第3章 日本の自然の概要

 

 本章では、日本の自然環境及び人間活動、就中、生物を取り巻く環境としての各要素の概況を述べた。即ち、地形・地質から動植物の地理的分布までの自然環境についての概況と、人口密度、土地利用、水域の改変状況という自然に対する人為圧の状況について述べた。

 

3.1 生物を取り巻く環境

 

 日本は、アジア大陸の東縁に位置し、日本海をへだて大陸とほぼ平行に連なる弧状列島から成っている。気候は地域的に多様であり、一年の季節の移り変わりは顕著であり、日本の植物相の多様性を高めている。

 日本の動物、植物を取り巻く環境は、気候などに代表されるように変化に富んだものとなっている。この生物をとりまく環境は非生物的環境要因と生物的環境要因とに大きく分けられる。非生物的環境要因は、気候的要因(気温などの温度、降水量などの水分、日照などの光、風などの大気、など)、土壌的要因(粒度、腐植質の量などの土壌、表層の地質、など)、地形的要因(土地の傾斜度、傾斜方向、尾根と谷、山地と平野などの地形分類、など)に、生物的環境要因は、生物要因(同種個体、共生関係にある生物、競争や抗生作用によって影響を受ける生物、など)、人為的要因(森林伐採、耕作、土地の造成、など)に分けて取り扱うことができる。

 これら各種の環境要因は、独立的ではなく、相互に関係しあって動物・植物に働きかけている場合が多い。例えば、地質は地形の成り立ちに深く関わっており、また地殻表層の土壌に大きな作用を及ぼしている。土壌は、母材、気候、植生、地形、地下水などの多くの土壌生成因子の総合的な作用によって長い時間をかけて生成され、絶えず変化し続ける。また、土壌は、土壌生物の生存基盤として多様な生物相を維持するとともに、各種の生物の影響により土壌も変化するという相互作用を繰り返している。

 このように生物と環境との相互作用の歴史的産物として、大地の生産物である生物の現在のすがたが存在する。

 ここでは、このような環境要因と生物とのかかわり、また、様々な人間活動とのかかわりについて以下に検討を加えた。

 

3.2 地形・地質

 

 地形の原形は地殻変動や火山活動によってつくられる。地殻の表面は流水、氷河、風など、太陽活動をエネルギー源とする外作用によって破壊、侵食され、けずりとられた岩屑は低所に堆積し、その結果地表は変動地形、火山地形に加え侵食地形と堆積地形の入り混じった複雑な様相を呈するようになる。この地形形成のプロセスはそれぞれが同時にあるいは単独で限りなく進行する。

 地殻変動も火山活動も地球上の場所によってそれぞれ特有の性質をもっている。また、地形形成は気候と密接な関係がある。したがって、地形は地球上に占める地理的位置によって特有な性質をもつようになる。世界的にみた日本の地形の特色の一つは変動地形と火山地形にあるといえる。

●配列の規則性

 日本には、山地・山脈がひしめいている。その山地の配列を決定している要素として、日本列島という弧状列島(島弧)の大地形の成立にあずかった長大な構造境界である、海溝と火山フロントがある。これらの構造はプレートテクトニクスによれば、図3.2.1のようなものと考えられている。海溝やトラフ(舟状海盆)は、海洋プレート(図の太平洋プレートとフィリピン海プレート)が沈み込む地帯にできた凹地とみられ、火山のフロントは、沈み込んだプレートの上面付近で発生するマグマが地表にあらわれてできる火山帯のへりと考えられる。火山フロントは島弧の中軸部をなす。海溝と火山フロントは島弧にとってこのように重要な構造境界だと考えれば、日本の山地がそれらとほぼ調和的に配列しているのがうなずける。

 東北地方から北海道の渡島半島にかけてが東日本弧であるが、そこでの山脈・山地の配列は、ほぼ日本海溝に並行している。渡島半島をのぞく北海道の山地の配列は、サハリンから日高山脈にのびる高まりと千島弧の火山列が示す高まりの重なりと考えられる。

 本州の中央部は山地の配列がもっとも複雑なところである。またここは山地の高度がもっとも大きいところでもある。そのような複雑さと高さは、ここが三つの島弧、すなわち、東北日本弧・西南日本弧・伊豆小笠原弧が会合しているところであるためと考えられている。

●山地

 日本列島は山地がなければ存在しない。日本列島は太平洋北西端にそびえる一大山脈で、陸上の国土にしめる山地面積は、61%と大きい。丘陵などをふくめた平野面積は残りの39%である。その平野は、日本の場合すべて山地形成の副産物としてできたものといってよい(図3.2.2)。つまり、山がまず高まり、それが侵食されて生じた土砂を川が搬出し、海岸や盆地を埋め立てたのが日本の平野である。山は人口の約9割が住む平野の“生みの親”である。

 山はまた、気流を上昇させて水蒸気を降水に変える。その水が山の植物を養い、川となって山をけずり、下流の平野に土砂を運び、人びとに水や水力エネルギーを供給する。そのため、山は古くから“俗でない所”であった。山国日本ではいたるところの山に“山の神”が鎮座し、信仰の対象というほどでなくても、貴いものであり、川とともにふるさとの象徴であった。また山は風景美の骨格をつくるものである。日本の国立公園・国定公園・都道府県立自然公園の大部分が山地にある。

 日本の山地は、古生代から第四紀にいたるいろいろな時代に形成された各種の岩石から成りたっている。山地による岩石の違いが大きいことは、日本の地質構造が複雑なことによる(図3.2.3)。一つの山地・山脈のなかでさえも、複雑な地層・岩石の構成がみられることが少なくない。

 主として平野をつくる材料となっている第四紀の堆積岩および火山や火山麓をつくる第四紀火山岩(合計面積率38%)をのぞいた残りがだいたい日本の山地と丘陵をつくっている岩石、ということになる。そこでは堆積岩(計39%)につづいて第3紀以前の火山岩(17%)と深成岩(12%)が広い面積をしめ、変成岩が残りをしめる。(表3.2.1

 平野をつくる第四紀層と、火山をつくる第四紀火山岩や薄い(およそ1km以下の)新第三紀層を除くと、糸魚川静岡線を境として、東北日本と西南日本の差がいちじるしい。西南日本はおもに古第三紀より古い基盤岩でできているのに対して、東北日本は、北上・阿武隈山地以西では所どころに基盤岩がのぞいているものの、多くは新第三紀層より新しい厚い被覆層よりなっていて、ちがいが大きい。新第三紀層(2400万〜200万年前)とそれ以前の岩石(3億〜5千万年前)はおおざっぱにいって形成年代が1桁ちがう。古い基盤岩は新しい被覆層にくらべて構造がずっと複雑である。なお、現在みられる山地の地形ができた時代は主として200万年前より新しく、ことに100万年前以後のものが多い。

 氷期の日本では、周氷河作用、なかでも岩石の凍結破砕やソリフラクション(斜面を土石がずり下る現象)が広域におこり、北海道においては、流水の侵食作用を上まわるほどであった。北海道、とくにその北部・東部でみられるのびやかな風景の基本をなすのは、第四紀にくりかえされた氷期の周氷河作用によってできたなだらかな地形である。

 北海道の北部・東部をのぞく日本全体、ことに本州・四国・九州の1000〜1500m以下の山地にあっては、氷期・間氷期をとわず、降水・流水の作用がもっとも強力な侵食作用の荷い手であった。

 流水は日本のように森林のあるところでは斜面一面にひろがることなく、水みち・川すじを流れ、侵食する場合には線状に谷を掘る。谷と谷のあいだが山稜になる。個々の山稜や峰は、谷が刻まれることで山らしくなり、大きい谷底と大きい稜線のあいだの大きい斜面は、小さい谷に刻まれ、その結果、小さい稜線と小さい斜面の集合となる。さらに小谷の侵食は、山崩れという形式をとることが多いが、それによって、大きい稜線も低下し、谷底と稜線の高度差は小さくなり、斜面の平均傾斜もゆるくなっていく。

●平野

 日本の平野は、流水が山を削った削り屑である土砂の堆積によってできているのがほとんどである。関東平野の台地のように、海底が干上ってできたものもあるが、その海底を作った土砂も、ほとんど周辺の山地から川が海に運び込んだものである。したがって、日本の平野はほとんどすべて山地の付属物で、いま見える山が成長したことが原因で形成されたものであるといえる。

 日本の平野が山地に由来する若い堆積物よりなるという特質を生じたのは、活動的な弧状列島であることのほかに、山を削り、土砂を運搬する河川を育む降水が多いことに負うところが大きい。

