第2部 調査結果

 

T.カワウの集団繁殖地の現状と動向

 

1.形態及び生態

カワウはぺリカン目ウ科に属し,全長約80cm,体重約2.5kgで主に魚類を捕食する大型の水鳥である。体は,光沢のある黒色で背は褐色を帯び,くちばしの先はかぎ型に曲がっている。繁殖期には,顔に白い羽毛がはえ,腰の両側には三角形の大きな白色の斑紋が生じる。世界には7亜種が分類されており,ヨーロッパ,アフリカ,アジア,オセアニア,北アメリカの東北部などの海岸線や内湾,内陸の河川や湖沼に広く分布しているが,日本に生息する亜種Phalcrocorax carbo hanedaeは他地域では見られない。イギリスやオランダでは3月から9月(Cramp et al.1985),オーストラリアでは1年中繁殖を行なうことが知られており,とくに夏から秋と春から夏までの年2回のピークがみられる。Marchant et al.(1990)は,水や食物などの条件さえ整えば,いつでも繁殖が引き起こされると報告している。

日本では,地域によって繁殖期が大きく異なっており,下北半島では3月から9月(福田1982),愛知県の鵜の山では1月から7月(佐藤1990),大分県沖黒島でも1月から7月(樋口ほか1980),東京都上野不忍池や浜離宮庭園では,9月から6月まで繁殖しており,とくに秋と春に多くの個体が繁殖する(福田1991,日本野鳥の会1994)。

カワウは,地上や樹上に集団で営巣するが,巣は木の枝や枯れ草を用いて,直径40cmから60cm,深さ18cmはどの皿型の巣をつくる(清棲1978)。魚食性で,潜水しながら魚をつかまえ採食する。群れをで50kmもの距離を移動して採食に出かけ,水面から9.5mの深さまで潜り,潜水時間は最大で71秒間という記録がある(Cramp et al.1985)。

カワウは,以前は日本全国に分布していたものと思われるが,昭和46年(1971年)に,不忍池と鵜の山の2か所に(松山1975),昭和54年(1979年)には5か所の集団繁殖地が知られるだけとなり,一時著しく減少した(樋口ほかI980)。

 

2.調査方法

アンケート調査と文献調査を行なった。アンケート調査では,他の分類群と合わせ平成元年(1989年)から平成2年(1990年)に確認されたカワウの集団繁殖地の位置,個体数,その場所の環境特性についての情報を収集した。

文献調査は,平成元年(1989年)から平成4年(1992年)に確認されたカワウの集団繁殖地に関する情報が掲載されている論文や報告書を,できるだけすべて収集し,アンケート調査と同じ形で,集団繁殖地の規模と集団繁殖地が形成されている場所の環境特性の情報を整理した。

 

3.分布と規模

アンケート調査の結果,東京都や静岡県などに12か所の集団繁殖地の存在が報告され,さらに文献調査による記録4か所が加えられ,合計16か所5万分のl地形図で15メッシュの集団繁殖地が明らかにされた。これらの集団繁殖地は青森県陸奥湾沿岸,東京湾沿岸,浜名湖周辺,伊勢湾沿岸,琵琶湖周辺,そして大分県沖黒島に分布していた(図1.1)。カワウが繁殖する地域は日本でも有数の大きな内湾,湖沼に隣接している地域であった。集団繁殖地の大きさは,数羽の小さなものが滋賀県甲賀市で1例報告されたが,ほとんどは数100羽から数1,000羽といった規模のもので(図1.2),最大規模は愛知県知多半島の鵜の山で,約12,000羽が集団で繁殖している(石田1991)。静岡県浜名湖では,昭和63年(1987年)に,4,000羽から7,000羽のカワウが飛来するようになった(福田1988)。第2回自然環境保全基礎調査では5万分の1地形図メッシュで3メッシュしか確認されなかった。カワウの集団繁殖地の分布は,昭和40年代にくらべ拡大していると考えられる。

 

4.環境選択

アンケート調査と文献調査の結果では,集団繁殖地が形成される環境は,「雑木林」と「その他」となっていた。「その他」の内容はアカマツ林やタブ林,スギ植林地などだった(図1.3)。樋口ほか(1980)の報告によれば,カワウの営巣する林はアカマツやクロマツなどの針葉樹林,タブなどの常緑広葉樹林,常緑広葉樹や落葉広葉樹の混生する針広混交林などさまざまである。アカマツやタブ,エノキ等のような枝が横に張っていて,枝の密度がまばらで営巣しやすいような樹種が選択される傾向がある。東京都上野不忍池の中島では,フンによって木が枯れてしまったため,人工的な擬木を建てているが,このような人工物でもカワウは営巣している(福田1984)。また,人の立ち入らない場所では地上に営巣しているものもみられる。1984年には,東京都江東区の貯木場の丸太でつくった係留杭の上に営巣した例も報告されている(福田1984)。

集団繁殖地を形成する林は,0.5ha未満の小さい孤立林から10ha以上の林までいろいろな面積があった(図1.4).カワウは,面積が狭くても人が立ち入らない安全な場所であれば営巣する。しかし面積の小さい林では,フンによって営巣木を枯死させてしまうため,集団繁殖地は維持されにくい。林の面積が広いところでは,一部の木が枯死しても,営巣場所を次々に移動させることが可能であるため,集団繁殖地は長期間維持されている(愛知県1983)。下北半島の市柳沼では,カワウによるフンの被害を防ぐために,繁殖地の周辺の松林を伐採したところ,風によって営巣木が倒壊して集団繁殖地が消失した事例が報告されている(河野1992)。カワウの巣は,風などによって比較的簡単に落下するため,風の影響を緩和するような林の構造や植生,地形なども,カワウが繁殖するために重要な環境要素と考えられる。

