第5章 植生類型と動物の分布傾向

 

 本章では、前章で整理・抽出した解析対象として用いる植生類型と動物種の分布状況について、検討を加え、一定の傾向を示した植生類型、動物種についてその傾向を述べた。

 

5.1 植生類型

 

5.1.1 メッシュ数と分布パターンによる植生類型のカテゴライズ

 植生類型の評価の一つの方法として、日本全国を1km2に区切った約37万のメッシュについて、小円選択法により各メッシュ単位に植生類型をあてはめた。各植生類型ごとのメッシュ数と植生類型の分布パターンにもとづいて植生類型の解析を行なった。この解析によって、各植生類型の普遍性・希少性が明かになると同時に、各植生類型の分布・立地条件などの特性が明かになった。

 まず、植生類型をメッシュ数やメッシュの分布パターンにもとづいて、各植生類型をマクロ・メソ・ミクロの三つの植生に類型化した。この区分は、多様な植生に対して、

1)気候帯と対応するような植生(マクロスケール)、

2)土地的条件あるいは遷移途上にある植生(メソスケール)、

3)上記の気候帯的気候や土地的条件以外の極めて特殊な環境条件がその成立にかかわっていると考えられる植生(ミクロスケール)

の3区分に、分類することによって、植生とその成立環境との結びつきや、希少性を客観的に掌握することを目的としたものである。

 マクロスケールの植生はメッシュ数が多く、連続して分布するものとした。このカテゴリーを代表しているのは人為的撹乱の小さな地域では気候的極相となる植生類型、人為的撹乱の大きい地域では二次林であった。前者の例としてはブナ林、エゾマツ・トドマツ林、後者の例としてはアカマツ林、クヌギ・コナラ林があげられる。気候的極相となる植生類型の分布は帯状となり温量指数との相関が高く、二次林の分布は、その地域における長い歴史の中での生業形態との相関が高い。マクロスケールの各植生類型の地理的分布は図5.1.1.1〜5.1.1.3に示した。

 メソスケールの植生はメッシュ数が比校的多くメッシュの分布がパッチ状または線状であるものとした。このカテゴリーの中には主に特殊な環境条件による土地的極相や遷移途上にある植生類型が含まれるが、短いタイムスケールではほぼ安定した植物相を形成する植生類型である。後者の中には、遷移が停滞している状態で維持されている植生や間欠的な撹乱を受けて動的平衡状態を保っている植生が含まれる。土地的極相の例としては高層湿原、砂丘植生、クロベ・ヒメコマツ林があげられる。遷移途上の安定相の例としてはササ草原、冷温帯自然低木林(タニウツギ・ノリウツギ・リョウブなどの低木から構成される植生類型)がある。メソスケールの植生類型の地理的分布の例を図5.1.2に示した。

 ミクロスケールの植生は、分布するメッシュ数が少ないものとした。ミクロスケールの植生の抽出については植生類型ではなく、類型化前の植生凡例に基づいて処理を進めた。今回の解析ではメッシュ数が10以下の植生凡例でこのカテゴリーにあたるものを選んだ。このカテゴリーの中に含まれる植生類型は、以下の6タイプに分類できる。

1)分布の北限・南限が日本列島に存在するために希少なもの、

2)群落を特徴づける種が固有で、分布も狭いため希少なもの、

3)構成種自体は希少ではないが、群落としては希少なもの、

4)島嶼にのみ分布するもの、

5)高山にのみ分布するもの、

6)火山礫地に特徴的なもの。

 それぞれのタイプに属する植生凡例を表5.1.2に示した。ミクロスケールの植生凡例は、植生そのもの自体の希少性のゆえに貴重ではあるが、その希少性をもたらす要因についてのの評価は異なる。特に2)、4)、6)のカテゴリーに含まれる植生凡例の中には植生のみならずそれを構成する種が世界的に見ても希少であるため、慎重な保護が望まれるものが多い。ミクロスケールの植生の地理的分布については図5.1.3を参照されたい。

 

5.1.2 マクロスケールの植生

 マクロスケールの植物群落としては、メッシュ数が多く、かつ連続的に分布している植生類型を選んだ。この結果、日本列島の広い面積を被う森林が抽出された。マクロスケールの植生類型をさらに人為的影響の度合により類型化すると次の3つに分けられる。

 すなわち、

 a.人為的影響の少ない森林:気候的極相、

 b.人為的影響の大きい森林:二次林、

 c.人為的に成立した森林:植林地、

の3つである。以下、各植林についてその特徴を述べる。

 a.人為的影響の少ない森林:気候的極相林

 気候的極相林は、過去から現在にわたり人為的影響が比校的少なかったと思われる森林である(図5.1.1.1)。潜在自然植生と言われるものがこれにあたる。降水量が比較的多い日本列島の場合、極相林の林相は気温との相関が高い。すなわち、緯度あるいは標高と並行して植生帯が形成される。南から北あるいは低標高から高標高にかけて暖温帯林(シイ・タブ林)、中間温帯林(モミ・ツガ林)、冷温帯(山地帯)林(ブナ林)、汎針広混交林(エゾマツ・ダケカンバ林、エゾイタヤ・シナノキ林)、亜寒帯(亜高山帯)林(エゾマツ・トドマツ林、シラビソ・オオシラビソ林)が形成される。しかし、実際にはこの極相林が存在する地域は極めて限られており、現在の日本列島に人為的影響を受けていない植生がいかに少ないかがわかる。極相林は日本が本来持っていた森林であるために貴重であると同時に、多様な動植物種(遣伝子資源)の保存、水源函養、また人間が学び憩う場等としてもかけがえのないものと考えられる。

 b.人為的影響の大きい森林:二次林

 人間が生活を営み始めてから現在に至るまで植生は様々な改変をうけてきた。図5.1.1.2に示した通り、日本列島の山野は極相林ではなく、代償植生である二次林によってより多くを占められている。二次林を構成する主な樹種は、アカマツ、コナラ、クヌギ、ミズナラなどである。極相林の林相が気温の分布と相関が高かったのに比べ、二次林の林相は気温との相関はあまり高くない。これは二次林が気温よりも人間活動との深い関係の中で成り立ってきたためと考えられる。二次林は人間が管理しているために、遷移の途上で留まっている。管理の手が加わらない場合、群落の種組成は遷移に従って変化するが、植物の種の中には遷移の途中相でしか存在できない種もある。そのような種の中には個体数も少なく、分布が限定された貴重な種も含まれている。従来、二次林の保全・保護は自然林とくらべるとそのウェイトは低いものとなっているが、こうした貴重な植物種を保護するためにも、それらが存在する二次林の保護の必要性があると考えられる。

 c.人為的に成立した森林:植林地

 日本列島では、恵まれた気象条件と木材の高需要により、林業が発達し、広く造林が行われてきた。人工林の面積は9,546,672ha(1980年林業センサス)におよぶ(図5.1.1.3)。主な植林樹種は常緑針葉樹としてはスギ・ヒノキなど、落葉針葉樹としてはカラマツがあげられる。植林地の管理は植林樹種の育成のために行われ、枝打ち、下刈り等の撫育作業により林床の植生は貧弱になる。従って、植林地では限られた植物種のみが生育可能で、種多様性は極端に低くなる。地域の自然の多様性を保持して行くためには、計画的な自然林・二次林の保全・再生や、さらには積極的に多様性の高い人工林への転換をはかる必要がある。

 人間活動の結果改変された国土として住宅地、工業地、埋立地、田・畑を含めた分布図が図5.1.1.3である。これらの分布と植林の分布とを合わせたメッシュ数は全体の53%にあたり、本州、四国、九州に限れば58%にも達する。特に大都市周辺では隙間なく埋められ、いかに人為的改変を受けた土地が多いかがわかる。

 

5.1.3 メソスケールの植生

 メソスケールの植生として選んだ植生類型は、メッシュ数は比較的多く、分布がパッチ状あるいは線状になる植生類型である。分布図が図5.1.2に示されている。メソスケールにあたる植生は、土地的極相あるいは特殊な環境に立脚した植生である。成立する環境と分布にもとづいて、