 日本の平野の多くは海岸ぞいにあり、それらは形成過程において海の波や流れの作用を受けるとともに、海面変動の支配を受けた。たとえば、最終氷期の海面低下と後氷期の海面上昇(縄文海進)は沿岸の沖積平野形成を導いた第一の要因であった。日本の平野のほとんどは、海に接近してはいるが、直接海に面しているというよりは、山に抱かれた形のところに多い。日本最大の関東平野は房総半島という“防波堤”の内側にあるし、濃尾平野や大阪平野は伊勢湾と大阪湾という奥深い湾に面する、なかば内陸の平野である。新潟平野でも、その海側に弥彦山塊が平野を海からへだてでいる。もし弥彦山塊がなかったなら、日本海の荒波は信濃川などの土砂を流し去り、新潟平野は今のように拡大することは、できなかったにちがいない。海岸に接近する主要な平野の多くは、いわば海岸近くの盆地を土砂が埋め立てたところである。

 

3.3 気候

 

 地球全体の気候は、対流圏の大気大循環の構造と関連している。また大気大循環の構造はさまざまな要因の影響を受けており、決して単純ではない。これに応じて、地表面にさまざまな気候が出現する。日本列島が中緯度帯に存在して南北に長く延び、地球上最大の大陸と最大の海洋の境界に位置していること、日本列島が中国の海岸線にほぼ平行して走っており、中央部に脊梁山脈の存在することが、日本の気候を変化に富んだものにしている。日本海の存在は、日本列島の気候を大陸アジアの気候と区別する要因として重要である。

●中緯度にある意味

 札幌と鹿児島の緯度差はマニラとジャカルタの緯度差より小さく、バンコクとシンガポールの緯度差にほぼ等しいが、気候の差に関しては、札幌と鹿児島の差の方がこれらの都市の間の差に比べて圧倒的に大きい。これは、南北の気温差の大きな中緯度帯に日本列島が存在するからである。南北の気温差の程度はジェット気流の強さと物理的に結びついている。中緯度の中でも、日本付近は特にジェット気流の強い場所で世界的にみて、南北の温度差が特に大きい。またジェット気流が強いことは、温帯低気圧の発生頻度が大きいことを意味する。中緯度の国としては異常に雨量が多いのは、前線性の降水量の大きいことが一因である。その中でも梅雨は特異な現象であって、日本を含む東アジア以外の国ではこのような現象は存在しない。

 日本列島の配置は、風向にほぼ直角である。北から南まで、非常に広い範囲にわたって寒風にさらされる。しかも、寒風の厚さは脊梁山脈の高度とほぼ同じだから、山の風上側と風下側で違った気候が形成される。

 大陸の東側に存在することは、夏の気候の形成に決定的役割をはたしている。大陸は亜熱帯高圧帯を経度方向に切断して、海洋上に閉じた高気圧をつくるが、高気圧が閉じることによって、大陸の東側に低緯度から高緯度に向かう風が吹くことになり、低緯度から暖かくて湿った空気が供給される。これは、梅雨の降水量と関係があると考えられ、また、この風は台風を日本へ運んでくる働きもする。

 温帯低気圧による降水に加えて、北西季節風にともなう豪雪、梅雨、台風によってもたらされる降水は、日本を水質源の豊かな国にしている。日本列島の大部分がかつて森林でおおわれていたのは、このような気候学的に特異な条件がなりたっているためと考えられる。

 夏、小笠原高気圧からの熱帯気団が全国をおおう日には、九州も北海道も、最高気温は30℃から33℃くらいになる。ところが寒帯気団でおおわれた地域の気温は緯度とともに変化する。気温に水平勾配があることは、寒帯気団の一つの特徴で、日本がシベリアから送り出される寒帯気団にすっぽりと包まれる日には、日中、北海道では、−10℃でも、鹿児島や沖縄では15℃以上にもなる。最低気温ならば、その差は35℃をこえる。

 寒帯前線帯は、冬には沖縄の南まで南下するが、季節とともに北上して、夏には北海道中央部あたりにある。したがって、沖縄にも寒帯気団におおわれて冬とよべる季節が訪れるし、北海道にも、北部を除けば、熱帯気団におおわれる夏がある。

 年平均気温は、低地ではオホーツク海沿岸がいちばん低温で約5℃、沖縄と小笠原では約22℃、南鳥島は25.1℃である。

 同じ緯度で北アメリカ大陸東岸と比較すると、日本よりいくぶん高温であるが、南北の気温勾配はほぼ同じ程度である。大陸西岸では、熱帯気団と寒帯気団が鋭く対立することが少ないので、南北の気温差ははるかに小さい。

 降水量では、前線、温帯低気圧、熱帯低気圧、冬のモンスーン、雷と、1年中降水の原因に事欠かない。日本は世界の平均年降水量(約1OOOmm)を上回るところが大部分で、北と南の違いは比較的小さい(図3.3.3)。

 日本の気候で南北の違いに次ぐ、大きな気候の地域性は、脊梁山脈をはさんでその両側に現れる。とくに、冬の天気には驚くほどの差がある。すなわち、日本海に面する一帯は、冬の間、厚い雲におおわれ、毎日のように雪が降るが、太平洋に面する多くの地方には、青空がひろがり、太陽の光が惜しげもなくそそいでいる。

 鈴木秀夫は、冬型の気圧配置のときに雪が必ず降る地域、気圧傾度が強いときには降り弱いときには降らない地域、および常に降らない地域を浮き彫りにし、これらを裏日本気候区、準裏日本気候区、表日本気候区とよんだ。この気候区の区分は、日本の背梁山脈が気候に及ぼす影響をよくとらえている(図3.3.1)。

●北海道の気候

 北海道は北緯41度から45度に位置する北の島である。その中央に北見、右狩、日高の山地が北海道の屋根としてそびえ、西側は日本海に、東側はオホーツク海と太平洋に面している。このように北に位置することが、本州と違った独特の気候を形成するとともに山地と海が北海道内での地域差を生んでいる。梅雨前線が津軽海峡を渡って、いわゆる“えぞ梅雨”となるところもあるが、毎年ではない。梅雨前線が北海道にまで北上するころは、ジェット気流が弱まり前線も不明瞭になる。北海道はオホーツク海高気圧にすっぽりとおおわれて、さわやかな晴天が続き、本州の夏のように蒸し暑くなることはない。ただ、オホーツク海高気圧が強いときには、“晴冷型”といわれ、晴れて低温の天気となり、稲の冷害が発生しやすい。北海道南部までは、夏に熱帯気団の影響を受けることはあっても、羽幌・網走を結ぶ線から北ではそれがなく、1年中寒帯気団におおわれる。南からの熱帯気団の影響を受けない気候は、わが国ではこの地域だけである。このような気候条件の違いから、北海道北部では、エゾマツ・トドマツを主とする亜寒帯針葉樹林がみられる。

 夏に、熱帯気団と寒帯気団の境界が北海道の上にきたりこなかったりするので、北海道の夏の天候は年による変動が大きい。北海道の冬は、海外の同緯度帯のほかの地点に比較して意外と寒い。大陸西岸にあるアメリカのシアトルでは、1月の平均気温が4.7℃、フランスのボルドーで5.2℃にたいして、札幌は−4.9℃、旭川は−8.5℃である。アメリカの東岸のボストンでも−1.2℃で北海道よりは暖かい。なぜこれほど寒いのかというと、アジアの東岸では、世界でも第一級の寒気がシベリアからつぎつぎに流れ出してくるからである。除雪条件での道内の土壌凍結の深さは、西部で40〜50cm、東部では約80cmにもおよぶ。この違いはおもに寒さに関係している。

