3.陸水域自然度調査

 

3−1  湖沼自然度調査

ア 調査方法と解析

 湖沼・河川調査ともに、今回は既存資料の収集を主とし、既存の知識や研究調査報告等の資料を基礎として行なった。現地のフィールド調査は必要なものだけに限った。したがって収集した調査データーに精粗があり、観測年月や観測方法等のちがい等が問題点として指摘された。自然性判定の対象として選定した湖沼や河川は、既存資料の有無により決められている。小委員会の学識経験者によって、これまで比較的資料があると考えられた67湖沼(図−11参照)が選ばれた。

 湖沼の自然環境、特にその自然性を判定するため、次のような調査事項が定められ、まず都道府県でデータの収集が行われた。

(1)湖沼概要・受水区域概要(位置・規模・貯水量・底質・湖沼型・成因・湖沼水の利用状況・観光客数・受水区域の面積・人口・土地利用・湖岸線の利用改変状況・その他)

(2)水資等の理化学的性状(観測年月・観測位置ごとに透明度、化学的生物学的酸素要求量、溶存酸素量等の理化学的性状)

(3)生物分布(動物性プランクトン・植物性プランクトン・底生生物・魚類・湖岸の水生植物群落等の主要種名)

 都道府県で収集したデーターが環境庁に報告され、小委員会で自然性判定のための整理方法が検討された。この結果、湖沼のDO・COD等の理化学的性状及び人為による湖岸線の改変度(人工湖岸延長/湖岸総延長)等各調査項目について6段階の区分基準(表−12参照)を定め、各データーをこの基準表にあてはめ自然性判定の基礎資料として整理した。すでに湖沼の水質の環境基準は水素イオン濃度(PH)、化学的酸素要求量(COD)、浮遊物質(SS)、溶存酸素量(DO)等についてAA、A、B、C4類型が「水質汚濁に係る環境基準」(昭和46年12月環境庁告示59)として定められている。(表−13参照)表12はこの4類型を参考としながら、この類型にない他の項目についても国土調査法の水質調査作業準則(昭和23年3月27日総理府令第14号)等を参考にして、小委員会で検討を加え、6段階の区分基準を定めたものである。この区分基準表で区分(T)から区分(Y)になるにつれて、自然性を失なっているのが一般的な傾向である。しかし、富栄養型・貧栄養型・腐植栄養型・酸栄養型等の湖沼型・成因・特性・位置等によって、水質等の理化学的性状が自然のままの状態において基準表の区分の高いランクに位置づけられるものがあることに注意しなければならない。

 区分基準表に基づく区分事例として1摩周湖(北海道)、2阿寒湖(北海道)、3中禅寺湖(栃木)、4印旛沼(千葉)、5西湖(山梨)、6諏訪湖(長野)を参考に掲げる(表14参照)。例えば1の摩周湖では、水質と湖岸線の改変度のデーターの大部分が(T)のランクにあてはめられるため、「自然性を保っている」と判定した。また4の印旛沼については、データーが各ランクにばらついているが、CODや湖岸線の改変度等が(W)〜(Y)のランクにあるため「自然性を失っている」と判定した。3の中禅寺湖については、COD・BOD等が(U)のランクにあるが、透明度は(V)のランクにあり、各データーが中間的なランクに集っている。従って中禅寺湖の水質の自然性については前二例のような明確な判定を今回は避けた。しかし、湖岸の改変度については、(T)のランクにあるため「湖岸は物理的改変が少なく自然性を保っている」と判定している。

 区分基準表への水質データーの当てはめに当っては、どのようにして適格な資料を採用するかが一番問題になる。まず第一に調査時期については、最も生産活動の盛んな夏季の資料を中心に選び6〜10月のデーターで最も新しいものを採用する方針を取った。次に観測地点が湖を代表した場所かどうかということも検討しなければならない。さらに測定の精度も心配になるが、富栄養化に対しては、CODの測り方そのものが問題であり、重金属汚染に対しては微量な重金属を正確に測定できるかどうかが問題になる。

