すものであり、本来の自然を適正な配置・配分で残そうとする立場からすれば、この地域の自然植生である常緑広葉樹林(照葉樹林)は、きわめて重要な存在である。

 このような認識から、特定植物群落調査では、原生林もしくはそれに近い自然林(選定基準A)のうち、照葉樹林はもれのないよう注意して選定が行われた。

 したがって、前章の選定基準Aの項で示した数字は、我が国の照葉樹林を個々に摘出したものとしては、最も詳細なものといえよう。但し、すでに述べたように、照葉樹林が末だ相当程度残存している九州南部等では、選定の基準が相対的に高くなるなどして、選定されなかったものもかなりあると推測される。

 ここでは、A以外の選定基準によって選定されたものも含めて、本調査から把握された照葉樹林の状況について個々の調査票の記述を参考にしながら概観する。なお、選定状況については、資料編に集載した相観別選定状況を参照されたい。

(1)相観区分による照葉樹林の摘出

本調査においては、対象とする植物群落をはじめから類型化しなかったため、結果として群落名でみるかぎり、きわめて多様で、同物異名・同名異物が多数生じた。

そこで、選定された群落すべてを対象に調査票の記載内容や、植生調査表から相観による類型化を行った。

その結果、照葉樹林は広義には、暖温帯常緑広葉高木林、同低木林、亜熱帯常緑広葉高木林、同低木林の各相観の集合として把えられることができた。

ただし、一般的には、照葉樹林はシイ、カシ、タブなどの高木からなる林と考えるのが一般的で、又自然改変の著しいのは暖温帯であるので、ここでは暖温帯の常緑広葉高木林を中心に考察することとした。

なお、複数の相観から構成されるため、暖温帯植生とされた中には、照葉樹林として無視できないものもあるが(例;伊勢神宮の宮城林は総面積5,500haのうち1,10Ohaが照葉樹林である)、このような群落を含めようとすると、取扱いが繁雑になるので、ここでは考慮しなかった。

(2)照葉樹林の分布

相観区分によって摘出された照葉樹林(暖温帯・高木林)は903箇所、総面積は16,061.7haで、これに亜熱帯の照葉樹林を加えると、951カ所19,117.8haとなる。1箇所当たりの面積は前者で17.8ha、後者の場合は20.1haとなる。この値は他の代表的な森林と比べるときわめて小規模であり、照葉樹林は全体的な残存量の少なさに加えて、一つ一つの規模も小さいといえる。

暖温帯常緑広葉樹林は、太平洋側では北緯39゜24'付近に位置する岩手県船越大島が特定植物群落として北限にあたる。北限地から福島県中部までは、分布地は海岸付近にのみ存在し、特に宮城県牡鹿半島付近では多数のタブ林が選定された。福島県南部のいわき市付近にまで南下すると、好間川渓谷などのやや内陸部に常緑広葉樹林が報告され、関東平野以南では海岸線、平野部および河川に沿って山間部にまで分布域が拡大する。

日本海側では北緯39°12'付近に位置する秋田県象潟および山形県飛島のタブ林が北限群落にあたる。北限地以南では、新潟県南部までは分布が海岸付近と佐渡に限られ、能登半島および富山平野以南で、海岸線、平野部、丘陵地などの低地に分布域が拡大する。

都道府県別に選定された群落数をみると、兵庫県の61箇所、石川県の43箇所、東京都の37箇所などが比較的多い。しかし兵庫県と石川県の対象面積はそれぞれ166.7ha、31.4haと極めて小さい。これは対象とされた常緑広葉樹林の殆んどが社叢のため、1箇所当たりの面積が数haと小さい事による。ちなみに、暖温帯の照葉樹林903箇所のうち、群落名から社寺林と判断しうるのは、47%強の428箇所であった。

次に群落の面積をみると、大分県の3,324.8ha、宮崎県の2,562.0ha、東京都の2,227.7ha、鹿児島県の1,585.0haなどが他県に比較して極めて広い。この中で、宮崎県高岡の照葉樹林が最大規模の1,500haを占めるが、調査票によれば、目下随所で伐採中とのことである。