 

5.保護のための対策と提言

カワウの分布は拡大しており,それぞれの集団繁殖地でも個体数が増加している場所がある。カワウの個体数の増加にともない,森林破壊や食害などの問題が発生している。カワウの保護を考えていく上で,「カワウと人」「カワウと自然」との関係を見直すことも必要であろう。

かつてカワウは,鵜飼や徒歩で川の中に入って行なう徒鵜(かちう)などの伝統的な漁法の重要な担い手であった。また,カワウの排出するフンは,農業の肥料として価値の高いものであった。カワウの集団繁殖地では,大量のフンが周囲に落ちるため,営巣木が枯死したり,土壌の状態が悪くなったりし,植物に大きな影響をあたえる(石田1991,1993,Ishida 1992)。しかし,チリやペル−には,ウ類などの海鳥類が過去数千年,数万年積み上げたグアノと呼ばれる鳥フン石が大量にあり,リンや窒素肥料として利用されている。知多半島の鵜の山や千葉県大巌寺でも,昭和30年代まで,カワウのフンは,敷いた砂やワラにしみこませて肥料として利用されてきた。化学肥料の導入によって,これらの資源は利用されなくなったが,カワウとの共存を図るためには,これらフンの有効活用を含め地域農業との共存を図る方途を模索していくことが望まれる。

カワウが植生に与える害として,フンのほかにも「はばたきや踏みつけ」「巣材集め」による枝折りなどによっても樹木が衰弱することが指摘されている(石田1993)。東京都浜離宮庭園では,人の立ち入らない鴨場跡で1988年頃より,多数のカワウが繁殖するようになったが,フンや枝折りによって樹齢数百年のタブやムクノキなどが急速に傷み,枯れつつある。

東京湾岸地域において,カワウが繁殖できるような人の立ち入らない緑地は皆無に等しい。営巣地は,カワウ自身によって植生が破壊されるので,カワウが永続的に繁殖していくためには,埋立地などに繁殖できるような環境を用意し,傷んた森林から引っ越しさせることも必要な対策と考えられる。人の立ち入らない林や,横枝の張った営巣しやすい樹木が必要であるとともに,それが得られない場合には,営巣用の巣台の整備を合わせて考えていくことが望まれる。

カワウは森林を枯死させ,漁業資源を大量に食害するために,駆除の対象とされ(沢島1985),近年,静岡県,愛知県,三重県などで有害鳥獣駆除が行なわれるようになった(環境庁自然保護局1991)。愛知県(1988)によれば,1980年頃から矢作川周辺でカワウの飛来が増え,養殖のボラやウナギ,放流したアユなどを食害するようになった。有害鳥獣駆除されたカワウの胃内容物と繁殖地での落下物から,合計51種の魚、類が検出された。カワウの食性は,地域や季節によって変化がみられるものの,重量比で主要な魚類はボラ,ギンブナ,ウグイなどである。カワウによる養殖漁業や内水面漁業への被害を軽減する対策として,監視や防鳥ネットの設置,魚類の隠れ場の確保などの工夫が必要であろう。

カワウは大型の鳥であり,周辺に大量の食物資源がなければ大規模な集団繁殖地を形成することはできないはずである。日本国内の集団繁殖地が大きな内湾や湖のある場所に集中しているのは,内湾,湖沼ではカワウの食物である魚類が豊富に生息し,浅くて波がたたない開水面が好ましい採食条件になっているのだと考えられる。カワウは,1日300gの魚類を採食するので(佐藤ほか1988),これだけの食物が採食できなくなるような,食物資源の減少は集団繁殖地の消滅へとつながるであろう。かつて,カワウの大規模な集団繁殖地として有名であった千葉県大巌寺の集団繁殖地が消滅した原因は,京葉工業地帯の埋め立てにより採食環境が悪化したためだと指摘されている(樋口ほか1980)。したがって,カワウが採食地として利用している青森県陸奥湾,六か所湖沼群,東京湾葛西沖や三番瀬,愛知県伊勢湾・三河湾や琵琶湖といった浅い海や湖沼,河川の生態系を保全することが,カワウの保護にとって重要であると思われる。

さらにカワウは魚類を大量に捕食することから,魚類をとおして水質の汚染の影響を強く受けていると考えられる。アメリカの5大湖周辺では,くちばしの曲がった海鳥の奇形と有機塩素化合物の残留濃度には因果関係があると指摘されている(Yamashita et al.1993)。上野不忍池においても,カワウのくちばしの奇形が観察されていることから(福田道雄未発表),早急、に日本のカワウについても,汚染物質の残留濃度を調査することが必要である。そして,人にとっても安全な魚貝類を確保するためにも,カワウの生息する生態系を総合的に調査することも必要と考えられる。

以上のように,カワウの保護はカワウの生息する生態系を保護することにつながるという視点にたって,「カワウと人」「カワウと自然」のよりよい関係を築いていくことが大切に思われる。そのためには,全国各地で基礎的な調査を継続的に行ない,生息環境の破壊や食害への対策を検討し,管理していくことが望まれる

 

6.評価

アンケート調査と文献調査によって,全国にあるほぼすべての集団繁殖地を明らかにできたものと思われる。

 

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