5.ヘビ亜目

(1)一般的考察

ヘビ類は、下記の如く、環境指標動物としてすぐれた点が多く、分布を調査する意義が大きい。

1生息環境が限定される。一般的に高次の消費者であり、生態系の上位にいる。特定の種類の動物しか食べないものもいて、それらの餌動物が一定密度以上に存在することが生存の要件となっているため、環境に強い選好を示し、改変に弱い側面がある。

2移動が少ない。自らの移動能力も低く、鳥獣のように広い範囲を活動しないので、発見場所が移動中の地点ということはなく、生活している場とみなしうる。また、人為的に運ばれて、分布域が変更されることは一般的には少ない(ただし例外はある:サキシマハブ等)。

3調査可能期間が長い。冬眠期間中にはみかけられないが、サンショウウオや一部のカエルのように、繁殖期をはずすとまず見かけなくなる動物群と異なり、実地に調査する気になれば、活動期間中はいつでも調査が可能である。また、住民の意識にのぼることが多い動物なので、聞き込み調査が可能である。ただし、聞き込みの場合は、種類の同定に充分の注意を要する。例えば、一般人がマムシという場合、それがヤマカガシやアオダイショウの幼蛇を誤認したものであるケースは多い。

上述の利点にもかかわらず、これまでヘビの分布情報がまとめられることはあまりなかった。本調査報告が先鞭をつける形で進むことも、逆説的に、評価されるべきであろう。

今回の調査では、依然、全体的な情報が充分とはいえない面はあるが、前回の調査に比べ、本州を中心としたデータが飛躍的に増加している点は看過ごせない。大まかな分布の様相を現すのにもう一歩という所にまでこぎつけているものもあり、今後は分布の変遷という観点からの分析もできるようになろう。

(2)各種についての考察

北海道・本州・四国・九州およびその周辺の島嶼(ここでは日本本土列島と呼ぶことにする)と、トカラ列島以南の琉球諸島とでは、種類組成も大きく異なり、あがってきた情報の意味も異なる(琉球列島産の種類には全分布域が1メッシュの中に含まれてしまうものがいる)ため、2大別してみた。

1日本本土列島のヘビ

タカチホヘビは、九州・四国・関東・東海地方のデータが追加され、第3回よりはずっと明らかになっているが、東北地方を中心に大きな空白がある。島根県からの近年の生息の情報の追加は特筆に値する。

シマヘビは中国・中部・北海道東部に空白があるが、四国等の新情報が追加され、ずいぶん明らかになった。分布域の広い本土列島産の種としては、情報が充実している。

ジムグリは、北海道がまだ少なすぎ、山陰や九州南部に空白があるが、第3回のものに関東・東海・四国地方の、近年の生息情報が追加されたことがよろこばしい。

アオダイショウは、九州東部からもわずかながら情報が得られ、四国、近畿から関東地方にかけてのデータが増加した。予想される本種の生息情報からすれば未だに散在的ではあるが、前回よりはずっと充実した。

珍蛇とされているシロマダラは、四国や屋久島・種子島等のメッシュが埋められた。既知の範囲ではあるが、空白域が少なくなってきている。また、伊豆半島や房総半島からの近年の生息の確認はよろこばしい。

ヒバカリは2次メッシュについて前回13メッシュだったものが今回67メッシュに増加し、データ数の増加率は最高である。それでも県レベルでみて、既知の範囲の6割をおさえたに過ぎないが、関東や四国等、近年の情報が確認されている。東北地方に空白があるが、あるいは本種が分布しないのかもしれない。とすれば他種のヘビとはかなり分布パターンが異なることになり、興味深い。今後、他種も含めたデータの増加により、この点は明らかになろう。

ヤマカガシは前回に比べたときのメッシュ数の増加がかなり多い(2次メッシュにおいて+94)種のヘビで、既知の分布範囲をよくおさえてきている。とりわけ近畿から関東地方にかけては充実した。大きな空白としては、中国地方と九州の南東部があげられよう。

マムシは、既知分布域を県単位で5割おさえたに過ぎないが、前回に比し、メッシュ数は倍加している。とりわけ青森県や関東から近畿地方にかけて、近年の情報が増加したことは評価される。大きな空白域としては、北海道(南部以外にない)、中部・中国地方がある。

日本本土列島のヘビとしては、第3回のときに指摘した、いわゆる普通種の情報がかえって少ないという点は大幅に改善されている。意識的に収集しさえすれば、普通種のヘビの分布情報は少なくはないことが証明されたともいえよう。

2琉球諸島のヘビ

琉球諸島産のヘビは、分布域の狭いものが多く、わずかなメッシュ数でも分布パターンは表してしまう。そのため生息についてはよくおさえられていると考えられがちだが、子細にみてみると、情報はむしろ不足している。例えば、近年(1986年以降)の情報が占める割合が半数に達しているものはなく、ほとんどが古い文献情報に過ぎない。メッシュ数の圧倒的に多い本土列島のヘビで、近年の情報が多数を占めていることを鑑みるとき、「島嶼の分布情報は相対的に多い」と安心してはいられない。また、今回の調査に限ってみても、前回に比べてメッシュ数が、本土列島のものほど増加しておらず、むしろ減少しているものすらある。

メクラヘビは依然、九州本土(鹿児島県山川町成川付近)の近年の情報がない。本種の分布の世界の北限の他の個体群は、絶滅してしまったものであろうか。

リュウキュウアオヘビは沖縄島南部に空白がある。同属のサキシマアオヘビは1件も情報がないが、あるいはそう思われていないだけで、「珍蛇」の部類に入るのかもしれない。

ヒバァのうち、宮古の個体群は本報告ではヤエヤマヒバァに含められているが、岩永・堀之内・太田(1992)によれば、八重山の個体群は宮古や沖縄の個体群とは著しく異なり、別種とみなすべきだと指摘している。本調査でも、扱いを変更すべきではなかろうか。

本報告には表れていないが、近年、サキシマハブが沖縄島に帰化していることを指摘しておく。帰化させた要因は、一連の「ハブ産業」であるらしい。商業的に利用されることのある種では、特にその取引量が多い場合、移動と管理に対して法的に監視する必要があると考える。

(3)全体的提言

種類を単位とした保護の観点からすれば、広域に分布するものと、分布域が局限されるものでは、後者がより絶滅にさらされやすく、より注意を要することは論を待たない。これまでのように調査手法等で同別に扱うのでなく、どこかで基準を設けて2分し、狭域分布の種類について、より細かく監視してはどうだろうか。具体的には、メッシュをより細かく設定するとか、生息情報の年代区分をより細かくするとかし、かつより集中的に狭域分布のものについて情報を収集すべく努力するのである。

(千石 正一)

引 用 文 献

岩永節子・堀之内勝幸・太田英利、1992. 琉球列島産ヒバァ(Amphiesma pryeni)の分類学的研究. 爬虫両棲類学雑誌. 14(4):202(講演要旨).

 

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