3.カメ目

(1)一般的考察

日本産のカメ類の分布をまとめた報告はほとんどみあたらない。地点を示した分布図としてIverson(1992)があるが、プロット数は本調査報告よりも少ない。カメが、よく知られた動物ながら、分布報告の少ない要因には以下のようなことが考えられる。

1目撃がたやすくはない。特に水に入っている種では、陸上に姿をさらしている機会が結構少ない。冬眠中は、無論、暑い時期も人目にさらされにくい生活をする。

2同定がたやすくない。一瞬で水中に隠れてしまうカメの種類の判定は、甲が汚損していたりするために難しい。

3カメの分布情報を発表する社会的習慣や場がない。昔から珍しいとされている種類については、こぞって発表される傾向があり、また採集のマニアのいるような動物群は分布地点の発見が意欲的になされるが、カメにはそういう要素がない。

水辺環境の指標動物としてもすぐれた点のあるカメが、生息の状況を知られていないというのには問題があろう。近年はさらに、生息地点が攪乱される由々しい事態が生じつつある。愛玩動物として、古くから流通されているカメではあるが、近年はこれに国外産の個体がかなり混じっている。野生化した場合に問題があるにせよ、アカミミガメははじめから国外産であることが明白だが、ミナミイシガメやクサガメ、セマルハコガメ、スッポンといった、国内にも分布する種類が、おそらく国内産だけでは需要をまかなえなくなるほど減少したために、大量に国外から輸入されているのである。実際に輸入個体の野生化はみられているし、今後は遺伝的汚染にも留意していかねばならないだろう。

(2)各種についての考察

アカウミガメについて情報不足から脱却することはできなかったが、第3回基礎調査になかった、本州の太平洋岸からの記録があがってきたことは歓迎される。ただしこれは分布域の拡大を意味するものではなく、古くから記録のある所の情報の発掘に過ぎない。

他のウミガメについての情報は得られなかった。各地の海岸が護岸化され、海岸線の自然海岸率が急激に減りつつある今、ウミガメの産卵場の記録は重要であろう。

セマルハコガメは八重山の個体群がErnst and Lovich(1990)によって新種記載されているが、種としての独立性を認める研究者はほとんどいない(McCord and Iverson, 1991等)。それでも個体群として亜種程度には分化が認められるから、先述したような遺伝子の汚染が生ぜぬようにするためには、野外ヘ放つことへの規制が必要であろう。近年の分類学的再評価によって独立種に昇格したリュウキュウヤマガメ(Yasukawa, Ota and Hikida, 1992)は、今回は久米島等からの報告を欠いている。前回も欠いているが、絶滅したというよりは情報の欠落であろう。このように分布域の狭い種の生息情報については、とりわけ細かく追跡したいものである。

クサガメについては依然情報不足ではあるが、前回になかった関東地方や四国からメッシュがあがったことはよろこばしい。

毎年おびただしい数量がアメリカ合衆国から輸入されているミシシッピアカミミガメは、今回、東海地方から初めて報告された。もっとずっと拡がっているものとは思われるが確実な報告を欠くので、日本での生息状況については予想もできない点がある。本種は水場環境の汚染ないし人為の影響を示す指標として有効である。

種として日本に固有であるイシガメは、今回、九州・東海・関東地方の分布情報がもたらされた。良好な自然環境を本来の生息域とする本種の分布像が、徐々にでも明らかになっていくのはよろこばしい。本種の場合、国内の他地域からの移入というのがありうるが、流通量や、病気に弱いといった特性からして、あまり一般的にそういう要因で分布を拡大し定着していくことはなかろう。

ミナミイシガメは前回なかった京都周辺からのメッシュが加えられた。古くから知られている地域であり、分布域が拡大したわけではないが、近年の生息の確認である。

スッポンも調査結果には依然大きな空白域があるが、今回で関東地方周辺や徳之島の記録が加えられた。

(千石 正一)

引 用 文 献

Ernst, C. H. & J.E. Lovich, 1990. A new species of Cuora (Reptilia; Testudines: Emydidae) from the Ryukyu Islands. 

  Proc.Biol.Soc. Washington, 103(1);26-34.

Iverson, J.B., 1992. A Revised Checklist with Distribution Maps of the Turtles of the World. xiii+363pp.

McCord, W. P. & J.B. Iverson, 1991. A new Box Turtle of the Genus Cuora(Testudines:Emydidae) with Taxonomic Notes and a Key to the Species. Herpetologica, 47(4):407-420.

Yasukawa, Y., H. Ota, & T. Hikida, 1992. Taxonomic re-evaluation of the two subspecies of Geoemyda spengleri (Gmelin, 1789)(Reptilia: Emydidae) Jpn. J. Herpetol., 14(3):143-159.

 

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