10.トゲウオ目

(1)トゲウオ科

○イトヨ類 Gasterosteus spp.

情報はトゲウオ科魚類が多産する北日本に偏っており、トミヨ属がイトヨ類として報告された可能性がある。

○イトヨ(生態型不明) Gasterosteus aculeatus complex

降海型と陸封型とがあり、近年、これらを別種に見なす傾向にある(Hagen,1967;Hagen and McPhail,1970;Honma et al.1986;Mori,l987)。降海型と陸封型は背鰭棘の鰭膜の発達程度により分類可能であるが(細谷,1993)、ここでは両型を識別していなかったデータを集積してある。本調査では従来の知見以上のものは得られなかったが、北海道中央部にプロットの濃密な所があり、陸封型のあらたな分布域を示唆する点で注目に値する。

○回遊型イトヨ Gasterosteus sp.

本種についても不完全さが目立つ調査結果となっている。湧水池を中心に局地的に分布する。福井県大野市産は1934年に文部省により国の天然記念物に指定され、その後、1973年と1984年に報告書が市教育委員会から刊行されているが本調査では記録されなかった。同様に、福島県会津地方にも生息するが、激減している。保護対策はほとんどなされていない(山中,1981)。環境庁(1991)は福井県大野盆地および福島県会津のイトヨ個体群を保護に留意すべき地域個体群としている。

近年、酵素分析により各地の陸封型イトヨが多系統的に出現したことが示唆されている(樋口・後藤,1991)。そのうち、栃木県那須地方のイトヨは学術上、きわめて興味深く、発生学的、形態学的(Igarashi,1970)、生物地理学的、遺伝学的にかなり重要な位置をしめている。しかし、那須産は絶滅寸前であるにもかかわらず(山中,1981)、保護処置がほとんどなされていない。

○降海型イトヨ Gasterosteus aculeatus

自然分布は太平洋岸側では利根川以北、日本海岸側では山口県以北の本州、北海道。全般にプロット数が不足しているが、いずれも沿岸部より報告されており、本種の生態特性を反映している。海況如何によって、遡上河川が自然分布域から大きくずれることがあり、本調査でも瀬戸内海沿岸部から記録された。近年、埋め立て、コンクリート護岸、水質汚濁のため、遡上の見られなくなった河川が増えつつある。

○ハリヨ Gasterosteus microcephalus

報告結果は実際の分布をよく示している。年々その生息地と生息数が減少している(森,1985,1986)。これは湧水の涸渇と水域の埋め立てによる。大垣市池田町、岐阜県南濃町などで天然記念物、文化財に指定されているが、保護体制がとられているのは池田町のみである。池田町においては、湧水の導入やヘドロ除去などの対策がとられ、継続的な調査(1982年より)がなされている。当地では、地域住民の理解・協力も得られ、保護活動のモデルとなっている。第4回調査では兵庫県からも記録されたが、移殖による人為分布と思われる。環境庁(1991)は本種を危急種としている。

○トミヨ類 Pungitius spp.

トミヨとイバラトミヨの同定が困難な場合を想定して本項を設けたが、情報は意外と少なかった。

○トミヨ Pungitius sinensis sinensis

本種の分布は北海道と石川県以北の日本海側を中心に偏在するが、山形県と新潟県の情報が不足している。本調査結果に福井県鯖江市の情報を加える。石川県と富山県のプロット数は多いが、各水系ではいずれも個体数を減じている(田中,1978;平井,1978)。本州では湧水地のある平地の水系にのみ生息している(細谷,1993,1936;Tanaka and Hoshino,1979;田中,1982)。

○ミナミトミヨ Pungitius kaibarae

京都市と兵庫県に点在していたが(Kobayashi,1933)、現在は絶滅したと考えられる(環境庁,1991)。五十嵐(1969b)は京都市では「絶滅に瀕している」と報告しているので、1960年代までは生息していたことになる。しかし、筆者は1991年から1993年にかけて京都市と兵庫県氷上郡において詳細な分布調査を行ったが、本種の生息は認められなかった。なお、朝鮮半島からも報告されていたが、現在では別種と考えられている(田中ほか,l982;細谷,1993)。残存するミナミトミヨ標本はいずれも京都産で、東京大学総合資料館(模式標本を含む)、京都大学生態学研究センター、同志社高校などに保管されている。

○ムサシトミヨ Pungitius sp.

かつては東京都にも生息していたが、現在では埼玉県の1ヶ所の湧水に残存するのみである。絶滅寸前で、生息地の徹底した保全をはかるのみならず、絶滅にそなえて早急に精子の凍結保存をはかる必要がある。本種は分類学には未記載であるが、他のトミヨ属から隔絶した水系に分布するうえ形態的分化も進んでいるので、独立種の可能性がある。環境庁(1991)は本種を絶滅危惧種としている。

○イバラトミヨ Pungitius pungitius pungitius

北海道、青森、秋田、山形、新潟県に自然分布する(池田,1934,1936,1941;小林,1959;石城,1967;五十嵐,1969a;後藤ほか,1978;田中,1982)。本調査でも自然分布をよく反映した結果が得られている。近年、トミヨにも鱗板不完全の個体が存在することが報告されているので、情報にはトミヨのそれも混在しているかもしれない。

本種も、本州では平地の湧水地を中心に分布しているため、その人為的圧力が強く、精細な分布生息地の把握が強く望まれる。

○エゾトミヨ Pungitius tymensis

サハリンと北海道にのみ分布し、淡水適応度が高く、トミヨ属では最も限られた分布パターンを示す(Wootton,l976)。第3回調査では情報が得られなかったが、本調査では北海道での生息を確認することができた。しかし、プロットは釧路平野に集中しており、道内の分布の実態は依然として不明である。形態学的、動物地理学的に興味深い種である。環境庁(1991)は本種を希少種としている。

(細谷 和海)

引 用 文 献

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