 1)海浜植生、

 2)河辺・渓谷植生、

 3)風衝地植生、

 4)湿原植生、

 5)火山荒原、

 6)比較的限定された分布を持つ種の群落

の6つに類型化した。以下にこれらの植生について説明をするが、これらの植生は、すべて特殊な立地に成立するものであり、その保全のためには、全般として、各植生の生育環境を損なわないよう注意することが必要である。

1)海浜植生

 海辺の砂丘上あるいは強い潮風の影響によって成立する植生である。砂丘上に成立する群落には砂丘植生がある。強い潮風の影響によって成立すると考えられる植生としては、海岸植生、マサキ・トベラ林、クロマツ林、ウバメガシ林、ハマビワ林、リュウキュウマツ林といった海岸にのみ分布する植生が発達する。これらの植生を構成する種の多くは、飛砂あるいは強い潮風によって通常の植物が生育できない場所に侵入できるものである。全体として種の固有性の高い植生となっている。またこの植生は海岸に固有であり、日本の磯海岸に特有な景観を生み出している。

2)河辺・渓谷植生

 河辺または渓谷の谷筋に沿って発達する植生である。河辺植生、サワグルミ林、ハルニレ林、ヤナギ・ヤマハンノキ林、ハンノキ・ヤチダモ林、イヌシデ・アカシデ林、ケヤキ林等がある。この植生には、過湿地あるいは湿地を好む、特殊な分布をする種が高い割合で含まれている。広い面積にわたって群落を形成することは少なく、河辺や渓谷に多い過湿・浅土壌地などに分布が限られた土地的極相林として成立する。このような土地的極相林は特殊な景観を示し、その維持・保全には、特殊な生育環境に対する人為的影響を避ける努力が必要である。

3)風衝地植生

 山地あるいは海岸などで、1年中強い風の吹いている場所では、通常高木は生育できず、低木あるいは草本植物のみが生育する植生が発達する。ここには山地の風衝地に成立する植生を総括した。冷温帯自然低木林、冷温帯自然草原、ササ草原などがこの風衝地植生にあたる。風衝地植生は林業の視点に由来する、木材生産に向かない生産性の低い土地として評価されがちで、現在、スキー場やゴルフ場などの開発によって破壊が進行している。しかし、そこには特異的な植物が多く生育しており、またこの植生は独特な景観を示すものであり、種の多様性の維持、景観の維持をはかるうえでもその適切な保全が必要である。

4)湿原植生

 湿原は、その形態によって高層湿原、中間湿原、低層湿原の3つに分けられる。高層湿原は塩類の供給の乏しい低温、過湿の地に発達し、ミズゴケを伴う湿原で、日本では主に亜高山帯より上の地域と北海道に多く、亜高山あるいは高山性ならびに亜寒帯性・寒帯性の水生・湿生植物が生育している。これに対して低層湿原は塩類の供給を受け、ミズゴケが生えない湿原で、主に標高の低い地域に発達し、ヨシやマコモのような湿性植物が生育する。中間湿原は低層湿原から高層湿原が発達する途中にできる湿原で日本での分布は限られている。水生・湿生植物は湿原という特殊な生育環境に適応した体制をもっており、また湿原は一度破壊されると回復が非常に困難な生育環境であるだけに、湿原が破壊されることはそれらの種の絶滅につながることである。主に低層湿原の発達する場所は人間活動の盛んな場所に近く、急速に開発が進みつつあり、絶滅が危惧される種が集中している。

5)火山荒原植生

 活火山あるいは休火山の火口周辺の火山礫の多い場所にはそこに適応した種が多く生育しており、特殊な矮性低木あるいは草本植物が生育している。火山は孤立的に分布している場合が多く、そこに成立する火山荒原植生も孤立的で独特の植生が発達する場合が多い。

6)比校的限定された分布を持つ種の群落

 種の分布が比較的狭く、日本あるいは東アジアに固有な種が群落をつくっている場合がある。ヒノキアスナロ林、ヒノキ林、クロベ・ヒメコマツ林、スギ林、シラカバ林がある。この内、シラカバ林を除くとそれらの種は極相林の構成種である。そのため、これらの種の保護のためには群落が生育する地域自体を保護する必要がある。他方、シラカバは陽樹で、シラカバを主体としたシラカバ林は二次林であり、その維持には定期的な人為を加えることが必要とされる。

 

表5.1.1 メソスケールの植生の一覧表

 

1.海岸植生

砂丘植生

海岸草原

マサキ・トベラ林

クロマツ林

ウバメガシ林

ハマビワ林

リュウキュウマツ林

2.河辺・渓谷植生

河辺植生

ヤナギ低木林

サワグルミ林

ハルニレ林

ヤナギ・ヤマハンノキ林

ハンノキ・ヤチダモ林

イヌシデ・アカシデ林

ケヤキ林

3.風衝地植生

冷温帯自然低木林

冷温帯自然草原

ササ草原

4.湿原植生

高層湿原

中間湿原

低層湿原

5.火山荒原植生

火山荒原

6.比校的限定された分布を持つ種の群落

ヒノキアスナロ林

ヒノキ林

クロベ・ヒメコマツ林

マテバシイ林

スギ林

シラカバ林

 

5.1.4 ミクロスケールの植生の類型

 ミクロスケールとしては、植生類型化を行う前段階の個々の植生凡例にもとづいて、植生群落として希少であると考えられる、メッシュ数が10以下の植物群落を抽出した。なお、きわめて小規模な群落の場合、小円選択法によるメッシュの代表値とならないことがあるため、メッシュデータを用いた今回の解析の対象となっていないものがある。こうした群落もまたミクロスケールの植生といえる。

 もとの植生凡例にもとづいた理由は、植生類型では様々なレベルの凡例(群落−群集−群団など)を統合したため、希少な植生凡例(植物群落)がより大きな単位に吸収されてしまう恐れがあったからである。

 上記の抽出の結果、51の植生凡例が選び出された。選び出された群落は、極めて局所的な分布をしており、特定の狭い地域に固有な群落となっているものが多い。これはその群落が土地的あるいは気候的だけでなく、その他の条件によって極端に限定された環境でのみ存在が可能であり、その地域を離れたならばもはや存在する事が出来ないことを物語っている。次の理由にもとづき、6つに類型化した。

1)分布の端にあたる(南限あるいは北限)

 群落の主要構成種に、日本が分布の南限あるいは北限にあたる種が存在することによって特徴づけられる。この型の群落は、日本では分布限界となっているその地域でしかその群落が存在しないという点で貴重である(例 モモタマナ−ハスノハギリ群落)。この類型に含まれる群落のうちには、島嶼に固有な群落(類型4)も多い。しかし、群落を代表する種が分布の端に当たるものはこの類型に含めた。

2)固有でしかも分布の狭い種が標徴種として存在する

 群落の主要構成種に日本あるいは東アジアに固有でしかも分布が狭い種が存在することによって特徴づけられる。(例 ブナ−ツクシシャクナゲ群落)。

3)通常は個体数が少なく群落をなすことは少ないが、局所的に高密度で存在し、群落を成す

 構成する種自体は比校的広い分布域を持つが、その種が群落を特徴づけるほど高密度で存在することは珍しい群落(例 ナギ群落)。

4)島嶼に固有

 隔離された島嶼には独特な群落が存在する場合がある。これは島嶼には固有の植物が多いことがその一因である。特に小笠原諸島や南西諸島などで多くの固有な群落が存在する(例 タコノキ群落、アマミアラカシ群落)。ここでは群落の存在する場所によってさらに細かく類型化した。

a.伊豆諸島 : 固有種も多く、関東周辺で比校的原生状態に近い自然が残っている貴重な場所である。
b.小笠原諸島: 固有種が多く、他の地域では見られない群落が多い。人為的影響が少ない島では比較的良好に群落が残されてきた。
C.南西諸島 : 南方系の植物が多く、分布の北限となっている種も多い。また固有種の数も多い。

