II. サンゴ礁調査結果の解析

1.非サンゴ礁海域調査結果の解析
2.サンゴ礁海域調査結果の解析

 

 

1. 非サンゴ礁海域調査結果の解析

内田 紘臣1

 

 

(1)はじめに

本調査ではわが国に分布する造礁性サンゴ群集を調査対象としたが、サンゴ礁地形の有無による分布パターンの違いなどを考慮し、調査に当たっては、調査対象海域をサンゴ礁海域と非サンゴ礁海域に二分し、異なる方法で調査を行なった。このうち、本項で述べる非サンゴ礁海域の調査は吐喝喇列島悪石島以北を対象としている。調査は聞きとり及び既存資料等調査の後、必要な場所で現地調査が行われた。

調査結果を都道府県別に見ると、非サンゴ礁海域で造礁性サンゴ類の分布が見られたのは、千葉・東京(小笠原諸島を除く)・神奈川・静岡・三重・和歌山・徳島・愛媛・高知・島根・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島の15都県である(図2)。なお、東京都の小笠原諸島海域、火山列島海域については、緯度的にいっても、また実際のサンゴの出現状況でみてもサンゴ礁海域に属するが、本調査ではサンゴの生育環境から非サンゴ礁海域と同様の手法を用いて調査を行った。得られた現地調査票の結果から面積を生育型に分けるのは不可能なため、本項では東京都の結果から小笠原諸島海域(火山列島海域は今回は調査がなされていない)を除いている。小笠原諸島海域の調査結果については次項の「2.サンゴ礁海域調査結果の解析」の項を参照されたい。鹿児島県については、前述のように、吐喝喇列島の悪石島以北を非サンゴ礁海域として本項で、また小宝島以南のサンゴ礁海域については次項で取扱っている。

第4回自然環境保全基礎調査・サンゴ礁調査では被度5%以上、面積0.1ha以上のサンゴ群集分布域が群集番号を付され、報告されているが、千葉県・神奈川県・三重県*・島根県では今回の調査で調査対象基準を満たす分布域は記録されていない。

データは各都県のサンゴ群集現地調査の記入事項(特に各生育型の被度の項)を読みながら、各生育型の集計が実際の分布面積に合うように修正した。

その結果、わが国の非サンゴ礁海域における造礁性サンゴ群集(被度5%以上、面積0.1ha以上)の分布する面積は1409.3haであった。ただし、長崎県および熊本県で造礁性サンゴ類の分布する全域を調査していないので、実際はもう少し広いものであろう。

図2 サンゴ群集分布図(非サンゴ礁海域)

 

 

(2)各都県のサンゴ群集の特徴

 

各都県の生育型別、被度別のサンゴ群集面積を表3、表4に示した。サンゴ群集の面積の大きい順で都県別にそれぞれの特徴を記す。

(東京都)

サンゴ群集の分布面積の最も広いのは(小笠原を除く、以下同様)東京都で、424.8ha(全体の30.1%)であった。

東京都の面積のほとんど(99%)は伊豆七島南海域(海域511)、すなわち八丈島、(青ケ島にもサンゴ群集が分布するが、調査されていないため、この値は八丈島のみのものである)のサンゴ群集によって占められている。残りの1%(4.8ha)は三宅島で、東京都ではそれ以外にサンゴ群集の分布地は報告されていない。

東京都のサンゴ群集の生育型は被覆状がほとんど(99.3%)である。典型的な造礁サンゴ北限域の形態を示しているものと思われる。

(宮崎県)

次に大きな面積を記録しているのは宮崎県(海域では大部分が日向灘)で292.7ha(全体の20.8%)を占めている。サンゴ群集は県北部の島浦島周辺と、県南部の青島〜串間に分布しているが、南部が大部分を占めている(海域では一部(志布志湾のもの)が大隅海域に属している)。海岸線の大部分を占める県中部は砂礫海岸で、サンゴ群集は見られない。

宮崎県のサンゴ群集の生育型は約半分(53.0%)が卓状、残りを枝状・塊状・被覆状・葉状の4タイプが占めている。同県の卓状タイプに類別される種は、県北部ではオオスリバチサンゴ(Turbinaria peltata)の群落であり、大部分を占める県南部ではクシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus)が主構成種で、それにエンタクミドリイシ(Acropora solitaryensis)が加わったものである。

なお、宮崎県では県南部、青島を中心にかなりのソフトコーラルが分布するが、その構成種は報告されていない。

(鹿児島県)

