3.ハナカミキリ亜科

(1)日本産ハナカミキリ類の分布

日本列島の昆虫相は歴史的変遷の影響によって、東洋区系の昆虫相を呈するトカラ列島から沖縄にかけての地域を除いた大部分の地域は旧北区に属していると指摘されている。しかしながら、膨大な種を含有する昆虫類のすべてのグループについて分類学的研究が終了した訳ではなく、むしろ大半のグループはいまだ未解明の部分が多い。したがって、分類学的研究成果に基づいて検討を進めなければならない分布パターンの把握やその解析は分類学的研究が進展しているトンボやチョウの仲間は別として、多数の種を含んでいる甲虫類については今後の大きな課題である。ただし、甲虫類の中でも分類研究が進み、研究者や同好者の多いクワガタムシやカミキリムシなどのグループは他のグループに比べて分布情報の集積が比較的進んでいるグループと言うことができる。

日本産ハナカミキリ類は現在まで159種ほどが知られているが、それらの分布状況を日本列島の地域ごとに概略を示せば次の通りである。

a. 北海道のみに分布している種         12種

b. 本州のみに分布している種          36種

c. 四国のみに分布している種          1種

d. 九州のみに分布している種          2種

e. 対馬のみに分布している種          2種

f. 屋久島のみに分布している種         2種

g. 奄美大島から沖縄にかけて分布している種   8種

h. 八重山諸島のみに分布している種       3種

i. 北海道・本州・四国・九州・沖縄に共通して分布している種 2種

j. 北海道・本州・四国・九州に共通して分布している種    25種

k. 北海道・本州・四国に共通して分布している種 3種

l. 北海道・本州・九州に共通して分布している種 1種

m. 北海道と本州に共通して分布している種    12種

n. 北海道・本州・対馬に共通して分布している種 1種

o. 北海道と対馬に共通して分布している種    1種

p. 本州・四国・九州に共通して分布している種  35種

q. 本州と四国に共通して分布している種     7種

r. 本州と九州に共通して分布している種     3種

s. 本州・九州・沖縄に共通して分布している種  1種

t. 四国と九州に共通して分布している種     2種

u. 九州と沖縄に共通して分布している種     0種

上記のように日本列島のほぼ全域にあまねく分布している種(i,j)は27種、次いで分布域の広い北海道を除いた本州・四国・九州の各地に共通して分布している種(p)は35種で、前者は日本産ハナカミキリ類の17.0%、後者は22.0%である。これらの広域分布種双方を合わせると62種となり全体の40%近い種が日本列島のかなり広い地域に分布していることになる。

一方、生物地理学的観点から見れば、旧北区系要素の強い本州以北の地域にのみ分布している種(a,b,m)は60種を数え、全体の37.7%の割合を示している。これらの中にはキタクニハナカミキリ、クビボソハナカミキリ、カラフトヨツスジハナカミキリ、エトロフハナカミキリ、ヨツスジホソハナカミキリ、アイヌホソコバネカミキリのように北海道以北の地域にのみ分布し、本州とは異なる北海道昆虫相の特徴の一端を示している種が含まれる。また、スミイロハナカミキリとシララカハナカミキリなどは北海道と本州の限られた地域にのみ分布しているが、これらの種は日本列島が寒冷であった時代の遺存種として考えることができ、生物地理学的に興味深い種である。対照的に東洋区系要素を呈する奄美大島およびそれ以南の地域に分布している種(g,h)は11種で、日本産ハナカミキリ類の6.9%に過ぎず、島嶼では生息種数が少ないというハナカミキリ類の分布的特性が認められるが、分布域を広げて四国・九州から沖縄にかけての温暖地域に分布している種(c+d+e+f+g+h+t+u)を合わせても20種で、全体の12.6%を示しているに過ぎない。

次に地域別にそれぞれの地域に分布している種数を見ると本州のみに分布している種(b)は36種で、地域別分布種数で最も多<、日本産ハナカミキリ類の22.6%を示している。このことは日本産ヒメカミキリ類が本州で著しい種分化をとげた結果を反映しているものであろう。

以上の事柄を取りまとめれば、日本産ハナカミキリ類は旧北区系要素の強いことをうかがうことができ、それらに日本列島、特に本州で種分化した日本的要素が加わったもので構成されていると考えることができる。

(2)今回の調査結果

今回の調査結果は日本産ハナカミキリ類各種の分布状況を把握するため、47都道府県にわたって、有識者および同好会などの協力によって得られた分布データを取りまとめたものである。しかし今回の調査ではこれまでに分布記録のある各都道府県すべてから分布に関する情報を得ることができたわけではない。そこで、今回分布図が作成された日本産ハナカミキリ類155種について前述したような既存の知見に基づいて次のように3段階に区分した。

1分布パターンを表している

(既知の分布域の7割以上の地域から情報が寄せられた種)

2やや情報不足(同5割以上7割未満の種)

3情報不足(同5割未満の種)

上記の区分の結果、日本産ハナカミキリ類は分布パターンを表している種(1)は54種で、全体の34.8%、やや情報不足(2)は76種で49.0%、情報不足(3)は25種で16.1%をそれぞれ示している。しかしながら、よく調べられたハナカミキリ類は分布範囲が狭く、特定の都道府県に分布が限定されている種が大部分である。したがって、そのような種の多いことの反映として分布パターンを表していると判断される種の割合が高くなっているものと思われる。

一方、やや情報不足(2)と情報不足(3)を合わせた種は101種で、全体の半数を越えている。甲虫類の中で、比較的分布状況の把握が進んでいると考えられるハナカミキリ類ではあるが、今後一層の調査を進める必要があろう。特にデータのまったくなかった香川県をはじめ、データの少ない石川、滋賀、島根、山口、大分の各県におけるハナカミキリ類の分布情報の収集が強く望まれる。

なお、収集された情報の中には最近分類学的に種が細分されたり再整理されたもの、すなわち、カクムネヒメハナカミキリ、アサマヒメハナカミキリ、ブービエヒメハナカミキリ、ツマグロヒメハナカミキリ、ムネモンヒメハナカミキリの一群や、クロハナカミキリとムネアカクロハナカミキリの2種、ツマグロハナカミキリとヤツボシハナカミキリの2種については、一部種の同定に混乱があったと推定される分布情報があり、今後の正確な再調査を要するであろう。

(渡辺 泰明)

 

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