2−3 動物分布調査(哺乳類)

 

1.調査の目的と方法

(1)目 的

動物分布調査の一環として行われた中・大型哺乳類の分布調査で対象となった哺乳類は、ニホンザル(Macaca fuscata)注(1)、シカ(Cervus nippon)注(2)、ツキノワグマ(Selenarctos thibetanus)、ヒグマ(Ursus arctos)、イノシシ(Sus scrofa)注(3)、キツネ(Vulpes vulpes)、タヌキ(Nyctereutes procyonoides)およびアナグマ(Meles meles)の8種である。

これらの哺乳類は、生息地として必要な面積が大きく、その行動圏は人間の生活域と重なり合う部分が多い。そのため、人間の活動が狩猟や生息地の破壊の形で彼らを圧迫したり、逆に動物の個体数の増加や生息域の拡大が農林業上の被害を引き起したりする。したがって、個体数の調節を含む的確な管理手法が確立されなければ、この狭隘な国土において人間とこれらの野生動物が共存することは困難であろう。

本調査は、野生動物の保護管理手法確立の第一歩として、上記8種の中・大型哺乳類の状況を把握し、分析を試みたものである。

我が国に生息するおよそ120種の哺乳類のうち、8種のみを対象としたのは、上記の理由のほか、次に述べる調査方法が適用可能なものに限ったためである。なお当然調査対象としてしかるべきカモシカ(Capricornis crispus)は、既に類似の調査(環境庁1977)が行われているため除外した。

 

注(1) 本種は次の2亜種に区別されているが、ここでは亜種の区別は行わなかった。

 ホンドザル  M.fuscata fuscata

 ヤクシマザル M.f.yakui

注(2) 我が国に生息するシカは幾つかの別亜種あるいは別種に区分されているが、ここでは生態的に差のあるエゾシカとホンシュウジカのみを区別した。

注(3) 本種は次の2亜種に区別されているが、ここでは亜種の区別は行わなかった(別種とする説もある)。

 ニホンイノシシ Sus scrofa leucomytax

 リュウキュウイノシシ S.s.riukiuamus

注(4) 第3次地域区画によって得られるメッシュ(基準メッシュ、1kmメッシュ)(2−1参照)を縦横それぞれ5倍して得られるメッシュで、いいかえれば第二次区画(1/2.5万地形図に相当)を縦横2等分したものである。

 

(2)調査の内容及び方法

調査は、昭和53年度に全国47都道府県全域におけるそれぞれの哺乳類の生息地域、生息状況、分布の変動(絶滅地域、出現年代、絶滅年代)について、各都道府県の鳥獣保護員、材務関係職員などが、狩猟者などを対象に、5万分の1地形図の16等分の1区画をさらに2分した区画のそれぞれ2ヶ所で、アンケート調査票により聞きとりを行った(資料編調査要網参照)。

調査人員は2,235名、聞きとり対象者数は、44,853名である。聞きとりを行った区画は5万分の1地形図の16等分の1区画総数の95.9%であり、約20万の情報が得られた。

調査対象種の分布図は、各都道府県ごとに5万分の1地形図を16等分した区画(5倍地域メッシュ、約5km×5kmメッシュ:以下5kmメッシュという注(4)によって示されているが、分布原図としては、5万分の1地形図上に直接生息地点が記入されたものが作製された。

 

注(4) 「5kmメッシュ」と「1kmメッシュ」による分布表示上の関係

本調査の聞きとり地点は「5kmメッシュ」で4点が原則であり、これを「1kmメッシュ」あたりに検算すると0.16点にすぎない。さらに、山岳地帯などの人家のない地域を考えると、この割合はさらに下がることは当然である。したがって、「1kmメッシュ」表示による生息区画率等は、必然的に小さな値にならざるを得ない。

また本調査の対象としたニホンザルなどの中・大型哺乳類の行動圏は、いずれも1平方キロメートルよりも大きく、これらの種の生息情報地点を1kmの小区画で表示した場合には、その分布域図は、実際よりも過少な表示となる。したがって、「1kmメッシュ」を単位とする分布情報による生息区画率等よりも、「5kmメッシュ」で表示した生息区画率等の方が、それぞれの種の分布域を表示する場合には、より事実に近いといえよう。

「1kmメッシュ」による分布情報地点の処理は、上記のような分布域表示上の欠陥はあるものの、より正確な分布地点を表示しているので、これよりも大きな分布区画の表示に変換することができる、他の国土数値情報の多くは、「1kmメッシュ」で入力されているので、これらと分布情報とを対照させることができる、という利点をもっている。

そこで、国土数値情報と分布情報を対照させる場合には、「1kmメッシュ」表示を用いることとし、分布域の拡がりを重視する必要がある場合には「5kmメッシュ」を用いることを原則として、分布要因の解析を行った。

 

(3)情報処理の内容及び方法

調査結果をもとに、昭和54年度には各種ごとの日本列島全域にわたる哺乳類の分布図が作製されたが、この際誤った情報をできる限りチェックするため各県から提出された県別哺乳類分布メッシュ図と環境庁調査と同等の手法でアンケート調査を行った哺乳類分布調査科研グループによる分布調査結果(1977年実施)等とを比較検討し、調査結果のズレのある区画を抽出しこの区画について再アンケートを行った。

なお、分布図の作成と同時に5kmメッシュの区画を単位とする集計を手作業で行い、分布の大まかな傾向の把握を試みた。

今回の調査は情報数が多くまたその内容も聞きとり調査票と分布原図の2つにわかれているため、集計・解析にあたっては両者の照合が必要であり手計算ではほぼ不可能であること、また情報の保存も調査票そのものの長期保存が物理的に困難であること等の理由により、情報内容の磁気テープ入力化を行った。

磁気テープに入力された情報内容が今回の調査の原データ−の役割を果すことになるため、入力作業にあたっては調査内容、分布原図記載の記入地点を可能な限り忠実に入力することを目指した。特に分布原図に記載された地点を入力するに際しては地点を出来るだけ小さい単位で入力すること、後の集計・解析にあたって他の関連情報とのすり合せが可能であること等を考慮して基準メッシュ(三次メッシュ)を単位として入力することとした。分布原図に記載された地点はこの基準メッシュによるコード化に十分耐えうる精度があると判断された。

昭和55年度には、磁気テープに入力した分布情報の集計、整理を行うと共に、国土数値情報との重ねあわせを行い、また、気象庁の積雪情報等哺乳類の分布に影響を及ぼすと考えられる環境要因の資料を収集し注(5)、分布要因の種ごとの分析を行い、かつ哺乳類の分布状況とそれからみた自然環境保全にかかる問題の総合考察を試みた。

 

注(5) 積雪に関する資料の収集と整理

サル、シカ、イノシシの分布と積雪との関係を検討するために、一定の積雪深を越える一冬あたりの積雪日数分布図を作製した。基準となる積雪深には、積雪が各種に与える影響を考慮して、サルについては150cm、シカについては、北海道では60cm、本州では50cm、イノシシについては30cmをそれぞれ採用した。積雪日数分布図の作製は以下のように行った。

昭和43年(1968年)から昭和53年(1978年)までの冬期10シーズンについて、基準となる積雪深を越える積雪日数を、各都道府県気象月数によって調べた。その際、北海道における60cm以上、本州以南における30cm以上、50cm以上の積雪日数に関しては、10シーズンのうち通算5シーズン以上観測が行われている地点から、標高、位置等を考慮して選び出した1,120地点について調べた。本州以南における150cm以上の積雪に関しては、資料が少ないため、1シーズン以上観測が行われたすべての地点(282地点)について資料を得た。なお、欠測日がある場合でも、積雪深が上記の基準値に達しているか否かが不明な日数が5日以下であれば、そのシーズンについての資料を利用した。

つぎに、観測シーズン数と基準値を越える積雪日数の合計から、各地点における一冬あたりの平均積雪日数を算出した。そして、得られた数値を50万分の1地勢図上の観測地点の位置に記入し、地形、標高等を考慮しながら、北海道については80日まで、本州については70日まで、10日毎の等積雪日数線を引いた。さらにこれらの図に基づいて、各5kmメッシュの平均積雪日数を各積雪深について10日単位で求めた。このとき、ひとつの5kmメッシュが複数の積雪日数区分にまたがる場合には、最も面積の大きい区分あるいはメッシュのほぼ中央に位置する区分を採用した。また、四国、九州については、基準となる積雪深に達する日数が10日以上になる地域が狭いことから、積雪日数分布図は作製しなかった。周辺島嶼も同様に除外した。

 

2.調査対象種の分布状況

 昭和53年に実施された調査によって得られた20万件に及ぶ分布情報とその後2か年に渡る集計や分析の結果とに基づき調査対象である8種の中・大型哺乳類の分布状況について述べる。

 ここに取上げた集計及び分析結果の大部分は、「第2回自然環境保全基礎調査動物分布調査報告書(哺乳類)全国版(1979)」及び「同その2(1980)」の内容から主に1分布の現状、2分布を規定する要因の分析結果、3分布域の変動に関する項目について選択し再編したものであるが、一部には環境庁の判断を加えてある。

 一部の表や用語等については様式を統一するため改変した。又、原報告書の報文の著者名や報文中の引用については、大部分を省略してあるので原典に遡及する必要がある場合は原報告書を参照されたい。

(1)ニホンザルの分布

ア.分布の現況

図2−3−1は、ニホンザルの地理的分布をメッシュ図で示したものである。

本種は、北海道、茨城および沖縄県を除く1都2府41県に分布している。すなわち分布域の北限は青森県下北半島(北緯41゜31')であり、南限は屋久島(北緯30゜20')である。本州、四国、九州の周辺島嶼では、屋久島、淡路烏、小豆島にだけ分布する。広島県の宮島にも生息しているが、自然分布ではなく、小豆島より移入したものである。

生息区画数(群れ生息区画数+群れとは判定できない少数個体出現区画数)は、3,904区画と本調査の対象種の中で、ヒグマ、ツキノワグマについで少なく、生息区画率(本種が自然分布しない北海道、沖縄を除く全区画数に対する生息区画数)は、31.6%である(付表1)。

生息区画率を地方別にみると、中国、近畿、四国、中部、九州がそれぞれ53.7%、44.3%、41.7%、34.4%、32.9%と全国平均またはそれ以上となっている。

関東、東北はそれぞれ21.6%、11.9%と全国平均よりかなり低く、ことに東北は全国で最も低い。関東から東北地方にかけて分布域に空白が多いことは、このことを物語っている。

全国的な分布傾向を見ると、中部地方以西の分布域が広い西高東低型の生息分布を示しているといえよう。

イ.分布を規定する要因

本種の分布域がこのような分布傾向を示すのは、東北地方ではその寒冷な気候が、九州地方では植林等の自然地域の開発が、大きな影響を与えているのではないか、と推測される。そこで、気候の指標として積雪深を、人為的要因の指標として森林率をとりあげ、本種の分布との関係を分析した。また、本種は亜寒帯林に適応していないとの指摘があり、本種の分布域と亜寒帯林の分布域との関係も、あわせて分析した。