続いて造礁性サンゴ群集の面積の広い県は鹿児島県である。

分布は県下全域に及び、生育型は卓状が優占する(76.7%)。卓状タイプは県報告書の写真を見るかぎり、大部分がクシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus)である。

(大分県)

造礁性サンゴ群集の面積の広さ第4位は大分県である。大分県内の分布は、県南部の蒲江町にのみ知られている(大分県、1978)。

当県のサンゴ群集の生育型は卓状のみか、卓状が優占する群集であり、他の生育型が優占する群集はない。県報告書の写真から、優占する卓状タイプはエンタクミドリイシ(Acropora solitaryensis)であることがわかる。

(和歌山県)

和歌山県では造礁性イシサンゴ類は三重県との県境付近より、熊野灘-枯木灘にわたり有田湾まで分布するが、被度I以上の群集は三重県境よりやや南方の那智勝浦から出現し、熊野灘-枯木灘にわたり白浜に及んでいて、県南部の海岸一帯に見られる。

生育型では卓状タイプが優占(78.6%)、塊状・被覆状がそれぞれ約5%、10%を占める。卓状タイプは南端潮岬より西の串本ではクシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus)で、それ以外は大体エンタクミドリイシ(Acropora solitaryensis)が優占する。

(愛媛県)

愛媛県における造礁性サンゴ群集は三崎(佐田岬)半島以南、高知県境まで分布するが、由良半島以北の豊後水道海域にあるサンゴ群集の面積は全体の0.7%を占めるに過ぎず、大部分は由良半島以南の土佐湾海域に分布する。

生育型はほとんど全部が卓状で(97.3%)、エンタクミドリイシ(Acropora solitaryensis)が優占し、クシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus)もかなり多いと思われる。

(熊本県)

熊本県では、天草下島の西〜南岸と御所浦島周辺にイシサンゴの棲息が知られていて、有明海南部での棲息が示唆されている(熊本県1978)が、実際のデータの集計は天草下島最南西部に位置する牛深市周辺のみで行なわれている。

生育型で優占するのは卓状で、全体の2/3を占め、塊状は18%、枝状は11%である。卓状で多いものはエンタクミドリイシ(Acropora solitaryensis)で、クシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus)も多い。

(高知県)

面積はかなり小さくなるが(34.6ha)、高知県が続く。サンゴ群集は県南西部の土佐清水市、宿毛市を中心に分布する(面積で全体の54%)が、その他に室戸(22%)、須崎(15%)、夜須(9%)にも分布域がある。

記録されている限り、すべての群集地のサンゴの生育型は卓状であり、足摺周辺以外は優占するのはエンタクミドリイシ(Acropora solitaryensis)である(岩瀬・福田1994)。足摺周辺では、見残し湾にシコロサンゴ(Pavona decussata)の巨大群体がある(Tokioka1968)のを除くと、優占するのは県報告書によれば、東部と同様にエンタクミドリイシのようであるが、大月町では場所によってクシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus)が優占するところがある(海中公園センター1991)。

(長崎県)

長崎県は一部未調査の海域があるが、サンゴ群集分布面積は10.9haと小さく、未調査部分を加えてもこれを大きく上回らないであろう。

調査は五島列島・男女群島・対島で行なわれたが、調査全域にわたってサンゴ群集の衰退が認められた。特に五島列島および男女群島ではなはだしく、男女群島では以前あった大型卓状群体がほとんど見られなくなったという。五島列島での減少は魚類養殖との関連が推察されている。

長崎県(1971)から、枝状ミドリイシはエダミドリイシ(Acropora tumida)、卓状のものはエンタクミドリイシ(Acropora solitaryensis)と推測される。

(徳島県)

徳島県ではサンゴ群集の面積は7.1haと狭小である。徳島県においては造礁性サンゴは県南部の日和佐町から高知県境の宍喰町にかけて分布する(徳島県1978)が、被度I以上の群集が存在するのは、牟岐大島周辺と高知県境の竹ケ島周辺の2箇所である。

生育型では3/4が被覆状で、キクメイシ類のように本来塊状タイプの種が被覆状に生育している。残る1/4は枝状で、これは竹ケ島周辺に多いエダミドリイシ(Acropora tumida)である。

(静岡県)

