境庁委託

第4回自然環境保全基礎調査

サンゴ群集調査報告書

はじめに

 熊本県沿岸には黒潮より分岐した対馬暖流がながれている。このため県内には天草諸島を中心にしてひろい範囲に造礁性のサンゴが分布しているが、特に天草下島南端に位置する牛深市周辺には非常に良好なサンゴ群集がみられる。今回の調査では、熊本県を代表する造礁性サンゴ群集の分布する牛深市周辺において現地調査を集中的に行った。

1)予め航空写真によって牛深市周辺の浅海の堆積環境を解析し、岩礁、転石底と思われる場所に後述するマンタ法の調査区を設定した。

2)牛深市の海岸線、離島、岩礁を中心に延長約45kmの調査区を設定し、100m毎に海底の基質、海藻の有無、優占するサンゴ生育型の記述、造礁性サンゴ全体の平均被度等を記述した。

3)サンゴの群集調査については、群集の広がりが極めて広大で、かつ20m以深までサンゴ群集が分布していること、マニュアルにある調査区法では多大の時間を要し、サンゴ生育型に類形されている種類を同定することが困難であるとのことから、熊本県独自の方法として、調査区法に替えてライントランセクト法を用いた。すなわち、マンタ法による全体調査から、牛深周辺のサンゴ群集を代表する4地点を選び、各地点において海底に10mのライントランセクトを設置し、その線上に出現するサンゴ種、線上にある群体の長さを求め、各種毎の被度を算出した。

牛深周辺の造礁性サンゴ群集の概要

 オーストラリアのJ.Veron博士の最近の研究では、これまでのところ天草西岸には約90種の造礁性サンゴが確認されている。今回のマンタ法では設定した443調査区のうち、437の調査区で調査をおこなった。このうち、26調査区(うち9ケ所は砂底)を除く411調査区でサンゴの分布が確認された。すなわち、牛深市の94%の海岸線にサンゴがみられ、全体の3/4の海岸線が被度T以上となっている。1区画の平均被度T,U,V,Wの調査区はそれぞれ59.3,13.5,2.3,0.5%であった。この結果よりすると、牛深周辺にはかなり良好なサンゴ群集が生育しているといえる。被度階級がV以上の調査区は片島、桑島、春這、平瀬、下須島の砂月浦東岸にみられるが、これらの場所では水中景観も優れ、熊本県を代表するサンゴ群集といえる。春這を除くほかの調査区では、テーブル状のエンタクミドリイシ、クシハダミドリイシ、被覆状のオヤユビミドリイシよりなる群集が発達する。また、全体として下須島を境に、西側の天草灘に面した海岸線ではテーブル状サンゴが優占し、次いで塊状、被覆状のサンゴが多い。枝状のサンゴも比較的多く見られるが、直接波浪の影響を受けない場所に限られる。これに比べて東側の長島海峡、八代海ではテーブル状のサンゴは非常に少なくなり、替って枝状のサンゴが優占してくる。造礁性サンゴは牛深周辺では水深30m付近まで確認されているが、天草灘に面した海岸では、テーブル状サンゴは主として8m以浅に、キッカサンゴ、ウスカミサンゴ等葉状のサンゴは10m以深に出現する。キクメイシ、フカトゲキクメイシ等塊状および被覆状サンゴは概ね10m前後に多く出現するが、浅所より深所までみられる。一方、長島海峡、八代海に面した海岸では、波浪の影響が弱まるとともに透明度が天草灘側より低くなり、サンゴの分布域が15m以浅に狭まる。また、同時に10m以深にみられた葉状のサンゴも浅所に分布の上限が3m前後まで上がってくる。下須島の北西部、春這の小さな湾内では限られた範囲に多くの大型の群体が出現し、独特なサンゴ群集を形成している。

 熊本県の造礁サンゴは昭和37−38年(1962−63年)の異常寒波により、その大部分が死滅したと言われている。その後、1968年に行われた熊本県海中公園学術調査報告書では、牛深周辺では多くのテーブル状サンゴの遺骸と共に、直径20−30cmの小型のテーブル状サンゴが確認されている。1968年と同じ地点の調査結果ではこれらのサンゴは現在直径2m前後にまで生長しており、また被度も非常に高くなっている。牛深でのサンゴの年間生長量を考慮しても、1963年以降牛深周辺のサンゴ群集は順調に生育していると考えられる。また、サンゴの遺骸は観察されたものの、全体的に見て非常に少なく、オニヒトデ、テルピオス、レイシガイダマシ類による被害は認められなかった。これらのことからも、牛深周辺のサンゴ群集は現在のところ極めて良好な環境条件かにあると推察される。

                     調査総括者 九州大学理学部附属天草臨海実験所

                              教授 菊池泰二

                     調査責任者       同

                              助手 野島 哲

                     調査補助者       同

                            文部技官 後藤 勲

                                 鮫島照夫

                            大学院生

                              タマサーク・イーミン

                                 森 敬介

                                 青木優和

 

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