4−2 干潟・藻場・サンゴ礁分布調査

 

1.調査の目的と方法

(1)目的

干潟とは、一般に、干潮時に露出する砂泥質の平底をいうが、この干潟は春の大潮の頃、潮干狩りを楽しむことのできる我々にとって身近な自然である。さらに干潟は海に生活する魚類や貝類の生息の場であるばかりでなく、シギやチドリ類などの渡り鳥の重要な生息の場でもある。

また、干潟は、現在でも我々に多くの動物性蛋白質を供給する場であるとともに、天然の浄化装置としての機能もよく知られたところである。

藻場とは、褐藻のホンダワラ類、カジメ類、コンブ類と顕花植物のアマモなどの大型海産植物の濃密である程度の拡がりをもった群落をいう。これらの藻場は、沿岸浅所の特色ある生物のすみ場所を構成しており、その独自の生物相は、生態学的にも、内湾における水産資源保護の見地からも注目される存在である。

サンゴ礁とは、造礁サンゴ類を主体とする石灰質分泌生物の遺骸が堆積してできた石灰岩の岩礁のことであるが、ここではむしろ造礁サンゴ類の群落として考えられている。サンゴ礁の生物群集はきわめて多様であり、生物生産量も非常に大きいことから、藻場とともに我が国沿岸域における重要な生物環境である。又近年は多様で彩り鮮かな海中景観が、観光レクリェーションの対象としても注目されている。

このように本調査の対象である干潟・藻場・サンゴ礁は、我が国沿岸海域の生物的環境としてきわめて重要な存在であるので、日本の沿岸域全域におけるこれらの分布状況や消滅状況を把握しようとしたものである。

(2)調査の内容と方法

ア 干潟

我が国の沿岸域において、現存するか1945年まで存在していた面積1ha以上の前浜干潟、河口干潟(河口区域を除く)、潟湖干潟について、主として地形図、空中写真の読取り、その他既存資料の収集により、また必要に応じて現地確認、聞取り調査をまじえて、その位置・面積、タイプ、環境の現況等を調査し、(注1)調査票を作成するとともにその分布減、消滅域を縮尺5万分の1の地形図に表示した。

イ 藻場

我が国の沿岸(おおむね20m以浅)において、現存するか1973年まで存在していた面積1ha以上のアマモ(アジモ)場、ガラモ場等について、アと同様の項目を調査した。

ウ サンゴ礁

我が国の沿岸域において現存するか、1973年まで存在していた石サンゴ類の群落(トカラ列島以南では面積1ha以上のもの)についてアと同様の項目について調査した。

 

注(1)調査票は都道府県ごとにまとめられて報告書とされた

 

(3)情報処理の内容と方法

ア 干潟

干潟・藻場・サンゴ礁分布調査の都道府県別報告書より調査票の記載内容をコードに変換して磁気テープに収納した。又分布図(縮尺5万分の1)より分布域及び消滅域を第3次地域メッシュ単位で読み取り、磁気テープに収納し、主として分布域、消滅域に関し、電算機により都道府県別、海域別に各種の集計を行った。

なお、この作業に先立ち図面と調査票の照合、記載内容の不明点などを点検し、必要に応じて担当都道府県に照会して修正した。

イ 藻場

干潟の場合と基本的には同様の処理及び集計がなされたが、前処理として、アマモ場、ガラモ場、コンブ場、その他の4区分であった藻場タイプを、表4−2−1のとおり8区分に再区分した。

ウ サンゴ礁

干潟・藻場の場合と同様の処理及び集計がなされた。サンゴ礁はテーブル状、枝状、塊状、その他、区分不可能の5タイプに区分されたが、最大の分布地である沖縄県においては、すべてサンゴの形態の区分は不可能であった。

 

2.干潟の分布状況・消滅状況

(1)現存干潟の分布状況

今回確認された干潟の総面積は53,856haであり、これは我が国に現存する主な干潟を把握したものと考えても大きな誤りはないであろう。タイプ別にその面積をみると、前浜干潟、30,666ha(57%)、河口干潟、20,312ha(38%)、潟湖干潟、2,878ha(5%)である。

都道府県別にみると潮汐の干満の差が大きく日本有数の干潟がある有明海、八代海等を持つ九州の福岡、佐賀、長崎、熊本、大分の各県が圧倒的に面積が多く、それぞれ熊本12,103ha(22%)、佐賀9,995ha(19%)、福岡5,253ha(10%)、長崎4,588ha(9%)、大分4,273ha(8%)となっている。またそれらの干潟は前浜および河口干潟で形成され、潟湖の干潟は長崎県で1haしか存在しない。その他では北海道、愛知、広島、山口、沖縄の各県が1,OOOha以上の干潟を持っており、北海道はその他の県と異なり潟湖干潟の割合が高く(69%、これはサロマ湖、厚岸湖等によるものである。全体的にみると日本海側の各県には干潟が少なく、これは太平洋側の各県と違い潮汐の干満が余りないために干潟が形成されにくいためである(図4−2−1図4−2−2)。