造礁性サンゴ群集として記録されている面積で最小は、静岡県の0.5haである。造礁性イシサンゴ類は沼津から石廊崎までの伊豆半島西岸沿いにのみ点在するが、被度I以上の群集は沼津市の大瀬崎の根元に一箇所あるのみである。全てが枝状であり、エダミドリイシ(Acropora tumida)の濃密な群落である(報告書にはコエダミドリイシA.microphthalmaと記載されている ; 著者標本査定済み)。

 

その他、調査対象基準(被度0.5%以上、面積0.1ha以上)を満たす群集は記録されてないが、造礁性サンゴの棲息が記録されてるのは千葉、神奈川・三重・島根の4県である。

(千葉県)

千葉県の分布は館山市とそのすぐ北の大房岬に限られる。造礁性サンゴ類の太平洋側の分布北限域で、生育型は被覆状が多いが、塊状、枝状もそれぞれ20%を占める。塊状はキクメイシ科の種と思われる。枝状はエダミドリイシ(Acropora tumida)の群落である。ちなみに矢部等東北大学地質学教室のグループは館山から8種を記録し(杉山1937)、千葉県地学教育研究会(1963)は同所から17種を、またVeron(1992a、1992b)は同所から25種の造礁性イシサンゴ類を報告している。最近、各方面で館山湾のサンゴ群集が東京湾のサンゴとして紹介されているが、館山は浦賀水道の外に位置し、外洋水に洗われる完全な外洋性海岸で、生物地理的には、東京湾海域と見なすことには問題がある。

(神奈川県)

神奈川県では三浦半島先端部の油壺と県西端の真鶴半島のみ分布が見られるが、わずかの小型群体が散在するのみである。唯一、真鶴岬南岸に比較的大型のコブハマサンゴ(Porites lutea)の群体が1個存在するが、その面積は0.007haで、本調査でいうサンゴ群集とは見なせない。

(三重県)

三重県では造礁性サンゴは志摩半島南部と紀伊長島〜二木島に分布するが、どの海域でも被度5%以上のサンゴ群集は記録されなかった。なお、志摩半島南部ではイボサンゴ(Hydnophora pilosa) 1群体が見つかったのみである。したがって、三重県の造礁性サンゴの大部分は紀伊長島〜二木島に棲息する。出現種はオオスリバチサンゴ(Turbinaria peltata)、エンタクミドリイシ(Acropora solitaryensis)、キクメイシ(Favia speciosa)をはじめ多種にわたる。なお、本調査におけるわが国のエンタクミドリイシの北限は紀伊長島町赤野島である。

(島根県)

島根県では大田付近と隠岐とに造礁性イシサンゴ類が分布しているが、いずれも小型群体がわずかに散在するのみである。隠岐ではニホンアワサンゴ(Alveopora japonica)、大田付近ではベルベットサンゴ(Psammocora superficialis)が見られる(著者標本査定済み)。隠岐のニホンアワサンゴは本調査中最も北に位置している。なお、本調査後、隠岐においてアミメサンゴ(Psammocora profundacella)が発見された。

(総括)

全国的に見ると、生育型で最も多いのは卓状(51.8%)であり、これは大部分がクシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus)とエンタクミドリイシ(Acropora solitaryensis)によって代表されている。続いては被覆状(33.5%)で、暖海では塊状になる種が分布北限域付近で被覆状をなして広がる場合もあり、構成種は最も多様性に富む。サンゴ礁海域に比較して枝状・塊状の比率が低いものと思われる。ちなみに、枝状のほとんどはエダミドリイシ(Acropora tumida)によって代表される。

 

表3 生育型別サンゴ郡集面積(県別本土海域)

単位:ha(%)
県名 枝状 卓状 塊状 被覆状 葉状
千 葉
東 京1)
神奈川
静 岡
三 重
和歌山
徳 島
愛 媛
高 知
島 根
長 崎2)
熊 本3)
大 分
宮 崎
鹿児島
 
 
0.5(100.0)
2.2(  1.9)
 1.6( 22.5)
 
 
 
 4.3( 39.4)
12.3( 11.1)
 
31.3( 10.7)
16.0(  9.8)
 
2.8(  0.7)
 
 
89.5( 78.6)
 
114.5( 97.3)
 34.6(100.0)
 
0.8(  7.3)
74.2( 66.8)
133.0(100.0)
 155.0( 53.0)
125.0( 76.7)
 
 
 
6.4( 5.6)
 
 
 
 1.5( 13.8)
19.9( 17.9)
 
101.6( 34.7)
 