1 150cm以上積雪深地域とニホンザルの分布

ニホンザルは、ヒト以外の霊長類では世界的分布の北限に位置し、深い積雪地帯にも生息するため、その寒冷地適応の生理、生態的機構については従来から注目されてきた。しかし、これまでニホンザルの全国的な分布と対応させて、気候的、生態的な分布要因が分析されたことはなかった。ここではニホンザルの分布域の北半、北緯35.3度以北、東経136゜以東の地域を対象として、150cm以上の積雪日数の区画とニホンザルの生息区画との関係を調べた。積雪深150cm以上の地域は、いわゆる裏日本型気候の地域とよく一致するが、この地域内の各5kmメッシュ区画毎に150cm以上積雪深の一冬合計日数を調べ、これを10日毎に8区分しこの8区分の積雪区画とニホンザルの生息区画との関係を見た(表2−3−1)。

対象地域における150cm以上積雪地域の区画数は4453区画(ニホンザルの分布する地域の全陸地区画数の36.54%)、群れ生息区画数は553区画(全国の群れ生息区画数の25.96%)、少数個体生息区画数は374区画(全国の少数個体生息区画数の21.07%)、絶滅区画数は151区画(全国の絶滅区画数の5.19%)であった。このことより、ニホンザルの生息区画は積雪地域にやや低い比率で分布していること、同時に絶滅区画の割合も高いこと、を示している。すなわち、ニホンザルの分布域は、裏日本型気候の積雪地域をやや避けるという傾向を示している。このことは、150cm以上積雪深の地域の区画数に対する群れ生息、区画数の割合(群れ生息区画率)を見れば、さらに明らかである。すなわち、積雪地域の群れ生息区画率は12.42%と全国の陸地区画数に対する群れ生息区画数の割合、17.48%をやや、下回っている。ただし、150cm以上積雪深の日数が増加しても、その地域に対する群れ生息区画数の割合が減少しないことは注目される。これは、少数個体生息区画率にもみることができる。

上記のニホンザルの分布域と積雪深との関係を地理的に明らかにするため、5kmメッシュで積雪深とニホンザルの分布図とを重ねあわせ、図2−3−2に示した。ニホンザルの群れの生息域は、150cm以上積雪深が年間50日以上に達するわが国でも最も雪の深い地域、白神山地、朝日、飯豊山地、越後山地および飛騨山脈などにもかなり広く分布していた。

ニホンザルの分布域が多雪地域に広く見られる理由として、(イ)ニホンザルは、生理的、生態的に積雪に適応していること、(ロ)多雪地域は造林に適さないので、これらの地域は自然林として残る可能性が高く、結果的にニホンザルの生息地を保全したこと、(ハ)ニホンザルの群れの生息区画のある多雪地域はいずれも大きな山塊であり、造林、狩猟等の人為的影響をうけにくい地域であること、などが考えられる。

2 亜寒帯林の分布とニホンザルの分布

ニホンザル主要な食物は木本植物であるが、亜寒帯林に生息するニホンザルでも、温帯林要素の樹種を選好するところから、ニホンザルは亜寒帯林に適応していないとの指摘がある。

植生図(堀川(1968)に上原が加筆)から、本州の亜寒帯林地域(中部地方以北における本州の主要な山岳のほぼすべてが該当する)をぬき出し、ニホンザルの分布図上に重ねあわせて検討したところ(図2−3−2)、26ヵ所の亜寒帯林地域のうち、22ヵ所ではニホンザルの群れの生息区画はないか、あっても周辺のわずかな部分を占めるにすぎない。飯豊山地以北の東北地方の亜寒帯林では、朝日岳東斜面の一部を例外として、まったくニホンザルの群れは生息していない。

亜寒帯林が広がっているにもかかわらず、ニホンザルの群れ生息区画がみられるのは、中部地方の4力所である(三国山脈、金峰山、赤石山脈、木曽山脈)。これらの地域は、三国山脈の岩菅山(2295m)周辺を除くと、すべて150cm積雪深の地域外である。

亜寒帯林の存在は、ニホンザルの分布を制限する重要な要因の一つである。

特に積雪地域にあっては、ほぼ完全にニホンザルの分布を制限する、と結論できよう。

3 森林率とニホンザルの分布

ニホンザルの分布に影響を与える人為的要因については、森林伐採による生息域撹乱の問題が1970年代より自然保護の観点からとりあげられてきた。本報告では、人為的影響を測る指数として、第3次地域区画(1kmメッシュ)に占める森林面積の割合注(6)(以下森林率と略す)と、ニホンザルの分布域との関係を分析した。分析結果の一つとして森林率を4区分し表2−3−2に、各森林率区分における生息区画数とIvlevの選択係数を地方別に示す。この場合1kmメッシュ表示の国土数値情報である森林率区分の地理的分布とコンピュータを使用して対照するため本種の生息区画も1kmメッシュで処理したものを用いた。

森林率区分9におけるニホンザルの生息区画数は全国で9150区画であり、森林率が下ると共に生息区画数も少なくなる傾向は、各地方とも同様であった。また森林区画数に対する生息区画数の割合(生息区画率)も、一般に森林率が下ると小さくなる傾向があった。

この値は、各森林率区分の面積に影響されるので、Ivlevの選択係数を導入し以下の式により補正しこれを本種の森林率選択度とした。この式でrはある森林率区分に重なった種の生息区画数のその種の全生息区画数に対する割合(表2−3−2のB)とし、Nは各森林区分が総調査区画数に対して占める割合(表2−3−2のA)とすると

森林率選択度=

r−N

r+N

(Ivlevの選択係数)

で示される。もし、ある森林率区分を全く利用しなければ(忌避すれば)この値は−1となり、その森林率区分ばかり利用していれば1となる。Oの場合には、選択していない(無関係に生息する)ということになる。

これによると、森林率階級が下ると選択係数が下るというはっきりした傾向が見られた。

以上のことから、ニホンザルの分布と雪積、植生状況の関係は次のようにまとめることができる。

注(6)森 林 率

哺乳類分布情報と重ねあわせるべき国土数値情報として、土地利用区分が採用された。これは、土地の利用状態を、森林、農耕地、市街地に分類し、第三次地域区画(1kmメッシュ)のそれぞれについて、これらの土地利用がそれぞれどれ位の割合で含まれているかが情報として示されている。森林の種類(人工林か天然林か)や森林の組成(構成種はスギか、ブナか、など)は、この情報からでは判別できない。しかし、1kmメッシュにおける森林面積の割合が明らかになるということは、森林以外の人為の影響下にある土地利用率を逆に示すことになる。したがって森林率が、相対的な人為的影響の度合を示す指標として使用可能であろうと考え、これを4段階にわけ、それぞれの区分に、各種の生息区画がどれほど含まれるかを調べ、集計すると共に、2kmメッシュの図を作成した。

本報告における各種の分布と環境要因の解析に使用した各森林率区分は、以下のように各区画に対する森林面積の割合を示している。

森林率区分9:森林面積70%以上

森林率区分6:森林面積40〜70%未満

森林率区分3:森林面積10〜40%未満

森林率区分その他:森林面積10%未満

1 多雪地域(150cm積雪深日数50日以上の地域)はニホンザルの分布に直接の制限を与えない。しかし、多雪地域で亜寒帯林がある場合は、ニホンザルの分布は制限される(例外、朝日岳東斜面、岩菅山周辺)。

2 亜寒帯林は明らかにニホンザルの分布の制限要因の一つであって、深い積雪がみられない地域でもニホンザルの分布を制限する(例:北上山地、富士山、八ケ岳、御嶽山)。

3 深い積雪のない地域では、亜寒帯林でもニホンザルの分布が見られる(例:赤石山脈、木曽山脈、金峰山)。これは深い積雪がニホンザルの分布をある程度制限する働きをもっということを示すとともに、これらの地域の他の環境要因(たとえば、亜寒帯林といっても北陸、東北地方のものに比べると、その種組成が異なるといった植生上の、あるいは気温の高さなどの気候上の要因)の多雪地域との相違を示すものとも考えられる。

4 森林率に示される人為的影響は、ニホンザルの分布を制限する最大の要因である。ニホンザルは森林率の低い区画(森林3)でも見られるが、それらの地域での生息率はきわめて低く、このような環境は、ニホンザルの分布を確実に制限している。

ウ.ニホンザルの保護上の課題

ニホンザルの地域個体群の大きさを示す目安となるのは、群れ生息区画率(陸地区画数に対する群れ生息区画数の割合)である、と考えられる。群れ生息区画率は東北地方で最も低く、九州地方がこれについで低い。両地方では、群れ生息区画数も少ないので、ニホンザルの保護上留意すべき地方として考えられる。ことに東北地方では、人為の影響を受けにくい高山が、ニホンザルの分布を制限する亜寒帯林となっているため、ニホンザルの存続は常に危険にさらされていると言えよう。東北地方のニホンザルの分布域は、単に霊長類の世界的分布の北限というばかりでなく、その生態的適応の極限を示すものとして、特に重要な位置を占めるものと考えられる。東北地方におけるニホンザルの分布域の保全は、本種の保護にとって特に重要である。

(2)シカの分布

ア.分布の現況

図2−3−3は、シカの地理的分布をメッシュ図を示したものである。

本種は、北海道、本州、四国、九州、瀬戸内諸島、対島、五島列島、大隅諸島、慶良間諸島に分布することがわかる。

しかしながら、生息区画数(周年生息区画数+一時的生息区画数)は4,089区画と本調査の対象種の中で、ニホンザル、ヒグマ・ツキノワグマについで少なく、生息区画率(全区画数に対する生息区画数)は、25.4%にすぎない。(付表2)。

生息区画数は北海道のl,684区画を筆頭に、近畿690.5区画、九州690.5区画、中部511.0区画の順である。東北の65.0区画は極めて低いといえる。

生息区画率をみると、北海道、四国、九州がそれぞれ45.3%、26.0%、26.6%と全国平均またはそれ以上となっている。本州については、近畿が50.5%と高いことを除いては、東北、関東、中部、中国とも全国平均をはるかに下回っている。とくに東北は2.4%と極端に低い。分布メッシュ図に空白部の多いことが、これを如実に示している。また中部については、北陸地方で空白が目立っている。

北海道と近畿が、区画数・区画率ともに高く、逆に東北・関東・中国が低いといえる。

北海道を除けば西高東低型の生息分布を示している。

本種の生息状況は今回の調査対象となった哺乳類8種の中ではニホンザルとともに最悪の状態にあるといってよい。すなわち、生息区画数は4,089区画(25.4%)にすぎず、周年生息区画数は1,963.5区画(12.2%)とさらにわずかである。

本種個体群の衰退状況は、区画数だけでなく、その分布が地理的に寸断されている状況にもみることが出来る(図2−3−3及び表2−3−3)。このような生息域寸断による地域個体群の弱小化は、明治以降の地域的絶滅によっても促進されたことが考えられる。このような絶滅区画集中地域は次の16地域である。1)渡島半島東部 2)栃木県那須・福島県東白河 3)群馬県中部 4)東京都西北部 5)静岡県西部・愛知県東部 6)岐阜県中部 7)石川県能登半島 8)福井県中・北部 9)大阪平野周辺部 10)広島・島根県境部 11)四国西南部 12)宮崎県南部 13)福岡県西部・佐賀県東部 14)長崎県平戸島 15)五島列島 16)鹿児島県大隅半島。

