V.考 察

 

《総 論》

 自然環境保全基礎調査動植物分布調査には、大きく分けてふたつの目的がある。そのひとつは、日本のどこにどのような野生生物が生息しているかを、できるだけ詳しく把握すること、つまり野生生物の戸籍をつくることで、これがもっとも基本的な作業になる。もうひとつは、いうまでもなく野生生物の盛衰のようすを知り、もし衰退が人為によるものなら、その保護対策を立てるための資料を提供することである。しかし、保護対策にかぎらず、自然に関する多くの問題は、基礎的なものであれ応用的なものであれ、戸籍に基づいて検討されていくことが多いので、基礎調査の主目的は正確な戸籍づくりだ、といっても決して過言ではない。

 底の知れない海の場合ならいざしらず、陸上にすんでいる動物の戸籍ぐらいはすでにできあっがているだろう、と思っている人は意外に多い。このような考えは実情から遠くかけはなれたもので、動物の戸籍(動物相という)は日本でもまだ部分的にしかわかっていない。たしかに、鳥類や蝶類のように、ひととおりの調査が終わっているものもないわけではないが、それはあくまでも例外で、多くの昆虫類などは、いったい日本に何種いるのかという点でさえよくわかってはいない。ヨーロッパなどの場合に比べると、日本の動物分類学は100年以上おくれているといわれる一因は、動物相解明のこうした立ち遅れにある。また、このような立ち遅れが、自然環境の保全や野生生物保護の障害になっている面も大きい。

 両生爬虫類は、陸生動物のうちでは実態がよくわかっている方だろう。それでもなお未解決の問題は多く、たとえば生息の状況なども、全国的にみると解明されていない地域が目立つ。とくに第3回の基礎調査では、このような空白地域と、ある水準まで成果のあがった地域との格差が、あまりにも顕著に表れたので、今回はその是正に努めた。その結果、不備な点はかなりの程度まで補われたものと考えられるが、両生類に比べて調査のむずかしい爬虫類については、全体として満足できる結果にはほど遠く、ことに北海道関係の知見が不足している。ただし、南西諸島については、両生類、爬虫類ともほぼ満遍なく調査されていて、所期の目的がいちおう達成されたものと考えられる。

 南西諸島の両生爬虫類がよく調べられている理由は、これらの島々に固有の重要な種類が多く、古くから繰り返し調査されてきたうえに、すぐれた研究者や調査者が地元に多くて、新しい知見を積み重ねる努力が続けられてきたからである。地元における調査者の有無が、成果の精粗にどれほど大きくかかわってくるかは、今回の基礎調査の結果をみても明らかである。たしかに、分布図を見るかぎりでは、空白の地域がかなり埋められたようにみえるが、その内実は表面的で、少数例に基づく記録が大部分を占めている。専門の研究者によって行なわれた調査でも、限られた時日で確かめられる分布記録は、このあたりが限界だといえるだろう。

 調査の厚みを増し、精度の高い成果をあげるためには、地の利を得た地元の調査者をぜひとも育成する必要がある。ある地域の両生爬虫類相を解明しようとすれば、構成種の確認だけでも継続的な観察が要求される。もちろん、それらの種の遷移は、年に1回か2回の調査で確かめられるはずがない。大都会の周辺地域でさえ、たとえばカエルの個体数の変遷を追跡するような作業には、長い時間と多額の費用と計りしれない努力とが必要である。まして、人口密度の低い広大な地域で、調査結果の精度をあげるためには、組織的な研究体制をつくることが先決問題になる。この難問にどう対応していくべきなのかは、今後に解決しなければならない重要な課題だろう。

(上野 俊ー)

 

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