●導入時期:平成19(2007)年
●実施主体:神奈川県
神奈川県は、都市部に位置する地域でありながら、県内の水道水を賄う「水がめ」の全てを県内河川(相模川・酒匂川)の上流に保有しているという点が特徴的です。神奈川県では、相模ダムの建設をはじめとして、早くから水源開発に努め、平成13(2001)年の宮ケ瀬ダムの完成により、経済の発展や豊かな県民生活を支える水資源の供給体制は概ね整いました。
しかしながら、ダムに貯えられる水の恵みは、上流域の森林や河川など水源地域の自然環境によって育まれるものです。これらの自然は、水のかん養や浄化などの機能を十分果たせるよう良好な状態に保たれる必要がありますが、現状では、森林の荒廃や上流域における生活排水対策の遅れなど様々な課題があります。
過去に築き上げた豊かな水資源を損なうことなく次世代に引き継ぎ、将来にわたり良質な水を安定的に利用できるようにするためには、水源地域の自然環境が再生可能な今のうちから水源環境保全・再生の取り組みに着手し、長期にわたりその取り組みを継続していく必要があります。
神奈川県内の上水道の約9割を賄う相模川と酒匂川の2水系の大半は、ダムによって集水された水であり、その集水域の約8割は山梨県内に広がっています。また、地下水等は、県全体の水源の7.2%ですが、県西部地域の市町や秦野市、座間市などの主要な水道水源となっています。
集水域の森林は、戦中から戦後の森林伐採により裸地状態になった後、国のスギ・ヒノキ等の造林政策により、量的には大幅に拡大しました。しかし、森林の質的な面で見ると、林業の経営不振等による手入れ不足の人工林が増加し、私有林を中心として荒廃が進んでいます。また、県内の水源林の核となる丹沢山岳部の自然林についても、光化学オキシダントなどによる大気の影響やシカの高密度化による採食圧の影響で進んだ下層植生の後退が土壌の乾燥化や土壌流出を引き起こし、さらにブナハバチの大量発生も影響してブナやモミが衰弱化・枯死しているため、森林を含めた生態系が劣化しています。
河川、ダム湖については、相模川も酒匂川も本川では国の環境基準は満たしていますが、相模川の支流では比較的汚れている区間があります。また、相模湖、津久井湖も基準には達しているものの、窒素やリンの濃度が高く、富栄養化状態にあるためアオコが発生しやすくなっています。地下水は、県内各地で硝酸性窒素および亜硫酸性窒素、有機塩素系化合物等が環境基準を超過しており、水道水源になっている地下水についても汚染が発見された例もあり、現在取水を停止している水源もあります。このような状況から、必ずしもすべての県民が満足できる水準ではないというのが現状です。
「良質な水を将来にわたって安定的に確保するためには、豊かな水を育む森林や清らかな水源を保全・再生するための総合的な取組を長期にわたり継続的に進めていく必要がある」という考えの下、神奈川県では平成12(2000)年以来、水源環境保全・再生施策と財源のあり方について県民や市町村等との意見交換や県議会での議論を重ねました。この議論を踏まえて、20年間の取り組み全体を示す「かながわ水源環境保全・再生施策大綱」(平成17(2005)年制定)と、この施策大綱をもとに最初の5年間に取り組む「かながわ水源環境保全・再生実行5か年計画」(平成18(2006)年制定)を策定しました。
そして、水源環境の保全・再生に継続的、安定的に取り組むには、景気の動向等に左右されやすく不安定な一般財源とは別に、水源環境保全・再生のための安定した財源を新たに確保することが必要だという考え方から、平成19(2007)年に、個人県民税の均等割と所得割に対する超過課税(納税者一人あたりの平均負担額:年額約950円)である「水源環境を保全・再生するための個人県民税超過課税」を導入しています。税額は、必要な事業とその必要額を算出してから税収額を算定し、税額の算出根拠を明らかにした上で県民に負担を求めています。
神奈川県の税制は、他県の森林環境税と異なり、水の循環機能全体を保全・再生するという視点に立っており、森林保全に加え、生活排水対策や地下水保全なども含んでいます。水量の安定的確保と水質保全の両面から、総合的な施策体系を作り上げようとしているため、「森林保全」は水循環機能を守るための一施策として位置付けられています。
「かながわ水源環境保全・再生施策大綱」は、20年間を視野に入れた水源環境保全・再生施策を総合的・体系的に推進するための取り組みの基本的考え方や分野ごとの施策展開の方向性などを示しています。
施策大綱に基づき、水源環境保全・再生の取り組みを効果的かつ着実に推進するため、20年間の第1期の5年間に充実・強化して取り組む特別の対策について明らかにしています。
平成19(2007)〜平成20(2008)年度までの最初の2年間の進捗状況については、一部の市町村事業で計画に達しないものがあったものの、県事業はおおむね計画通り行われていることが報告されています。
計画、実施、評価、見直しの各段階に県民意見を反映し、県民意見を基盤とした施策展開を図るため、有識者、関係団体、公募委員の30名で構成する「水源環境保全・再生かながわ県民会議」を設置し、施策の全般にわたり検討等を行っています。
●参考文献
・神奈川県(2010)『かながわの水源環境の保全・再生を目指してー水源環境保全・再生の計画と税制の概要』
・神奈川県(2005)『かながわ水源環境保全・再生実行5か年計画』
・水源環境保全・再生かながわ県民会議(2010)『かながわ水源環境保全・再生の取組の現状と課題−水源環境保全税による特別対策事業の点検結果報告書−(平成20年度実績版)』
・井正(2007)「地方環境税の現状と課題−神奈川県の水源環境税を素材として−」『地方税源の充実と地方法人課税』神奈川県地方税制等研究会ワーキンググループ報告書第4章、p37-54
●協力
神奈川県環境農政局 水・緑部水源環境保全課