結果的には、本種は東北地方では五葉山、牡鹿半島・金華山島を除いて全く分布せず、中部地方も豪雪地帯の北陸地方を中心に非生息地域が広がっている。

イ.シカの分布を制限する要因

1 積雪とシカの分布

ホンシュウジカ

ホンシュウジカ(Cervus nippon centralis)の活動および採食が困難になる積雪深は45pないし50p以上であるという野外観察の事実から本種の生息に影響を及ぼす積雪深は45cm以上ないし50cm以上積雪日数が重要であると考えられる。さらに、50cm以上積雪日数が30日を越えると積雪による死亡個体が出はじめ、50日を越えると多発するという事実も確認されている。本報告ではこの点についてさらに全国的規模で検討することにした。

表2−3−4は、本州・四国・九州における50cm以上積雪日数と本種の通年生息区画数・季節的一時的出現区画数・絶滅区画数との対応をみたものである。

通年生息区画数は、50cm以上積雪深10日未満では期待値以上となっているが、積雪日数10日以上の区分ではいずれも期待値よりも小さく、明らかに通年生息区画数は50cm以上積雪深10日未満区分に集中しており(92.2%)10日以上の区分ではきわめて少なく、30日以上の区分ではいずれも1%未満となっている。季節的一時的出現区画は、やはり積雪日数10日未満に集中しているが(86.6%)、10日以上20日未満区分でも期待値をわずかではあるが上まわっている。しかし、それ以上の日数区分になると期待値を下まわるのは通年生息区画の場合と同様である。絶滅区画も10日未満区画に集中する(85.5%)のは同様であるが、10日以上20日未満区分ならびに20日以上30日未満区分でも期待値をわずかに上まわる数値を示している。30日以上区分になってはじめて実際値は期待値よりも小さくなっている。

このように、ホンシュウジカが50cm以上積雪日数10日以上地域を避ける傾向を読みとることが出来る。季節的一時的出現区画が多雪地帯でもみられることは、本亜種が分散・放浪・季節的移動といった移動様式を示すことから考えてあり得ることである。

次に50cm以上積雪深50日以上を本州におけるホンシュウジカの分布を制限する積雪量の目安として、この積雪分布と本種の地理的分布との対応をみたのが図2−3−4である。

通年生息区画がこの基準積雪分布に接するあるいはわずかに重なるのは、兵庫県西部、岐阜県北部、栃木・群馬県境部、福井県東部、長野県北部だけである。

表2−3−5は、50cm以上積雪深50日以上区画数を県別にみたものである。秋田・山形・新潟の3県は、50%以上の区画がこれに次いでいるが、これらの県では本種は現存していない。

したがって、この積雪分布は本種の生息を困難にし本州における地理的分布の最前線に比較的よく一致しているということが出来る。本種の分布がこの積雪分布から隔っている場合は、積雪以外の分布制限が働いていて分布の空白が生じているとみることが出来る。

エゾシカ

ところで北海道に生息するエゾシカ(C.nippon yesoensis)はホンシュウジカ(C.n.centralis)よりもひとまわり体が大きい。したがって、エゾシカの場合は、60cm以上積雪深日数をひとつの目安として積雪との関係について検討することとした(表2−3−6)。

エゾシカの通年生息区画は、30日以上40日未満積雪日数を除いて80日未満のいずれの積雪日数区分でも実際値が期待値を上まわっている。30日以上40日未満区分でも実際値と期待値の隔たりはわずかである。積雪日数区分80日以上になってはじめて期待値が実数値を2倍以上も上まわり、エゾシカがこの積雪区分を避けている徴候をみることが出来る。季節的一時的出現区画の場合も同様で、80日未満のいずれの積雪日数区分でも実際値と期待値の間に大きな隔たりは認められない。積雪日数区分80日以上になってはじめて期待値が実際値を約1.5倍上まわり、エゾシカがこの積雪日数区分を避けている徴候をみることが出来る。

図2−3−5は、エゾシカの地理的区分と上述の60cm以上80日以上80日以上区画の分布と対応関係をみたものである。通年生息区画がこの積雪日数区分の分布と重なりあっているのは、上川支庁上川・旭川・富良野、・十勝支庁上川・河東、日高山脈中南部、根室支庁標津で認められる。

しかし、これらの重複地域を除けば、両者は分布を大きく異にしている。すなわち、60cm以上積雪深80日以上の地域の分布は北海道の西半分に偏っており、一方エゾシカはこの多雪地域を避けるように北海道の東半分を中心に分布している。

2 森林率とシカの分布

表2−3−7は、地方別にみたシカの生息区画数と森林率区分との関係をみたものである。1kmメッシュ表示の国土数値情報である森林率区分の地理的分布とコンピュータ−を使用して対照するため、本種の生息区画も1kmメッシュで処理したものを用い、各森林区分における生息区画数とIvlevの選択係数を示した。

森林率区分9におけるシカの生息区画(1kmメッシュ)数は、全国で9,381区画であり森林率が下ると共に生息区画数もゆくなる傾向は各地方とも同様であった。

また森林区画数に対する生息区画数の割合も、北海道を除き同様の傾向があった。一方北海道では森林率区分6のところにこの値の最高があった。

これをIvlevの選択係数を用いて表わすと、その傾向がより明瞭に把握され、ホンシュウジカは、森林率区分9を選択的に利用し、エゾシカは森林率区分6をより好む。

以上から、シカは森林率の高い地域に集中しているとみられるが、北海道と東北地方以南で傾向がやや異なるのは、土地利用の違いによるのではないかと考えられる。もともと本種は林縁性であるので、むしろ森林率が極端に高い地域よりやや低い地域の方が好適であるのかもしれない。すると、牧野、原野など森林以外でもある程度まで本種の生息を許容し得る土地利用が行われている北海道では、やや低目の森林率区分でIvlevの選択係数が高くなるのは一応うなずけるわけである。一方、本州以南では、牧野・原野等は少なく、農耕地・居住地など本種の生息を許容し得ない土地利用が殆んどであるので、このような地域ではシカの生息は森林率の高い地域に集中するのではないかと考えられる。

3 狩猟圧

図2−3−6は、「鳥獣統計」にもとづく大正12年(1922年)以来のシカの捕獲数の推移を示したものである。

大正12年以来、捕獲数は第2次世界大戦前後を除いて4,000頭以内で漸増傾向を示すが、これが急増するのは昭和25年から37年までの間である。昭和37年には13,000頭にまではねあがっている。以後、この増加は再び緩やかになるが、昭和50年頃には15,000頭を前後するまでに至り、再び急増の徴しをみせている。この背景には、人口増加、経済成長にともなって狩猟者数の増加などが考えられるが、いずれにせよ本種への狩猟庄は増加こそすれ決して減少していないこと、すなわち本種の生息条件はこの点ではますます悪化の一途を辿っていること、この悪化は近年加速度的に度を強めていることが考えられる。

ウ.シカの保護上の課題

日本列島におけるシカの出現は比較的新しくウルム氷期も後期になってからと考えられるので、本来の生息域は、ウルム氷期以後分離した北海道をはじめとした本土と周辺島嶼ということになる。隠岐島、佐渡島などに本種が生息しないのは、現在本種が生息している屋久島、種子島、五島列島、対馬列島、瀬戸内海諸島に比べて島の成立隔離がはるかに古いためである。本種の地理的自然的分布の変動は、気候の寒暖に対応した多雪地帯の拡大縮小に対応し、本州では南北方向、北海道では東西方向に分布域の変動を示していたと考えられる。

本種の生息状況は今回の調査対象となった哺乳類8種の中ではニホンザルとともに最悪の状態にあるといってよい。すなわち、生息区画数は4,089区画、25.4%にすぎず、周年生息区画数は1,963.5区画(12.2%)とさらにわずかである。

シカ個体群の衰退状況は、区画数だけでなく、その分布が地理的に寸断されている状況にもみることができる。今日、地理的分布中心とでもいうべき個体群が分布している地域は、表2−3−3で示した周年生息区画が比較的広域にわたって連続して集中しているIの地域とみられ、すべて寡雪地帯に位置している。この地域の森林生息区画率、周年生息区画率はいずれも高い値を示しているが、特に奈良県、和歌山県を中心にした紀伊半島南東部はその可能性が最も大きい。Iを除く地域ではこれに匹敵する集中部は見当らず、分布域が孤立した形になっている。

このような生息域寸断による地域個体群の弱小化は、明治以降の地域的絶滅にみられたように、今後も新たな地域的絶滅を生みだすことが予想される。

すなわち、本種は東北地方では五葉山、牡鹿半島・金華山島を除いて全く分布せず、中部地方も豪雪の北陸地方を中心に非生息地域が広がっている。中国・四国・九州地方での分布もきわめて疎らで薄くなっており、本種の生息の不安定な状況を表わしている。

このような状況にありながら、シカの捕獲数が大きくみて上昇一途の傾向にあることは、本種の適切な保護管理の点から、一考を要する問題であろう。

(3)ツキノワグマの分布

ア.ツキノワグマの分布域は、本州では中部以東の山岳地帯に偏り、中部および東北地方に広く分布している(図2−3−7)。近畿地方南部と中国地方西部には、他の分布域と完全に隔離された分布域がみられる。四国での分布は希薄で小規模なものが点在し、繁殖区画の情報は得られなかった。九州では確実な生息情報は得られていない。

ツキノワグマの総生息区画数は3,585区画でヒグマに次いで少なく、生息区画率(本種が自然分布しない北海道を除く全区画数に対する生息区画数)は29.0%である(付表3)。

生息区画数は、東北地方が最も多く、1,442区画、次に中部地方の1,323.5区画で、この2つの地域だけで全生息区画の77.7%と日本全体の生息区画の大部分を占める。その他は、関東(297区画)、近畿(270.5区画)、中国(26区画)の順である。

生息区画率でも、東北地方か最も高く(52.5%)、中部(47.8%)、関東(23.8%)、近畿(19.8%)、中国(16.0%)、四国(3.9%)の順となる。

九州ではすでに絶滅したものとみなした。

各地方別の分布状況をやや詳しく述べると以下のとおりである。

東北地方:この地方は、中央部の脊稜山地を中心に隣接する主な山地のほとんどの地域にわたって連続して分布域が広がっている点で、他の地方にはみられない特徴を有している。即ち、奥羽山脈を軸に白神山地、北上山地、丁岳山地、出羽山地、朝日・飯豊山地および帝釈山地などに連続分布がみられるほか下北半島にも分布する。

以上のように一部でやや不連続な分布域が存在するものの、東北地方におけるツキノワグマの分布域はほぼ連続しているとみなしてよいだろう。

関東地方:東北地方に続く中央脊稜山地およびその隣接山地である三国山地、越後山地、関東山地に連続分布域がみられる。隔離された分布域はみられないものの、茨城、千葉両県のごとく全く生息区画がないか、生息区画率か低い都県を含む結果、全体としての分布域の広がりはさほど大きくはない。

中部地方:この地方の分布域は前の東北および関東のそれに隣接し、かつ連続している。南北両アルプス、中央アルプスはじめ、飛騨山地、両白山地などが主な分布域となっている。

この地方には長野、岐阜、福井各県のように、東北地方に匹敵する広がりをもつ分布域が存在する。

近畿地方:両白山地に隣接して比良山地や丹波山地など日本海側に面した山地に連続する分布域があるが、中部地方以東に較べその広がりは著しく狭いものとなっている。なお、この分布域は東北地方からの連続分布の西限となっている。また、このほか紀伊山地に、他のどの分布域とも繋がらない隔離分布域が存在するのも中部地方以東ではみられないことで、この地方でのツキノワグマの分布を特徴づけている。