また東京都では伊豆七島に、鹿児島県では屋久島において大面積で照葉樹林が選定対象とされている。大分県では県内約500箇所の河岸断崖のアラカシ林と日豊海岸の約216箇所の風衝低木林が挙げられ、合計で2,830haとなっている。

なお、亜熱帯の照葉樹林としては48箇所、3,056.9haが選定されている。地域的にみると豊後水道と日南海岸に2、3の該当例はあるが、ほとんどは、屋久島と種子島の低地を北限として、奄美諸島と沖縄諸島に群落が集中している。特に、沖縄県西表島の中部山地では1,500haもの広大な面積で自然林が現存している。

 

4.その他の森林植生

 照葉樹林以外の我が国の代表的な森林として、亜寒帯常緑針葉樹林と冷温帯夏緑広葉樹林についてその概要を示す(選定状況は資料編参照)。

 この場合、照葉樹林と異なり、網羅的には調査されなかったので、規模の大きいもの、特に際立った特徴を有するもの等のみが選定された傾向がある。

(1)亜寒帯常緑針葉樹林

選定された群落数は88ヵ所で面積は37,055.2haであった。

北海道の雄阿寒岳、雌阿寒岳を中心とした山群と石狩山地にはじまり、東北地方の奥羽、三国両山脈を経て中部山岳地帯に至る高山ないし亜高山に分布する。さらに南下して紀伊半島の大台ケ原と四国の石鎚山とに孤立して分布している。対象群落の優占種は地方によって異なり、北海道ではエゾマツ、トドマツが、本州ではシラビソ、オオシラビソ、コメツガ、トウヒが、四国ではシコクシラべが主に優占している。また、常緑針葉低木林であるハイマツ林は北海道から本州中部まで共通して分布する。ただし、「特定植物群落」として選定されたハイマツ林は、多くの場合、ダケカンバ林など他の相観を呈する植生と組合せて扱われており、「亜寒帯植生」として扱った。

都道府県別に群落面積をみると、北海道の16,133.2haが他地域に比較して圧倒的に広く、長野県の4,400.0haと岩手県の4,007.0haがそれに続いて広い。

群落別に面積をみると、北海道の雌阿寒岳山麓のアカエゾマツ林が6,100ha、雄阿寒岳山麓のエゾマツ−トドマツ林が7,360haと広大な面積を占めている。

(2)冷温帯夏緑広葉樹林

選定された群落数は489箇所で面積は81,474.4haであった。

北海道の北見滝の上町から鹿児島県高隈山まで、各地の山地に分布し、面積的には本州の、奥羽山脈から中部山岳地帯にかけての多雪地に多在している。

対象群落では、冷温帯の気候的極相林であるブナ林が大半を占め、北海道の黒松内地区から鹿児島県高隈山まで分布している。また、北海道のブナの分布しない地域ではカンバ類とミズナラの林が、本州や九州の火山地帯ではシデ類とミズナラの林が対象とされている。さらに、北海道から裏東北にかけての海岸付近ではカシワ林やエゾイタヤ−シナノキ林が特徴的に分布している。

地方別に群落面積をみると、本州の中部以北に全面積の約7割が集中している。なかでも岩手県の葛根田などの奥羽山脈の山々、群馬県の朝日岳−小沢岳、長野県のカヤノ平などには、それぞれ数千haの規模でブナ林が残存している。

特殊な群落としては、各地の山地風衝地、火山荒原に生育するツツジ科低木林がある。熊本県根子岳や、宮崎県霧島山系ではミヤマキリシマ群落が大面積で対象とされている。また、東京都日原の石灰岩地に生育するチチブミネバリやヨコグラノキの低木林は1OOhaと対象面積も比較的広く、立地と種組成からみて、極めて特殊な群落といえる。

 

5.湿 原

 湿原に生育している植物群落は他の群落に比較してきわめて生活力の弱い、しかも多湿あるいは湛水というきびしい自然環境とつり合って生育している。したがって一面的できびしい自然環境には耐え得るが人為的影響に対しては敏感で容易に破壊されやすい。

