3. 結 果

(1)現存干潟の分布状況

干潟は内湾や入江など外海の波浪の影響が少なく、かつ、砂泥を供給する河川が流入する場所に立地する。全国規模でみると、このような条件を満たした海域に規模の大きい干潟がみられる。

今回の調査では、対象となった39都道府県のうち、8府県*を除く31都道府県から干潟の分布が報告された。その結果、本邦で現存する干潟の総面積は51,443haであった(付表1,44p参照)。現存する最大規模の干潟は、熊本県有明海に位置する荒尾、長洲の前浜で、面積は1,656haに達した。単一の干潟で面積1,000haを越える規模の大きい干潟は、佐賀県有明海に位置する有明干拓や大受の前浜に残存した(図2)。海域別(付表6,49p参照)にみると、大規模な閉鎖的内海である有明海にもっとも多くの干潟が残されており、その全体の現存干潟面積は20,713haに達し、本邦で現存する干潟の約40%に相当した(図3)。有明海の干潟は典型的な泥質タイプであり、渡り鳥のシギ・チドリ類の有数の渡来地であるとともに、ノリ養殖、アサリ、ハマグリ漁業、クルマエビを目的とした流し網漁業などに利用されており、かつ、ムツゴロウやワラスボなどの希少種が生息している点で、きわめて貴重な干潟といえる。

有明海に次いで現存干潟面積が大きいのは周防灘西海域で6,409ha、さらに、八代海の4,465ha、東京湾の1,640ha、三河湾の1,549ha、伊勢湾の1,395haの順であった。海域別で1,000haを越える面積を残存しているのは、上記の6海域に加えて、沖縄島の1,216ha、北海道根室の1,148haと網走の1,091ha、燧灘の1,022haの計10海域であった。これら10海域で本邦の全干潟面積の約80%を占めた。

(2)現存干潟のタイプ別分布状況**

自然の干潟は内湾の海岸線前面に発達する前浜干潟、河川の河口部に発達する河口干潟、汽水性の湖沼やラグーンの岸に沿って発達する潟湖干潟の3つに分類でき、これに加えて人工的に造成された干潟がある。この4タイプの現存干潟の分布状況は、前浜干潟及び河口干潟が、関東地方以西の内湾や内海を中心に広く分布しているのに対し、潟湖干潟は地域的な片寄りが大きいのが特徴である(図4)。

現存する前浜干潟、河口干潟、潟湖干潟の総面積はそれぞれ33,048ha、15,777ha、2,853haであり、その他の干潟は271haであった(付表2,45p参照)。

海域別に早ると、前浜干潟は、有明海、周防灘西、八代海、東京湾、三河湾などの内湾や沖縄島で大規模なものが多い。これに加えて、周防灘東、備後灘、鹿島灘、伊勢湾、唐津伊万里、天草灘の各海域に500haを越える前浜干潟が残存している。有明海は別として、前浜干潟の多くは三河湾や東京湾のように局所的には泥質が混じるが、生物種の多様性をもつ砂質からなる。前浜干潟は、アサリやノリの養殖などが行われている生産性の高い干潟でもある。鹿島灘の場合は外海に面した砂浜に形成される前浜干潟であり、前浜干潟としては九十九里浜とともに例外的なものである。

河口干潟は、有明海と周防灘西にそれぞれ7,362ha、1,509haが存在し、前浜干潟に匹敵する面積のものが認められた。これに伊勢湾、八代海、三河湾が続いている。これらに次いで八重山列島の660haが目立っているが、これはマングローブ湿地を中心としたものである。

潟湖干潟は網走、根室、福島、釧路などの海域に認められ、前浜干潟や河口干潟の分布傾向と異なり、北海道に片寄っている。これは、大規模な汽水性の湖や塩性湿原の分布と一致している。福島海域の700haは、潟湖タイプの松川浦に砂泥質の干潟が残存しているものである。

人工的な干潟は、埋め立てが進んでいる海域でみられ、東京湾奥部に112ha、三河湾と備讃瀬戸西のそれぞれ63haづつカウントされた。

(3)干潟の改変状況

消滅干潟は、20都道県から報告され、その総面積は3,857haであった(付表1参照)。海域別(付表6)に見ると、大規模な消滅は有明海、別府湾、東京湾、伊勢湾、沖縄島、八代海で認められた。消滅面積は有明海の1,357haが際立っており、総消滅面積の約35%を占めた。次いで別府湾と東京湾のそれぞれ281ha、280haが多かった。最大規模の消滅は、福岡県柳川市昭代地先の前浜で452haが陥没で消失した。もっとも大きい現存干潟面積を有する有明海で、もっとも多くの干潟が消失していた。有明海の消滅域のうち、約87%の1,181haが福岡県域の干潟であり、陥没によるものと報告されている。別府湾や東京湾では主に埋立で消滅している。兵庫県では、残存干潟の約半分が砂の自然流失により消滅した(図5、付表5、付表10、53p参照)。

