22. 和歌山県

 

(1) 分布及び消滅状況の概要
 紀伊半島の藻場は、海況による自然環境から分類すると、前回調査の報告書(1978)に述べられている通り4つに分ける事ができる。つまり熊野灘に面した熊野灘沿岸水域、枯木灘に面し直接黒潮の影響を受ける黒潮水域、紀伊水道からの南下流、田辺湾の沿岸水に黒潮の混在する田辺湾沿岸水域(日ノ岬〜白浜町番所ノ鼻)、そして日ノ岬以北の紀伊水道域である。これらの海域はそれぞれ特徴ある植生をもっている訳であるが、実際にはそれに含まれる海藻類(海草類を含む)の種は実に多様でそれらすべてについて記述する事は困難である。実際今回の調査表をとってみても、藻場としてアマモ場以下8つのタイプが分けられているが、これにすべての調査結果を振り当ててしまえば、県下のすべての海域はほぼすべて高密度の藻場ということになる。実際何も藻類のついていない海底というものは、普通の健全な海域においてはごくまれなものである。例えば県下に多く存在するいわゆる磯焼け海域では、海底は大半が無節、あるいは有節の石灰藻類で占められているが、これらを-その他の種の藻場-という事に当てはめれば消滅藻場というものは、人為的に海岸を埋め立てた場所以外は存在しなくなる。つまりガラモ場やアラメ場がなくなって他の海藻類にとって変わった場合、これは消滅藻場として扱われる事なく、現存藻場として扱われる事になる。
 こうした混乱を避けるため、今回の調査では主たる海藻類を景観、あるいは水産上の重要種という観点からガラモ場(ホンダワラ類)、アラメ場(カジメを含む)、アマモ場、ワカメ場(アントクメ、ヒロメを含む)の4つに極力絞り、これを基にして種の増減を判定した。
 それぞれの海域の藻場の特徴については前回の調査報告に詳細に述べられているのでここでは省略することとし、以下に前回調査時との比較を行う。
 なおこの調査は1989年県下全域で行われた和歌山県沿岸サンゴ調査の際同時に行われた藻類の観察結果を中心にまとめたものであるが、この調査はサンゴ類の調査を中心になされたものであった為、藻類の観察については特に生育面積の把握等の点で十分でない所もある。そうした点は極力ヒアリング調査等でカバーするように努力した。
  
カジメ場
 1987年当時熊野灘で有数の大型のカジメ場であった高森、三輪崎、孔島のカジノ場は、今回の調査では高森を除いては見られず、石灰藻類の優占するいわゆる磯焼け状態となっている。ここの藻場は前回調査以降安定して増加し、一時相当な大規模群落となり長期間安定していたが、1987年にその2/3が一気に消失した磯焼けの原因ははっきりルていないようだが、アワビ等の水産物には深刻な影響が出始めていると聞く。ここ での優占種はカジメでアラメはほとんど見られない。
 これとは逆にそれより南の海域では分布域はやや増加の傾向を見せ、特に浦神、田原、 古座の周辺では前回に比べて分布域が増加している。
 紀伊半島西岸では串本町から日置川町にかけて分布は全く見られず、藻場が出現する のは南部町の目津崎付近になる。もっとも小規模な群落は白浜町の鴨居付近でも見るこ とができるが、これらは生育範囲が狭く藻場にはあたらない。
 南部町以北では規模は様々ながらあちこちにカジメ場を見ることができる。この辺り では1978年当時と大きな差異は見られないが、御坊市の尾ノ崎では関西電力御坊火力 発電所の埋め立てに伴い大きな藻場が失われた。
 日の御崎の南岸沿いは前回藻場は小規模なものしか確認されていなかったが、今回大 規模な藻場が発達していることが判明した。この藻場は御坊市の煙樹ケ浜から日の御崎 突端にかけての大規模なもので、1978年当時ごく小規模のものであったものがその後 増加したものと思われる。これを裏付ける資料として1978年当時この海域のアワビ等 の漁獲量が非常に減少していたという報告がある。ここでの生育種はカジメとアラメで、両種が混生じているが、5m以浅の比較的浅い部分にはアラメが優占し、それより深い部分にはカジメが生育するという風にすみ分けている。
 次いで日ノ御崎以北では、初島沖の地の島、沖ノ島周辺、湯浅湾から宮崎ノ鼻を経て 霧崎にかけての岩礁帯に見られ、それより南側の唐尾から刈藻島、鷹島付近では大きな 群落は見られない。なおこの辺りの優占種はカジメである。
 田倉崎、友ガ島周辺から大阪県境にかけての藻場は前回と変わらず大規模なもので、生育密度も高い。特に友ガ島周辺の藻場は規模、密度とも県下でも有数のものである。
 和歌浦周辺では生育は全く見られない。
   