中国地方:近畿地方西部の分布域が中国山地東部まで連続しているが、岡山、鳥取および兵庫の県境付近までで、それより西には広がっていない。したがって、この地方の実質的な分布域は、中国山地西部に位置する冠山山地周辺にみられるだけであり、紀伊山地同様、隔離された孤立分布域となっている。

四国地方:南北に二分して東西に走る四国山地の東部と西部にわずかずつ生息区画が点在するのみで、これまでみてきたいずれの地方にもなかったきわめて貧弱な分布が示されている。

九州地方:この地方では分布域は現存せず、すでに絶滅したとみてよい。1kmメッシュでは宮崎県下に4区画のみがみられたが、いずれも生息に関する情報が年代などを欠いており、実質的には生息区画とみなしがたいものである。

イ.ツキノワグマの分布とブナ帯自然林

これまでみてきた地方別のツキノワグマの分布は、一見して、本州、四国および九州における落葉広葉樹林の水平的分布とよく一致したものになっている。図2−3−8の我が国の水平的森林帯の分布図(安田1980による)とツキノワグマの分布(図2−3−7)を重ねてみればその対応は明らかである。

また、落葉広葉樹林に接したコナラ、クリ、シデ類、モミ、ツガなどからなる森林帯(暖帯落葉樹林帯)が中部地方から東北地方の内陸部に現存することをあわせると、これら両森林帯でツキノワグマの分布は一層よくカバーすることができる。なお図2−3−8には緯度にそった垂直的森林帯が同時に示されているが、これは、先にみた西日本でツキノワグマの分布域が狭小になることは、生活場所としての落葉広葉樹林帯の狭小さと係っていることをよく示すものである。

ところで、地方別および都道府県別にブナ、ミズナラの森林帯面積とクマの分布面積の関係をみたのが表2−3−9図2−3−9である。森林帯面積は第一回自然環境保全調査植生調査の成果(環境庁、1976)により、ミズナラ−ブナクラス域の自然および代償植生(以下ではブナ帯と略称)に区分された1kmメッシュの区画数を全ての群落について総計することで求めた。

地方別にみると1kmメッシュ総区画数に占めるブナ帯区画数およびツキノワグマ生息区画数の割合は同一傾向を示し、ブナ帯区画率の順と生息区画率のそれとは同一となっている。このことは両者の間に正の相関関係が成立することを示唆するものである。そこで、都府県ごとにブナ帯区画数に対する生息区画数をプロットしてみると、おおよその傾向として上の関係が示された。これにより、概して東日本で濃く西日本で薄いツキノワグマの分布のパターンが植生から説明することができる

しかしながら、分布域の広がりと生活場所としてのブナ帯の広がりの間におおまかな正の相関関係が見い出されるとはいえ、都府県別にはもちろん、表2−3−9にも示されるとおり隔離分布域をもつブナ帯域の狭い近畿や中国地方が、広い連続分布域をもつ東北や中部地方よりも逆に高い率で分布しており、両者の関係が単純に成立しているものではないことを同時に示している。本種を含む大型哺乳類の全てがかつては時、所を問わず狩猟対象であり、また自然の人為による改変は所によってさまざまであるから、地域によって現在のツキノワグマの分布が一様でないことは当然のことであり、分布はすぐれて歴史の所産であると考えられる。このことはしかし、上でみたツキノワグマの分布域とブナ帯の広がりの間には、本種が生活場所をブナ帯に求めるゆえにパラレルな傾向が成立することを否定するものではない。

なお、北海道の南部、渡島半島にもブナ帯が現存するが、ツキノワグマの分布をみないのは、地史的な背景が原因となっていると考えられている。

ウ.ツキノワグマの保護管理上の課題

ツキノワグマの分布現況は上にみたとおりであるが、このうち分布域の拡大が近時になって引きおこされたはっきりとした例はいずれの地域においてもみられないようである。逆に、地域的な絶滅により分布域が消滅したり、地域個体群の絶滅の可能性が高い分布域の存在や、不連続な隔離分布域が生じるといった退行的な分布域の変動が明らかになった。

このほか、今回の調査では絶滅に関する情報が得られていないが、自然環境からかつては分布域であったと考えられる地域が幾つか存在することも示唆された。

これらの分布域について以下にやや詳しく述べる。

絶滅による分布域の消滅:九州地方があげられることは既に述べた。今回の調査では、5kmメッシュで大分県は3区画に8件、宮崎県は4.5区画に36件それぞれ絶滅情報が得られた。これらは九州山地の祖母・傾山系と宮崎県中部の山地に比較的限定されている。また、絶滅の年代としては、明治、大正とする情報が宮崎県で66%、大分県で50%あった。

狩猟統計によれば、昭和26年に大分県で3頭の捕獲が記録されて以後捕獲は途絶えている。また、大正12年以降大分県ではわずかに年1〜4頭の記録が前後7年とびとびにみられるが、宮崎県を含めて他県にはみるべき記録はない。このように、九州地方ではツキノワグマの捕獲数はごく僅少であった。

九州山地では、後述するように生息場所の広がりが他地域に比較して著しく狭かったとすれば、地域個体群の規模も小さなものであり、いわば遣存的な性格をもった分布域として存在していたと言えよう。そして、実質的に地域個体群が絶滅した時期は昭和以前を想定して差し支えないものと思われる。

絶滅に頻している分布域:このケースとしては四国地方があげられる。四国山地には東西に二分して生息がみられるものの、ともに生息区画は僅少で、しかも同時に絶滅情報をも含んだ生息区画が多く、繁殖を裏付ける情報が皆無であることなどから、個体群としての存続が危ぶまれる状況にある。

徳島県の剣山地と高知、愛媛県境の両生息域を比較すると絶滅情報を含んだ生息区画が後者で多い。また、後者では生息区画がばらばらに散在することから、地域個体群としては後者の方がより小さいものと推察できる。このことは両地区を含む徳島県と高知県における近年の捕獲数にも示されている。狩猟統計によれば、昭和53年までの10年間の平均捕獲数は、徳島4.8、高知1.6である。

九州地方と同じく、生活場所の広がりが狭く、遣存的な分布域の性格をもつことから、絶滅に繋がりやすい状況にあるといえる。

隔離分布域の出現:紀伊山地と中国山地西部にほぼ同規模の分布域が存在する。

明治時代以降の絶滅情報を聴取した今回の調査で、岡山、鳥取県境を主体とした中国山地の中部と紀伊山地に繋がる鈴鹿、布引および高見の各山地には絶滅情報がない。したがって、両隔離分布域をもたらしたこれらの地域の分布域の消滅、即ち切れた分布域となったのは明治以前のことと推察される。

両隔離分布域が出現するに至る過程については、切れた分布域における生活場所としての潜在性、自然環境の人為改変、狩猟圧などから検討しなければならないが、いずれも今後に残される課題である。ただ、中国山地については地理学の立場から、早い時代から強い人為のおよび方により自然環境の改変が著しかったという、ツキノワグマの地域的絶滅との関連性において興味ある指摘がある。

なお、両隔離分布域では、いずれも近年の奥地自然林の人工造林化(拡大造林)による分布域の縮小と分断の進行およびそれに伴う地域個体群の弱小化が認められている。

かなり古い時代の消滅分布域:九州山地の分布域が事実上昭和の初期に消滅したのに対し、少なくとも明治以前に地域的に消滅したと考えられる分布域がある。

今回の調査では、絶滅情報が得られなかったものの、東北地方や近畿および中国地方で連続分布域に接し、主として植生からみる自然環境も潜在的に生息が可能であると考えられる地域では、かつてはツキノワグマが分布していたにちがいない。

紀伊半島および中国山地の切れた分布域の存在については既に述べたが、このほか東北地方では津軽半島と阿武隅山地がこの例として挙げられる。いずれも絶滅の原因と時代は不明であるが、この問題を解明するには、ツキノワグマの生活史はもちろん、例えば餌の量や質の年変動と関連した個体群動態や狩猟圧との関係などが検討されねばならない。

以上は比較的広域な分布域、即ち地理的な分布についてその変動をみたのであるが、分布域を地域個体群を単位にした局地的または地域的な分布をみた場合、分布の変動が生じているケースも多い。

主として自然林の伐採とその後の針葉樹の人工造林によるツキノワグマの生活場所の環境改変を直接的原因として、周辺地域への移動、分散が生じ、農林産物への加害の増大を招く結果、有害獣として駆除されるという一連の過程が、地域個体群の崩壊に至るパターンとして知られている。

(4)ヒグマの分布

ア.分布の現況

ヒグマの分布は北海道本島に限られ、周辺の離島には生息していない(図2−3−7)。

主な生息域は、大雪、紋別、日高、胆振などの山岳地帯に限られ、都市化、農地化の進んだ平野部にはみられない。

生息区画数は、1,963.0区画と今回の哺乳類分布調査対象種のなかでも低い値を示している。しかし、本種が分布する北海道の全区画数に対する生息区画数、繁殖区画数の比率、すなわち生息区画率、繁殖区画率は、それぞれ52.8%、20.5%とツキノワグマの平均的なそれよりも高く、生息区画率では東北地方のものと近い値を示している。

主な分布域は便宜的に次の6地域に分けることができる(図2−3−10)。T.黒松内以南の渡島半島山岳域。U.積月半島から支勿湖をへて登別市、伊達市に至る地域の山岳域。V.増毛山地から天塩山地にかけての北部日本海側山岳域。W.宗谷からオホーツク海側の北見山地を通り大雪山塊域までの地域。X.夕張山地および日高山脈域。Y.浦幌から阿寒、知床に至る山岳以下にこの6地域の分布状況について述べる。

T区では、特に日本海側に複雑な地形をもつ山岳が多く、それらが海岸近くまで分布しているため、クマの生息域もここに広く分布している。内浦湾側は早くから開けており、特に長万部−八雲付近の海岸域では生息状報がほとんどない。亀田半島部にもまだクマは生息しているが、松前半島に比べると情報量は少ない。また、大沼国定公園内の駒ケ岳周辺ではヒグマの生息情報はない。

T区とU区の間、すなわち、黒松内低地帯とニセコ連山、羊蹄山、洞爺湖を結ぶ線にかこまれた幌別岳、幌内山、昆布岳を含む、幅20−50kmの地域では、ヒグマの生息情報がほとんどなく、現在ではこの地域において事実上分布が分断されているとみることができる。また、ニセコ連山、羊蹄山に生息するとされる小個体群も、周辺域の開発によりほぼ孤立化しているものと思われる。

U区の生息域では支符湖周辺に分布の中心がある。この生息域では積丹半島基部で鉄道と国道5号線が、また、それより南では札幌−洞爺を結ぶ国道230号線が横断しており、いづれも交通量が多いため、将来この地域での分布の分断につながる可能性がある。U区の東側は石狩低地帯で、ここは人による土地利用密度が高いため現在ではほぼ完全に分布を分断しており、15−20km以上の非生息帯になっている。

V区は比較的まとまった山岳域で、交通量の多い横断道路も少ないため、クマの分布情報もほぼ一様に拡がっている。この地区は南は石狩平野、東は空知平野、上川盆地、名寄盆地などによって分布が切れており、北部は天塩川沿いに走る国道40号線や鉄道沿線が一応の境界をなしている。しかし、北部においては中川町や幌延町の北海道大学演習林付近において、W区との交流が知られており、この付近では今なお東部や南部ほど明瞭な分布の断絶はない。

