第4章 解析に用いる植生類型、動物種の整理・抽出

 

 本章では自然環境の現状・特性の把握及び評価を行うにあたって、解析に用いる植生類型及び、動物種を基礎調査結果の中から整理・抽出した。なお植生類型とは、植生調査の結果記録された植生凡例を整理・統合し類型化したものである。

 

4.1 植生類型

 

 自然環境保全基礎調査の一環として、1979年と1983〜1986年植生調査が行われた。この調査では、日本の植生に766の植生凡例が報告された。今回、総合解析を行うために、植生の相観と立地条件にもとづいて、上記766の植生凡例を類型化して137にまとめた(表4.1.1)。植生類型の名称は、相観あるいは立地条件に基づいた。

 137にまとめた植生類型を、相観と人為的な影響の程度に基づいて次の9つのカテゴリーに大別した。

1.水生植物生育地

2.半水生植物生育地(湿原植生)

3.草原

4.低木林

5.自然裸地

6.強度の地表改変地(市街地等の植被の割合が少ない単位)

7.弱度の地表改変地(水田、人工草地等の植被の割合が多い単位)

8.林業利用地

9.森林 森林植生についてはさらに針葉樹林、落葉広葉樹林、常緑広葉樹林の3つに区分した。

 この9類型の中にすべての植生類型を振り分けた。群落の立地条件または群落上層の優占種に基づいて統合したので、植物社会学の植生単位と今回の植生類型とは必ずしも一致しない。今回行った類型化では、相観と人為的改変の程度を重視し、植生を視覚的にとらえることができるようにした。なお、森林植生は他のカテゴリーに比べ、凡例の単位がやや小さくなっている。これは森林植生が他のカテゴリーに比べ多様であることによる。

 各カテゴリーに分けられた植生類型を評価する指標として、次の3つを取り上げた。

1)気候帯による区分

2)植生の安定度

3)人為的攪乱の程度

 以下、各指標について述べる。

1)気候帯による区分

 気候要因(日本においては主に温度)は植生類型の立地条件と位置付けを明らかにするために指標とした。植生は垂直方向と水平方向(日本の場合南北方向)に沿って変化する。従って植生類型を気候帯にあてる場合に、垂直方向・水平方向両方の位置付けが必要である。しかし、垂直方向の位置付けは対象範囲が地理的に広い場合には、植生の相同性が低くなり、同一の基準で評価をすることがむずかしい。そのため、今回は水平方向での評価にとどめ、垂直方向の位置付けは必要に応じて行った。

 各植生類型を、a〜gに示した基準によって次の5つの気候帯に分級した(表4.1.2)。 

亜熱帯: 主に、トカラ列島以南の南西諸島及び小笠原諸島のみに分布する植生類型(a)
暖温帯: 常緑広葉樹林で特徴づけられる狭義の暖温帯(b)と、西日本のモミ−ツガ林、中部地方のクリ帯に相当する中間温帯に分布する植生類型(c)。
冷温帯: ブナ林に代表される狭義の冷温帯(d)と、北海道の西部に広く分布するシナノキ等の広葉樹とエゾマツなどの針葉樹が混生する、汎針広混交林帯(e)の植生類型。
亜寒帯: 北海道東北部に分布する、エゾマツ・トドマツ林に代表される亜寒帯ならびに、主として中部地方以北の山地に分布する、オオシラビソ・コメツガ林に代表される亜高山帯(f)の植生類型。
寒 帯: 日本列島における植生帯の水平分布では存在せず、今回の解析では高山帯に分布する植生類型をあてた(g)。

上記aからgの7つは、多少とも帯状に配列し、日本の植生帯を構成する。そのうち、中間温帯と汎針広混交林帯については、それらが独立した植生帯として認められるか否かについて異論がある。今回は、前者については暖温帯に特徴的な常緑広葉樹が優占しない点、後者については日本の冷温帯を特徴づけるブナが欠落し、水平分布の上で広い地域を占めている点を考慮に入れて、その独自性を認めたが、気候帯としては、前者は暖温帯、後者は冷温帯に含め、下位区分とした。

2)植生の安定度

 植生の安定度は、人による一定の保護管理が植生の維持に必要か否かの観点からみた指標である。この指標は二次的遷移の遷移系列の段階とも相関がある。0は市街地や水田等植生が人為的にコントロールされている植生類型を、Tはススキ草原等周期的な人為的干渉がないと数十年のオーダーでは維持できない植生類型をあて、Uには人為的干渉なしで少なくとも数十年のオーダーでは安定な植生類型をあてた。なお、河畔植生を代表とする自然条件下の攪乱で遷移の初期の段階に滞っている植生類型はUとした(表4.1.3)。

3)人為的撹乱の程度

 人為的攪乱の程度はTからWの4段階に分級した。Tは頻繁に人為的攪乱が与えられる植生類型、Uは数年から数十年ごとに攪乱が与えられる類型、Vには過去に人為的攪乱が与えられたが、現在はほとんど攪乱が与えられていない類型、Wにはほとんど人為的攪乱の与えられていない植生類型を、それぞれあてた。しかし、植生に対する人為的攪乱の程度は推定であり、定性的なものであることを断っておく(表4.1.4)。

 

4.2 動物種

 

4.2.1 基礎調査で対象となったタクサ(分類群)

