発刊によせて

 

多紀 保彦

 

 自然環境保全基礎調査における淡水魚類分布調査は、第2回基礎調査では絶滅のおそれのある、あるいは学術上重要と考えられる71種・亜種について行われたが、第3回では対象を全種に広げ、計195種・亜種の分布状況がl988年に報告された。このたび前回に続いて全種調査の結果を報告する運びとなったことは、わが国の淡水魚類相とその分布の遷移をモニターする上でまことに有意義なことである。このような調査は、継続的に行われないとその意義が半減する。全種調査が将来にわたって続けられることを期待したい。

 本調査のような網羅的な調査では、十分量の情報を全国各地からまんべんなく得ることは至難の業である。実際に、第3回の基礎調査では分布情報の空白域、過疎域がかなりあった。しかし今回の調査では、未だに情報が不足している種や地域は少なくないものの、この点がある程度改善されている。これは、調査方法の見直しや分科会内での作業部会の設置など、前回の教訓をふまえて調査体制が整備されたことと、この動植物分布調査の存在と意義についての一般の認識がかなり定着したことによるものと思われる。

 今回の調査では、わが国の淡水域に出現する計254種・亜種を調査対象とし、そのうち240種・亜種の魚種の分布状況が報告されている。この数は上記の第3回調査での種数よりはるかに多いが、これは主として南西諸島・琉球列島の淡水域に出現する南方系の汽水産あるいは海産の魚種が調査対象となったためである。これらの魚類は純淡水魚ではないが、これによってこの地域の河川・河口域に生息する魚類についてのまとまった情報が得られたことは喜ばしいことである。

 わが国の純淡水魚類相は、近接のアジア大陸のそれと強い類縁性を示すこと、それと同時に独自の固有種・亜種の分化をもたらしていること、コイ科魚類が卓越すること、種数は西日本に豊富で北東日本で比較的貧弱なこと、などによって特徴づけられる。このような魚類相の成立過程は日本列島の地史を考究する上で重要な要素であり、これまでに多くの研究がなされてきている。しかし、今回の調査結果は、ある種の外来魚や多くの原産魚種の分布拡大と、一部在来魚種の分布域・生息場所・個体数の縮小が、前回の調査時よりさらに進行していることを示している。これには、環境の変化とともに、意図的なあるいは無意識な移殖が重大な要因として働いていることは明かである。日本の淡水魚類相のありうべき姿を考える上で、まず必要な資料となるのは分布状況と生息状況についての具体的かつ詳細な知見である。冒頭でも述べたが、今後も全種の分布調査が継続され、その精度が高められていくことを希望するものである。

筆をおくにあたり、調査と資料収集にご尽力を賜った全国の調査者各位と、資料のとりまとめと報告書の作成に多大のご協力をいただいた分科会・作業部会の委員の方がたに心から感謝の意を表する。

 

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