 このような湿原のうち、高山部のものは、しばしば自然公園の核心的景観となり、低地のものは鳥類の生息地としても重要な意味をもつ。

 湿原は自然環境としての重要性と生態系としての脆弱性を合せもつ存在であり、今後その状況については、十分監視していく必要がある。

 このような観点から特殊な立地に生育する植物群落のうち、湿原は原生林における照葉樹林と同様、もれのないよう注意して調査することが指示された。

 以下に今回の調査によって明らかとなった湿原の概要を示す。

(1)湿原の分布

照葉樹林と同様、相観区分により摘出された湿原は、全国で233箇所、36,315.4haであった。

湿原は全国で233箇所、36,315.4haが選定された。

日本の湿原は北海道のサロベツ原野のツルコケモモ−ミズゴケ湿原から、沖縄県西表島の浦内川河口のマングローブ林周辺のミミモチシダ群落までの多様な群落を包含している。面積的には長野県以北に約9割が偏在し、特に北海道には数千〜数万haもの大規模な湿原が分布している。

湿原植物群落はその自然環境および生活形により3つのタイプ注(4)に分けられる(雪どけ時に遅くまで雪が残っているあとに生育する雪田植生を含めて4つに分ける場合もある)。

すなわち日本ではもっとも少なく氷河時代の遺存植物群落と考えられている高層湿原、山地部の斜面などに広い面積を占めて生育している中間湿原、さらに流水域などに生育する低層湿原である。

以下に湿原のタイプごとに分布の概要を示す。

 

注(4) 湿原の3タイプ

高層湿原(Sphagnum bog、reised bog、Hochmoor)とは、高位泥炭湿原とも呼ばれミズゴケ類Sphagnumを主とする泥炭(Torf)がその基盤となっている。したがって低温・多湿・強酸性というもっともきびしい環境条件下に生育する植物群落で代表される。高層湿原の植物群落は主として降水によって生活している。

中間湿原(mixed Sphagnum bog、sedge bog、Zwischenmoor)は高層湿原の周辺部や山地斜面部あるいは扇状地などスゲ類やイネ科植物を主とした泥炭層を基盤として生育している。中位泥炭湿原とも呼ばれる。したがって泥炭層はきわめて浅く平均10〜20cm程度の厚さの地域もある。その大部分は地下水と降水により生育している。

低層湿原(sedge bog、wet meadow、Flachmoor)は流氷域やその周辺の地下水の高い地域で無機土壌上に生育している植物群落で構成される。

高層湿原、中間湿原、低層湿原ともそれぞれ隣接して生育することが多い。

 

1 高層湿原

北海道と本州の中部以北に63件の対象地が偏在し、京都府と鹿児島県屋久島とに、2つの湿原が隔離的に分布する。

北海道では低地から高地にまで高層湿原が分布する。低地では、北部のサロベツ原野(3,900ha)、東部の風蓮湿原(1,600ha)、霧多布湿原(2,250ha)、根室から釧路の海岸低地の湿原群などがあり、高地では、雨竜沼や下ホロカメットク山の原始ケ原などがある。本州各地の高層湿原の分布面積は、二、三の例を除くと概ね周辺の高山帯植生との合計で集計表に算出されていることから考えて、北海道では我国の高層湿原を含む湿原植生の大半の分布面積を占めていると考えられる。

東北では奥羽山脈を中心に分布地が存在する。八甲田山には1,500haにも及ぶ本州最大の高層湿原群があり、その北の田代平湿原(147ha)とともに一群を形成している。奥羽山脈では八幡平(170ha)、栗駒山、虎毛山、蔵王山、吾妻山弥兵衛平・明星湖湿原(120ha)、磐梯山周辺の雄国沼(45ha)、赤井谷池(45ha)などがある。出羽山地にも島海山や月山月見ケ原湿原(60ha)、飯豊山などに高層湿原が分布する。