422.0( 99.3)
  
12.8( 11.2)
5.5( 77.5)
 1.8(  1.5)
 
 4.0( 36.7)
 3.9(  3.5)
 
 2.8(  1.0)
 20.0( 12.3)
  
 
 
 
 
 3.0(  2.6)
 
 1.4(  1.2)
 
 
 0.3(  2.8)
 0.8(  0.7)
 
 0.2(  0.7)
0.2(  1.2)
424.8(100.0)
0.5(100.0)
113.9(100.0)
7.1(100.0)
117.7(100.0)
 34.6(100.0)
+  
10.9(100.0)
111.1(100.0)
133.0(100.0)
 292.7(100.0)
163.0(100.0)
  計   68.2(4.8)  729.4( 51.8) 129.4(  9.2)  472.8( 33.5) 9.5(  0.7) 1409.3(100.0)

+: 調査基準以下のサンゴ群集

1)小笠原群島の面積は含まれない。

2)長崎県の調査は五島列島、男女群島および対馬を対象とした。

3)熊本県の調査は牛深市周辺を対象とした。

 

第4表 被度別サンゴ群集面積(県別本土海域)

単位:ha(%)
県 名 被   度

5〜25% 25〜50% 50〜75% 75〜100%
東 京
静 岡
和歌山
徳 島
愛 媛
高 知
長 崎
熊 本*
大 分
宮 崎
鹿児島
424.6(100.0)
 
50.4( 44.2)
 5.8( 81.7)
13.4( 11.4)
3.0(  8.7)
 5.4( 49.5)
16.5( 14.9)
60.2( 45.3)
 202.0( 69.0)
112.8( 69.2)
0.2(  0.0)
 
6.6(  5.8)
 0.8( 11.3)
42.1( 35.8)
7.6( 22.0)
5.5( 50.5)
 94.6( 85.1)
 21.3( 16.0)
76.1( 26.0)
 47.7( 29.3)
 
 
40.1( 35.2)
0.5(  7.0)
62.2( 52.8)
12.1( 35.0)
 
 
51.5( 38.7)
14.6(  5.0)
 2.5(  1.5)
 
0.5(100.0)
16.8( 14.7)
 
 
11.9( 34.4)
 
 
 
 
 
424.8(100.0)
0.5(100.0)
113.9(100.0)
7.1(100.0)
117.7(100.0)
34.6(100.0)
10.9(100.0)
111.1(100.0)
133.0(100.0)
292.7(100.0)
 163.0(100.0)

894.1( 63.4) 302.5( 21.5) 183.5( 13.0)  29.2(  2.1) 1409.3(100.0)

*熊本県のサンゴ群集には部分的に被度50〜75%のものが含まれる。

なお、千葉県、神奈川県、三重県、島根県のサンゴ群集は調査基準(面積0.1ha以上、被度5%以上)に満たないため未掲載。

 

 

(3)造礁性サンゴの北限

 

造礁性サンゴは暖海性起源のもので、暖海ではサンゴ礁を形成することはよく知られている。しかし、耐寒性を獲得して、暖海より南北両高緯度地方へと分布をのばした種がある。日本列島は世界中で最も種多様性に富むインド-西大平洋区に分布の中心をもつ造礁性イシサンゴ類の北方限界に位置する(Veron1992a)。

本調査で報告されたサンゴ群集のうち、最も北に位置する造礁性イシサンゴ類は島根県隠岐諸島中ノ島(36°07′N、133°07′E)のニホンアワサンゴ(Alveopora japonica)である。なお、本調査後アミメサンゴ(Psammocora profundacella)も発見された(野村・梶村・内田1994)。これは黒潮の分枝流である対馬暖流沿いに分布を広げたものである。

一方、太平洋沿岸、すなわち黒潮本流に沿って分布を広げた種を見ると、緯度的には神奈川県真鶴半島(35°08′N、139°10′E)のカメノコキクメイシ(Favites favosa)とベルベットサンゴ(Psammocora superficialis)が北限である。しかし黒潮流程沿いに見ると、千葉県館山湾富浦町の大房岬南岸(35°02′N、139°49′E)のハナガササンゴ類(Goniopora sp.)とミドリイシ類(Acropora sp.)、館山市沖の島(34°59′N、139°50′E)のミドリイシ類が最も先端に位置している。