 島嶼の群落は面積的に狭いものが多いので、一度破壊されたら代替地がなく復元が困難な群落が多い。したがって、開発に関しては群落全体を損なうような開発は避けるべきだと考えられる。

5)高 山

 日本においては高山帯は非常に限定されており、そこに成立する群落もまた希少となる。氷河時代の残存的な種が多く存在し、世界的に見ても分布の限られた遺存的な植物が多い(例 アオノツガザクラ群落)。高山帯の植生はこれまで比較的良好に保護されてきた。これは人手が入りにくいことももちろんであるが、高山帯はこれまで国立公園の特別保護地区などきびしいランクの保護規制の対象となってきており、人為的影響をあまり受けずに存続してきたこともその一因である。しかし、近年の山・野草ブームによる乱獲や人の立ち入りで、高山植物が激減している地域もある。高山の植生の場合は、きびしい生育条件下に成立しているので、一度破壊すると、その回復には長年月がかかる。

6)火山荒原

 火山の存在する地域において、火口周辺の火山礫上に存在する群落(例 フジハタザオ−オンタデ群落)。遷移系列から見れば低い状態であるが、定期的な自然の撹乱(火山活動)により維持されている点で特異である。これらの群落の維持にはなるべく人手が入らめよう注意する必要がある。

 

表5.1.2 ミクロスケールの植生の一覧表

 

1.分布の端にあたる(南限あるいは北限)

 ホルトノキ群落

 モクタチバナ群落

 ビロウ群落

 マングローブ群落

 サガリバナ−サキシマスオウノキ群落

 ハスノハギリ−モモタマナ群落

 モモタマナ−テリハボク群落

 ハスノハギリ群落

 ハマジンチョウ群落

 オカヒジキ−ハマベンケイソウ群落

 イソマツ−モクビャッコウ群落

 クサトベラ−モンパノキ群落

 クサトベラ群落

 

2.固有でしかも分布の狭い植物が存在する

 ツクシシャクナゲ−ブナ群落

 ハナガガシ群落

 イソギク−ハチジョウススキ群落

 

3.通常は個体数が少ないが、集中して存在する

 キャラボク群落

 ハコネダケ群落

 イヌツゲ−ハイノキ群落

 イワシデ−イワツクバネウツギ群落

 ナギ群落

 ハママツナ−ハマサジ群落

 

4.島蝶に固有

 

 a.伊豆諸島

 ミクラザサ群落

 シマノガリヤス−シマキンレイカ群落

 ラセイタタマアジサイ−ガクアジサイ群落

 オオバヤシャブシ−ラセイタタマアジアサイ群落

 

 b.小笠原諸島

 ムニンヒメツバキ−コブガシ群落

 ムニンヒメツバキ−オオタニワタリ群落

 シマホルトノキ−ウドノキ群落

 モクタチバナ−セキモンノキ群落

 オガサワラビロウ−タコノキ群落

 タコノキ群落

 コバノアカテツ−ムニンアオガンピ群落

 コバノアカテツ−シマイスノキ群落

 チギ−オオバシロテツ群落

 ツルダコ群落

 マルハチ群落

 ソナレシバ群落

 オガサワラススキ群落

 アカテツ−ハマビワ群落

 

 c.南西諸島

 アマミアラカシ群落

 アマミテンナンショウ−スダジイ群落

 

5.高山

 エゾマメヤナギ−エゾオヤマノエンドウ群落

 オヤマノエンドウ−ヒゲハリスゲ群落

 エゾツガザクラ−チングルマ群落

 アオノツガザクラ群落

 ショウジョウスゲ−イワイチョウ群落

 

6.火山荒原

 フジハタザオ−オンタデ群落

 イタドリ−タマシダ群落

 シマタヌキラン−ハチジョウイタドリ群落

 ススキ−ミヤマキリシマ群落

 

5.2 動物

 

 本節での記述のもととなった分布データの出典は、分布メッシュ図に示した。

 

5.2.1 哺乳類

●ニホンザル(図5.2.1.1

 白神山地にまとまった生息域があり奥羽山脈、越後山脈ぞいにも分布が見られるものの、東北地方から北関東にかけての東日本地域では分布はまばらである。関東中部より西の西日本では平野部を除き生息情報は多く、特に中部地方、紀伊半島東部、中国地方西部、九州東部などでは分布域は連続している。北海道には分布しない。樹冠の不連続部分での移動や地上にあるエサ採食などのために地上を利用することもあるが、基本的には樹上生活であり森林域に生息する。

●ヒグマ(図5.2.1.2

 氷期には本州にも生息していた記録があるが現在は北海道にのみ分布する日本最大の陸上哺乳類。人為による平野部の土地改変、北海道開拓が進行する以前は平地部まで生息していたと考えられるが、現在は大雪山地、北見−知床半島の山地、日高山地、渡島半島部の山地など北海道の主要山地部に生息域は限定されてきている。北海道東部の根釧原野、北部の稚内周辺地域などでは牧場開発や狩猟により地域的絶滅、生息域前線の後退が生じているとされる。樹林地を主な生息地とするが、セリ科やキク科の高茎草本の茎、根、サトイモ科のミズバショウやザゼンソウの根茎を採食するため河畔植生や湿地・草原環境も利用する。冬眠穴は山地の土穴あるいは樹洞を使用する。

●ツキノワグマ(図5.2.1.3

 東日本の東北地方から中部・北陸地方にかけての脊梁山脈、ブナ林域に生息情報は集中している。奥美濃山地以西の京都北部から中国地方では分布域は不連続でまばらにになり、島根−山口県境の冠山山地が本州の分布域の西端になっている。紀伊山地、四国は孤立分布域となっている。九州のツキノワグマは絶滅したとの見方もなされてきたが、1987年秋に九州の祖母・傾山地で捕獲され、それが自然分布であるかどうか環境庁で調査が進められている。中部地方南部、紀伊半島、四国でも絶滅メッシュ情報は多い。基本的に森林性。エサとして秋の堅果類への依存が高いため、ヒグマに比べより森林依存が高く、非樹林地環境はあまり利用しない。冬眠穴はヒグマと異なり土穴利用は少なく大径木の樹洞を主に利用する。

●タヌキ(図5.2.1.4

 全国に広く分布するが、西日本では市街地や山岳部の高標高地のごく一部を除き連続的な分布を示している。低地・平野部や西日本の離島でも生息情報が多いのは本種の特徴であると言える。しかし中部地方以北では分布情報はややまばらになる。北海道では海岸部に生息情報が集中し、内陸部にはほとんど生息情報がない。東京周辺では絶滅情報が多い。隠れ場や採食条件としてある程度の樹林環境が必要だが非樹林地も行動域とする。市街地の中に残された数10ヘクタール規模の小樹林地でもエサ条件がよくノイヌなど外敵が少なければ生息している場合がある。出産環境としてキツネのように特に巣穴は必要としない。

●キツネ(図5.2.1.5

 全国に分布し、標準地域メッシュ生息情報は今回解析対象としている9種の哺乳類の中では最も情報数が多い。しかし、中部以北の日本海側、四国、九州南部では分布情報はまばらで特に四国では生息情報が少ない。北海道でも山地部では生息情報が少ない。また、能登半島、九州南部、房総半島など地域的絶滅情報の集中するところがある。かくれ場や繁殖環境として樹林地とその中に作られることの多い巣穴を必要とするが、ノネズミ類の捕食その他採食のためには農耕地・草原や高山草原の非樹林地環境も積極的に利用する。