Wは非常に広大な分布域で、南部の大雪山塊は日高山脈に連結しており、ここでは交通量の多い国道38号線を一応の境界としたが、ヒグマの分布はまだこの部分の一部において連続しているものと思われる。また、東部のX区とも連続した山岳域をもっているので、ヒグマの分布は一部で連続しているものと思われる。この区域での分布情報はほぼ全域に拡がっているが、大雪山国立公園北部やその周辺において大きな空白域がある。しかし、これは生息しないことを意味するのではなく、情報の欠如によるものであろう。

X区は夕張山地と日高山地を中心とする比較的まとまった分布域である。日高山脈脊梁部に沿って分布の空白部分がみられるが、これも情報欠如によるものである。この区の最北部に位置する国道12号、38号、237号線にかこまれた三角域では、現在のところまだ生息が認められているが、この個体群はすでにほぼ分布が切られており、交流があるとすれば南部のうち、富良野市−野花南町間の12−13kmの区間にすぎないと思われる。

W区では白糠丘陵、阿寒、津別町の山岳地を中心とする地域と知床半島に広い分布域をもっている。但し、斜里岳、海別品を含んだ知床半島の脊梁山脈部では生息していると思われるにもかかわらず、情報欠如のため空白地域となっている。この区とW区との境界は不明瞭であるが、足寄、陸別、置戸、北見にかけて走る鉄道および国道242号線に沿ったせまい地域に生息情報の少ない部分がある。この区の中には厚岸北部のパイロットフォレストを中心とする地域に孤立小個体群と思われるものがあり、これは戦後縮小した根釧地域個体群の最後の生き残りであろう。

以上のとおり、北海道のヒグマ主要分布を6区に分けてみると、T、U区はすでに孤立しているが、他の4区はまだ一部で互いに交流域をもっている。後者においても、それぞれ境界域における土地利用が進行しており、今後はそれらの地域における分布の分断はより明瞭になって行くものと予想される。また、このような分布の分断はここに示したものばかりでなく、それぞれの区内でも各地で起るであろうから、長期的にみれば、将来はさらに分布の細分化が起る可能性がある。

イ.ヒグマの分布と森林率

次に森林との関係でヒグマをみることとする。まず、ヒグマの主要分布域として分けた6地域の森林の所有形態との関連についてみると、次のような特徴が認められる。北海道内の全森林面積5,629,804ヘクタール(昭和54年現在)のうち、国有林(大学演習林を含む)は3,219,674ヘクタール(57.2%)を占めており、V区やW区ではヒグマ主要分布域の一部に、国有林の間に割り込む形で道有林が比較的広い面積を占めているけれども、一般に各区の山岳地の中心部に国有林、その周辺の低山帯に道有林(11.0%)を含む民有林(42.8%)が分布している(図2−3−10)。そして各区内におけるヒグマの主要分布域がほぼ完全に国有林と重なるところに大きな特徴がある。この意味から、北海道におけるヒグマ個体群の主要部は、山岳地に大きな面積を占める国有林によって維持されていると言っても過言ではない。

根釧原野の遣存的個体群の分布地であるパイロットフオレストや比較的出現記録の多い北見市北部の低山帯域はいずれも国有林で占められている地域である。一方、国有林周辺部に位置する道有林やその他の民有林地域では全く生息情報がないか、またはこれの少ない地域が多い。その主要なものは亀田半島、I区とU区の中間地帯、十勝平野東部丘陵地などである。

次に、森林率とヒグマの分布について見たのが表2−3−10である。ただし、前述のとおり、ここに示した1kmメッシュ表示ではヒグマの分布は異常に少なく記録されており、そのための森林面積(メッシュ)当りの分布比率も異常に低くなっているものとみなければならない。したがって、生息区画率の場合と同様、このデータはほとんど無意味に近いものと思われる。それに対し、ヒグマの分布域内における森林率と対応した分布様式(比率)の方は、森林率の違いによって記録率に大きな差がないものと仮定すれば、前者よりは一層有意なものといえよう。これによると、予想されるとおり、森林率の高い70−100%の中にヒグマの分布域の80%以上が含まれ、森林率40%以上の地域になると93%以上の分布域が含まれる。また、Ivlevの選択係数を求めると、森林率9でのみ正の値を示し、他は負、すなわち忌避する傾向を示した。

ウ.ヒグマの保護管理上の課題

現在のヒグマの生息域は、森林率40%以上の森林域にほぼ限定され、その主要部分は、全森林面積の57%を占める国有林によって維持されていることが明らかとなったが、北海道の開拓当初は、各地の平野部を含めて全域がヒグマの生息域であったことは疑いない。たとえば、現在は札幌市に含まれ、その北東部市街地に隣接している丘珠地区において、明治11年12月25日に起ったヒグマによる炭焼小屋襲撃事件や明治18年に札幌の道庁に出現したクマ事件などがそのことをよく物語っている。その後、石狩平野、空知平野、上川盆地、十勝平野など、主要な平野の農業開発が行われると共に、それらの地域からヒグマの生息域は山岳部に後退した。

このように、平野部や低山帯の森林開発の進行とともにクマの生息域は後退したが、それでも昭和30年代までは大部分の低山帯や山麓域が、不規則的利用ではあるが少なくともヒグマの季節的活動域であったことは多くの事実が物語っている。それは石狩平野周辺山麓域に関しても例外ではない。

昭和30年代に入ってから道内の開発は急速に進み、33年からの拡大造林計画による国有林の大面積伐採と造林、35年からの経済高度成長政策等により、根釧地域や宗谷天塩平野における森林伐採と酪農用大規模草地化をヒグマの生息域を縮小・後退させた原因としてあげることができる。これらの地域ではこの時期以後ヒグマの絶滅域が拡がり、現在ではほとんど生息情報はなくなっている。一方、小規模ではあるが、生息数が回復したと思われる例もある。その一つは根釧原野の約一万ヘクタールにおいて実施されたパイロットフォレスト計画である。これは昭和32年から10年間にわたって、この地域の低い丘陵地にカラマツの大造林地を作ったものである。造林後すでに20余年をすぎ、カラマツ林が成林して大森林が復元された結果、昭和30年代初期にはほとんどみられなかったヒグマの足跡が、近年では頻繁にみられるようになっている。それに似た例が渡島半島部においてもみられるという。この地方では、低山帯の戦後の造林地が成林したことと奥地の森林伐採などにより、近年では低山帯におけるヒグマの出現が頻繁になってきたといわれる。

一部に以上のような例はあるものの、30年代以降の道路網の発達とその周辺域の開発に伴い、ヒグマの生息域が漸減し、孤立化が進行していることは疑いないことと思われる。ツキノワグマにもいえることであるがヒグマは、人間と接触すれば危害を与える可能性の高い動物であり、人間の活動域に入り込んだ個体はほぼ確実に有害獣として、駆除される。

生息域の孤立化、分断化の進行は、このような機会を増加させ、地域的な絶滅からかつてのエゾオオカミのように種の絶滅にまで至る可能性を含んでいる。このような大型動物の保護管理には、人間と接触する機会の少ない広大な地域の存在が不可欠である。

(5)イノシシの分布

ア.分布の現況

図2−3−11は、本調査によるイノシシの地理的分布をメッシュ図で示したものである。

本種の分布は大きく西南日本に片寄っている。北海道、東北の大部分、福井、石川の両県を除いた北陸といった東北日本には全く生息していない。また、関東、大阪、高知、熊本等の平野部では分布が疎であるか、分布していないことが目立つ。

周辺島嶼での本種の生息例は少なく、本種が分布する島嶼としては兵庫県淡路島、南西諸島があげられる。南西諸島に生息するものはリュウキュウイノシシと呼ばれ、亜種あるいは独立種として区別する説もある。長崎県五島列島では大正時代に絶滅したという情報が得られている。

イノシシの生息区画率は、東北の7.5%にはじまり、関東、中部の順に高くなり、近畿に至って最高値75.1%を示す。一方、近畿以西では、中国、四国の順に徐々に減少し、九州では47.1%にまで低下する(付表4)。

イ.イノシシの分布と積雪

1 イノシシの分布と積雪

一般に有蹄類は後肢附関節の高さ以上の積雪によって行動を著しく阻害され、イノシシでは約30cmの積雪深が行動阻害につながると考えられているので、ここでは積雪深30cm以上の日数をとりあげることにした。

表2−3−11によれば、積雪日数が10日未満では全区画の50%以上に生息が認められるが、積雪日数が多くなるにつれて生息区画率は減少し、積雪日数区分70日以上ではわずかに3.3%(56区)を示すにすぎない。この56区画の位置と内訳は、長野県1区画、岐阜・石川・福井の県境地帯51区画、兵庫県4区となっている。

本種の積雪に対する自然分布の限界は、1冬当り30cm以上平均積雪日数70日を一応の目安とすることが可能と考えられる。

本種の生息が、青森・秋田・山形・新潟・富山の各県をはじめとした多雪地帯で認められないのは、まさしく自然的分布制限要因としての積雪が、主に原因しているためであろう。

2 イノシシの分布と森林率

表2−3−12は、森林率区分に対応した区画総数と生息区画数(1kmメッシュ)である。

全国合計をみると、本種の全生息区画の約80%(16,814区画)が、森林率70%以上の「森林9」に含まれ、森林率が低いほど生息区画数が少なくなっている。森林率10%未満の区分である「その他」ではわずか0.6%、124区画に生息が認められるに過ぎない。

地方別にみても、「森林9」に含まれる生息区画の割合は、東北地方と九州地方で60%とやや低いほかは、いずれも80%以上を示し、森林率が低くなるほど生息区画数が少なくなる傾向は一致している。

これをIvlevの選択係数によってみると、東北地方では「森林9」に対する選好度は顕著でなく、「森林6」において良く選好されている。関東から四国までの各地方では、「森林9」が選好され、それ以下の区分では忌避される傾向がみられた。

一方、九州地方では、「森林9」に対する選好度は関東地方に次いで高く、「森林9」に対しても忌避傾向は認められなかった。

以上の結果から、本種は明らかに森林地帯を中心に分布しているといえる。

ところで従来、本種の生息環境としては、森林・耕作地・人家が混在する場所があげられているが、これは今回の分析と矛盾するものではなく、今回の調査からも、本種は確かに耕作地や市街地がある程度存在する地域にも生息することがわかる。ただ一方でその比率が高くなると殆んど生息しなくなることも事実である。

表2−3−13は、森林区分「9」「6」に含まれる区画数に対する生息区画率すなわち生息飽和率をみたものである。

生息飽和率の平均は北海道を除いて計算すると49.6%で、まだまだ分布域を拡大し得る余地はありそうだが、すでにみたように、北陸・東北地方は森林の状態がよくても多雪のために生息が難しいから、多雪地帯を除くと飽和率はさらに高くなる。関東地方は42.5%とやや低いが、新潟・富山・石川・長野4県を除いた中部地方が66.8%、四国地方58.8%、九州地方52.9%、中国地方68.5%と全国平均よりも高く、近畿地方は82.0%ときわめて高い値を示している。