全国レベルで見ると、最も多い消滅原因は埋立(42%)となっている。

干潟タイプ別*では、河口干潟の消滅が2,298haともっとも多く、前浜干潟の消失が1,845haであり、潟湖干潟は10haと少なかった(表3)。

一方、干葉県(東京湾)、神奈川、愛知、鳥取の各県で人工干潟の造成による面積増加があり、北海道、高知では砂の自然堆積による干潟の拡大も報告されている。

(4)干潟生物調査結果

設定された標本区の箇所数は、ほとんどの県で5カ所であるが、県によっては現存干潟が少ないため1〜4カ所の場合もあった。5カ所を越える県もあったが、この場合は検討対象を5カ所に限定し、全国で120の標本区について調査結果を分析した。

この120カ所の標本区の干潟タイプ、底質、面積、鳥類の渡来状況および生物の出現状況については、表4にまとめて示した。ただし、生物の出現状況については多いか普通にみられるを+、少ないが分布するを○の2段階で表示してある。鳥類の渡来状況については、渡来する場合は+で表現した。

また、図7に120箇所の標本区の地形図と干潟の形状を縮少して示し、面積、干潟タイプ(Mは前浜干潟、Kは河口干潟、Sは潟湖干潟)、底質(Sは砂質、SMは砂泥質、Mは泥質、Gは礫質)を示し、一覧しやすいようにした。なお、底質は1つの干潟でも場所で異なるので、もっとも大きな面積を占める底質で代表させた。

i)干潟における生物の多様性

干潟における生物の種類の多さは、砂地、泥地、潮汐クリーク、タイドプールなど多様な干潟地形をもつ、面積の大きい砂泥質の前浜干潟で顕著であり、泥質干潟では種類数が少ない傾向がある。120カ所の標本区について生物の多様性(種数の多さ)の順に整理すると、上記の傾向が明らかに示された。種類数の多い干潟20カ所のうち、泥干潟は1カ所のみであり、砂質干潟5カ所、砂泥質干潟が14カ所であった。

干潟生物の種類数の多い干潟としては小櫃川(千葉県)、加茂川河口西(愛媛県)、鏡町文政(熊本県)の各干潟があげられ、それぞれ30,29,27,26種群を示した。これに次いで、河原津(愛媛県)、横島(熊本県)の各干潟があげられ、25種群数を示した。この中で熊本県横島干潟は、面積14haときわめて小規模であるにもかかわらず種群数は目立って多かった。

上位10カ所の干潟に共通して出現した生物はアサリ、オキシジミ、ウミニナ類、アラムシロ、マメコブシ、スナモグリ類、イソギンチャク類、ゴカイ類の8種群であり、ほぼ共通して出現したホトトギス、カガミガイ類、ヒメシラトリ、マテガイの4種群を加えた12種群が本邦における生物相の豊かな干潟の代表的生物といえる。

なお、構成種類数の多い干潟上位16カ所のうち、渡り鳥のシギ・チドリの渡来が見られない干潟は1カ所のみで、残り、15カ所では渡来することが示された。生物の多様性に富む干潟では、場の多様性をも包含し、多くの渡り鳥を収容しうる能力があることを示唆している。

ii)干潟面積と種類数

広大な干潟は多様な地形や微地形をもち、多くの干潟生物を包含するポテンシャルが高いと考えられる。この観点から、干潟面積と種類数の関係をみた(表5、図6)。

今回の標本区では1,289haともっとも面積の大きい東与賀町大授干潟(佐賀県)では、構成種類数は8種できわめて低いレベルを示した。また、面積が3番目に大きい前浜タイプの千鳥浜(山口県)では15種、5番目に大きい潟湖タイプの松川浦干潟(福島県)も11種類と少なかった。千鳥浜干潟は典型的な砂質の優占する砂泥質干潟であり、精査すれば種類数は増加する可能性が高い。松川浦も同じことがいえる。

全般的には、面積約500haの干潟で種類数が多い傾向がうかがわれ、それより大きくなると減少するパターンを示した。面積約200haより小さい干潟では種類数の多い干潟、少ない干潟が混在した。面積500ha以上の干潟で種類数が減少する傾向を示したのは、種類数の少ない泥質の干潟の存在、より東北の干潟の存在と調査精度の違いなどが関係しているものと考えられる。

 


*秋田、山形、新潟、富山、石川、福井、京都、島根の8府県

**同一の干潟が複数のタイプで報告されている場合は、それぞれのタイプに面積がカウントされている。このため、各々のタイプの現存面積を合計すると、実際の現存面積よりも多くなっている。

 

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