●アナグマ(図5.2.1.6

 北海道を除く本州、四国、九州に分布。離島では、佐渡、隠岐、対馬、五島列島、沖縄などを含めほとんど生息記録がない。ただし、備讃諸島、天草などには生息する。キツネ、タヌキのような連続分布でなく、分布情報はややまばらになっている。生息情報メッシュ数もキツネ、タヌキの半分以下と少ない。土壌動物、昆虫、小動物が豊富で、かくれ場があり巣穴をつくることのできる環境としてある程度起伏がある山地下部、丘陵地を主な生息環境とする。エサ動物量が貧弱になる亜高山・高山帯にはあまり進出しない。エサが豊富であれば草原環境も利用するが、生息域の中にはある程度樹林地を含む必要がある。

●イノシシ(図5.2.1.7

 本州中部地方・南東北以南に分布。太平洋側沿岸の一部を除く東北地方から新潟、北陸地方にかけての日本海側の多雪地帯には生息せず、分布域と非分布域の区分が明瞭である。積雪30cm以上の日数が年間70日以上の条件が分布限界になっているとされる。分布前線では積雪その他の条件による分布の変動が見られる。沖縄に生息するイノシシはリュウキュウイノシシとして別種扱いされる場合もあるが(例えば環境庁(1983)「動物分布調査のためのチェックリスト」)、ここではニホンイノシシに含めて扱った。

●ニホンジカ・エゾシカ(図5.2.1.8

 北海道に生息するエゾシカと本州以南に生息するニホンジカの2つの分布域に大きく分けられる。ニホンジカの分布域は東北地方大平洋側に孤立分布が散在するものの、主要な分布域は関東以南の太平洋側を中心とした中部、近畿地方で、中国、四国、九州地方ではまとまりのある分布域は分散している。東日本の日本海側多雪地帯は広い分布空白域となっている。中部地方、中国地方、南九州では絶滅情報が多い。エゾシカも北海道東部、南部(日高地方)を中心とした分布を持ち、渡島半島を含む日本海側多雪地帯は分布空白域になっている。シカの場合、狩猟、あるいは大雪などの条件により地域的絶滅が生じやすい動物であり、北海道渡島半島や東北地方の分布状況は、過去の狩猟や気候の影響を受けた分布現況であると見なされる。採食のためには草原、樹高の低い伐採跡地や若齢造林地など樹林地外にも出没するが、餌づけ個体群など特殊な場合を除きかくれ場などとして樹林地のあることを必要とする。地形的には急斜面、ガケ地を好まず、緩斜面、丘陵地を好む。

●カモシカ(図5.2.1.9

 東北地方から中部・北陸地方にかけての東日本脊梁山脈、中部地方の3大アルプス山地には連続分布しているが、北陸地方以西、以南では分布は不連続でまばらになる。北海道には生息せず、中国地方では歴史的な生息記録はあるが現在は分布しない。四国は剣山山地周辺のみ、九州では祖母・傾山地、霧島火山山地など限られた地域に分布は限定されている。鈴鹿山地、紀伊山地も孤立分布域となっている。カモシカは昭和30年代までは密猟の影響などで東日本でも分布は山岳部高標高地に限られていたとされるが、その後の保護・管理の徹底、林相変化などにより分布域は拡大してきたとされる。山地下部・丘陵地にも生息するが、山岳地の急斜面地、ガケ地に多く生息する。積雪4mを越えるような極端な条件をもつ山岳地多雪地帯などを除き、多雪条件でも生息する。草本類より木本の葉、枝を多く採食する食性生態、休息場としての利用などから、草原環境のみでは生息に適さず生息地の中にある程度樹林地があることを必要とするが、樹冠の欝閉しないガケ地の灌木林・針葉樹疎林などにも生息する。

 

5.2.2 鳥類

●ヨシゴイ(図5.2.2.1

 日本には夏鳥として渡来する。北海道・本州・四国・九州・佐渡・伊豆諸島・小笠原群島・硫黄列島・琉球列島・大東群島で記録があり、北海道・本州・四国・九州・佐渡では繁殖が確認されている。基礎調査では本州・四国・九州では生息が確認された。本種はヨシ原・湿原・水田等、丈の高い草がよく茂る環境を好み、通常は草の中に潜んでいる。飛ぶときはヨシ原等の上を低く飛ぶ。繁殖は多くの場合ヨシ原で行う。近年、河川敷の改修・湿原の埋め立て等により、ヨシ原等の繁殖場所が減少してきているため、繁殖環境の保全が必要な種である。

●サシバ(図5.2.2.2

 日本には夏鳥として渡来する。本州・佐渡・四国・九州・馬渡島・対馬・屋久島・種子島・伊豆諸島・硫黄列島・琉球列島・大東群島で記録があり、本州・四国・九州・伊豆諸島では繁殖が確認されている。基礎調査では本州・四国・九州の広範な地域で情報が得られた。本種は森林と耕作地の混じりあうような環境を好み、低地から丘陵地の樹林で繁殖する。主にカエル・ヘビ等の小動物や昆虫類を食べる。9月下旬−10月中旬の秋の渡りの時期には上空を通過してゆくのをよく見ることが出来る。愛知県伊良湖岬や鹿児島県佐多岬は、大規模な渡りが見られることで有名である。現在、本種の繁殖している首都圏周辺の丘陵は、宅地開発等環境改変が急速に進行しつつあり、繁殖地は次第に減少しつつある。

●オオタカ(図5.2.2.3

 日本では留鳥であるが、冬南に移動するものもあるといわれている。北海道・本州・四国・九州・佐渡・隠岐・馬渡島・対馬・伊豆諸島・小笠原群島・南部琉球で記録があり、北海道と本州で繁殖の記録がある。基礎調査では本州・四国・九州・佐渡で記録が得られた。本種は平地林から丘陵・山地の森林までの広い範囲に分布する。生息の記録が多いのは平地から丘陵にかけてみられるアカマツをはじめとした二次林で、自然林が広がる地域より農耕地・牧場等の人為的改変を含む地域で繁殖の確認が多い。巣はアカマツ・モミ等の常緑針葉樹の幹の分岐した部分や太い枝に、小技を用いて作ることが多い。餌は鳥類が中心で、ムクドリ大のものからハト大のものが大部分である。特にドバト・キジバトは平地から丘陵に生息する個体では最も重要な餌である。現在、マツ枯れによる営巣適木の減少、都市周辺の平地林の消滅、丘陵地の大規模宅地造成等の開発、等による生息環境の悪化や密猟の影響をうけており、この種は特に保護が叫ばれている種の1つである。

●アオバズク(図5.2.2.4

 日本では夏鳥として渡来する。北海道・本州・四国・九州・佐渡・隠岐・対馬・種子島・伊豆諸島・小笠原群島・硫黄列島・琉球列島・大東群島で確認の記録があり、北海道・本州・四国・九州・伊豆諸島では繁殖が確認されている。基礎調査では北海道・東北地方では分布情報が少なく、中部以南の本州に分布の記録が多かった。本種は平地から山地の林に生息し巨木の樹洞で繁殖するため、繁殖に適した木のないような植林地や市街地では繁殖できない。昔は集落の屋敷林・社寺林で普通にみられたが、近年減少し東京都では区部の繁殖は少なくなってしまった。夜行性で夕方から活動し始め、ガ類・コガネムシ類等大きな昆虫類を捕らえる。夏の夜、街灯に集まる昆虫類を捕らえるために飛び回っているのを見ることがある。近年、巨木を有する樹林の減少で生息環境が悪化しており、生息地の環境保全が必要な種である。

●カワセミ(図5.2.2.5

 日本では北海道を除き他の地域では留鳥。北海道・本州・四国・九州・佐渡・隠岐・対馬・屋久島・種子島・伊豆諸島・小笠原群島・琉球諸島・大東群島で記録があり、北海道・本州・四国・九州・佐渡・隠岐・琉球諸島では繁殖が確認されている。本種は川・湖沼・池等の周辺に生息し、水中の小魚を飛び込んで捕らえる。杭・木の小枝等に止まっていて飛び込んだり、空中で停空飛翔してから飛び込むことも多い。巣は水辺の土手に作ることが多い。土手にはくちばしで深さ0.5−1.0mの穴を掘り産卵・抱卵・育雛する。河川の水質悪化から餌となる魚が減少したのみでなく、護岸工事により巣を掘るのに適した土手が減少したために東京都では分布後退が言われたが、最近再び河川下流や都心近くの池でも生息確認の情報が増えている。