三国山脈の北端には尾瀬ケ原湿原(750ha)があり、周辺にも外田代湿原(75ha)を始め大小の湿原群が報告されている。さらに南東には戦場ケ原湿原(260ha)、鬼怒沼湿原などがある。

本州中部の山岳地帯には、他に苗場山の山頂台地に発達する湿原や、霧ケ峰の八島ケ原、踊場、池のくるみの各湿原によく発達した高層湿原がみられる。また飛騨山脈の北部から両白山地にかけても5ヶ所の高層湿原が報告されている。

低海抜地に発達する高層湿原は、本州では極めて稀で、青森県七里長浜の昇風山湿原、秋田県の天王出戸湿原などに限られている。

これらの本州中部以北の高層湿原群とは離れて、京都府京都市左京区の深泥ケ池と、鹿児島県屋久島の花之江河湿原が高層湿原として報告されている。前者は中間湿原としての性格が強く、後者は我国の高層湿原の南限にあたる。

2 中間湿原

我国の冷温帯に広く分布し、各地で対象とされている。また、1で述べた高層湿原分布地には多少なりとも中間湿原が付随して発達している。

北海道北部のサロベツ原野、東部の十勝国長節沼−大樹晩生海岸に大規模な、一群の湿原が存在する。本州では、東北地方の各山群から北関東と甲信の北部を経て両白、中国山地に至る裏日本型の多雪気候下の山岳地帯に殆んどの湿原が位置している。また、面積的には、高層湿原と同様に長野県以北に偏在する。東海、山陽などの地域にも小面積の中間湿原が多在し、九州にも僅かながら存在する。

暖温帯の低地に分布する中間湿原には、愛知県の葦毛湿原を始めとする岡崎平野付近の6か所の低地湿原が顕著である。これらの湿原には常に冷温の湧水があり、ミカワバイケイソウ、シラタマホシクサ、ヤチヤナギなどの貴重種の生育も報告されている。

なお九州中部の一群の湿原は大分県から報告された九重火山群を対象としたもので、中間湿原は対象面積4,565ha内のごく一部に生育している。

我が国の中間湿原は、高層湿原と同様に鹿児島県屋久島の花之江河湿原を南限とする。

3 低層湿原

北海道北部から西表島までの広い範囲に分布する。

北海道では道北のサロベツ原野、浅茅野湿原、クッチャロ湖、道東の釧路湿原をはじめ根室、釧路各地の湿原などがある。中でも釧路湿原は21,440haと我が国最大の低層湿原でスゲ類とヨシが繁茂している。

本州では、各地の沖積低地を中心に分布点が散在している。宮城県の追波川、東京都の多摩川、神奈川県の相模川、京都府の宇治川、木津川などの河川に沿って形成された低湿池には多数の分布点がある。また関東平野の利根川水系と霞ケ浦などの湖沼、低湿地にも多くの分布点がある。いずれも、ヨシ、マコモ、セイコノヨシなどの繁茂する群落で、イシモチソウ、タヌキモなどの食虫植物やサギソウ、サクラソウなどの生育を報告している例もある。また冷温帯から暖温帯にかけてはミツガシワやミズバショウ、暖温帯の海岸付近でテツホシダなどの種群の生育により対象とされた低層湿原もある。

本州以西で最も広域を対象とする低層湿原群落には、熊本県阿蘇端辺原野に点在する山地湿原がある。ここではヤマアゼスゲとヨシが繁茂し、オグラセンノウなどの貴少種の生育が報告されている。

亜熱帯域の低層湿原には、沖縄県の南大東島、伊平屋島、池間島など、5例がある。それらの湿原ではクロミノオオシンジュガヤ、ヒメガマ、カンガレイなどが優占している。

 

6.社寺林

 郷土景観を代表する群落や照葉樹林の項ですでに一部触れたが、これらのカテゴリーでは社寺林として残存している群落がきわめて多数に上ることが明らかとなった。

 社寺林は、人間の生活域内に孤島状に残された自然林で、その地域の本来の自然の状態をとどめ、学術的に重要な存在であると同時に、地域共同体の中でも種々の意味をもっている。