 湖沼の自然性と水質の相関をみると、CODやDOはかなり明らかな相関傾向がみられるし、BODも或程度の相関があるように思われる。しかしPHは自然性との相関を議論するのに、困難なものがある。湖岸の改変状況については、湖岸改変度(人工湖岸延長/湖岸総延長)以外に、受水区域人口/湖水面積・受水区域人口/湖水貯水量’受水区域人口/受水区域面積等の指標も参考として整理した。

 生物分布については、富栄養湖・貧栄養湖・汽水湖の型による魚類・ベントス等の指標種を定め、各湖沼における生息状況を検討したが今回の調査では生物分布について十分な資料の収集ができなかったため、参考データーとして整理するのに止まった。

イ 湖沼の自然性

 湖沼水質等区分表を基礎とし、湖沼概要・受水区域概要・生物分布等の調査項目を参考にしながら、67湖沼の自然性を検討した。陸水域自然度小委員会の学識経験者によって判定された各湖沼の自然性は表15のとおりである。ここでは、湖岸の物理的改変状況と水質等の理化学的性状の二つの項目についてN自然性を保っているものD開発によって自然性を失なっているものOその他・前二者にきめられないものというような判定を行なった。「Oその他前二者にきめられないもの」とは、中間的なもの、あるいは今回資料不足等により判定できなかったものである。

 陸水域の自然性判定は、植生自然度のように、その現況を自然度という数値で示さないで記述的表現に止まった。しかもO「その他」の記述のように明確な判定を今回下さなかった湖沼も相当ある。これは陸水域の自然性判定が非常にむずかしいという理由による。まず、湖沼の位置、成因など各種の因子によって人間の影響がまだ及んでいない自然の状態における水質等の理化学的性状や生物の生息状態が異なっていることである。例えば、北海道と本州・九州といった地理的位置、高山の高地湖と平地の低地湖・湖の深度、貧栄養・富栄養・腐植栄養・酸栄養等の湖沼標式型によってオリジナルな性状は異なっている。次に、陸上の20年は水中の1週間であると言われるほど水界は時間的に季節的に不安定である。しかも湖にも時系列的な推移があり、その遷移段階ごとの生態系の解明がまだ十分でない。これに人為による改変が加われば、生態系はさらに複雑な様相をみせる。従って湖沼の自然度を量的に判定するためには、人為が加わる前の自然状態のデーターと人為が加わることによる生態系推移の時系列的変化を知るデーターを調べ、両者の変異を量的に把握しなければならない。しかも、この時系列的な推移も湖沼の位置や型によりその状況が異なる。今回の調査では、人為の影響が加わる前の自然状態における過去の資料がないこと、及び人為の影響による湖沼の変化の状況を知ることが困難なため自然度の判定を行なわなかった。

 表15の判定表をみると、“湖岸の物理的改変が少なく、水質等の理化学的性状も自然性を保っているもの”として摩周湖(北海道)、板戸湖(秋田)、五色沼(福島)、八丁池(静岡)、白駒湖(長野)の5湖沼があげられている。一方、“湖岸の物理的改変が進み、水質等の理化学的性状も自然性を失なっているもの”として印旛沼・手賀沼(千葉)・加茂湖(新潟)・柴山潟・河北潟(石川)・諏訪湖・白樺湖・丸池(長野)・琵琶湖南湖・伊庭内湖(滋賀)・中海(鳥取)・諏訪の池(長崎)の12湖沼があげられている。

3−2 河川自然度調査

ア 調査方法と解析

 河川についても既存資料の比較的整備されている51河川を選定し、(図12参照)都道府県で収集した現況資料を整備し自然性を判定した。河川の水質については上流・中流・下流でそれぞれ資料を整理し、最終的に上流から下流まで総合的な判定を行なった。物理的改変状況はダム・河道改修等を調査し自然性判定の基礎とした。