ガラモ場
 熊野灘沿岸で続く磯焼け現象は現在もまだ継続しており、中でもガラモ場の減少は著 しい。今回の調査でも前回に引き続いて大規模な減少が見られた。中でも那智勝浦町の 駒ケ崎、白須崎、太地町の灯明崎である。これらの海域では前回広い範囲で藻場が確認 できたが、現在では僅かにガラモ場があるもののその分布は小規模で、海域一帯はカニ ノテ類を中心とした石灰藻類に置き換わっている。また灯明崎でカニノテ類に代表され る有節石灰藻より無節石灰藻が圧倒的に優占し、海底は荒涼とした景観を呈している。
 前回良好な生育が見られた太地町の向山、シラ婆も現在はやや生育密度が低下してい るようである。
 潮岬南岸の波ノ浦、芝古地では今回疎生ではあるが割合広範囲に生育が見られた。こ の付近の藻場は周遊道路の完工後急速に衰退したという事で前回は藻場に値するものが 見いだせなかった様であるが、完工後約20年が経過し環境が戻りつつあるのかも知れ ない。
 田辺湾は、今回の現地調査時には極端に透明度が低下し調査ができなかったが、近年 生活排水や養殖イカダからの汚染により、急速に水質が悪化している海域の1つである。ここはかつてあちこちに大規模なガラモ場が発達していたが、水質汚染に伴い急速に衰退している。1981年に行った湾内一帯での海藻類の調査では、ガラモ場は江津良、阪田、池田、神島、小山島等に見られたが、現在は規模、密度とももっと衰退していると思われる。
 それ以北のガラモ場は、前回調査時と太きくは変化していないが、これはこの付近の 地形が外界に直接面しているため人為的環境変化を受けにくい為であろう。ただ汚染が 進んでいる和歌浦周辺では11haのガラモ場が失われている。下津町戸阪からこの和歌 浦にかけての海域は、水質汚染に加えて大規模な埋め立てが進行しているため、今後こ れらの海域の藻場は消滅、あるいは内湾化のため他の種(例えばアナアオサ)への植生 の変化が進行するであろう。
  
アマモ場
 アマモ場は、地形的に波静かな内湾等に発達するため、近年埋め立て、水質汚染等に より急速に減少している藻場であるが、前回確認された勝浦、粉白、橋杭、二部、高富、阪田、元島などの比較的大きな藻場は現在もまだ比較的良好な状態にある。ただ各入江の奥などに点在する小規模の藻場は、近年の漁港改築事業等の煽りを受けて次々に失われている。また近くに都市を抱える勝浦湾、田辺湾、和歌山港周辺等では、今後水質汚染の進行等によりその生育範囲、生育密度は確実に低下してゆくものと思われる。
  
アントクメ、ワカメ、ヒロメ場
 太地湾周辺のアントクメ場は、現在も良好である。ただアントクメの場合は年変動の幅が大きく、生育状況をつかむのは難しい傾向がある。また今回田辺湾の天神崎で小規 模ではあるが、アントクメの藻場を確認することができた。これが以前田辺湾中央付近 にあったアントクメの消失場の生き残りであるのか、あるいは新たに形成された場であ るのかは定かではないが、恐らく前者であろう。
 ワカメ、ヒロメは県下では単独で大規模な藻場を形成することはなく、他の種に混在 する形で生育する。これらの種は以前養殖を目的としてあちこちに移動された時期もあ ったため、1978年当時には、串本町高富、同橋杭にも小規模ながら分布が見られたが、 現在では橋杭に僅かに見られるだけである。
      
その他の藻場
 前回調査の際には、産業的に重要なものとして、田倉崎、加太周辺のテングサ場と、冬期に河口付近に構成されるアオサ・アオノリ場として、太田川、古座川、日置川、富 田川、秋津川、日高川、有田川等を挙げているが、これらはいずれも現在も見ることが できる。このほか近年になってクローズアップされてきたものとして、アナアオサがあ る。アナアオサは波静かな内湾域に生息するが、本来被度的にそう高いものではない。 しかしここ10年ほど前より田辺湾などではこの種の大規模な発生が続いており、1981年の調査では湾内の綱不知湾、藤島、細野浦、内ノ浦等に大規模な藻場が形成されてい た。また同様の現象が串本町の橋杭でも1989年に見られた。これらの場所ではその被 度は多いところで100%にも達し、分布量は多いところでは5.7kg/m2前後にも達して いる。この異常発生は海水浴場が閉鎖に追い込まれたり、海底付近の酸素欠乏によりア サリの大量死が起こるなど、様々な方面に影響を及ぼしている。今後の動向に十分注意 する必要があろう。


