V.考察

 

《総 論》

(1)調査結果の概略

今回の分布調査で対象となった魚類は、下記の分類群に属する254種類である。ここでいう種類とは主として種あるいは亜種に相当するもので、その大多数はすでに分類学的記載がなされている魚種であるが、なかには、未記載ではあるが独立の種・亜種と判断される魚類や、現在分類学的には同一種・亜種とされているが一般にはさらに細別されて別の和名で呼ばれている魚類をも含んでいる。以下ではこれらをすべて種・亜種と呼ぶことにする。(なお、この他、同定が困難な場合を考え「ヤツメウナギ類」のような種群を24設けた。)

調査対象の254種・亜種のうち、今回の調査により報告された魚類は、下記の分類群に属する計240種・亜種である。

 

調査対象種・亜種数

(  )内は調査対象種・亜種数のうち今回情報の得られた数

ヤツメウナギ目

 

カライワシ目

ウナギ目

ニシン目

サケ目

 

 

 

 

ネズミギス目

コイ目

 

ナマズ目

 

 

ダツ目

 

 

トゲウオ目

タウナギ目

スズキ目

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フグ目

カサゴ目

カレイ目

5

 

2

2

1

36

 

 

 

 

1

66

 

9

 

 

5

 

 

9

1

105

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2

9

2

254

(   4)

 

(   2)

(   2)

(   1)

(   33)

 

 

 

 

(   0)

(   65)

 

(   8)

 

 

(   5)

 

 

(   8)

(   1)

(   98)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(   2)

(   9)

(   2)

(  240)

ヤツメウナギ科

チョウザメ科

カライワシ科

ウナギ科

カタクチイワシ科

サケ科

コレゴヌス科

アユ科

キュウリウオ科

シラウオ科

サバヒー科

コイ科

ドジョウ科

ナマズ科

ヒレナマズ科

ギギ科

アカザ科

メダカ科

カダヤシ科

サヨリ科

トゲウオ科

タウナギ科

トウゴロウイワシ科

ボラ科

タイワンドジョウ科

ゴクラクギョ科

ヨウジウオ科

スズキ科

アジ科

ヒイラギ科

ヒメツバメウオ科

シマイサキ科

タイ科

クロホシマンジュウダイ科

フエダイ科

アカメ科

タカサゴイシモチ科

サンフィッシュ科

カワスズメ科

ユゴイ科

ツバサハゼ科

ハゼ科

フグ科

カジカ科

カレイ科

 

4

1

2

2

1

24

1

2

4

4

1

56

10

3

1

4

1

1

2

2

9

1

1

5

3

2

3

3

3

1

1

4

4

1

1

1

1

2

3

3

1

62

2

9

2

254

(   4)

(   0)

(   2)

(   2)

(   1)

(   22)

(   1)

(   2)

(   4)

(   4)

(   0)

(   55)

(   10)

(   3)

(   0)

(   4)

(   1)

(   1)

(   2)

(   2)

(   8)

(   1)

(   1)

(   5)

(   2)

(   2)

(   2)

(   3)

(   3)

(   1)

(   1)

(   4)

(   4)

(   1)

(   1)

(   1)

(   1)

(   2)

(   3)

(   3)

(   1)

(   57)

(   2)

(   9)

(   2)

(   240)

 この種・亜種数は前回の調査(第3回自然環境保全基礎調査)での195種・亜種と較べ大幅に増加しているが、その主たる理由は、南西諸島・琉球列島の淡水域におけるハゼ科を主体とした下記のような多数の海・汽水性魚種の分布情報が新たに加わったことである。

 

今回新たに加わった種・亜種

(  )内は今回情報が得られなかった種・亜種

 

ヤツメウナギ目チョウザメ科

(チョウザメ)

ネズミギス目サバヒー科

(サバヒ−)

スズキ目ハゼ科

ホシマダラハゼ、ヤエヤマノコギリハゼ、オカメハゼ、(エソハゼ)、(シマエソハゼ)、クロミナミハゼ、ミナミハゼ、タネカワハゼ、ヌマチチブ、ナガノゴリ、シモフリシマハゼ、アカオビシマハゼ、コンジキハゼ、イワハゼ、ミツボシゴマハゼ、シンジコハゼ、カエルハゼ、アカボウズハゼ、ヨロイボウズハゼ、(ハヤセボウズハゼ)、ミナミトビハゼ