●日本海沿岸地方の気候

 日本海側の地方は、冬の長く続く暗く曇った天気と、家をも圧する多量の雪におおわれるが、夏は、太平洋岸一帯に勝るとも劣らない穏やかで暑くて日射の多い季節となる。根雪期間の長さは、北海道の約5力月から東北地方山間部の約4力月、同日本海側平野部での3力月弱、山陰の1力月前後と、南と北では大幅に違う。年間最深積雪は一般的に日本海に面した山腹で大きいが、特に東北地方南部から北陸地方の日本海側で大きい。これは、風が日本海上を吹きわたる距離がこの付近でもっとも長く、気団が大きく変質し、降雪をもたらす空気の渦(降雪細胞とよばれる)の発達がもっとも強くなるためと考えられている。雪面は、太陽光線の約60〜80%を反射するので、積雪期は日中の気温上昇が仰えられる。夏は、北太平洋高気圧から吹いてくる南東ないし南西の風は日本列島の中央脊梁山脈によってさえぎられる。このため、夏は明るい好天気が続く。図3.3.2に示したように、1月には出雲から北海道北部にいたる日本海沿岸の日射量は5.5MJ/m2(=130cal/cm2)(MJ:メガジュールは100万ジュール)にもならず、太平洋岸が8MJ/m2(=191cal/cm2)以上になるのとは対照的である。それが8月になると、日本海沿岸の日射量は、北海道から北九州にかけて、太平洋岸のそれに匹敵するかまたは上回っている。特に、北海道と東北・北陸地方では、日本海岸のほうがかなり上回っている。冬のモンスーンが発達する1月には、日照時間は2時間以下の日が圧倒的に多くなり、太平洋岸で7時間以上の日が多いのとは極めて対照的である。夏には、事情は逆転し、日本海岸の多くの地点で1日の日照時間が8時間以上になることが多く、それは太平洋岸とあまり差がない。

 以上に述べたように日本海岸の気候の特徴は、冬と夏とで天気現象が大きく変わることである。これを支配するのはモンスーンで、卓越する風向が夏と冬とでほぼ完全に反対になるとともに、気団も大きく入れ替わる。

●太平洋岸の気候

 北半球の中緯度以北の冬で、日本の太平洋岸ほど太陽の光に恵まれた所は少ない。太平洋岸では、冬の平均日射量が8MJ/m2(=191cal/cm2)以上にもなる。12月ごろから3月半ばにかけでは、毎日晴天が続き、ガラス窓を通して入り込む太陽光のお陰で、南向きの部屋では日中ほとんど暖房も要らないほどである。山地は屏風のように立ちはだかって、気流に影響をおよぼし、また、冬の天気の境界となる。三国山脈の清水峠付近は、雪国と雪なし国との顕著な境界となっている。飛騨、木曾、赤石の3山脈が雁行する中部地方では、飛騨山脈が第一の天気境界となり、他の2山脈が冬のモンスーンの日に降雪をみる確率は30%以下である。

 世界的に見ると、山地が気候区の境界になっている例はたくさんある。たとえば、ハワイ、ことにカウアイ島では、貿易風の風上側が世界の最多雨地の一つに数えられるのに対して、風下側は砂漠同然の乾燥気候である。これらの例が示すように、海や湖から陸に向かう風が通年吹いている地方では、山地の風上側が湿潤で、風下側は乾燥気候になる。もし1年中北西風が卓越していたなら、日本の太平洋岸は砂漠になっていたかもしれない。

 山地は夏も気流に対して障害になるが、夏は冬のように降雨域と晴天域のコントラストがはっきりしていない。しかし、台風による大雨は、脊梁山脈をこえると確実に少なくなる。

●内陸盆地の気候

 長野県、岐阜県、山梨県などのいわゆる“海なし県”は、海による緩和作用の恩恵に浴すことがない。岐阜県南部を除くと、周囲を2000m級の山地に囲まれ、海からの風も山越え気流とならずにはやってこない。屏風のような山地にさえぎられるので、盆地は風が弱い。日本で静穏日数が多いのは、たいていが盆地である。ただ、暴風日数が多いのも盆地で、ところによっては山谷風がよく発達し、とくに日中、平地から山に向かって吹く谷風がかなりの強さになることがある。

 盆地は、いつの季節にも山地の風下側になるので降水量が少ない(図3.3.3)。ことに上田盆地は、本州以南で最も雨の少ない地域で、年降水量は885mmにしかならない。内陸の空気は清浄である。空気中に浮遊する固体や液体の微粒子、エアロゾルが内陸では一般に量がかなり少ない。その上、空気中の水蒸気の量も少ない。冬のモンスーンは、北陸で1m3の空気中に3g内外の水蒸気を含んでいる。それが内陸では2.0〜2.5gになる。夏のモンスーンは伊豆諸島で17〜18gなのに、内陸では13〜15gに減少する。このように水蒸気の絶対量が少ないから、気温が上がれば相対湿度は低くなる。盆地は湿度が低いことが多く、とくに春には15%ぐらいまで下がることがある。

 雨が少なく空気が清浄で水蒸気が少ないため、内陸盆地は、日照時間が長く、日射が強い。1月の日射時間は金沢で63.9時間、静岡で201.1時間であるが、上田の198時間は太平洋側並である。日射の年平均日量でみても、松本の13.8MJ/m3は瀬戸内や、潮岬、鹿児島などの日射量に匹敵する。

 内陸盆地では夏と冬の寒暑の差が大きい。気温の年較差は、長野で25.7℃、高山で25.5℃もあり、これは北海道の内陸(旭川で28.9℃)についで大きな値である。1日の気温の変化も大きい。夏の日中は暑くても、夜はサラッとしていてしのぎやすい。真夏日は甲府で50日をこえ、東京や静岡より多いが、熱帯夜になると、甲府で3年に1回、長野でも2年に1回ぐらいの割合でしか現れない。冬の平均気温は、甲府、伊那、美濃加茂付近を連ねる線から北で軒並O℃以下になる。照葉樹林が現れるのも、この線の南側である。山梨、山形、長野など盆地の多くが夏の間、多日射、乾燥、高温で果樹作りに適している。また、盆地では低地が非常に低温のとき、周囲の山地の中腹あたりがかえって高温になっている気温の逆転が起こる。

●瀬戸内気候

 中国山地と四国山脈によって囲まれる瀬戸内地方は、日本の中で特異な気候区を形成する。ここは冬の雪が少なく、夏もまた山地の風下側になるので降水量が少ない。したがって、北海道東部や内陸盆地と並んで年降水量が日本でもっとも少ない地方である(図3.3.3)。強い風が吹くことが少なく穏やかな日が多い。そのため、海風と陸風が典型的に発達し、夏の凪は耐えがたい暑さをもたらす。海を抱いているので冬はさぞ暖かいだろうと考えがちであるが、意外に冬の気温は下がり、むしろ内陸的な性格をもつ気候である。

●南西諸島の気候

 南西諸島は、台風の被害に悩まされることが多い。戦後における顕著な台風をみると、そのほとんどが南西諸島域で最も発達して最低気圧を記録し、北東へと転向する。

 亜熱帯高気圧に支配される亜熱帯は、高気圧の中心と東側に位置する地域では雨が少ないが、西側の周辺に位置する地域ではかなりの雨が降る。そのため、南西諸島では小笠原諸島と比べ、降水量が多い。しかし、隆起石灰岩からなる島では、水を蓄える能力が乏しく、水不足に悩むことが多い。それに加え、梅雨明けの6月半ばから7月半ばにかけての盛夏の時期が明らかに乾期と呼べるほど乾燥する。そのため、台風が少なくて盛夏の乾燥が長期間続く年には、南西諸島は深刻な干ばつに見舞われた。

 冬には大陸からの寒帯気団が、この地域で南からの熱帯気団と接触し、弱い寒冷前線を形成する。この前線上にはよく低気圧が発生して、発達しながら日本付近を通過していく。この付近の冬期の日照率(実際の日照時間/可能日照時間)は20〜30%と低く、どんよりとした曇天の割合が高い。

●山地の気候

 気温は高さとともに規則的に低下する。低下の割合を気温減率とよんでいる。日本での減率は100mにつき約0.7℃になると推定されている。このようすを長野県を例に図3.3.4に示した。森林限界は、世界的にみても夏の平均気温が10℃とされることが多いが、この減率から計算すると、長野県付近で森林限界といわれている海抜2500mの8月の平均気温は、約11℃ということになる。長野県で高冷地とよんで、キャベツやレタスを栽培するのはシラカバが目立つ800mから1500mのあたりである。800mという高さは年平均気温が10℃、1月が−2℃、8月が23℃のところに相当する。

 山地の気温はこのように高さとともに低くなるが、日射のほうは大気層よる減衰が弱くなるので低地よりかえって強い。風もふつうは高さとともに強くなっていく。

 

3.4 土壌

●日本の土壌とその生成

 土壌の母材となる日本の地質は、中生代中期以降に繰り返された造山運動のため、きわめて複雑な分布を示す。これに、中生代以降の堆積岩、第四紀の火山噴出物、風成砂、水成堆積物、斜面ぞいのクリープなどが加わる。