●ヤマセミ(図5.2.2.6

 日本には留鳥として生息する。北海道・本州・四国・九州に生息している。基礎調査では北海道から本州・四国・九州のほぼ全域にわたり情報が得られた。本種は河川の中・上流や湖沼に生息し、周辺の土手に穴を掘り巣を作る。カワセミと同様に小魚を主な餌にしている。電線、樹木の枝や堰堤に止まり魚をねらう。近年、河川の水質汚染や護岸工事により餌となる小魚の減少、営巣に適した土手の減少による生息環境の悪化が言われている。

●アオゲラ(図5.2.2.7

 日本にのみ分布し、留鳥として本州・四国・九州・屋久島・種子島に生息し、繁殖している。飛島・栗島・佐渡にも記録がある。基礎調査では対馬でも繁殖期の情報が得られたが、今後繁殖確認する必要がある。本種は丘陵から山地にかけて棲む森林性の種で、落葉広葉樹林や常緑広葉樹林に生息している。木の幹に縦に止まり幹を移動しながらくちばしで樹皮下や木の割れ目に潜む昆虫類を主な餌としている。冬期には昆虫類の他に木の実も食べることが多い。巣は枯木や芯の朽ちかけた木に穴をあけて作る。

●ツバメ(図5.2.2.8

 日本では夏鳥として渡来する。北海道・本州・四国・九州・利尻島・焼尻島・佐渡・対馬・屋久島・種子島・伊豆諸島・小笠原群島・硫黄列島・琉球列島・大東群島で確認の記録があり、北海道・本州・四国・九州・佐渡・種子島・伊豆諸島では繁殖が確認されている。基礎調査では北海道の南部・本州・四国・九州・佐渡・隠岐・対馬・五島列島で繋殖し、九州と関東・中部地域で越冬していることが明らかになった。本種は水田地帯の集落・駅・市街地で繁殖し、農耕地・湖沼・河川等の上空を飛びながら空中で小昆虫類を捕食する。巣は人家や建物の軒先に椀形の巣を土・藁を用いて作る。都市部でも生息しており、コンクリート建造物の壁面にも巣を作るようになる等、都市化への適応もみせているが、水田地帯での農薬の空中散布、建物の構造の変化等、この種の減少が言われている地域もある。

●ハクセキレイ(図5.2.2.9

 日本では本州以北で主に繁殖し、他の地域では冬鳥として渡来する。北海道・本州・四国・九州・礼文島・利尻島・天売島・佐渡・隠岐・対馬・屋久島・種子島・伊豆諸島・小笠原群島・硫黄列島・琉球列島・大東群島で確認の記録があり、繁殖は北海道・本州北部・礼文島・利尻島・天売島・佐渡・対馬・九州で確認されている。繁殖地は次第に南下する傾向があり、栃木県・茨城県・千葉県等、l970年頃には繁殖の記録がなかった地域で繁殖分布の拡大が進んでいる。基礎調査では太平洋側は神奈川県まで、日本海側は石川県まで南下していることが確認された。また、別の亜種であるがホオジロハクセキレイの分布は九州から島根県・岡山県付近まで北上していることが確認された。本種は水辺の鳥として、海岸、河ロ、河川中・下流、水田、水路等に生息し、巣は河原の石の下、人家の隙間等に作る。護岸された水路でも餌を巧みに捕ることが可能で、セグロセキレイより人為的環境に適応しているため、セグロセキレイの少ない市街地にも多く棲む。

●カワガラス(図5.2.2.10

 日本では留鳥として屋久島以北に生息する。北海道・本州・四国・九州・佐渡・屋久島で生息が確認されていて、佐渡を除いて繁殖が確認されている。基礎調査では北海道から本州・四国・九州で繁殖期に確認され、佐渡では冬期に生息が確認された。本種は河川に強く依存して生活する種で、河川上流の浅瀬のある礫の多い環境に多く生息している。巣は谷川の岩陰、橋等にコケを材料とした球形の形のものを作る。大きなダムや護岸等の河川改修はこの種の生息環境を悪化させる。

 

5.2.3 両生類

●モリアオガエル(図5.2.3.1

 モリアオガエルは、裏日本では海岸に近い低地でも見られるが、−般には100m以上の山地の森林地帯に生息し、2,000m以上の亜高山帯にまで進出するものがあり、垂直的にはかなり分布範囲が広い。

 本種の生息環境としては、幼生の生活する静水域のあること、水面上に枝葉のはり出した植物があり、産卵場所に恵まれていること、変態を終えた幼蛙が採食できる草地ないし草地的環境が、水域の周辺にあること、さらに、成蛙が生活する自然度の高い、しかも広大な森林が、それに接続して存在することなどである。

 モリアオガエルは、本州北端の青森県から山口県にいたる山地帯に分布し、佐渡のような離島にも分布する。四国・九州にも産するという報告があるが、確実な産地は知られていない。

●オオサンショウウオ(図5.2.3.2

 オオサンショウウオは、わが国特産の動物として、あるいは現存する両生類中もっとも大型の動物としてよく知られている。本種が有名であることは、反面では一般の人には分布や生活史について知り尽くされているような錯誤をもたれているが、実態の詳細は知られていない。

 従来から知られている分布区域内では、基礎調査でも分布していることがほぼ確認できた。従来から知られている地域以外に四国および九州中部があげられ、精査して分布域に加えることの可否を検討する必要がある。

 従来の知見に基礎調査結果により追加すべきものはつぎの河川水系である。

 和歌山県;平井川

 兵庫県 ;市川、武庫川(一部は大阪府)

 岡山県 ;吉井川

 鳥取県 ;千代川

 広島県 ;江の川(島根県側は従来から)

 また非生息地あるいは絶滅した分布地としての確認をしておく必要のある場所、すなわち生息地あるいは採捕の記録があるが、基礎調査で当該区域から生息の情報がもたらされなかった場所として青森、新潟、長野の各県があげられる。

●カスミサンショウウオ(図5.2.3.3

 本種はトウキョウサンショウウオと亜種関係にあるとされるが、東海地方産のものではその形態差が明確でない。したがって分布域を概観するときは、この両者をあわせて考察することが必要と思われる。本種の分布模様は特異であり、これは地史と深く関連して形成されたものであろう。

 カスミサンショウウオの生息地は、低山の山麓部で、産卵は竹やぶや林に接した浅い止水(水田やその溝、小湿地など)になされる。成体は竹やぶ・雑木林などの林床で生活している。本種は、その生息地の破壊により、分布を狭めていると考えられる。

 大都市(あるいは大きな平野部)周辺にある丘陵地は、最近の30年間に大幅に宅地化され、これは今なお進行中である。山麓・丘陵地の水田も、廃田にひきつづき宅地化が進んだ。このようにして多くの本種生息地が消失したものと思われる。

●トウキョウサンショウウオ(図5.2.3.4

 トウキョウサンショウウオは海岸地帯から海抜300mくらいまでの丘陵地帯、低山帯の森林に生息し、夜間あるいは降雨時の日中、潜伏場所をぬけ出し、昆虫、ミミズなどを求めて地上を徘徊する。

 本種の生息条件を検討してみると、最低限度、次の3点をあげることができる。

1湧水の伴う止水面があること、2陸上生活に移った幼体、成体の潜伏場所があること、3幼・成体が採餌活動をするに充分な広さの竹林、雑木林が存在すること。

 そのため、人間の開発行為により生息地の失われるケースが多いと考えられる。

 基礎調査による分布域は福島県から愛知県にかけて、かなり広域に広がっているようではあるが、各地の報告にも見られるとおり、現在、トウキョウサンショウウオの生息地は次々に姿を消しつつある。