ハゼ科以外のスズキ目魚類

ナガレフウライボラ、コボラ、口ウニンアジ、ヒメツバメウオ、ニセシマイサキ、ヨコシマイサキ、ミナミクロダイ、ナンヨウチヌ、クロホシマンジュウダイ、セスジタカサゴイシモチ、トゲナガユゴイ、イッセンヨウジ、アミメカワヨウジ、テングヨウジ

フグ目フグ科

オキナワフグ

 

 その他、種・亜種数増加の要因としては以下があげられる。

1)新種・新亜種の記載、種の同定の変更など前回以降の分類学の進展による種・亜種数の増加

 アユ(アユとリュウキュウアユに分離)、ヒガイ(カワヒガイとビワヒガイ)、ギバチ(ギバチと九州産ギバチ)、イトヨの各型、ウキゴリ(ウキゴリ、スミウキゴリ、シマウキゴリ)、ヨシノボリの各型、カジカの各型、ハナカジカ(ハナカジカとエゾハナカジカ)、オオキンブナ

2)外来種の増加

 レイクトラウト、シナノユキマス、ぺヘレイ、コウタイ

3)前回1項目として扱ったものの2項目への分離

 ヤマメとサクラマス、アマゴとサツキマス、アメマスとニッコウイワナ、ヤマトイワナとキリクチ

 

 他方、ミナミトミヨは前回に引き続き今回も生息が現認できず、絶滅したものと判断された(P  「ミナミトミヨ」参照)。

 また、前回調査の対象としたチカは淡水域に出現しないことから、今回は対象種としなかった。チカの日本における分布の南限は青柳(1957)によると太平洋岸では青森県八戸付近、日本海岸では山形県最上川水域である。北海道では沿岸全水域に分布する。前回報告書においても、チカはワカサギと近縁であることから淡水魚として扱われることが多いが、産卵期にも淡水に入ることはないので、厳密には淡水魚ではないとしている。

 

(2)魚類相の特徴

 

1原産種

本調査により淡水域での生息が報告された240種・亜種のうち、22種・亜種は外来魚種であり、日本に原産する魚類は218種・亜種である。

これら218種・亜種のうち、系統的に塩分抵抗性を欠く純粋の淡水魚(第一次淡水魚)は、コイ目61種・亜種(ウグイ属の4種を除きそれ以外の全科全種)とナマズ目8種(全科全種、ただし本目には海産のゴンズイ科とハマギギ科がある)の計69種のみである。淡水中で繁殖し生涯をすごす淡水魚としては、このほかに海産の科から派生した純淡水魚種(一般に代理性淡水魚と呼ばれる;スズキ目スズキ科のオヤニラミ、ハゼ科の一部、カサゴ目カジカ科の一部)、もっぱら淡水に生息するがある程度塩分抵抗性をもつ魚種(第二次淡水魚;ダツ目メダカ科のメダカ、ウグイとマルタも便宜上これに分類しておく)がある。その他の魚類は、淡水域と海域の間を回遊する魚種とその陸封型(サケ目、ウナギ目ウナギ科など)か、本来は海産だが長期間あるいは一時的に淡水域に侵入する魚種である。

純淡水魚は本土4島に分布し、とくに関西地方以西の西日本で種類が多い。南西諸島、琉球列島では純淡水魚は原分布せず、その代わりに多数の沿岸性海産魚種が淡水域に侵入している。

 

2外来種

今回の調査で対象となった外来種は下記の25種である。そのうち、今回、自然淡水域から記録された外来種は22種であり、前回の調査時よりぺヘレイ、シナノユキマスの2種が増えている。

 

(  )内は今回情報が得られなかった種

サケ目サケ科−ニジマス、ブラウントラウト、カワマス、(レイクトラウト)

  コレゴヌス科−シナノユキマス

コイ目コイ科−ソウギョ、コクレン、ハクレン、アオウオ、タイリクバラタナゴ

ナマズ目ヒレナマズ科−(ヒレナマズ)

ダツ目カダヤシ科−カダヤシ、グッピー

タウナギ目タウナギ科−タウナギ

スズキ目トウゴロウイワシ科−ぺヘレイ

   タイワンドジョウ科−カムルチー、タイワンドジョウ、(コウタイ)

   ゴクラクギョ科−ゴクラクギョ、チョウセンブナ

   サンフィッシュ科−オオクチバス、ブルーギル

   カワスズメ科−カワスズメ、ナイルティラピア、ジルティラピア

 

 これらのうち、シナノユキマスとぺヘレイは自然繁殖はしていないものと思われる。

(3)分布相の変化

 