 母材をみると、欧米に比べ、レスなど石灰質岩が少なく火山灰が多いのが特色である。そのため、黒ボク土壌などの火山灰起源の土壌が多い。

 また、年間を通じて地下への水の動きがあり、脱塩基、脱珪酸が進むため、酸性土壌(赤黄色土など)が多い。反面、土壌構造の発達は悪く、凹所や緩斜地では、湿性土壌(湿性ポドゾル、グライ土壌群、泥炭土)ができやすい。とくに亜高山、北日本などの低温地帯にこの傾向が強い。

 日本の土壌では、森林下の土壌、特に褐色森林土壌が圧倒的に多く、腐植含量がきわめて高いという特徴を持つ。また、イネ科植物の影響下に形成されたと推定される黒ボク土壌の分布も広い。さらに泥炭地(泥炭土壌)が北日本、亜高山の湿地にある。山地斜面には礫にとむ比較的未熟な土壌(未熟土壌など)が多い。低地土壌では砕屑質、とくに砂礫質の分布が広い。中〜南日本の沿岸部の湿地には粘質なグライ土壌が多い(図3.4.1)。

 尾根筋、中腹、谷沿い斜面で土壌水分(カテナ)は乾から湿に移る。尾根と谷とが錯綜する山地、丘陵では、水分状態を加味して分類された土壌はきわめて複雑な、しかし分布法則としては簡単なパターンをとる。

 土壌の垂直成帯性は山岳ではよく認められるが、水平成帯性は不明瞭である。これは、非成帯土壌である黒ボク土の分布が広いことや、低山、段丘上に現在の気候等を反映していない古い土壌が分布することなどが原因である。火山灰をかぶらぬ段丘土壌では、水平成帯性が認められる。

●山地の土壌

1)黄色系褐色森林土

 南西諸島など照葉樹林域の台地、丘陵地には黄色土、赤色土系列の土壌が広く分布する。しかし西表島などの山地では黄色系褐色森林土が分布する。それは、基準となる褐色森林土よりも鮮やかな明るい黄褐色のB層をもっているのが特徴である。さらに本州の照葉樹林帯の山地にも広く黄色系褐色森林土が分布している。

2)褐色森林土

 亜熱帯および温帯の山地の地形開析が進んだ斜面には標準的な褐色森林土が広く分布する。この土壌は腐植が深くまで滲透集積し、層位もA1、A2、B1、B2、と深くまで漸変的によく発達する。土壌の理化学的な特性は腐植に負うところが大きい。欧米でいう褐色森林土に比較して、腐植が極めて多く、暗色味が強いこと、粗軟なことが特徴ある。この原因には欧米より湿潤な環境にあることと、火山活動が盛んなため、多少とも火山灰が母材料の一部を構成しているためと考えられる。

 温帯上部および亜高山帯下部の平衡ないし凹斜面には多腐植の黒色味の強い暗色系褐色森林土がみられる。これは亜高山の湿性ポドゾルへの移行型で成帯的である。この地帯に多腐植の褐色森林土が分布するのは気温の低下と、雲霧帯的条件が加わり、湿性となり、腐植の集積する条件が強くなるためである。

 日本海側の多雪、根雪堆積は冬季の土壌の乾燥を抑え、春季から梅雨期前にかけて融雪として連続的に土壌に水分を供給し湿性傾向を強める。秋田スギ天然林や北海道の日本海面の緩斜な低山地域では表層グライ系褐色森林土がかなり広く分布する。

3)ポドゾル

 一般にポドゾルは亜寒帯針葉樹の代表的土壌とされているが、温帯にも各所で認められる。温帯のポドゾルは急峻な稜線部に成立したツガ、コウヤマキ、ネズコ、ヒバなどの針葉樹林下、とくに支尾根の末端の急崖地など標高の低い側に認められ、その上部では乾性褐色森林土となっていることがある。太平洋側にはそれがない。日本海側やこれに隣接する中部地方の山地ではポドゾルが広く出現し、また鉄型湿性ポドゾルが出現するのが特徴である。

 亜高山および亜寒帯針葉樹林帯はポドゾル性土壌が主体となる。北海道の中部以北、オホーツク海斜面の山地のエゾマツ、トドマツ天然林には標準的なポドゾルがみられる。高山のハイマツ帯は乾性ポドゾルでその母材は石礫が多く、集積層は右礫の表面が鉄銹色に汚染されている。

 なお、高山のお花畑の土壌にはふつうポドゾル性土壌はない。

●台地・低丘陵の土壌:

 台地上の土壌(北日本では褐色森林土や擬似グライ土、西南日本では赤黄色土壌、灰白化赤黄色土)には、丘陵や山地斜面の同種の土壌と比べて、下層土が明るく、緻密で、しばしば内部に排水不良の兆候(擬似グライ化)があること、礫をあまり含まぬなどの特色がある。台地礫層の上部は厚さ1〜2mの細粒堆積物(flood loam)が母材となっている。これらは最初、河床や湾底の細粒堆積物でグライ化を受けていたが、段丘化に伴い地下水位の低下が起こり、乾燥収縮し、柱状、角塊状構造を生じた。さらに、これに、上部からの粘土移動が加わり孔隙を充損し、土層の緻密化が促進されるので弱グライ化が維持される(赤黄色土壌の下層に疑似グライ化網状斑がしばしば認められる)。この状態は台地の平坦部の中央では長く続くが、侵食谷に面した肩の部分から乾燥化が始まり、上層から角塊状構造を生じ土色は褐〜赤色化していく。

1)赤黄色土壌

 全国の台地、低丘陵にかけて分布する。強酸性で下層土が緻密重粘で赤または黄色を呈する。このうち、赤色土は北海道まで分布する。しかし高位段丘以外の古い地形面にしか産出しないことから、これを過去の温暖期に生成した古土壌とする考えがある。黄〜黄橙色土壌(黄褐色森林土)は、低段丘以下の面に産し、西南日本の気候と対応する。これと赤色土、褐色森林土との差は、粘土鉱物種(脱珪酸の程度)と酸化鉄の結晶化度(風化履歴の違い)にある。黄褐色森林土はこのふたつの土壌の中間に位置づけられる。

2)灰白化赤黄色土

 表層にはシルト質の漂白層(A2)をもち、その下に黄色土層、粘質の赤色土層が存在する土壌が奄美以南に認められる(母材は洪積、中・古生層)。

3)疑似グライ土

 下層土が灰色で、きわめて緻密となり、斑紋をもった弱グライ化層がある。その下位には割目沿いに灰色の部分が黄褐色部とモザイク状に入りまじる大理石状紋様が出現するこがある。東北、北海道の台地丘陵の緻密な下層土をもつ土壌に多い。上層で水の季節的停滞がおこり、酸化作用と還元作用により、鉄の再配列がおき、生成したと考えられる。

4)黒ボク土壌(黒色土)

 日本では前述の通り、黒色で粗渋な厚いA層をもった土壌(黒ボク土壌)が広い面積を占めている。その黒さ、有機物の含量は、黒泥土、チェルノゼムに匹敵する。最初は火山麓に多く発見され、母材は火山灰で粘土分はアルミナ質の非晶質物質(アロフェン)を主とし、高いリン酸吸収、低い固相率、非可逆的脱水などを特徴とすると考えられた。その後、母材はかならずしも火山灰に限らず、粘土やアロフェン以外に珪酸塩層格子粘土鉱物を主体とするものなどの例外が見出された。しかし、この場合でも黒色土層の有機物含量やリン酸吸収係数は相変わらず高い。黒ボク土層には多量のイネ科起源の植物珪酸体粒子が含まれ(最大20%近く)有機物含量と正の相関を示すので、高い含量の有機物は、イネ科植物から供給されたと考えられる。

●低地の土壌

 河成平地や沿岸平地の最表層堆積物の年齢は2000〜3000年であるため、土壌の断面発達は不十分である。こうした地域では低地土壌といわれる土壌が分布している。

●その他の土壌

 以上のような地形を反映した土壌のほかに、母岩の個性を反映した土壌がある。広範囲に分布するものは、石灰岩に由来するもので、相対的に塩基、特にカルシウムに富む土壌が多い。ごく未熟な段階では基岩が浅く、右礫質で黒色のA層をもつレンジナであるが、土壌化が進むと暗褐〜暗赤色の粘質な土壌となる。微酸性で塩基飽和度が高い。

 塩基性岩も同様である。超塩基性岩(蛇紋岩、カンラン岩)由来の土壌はチョコレート色で、マグネシウムにとみ、石礫質のことが多い。これらの土壌は、pHや塩基飽和度が比較的高く、テラロサ、褐色森林土に対比されたり、暗赤色土と一括して呼ばれたりすることもある。