  生物分布については、貧腐水性種・中腐水性種・強腐水性種等の区分による底生生物・及び上流域指標種・中流域指標種・下流域指標種等の区分による魚類等の指標種を定め、各河川における生息状況を検討したが、今回の調査では十分な資料の収集ができなかったので、参考データーとして整理するのに止まった。生物指標の今後の課題としては、比較的種名のわかりやすいものを選定し、それぞれの種の占める割合及び各種の組合せをみて水界の環境の質を判定する方向が考えられなければならない。特に人為の環境に対する影響を生物を指標として判定するには、各指標種の存在だけでなく、それらを定量的に把握することが必要である。さらに魚類と陸水の環境質の関係については、人為による放流、漁獲法特に乱獲、水門等の河道の改変状況と水質悪化の問題を検討しなければならない。

 魚類の生息状況から、河川の自然性を判断する考え方については、陸水域自然度小委員会の小野寺委員から次のような要旨のレポートが提出され自然性判定の一つの資料として活用された。

 「水質汚濁に係る環境基準(昭和46.12.28環告59)」の生活環境の保全に関する環境基準−河川の項(表16参照)をみると、AA・A・B・C・D・Eの6類型が定められている。魚類の生息環境としては、A類型に属する“水産1級”のみに限定されるのはヤマメ・イワナ、B類型に属する“水産2級”のみに限定されるのはサケ科魚類及びアユとなっている。従って、アユ及びサケ科魚類の生息できる水域は、一般的に総体的な環境評価としては、まだあまり破壊されていない陸水環境(河川)と考えてよかろう。またC類型に属する“水産3級”はコイ・フナ等の生息適の水域と考えられているので、人為的富栄養化によってこの水域の環境状態がもたらされていたとしても、中等度の自然度を保存している河川と解釈できる。D及びE類型は水産用としては級指定から外されている範囲であるが、人為的富栄養化が最も進んでいると理解される。以上の考え方を基礎として環境類型基準の水質基準値等を参考としながら、(T)まだあまり破壊されていないで自然性を比較的保っている陸水環境、(U)中等度の自然度を保存している陸水域、(V)相当自然度を失なって好ましくない陸水域等の判断基準を設ける。

イ 河川の自然性

 「水質汚濁に係る環境基準」を基礎とした小野寺委員の分析方法により、調査対象河川の上流・中流・下流ごとに水質データーを整理し、これから上流から下流まで河川の総合的な自然性を検討し、基礎データーの整理を行なった。最後に、水質・利用・改変状況・生物分布等の調査項目を参考にしながら湖沼の場合と同様、陸水域自然度小委員会によって総合的に自然性が判定された。51河川について判定された自然性は表17のとおりである。この判定表をみると、“河川の物理的改変が少なく、水質等の理化学的性状も自然性を保っているもの”として標津川(北海道)、久慈川(福島・茨城)・肱川(愛媛)・嘉瀬川(佐賀)の4河川があげられている。一方、“河川の物理的改変が進み、水質等の理化学的性状が自然性を失なっているもの”として北上川(岩手・宮城)・荒川(埼玉・東京)、養老川(千葉)、多摩川(東京)阿賀野川(福島・新潟)、神通川(富山・岐阜)、富士川(山梨・静岡)・淀川(大阪・京都)、加古川(兵庫)の9河川があげられている。河川の自然性を判定する時、河川を流域区分してその自然を判定する方法がある。しかし、ここでは河川を一つの生態系と考えて、その自然性を判定している。(河川を上流・中流・下流と大きく流域区分すれば、一般的傾向として上流から下流にかけてその汚染は進む。河川の生態系の機能を考えると、たとえ上流では汚染が進行していなくても、下流に汚染が進行してくれば、上流に魚類が昇っていかない。)

 

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