現存・消滅藻場総括表

 

海 域 名

現 存 藻 場 消 滅 藻 場
調査区数 面 積(ha) 調査区数 面 積(ha)
熊 野 灘 42 359 5 50
和 歌 山 48 480 2 23
紀伊水道東 68 385 2 13
         
合   計 158 1,224 9 86

 

<調査実施方法>
既存資料調査;既存資料調査は、第2回 自然環境保全基礎調査 干潟・藻場調査報告書、田辺湾沿岸における海藻分布の現況、和歌山県沿岸でのアラメ、カジメの分布について 以上の資料からデータを得た。この報告書は資料リストに示してある。
ヒアリング調査;熊野灘海域のデータは、和歌山県水産試験場、紀北地区のデータは和歌山県立自然博物館から得た。
現地確認調査;現地確認調査は、1989年5月和歌山県沿岸全域で行われた和歌山県沿岸イシサンゴ分布調査の際同時に行われた。


資料リスト

資料名 著者名 発行年
第2回自然環境保全基礎調査 和歌山県 1978
田辺湾沿岸における海藻分布の現況 財団法人海中公園センター
錆浦海中公園研究所
1981
和歌山県沿岸でのアラメ・カジメの分布について 和歌山県水産試験場
金丸誠司
1989
(未発表)

 

 

(2)現存、消滅藻場一覧表

現存・消滅藻場一覧表

 

調査区
番 号
地図
番号
海 域 名 市町村名 地     名 タイプ
番 号
面 積(ha)
現存藻場 消滅藻場
1 6 熊野灘 新宮市 高   森 4 12  
2 6 三 輪 崎 4   3
3 6 孔   島 4   6
4 7 那智勝浦 出 見 世 2 2  
5 7 2 2  
6 7 地 ノ 島 2 49  
7 7 駒 ケ 崎 2   5
8 7 白 須 崎 2   26
9 7 勝   浦 1 6  
10 7 弁 天 島 2 19  
11 7 太地町 夏   山 2 14  
12 7 2 17  
13 7 三 軒 屋 2 10  
14 7 本   浦 2 2  
15 7 常   波 2 18  
16 7 向   上 6 8  
17 7 暖   海 2 10  
18 7 シ   ラ 8 9  
19 7 燈 明 崎 2   10
20 7 梶 取 崎 2 13  
21 7 那智勝浦 天   満 8 8  
22 7 粉   白 1 6  
23 7 弁 天 崎 2 2  
24 7 富久良門崎 2 1  
25 7 地   島 2 2  
26 7 古座町 田   原 2 2  
27 7 4 2  
28 7 2 2  
29 7 2・4 44  
30 7 津   荷 2・4 2  
31 7 鎌 ヶ 谷 2・4 30  
32 7 2・4 2  
33 7 九 竜 島 2 2  
34 7 目 津 大 浦 2・4 2  
35 8 箱   島 2 1  
36 8 串本町 橋   杭 2・4 8  
37 8 1 5  
38 8 大 水 崎 1・2 9  
39 8 2・4 3  
40 8 戸 島 崎 2・6 7  
41 8 田   代 2 5  
42 8 権   現 2 3  
43 8 猪 喰 鼻 2・8 2  
44 8 大 耳 崎 2・8 2  
45 8 樫   野 8 2  
46 8 浪 ノ 浦 2 7  
47 8 芝 古 地 2 7  
48 8 和歌山 向   袋 2 3  
49 8 砥   崎 2 9  
50 8 二   部 1 3  
51 8 高   富 2 8  
52 8 1・2 4  
53 15 入   谷 2 1  
54 15 江   田 2 4  
注)那智勝浦=那智勝浦町

 