 新第三系泥岩・泥灰岩では、母岩がアルカリ性でモンモリロナイトに富むものが多く、土壌化の初期段階では石灰に富んだモンモリロナイト質土壌(グルムソルなど熱帯黒色土に類似)が生ずる。風化が進んで赤黄色土化したものは異常強酸性を示す。

 

3.5 植生

 

 植物の生育を左右する環境条件は温度、水分、土壌の三つで、そのうち、温度と水分は最も基本的な条件であり、地球規模での森林や砂漠の分布はほぼこれらによって決定される。これに対して土壌の条件は局地的な地形や地質に支配されるので、温度や水分に比べるとローカルな植生の性格付けに影響を与える。

 環境に対して植物が適応できる範囲は、一般的にいえば、高木が最も狭く、低木、草本の順に広がっていくといえる。これは、たとえ木は育たなくても、生育期間が短い草ならば生育可能の環境もあるということで、地球上には、砂漠や草原のように、草は生えても高木は育たない場所が広範囲に存在する。最も良好な環境を必要とする森林は、地球の全陸地面積のおよそ3分の1を占めるにすぎない。どこへいっても森を身近に感じることが出来る日本は、基本的には“森の国”で、どこでも森林の形成が可能な森林気候帯に入っている。

 生態系の視点から見れば、森林というのは、高木だけの群落でなく、高木層の下で生活可能な植物の多様な群落が層状に配列する、最も複雑な植物の群落で、そこに消費者ならびに分解者としての多様な動物相、菌類相が伴っている。そのいずれが欠けても森は正常な営みを維持できない。おおざっぱにいって、日本では森林100m2あたり、ふつう20種から50種の植物がその構成にあずかっているといえる。東京都下の高尾山全域には約1200種の高等植物がみられる。同じ東京の狭山丘陵では990種、植物の宝庫といわれている日光国立公園内には約1300種というように、日本では面積にして100から300km2ぐらいの山や国立公園あるいは郡や村には、ふっう800から1300種の高等植物がある。森林100m2の中では50種どまりであった種数が、どうして、その20〜30倍になるのかといえば、地形をはじめとするミクロな環境の違いに応じて、そこには種を異にする、多様な植物が生育しているからである。日本に産する高等植物はおよそ5560種であるから、上記の山や国立公園に出現する種数(800〜1300)は全体の14%から23%にあたる。

 およそ5560種もの種からなる日本の植物相は、海外の同緯度の他の地域と較べて、著しく多様性が高い。その理由としてよく指摘されるのは、日本が南北に長いことと海抜3000mを超す急峻な山岳があることで生じる、いちじるしい温度差である。日本には高度や緯度に従った温度の勾配による植物相の推移が認められ、高山のハイマツ低木林から沖縄のマングローブ林まで亜寒帯から亜熱帯までの森林がある。

 しかし気候要因だけで日本の植物相の多様さをすべて説明することはできない。南日本に、ヨーロッパのアルプスのように高い山がなく、そのうえ島づたいにアジアの熱帯につながっているため、氷期に生物が南方に移動することができたことの意味は大きい。このため第三紀以来発展をとげてきた生物相が、氷河によっても完全には破壊されなかったのである。また日本の地理的位置が温帯と熱帯の接点にあって、気候変動のさいに、その境が日本列島のうえを南北に移動したことも、今日の日本の植物相の多様さをもたらした主要な原因とみられる。さらにまた、海に囲まれた日本は、一度も乾燥気候に見舞われずにすんだ。このことは第三紀以来発展をとげてきた植物相を温存するうえでは大いにさいわいした。

 一方、北ヨーロッパや北アメリカ北部では、氷河によって生物の過去の歴史がほぼ完全に消し去られてしまったのである。そこでの現在の植物相は、氷河の後退後に進出した移動力の大きい限られた種類だけからなり、まったく現在の気候と土地条件にだけに規制されて成立しており、日本の植物相と比較すると問題にならぬほど単調である。

 植物群落の極相に着目してグローバルに植生を眺めてみると、気候の変化に応じて植生がほぼ帯状に配置されていることがわかる(図3.5.1)。このような帯状に配置された植生を“植生帯”という。暖温帯では、シイ林、カシ林、夕ブ林などの常緑広葉樹(照葉樹)の森林になっているので、“照葉樹林帯”あるいは“シイ・タブ帯”などとよぶこともある。これらは植生帯の相観あるいは優占種にもとづいた命名である。以下、南から植生帯を列記しその特徴を記す。

●亜熱帯

 夏は熱帯的で、冬が温帯的である地域が亜熱帯である。この定義にしたがえば、次に述べる照葉樹林は亜熱帯の植生ということができるが、本書では暖温帯の植生とした。

 日本では照葉樹林帯の南限付近に、熱帯と共通するマングローブやタコノアシ低木林などがみられる。これらの植生を亜熱帯林として暖温帯の植生とは区別した。このような植生の存在は、南方に島づたいに熱帯に続く、日本列島の特徴を表している。

●照葉樹林

 暖温帯の植生を代表する照葉樹林は南西諸島から東北地方南部にひろがる。

 そのうち、高木層にタブ(クスノキ科)が優占するタブ林は、人間活動によって真っ先に切り開かれた林で、人手が加わる前には、房総、三浦半島以西の本州、四国、九州各地の海沿いの平地や谷間にひろがっていたと考えられている。

 タブ林が平地にみられたのに対して、シイ林は丘陵地や山の斜面にみられ、夕ブ林よりも乾いたところにある。シイが優占する森林は広い範囲にわたり、沖縄の西表島から福島・新潟両県におよぶ。太平洋側でみるとシイ林やカシ林が福島県から宮城県にかけての地域(シイ林は平付近)を分布の北限とする(図3.5.2)のに対して、夕ブ林は海岸沿いに岩手県中部にまで達していて、ここが照葉樹林としても分布の北限になっている。海岸部に成立するタブ林は、冬季に沿海地の局地的にマイルドな気候の影響を受け、山の斜面のシイやカシ林よりも、いっそう北にまで生育できていると考えられる。

 カシ林は、ウラジロガシ、アカガシなどからなり、これらのカシ類はシイと混じって生育する。しかしシイよりも分布範囲は広く、より標高の高いところなどシイの生育の限界付近や、これをこえたところでカシ林が形成される。また、しばしばカシ林にはモミ、ツガ、スギなどの針葉樹が混生することがある。

 伊豆半島から九州にいたる海岸の母岩がなかば露出したようなところに、ウバメガシを主とした特殊なカシ林ができる。特に降水量が少ない瀬戸内海沿岸に多い。

●中間温帯林

 長野県の松本平や善光寺平のような内陸盆地の暖かさの指数をしらべてみると、85℃・月から95℃・月の範囲に入るが、照葉樹林は全くみられない。暖かさの指数が85℃・月以上に達していても照葉樹(常緑広葉樹)がみられない地域をしらべてみると、寒さの指数が、−10℃・月ないし−15℃・月以下になっている。このような所では照葉樹は分布していない。他方、暖かさの指数が85℃・月を超える地域には冷温帯を代表するブナは分布していない。このようにブナ林(暖さの指数85℃・月以上の地域には分布しない)と照葉樹林(寒さの指数−10〜−15℃・月以下の地域には分布しない)の分布限界はそれぞれ別の要因によって決まっていると考えられる。従って、ところによってはブナもカシも分布していない地域というものが生ずる。

 ある地域では暖かさの指数が85℃・月になる高度のところがちょうど寒さの指数で−10℃・月だとすると、そこは温量指数からみると、この高さのところを境に下部にカシ類を主とした照葉樹林、上部にブナ・ミズナラを主とした落葉広葉樹林が分布する条件をそなえていると考えられる。ところが寒さの指数で−10℃・月になるところがもっと高いところにある地域の山だとブナとカシが混生できる条件にある。反対にもっと低いところで−10℃・月に達してしまえばブナもカシも生育できない場所が生ずることになる(図3.5.3)。このようなブナもカシもない、あるいはブナとカシの混生する、いわば暖温帯と冷温帯の中間的な森林を中間温帯林とよんでいる。

 中間温帯林にはかなりの地方差がある(図3.5.4)。表日本の中間温帯林ではモミとツガという針葉樹が優勢をきわめた森林ができるのがふつうであるが、裏日本ではモミもツガも直接冬の季節風にあたらない岩角地など特殊な場所にその生育が限られている。

 上記の考え方に対し、カシの林から直接ブナの林に変わっていき、中間温林帯が存在しないという考え方もある。

●落葉広葉樹林(夏緑林)