一般的に、暖海性の海洋生物の日本列島太平洋沿岸沿いの分布においては、黒潮の流程に沿って分布をのばす傾向にある。典型的な暖海性の沿岸動物である造礁サンゴもそのひとつで、神奈川県真鶴半島よりも千葉県館山湾の方が生物地理学的に見て、より北方に分布をのばした結果と見ることができる。しかし、緯度的に見ると、真鶴半島の方が館山湾より北に位置する。

従来の記録から見たわが国の造礁性イシサンゴの北限は、対馬暖流系(すなわちわが国の最北限にあたる)では新潟県佐渡(38°N)(Honma & Kitamai1978)のキクメイシモドキ(Oulastrea crispata)であり、太平洋岸では本調査の真鶴半島、同黒潮流程沿いでは千葉県天津小湊(35°07′N)のキクメイシモドキである(著者未発表)。

また高緯度地方の造礁性サンゴの一部は、水深の深いところに分布することが知られている。本調査の島根県報告書にもあるように、水深20m前後の調査を考える必要もあろう。

 

 

(4)非造礁性サンゴの分布について

 

本調査では、調査票に非造礁性イシサンゴ類の種の分布の記録が散見される。特に造礁性イシサンゴ類の群集の少ない高緯度海域では、調査中にこれらの非造礁性イシサンゴ類が目立つ。非造礁性イシサンゴ類は造礁性イシサンゴ類とちがって、かなりの高緯度地方や、またかなりの水深の海底にも棲息可能な種を含み、わが国沿岸海域から相当数の種の記録がある。最近の報告では北部太平洋温帯海域(黒潮流域以北、カリフォルニア以北、アリューシャン・千島・オホーツク以南)に分布する種として119種が挙げられている(Cains1994)。それらのうちには水深0mから得られたものから、水深6,000mを超えるところから採集されるものまである。これらの非造礁性イシサンゴ類は解析から除く。その他、八放サンゴ類やヒドロ虫類に属するものも同様である。

 

 

(5)高被度サンゴ群集の分布

 

この調査は被度5%以上、面積0.1ha以上のサンゴ群集を記録したのであるが、被度II(25〜50%)以上のサンゴ群集は景観的にも、また学術的にも注目に値する。今回の調査では、被度T(5〜25%)の群集はあるいは見落とされているところがあるかもしれない。しかし、被度II以上の群集は見落とされている可能性は小さいものと思われる。したがって、被度II以上のサンゴ群集は概ね本調査で記録された面積がわが国に存在すると見なしてよい。

被度II以上のサンゴ群集は表5のように分布する。

サンゴ群集の分布面積では、最大の値を示した東京都のサンゴ群集は、被度の低いものであったことがわかる。被度II以上の面積の広い県は、和歌山・愛媛・大分・熊本・宮崎の5県であるが、その中でも特に被度の高いサンゴ群集が分布するのは和歌山・愛媛・大分の3県である。そのうち大分県の被度III(50〜75%)の群集の生育型は混成(主として卓状・塊状・被覆状からなる)であるが、和歌山県と愛媛県は卓状が優占する。

また、もっとも高い被度である被度IV(75%以上)を示すサンゴ群集は和歌山・高知・静岡の3県から知られていて、和歌山県と高知県の群集は共にかなりの広さがある。

和歌山県の分布は南端の串本付近に集中し、その優占種はクシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus)である。

高知県の分布は足摺と大月町柏島で、優占種はクシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus)である。

静岡県の高密度群集は沼津市久連にあり、エダミドリイシ(Acropora tumida)の密な群集である。

なおVeron(1992a、1992b)によれば、クシハダミドリイシは和歌山県白浜まで、エンタクミドリイシは伊豆まで、エダミドリイシは千葉県館山まで分布することになっている。これらの結果は被度階級I以上のサンゴ群集と、5%以下の低被度分布域の存在を考慮すれば、今回の調査の結果によく一致する。

クシハダミドリイシは浅海に高被度の群集を作るが、どちらかというと外洋性の種で、熊本県では男女群島で優占する(現在非常に少なくなった)が、天草ではエンタクミドリイシに混じって見られ、対馬ではすでに見られない。豊後水道部では、宮崎県で県南部に本種は多いものの、北部では少ないか、分布せず、大分県には分布しない。優占種はエンタクミドリイシに置き換えられる。豊後水道東側の宇和海でも同様で、足摺付近でクシハダミドリイシが優占する以外、卓状の優占種はエンタクミドリイシである。紀伊水道でも串本付近ではクシハダミドリイシが圧倒的に優占するが、南端の潮岬を東へまわるとほとんど見られない。

