V−2 哺乳類調査の今後の課題

 前節で述べた今回の調査の問題点をふまえるならば今後の哺乳類調査の課題として次の点があげられるだろう。その概要を図26に示す。

 <目標設定>

 哺乳類分布調査の目的は第1義的には分布現況の把握である。保全調査は生物に関する時系列データーの集積を長期の目標としており分布現況の把握は最低確保しなければならない調査事項である。しかし調査の仕方によっては,分布構造,分布要因を解明し得る多くの情報が得られるものである。したがって調査にあたってはその調査で何を明らかにするかという目標設定がまず明確になされる必要がある。

図26 哺乳類調査の今後の課題

 <調査対象種の選定>

 哺乳類の分布調査では諸外国の調査例にみられるように生息する哺乳類全種に関する分布現況の把握が最終目標となる。したがって調査対象種を順次拡大していく必要があるが技術的に解決すべき問題も数多くある。まず第一の問題点としては種の同定をいかにするかということである。今回の調査でもアナグマとタヌキの混同が各県から指摘されており,今後聞きとり調査を行うとすればこの点を解決するためのチェックシステムが必要となるであろう。

 第2は調査方法の問題がある。今回のように中・大型で同定が容易な動物であれば聞きとり調査で充分結果は得られるが,今後中・小型動物へ対象種を拡大していくとすれば調査方法そのものが問題となってくるであろう。

 <調査精度>

 今回の調査では事前に調査精度の問題はあまり検討されてこなかった。そのため情報空白部分は調査すべき総区画の6.1%となった。聞きとり調査では県境部分,奥山では当然ながら情報空白部分が生じるものである。今後は事前にある程度の情報空白部分の抽出とそれに対する現地調査等の補完調査を組み込み,情報空白部分を出来るだけ減らす努力が必要であろう。また聞きとり調査を行う場合には調査対象者の選別,調査員の情報収集能力等を事前に検討し,最も正確な情報が得られるには誰れが誰れに聞きとるかを明確にしておく必要があろう。

 <調査実施>

 現在の保全調査の調査実施期間は一年間であるが,動物調査ではたとえ聞きとり調査でもこの期間に行うにはかなりの無理が生ずる。したがって今後の課題として文献,標本を含めて日常的に情報が集積されるシステムを確立する必要があるだろう。また聞きとり調査を行う場合には調査員に調査意図を徹底させること,調査員の教育もまた重大な課題となる。

 <集計とりまとめ>

 全国規模での調査の場合,情報量は数十万におよぶことがある。今回の調査でも調査票枚数44,853枚,地形図2,748枚,情報総数20万におよぶ膨大なものであり,その処理に多くの労力と費用を費した。今後の調査では更に多くの情報が集積される可能性があり,情報処理方法の簡略化は大きな課題である。今回の調査票レベルであればマークシート方式の導入も十分考えられることである。

 また保全調査は長期にわたる時系列データーの集積が最大の目標でありそのためにはファインリング方式の確立も重要な課題となるであろう。

 <生態調査>

 分布調査を補完する意味で各種動物の生態調査の必要性が強調されねばならない。今回の調査で明らかとなった北海道のタヌキ,四国のキツネの分布の特異性については当面これを説明する手だてを持っていない。時間をおいて繰り返される分布調査によって,このような分布の特異性の一側面は明らかにすることができるだろう。しかしキツネ,タヌキに関する生態的知識が不足している限りは分布要因を完全に解明することは困難である。

 種の分布の現状を解明することに焦点を合わせた哺乳類各種の生態研究もまた重要な課題となるだろう。

 

目次へ