 ブナやミズナラが優占する落葉広葉樹林は日本の温帯(冷温帯)を代表する。ブナ林では表日本型、裏日本型、内陸型の気候で、林を構成する種にかなりの違いがみられる。これはブナ林がいったん成立した後の気候の地方的な特殊化に適応した、種の置き換えや、種そのものの分化がすすんだためにおこった現象とみることができる。表日本型のブナ林はクマシデ、スズタケなどを含み、裏日本側のブナ林はヒメアオキ、チシマザキなどを含むことを特徴とする。また、スギやヒノキアスナロ、ウラジロモミなどがブナと混交林をつくるものもある。内陸型の気候がわりあい顕著な長野県ではブナそのものは少なく、ウラジロモミを主とした森林となる。

 落葉広葉樹林ではブナ林のほかに、トチノキ、サワグルミ、シオジなどが形成する渓谷林が代表的なものである。

●汎針・広混交林

 北海道の大半の地域は汎針−広混交林におおわれているといえる。この汎針−広混交林では針葉樹であるエゾマツ・トドマツがミズナラ、ハリギリ、シナノキ、エゾイタヤといった落葉広葉樹と混生しているが、ところによってはほとんど針葉樹をみない林もある。このような針葉樹と落葉広葉樹の混生する森林は、北半球に普遍的に存在しており、ユーラシア大陸にも北米大陸にもみられる。冷温帯から亜寒帯への移行的植生と考えられる。

●北方針葉樹林

 北海道の東−北部にあたる北見山地から知床半島には、ところどころに永久凍土があり、エゾマツとトドマツからなる亜寒帯針葉樹林が成立し、一面コケや地衣類でおおわれている。伐採跡にできた二次林や特殊な立地には、タイガに共通にみられるカバノキ属、ヤナギ属、ヤマナラシ属の種からなる落葉広葉樹の茂みがみられる。これがタイガに比較しえる植生かどうかさらに検討が必要である。

 以上は、各地域における最も高度の低い場所での植生帯の分布であり、それを植生帯の水平分布という。これに対して山岳における高度による植生帯の分布を垂直分布という。植生帯の水平分布で、落葉広葉樹林帯にある山岳では、その山麓は落葉広葉樹林であるが、高度を増すにともない、針葉樹林、矮性低木林、草本群落などが現れる。

 照葉樹林帯にある山岳では、その上部に落葉広葉樹林がまずあり、その上部に針葉樹林などがある。その垂直分布での山地帯と呼ばれる落葉広葉樹林は、水平分布での落葉広葉樹林ときわめて類似した景観、構成要素をもっている。

 針葉樹林の場合は、主要高木がエゾマツ、トドマツではなく、シラビソ、オオシラビソなどとなるが、低木、林床植物には共通種もある。植物相の面で、垂直分布帯としてのこの針葉樹林(これを亜高山針葉樹林という)は、ユーラシア温帯区要素の混合で一部の周北極要素を含むが日華区系要素の種が多く、日華区系要素を欠く北方針葉樹林と異なっている。

 ハイマツやミネカエデなどからなる矮生低木林とその上部の草本群落(高山帯植生と呼ばれる)は、森林限界から上方、雪線より下方に成立する高山植生であり、日本での水平分布にはこれに該当する植生帯はない。

 なお、植生帯と代表的な植生(森林)との対応は表4.1.2に示した。

3.6 動植物の地理的分布

 

 本節では、日本列島に現存する動植物の地理的分布について、ユーラシア大陸など日本をとりまく地域との関連を概観した。特に、世界的な動植物区系(地理区)の中での日本列島の位置付けと周辺地域との動植物相の関連を植物と哺乳類を中心として述べた。

 

3.6.1 植物区系

●日本の植物相

 植物相(フローラ、flora)とは、ある地域に生育している植物の種の総体をいう。高等植物だけに限ってみると、世界には25万の種があると推定されているが、日本の植物相は約5,560の種(被子植物4,720、裸子植物40、ジグ植物800)によって構成されている。また、日本に産する裸子植物・被子植物の約35%にあたる1,950種は日本の固有種である(なお、日本での種数を約4,000、固有種を300とする説もあり、学者によって見解は異なる)。いずれにしても、種の数が多いほど、その植物相は多様性に富んでいる。日本とほぼ同緯度にあり、面積的にも似通った北アメリカ北東部の高等植物相は2,835、ニュージーランドは1,871の種からなるが、これら地域と比べた場合、日本の植物相は多様性に富んでいるといえる。

●日本の植物相の起源

 植物区系でみると、南北に長い日本列島を旧熱帯区系界と全北区系界の境界が横断している。区系とは、植物相の起源と成立の歴史を異にしているとの仮定に基づいて設定される概念である。琉球諸島、小笠原諸島、南鳥島(マーカス島)は旧熱帯区系界に属し、前二者は東南アジア区系区に、後者はメラネシア・ミクロネシア区系区に分類される(図3.6.1.1)。これらの地域を除く日本の全域は全北区系界にはいるが、異なる三つの区系区が水平・垂直的に重層している。すなわち、各地の高山帯は極地・高山区系区、北海道北東部は東シベリア区系区、それ以外の大部分は日華区系区に属する。

 日本において、チシマアマナやヒゲハリスゲなど、極地に類縁関係のある植物がみられるのは、過去の氷期に南下した極地の植物が高山帯に残存しているためである。東シベリア区系区に分類される北海道北東部の植生はタイガに比することができ、それを構成する種には樺太(サハリン)や沿海州と共通の物が多い。九州、四国、本州、北海道(北東部を除く)の植物相は、多少とも地方的な特色を有するものの、基本的な構成において共通していると考えられ、全体として日華区系区に含められる。日本の植物相が多様な理由の一つは、上記のように複数の起源の異なる植物相が重層しえた日本の地理的位置・地形に由来するためである。

●日華区系区

 日華区系区は起源の古い植物を数多く含んでいる。この区系区内には10の固有な科があり、そのなかには、カツラ科のような被子植物としては原始的な無道管植物が含まれる。さらに、イワユキノシタ属、ギンバイソウ属、クサアジサイ属、チャボツメレンゲ属、アオキ属など多数の固有属がある。一方、日華区系区に産するカヤ、サンカヨウ、ツバメオモトなど350以上の属は、北アメリカにも分布するものである。

 日華区系区に固有な科のうちコウヤマキ科とシラネアオイ科は日本特産である。日本の固有属としては、オサバグサ、ホツツジ、クサヤツデ、オゼソウ属など22属がある。日本の固有科・属はいずれも遺存的性格が強い。しかし、日本は日華区系区の植物相の起源の地というよりは、島という特殊な環境にあって古い形をもつ種を温存してきたと考えられる。

 日本では、さらに地方ごとの特色に基づいて地方的な植物区系の区分が試みられている(図3.6.1.2)。一例をあげれば、ハイイヌガヤ、トガクシショウマ、ユキツバキ、ケハギなどは日本海側の多雪地帯に分布する種で、このような種の存在によって日本海区という区系が設けられている。日本の地方的な区系の多くは気候的な特性を反映したものである。

●気候変動と植物相の多様化

 過去の気候変動に伴い、日本をはじめ世界各地において植物相の北上・南下などの移動、分散、隔離の現象がおこった。この過程で絶滅に追い込まれた種もあるが、一方では環境の激変に適応した新しい種の形成が行われた。ヨーロッパでは、第四紀の氷期における植物相の南下がアルプス山脈によって阻まれたため、アルプス以北では、それまでに発展を遂げた植物相は破滅的な打撃を被ることとなった。これに対して、日本や北アメリカ東部では、山地が氷期における植物相の南下の妨げとはならず、また、複雑な地形が局所的な植物の避寒場所ともなったため、植物相の全滅は回避することができた。これが、日本の植物相がョーロッパの同緯度地域と比べものにならないほどの多様性をもつに至ったゆえんである。

 日本は島国であるが、植物相が多様性をもつのは、大陸から北方系ばかりでなく南方系の新しい植物が渡来し、それらが定着、あるいは固有植物へと進化したためと推定される。南方系の植物の渡来の過程は、以下のように推定される。

 1間氷期における大陸では、南方系の植物相が北方へ向けて分布を拡大するが、海面上昇のため、日本のような島への移動は容易ではない。

 2氷期になると、これらの植物相はふたたび南方へ退去するが、このとき、氷期の海面低下に伴う属島の大陸への連繋が生じ、日本などの島へも大陸の植物の移動が行われる。

 以上のような経過を経て、日華区系区を特徴づける種の一部が日本に渡来したと考えられるわけである。つまり、間氷期の北上と氷期の南下、およびそれらに伴う分断や隔離が、日本列島におけるローカルな固有種や固有変異の形成をも促進したと考えられる。上述の過程によって、冷温帯に起源をもつ伊豆諸島や屋久島高地に産する固有種の形成が説明できる。