生息飽和率80%以上の飽和率区分Tの該当地域は5府県で、近畿地方が大阪・三重・滋賀の3府県、四国地方では愛媛県、九州地方では宮崎県となっている。次いで生息飽和率が60%以上80%未満の区分Uを示すのは21府県で、近畿・中国地方を中心にして九州・四国・中部および関東地方の一部に分布している。飽和率40%以下の区分は、先述した多雪地帯である北陸・東北地方に分布するとともに、四国の香川県、九州の佐賀・長崎・沖縄の各県となっている(図2−3−12)。

多雪地帯以外の地域で生息飽和率を下げている原因としては後述する狩猟による捕獲が第一に考えられる。

多雪地帯を除けば、この飽和率の低い地域ほど今後さらに分布を拡大し得るわけであるが、ここでいう「森林」には本種にとって必らずしも好適でないものも含まれているから注意を要する。

ウ.イノシシ個体群の地理的分布構造

自然的分布制限要因としての積雪との関係からみるならば、本種の分布中心は無雪あるいは寡雪地帯であり、多雪地帯へむかって分布周辺が拡がっているとみることができる。しかし、各種の開発が歴史的に展開されそして集積している今日、自然的分布条件からみた分布中心も、人為的分布制限要因が強く影響しない地域に制限されるとみることができる。そのような地域は、すでに分析したようにまさしく森林区分「9」ないし「6」の地域である。ただし、ここでも狩猟圧をはじめとした分布制限要因が働いているから、現在の分布中心はこれらの分布制限要因の影響にもかかわらず強い勢力を有する個体群が生息している地域とみることが出来る。

先に分析した対森林生息飽和率は、このような個体群の勢力を推量するひとつの目安と考えられる。したがって、この生息飽和率が高い地域こそ勢力の強い個体群が分布している可能性が大きい、すなわち分布中心である可能性が大きいとみることが出来る。

図2−3−12で明らかなように、本州では対森林生息飽和率の高い地域は、近畿地方を中心として中国地方、中部地方へと拡がっているから、これらの地域は分布中心とみなし得る。一方、北陸、関東、東北地方での飽和率はきわめて低く、生息しない地域すら認められるから、これらの地域は分布周辺とみなして差支えない。一方、四国地方は愛媛県での飽和率がきわめて高く、高知・徳島両県がこれに次ぎ、香川県では20%以下ときわめて低くなっている。したがって、四国では、愛媛県を中心とした地理的分布構造を持っているとみられる。九州地方では、宮崎県の飽和率がきわめて高く、隣接する大分、鹿児島、熊本県が次いで高くなっている。そして福岡、佐賀、長崎県の順に低くなっている。当然のことながら、九州地方では宮崎県を分布中心とし、北・西九州を分布周辺とする分布構造となっている。

(6)キツネ・タヌキ・アナグマの分布

ア.分布の現況

1 キツネの分布

図2−3−13は、本調査によるキツネの地理的分布をメッシュ図で示したものである。

キツネは、九州、四国、本州、北海道にきわめて広く分布し、生息区画数は9,781.5区画が数えられる。これの全区画に対する割合すなわち生息区画率は実に60.8%にものぼり、タヌキとともにまさしく全国的に分布していることがわかる。(付表5)。しかし、周辺島嶼での生息例は少なく、わずかに北海道の利尻島と長崎県の五島列島が知られているにすぎない。兵庫県淡路島、北海道の礼文島ではそれぞれ昭和30年代、40年代に絶滅している。これ以外に分布の空白が目立つのは、(1)山岳地帯奥地(2)平野部(関東、越後、庄内平野等)(3)四国(4)南九州、である。山岳地帯奥地の場合、無人地帯が多いので聞り取り情報が得られず、生息していても確められなかったことも考えられる。平野部ではこのようなことは殆んど考えられず、何らかの原因によって絶滅が進行した結果とみられる。四国、南九州で本種の分布がきわめて薄いのは特徴的であり、その原因としては、先の2点に理由があるかもしれない。

ところで本種の絶滅区画の全国合計は762.0区画で、4.7%、全生息区画に対しては7.8%であった。

生息区画率の最高は78.9%、最低は四国の13.8%となっている。九州は40.7%を示し、四国と比べるとはるかに高い値となっているが、中国以北の地方が50%前後あるいはそれ以上示しているのと比べるとむしろ低い値であることがわかる。

2 タヌキの分布

図2−3−14は、タヌキの全国分布をメッシュ図で示したものである。

タスキは、北海道から九州までほぼ全国的に分布し、生息区画数は9,830.0区画、生息区画率は61.1%となっている(付表6)。ただし、周辺島嶼のうち、奥尻島(北海道)、佐渡、隠岐、壱岐、甑列島(鹿児島県)、天草上島下島(熊本県)、淡路島・小豆島などの少なからぬ瀬戸内海の島々には分布するが、南西諸島、五島列島、対馬、伊豆七島、利尻島、礼文島などには分布していない。

また、北海道では、留萌支庁と宗谷支庁の北部で分布が比較的連続しているのを除けば、大部分の地域は切れ切れあるいはばらばらな分布となっており、中央部の山岳地帯と網走支庁東部から根室支庁にかけては、本種の分布情報が稀である。

本州で生息情報が得られず、分布が空白あるいはまばらな地域は、下北半島、津軽平野、秋田平野等の東北地方北部、越後平野、奥利根、・奥只見一帯、関東平野、北アルプス、南アルプス、濃尾平野、加古川流域等があげられる。四国地方では瀬戸内海沿岸部の新居浜、讃岐、徳島などの平野部、石鎚山等の奥地山岳部で分布が空白あるいはまばらになっている。

以上の分布空白部のうち絶滅情報が得られた区画は全国で合計378.0区画、全区画数に対して2.4%、全生息区画数に対しては3.7%と比較的小さな値となっている。

3 アナグマの分布

図2−3−15はアナグマの地理的分布をメッシュ図で示したものである。

アナグマは、本州、四国、九州ほぼ全域と瀬戸内海諸島の一部に分布し、北海道、佐渡、伊豆諸島、隠岐、瀬戸内海諸島の大部分、壱島、対島、五島列島および大隅諸島以南の南西諸島には分布していないことがわかる。また、牡鹿半島、知多半島、佐多岬等の半島ではアナグマは生息していないが、このことは離島にアナグマがいないこととともに興味ある特徴である。これに加えて下北半島、津軽半島、能登半島、薩摩半島、大隅半島等の半島部でもアナグマの分布は粗になっている。さらに仙台、新潟、東京、名古屋、大阪、福岡、熊本等大都市周辺の平野部でアナグマがみられず、絶滅域が多いことも特徴的である。

全国の生息区画数は5,876.5区画で、タヌキ、キツネに次いで多く、生息区画率(自然分布しない北海道を除いた全区画数に対する生息区画数)は47.5%である(付表7)。

タヌキ、キツネ、アナグマについて明らかとなった点を整理してみると、1)平野部では3種とも生息区画が少なく、高山地域も生息区画率が低かった(山岳地帯は生息情報が得られにくいことにもよる)。2)都市化の進んだ地方、特に関東において3種とも絶滅区画率が高くなっていた。

さらに、キツネは四国、九州において生息区画率が低く、タヌキは北海道で低かった。アナグマは他の2種に比べより低い生息区画率を示しており、北海道に自然分布していないほかは、全国同様な生息区画率であった。なお、沖縄にはこの3種とも自然分布していなかった。

これら3種の中型哺乳類は、ヒグマ、ツキノワグマ、シカ、イノシシ等の大型獣のように分布が偏在しておらず(当該種の分布図を参照)、全国的にほぼ一様な分布状態を示している。この事は、彼らが雑食性であることなどから、シカで見られる積雪などの環境要因によってさほどその分布が制限されていないことを意味すると考えられる。一方、その生息域が人里に近いことから、人間活動の影響を強く受ける種であるとも言えるであろう。

イ.森林率とキツネ・タヌキ・アナグマの分布

分布情報を磁気テープヘ収納する際、3次メッシュ(lkmメッシュ)により生息区画数を得ているが、この区画数を5×4kmメッシュで得られた生息区画数で割った値は、生息情報の粗密を示すと考えられる。すなわち、5×4kmメッシュで生息とされた区画が3次メッシュに分割された時、多くの区画が生息区画であればこの値は高いものとなり、生息情報が密すなわち生息も確かなものと考えられる。また、この値は生息密度をそのまま反映するものではないが、生息密度が高ければ情報数も多くなるであろうから分布が疎であれば低く、集中していれば高い傾向を持つであろう。

キツネ、タヌキ、アナグマについて、全国の総生息区画数で求めた値はそれぞれ、2.69、3.20、2.32であった。図2−3−16には都道府県別に求めたこの値のヒストグラムを3種毎に示している。アナグマは2をモードとして低い値に各県が集中しており、全国一様に疎な分布をしていると考えられる。キツネ、タヌキは県毎でバラツキが多い。

次に、これら3種の分布様式を検討するために、森林をその被度により4つに区分し、生息区画との重ね合わせをおこなった。森林率の各区分毎に生息区画数がその種の全生息区画数に対して占める割合を表に示してある。この値は、各森林率区分の面積に影響されるので、Ivlevの選択係数を求め、森林率区分に対する選好度を比較した。

図2−3−17にキツネ、タヌキ、アナグマについてこの値をグラフで示してある。3種とも特に選択的に良く利用する森林区分はみられないが、キツネ、タヌキは森林度6(森林率が70〜40%)に若干高い値を示している。森林その他(森林率10%以下)は3種とも忌避しておりアナグマで特にその傾向が強く、アナグマ、タヌキ、キツネの順となっている。この傾向から、アナグマは森林率40%以下の所は生息適地ではないと考えられ、一方、キツネはかなり森林率が低くても生息すると言えるだろう。キツネは、耕地、牧草地などでの観察例も多く、ここで得られた結果は、最近次第に明らかにされているこれら3種の生態からも支持される。これら3種は、概して人里に近く生息する動物であるといえよう。

キツネ、タヌキの場合、生息区画率の高い県は絶滅区画率が低い傾向にあった。また、絶滅区画率の高い県は概して都市化の進んでいる地域であった。このことは、生息区画率、絶滅区画率ともに森林率とその面積に密接に関連していることを示唆している。

表2−3−14には生息区画率の高かった1府5県と絶滅区画率の高かった1都1府7県のそれぞれの区画率と森林率10%以下の区画率を示している。

生息区画率の高かった府県は森林率10%以下の区画が少ない。また、3次メッシュを5×4kmメッシュで割った値も高く、密な生息情報が得られている。ただ佐賀だけは絶滅区画率も高い。森林率10%以下の区画率が高く、1kmメッシュと5kmメッシュの生息区画数を比較した値も高いことから、佐賀県では、平野部では絶滅傾向にあるものの山地において多くの地域で生息が認められることを示しているのであろう。

絶滅区画率の高かった都府県の森林率10%以下の区画率は生息情況の良い県に比べ高く、埼玉、東京、大阪、千葉、福岡の順となる。これらの地域は平野部の多いこと、そして都市化が進んでいるために生息が不適で絶滅区画率が高くなったと考えられる。埼玉は、3次メッシュと5×4kmメッシュで生息区画数を比較した値が高くなっている。このことは、関東平野では絶滅の傾向を示し飯能−本庄を結ぶライン以西では逆に生息が集中して、生息域に地域的な偏在があることを示している。