調査区
番 号
地図
番号
海 域 名 市町村名 地     名 タイプ
番 号
面 積(ha)
現存藻場 消滅藻場
55 15 和歌山 串本町 江   田 2 8  
56 15 中 平 見 2 15  
57 14・15 すさみ町 江 須 之 川 2 17  
58 14 陸 ノ 黒 島 2 2  
59 21 日置川町 笠   浦 2 2  
60 21 市   江 2 2  
61 21 白浜町 西   谷 2 7  
62 20 湯 ノ 谷 8 1  
63 20 白   浜 2 2  
64 20 瀬   戸 2 1  
65 20 臨   海 2 9  
66 20 阪   田 1 3  
67 20 羽 山 ノ 鼻 2・7 9  
68 20 田辺市 五   浦 2・7 10  
69 20 神   島 2・7 4  
70 20 南部町 8 3  
71 20 西 ノ 谷 8 3  
72 20 植 田 崎 8 15  
73 20 小 目 津 崎 2・8 3  
74 20 目 津 崎 2・4 22  
75 20 4 1  
76 20 千   里 2・4 55  
77 20 高   磯 2 11  
78 20 八 丈 島 2 19  
79 20 印南町 橋 ガ 谷 2 9  
80 20・25 由 留 木 2・4 10  
81 25 2・4 5  
82 25 切 見 崎 2 10  
83 25 元   村 2・4 22  
84 25 丸   山 2 7  
85 25 光   川 2 11  
86 25 印   南 2・4   3
87 25 2・4 4  
88 25 畑 野 崎 2・4 7  
89 25 御坊市 楠   井 2・4 30  
90 24 野   島 2・4 25  
91 24 2 4  
92 24 祓 井 崎 2・4 7  
93 24 尾 ノ 崎 4 30  
94 24 2・4 3  
95 24 4   20
96 24 美浜町 三   尾 2・4 25  
97 24 2・4 15  
98 24 紀伊水道 日高町 日 ノ 御 崎 2・4 5  
99 24 田   杭 2・4 11  
100 24 馳 出 の 鼻 2・4 10  
101 24 2・4 9  
102 24 阿   尾 1・2・4 6  
103 24 北   井 1・4 7  
104 24 中   磯 4 4  
105 24 唐 子 崎 2・4・6 5  
106 24 小   浦 1 11  
107 24 小 浦 崎 2・4 3  
108 24 2・4・6 7  

 

調査区
番 号
地図
番号
海 域 名 市町村名 地     名 タイプ
番 号
面 積(ha)
現存藻場 消滅藻場
109 24 紀伊水道 日高町 長   崎 2・4・5 3  
110 24 4・5 3  
111 24 方   杭 1 4  
112 24 小   杭 2・4 2  
113 24 ムロノキ鼻 2・4 3  
114 24 2 1  
115 24 大   井 2・8 2  
116 24 蟻   島 2・4 7  
117 24 由良町 宮 ノ 崎 2・8 8  
118 24 神 谷 崎 2・4   2
119 24 2・4 9  
120 24 皆   森 2 1  
121 24 大   塔 2・4 5  
122 24 立   巌 2・4 5  
123 24 戸 津 井 2・6・8 4  
124 24 テ ガ 崎 2・8 7  
125 24・23 広川町 鈴   子 2 4  
126 23 唐   尾 6・8 2  
127 23 ば べ 鼻 2・8 3  
128 23 鷹   島 1・2 8  
129 23 小   浦 2・6・8 3  
130 23 湯浅町 苅 藻 島 2・8 2  
131 23 2・8 2  
132 23 晒   原 2 3  
133 23 有田市 浮   石 2・4 9  
134 23 大   石 2・4 7  
135 23 藻   崎 2・4 7  
136 23 満   越 2・4・6・8 3  
137 23 黒   島 2・4・6 4  
138 23 地 ノ 島 2・7・8 2  
139 23 1・2・4・6 7  
140 23 2・4 6  

 

調査区
番 号
地図
番号
海 域 名 市町村名 地     名 タイプ
番 号
面 積(ha)
現存藻場 消滅藻場
141 23 紀伊水道 有田市 沖 ノ 島 2・4 5  
142 23 2・4 2  
143 23 下津町 金 山 崎 2 4  
144 23 弁 天 島 2・8 2  
145 23 戸   坂 6・7 3  
146 23 海南市 冷   水 7 2  
147 23 和歌山市 毛 見 崎 2 3  
148 22 上 人 窟 2   11
149 22 雑 賀 崎 2・7・8 8  
150 22 田 倉 崎 2・4・6・8 48  
151 22 加   太 2・4・6 17  
152 22 城 ヶ 崎 2・4・6 5  
153 22 深   山 2・4・6 6  
154 22 藻   崎 4・6 5  
155 22 ハイブノ浦 2・4・6 13  
156 22 序 品 窟 2・4・6 4  
157 22 上   崎 2・4・6・7 4  
158 22 蒲   浦 4・6 6  
159 22 南 垂 水 4・6 6  
160 22 鳥 帽 ノ 鼻 4・6 5  
161 22 鯉 突 ノ 鼻 4・6 5  
162 22 熊   崎 4・6 3  
163 22 北垂水 4・6 1  
164 22 神   島 4・5・6 5  
165 22 オソ越の鼻 4・6 4  
166 22 土 佐 泊 4・6 2  
167 22 袖 ノ 浜 1 3  
          1,224 86

 

 

(3)現存、消滅藻場分布図

 

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