●オオイタサンショウウオ(図5.2.3.5

 オオイタサンショウウオは大分県佐伯市の番匠川を南限とし、大野川・大分川流域・国島半島地域などを主産地としており、駅館川以西には生息が認められない。

 近年、大野川の源流域にあたる熊本県阿蘇郡波野村や高森町にも生息していることが明らかになったことからすると、宮崎・福岡の両県内にも生息、の可能性がある。

 また、従来垂直的な分布としては、標高500m以下の低地とされていたが、鶴見岳の標高約1OOOmにまで生息していることが認められた。

 オオイタサンショウウオは、典型的な低地静水型の有尾類で、決して流水中には産卵しない習性をもっている。産卵場は、竹林や常緑樹林などにかこまれ、ほとんど直射日光がささない場所で、年間を通じて水の枯れない水たまりが多い。神社仏閣などの境内にある池は、多くは樹木におおわれていて、四季を通じて水が枯れないのでよい産卵場となる要素をもっている。

●トウホクサンショウウオ(図5.2.3.6

 本種は、新潟、福島両県以北の東北地方の山地に多く生息し、分布の南限は今のところ新潟県の青海町、群馬県沼田市の白樺湿原、栃木県日光市の大真名子山、茨城県の花園山系を結ぶ線である。

 トウホクサンショウウオは、分布域をほとんどクロサンショウウオと共有する。本種の産卵場所は、わずかな水の流入のあるような止水域が中心である。

●クロサンショウウオ(図5.2.3.7

 本種の生息範囲は本州の半ばを占め、しかも低地から高山帯にわたる広い垂直分布を示し、トウホクサンショウウオとほとんど重なって分布している。しかし、日本海側では南限はさらに南下して福井県東部に及んでいる。基礎調査によって16県339ヶ所の生息地があげられ、分布図の精度はいちじるしく高まり、分布の南限も太平洋側では福島県南部から栃木、茨城両県の北部へと南下し、埼玉県の秩父山地が追加された。すなわち南限は福井県の越美山地、長野県の諏訪湖、秩父山地、群馬県の赤城山、茨城県北部の山地を結ぶ線となった。南限近くの生息地の標高は低くとも数百m台から1,OOOm以上の山地である。あげられた生息地域は実際の生息密度によるものか、基礎調査の精度によるものかは、なお検討を要するが、全体としてみると気候的には裏日本型(とくに冬季の積雪が多い)とされている地方に多い結果になっている。

 クロサンショウウオの産卵場所は、池やゆるやかな沢のよどみなどの、やや深い止水が中心である。

●エゾサンショウウオ(図5.2.3.8

 エゾサンショウウオは、わが国では北海道だけに分布し、その生息地は全域に達している。生息数は、山麓地帯にもっとも多く、山岳地帯へ入るにつれて少なくなっている。また、平野部での生息は、最近はほとんど見られなくなっている。

 生息場所は、沼、流れのない排水側溝、沢の湿地、高山湿地などに多い。

産卵は、水温や高度などにより多少異なるが、一般に北海道南部が早く、北部や東部では遅れている。平地では4月中旬から5月中旬、山岳地帯では融雪との関係で、6月中旬以降が多い。

 成体の食性は、カ類、ガ類の成虫及び幼虫、クモ類、ミミズ、水生昆虫などが多く見られる。

●アベサンショウウオ(図5.2.3.9

 本種はトウホクサンショウウオ、カスミサンショウウオと類縁が深く、この系統のサンショウウオ類は同種とされているもののうちでもその生理的性質などに変異が多く、単純に成体の外部形態のみでは識別しにくい場合も多い。

 本種の分布域はカスミサンショウウオとトウホクサンショウウオの分布域の中間地帯にあたり、しかも本種の既知の分布域である京都府と石川県との中間域はこの系統のサンショウウオの分布が現在のところ空白の地帯となっている。

 本種の分布はこれまでの知見から、トウホクサンショウウオの場合と同様に低温小雨で積雪の多い地域という気象条件を満たし、かつ既知の地理的分布をも考慮すると、今後鳥取県、福井県の海岸に近い地帯から新産地の発見されることが予想される。しかし、その場合も分布域はきわめて局地的であろう。

●ブチサンショウウオ(図5.2.3.10)

 本種は代表的な流水域生息種で、おもに山地の渓流にすんでいる。体の大きさ、色彩、斑紋には大きな変異があり、他の流水性サンショウウオとの分類的関係についていくつかの問題があるが、これらの変異に関する体系だった比較分析はなされていない。

 分布域は本州西部、四国、九州で、本州北部と北海道には分布しない。基礎調査では三重、滋賀県以西の21府県から239地点の記録が集まった。比較的多数の生息地点が知られているのは三重、鳥取、岡山、広島、山ロ、福岡、大分、熊本、宮崎、鹿児島の諸県であり、逆にまったく報告のないのは京都、香川の2府県である。しかし、本種がこれらの2府県にも生息しているのは、ほぼ確実であろう。報告された生息地点の数が府県によって大きく異なっている原因の1つは、各府県における調査研究の程度が異なるためであろうが、本種の生息数や密度をある程度は反映していると思われる。

●ヒダサンショウウオ(図5.2.3.11

 このサンショウウオは本州にのみ産し、新潟県西部の妙高山と関東山地を結ぶ線以西、中国地方の中国山脈西部にいたる地域に分布している。この範囲のなかで、紀伊半島では分布が孤立的であり、飛騨山脈(西斜面)と関東山地との間には、分布の空白地帯が存在する(分布の欠けるのは、松本盆地と伊那盆地の周囲、すなわち飛騨山脈東斜面・木曽山脈の北部・赤石山脈西斜面など)。近畿地方の分布は、琵琶湖の東で鈴鹿山脈へ達し、さらに高見山地におよんでいるが、布引山地からは今のところ見つかっていない。琵琶湖の西は比良山地をとおり、六甲山地ヘ達している。また、丹波山地から中国山地へかけては、主として日本海側から記録されており、現在のところ、西限は鳥取県の西端となっている。

 ヒダサンショウウオは、山地のブナ帯を中心としたところを生息場所とし、渓流の石下などで産卵する。同じところにハコネサンショウウオもすんでいることが多い。しかし、ハコネサンショウウオが渓流の本流に産卵するのにたいし、本種は枝流の水の浅い源流域に産卵する。

●ベッコウサンショウウオ(図5.2.3.12

 本種は九州阿蘇以南の九州山地、標高約500m以上の高地に生息する渓流性、流水型のサンショウウオで、原生林の渓流の水温約10℃、日のさしこまない岩礫層、あるいは枯木、岩塊の下などに産卵する。

 その分布は、熊本・宮崎・鹿児島の三県の数力所に限られていて数は少ない。最近になり、本種の生息地が次々と発見されるにつれ、いずれもそれが九州における中央構造線の外帯に広く分布することがわかってきた。

●オオダイガハラサンショウウオ(図5.2.3.13

 オオダイガハラサンショウウオの分布は、紀伊半島南部から、四国を経て九州中東部と、日本の南西部に限られている。

 このサンショウウオの分布北限は、近畿地方の滋賀県境に接した三重県御在所山の北側であり、本州では前記御在所山の産地を除いてはみな、三重県南部から奈良県南部にかけての高見山地、台高山脈を経て大台ケ原と、それに続く大峰山脈および果無山脈から、少し離れて県南の大塔山塊に限られて分布している。

 四国地方では剣山塊から室戸の野根山にかけての山地より、四国中央の二つの工石山と、国見山などの山地を経て、東赤石山一帯と石鎚山系、とんで西南部の高知県西南の山塊、鬼ヶ城山、篠山にわたる山地帯渓流に発見されている。四国地方は、讃岐山脈を除いて四国山脈全域に分布すると思われる。

 生息地は一般に、標高600〜1,200mの中間温帯ないし、冷温帯の下部の渓谷で、幼生は主として水流の早い凹地に認められている。

●ハコネサンショウウオ(図5.2.3.14

 ハコネサンショウウオは、日本固有の急流適応型サンショウウオの1種である。日本のサンショウウオは尾が短く、エゾサンショウウオ以外はすべて頭胴長に達しないが、ハコネサンショウウオでは非常に長く、頭胴長をはるかに凌駕するなどのいちじるしい特徴がある。