●植物相の形成と散布

 植物の種子・果実などの散布体は、海流や風、あるいは鳥などの動物によって運ばれるものが多い。小笠原諸島の最南端に位置する南硫黄島の山頂には、他の小笠原の島々には分布しない本土との共通種(ガクアジサイ、オニヒカゲワラビなど)があるが、これらは、風によって運ばれた散布体が定着したものと考えられる。こうした散布体は、温度・水分・土壌などの環境条件が適せば発芽・定着する。また、海に囲まれ、雨に恵まれた島国である日本では、とくに温度の勾配が種の分布範囲の決定に大きく関係している。たとえば、年最低気温が平均零下3.5℃の等温線は、本州南岸線(ハマオモト線)とよばれ、この線を分布の北限とする植物に、ナチシダ、ハマオモト、イヌガシ、ウバメガシなどがある。また、暖温帯林は、この線を越え、最寒月の平均気温が0℃の等温線まで北上し、ここを北限とする。植物が「気候を読む物差し」といわれるのは、このような等温線を分布の北限や南限とする種が多いためである。

 一方、生態学的な立場からは、飽和状態にある植物相のなかに、新参の種が定着できる可能性は低いといわれている。つまり、気候変動や火山の誕生などによる植物相の撹乱や空白地帯の出現といった植物相の不飽和状態が生まれて、初めて新参の種が定着できるというわけである。たとえば、小笠原諸島の新しい火山島である南硫黄島は、起源の古い父島や母島とは異なり、いまだ植物相が生態的な飽和状態には達していないため、今後も新たな種が分布する可能性があると考えられる。

●二次的種分化

 遺存的な種の一部は、染色体数の倍化のほか、さらに他の近縁種と交雑して、その遣伝的な適応力を増したり変化させたりして繁栄している。全般的な傾向としては、極地や高地の植物ほど倍数化が進んでいるといわれている。日本でも、ノガリヤス、エンレイソウ、トリカブト、キクなどといった多くの属で、このような倍数化と雑種形成による種分化が確かめられている。染色体数の倍数化や雑種形成による新しい種の形成を「二次次的種分化」とよぶが、そうした種の形成が、日本の植物相をいっそう複雑多様なものとしている。

 

3.6.2 動物地理区

●旧北区と東洋区

 日本列島の大部分は世界の動物地理区上、旧北区に属する(図3.6.2.1)。ただし、九州南部の屋久島・種子島と奄美諸島との間にひかれる渡瀬線以南の奄美・琉球諸島は旧北区と東洋区の移行帯域として東洋区要素をもつ地域となっている(図3.6.2.2)。従って、本州以北に生息する日本の多くの動物は、例えばトガリネズミ類、リス類(移入種のタイワンリスを除く)、イタチ類などは、中国華中以北のユーラシア大陸に生息する動物との類縁性が高い。一方、奄美・琉球諸島の動物、例えば、ケナガネズミ、オキナワオオコウモリ(絶滅した可能性がある)などは、台湾、東南アジア諸国に近縁種が多く生息する。

 しかし、日本列島が島嶼であることから、隔離効果による種分化が進み、ヒミズ、ヤマネ、アマミノクロウサギのように固有種も多く存在する。

●北海道と本州

 屋久島・種子島以北の日本列島の中で、北海道は津軽海峡にひかれるブラキストン線を境として動物地理区上、亜区に区分される。北海道は、旧北区のユーロシベリア亜区に属し、本州以南は中国亜区の区分に含まれる。北海道にユーラシア大陸の北方性動物の同種・近緑種が多いのは、北海道にはユーラシア大陸北部−サハリン−北海道を経由する北方ルートを通じて、ユーラシア大陸北部、ユーロシベリア亜区の動物(例えばカラフトトガリネズミ、ヒグマ、クロテンなど)の流入が多かったことを反映している。これに対して本州以南は、朝鮮半島−対馬−九州・中国地方西部を経由した南方ルートによるユーラシア大陸中東部、中国華中・朝鮮半島地域の動物(例えば、ツキノワグマ、モグラ類)の移動・流入が多かったことにより、これら地域に同種・近縁種が多い。しかし、北方性のイイズナが北海道から津軽海峡を越えて下北半島にまで分布し、逆に、南方性のキテンが本州から津軽海峡を北側へ越えて北海道南部まで生息するなど、日本列島を舞台とした南北両要素の動物相の混在化が生じている。地史的にみれば、ヒグマやオオツノヒツジなどの北方性の動物遺骸が本州でも発見されるなど、氷期の気候変化と海面変動よる海峡・陸橋の出現により、動物分布域に大きな変動があったことも知られている。また、シカなどに関しては、北海道のエゾシカは北方経由によるユーラシア大陸北方系のシカであり、従って大型であるのに対して、ホンドジガは南方経由による大陸中南部系のシカで小型であるという、現在、北海道に分布するシカと本州以南に生息するシカの亜種レベルの違いは元の大陸における産地の違いを反映したものである、とする考えもある。日本に生息する代表的な中・大型獣9種をブラキストン線を境として3つの分布型に分けると次のようになる。

1.北海道にのみ分布 ヒグマ
2.本州以南にのみ分布 ツキノワグマ、カモシカ、ニホンザル、イノシシ、アナグマ
3.両地域に分布 キツネ、夕ヌキ、ニホンジカ

 

3.7 人口密度

 

 本節以降の3節では、日本の自然に多大な影響を与えてきた人間活動の様態を人口密度と土地利用、水域の改変状況という3つの面から概観した。

 図3.7に昭和55年国勢調査より2次メッシュ単位の人口密度を下記の区分により求めてその分布を示した。人口密度の区分は、

 5,000人/2次メッシュ未満、

 5,000人/2次メッシュ以上30,000人/2次メッシュ未満、

 30,000人/2次メッシュ以上

の3区分とした。この区分の30,000人/2次メッシュ、5,000人/2次メッシュという値はそれぞれ、市街化調整区域、振興山村の平均的な人口密度に対応している(日本野生生物研究センター、森林情報の整備に関する調査(I)報告書、1987)。

 人口密度30,000人/2次メッシュ以上のメッシュは、都市とその周辺に分布し、特に大きい塊が、首都圏、中京圏、近畿圏にみられる。これら「太平洋ベルト地帯」では、人口密度が高い2次メッシュが連続した面となって地域を覆っているのに対し、その他の瀬戸内海〜北九州、本州中北部等では、地方都市を中心にパッチ状に散在するという、分布の特徴がみられる。

 逆に、5,000人/2次メッシュ未満のメッシュは、九州山地、四国山地、中国山地という西南日本の山地と本州中部以北の山地に、おもに分布しており、これらの地域では居住地形成等に伴う人為の直接の影響が少ないものと考えられる。

表3.7.1 地方別人口密度)

 

3.8 土地利用

 

 本節では、日本における自然に対する人間活動の結果としての土地利用状況を、森林、耕作地、建物用地にわけ、2次メッシュ単位でその分布状況を検討した。基づいたデータは、国土数値情報土地利用面積ファイル(1976年整備)によった。

 

3.8.1 森林率図3.8.1表3.8.1

 日本の国土の68%は林野でしめられており、樹林地に限っても66%をしめる(林業統計−累年版−、農林水産省、1983年)。ここでは、国土数値情報土地利用面積ファイルから森林の割合を3次メッシュごとに算出し、それを2次メッシュ単位の平均値として、図3.8.1に示した。表示区分は10%区分ごとのメッシュ数の頻度分布を考慮し4段階に区分した(以下、耕作地率、建物用地率も同様の手順で区分した)。

 森林率80%以上をもつ2次メッシュは、山岳部を中心に分布している。特に大きな塊は、北見山地〜日高、タ張山地、北上山地、太平山地、朝日・飯豊山地〜越後山地、関東山地、赤石山地、木曽〜飛騨山脈、両白山地、紀伊山地、丹波山地、中国山地、四国山地、九州山地などの、日本を代表する山地にみられる。逆に、森林率30%未満の2次メッシュは、石狩平野、関東平野、濃尾平野などの、広い平野部に集中してみられる。

 