海域別にみると都道府県別で述べたように、有明海海域、八代海海域が多くの干潟を形成しており、有明海海域では、22,226ha(41%)、八代海海域では4,878ha(9%)となっている。その他では周防灘西6,739ha(13%)、沖縄島1,436ha(3%)、三河湾1,367ha(3%)が干潟の多い海域である。又網走、根室は潟湖干潟、その他は前浜、河口干潟が多い(図4−2−3図4−2−4)。

(2)干潟の消滅状況

昭和20年(1945)以後埋立や干拓等により調査時点(昭和53年)までに消滅した干潟は28,765haで、昭和20年に存在していた干潟総面積82,621haの34.8%に達した。

これをタイプ別にみると、面積的にも比率的にも前浜干潟の消滅が大きく、河口干潟、潟湖干潟の順であった。すなわち前浜干潟の場合は、21,659haが消滅したが、これは消滅した干潟全体の75.3%であり、昭和20年に存在していた前浜干潟の41.4%に相当する。河口干潟ではこの値はそれぞれ6,795ha、25.1%、25.1%であり、潟湖干潟は311ha、1.1%、9.8%ときわめて小さかった。

都道府県別にみると、千葉県が最も大きく、消滅した干潟全体の23.5%にあたる6,772haが消滅した。消滅した干潟はすべて前浜干潟であり、これは昭和20年に千葉県に存在した干潟の実に87%に相当する。これに次ぐのが岡山(3,408ha)、熊本(3,026ha)、愛知(2,265ha)、佐賀(2,138ha)、福岡(1,888ha)、大分(1,576ha)、山口(1,362ha)などであり、このうち7割が前浜干潟である県は、岡山、佐賀、福岡、大分で、河口干潟が前浜干潟を上回るのは愛知県のみであった。なお、潟湖干潟の消滅はこれらの県には認められず、全体的にみても北海道、三重、兵庫の3地域にすぎなかった。

面積的には小さいが、当該地域における消滅率が高いのは、東京都731ha(98.1%)、神奈川県(98.1%)、大阪府167ha(100%)であった。(図4−2−1図4−2−2)。海域別にみると、東京湾の消滅規模が圧倒的に大きく全消滅面積の29.3%、8,433haを占めていた。以下大規模な干潟の消滅海域は有明海4,383ha、備讃瀬戸東3,223ha周防灘西1,851ha、八代海1,989haなどであった(図4−2−3図4−2−4)。

(3)昭和20年頃の干潟の分布状況

全国で82.621ha、の干潟が存在しており、タイプ別にみると、前浜干潟が52,325ha(63.3%)、河口干潟が27,107ha(32.8%)、潟湖干潟が3,189ha(3.9%)で前浜干潟の存在比率は昭和53年現在よりかなり高い(付表1)。

この時点でも有明海、八代海に面する各県の干潟面積は大きく福岡7,141ha(8.6%)、佐賀12,133ha(14.7%)、長崎4,875ha(5.9%)、熊本15,129ha(18.3%)となっている、千葉県の干潟面積が7,757ha(9.4%)と熊本、佐賀についで大きいことが注目される(図4−2−1図4−2−2

この傾向は海域別にみるとさらに顕著で、東京湾は9,449haと有明海に次いで2番目に大きな干潟面積を有していた(資料編参照)。

(4)干潟消滅面積の推移と消滅理由

干潟の消滅面積の推移を全体的にみると、1945年から1949年までの5年間で2,913haが消滅し、それ以降漸増していき、1965〜1969年の5年間で7,432ha消滅しピークをむかえた。それ以降はかなり急激に少なくなり、1975〜1979年の5年間には、1,485haと最低となった。

干潟の消滅理由では、埋立てによるものが、全体の63.9%となって圧倒的に多く、次いで干拓の29.3%となっている(付表2)。

消滅面積が1,000ha以上の県及び海域における干潟消滅の推移をみると、全国的な傾向とは若干異なるいくつかのパターンが認められた(図4−2−5)。すなわち、1954年以前の早い時期に消滅面積ピークがあるのは、山口、熊本、福岡の各県と八代海、周防灘西、有明海の各海域であり、1965〜69年にピークがあるのは、愛知、岡山、佐賀、大分の各県と伊勢湾、備讃瀬戸東の各海域であった。これ以外のところにピークがあるのは千葉県と東京湾、三河湾の各海域であった。

(注)(1)〜(4)における検討のための基礎的なデータは、付表及び資料編に収載した。

 

3.藻場の分布状況・消滅状況

(1)分布状況

今回の調査で確認された藻場の総面積は182,727haで、これは、20m以浅にある主な藻場の大部分を網羅したものと考えてよいであろう。それらをタイプ別にみるとコンブ場37,512ha(20.5%)、アラメ場36,188ha(19.8%)、ガラモ場51,566ha(28.2%)、ワカメ場6,429ha(3.5%)、小型多年藻場4,928ha(2.7%)、アマモ場41,333ha(22.6%)、小型1年藻場2,373ha(1.3%)、その他の藻場2,398ha(1.3%)である。