南部外洋性のクシハダミドリイシと入れ替わるようにして優占するのがエンタクミドリイシであり、この種はかなりの内湾性環境にも適応している。エンタクミドリイシはVeron(1992a、1992b)によって伊豆から記録されているが、本調査での最北の記録は三重県紀伊長島町である。

 

表5 被度II以上のサンゴ群集面積(非サンゴ礁海域)

単位:ha
被 度 II(25〜50%) III(50〜75%) IV(75%以上) II以上のtotal III以上のtotal
東 京1) 卓状
0.2 0.2 -
静 岡 枝状
0.5 0.5 0.5
和歌山 卓状 卓状 混成2) 枝状 卓状
6.6 25.9 13.8  0.4 16.8 63.5 56.9
徳 島 被覆状 被覆状
0.8  0.5 1.3 0.5
愛 媛 卓状   被覆状 卓状 被覆状
40.7   1.4 61.8  0.4 104.3 62.2
高 知 卓状 卓状 卓状
7.6 12.1 11.9 31.6 24.0
長 崎 混成2) 塊状  枝状
5.1  0.4  0.1 5.6 -
熊 本 混成2) (部分的にIIIを含む)
94.6 94.6
大 分 混成2) 混成2)
21.3 51.5 72.8 51.5
宮 崎 卓状 混成2)  塊状 卓状 混成2)
63.5 10.0  1.9 11.4 3.2 90.0 14.6
鹿児島 卓状 枝状 卓状 枝状
46.2 1.5 2.2 0.3 50.2 2.5

1)東京都は小笠原の面積を除く

2)混成は大部分、卓状・塊状・被覆状の混成

 

 

(6)巨大群体およびサンゴ礁類似地形

 

今回の調査報告に、数箇所で巨大なイシサンゴの群体、または広範囲の単一種高密度群落が記録されている。それらは次のものである。

1.コブハマサンゴ:徳島県牟岐町大島(高さ約7m、幅6〜8m)

2.シコロサンゴ:高知県土佐清水市竜串(約1,200m2

3.ハマサンゴの1種(ほぼ死滅):長崎県玉之浦町浅切浦(約8×6×2m)

                    〃   黒小浦(約6×4×1.5m)

4.エダミドリイシ単群集:静岡県沼津市久連(約5,000m2

             :静岡県西伊豆町田子(約260m2

             :静岡県南伊豆町妻良(約300m2

5.ムカシサンゴ単群集:徳島県宍喰町竹ケ島(直径約2mのものが所々にみられる)

6.オオスリバチサンゴ単群集:宮崎県延岡市島浦(直径約2〜3mのものが61群体)

巨大な群体はそれ自体貴重であるし、少なくともそこまで成長するのに要した時間(かなりの長い年月であったはずであるが)、それらの種にとって環境が良好であり、その間、一度として致命的な環境悪化がなかったことを示している。

また、単一種高密度群落はその種の最適棲息環境との関連において貴重であるし、景観的にも重要である。

これら巨大群体や単一種群落の保護が検討されるべきである。

対馬の瀬の浦と壱岐の石形浦でサンゴ礁様海底地形が報告されている(長崎県1978)。同様の地形は串本でも見られている(野島1990)。(なお高知県報告に室戸岬高岡に「サンゴ礁」ありとの記載がある)。サンゴ礁地形は、わが国ではトカラ列島以南で見られることになっている。これらの高緯度地方のサンゴ礁類似地形の本質を見極めるために、本格的な地質学的調査が期待される。

 

 

(7)消滅サンゴ群集

 

消滅サンゴ群集の調査結果を表6、及び図3に示した。そのうち埋め立て等の改変により消滅したサンゴ群集は、サンゴ礁海域に属する東京都小笠原での5haを除くと、鹿児島県の埋め立てによる3ha、高知県の工事による0.03ha(3ケ所の合計)である。

この他、高知県では7ケ所で3.06haがオニヒトデの食害により消滅したと報告され、愛媛県では0.6haが環境の悪化から消滅したと推察されている。宮崎県では合計で約8haの消滅が報告され、そのうち5haはレイシガイダマシの食害によるものとされている。