秋田、石川、和歌山、宮崎の4県は森林が多いにもかかわらず絶滅区画率が高い。石川は、キツネの絶滅区画率の中で最も高い値を示している。

キツネと同様に表2−3−15にタヌキの生息区画率と植生との関連を示してある。

生息区画率の高い各県は、森林区分“その他”の占める割合が少なく、3次メッシュと5×4kmメッシュの割合も高いものとなっている。佐賀県はタヌキにおいてもいくぶん絶滅区画率が高い傾向にあり、平野部で疎、山地で集中した分布様式をとっているものと考えられる。

絶滅区画率の高い都府県はここでも平野部が多い傾向を示しており、タヌキの生息域もまた都市化の進行と密接な関連がある。なかでも、埼玉、東京、大阪はキツネと同様にこの傾向が顕著である。

アナグマは前述したようにキツネ、タヌキに比べ生息区画率、絶滅区画率ともに低い値に多くの県が集中していた。表2−3−16には前2種と同様に、森林の区画率と生息・絶滅区画率を示してある。生息区画率の高い地域は森林区分“その他”が低い傾向を示しているが、あまり明確ではない。一方、絶滅区画率の高い地域は、平野部の多い所であった。

ウ.絶滅の過程

表2−3−17には、キツネ、タヌキ、アナグマについて生息、絶滅区画率の低かった地域をあげている。沖縄はキツネ、タヌキ、アナグマとも情報がなく前述したように自然分布していない。北海道のアナグマについても同様である。北海道のタヌキを除けば、どの県もその種に関しての情報数が少なく、かなり以前から絶滅傾向にあって現在に至ったのか、もともと自然分布の度合が少ないのかいづれかであろう。四国のキツネの生息数の少なさを江戸時代のこの地方の都市化によるものとする説がある。また、愛知だけはキツネが犬疫により絶滅の可能性があることが示唆されているが、キツネと同じイヌ科であるタヌキの生息区画率の低さも犬疫と関係があると考えられ、その生息状況の変化に注意が必要であろう。北海道のタヌキの生息区画は、留萌、宗谷支庁に集中しており、大雪山、日高山脈、十勝平野で少ない。この理由の一つには山岳地での生息情報の不足が考えられるが、ここで取りあげた森林率以外の要因(例えば、地形、地史、積雪)が分布様式に大きく影響を及ぼしていることが考えられる。

キツネ、タヌキ、アナグマの絶滅区画率の高かった地域について、年代別に得られた絶滅情報からその過程の分析をおこなった。絶滅情報は明治、大正、戦前、昭20年、昭30年、昭40年、昭50年、不明に区分されている(付表8〜9)。年代順に情報数を累積し総情報に対する百分率を求めて図示した。この際不明の情報数は総数の中には含めたが累積数に加えていない。したがって、グラフの最後の点(昭50年)は、100%に達していない。

図2−3−18にキツネ絶滅区画率の高かった地域について示してある。グラフは、埼玉、千葉、東京、宮崎のように傾きがゆるやかで明治の絶滅情報率が高い地域とグラフのたちあがりの急な地域に分けられる。埼玉、千葉、東京などは、都市化とともに明治以前からキツネの絶滅傾向があったと考えられる。図中の矢印は絶滅情報が50%になった時期を示しているが、どの地域も大正の初期となっている。宮崎もこれら都市化の進んだ地域と同様な傾向を持っており、明治の絶滅情報数も高く、大正中期に絶滅情報が50%となっている。隣接する鹿児島は、生息区画率が低いことを考え合わせると、南九州はキツネの生息情況に十分注意する必要がある。また、都市化以外の絶滅の要因(狩猟、疫病、森林率以外の環境条件)の究明が必要である。大阪は都市化の進んだ地域でありながら、急なたちあがりのグラフを示し、昭和20年代に絶滅情報が50%になっている。福岡も大阪と同様な傾向を示している。

秋田、和歌山、石川は戦後急速に絶滅情報が増加している。これらの県では、戦後の都市化以外の急速なキツネの生息域の改変(水田化等)、農薬の使用による要因が考えられる。

明治における絶滅情報率の値はそれ以前の絶滅傾向を反映していると考えられる。いち早く都市化の進んだ東京ではこの時期の値が他地域に比べ最も高い。キツネは都市化の影響を受け易いと言っていいだろう。

図2−3−19はタヌキについて示したものである。タヌキのグラフはたちあがりが急で、明治時代における絶滅情報率は低い。東京、埼玉は幾分傾きもゆるく、絶滅情報率が50%となったのが昭和初期であった。大阪、千葉、石川、熊本は戦後急速な絶滅傾向を示している。キツネと比べタヌキの場合、都市化の進行がすぐさま種の絶滅に結びつくことはないと言えるだろう。逆に、都市化が進み一たん絶滅の傾向がみられると急速に絶滅すると考えられる。大阪や千葉はこの例と言えるであろう。石川はキツネと同様にタヌキも絶滅区画率が高い。そして、絶滅は昭和10〜20年代にどちらの種も急速に起っている。この地域は石川でも森林区分3以上が多い所でもあり、植生分布とは異なった制限要因が考えられる。川でも森林区分3以上が多い所でもあり、植生分布とは異なった制限要因が考えられる。

石川とともに熊本もタヌキの生息に関して要注意な県である。

アナグマに関しては情報数が不足しており明りょうな傾向を見ることができなかった。

3.哺乳類の地域的な多様性

(1)重複分布域

調査対象種からみた地域の多様性をみる手段として、まず各々の地域における生息種数の多少を一つの判断基準とすることができる。即ち、生息種数が多いということは、その地域の生息環境がそれだけ多様化していることによるからである。例えば、今回調査の対象とされた8種の哺乳動物をみても、ヒグマ、ツキノワグマ、ニホンザルといった種は、深く大きな森林がその生活基盤となっているのに対し、タヌキ、キツネ、イノシシといった種は必ずしも前者が要求するほど大規模な森林を必要としないことは分布図を見ても明らかである。彼らは、昼間の休息や繁殖場所として人目を避けるための疎林があればこと足りるのであって、夜間の採餌その他の行動圏は大半がむしろ森林外にあるといったタイプの動物である。

タヌキ、キツネ、アナグマを除く動物と森林との結びつきは、これまでの分析で明らかなように森林率の増加に伴い生息区画率が増加するというはっきりした傾向を示している。

一方、タヌキ、キツネでは、森林率40〜70%をピークにその前後、即ち森林率70%以上と同10〜40%で生息率が減少する傾向がみられる(図2−3−17)。即ち、キツネ、タヌキは分布図の上では深い森林から、疎林、農耕地に至る広い範囲に生息していることになっているが、森林率との関係でみると、生活の基盤は中程度の森林率をもつ地域にあるといえる。このことからしても森林率と生息率との間に異なった相関を持つ哺乳動物が重複して生息し得る環境は多様性に富んでいるといえよう。このような観点からは8種全部の分布図を重ね合わせ、日本を代表する哺乳動物相の分布様式を明らかにし、この分布パターンから各々の地域が持つ生息環境の地域特性並びに分布制限要因について検討を加えることが望ましい。しかし、キツネ、タヌキ、アナグマは、市街地、湖沼など特定の地域を除いて殆んど全国的に均等に分布しているように見受けられ、分布特性が明瞭でなく、さらにアナグマについてはアンケート調査の段階でタヌキとの識別がどの程度確立されているかについては疑問が残るのでこの3種については、対象から除外した。

従って、分析に際しては分布特性が明確なヒグマ、ツキノワグマ、サル、シカ、イノシシの5種を対象に分布図の重ね合わせを行い、地域の多様性並びに分布制限要因の解析を試みた。

(2)ヒグマ、ツキノワグマ、ニホンザル、シカ、イノシシの重複分布

キツネ、タヌキ、アナグマの3種を除くヒグマ、ツキノワグマ、ニホンザル、シカ、イノシシの5種の分布図を重ね合わせると、最大4種がすべて重複して分布している地域と、どの種も全く分布していない地域が明確に示される。

北海道には上記5種のうちヒグマとシカの2種しか生息していないので、最大2種の重複部分しかみられない訳であるが、2種がかなり広域にわたって重複分布している地域は、大別して大雪山系の石狩岳、十勝岳の南側ニペソツ山、ウペペサンケ山から十勝山脈の基部、狩勝峠を越えて夕張岳、日高町、穂別町にかけての一帯、十勝山脈西側、平取、新冠、浦河町の山岳地帯、十勝山脈東側、中札内、大樹、広尾町の山岳地帯、屈斜路湖、美幌、訓子府、雄阿寒岳を結ぶ一帯、湧別、興部、北見滝の上を結ぶ山地帯、斜里岳から知床半島基部にかけての一帯、上茶路を中心とする一帯、天塩岳、旭岳、芦別岳などとなっている。このようにして北海道における2種の分布様式をみると、比較的小面積の分布域が虫喰い状に散在しているのが特徴といえる。

一方、本州にはタヌキ、キツネ、アナグマの3種を除くと、ツキノワグマ、シカ、ニホンザル、イノシシの4種が生息しており、これらがすべて広い範囲で重複している地方としては、面積の広い順に山梨、長野、静岡の3県にまたがる南アルプス山系の駒ケ岳、塩見岳、聖岳、大無間山に至る全域、三重、奈良、和歌山の3県にまたがる国見山、大台が原、釈迦が岳、伯母子岳などの山岳地帯、京都府、福井、滋賀県境の三国岳、武奈が岳、比良山を中心とする一円、次いで群馬、埼玉、東京都、長野、山梨県境の雲取山、甲武信が岳、芽が岳一帯の山岳、岐阜県鷲が岳周辺、神奈川県丹沢山塊一円、岐阜県能郷白山南側となっている。

(3)ニホンザル、シカ、ツキノワグマの重複分布域

次に、分布の中心は山地の森林であるものの、水田や畑を含む低地まで広く分布しているイノシシを除いた、いわば真性の森林(山地)棲哺乳動物である。ニホンザル、シカ、ツキノワグマの3種の重複分布域を摘出したところ、上記4種の重複分布域以外には、岩手県の五葉山、栃木県の男体山、足尾周辺が新たに付加えられた。

摘出されたニホンザル、シカ、ツキノワグマの重複分布域の区画数(5km×4kmメッシュ)は表2−3−18のとおりであり、北海道を除く総区画数12,367のわずか1.8% 238区画にすぎなかった。

また、それぞれの種の生息区画数(ニホンザル:2130.5、シカ:1963.5、ツキノワグマ763.0)に対する比は、11.2%、12.1%、31.2%であった。

(4)重複分布域の地方別状況

重複分布域は、東北(五葉山のみ)・関東・中部・近畿の4地方に限られており、区画数から見ると関東・中部・近畿に偏っている。九州地方に皆無であるのは、ツキノワグマが絶滅したことによる。四国・中国地方では、これら3種のそれぞれの分布域が狭く、重複分布域が得られなかった。

東北地方が少ないのは、シカの分布域が限られている(金華山−宮域、五葉山−岩手)からである。

(5)その他の種と重複分布域との関係

重複分布域が、イノシシの自然分布域内(本来生息することが生態的に可能で、しかも狩猟圧等人為の影響がないと仮定した地域)にあれば、この重複分布域にはイノシシも生息するという関係が見られる。この関係は、タヌキ・キツネ・アナグマについても同様である。