 自然環境保全基礎調査での動物分布調査は、第2回調査と第3回調査で実施された。このうち第2回調査では、哺乳類,鳥類,両生・爬虫類,淡水魚類,昆虫類についての分布調査が実施された。哺乳類では、中・大型8種、鳥類は繁殖していると考えられる全種、両生・爬虫類、淡水魚類は、主として絶滅の恐れのある、または学術上重要と思われる種、及び各県で選定した種、昆虫類は環境庁が指定した10種、及び各県で「日本国内ではそこにしか産しないと思われる」、等7つの基準により選定した種を対象として分布調査が実施された。鳥類以外の分類群での対象種は、表4.2.1に示した通りである。なお、表4.2.1では淡水魚類及び昆虫類の調査対象種のうち県が独自に選定した種は省略した。以下の解析においても、調査範囲が限定されているため対象からは除いた。

 第3回基礎調査からは、原則的に該当タクサに属する全種を調査対象とした。ただし、昆虫類のうちガ類と甲虫類については1部の科に対象が限られた。

 

4.2.2 解析で対象とする種についての考え方

 前項で述べた各調査対象タクサの中から、良好な自然や特異な自然、あるいは身近な自然など様々なタイプの特性を有する自然環境を指標する種を抽出する。それに際しての考え方を本項で述べる。

 本解析では、「日本の自然環境」全般を扱うので、分布が極端に限定されている種は指標として適当ではないと考えられる。こうした例としては、アホウドリ(鳥島)等があげられる。また、研究者・調査者が少なく分布情報の集積が十分なされていない種は、それから得られる結果が偏りをもつと予想されるため、やはり適当ではないと考えられる。こうした例としては森林性のコウモリ類等があげられる。従って、指標として抽出する際は、「その本来の分布域について、一定程度の広さをもち、あまねく分布情報が得られている」かどうかを第一に考慮する必要がある。

 次に、自然環境の中で保全上留意を要する、特異な生息環境を考慮する必要がある。近年急速に減少しつつある小止水体、低地の湿地など、開発に脆弱な環境に依存する種を考慮する必要がある。

 第3には、その種の分布が地域の自然の良好さの指標となることである。生態系の栄養段階が高い種、大きな形態を有する種、広い行動圏を有する種はもっとも脆弱性が高いと考えられる。従って、その種が分布していることは、(他のタクサを含めて)他の種も同時に分布していることを意味すると考えられる。こうした例としては、ツキノワグマのように、大型の食肉目をあげることができる。

 第4には、第2の視点とも関連するが、生息数、生息域が減少しつつある種を考慮する必要がある。こうした種の生息域を保全することが、その種の絶滅を避けるためにも、優先順位が高いと考えられるからである。

 第5には、身近な自然を構成する種を考慮する必要がある。こうした水辺のカワセミや雑木林のオオムラサキ等に代表されるこうした種は、特に都市周辺で減りつつある身近な自然の指標として重要であると考えられる。

 上記の5つの視点は、相互に独立ではない。脆弱性の高い生息環境に依存していれば、生息数や生息域が減少しつつあると評価される。従って、各視点からの評価を総合的に判断して、解析に用いるのに適当と考えられる種を抽出する必要がある。

 本解析では、先ず十分な分布情報が得られた種を対象とした。その上で、生息環境、生息状況等を評価し、解析対象として適当と考えられる種を抽出した。なお、身近な自然を構成する種からも解析対象種を選んだため、かならずしも「原生自然」あるいは「貴重な自然」を代表する種ばかりではないことに留意する必要がある。

 

4.2.3 解析の対象とした種

 ここでは、前節の検討の結果をうけて抽出された解析対象として適当と考えられる種を示した。抽出された種は、全国ないし地方レベルで一定の環境を代表するか、基礎調査の結果、興味ある分布が明らかになった種である。各分類群ごとに抽出にあたって留意した点を示し、表4.2.3に解析対象種と出典調査を一覧した。

●哺乳類

 哺乳類については、第3回基礎調査結果が中間的なものであり、ごく一部の局限された分布域を持つ種以外は十分な情報が得られなかった。従って、哺乳類は第2回基礎調査で対象とされた中・大型獣8種及び、それとは別に分布調査がなされたカモシカの計9種とした。

●鳥類

 鳥類については、第2回基礎調査では繁殖分布が、第3回基礎調査では主に冬季の分布状況が、それぞれ調査された。従って、繁殖地と越冬地の分布状況に興味深い点のある種もとりあげた。環境との関係では、森林、草原、湿地等の各々の環境を代表する種を抽出するよう努めた。

●両生類・爬虫類

 爬虫類では、分布域が限定されている種以外では、十分な分布情報が得られていない。そのため、本解析で取り上げた種は全て両生類である。

●淡水魚類

 淡水魚類では、第3回基礎調査で分布域全域にわたり十分な情報が得られた種が少ないため、第2回基礎調査結果から多く解析対象種を選んだ。

●昆虫類

 昆虫類では、第2回基礎調査では環境庁が指定した指標昆虫10種と各県が独自に調査対象とした特定昆虫について調査された。そのうち、本解析では指標昆虫10種を第2回基礎調査からは対象とした。第3回基礎調査からは各分類群ごとに分布情報が多く、解析対象として適当と考えられる種を抽出した。また、多様性の検討にあたってはチョウ類全種を対象とした。

●陸産・淡水産貝類

 陸産・淡水産貝類は、第3回基礎調査から分布調査の対象となったものであり、分布情報が多く得られ、様々な環境を代表する種を選んだ。

 

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