U 結果と考察

U−1 調査精度

 表7に,第2回自然環境保全基礎調査哺乳類分布調査の回答者不在区画数と無情報区画数(未調査区画数)を表わした。これは,本調査が国土の全区画のどの程度を覆ったかを明らかにし,本調査の精度を検討するためのものである。

 回答者不在区画とは,本調査の聞きとり対象者がいなかった区画である。

 無情報区画とは,調査対象の各種で情報の得られなかった区画を指す。回答者不在区画でも,他区画在住の回答者によって情報が得られた場合があり,情報の得られなかった区画は回答者不在区画よりも少なくなっている。これを他区画在住者による補足率として示した。

 無情報区画は,調査対象の動物種によって異っている。8種の情報のいずれもが得られなかった区画を8種共通の無情報区画として示した。北海道,四国,九州では,この無情報区画は全区画の8〜10%であるが,関東,中部,近畿,中国では,いずれも4%台であり,東北では,1.7%と低い値を示している。

 なお,本調査の実施要領では,当該調査区画内に人が定住していない場合は聞きとり調査を省略してさしつかえないとしたため,これを厳格に実行して,回答者不在区画を他区画在住者の情報で補足しなかった県(例えば新潟県)もあり,補足率は,各県,地方によってまちまちとなっている。

 次に,無情報区画数を種毎に検討しておく。

 ニホンザルの無情報区画率は,関東が5.5%と最低で,四国の15.7%が最高である。ニホンジカの無情報区画率は,ニホンザルよりも一般に高い。最低は中国の6.5%であるが,最高は23.9%(北海道)に達する。ヒグマ,ツキノワグマの無情報区画率は4.4%(関東)〜19.1%(四国)である。また,イノシシは,5.8%(近畿・中国)〜21.1%(東北),キツネは,5.1%(関東)〜22.1%(北海道),タヌキは,5.4%(関東)〜32.4%(北海道),アナグマは,6.0%(中国)〜15.6%(中部)となっている。

 一般に対象種の生息の少ない地方と人口密度の低い地方では,無情報区画率が高くなる傾向がみられる。

 表8は,保全調査とMDR調査との分布情報の相違区画数を表わしたものである。MDR調査では,キツネ,タヌキ,アナグマの調査を行っていないので,ニホンザル,ニホンジカ*,ツキノワグマ,イノシシについての比較を行った。

 情報の相違は,生息と絶滅に関して情報が異なる場合,両調査の一方に情報があるが他方には情報がない場合に分けて検討した。本調査は,現地ききとり調査であり,MDR調査は郵送アンケート調査である。調査方法の異なる二種類の分布調査を情報量の側面から比較検討し,本調査の精度を検討することが,この表の目的である。無情報区画数を比較すると,どの種についてもMDR調査の方が本調査よりも明らかに多く,本調査の情報量が多いことを物語っている。しかし,MDR調査で情報が得られ,本調査では無情報であった区画も,種によってちがうが400〜700区画があり,郵送アンケート調査によって,現地聞きとり調査を補完しうることを示している。


*北海道の比較は行っていない。

表7 第2回自然環境保全基礎調査哺乳類分布調査の回答者不在区画数と無情報区画数(未調査区画数)

表8 第2回自然環境保全基礎調査哺乳類分布調査と科研グループによる調査(M.D.R.調査)との分布情報相違区画数

 両調査の生息,絶滅情報に関する相違が種によって著しく異なることは,注目に値する。最低はイノシシの59区画,最高は,ツキノワグマの1,009区画である。

 上記の両調査の比較は,情報量の相違を比較するものであり,どちらの情報が正しいかを判定するものではなかった。本年度の補足再アンケート調査では,MDR調査結果が本調査結果と異なる分布域を示す場合に焦点をあて,両調査の信頼性を検討した。すなわち,調査対象種の分布を確定するに際して,本調査の結果と異なる分布域を示すMDR調査結果を採用することの可否を検討したのである。

 表9,10,11,12は,それぞれニホンザル,ニホンジカ,ツキノワグマ・ヒグマ,イノシシの再アンケートによる本調査とMDR調査結果の支持回答区画数および支持率を示したものである。

 再アンケート結果でも,両調査を共に支持しない回答区画率は,5%(イノシシ)〜17.6%(ニホンザル)であり,本調査やMDR調査の結果は,数%〜10数%の誤りを常に含んでいると考えられる。

 再アンケートでは,両調査共に全種について50%以上の支持率を得ている。特に本調査では,ニホンジカ,ツキノワグマで70%を越す支持率を得ており,信頼性は高いと言えよう。

 MDR調査結果が再アンケートによって支持されなかった区画をみると,明らかに分布域を過大評価した結果とみられる場合があり,この点は郵送アンケートの限界を示すと思われる。

 さらに本調査の精度を高めるために,MDR調査結果と本調査を比較し,特に情報の相違が大きい地域についてはヒアリング調査を行った。

 秋田,岩手の両県では,ニホンジカ,イノシシを中心に,ツキノワグマ,ニホンザルの分布現況もあわせてヒアリングを行った。群馬,長野,新潟では,特に多雪地帯に生息しないとされたニホンジカの分布現況についてヒアリングを行った。徳島,高知ではツキノワグマ,ニホンザルなどの分布現況について各県担当者から聞きとりを行った。また,佐賀,熊本,鹿児島,宮崎の四県では,主としてニホンザルの分布現況について各県担当者から聞きとりを行った。

表9 再アンケートによる保全調査,科研グループ調査(M.D.R.調査)結果の支持回答区画数および支持率―ニホンザル―

表10 再アンケートによる保全調査,科研グループ調査(M.D.R.調査)結果の支持回答区画数および支持率―ニホンジカ―

表11 再アンケートによる保全調査,科研グループ調査(M.D.R.調査)結果の支持回答区画数および支持率―ツキノワグマ・ヒグマ―

表12 再アンケートによる保全調査,科研グループ調査(M.D.R.調査)結果の支持回答区画数および支持率―イノシシ―

 この聞きとりの結果,生息しないと信じられている動物については調査を行っていない場合があること(秋田,岩手,新潟),あるいは,ハナレザルなどのまれな出現を調査結果に加えない場合があること(熊本)など,精度に影響する調査実施上の問題が明らかになった。

 本調査とMDR調査との相違を検討した結果,MDR調査では,時に非常識な回答が得られていること(秋田県のイノシシ,熊本県宇土半島のニホンザル,ニホンジカなど),MDR調査結果は分布域をやや過大に評価する傾向にあること(高知県のニホンザル)などが指摘できるだろう。

 

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