以上のことから重複分布域は、我が国の大・中型哺乳類にとっての生息要件が揃っていると考えられる。

重複分布域が存在するのは、秩父山地、赤石山脈、飛騨山地、紀伊山地などの山岳地帯である。

これら地域の植生をみれば、上部は亜寒帯針葉樹林帯、下部はブナ林で代表される冷温帯落葉広葉樹林帯に嘱するが、紀伊山地の重複分布域のみは、下部に広く暖温帯常緑広葉樹林帯を含んでいる。

また、その位置は、2〜4都府県の県境付近にあり、人の接近を阻むような自然性の高い地域である。

したがって、多種の中・大型哺乳動物の生息が可能な多様性に富む環境は、我が国ではこのような山岳地帯を含む地域にのみ残されている、といえる。

 

4.都道府県別の生息状況

 本報告書では種別の分布状況については、日本列島という広がりを地理的基本単位として取扱い、地域間の比較は原則として地方レベルで行ってきたが、ここでは、調査対象種全体の分布状況を都道府県という、人間生活とより密接した地域単位で把握することを試みた。

 生息及び絶滅区画率等より、都道府県を類別し、これに基づき都道府県ごとにレーダーチャートを作成した。

 これまでの分析で明らかなように、対象種の分布は、地史的要因や雪積等の自然要因とともに、地域の森林率や狩猟圧に代表される人為的要因によって規定されるものである。

 したがって本チャートからは都道府県ごとに対象種の自然分布の状況や、雪積の影響、人為的影響の度合を読みとることができ、それとともに、これまでの分析では考慮されていなかった森林の質的相違について、種の分布に対して異なる影響を与えているかどうか推測することが可能となる。

(1)調査対象種ごとの生息状況による都道府県の類別

調査対象種別に生息区画率、繁殖区画率、絶滅区画率等により、都道府県を類別した結果である。調査内容が種によって異なっているため、類別区分数は9〜5まで種々であるが、いずれもランク数(ローマ数字表示)の小さいほど、生息状態は良好であることを示している。

表2−3−19〜26は、対象種ごとの類別結果で、表2−3−27はこれを一括して表わしたものである。

表2−3−19 ニホンザルの生息区画率、群れ/生息区画率からみた都道府県の類別

表2−3−20 ニホンジカの生息区画率、周年/生息区画率からみた都道府県の類別

表2−3−21 ツキノワグマの生息区画率、絶滅/生息区画率からみた都道府県の類別

表2−3−22 ヒグマの生息区画率、絶滅/生息区画率からみた都道府県の類別

表2−3−23 イノシシの生息区画率、絶滅/生息区画率からみた都道府県の類別

表2−3−24 キツネの生息区画率、絶滅/生息区画率からみた都道府県の類別

表2−3−25 タヌキの生息区画率、絶滅/生息区画率からみた都道府県の類別

表2−3−26 アナグマの生息区画率、絶滅/生息区画率からみた都道府県の類別

(2)中・大型哺乳類の総合的な生息状況からみた都道府県の類型化

ア.レーダーチャートの作成

本調査で明らかにされた中・大型哺乳類8種(ここではヒグマ、ツキノワグマは単にクマとして同一種類扱いとした)の生息状況から、都道府県をタイプ分けするため、次の手順によりレーダーチャートを作成した。(図2−3−20)。

1原点を中心に等角度(360/7゜)で線を引き、これを10等分し、2この上に表2−3−27に示すランクに従いプロットした。3この場合、種によりランク数が異なるため、線上にプロットする位置は下図に示すとおりとした。

なお、当該都道府県に自然分布しない種がある場合は、その種を表わす線を削除した。

イ.レーダーチャートによる都道府県の類型化

レーダーチャートのパターンによりまず次のタイプに類別できる。

ア.タイプA:調査対象種のすべてが同レベルで分布する。

1 A−1 高レベル調和型

2 A−2 低レベル 〃

イ.タイプB:対象種はすべて生息するがその分布に偏りがある。

1 B−1 クマ落込み型

2 B−2 クマ・シカ落込み型

3 B−3 サル・シカ・イノシシ落込み型

4 B−4 その他

ウ.タイプC:自然的要因、人為的要因により或る種の分布を欠いているもの。

1 C−1 クマ欠損型

2 C−2 イノシシ欠損型

3 C−3 シカ・イノシシ欠損型

4 C−4 シカ欠損研

5 C−5 その他

これらをとりまとめたものが表2−3−28であり、さらに各タイプを高レベル調和型を出発点として推定される経過を追って配列したのが図2−3−21である。

この図及び表から明らかなのは、ツキノワグマが衰退傾向を示すか、その分布を欠く府県がきわめて多いことである。次いで多いのはクマ・シカの2種が衰退傾向を示す県で、シカ単独の衰退あるいは分布の欠損は3県で認められるにすぎない。注目すべきなのは、ニホンザルで、他の森林棲哺乳類に先んじて衰退傾向を示した県は全くなく、本種が衰退傾向を示すか、分布を欠く場合は、シカ・クマもしくはイノシシ(自然分布しない場合を除く)も同じ傾向を示す。

以上のことから調査対象種8種のうちではツキノワグマが地域的に最も早く姿を消し易く、次いで消滅する可能性が高いのはシカであり、サルやイノシシは本来の分布域から姿を消すことは現時点ではきわめて稀である、ということができる。

都道府県別にみると、中・大型哺乳類が地域的に広く分布しており、中・大型哺乳動物相が最も豊かであるのは、福井、山梨、奈良の3県でこれに次ぐのは、三重、和歌山、京都、長野、岐阜の各府県である。これらの府県は、クマ、シカ、イノシシのいずれかの分布が他種のそれより狭くなっている。

なお、イノシシ欠損型の3県(岩手、山形、新潟)は自然条件によりイノシシが分布しないことを除けば、中・大型哺乳動物相は、上記の府県と同程度に豊かであるといえよう。

埼玉、東京、神奈川の都県は、7種の哺乳類が低レベルであるがすべて分布している。これは平地、丘陵部は開発されたものの、大きな山塊につながる山地が存在しているためと思われる。山地部が小さく孤立していれば、大阪府のようにクマの分布が欠如した形となる。長崎県は中・大型哺乳類の生息環境が更にせばめられた状態を考えられる。茨城県はクマ、シカ、サルの山地性哺乳類の分布を欠いた形となっており、地史的な制約のある北海道、沖縄を除けば中・大型哺乳類相の最も貧弱な地域といえる。

5.まとめ

 1978年、第2回自然環境保全基礎調査の一環として、中・大型哺乳類8種すなわちニホンザル(Macaca fuscata)、シカ(Cervus nippon)、ツキノワグマ(Selenarctos thibetanus)、ヒグマ(Ursus arctos)、イノシシ(Sus scrofa)、キツネ(Vulpes vulpes)、タヌキ(Nyctereutes procyonoides)およびアナグマ(Meles meles)の分布調査が行われた。1979年には、調査された8種の分布に関する情報は磁気テープに入力されると共に、5kmメッシュ表示による全国分布図が作成された。1980年は、磁気テープに入力された情報をコンピュータ−によって集計・整理し、他の国土数値情報と重ねあわせて、種ごとの分布傾向を調べた。さらに、1979年に得られた分布図と積雪などの環境要因とを比べあわせることによって、各々の種の分布を決定する要因を解析した。また、各々の種の分布図を重ねあわせることにより、野生哺乳類の分布域からみた自然地域の価値とその動態について分析を行った結果、以下のことが明らかとなった。

(ニホンザル)

 ニホンザルの分布に影響を及ぼすと考えられる環境要因を分析した結果、(1)ニホンザルは、1.5m以上積雪深日数50日以上の多雪地帯にも、他のより雪の少ない地域とかわりなく分布する、(2)亜寒帯林の存在は、ニホンザルの分布を制限する、(3)ニホンザルは森林率の高い地域を選好することが明らかになった。

(シカ)

  北海道、本州ともシカの分布を規定している一義的な要因は積雪深であるが、北海道と本州では分布を制限する積雪量は異なっていることが明らかとなった。

  ホンシュウジカは、50cm以上積雪深が20日以上の地域にはほとんど分布しない。エゾシカの分布が制限されるのは、60cm以上積雪深が80日以上の地域であると考えられる。シカの分布中心は、雪の少ない地域であるが、これらの地域の中でシカの分布域が狭い地域では、シカを過大に猟獲したと考えられる。過大な狩猟圧と森林地域のさまざまな形での開発は、シカの個体群を次第に小さくしている。

(ツキノワグマ)

  ツキノワグマの分布域はブナ・ミズナラクラス域の植生と対応しており、ツキノワグマはこの植生を主たる生息地としていると考えられる。

(ヒグマ)

  北海道におけるヒグマの分布域は6地域に分けることができる。西部の2地域個体群は、他の4地域から完全に切りはなされている。ヒグマの現在の分布域は、森林率40%以上の地域に限られ、分布の中心域は道内の森林の57%を占める国有林である。

(イノシシ)

  イノシシの分布規制要因は、シカと同様積雪深であり、本種の分布域北部の分布前線は積雪深30cm以上の日数70日以上の地域の境界線とほぼ一致する。本種の出現と絶滅情報の分析の結果、地理分布の中心は、本州では近畿地方、四国では愛媛県、九州では宮崎県であり、東北、北陸、北九州地方は分布周辺と考えられた。又本種はシカと異なり、農耕地、平野、低山帯などにも広く分布しているが、その背後には必ず山林が存在する。

(キツネ、タヌキ、アナグマ)

  3種ともにその分布は、森林率3と6(すなわち10〜70%)を選好する傾向を見せた。

大都市(東京、大阪など)周辺では、キツネ、タヌキとも森林率9(70%以上)の地域を

選好する、という二次的な選択傾向を見せた。

 キツネ、タヌキ、アナグマの絶滅情報の年代的推移を見ると、3種共に都市化の影響を

うけているが、ことにキツネは都市化の影響をうけやすいと言えよう。

(重複分布域)

 北海道におけるシカ、ヒグマの2種、本州におけるニホンザル、シカ、ツキノワグマ、イノシシの4種の重複分布域は、いずれも、深い山岳地帯が中心となっている。

(都道府県別の生息状況)

 対象種全体の都道府県ごとの生息状況を、レーダーチャートを用いて総括的に比較検討したところ、中・大型哺乳動物相が豊かな地域と貧弱な地域が明瞭に区別された。豊かな都府県はいずれも3、4種の重複分布域をもつ地域であった。

  又都道府県間にみられた種々の生息パターンは、開発の進展に伴う、哺乳動物の生息域の縮小の時系列変化を表していると考えられた。

(総合所見)

 我が国の中・大型哺乳類のうち、もっぱら森林に依存しかつ個体群の維持には広い地域を必要とするニホンザル、シカ、ツキノワグマ、ヒグマは、各種の開発行為により生息域がせばめられるとともに、残された生息域も孤立化する傾向にある。孤立化した生息域内の個体群は大きな環境の変化(例、豪雪)によって絶滅し易く、このようにして生じた空白地域は周辺の個体群によって埋めることが困難なため、絶滅地域の拡大が進みやすい。

  野生生物の保護・管理上からは、生息地の孤立化を防ぐ配慮が必要であろう。

  人間の生活圏の周辺あるいは内部での生息が可能なイノシシ、キツネ、タヌキ、アナグマなどの生息状況は前記4種に比べれば、安定しているといってよいが、都市化が進んだ地域では、その生息も許されなくなっている。

 

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