前回(第3回)の調査では、各種魚類とくにコイ科魚類で西日本要素の東日本への分布域の拡大が顕著であること、そしてそれが放流とくに放流用琵琶湖産稚アユ(コアユ)への混入による場合が少なくないことが指摘されているが、この傾向は今回も引き続き認められた。コイ科では、オイカワ、カワムツ、ハス、ツチフキ、モツゴ、アブラボテ、イチモンジタナゴ、シロヒレタビラなど多数の魚種が東北方向ばかりでなく一部は西方へも分布域を広げつつあるもようで、魚種によっては自然分布域との境界が不明になりつつある。ナマズ目でも、ギギ科のギギが前回よりも分布を広げ、本来異所的に分布するネコギギ(絶滅危惧種)の分布域である濃尾平野に分布拡大の様相を呈している。このような分布相の変化には、コアユ放流以外にもさまざまな要因がかかわっているものと考えられる。また、サケ科の姉妹亜種であるヤマメとアマゴでは、自然分布は太平洋側では関東、日本海側では山口県を境に分かれているが、移殖放流事業によるヤマメ域へのアマゴの進出が目立つ。同様に放流がさかんなキュウリウオ科のワカサギでは、本種が自然分布する河川・湖沼にも放流が行われており、自然群と放流群とのあいだで生態的競合がみられる。

外来魚についてみると、タイワンドジョウ、チョウセンブナなどは導入の歴史は古いものの自然水域では衰微傾向が著しいのに対し、タイリクバラタナゴは依然として分布域を拡大する傾向にあり、これまでタナゴ類が分布していなかった北海道にまで出現している。外来魚のなかで分布拡大がもっとも顕著なのは、釣愛好家による放流がさかんな北アメリカ原産のサンフィッシュ科魚類オオクチバスとブルーギルである。オオクチバスは、前回の報告書では琉球列島を除く福島県・新潟県以南の各県に分布するとされているが、現在では北海道から沖縄県にいたる日本全土に分布を広げている。ブルーギルも前回報告書において茨城県・新潟県以南からの報告例があるとされているが、今回は岩手県・山形県まで分布が確認されている。

分布調査から直接導き出される結論ではないが、原産種・外来種のこのような分布拡大が、各地の在来魚種にさまざまな生態的圧迫を与え、一部は系統的撹乱をもたらしていることは確実である。

他方、分布範囲が顕著に減少している魚種は、リュウキュウアユ(アユ科)、ミヤコタナゴ(コイ科)、アユモドキ(ドジョウ科)、メダカ(メダカ科)、陸封型イトヨ(トゲウオ科)などで、その数はあまり多くない。しかし、これはその種・亜種の全体としての分布範囲であり、範囲そのものには大きな変化はないが生息場所と生息数が大幅に減少している魚種は多数存在する。このような魚種では、多くの場合生息場所が局限されていて人為の影響を受けやすく、したがって生息環境の変化が直接生息個体の数の減少、さらには絶滅をもたらす傾向が強い。例えば、湧水に生息する上記の陸封型イトヨやハリヨなどは、土地開発による渇水と埋め立てによって生息数と生息場所が激減している。人里や農地の小流に生息するミヤコタナゴなどのタナゴ類や、周辺の湧水とそれを水源とする細流を生息場所とするホトケドジョウ(ドジョウ科)でも事情は同様である。河川の中流域から上流域に生息するイシドジョウ、アジメドジョウ(ドジョウ科)やネコギギ(ギギ科)などでは、護岸・堰堤の建設など河川改修が生息数と生息場所の減少をもたらしている。

以上から、現在の日本の淡水魚類相の動態は、次のように要約できよう。

1)一部の原産魚種は生息個体・生息場所・分布範囲が減少しつつあり、その傾向は生息場所が局限された魚種で著しい。これには生息環境の変化、生息場所の消滅が深くかかわっている。

2)その一方で、分布域を広げつつある原産魚種も多い。この分布域拡大には、公的な放流事業と個人的な移殖が大きな要因となっている。

3)外来種では、オオクチバスとブルーギルの分布拡大がきわめて顕著である。これは個人による移殖に起因するものと判断される。

4)これらからの帰結として、魚種の分布相は大きく変化し、各地の自然淡水魚類相は乱れつつある。

(多紀 保彦)

引 用 文 献

青柳兵司. 1957. 日本列島産淡水魚類総説:309pp., 大修館, 東京.

 

目次へ