 したがって、保護すべき身近かな自然環境としても、自然科学の対象としても今後ますます重要性を持ってくるものと思われる。

 以下で選定された植物群落すべてに対し、社寺林であるがどうかを、群落名から判定し(判定が困難なものは調査票の記述に基づいた)、相観別に整理した(表2−2−13)。

 これによると、全体で654箇所の群落が社寺林とみなされ、これは植生一般から夏緑広葉高木樹林までのいわゆる森林2,454箇所の26.7%にあたる。このうち暖温帯常緑広葉樹林が、箇所数、比率とも最も大きく、これに次ぐのが暖温帯植生で、以下暖温帯常緑針葉樹林、冷温帯夏緑広葉樹林と続き、これに亜熱帯常緑広葉樹林と暖温帯夏緑広葉樹林を加えると全体の97%を占める。

 なお、亜熱帯常緑広葉樹林の場合は、すべて沖縄県のもので、部落の「拝所」として○○御獄の名が付されているものである。

 

7.保護の現状

 特定植物群落は本章の目的の項で明らかにしたように、後代に伝えるべき自然もしくはその候補である。

 これらの植物群落に対して現段階でどのような保護が講じられているか検討した。

(1)保護対策別の状況

植物群落を保護する方策として主たるものは、自然公園法による国立・国定公園等の自然公園や原生自然環境に代表される保全地域(自然環境保全法)、文化財保護法の天然記念物等があり、その他自治体の条例による保護区がある。

これらの指定状況について整理したものが表2−2−14である。

自然公園に含まれている(一部も含む)ものは、1,867群落あり、全特定群落の約半数に達している。また自然環境保全地域に含まれているものは、340群落であり、両者を合わせると群落数では約6割、面積では9割以上が該当している。

保護区分別にみると、それらのほとんどは特別地域(区)または特別保護地区に含まれており、普通地域(区)に該当しているのは、それらの約2割、面積で1割弱となっている(表2−2−15)。

天然記念物または名勝に指定されているものは、877群落であり、全特定群落の約2割を占めている。

またその他の保護区に該当しているものは、約3分の1の1,300群落である。

国立公園、国定公園ごとの選定状況については表2−2−16表2−2−17に示した。

 

8.まとめ

 我が国の植生を形づくっている植物群落のうち、規模や構造(種組成、階層構造)、分布等において代表的・典型的なもの、代替性のないもの、あるいはきわめて脆弱であり、放置すれば存続が危ぶまれるものなどについて、都道府県ごとに該当する群落を選定し、群落の特徴や生育地、生育状況等に関する状報を整備した。

 本調査で対象とした群落は、上述の理由により、我が国の植生の核として、優先的かつ十分に保護が図られるべきものである。

 選定基準に基づき選ばれた群落は箇所数で6割、面積で9割以上が自然公園や自然環境保全地域にその全部または一部が含まれており、文化財保護法や、自治体の条例等の保護対象となっているものを加えれば、この数字はさらに大きいものとなろう。

 これは当然のこととはいえ心強い結果である。しかしながら、自然公園は特別保護地区を除けば植物群落の保護・保存に十分な効果があるとはいいがたく、文化財保護法においても状況は類似している。したがって、今後は、特に保護が望まれるものについては、より効果的な方策を講じる一方で、整備された情報に基づき、群落の存続を脅かすような事態は事前に把握し、適切に対処することが望まれる。

 選定された3,800余りの群落は、相観や立地によって類別することで、より具体的な把握が可能となった。この結果、我が国では、暖温帯における極相林である照葉樹林総面積も小さいうえ、一つ一つの群落の規模が、他の気候帯の極相林と比べて著しく小さく、このような小規模な森林の多くは、鎮守の森(社寺林)の形で保存されていることが明らかとなった。

 一般に高地、寒冷地を本来の分布域とする群落は、現在でもなお比較的大規模に残存しているが、低地、温暖地は、古来人間の活動の中心域であったため、この地域の本来の植物群落は、小規模にしか残されていない。

 

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