 ハコネサンショウウオは、一般に、森林の発達した山地に生息し、本州中西部や四国地方では1,000m以上の高地、ときに2,000m以上の高山帯にまで進出している。しかし、日本海側の各県や本州北部では、そこが山地帯の一部であるかぎり、20m程度の低所にまで見られる。

 成体は、昼間は渓畔の叢間や岩右の下、陰湿な林床の岩石・倒木の下、樹洞内などに潜伏し、夜間あるいは雨の日に付近を徘徊し、昆虫やミミズ、その他の小動物を捕食する。

 ハコネサンショウウオは、本州北端の青森県から近畿地方の京都附近までほぼ連続的に分布し、それ以西および以南では紀伊半島の中央山地、中国山地、それに四国の山地帯に不連続に分布する。九州地方や北海道からは未知であり、佐渡・隠岐のような離島にも分布しない。

●ホクリクサンショウウオ(図5.2.3.15

 第3回の基礎調査が開姶された時点では、北陸地方産のサンショウウオで、明らかにクロサンショウウオやハコネサンショウウオと違う種はアベサンショウウオに含まれていたが、これはその後、独立種ホクリクサンショウウオとして記載された(Matsui & Miyazaki,1984)。この種については、基礎調査結果と文献の記録により、その分布のほぼ全容を知ることができたが、今後は新産地を発見する努力が必要であろう。原記載以外に報告はない。

●ニホンヒキガエル、アズマヒキガエル(図5.2.3.16

 調査の過程で、中部地方から東北地方にかけて、ニホンヒキガエルが分布するという報告があった。西南日本産のニホンヒキガエルが、東北日本産の別亜種アズマヒキガエルの分布域に人為的に移入されている場合のあることも考えられるものの、両者は形態的に鑑別のむずかしい場合があることから、第3回基礎調査のニホンヒキガエルの東日本からの記録の多くはアズマヒキガエルの誤認と判断して扱った。こうして整理した結果をみると、ニホンヒキガエルの分布地点数は一般に考えられているほど多くはなく、おそらく最近になって分布域が狭められつつあるものと推定される。他方、調査が行われた範囲内で、アズマヒキガエルの確認された地点の頻度はニホンヒキガエルの場合よりも高く、この亜種は本州東部の各地に、最近も普通にみられるようであり、また北海道南部に現在も分布していることが確認された。第3回基礎調査の結果、佐渡および伊豆大島からも本亜種の記録があったが、これらは人為的に移入されたものであることがはっきりしている。

●トノサマガエル、ダルマガエル、トウキョウダルマガエル(図5.2.3.17

 トノサマガエルの調査結果も不十分ではあったが、いくつかの地域では、本種の分布が予想され、かつ調査が実際に行われたにもかかわらず、最近の分布が確認されなかった。こうした地域の存在は、水田の減少などによって本種の分布域が縮小していることを示唆する、ととらえることができ、今後早急に詳細な調査が必要だと考えられる。なお、箱根よりも東の山梨県下から本種の記録があったが、これは新しい知見である。

 ダルマガエルが分布域が限られることと、最近の文献報告があることから、また、基亜種トウキョウダルマガエルの分布域と推測される地域の多くは、実際に調査が行われたことから、両者の最近の分布状態の概要はつかめたものと判断される。結果を第2回基礎調査の結果と比較すると、ダルマガエルの分布確認地点数は減少していることがわかる。もちろん、第2回基礎調査の結果には、古い文献記録も含まれるし、第3回基礎調査でも四国や東海地方の一部では実際の調査がなされなかったので、こうした確認地点数の減少が、そのまま最近の本亜種の分布域の縮小を表している、と断定することはむずかしい。しかし、これまでに記録があり、調査されたにもかかわらず、現認できなかった地域が近畿地方にみられることは、地域によっては実際に生息域の縮小が起こっていることを示しているとみなせよう。なお、トウキョウダルマガエルの2亜種はそれぞれトノサマガエルとの間に、野外で雑種を生じさせるなど、複雑な種間関係を示すことが知られているが、第3回基礎調査ではこの点に触れた報告はなかった。

 

5.2.4 淡水魚類

●イトヨ(図5.2.4.1)とハリヨ(図5.2.4.2

 イトヨは降海型と陸封型があり、ハリヨは海には現れない。前者は関東以北ではやや内陸に分布を持つが北陸から西日本ではより海岸部付近に多くの分布が見られる。後者は滋賀と岐阜西部、愛知の一部にのみ分布している。

 前者が東日本を中心に日本海側の海に近い地域で広域に、後者は内陸のごく狭い範囲に分布している傾向がよく表されている。

 なお、前者の四国の分布および後者の北海道および熊本の情報は確認を要するであろう。●イバラトミヨ(図5.2.4.3)とムサシトミヨ(図5.2.4.4

 イバラトミヨは新潟以北の日本海に面した県と北海道に、ムサシトミヨは東京と埼玉のみに分布情報がある。前者の秋田以南の生息地はすべて日本海に流出する河川等に生息しているのに対し、後者は太平洋に流出する河川の源流や細流部に生息している形がよく表されている。

●カワムツ(図5.2.4.5

 中小河川の中流域から上流域の淵で水草や大石の下で流れのゆるやかな所に生息している。

 本来の分布は天竜川から能登半島以西であったが、人為的な稚魚の移動により、中部・関東・東北に至るまで生息している。分布図では本来の自然分布地域はよく表されている。人為的な分布については、長野・東京・岩手などいくつかの地点があるが、東日本の実際の生息地点はさらに多数が確認されているため、新しい現地調査の情報を加えれば、さらに分布の拡大傾向を示す布図になると考えられる。

●カマキリ(図5.2.4.6

 河川に生息し、夏は主に中流域の流れの速い瀬の石の下で、冬には下流部で産卵、越冬する。

 日本特産種で国内でも生息地が局所的である。従来の生息地がほぼ表されている。なお、鹿児島の分布は確認を要すると考えられる。

●オヤニラミ(図5.2.4.7

 河川の中流域から上流域にかけての流れのゆるやかで、水草が茂った岸近くに生息している。

 琵琶湖以西の主に太平洋側を除く地域に分布している。分布メッシュ図では分布域のほぼ全域が表されている。

 

5.2.5 昆虫類

●オゼイトトンボ・エゾイトトンボ(図5.2.5.1

 いずれも成虫は5月〜8月に見られ、高標高地や北方等の寒冷地に分布している。スゲ、カヤツリグサなどや低木にかこまれ、挺水植物が豊富な池に生息している。

 日本の代表的な高地・北方生息型のトンボであることがよく表されている。石川・新潟・長野および岩手ではデータが希薄であるが、全国的な分布が表現されている。

●トゲオトンボ3種(図5.2.5.2

 四国・九州のものはいずれも5月〜8月、南西諸島では3月〜6月にかけて出現する。成虫は、どの種も森林に被われた陰湿な小渓流域に生息する。

 日本に分布する3種のトゲオトンボ属の分布がよく表れている。

 シコクトゲオトンボでは、徳島・愛媛の情報が少なく、トゲオトンボでは福岡・大分・熊本・鹿児島および屋久島の情報が欠落している。リュウキュウトゲオトンボでは奄美・徳之島等、沖縄本島以外の情報が欠落している。

●カワトンボ3種(図5.2.5.3

 成虫は4月〜7月に現れる。本来、平地から山地に至るまでの広い範囲に分布するが、いずれも小規模な清流に限って生息しているため、現在は市街地付近には見られなくなった。

 これまで報告された全情報に比べると全体に希薄であるが、全国レベルで3種のカワトンボの分布状態がよく表れている。

 ヒガシカワトンボでは、北海道・岩手・福島・新潟・長野の情報が少なく、ニシカワトンボでは、新潟・長野・鳥取・広島・岡山および関東と九州の情報が少ない。また、オオカワトンボでは、滋賀・三重・大阪・広島・島根・鳥取および九州の情報が少ない。