3.8.2 耕作地率図3.8.2表3.8.2

 国土数値情報土地面積ファイルより、耕作地として、田、畑、果樹園、その他の樹木畑の面積を合計し、3次メッシュ耕作地率を算出した。それを、森林率と同様、2次メッシュ平均値として図3.8.2に示した。

 耕作地率60%以上をもつ2次メッシュは、全国に150程度しかなく、その1/3は北海道に分布する。耕作地率30%以上の2次メッシュをも合わせて分布の傾向を見ると、石狩平野、十勝平野、津軽平野、仙台平野、越後平野、関東平野、濃尾平野、筑柴平野といった、広い平野部に集中する傾向がみられる。

 

3.8.3 建物用地率図3.8.3表3.8.3

 国土数値情報土地利用面積ファイルより、建物用地として、建物用地A、建物用地B、幹線交通用地、その他の用地の面積を合計し、3次メッシュ建物用地率を算出した。それを、森林率、耕作地率と同様、2次メッシュ単位の平均値として図3.8.3に示した。

 建物用地率50%以上をもつ2次メッシュは65あり、その40%以上が首都圏に集中している。その他の、50%以上のメッシュも、名古屋、大阪という大都市周辺および、新潟などの大きな地方都市周辺に限られている。

 

3.9 水域の改変状況

 

 陸水域の自然環境は、ほかに代替するものがない独特な生態系であり、同時に改変に対して脆弱である。これらが存在する場所は、人間活動の場と接している場合が多いため改変を受けやすく、その結果生物の生息環境の悪化を招き、現に絶滅に瀕している種も多く存する。

 藻場・干潟・サンゴ礁という環境をはじめとして沿岸域は、独特で、貴重な生態系を成り立たせている。また、陸水域と同様に改変に対し脆弱であると考えられる。

 以上の点を踏まえ、本節では、生物をとりまく日本の自然環境のうち基礎調査で明らかとなった、水辺に対する人為の影響をみるために、湖沼、河川、及び海岸の改変状況について概観した。

 

3.9.1 日本の湖沼とその改変状況

 日本には湖沼は短辺100m以上のものだけで、11,411件ある(国土数値情報に収録されたもの)。第3回基礎調査ではそのうち、面積1ha以上の主要な天然湖沼483を対象とした。

 調査対象となった湖沼は南九州と東北日本から北海道にかけて多く、紀伊半島から中国、四国、中部九州に少ないという著しく偏った分布を示す。この傾向は、特に、堰止湖、火山湖、カルデラ湖で顕著である。

 湖沼の改変状況については、自然湖岸−半自然湖岸−人工湖岸−水面の割合を指標として用い、その地方別の傾向をみた。ここで、各区分についての定義を示す。

自然湖岸 : 水際線とそれに接する陸域(水際線より20m以内の区域)が工作物によって人工化されていない湖岸
半自然湖岸: 水際線は自然状態を保っているが、水際線に接する陸域が人工化されている湖岸
人工湖岸 : 水際線が人工化されている湖岸
水面   : 流人河川などの水面

 地方別の湖岸線改変状況を図3.9.1表3.9.1に示した。なお、四国、沖縄両地方では調査対象湖沼が各々1つのみの結果である。

 四国、沖縄両地方を除くと、自然湖岸の割合が最も高い地方は北海道(88%)で、ついで東北、九州の順となった。人工湖岸の割合が最も高い地方は中国(60%)で、ついで関東、中部の順となった。相対的に都市化等の開発圧力の低い地方で、自然湖岸の割合が高い傾向がみられる。

 1湖沼あたりの平均自然湖岸率をみると、北海道地方が97%と最も高く、ついで東北、九州の順となった。逆に近畿地方が43%と最も低く、ついで中国、関東の順となった。近畿以外の地方では、湖岸線の地方別延長距離から算出した自然湖岸率よりも、1湖沼あたり平均自然湖岸率が高い。これは、大きな(湖岸線延長距離の長い)湖沼ほど、水際線の人工化が進み、自然湖岸率が低いことを示している。

 

3.9.2 日本の河川とその改変状況

 日本の河川は、大陸の河川と比べ、はるかに小さく短い。加えて標高の高い山地が幅の狭い島の中央部に位置するため、急勾配である。例えば、メコン河は河口から、l,OOOkmの流路で100mの標高差にすぎないが、木曽川では、河口から200kmで標高差は800mをこえる。こうした河川の形状のため、洪水のおそれが強い一方で、無降雨期には渇水になるおそれがある。また日本では、降水量の年変動と季節変動が大きく、その結果河川の最大流量と最小流量の差が著しく大きい。流量がきわめて不安定な河川であるといえよう。

 こうした特徴を持つ日本の河川は、上流の山地での土砂生産量が大きく、運搬力も大きいために、多量の土砂を下流へ連ぶ。運搬された土砂は、扇状地や三角州を形成し、盆地や平野を埋める。

 このような自然条件を具えた日本の河川に対して、洪水防止、最低流量の底上げ(流量の安定化)等を図るために、様々な河川工事がなされた。世界第2位の数といわれるダムや、直線化された水路、長大な護岸に代表されるものであり、それらが河川の自然に対して人工改変をもたらしている。

 基礎調査では一級河川の幹川等113河川について、水際線の改変状況、河原の土地利用、河川横断工作物の設置箇所数、生息する魚類などの項目が調査された。本項では、そのうち水際線の人工化の割合と、ダム等の河川横断工作物の数から、水系群別に河川の改変状況をみた(水系群とは、主要島嶼と流入海域とを組合せ区分して命名したものである)。なお、人工化された水際線とは、平水時に護岸等人工構造物と接する水際線をいう。

 図3.9.2表3.9.2に、水系群別の水際線の改変状況と横断工作物の流路10kmあたりの数を示した。なお、九州−日本海は遠賀川のみを、沖縄−東支那海は浦内川のみを調査対象とした。この両水系群を除くと、水際線の人工化率が最も低い水系群は北海道−大平洋北(9%)で、北海道の水系群の人工化率はいずれも20%未満と低い値である。10kmあたりの横断工作物数をみても、北海道の水系群は1未満の低い値となっており、人工改変がなされていない区間が多いことを示す。本州以南では、四国−太平洋で、水際線の人工化率(10%)、10kmあたりの横断工作物数(0.8)ともに、北海道の各水系群と同様に低く、あまり人工改変が進んでいないことを示している。

 逆に、水際線の人工化率が最も高い水系群は、四国−瀬戸内海(42%)であり、10kmあたりの横断工作物数も最も高い値(7.2)を示し、この地域が河川の人工改変が進行した地域であることを示している。

 

3.9.3 海岸

 多くの島々からなる日本列島の海岸線は、湾や岬が多く、複雑で屈曲に富んでおり、その総延長は約32,000kmに達する。大局的にみれば、太平洋側の海岸線は多くの湾入部をもち複雑に屈曲しているのに対し、日本海側は比校的単調で直線的である。

 海岸線を本土と島嶼とに分けて比較すると、本土部分は全海岸線の約60%の18,900kmをしめ、島嶼部は約40%の13,500kmをしめる。国土面積にしめる島嶼の面積の割合は5%未満であるため、島嶼の海岸線は本土と比べ、複雑な形状をなしていることがわかる。

 海岸線の地方別改変状況を、自然海岸−半自然海岸−人工海岸−河口部のしめる割合を指標として、図3.9.3表3.9.3に示した。ここで、各区分の定義は次の通りである。

自然湖岸 : 海岸(汀線)が人工によって改変されないで、自然の状態を保持している海岸
半自然湖岸: 道路、護岸、テトラポット等の人工構築物で海岸(汀線)の一部に人工改変がなされているが、潮間帯においては、自然の状態を保持している海岸(海岸(汀線)に人工構築物がない場合でも海域に離岸堤等の構築物がある場合は、半自然海岸とする)
人工海岸 : 海岸(汀線)が、潮間帯も含め、港湾・埋立・浚諜・干拓等の土木工事により著しく人工的に改変された海岸(人為によってつくられた海岸)
河口部  : 河川法の規定(河川法適用外の河川にも準用)による「河川区域」の最下流端を陸海の境とする

 自然海岸のしめる割合が最も高い地方は沖縄地方(77%)で、ついで九州地方(64%)、東北地方(64%)の順となった。一方、人工海岸のしめる割合が最も高い地方は、関東地方(45%)で、ついで中国地方(37%)、近畿地方(37%)の順となった。沖縄、九州両地方を始め、島嶼が多く、長く複雑な海岸線をもつ地方で自然海岸のしめる割合が高いことが特徴である。

 

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