第11章 総括と展望

 

 自然保護・保全にかかわる行政には歴史的な変遷がある。対象に対する認識にも時代によるちがいがみられる。公園という名称が象徴的に示しているように、自然の保全はまず景観に基礎を置いて始められた。これとは別に日本では戦前から天然記念物という法指定があって、稀少種、分布に注目される個体、特異な形状などに着目した保護がはかられてきた。さらに最近になって個体レベルを主としていた天然記念物から群落・群集を対象とした保護が行われるようになってきた。それは、ある地域で生活しているあらゆる生物には、エネルギー、その他の面で、密接な関係が認められることからも妥当な行政対応であったといえる。例えば、エネルギー循環の視点から組み立てられた生態系(エコシステム)ひとつを取り出してみても、その頂点に立つ肉食大型動物の維持が、地域植生の量に依存していることがわかる。

 さて、いうまでもなく地域自然は長い歴史を経て形成された歴史的所産である。生態系のシステムの中に組み込まれた種は、特定のものであり、その中にはその地域の自然に適応して固有となっているものもある。たとえプライオリティーの高い保護の対象種がある1種であるとしても、それが、生態系の中に組み込まれた1種であることを正しく理解することが何よりも重要である。

 環境庁や研究者が独自に行った、植生、動物群集、地形など自然を構成する様々な要素の分析が、ほぼ日本全土をカバーするまでに至ってきた。これまでは経験的にしか判らなかった自然の様子について、全国を通して同一の基準で比較することも可能となった。共通の物差しで、その比較を行い、諸要素の相互関係を調べたのが今回の解析である。

 これまで漠然といわれていた“豊かな自然”についても、種多様性の高い自然であるとする理解が得られるようになりつつある。しかし、そのような自然は、生態系としても複雑であり、絶妙なバランスの上に成り立っていることは存外知られていない。本解析では、日本列島の自然の特質とその様々な側面における多様性を明確化するとともに、開発が進んだ日本列島の中でも、いまなお、様々な側面で自然性の高い、あるいは多様性が保たれている地域をマクロに把握し、かつ様々な要素・要因間の相関性を調べることを主眼とした。これらの自然性の高い良好な自然を、あるいは多様な自然が保たれている地域の保全をはかることが今後の環境行政において、より一層重要な課題となることが期待される。

 また、人間活動が盛んな居住地周辺では、残された地域の保全・保護と同時に、すでに失われた自然の再生が重要な課題の1つと考えられる。

 これまでの保全・保護に係わる施策が植物群落とか、大型野生動物の種というような自然をつくる一側面を対象とするきらいがあったが、今後は全体の中でそれらの価値を再評価し、種の多様性の維持に十分配慮して生態系とそれを維持する自然環境全体を保全する方向に向けて、方針の転換がはかられることが望まれる。とくに自然公園、自然環境保全地域などの指定、保護管理の充実にあたっては、この点での配慮が必要であろう。表11.1は、植物・動物の種と群落・群集の保護・保全を進めるにあたり、最低限必要な関連する調査・検討事項を要約して示したものである。

 開発の進んだ日本列島で、現在なお高い自然性あるいは多様性を示す地域については、多面的な検討による、恒久的な保護・保全が望まれるところである。

 

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