 3種とも清流の上流部や源頭部に生息し、この分布は3種の学術的な分布勢力に関する種間競争を全国的に見る形となっている。このような分布情報を継続的にとることによって、3種の分布から水環境の変化を知り、保全のための指標として見ていくことも可能である。

●クモマベニヒカゲ(図5.2.5.4

 成虫は、年1回現れ成虫になるまで3年間を有する。幼虫は、高山性のイネ科植物を食べる点は近縁なベニヒカゲと同様であるが、分布域や生息地はベニヒカゲよりも限られている。

 7県の中央山岳地帯と大雪山系と利尻島の高所に限って分布する代表的な高山蝶で、本州では2000m以上の地域に生息している。

 第3回基礎調査では、利尻島と加賀白山の分布が欠落したのみで、ほぼ全国的な分布状態を表している。

●エルタテハ(図5.2.5.5

 成虫は、年1回現れ成虫で越冬する。幼虫は、ウダイカンバ・シラカンバ・ハルニレなどを食べる。本州では山地性で1OOOm前後の標高に現れる。

 滋賀県の伊吹山以東の山地帯に分布する。高地・北方型の分布状態がよく表れている。秋田・新潟・埼玉・東京・神奈川・静岡・愛知・石川の情報が欠落しており、山形・宮城・富山・岐阜が希薄である。

●オオウラギンヒョウモン(図5.2.5.6

 日本最大のヒョウモンチョウ。成虫は、年1回現れ1令幼虫で越冬する。幼虫は、スミレ類を食べる。

 従来は、北海道・沖縄を除く全県に分布していたが、現在は全国的に極めて希なチョウとなった。本基礎調査では15余りの県の22地点で確認されたことは喜ぶべきことである。しかし今後はこれらの地点からも姿を消していく可能性が大きい。

●オオルリシジミ(図5.2.5.7

 成虫は、年1回現れ蛹で越冬する。幼虫は、クララを食草とする。もともと山麓や低山地のごく限られた地域に生息していた。

 本来は、青森・岩手・秋田・福島・群馬・埼玉・新潟・長野・大分・熊本等に分布していたが、ほとんどの地域から姿を消してしまった。第3回基礎調査では新潟・長野・熊本の3県の分布が確認されたが、現状では実際の分布もこれに近いものかも知れない。

●フジミドリシジミ(図5.2.5.8

 日本特産種。成虫は、年1回現れ卵で越冬する。幼虫は、ブナ・イヌブナのみを食べる。卵はブナの大木の根元の萌芽状態の部分に産みつけられることが多いが、成虫は樹上高く飛び、あまり下におりてこない。したがって、顕著な立体構造を有するブナ天然林に限って生息している。

 日本のブナ林の分布上に乗った形で、本種の分布が現れている。一般の昆虫誌等でこれまで発表された情報からは、北海道・秋田・群馬・山梨・石川・福井などが基礎調査から欠落している。また、青森西部・東京西部では多くの地域の情報が得られている。

●ギフチョウとヒメギフチョウ(図5.2.5.9

 両種とも春期に1回現れ、夏期には輔になり10ヶ月の間落葉下ですごす。ギフチョウはカンアオイのみを、ヒメギフチョウはカンアオイ・ウスバサイシンを食草とする。

 日本特産種でアゲハチョウ類の原始的な形質をもっている遺存種である。ギフチョウ・ヒメギフチョウの分布境界線(Luehdorfia line)がよく表れている。すなわち、東京・神奈川境から山梨を通り、山梨・長野・静岡県境から長野を西北に延び、岐阜・長野・富山の県境から新潟境、山形の中央部を北上する分布境がはっきり表されている。また、両種の混生地(長野北部・山形中北部)についても明確に表れている。

●ミカドアゲハ(図5.2.5.10

 南西諸島などの暖地では年4化まで現れる。幼虫はモクレン科植物を食草とし、本来の発生場所は食樹の自生した樹林帯であるが、林がよく保存されている所では神社や公園等の狭い地域からもよく発生する。

 分布メッシュ図では日本国内の分布がよく表されている。愛知・大分・鹿児島や屋久島等島々の情報は欠落している。

●ウスバシロチョウ(図5.2.5.11

 氷河時代の遺存種といわれる蝶である。成虫は、年1回5〜6月に現れ幼虫で越冬する。幼虫は、ムラサキケマン等を食草とする。渓谷地域の日当りのよい草原や疎林をフワフワとかるく飛翔する。一般に、日本海側のものは翅色が暗色となり、太平洋側のものは白色になる傾向が強い。

 分布メッシュ図では北海道・秋田・石川・山口の情報が希薄であるが、全国的な分布がほぼ表されている。

●ヤマキチョウとスジボソヤマキチョウ(図5.2.5.12

 両種とも成虫は年1回現れる。ヤマキチョウは7月中〜8月に現れるが、スジボソヤマキチョウは6月末から現れる。両種とも夏期の終わりから秋期に姿を見せ、成虫で越冬する。幼虫は両種ともクロツバラ・クロウメモドキなどを食草とする。

 中央山岳地域に限って分布するヤマキチョウと広域分布種のスジボソヤマキチョウの分布状態がよく表されている。

 両種とも山地性で、草原が荒れたり消失してしまうと減少する。特にこの傾向はヤマキチョウに現れており、各地で少なくなっている。

 分布情報としては、ヤマキチョウでは東北の情報、スジボソヤマキチョウでは特に九州の情報が得られていない。

 

5.2.6 陸産貝頬・淡水産貝類

●カワニナ(図5.2.6.1

 平地から山麓までの小川や小河川、流れのある水田の用水路、湧水のある池沼・湿地などに生息し、北海道から沖縄までの全都道府県に分布する。

 太平洋に面した東北4県と高知県からの情報が得られていないが、壱岐、屋久島、奄美、沖縄など島嶼の分布はよく表されている。

●ヒカリギセル(図5.2.6.2

 ほぼ中部以北に生息する。宮城県以外の分布都県にはすべての県に情報があり、島嶼の分布に至るまで本種の分布域が表されている。

●シリオレギセル(図5.2.6.3

 福井・岐阜・愛知以西に分布する典型的な西日本型分布の種である。隠岐・見島、壱岐、平戸、五島、天草等の島嶼も含め分布がよく表されている。

●ヒメギセル(図5.2.6.4

 富山・長野・静岡以東に分布する典型的な東日本型分布の種である。関東西部地域以外は確認地点もまばらであるが、金華山、粟島等の島嶼をはじめ、分布がよく表されている。

●オキギセル(図5.2.6.5

 壱岐・五島列島・平戸島等の島嶼を含む九州と四国の愛媛、高知両県に分布する種である。

 本種の分布範囲がよく表されている。

●コンボウギセル(図5.2.6.6

 四国、紀伊半島を中心に中部地方の西部まで分布する種である。今後さらに分布情報が確認されれば地点数が増すであろうが、分布地域はおよそこの範囲であると考えられる。

●ヒクギセル(図5.2.6.7

 関東南部・伊豆諸島・静岡・愛知県の情報がまとめられ、伊豆・三浦・房総各半島と伊豆諸島を中心として分布することがよく表されている。なお、これには栃木・茨城の情報が得られていない。

●コベソマイマイ(図5.2.6.8

 北陸を除く関東以西に広く分布する種である。情報は各地から多数得られ、ほぼ完全な分布図であると判断される。

●クロイワマイマイ(図5.2.6.9)とヒラマイマイ(図5.2.6.10

 両種とも亜種を有するが、原名亜種クロイワマイマイは分布が本州中部の山岳部から日本海側にかけて、ヒラマイマイは神奈川から近畿地方の太平洋側にかけて分布している。この分布型から見て既存の分布確認情報はほぼ集められたと思われる。

 

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