都道府県別に藻場の分布をみると、北海道、青森、石川、静岡の道県が10,000ha以上の藻場を有しており、北海道、青森ではコンブ場が多く存在している。石川、静岡の両県ではコンブ場はなくなり、かわりに石川県ではガラモ場、静岡県ではアラメ場が多く存在している。総面積で5,000ha以上、10,000ha未満の藻場を有する県は、新潟、熊本、長崎、沖縄、愛媛、山口、福岡の各県である。沖縄のアマモ場を除いて、ガラモ場、アラメ場の存在が多く、新潟以外は日本中部以西の県である(付表3)。

また海区別に藻場の分布を見ると、北海道区41,293ha、日本海北区31,000ha太平洋北区25,882ha、日本海西区5,000ha、太平洋中区23,455ha、太平洋南区4,267ha、瀬戸内海区18,120ha、東シナ海区33,157haとなっている(付表4)。これらの海区の優占する藻場のタイプは、北海道区ではコンブ場、日本海北区はガラモ場、太平洋北区はコンブ、ガラモ、アマモの各藻場、日本海西区では、アラメ場、カジメ場、太平洋中区ではアラメ場、太平洋南区はアラメ場、ガラモ場、瀬戸内海区ではアラメ、ガラモ、アマモ各藻場、東シナ海区ではガラモ・アマモ場である(図4−2−6)。

(2)消滅状況及び消滅理由

次に藻場の消滅についてみると、昭和48年(1973)には全国にl84,776ha藻場が存在していたが、以後の5年間に2,049haの藻場が消滅した。消滅した藻場の多くは、瀬戸内海のものであった。

本調査で確認されたのは調査時点から過去5年間に消滅したものに限られたので、現存藻場の1%強という小さな数字となったが、干潟同様にそれ以前に消滅したものもかなり多いと思われる。特にアマモは内湾の波の静かな泥地の、低潮線から水深数メートルまでのところに生育するものであるので、干潟同様、埋立、干拓の影響を直接受け易い存在である。

 

4.サンゴ礁の分布状況・消滅状況

(1)分布状況

全国に存在するサンゴ礁の面積は87,183haである。それをタイプ別にみると、テーブル状3,723ha(4.3%)、枝状1,568ha(1.8%)、塊状283ha(0.3%)、その他24ha(0.0%)、不明81,585ha(93.6%)となっている。

都道府県別にサンゴ礁の分布をみると、サンゴ礁は我が国では東京、石川(ムツサンゴ)、三重、和歌山、徳島、愛媛、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄の1都12県しか存在せず、その中でも周知のように、沖縄県が79,702haと全国の約91%を占める。沖縄県のサンゴ礁は、それを形成する構造が複雑であり、テーブル状、板状、塊状、その他というような分類は出来ず、そのために全国集計の不明の面積が多くなった。東京都は伊豆諸島、小笠原諸島にサンゴ礁が形成されており、その面積は422haであった。その他の各県では、三重、和歌山、鹿児島がそれぞれ1,671ha、944ha、4,028haとやや多くのサンゴ礁が存在していた(付表5)。その沖縄県の中でも沖縄島海域が、36,535ha(46%)と多く、次いで八重山列島海域30,974ha(39%)、宮古列島海域12,193ha(15%)となっている。その他の海域では奄美諸島海域が3,534ha、熊野灘海域1,859haとなっており、それ以外の海域では1,000ha以下の規模にすぎなかった(付表6)。

(2)消滅状況

今回の調査では、全国で1,789haのサンゴ礁が消滅したと報告されたが、時期不明なものが多く、昭和48年以降、消滅が確認されたのは332haで主に土佐湾海域、奄美諸島海域において生じたものであった。

 

5.まとめ

(1)干潟

我が国の海岸域に現存する干潟は、53,856haで、有明海、八代海にその50%が分布する。1945年の干潟の存在状況をみると、東京湾に2番目に大規模な干潟が存在していたことが注意をひく。全国的にみると1945年より1977年までに消滅した干潟は28,765haで1945年当時の35%が消滅した。消滅時期とその面積の関係には幾つかのパターンがみられ、当該海域を含む地域の経済活動の影響を予想させるものであった。

(2)藻場

我が国の20m以浅の沿岸域に存在する藻場の総面積は182,727haで、これはコンブ場(20.5%)、アラメ場(19.8%)、ガラモ場(28.2%)、ワカメ場(3.5%)、小型多年藻場(2.7%)、アマモ場(22.6%)、小型1年藻場(1.3%)の各タイプに区分された。これらの藻場のタイプ組合せに地域的な特徴が認められた。

l973年以降に消滅が確認された面積はわずかであった。

(3)サンゴ礁

我が国の沿岸域に存在するサンゴ礁の面積は87.183haであり、その90%以上が沖縄県に属する。この海域ではサンゴの組成がきわめて多様であり、特定のタイプに区分することが不可能であった。

 

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