全国規模で見た場合、サンゴ群集消滅面積は決して広いものではないが、四国南部のオニヒトデ被害や、高知県・宮崎県のヒメシロレイシガイダマシによる被害、さらには長崎県男女群島の卓状ミドリイシの原因不明の激減など、各地のイシサンゴ群集をめぐる環境は安定したものとは思えない。日本の造礁性サンゴ類の分布を調べたVeron(1992b)も同様に、日本に棲息するイシサンゴ類の将来を大いに危惧している。しかも、それらの中には、世界的に見て学術的に貴重な種を多く含んでいるため、適切な保護対策が望まれる。

 

表6  消滅サンゴ群集面積(非サンゴ礁海域)

(ha)
都道府県名
コード
海 域 海域名
コード
市町村名 消滅時期 消滅面積 消滅理由
38 愛媛
39 高知
39 高知
39 高知
39 高知
39 高知
39 高知
39 高知
39 高知
39 高知
39 高知
45 宮崎
45 宮崎
45 宮崎
46 鹿児島
603 土佐湾
603 土佐湾
603 土佐湾
603 土佐湾
603 土佐湾
603 土佐湾
603 土佐湾
603 土佐湾
603 土佐湾
603 土佐湾
603 土佐湾
604 日向灘
604 日向灘
604 日向灘
809 薩摩
西海町
室戸市
室戸市
室戸市
大月町
大月町
宿毛市
宿毛市
宿毛市
宿毛市
宿毛市
串間市
延岡市
北浦町
里村
1982年頃
1980〜1982
1980〜1982
1980〜1982
不明
不明
不明
不明
不明
不明
不明
不明
不明
不明
1985〜1988
0.600
0.010
0.010
0.010
0.010
3.000
0.010
0.010
0.010
0.010
0.010
5.000
3.000
0.0001
3.000
水質悪化
工事
工事
工事
オニヒトデ
 〃
 〃
 〃
 〃
 〃
 〃
レイシガイダマシ
不明
転倒
埋め立て

 

図3 消滅サンゴ群集分布図(非サンゴ礁海域)

 

 

(8)今回の調査の方法について

 

今回の調査は造礁サンゴの生息する可能性のある沿岸域で資料調査や聞きとり調査では情報の得られない海岸線をマンタ法で現地調査する方法がとられている。いくつかの県で透視度が悪すぎて、マンタ法を用いることができないと記されている(千葉県、三重県)が、マンタ法はオーストラリアのグレード・バリアー・リーフでサンゴ礁の広い範囲を見て回るために使われた方法で(Done, Kenchington,& Zell,1982)、著者等も沖縄・八重山海域でこれを採用した(海中公園センター1984)。著者等がマンタ法を和歌山県沿岸全域で採用した時(内田1989、内田・御前1989)も、調査直前まで沖縄と和歌山との透視度の違いが問題とされた。しかし和歌山県では水質悪化のひどい内湾域2箇所を除いて、他全域でマンタ法は威力を発揮した。従って、深い湾入部や大都市近接海域を除き、海況の安定している時期を選べば、マンタ法は非サンゴ礁海域の調査に充分使用可能と思われる。ちなみに千葉県に近い神奈川県では、マンタ法による調査が行なわれている。

さらにいくつかの県では(千葉県、東京都の一部、熊本県)地形がマンタ法に適していない旨が記されているが、著者等の和歌山県での調査の場合も種々な浅海地形でマンタ法が使用されたが、定置網とマナーの悪い釣人を除けば、格別の障害はなかった。これも時期を選べば問題ないと思われる。

被度I以上のサンゴ分布域の面積の算出は、どこまでを分布域にとるかの認識の個人差によって大きな偏差が生じることが考えられる。従って、報告書に記されている数字はそれなりの意味はあるものの、あまり厳密にとらえないほうがよい。

今回の調査は、前回のサンゴ礁調査(第2回自然環境保全基礎調査、干潟・藻湯・サンゴ礁調査)で造礁性サンゴ類の棲息が報告されている県に限って行なわれた。しかし、前回のタイトル「サンゴ礁」という言葉によって、造礁性サンゴが棲息していながら、「本県にはサンゴ礁はない」と記載した県があると思われる。石川県や新潟県では実際に造礁性サンゴの1種であるキクメイシモドキ(Oulastrea crispata)が記録されている(矢島ほか1986、Honma & Kitami1987)し、太平洋側では愛知県、日本海側では佐賀県・福岡県・山口県・鳥取県・兵庫県・福井県などは造礁性サンゴが分布している可能性が高い。

造礁性イシサンゴ類の各種が実際にどこまで分布しているかは、わが国の造礁性サンゴ相を解析するためにも重要である。次回は是非これらの県をも含めて、北限海域の造礁性サンゴの分布を明らかにすることを期待したい。

 

 

引用文献

Cains,S.D.1994.Scleractinia of the temperate North Pacific.Smith.Cont.Zool.(557),150pp.

千葉県 1978.第2回自然環境保全基礎調査.干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報告書. 30pp

千葉県地学教育研究会(編)1963.千葉県地学図集. 第4集サンゴ編. pp.

Done,T.J.,R.A.Kenchington,& L.D.Zell 1982.Rapid,large area,reef resource surveys using a manta board.Proc.4th Intermat.Coral Reef Symp.,1:299-308.

愛媛県 1978.第2回自然環境保全基礎調査. 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報告書. 52pp

Honma,Y,& T.Kitami 1978.Fauna and flora in the waters adjacent to the Sado Marine Biological Statoion,Niigata University.Ann.Rep.Sado Mar.Biol.stat.,Niigata Univ.(8):7-81

岩瀬文人・福田照雄 1994.手結岬西岸海域のイシサンゴ相. 手結サンゴ調査報告書 : 238-277、財団法人海中公園センター.

鹿児島県 1978.第2回自然環境保全基礎調査. 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報告書. 67pp

海中公園センター 1984.崎山湾自然環境保全地域保全対策緊急報告書. 134pp

海中公園センター 1991.海中公園地区等におけるシロレイシガイダマシ類によるサンゴ群集被害実態緊急調査報告書. 55pp

神奈川県 1978.第2回自然環境保全基礎調査. 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報告書. 18pp

熊本県 1978.第2回自然環境保全基礎調査. 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報告書. 12pp

三重県 1978.第2回自然環境保全基礎調査. 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報告書. 51pp

宮崎県 1978.第2回自然環境保全基礎調査. 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報査報告書.

長崎県 1971.長崎県海中公園学術調査報告書. 116pp

長崎県 1978.第2回自然環境保全基礎調査. 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報告書. 93pp

野島 哲 1990.海中公園沖で見つかったミニ珊瑚礁(?)について. マリンパビリオン、19:2-3.

野村恵一・梶村光男・内田紘臣 1994.隠岐諸島における造礁性イシサンゴ類について. 海中公園情報(106):7-11.

大分県 1978.第2回自然環境保全基礎調査. 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報告書. 55pp

静岡県 1978.第2回自然環境保全基礎調査. 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報告書. 26pp

杉山敏郎 1937.本邦沿岸産棲珊瑚礁に就きて. 東北大学理学部地質学古生物学教室研究邦文報告. No.26 60pp

Tokioka,T.1968.Preliminary observations made by Mr.S.Hamahira on the growth of a giant colony of the Madreporarian coral Pavona frondifera Lamarck,found in a cove on the southwestern coast of Shikoku Island.Publ.Seto Mar.Biol.Lab.16:55-59.

徳島県 1978.第2回自然環境保全基礎調査. 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報告書. 28pp

東京都 1978.第2回自然環境保全基礎調査. 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報告書. 26pp

東洋航空事業株式会社 1980.第2回自然環境保全基礎調査. 海域調査報告書. 海岸調査 ; 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査、海域環境調査、全国版. 319pp

内田紘臣 1989.和歌山県イシサンゴ類分布調査. 第一次調査結果の速報. 海中公園情報(84):5-7.

内田紘臣・御前洋 1989.和歌山県沿岸イシサンゴ分布調査. 第1次調査の結果. マリンパビリオン、18:34-35.

Veron,J.E.N.1992a.Conservation of biodiversity : a critical time for the hermtypic corals of Japan.Coral Reefs,11:13-21.

Veron,J.E.N.1992b.Hermatypic corals of Japan.Aust.Inst.Mar.Su.,Monogr.ser.No.9,234pp.

和歌山県 1978.第2回自然環境保全基礎調査. 干潟・藻湯・サンゴ礁分布調査報告書. 26pp

矢島孝昭・佐野 修・岡本 武・白井芳弘・新谷 力・又多政博 1986.能登九十九湾におけるキクメイシモドキ Oulastrea crispata(Lamarck)の生態分布. 金沢大学日本海域研究所報告 18:21-36.

目次へ

 


1 串本海中公園センター

* 第2回自然環境保全基礎調査では4箇所でサンゴ群集の記録がある。