〔7〕 植生図示についての検討及び国際的視野からみたわが国における植生の位置づけ

 

日本生態学会「全国植生と環境診断に関する研究報告書」

(昭和49年度環境庁委託研究)より要約

1.植生図示検射会の報告

(国際植生学会に参加した各国植生学者の意見と評価)

 1974年国際植生学会日本大会のシンポジウム最終日6月7日環境庁が作成した1973年度の全国植生図示に対する検討会が行われた。出席者は、エレンベルグ(西ドイツ:ゲッチンゲン大学教授)、プライジング(西ドイツ:ハノーファ州立自然保護研究所長)、シュミットヒューゼン(西ドイツ:ザールブルッケン大学教授)、フェグリー(ノルウェー:ベルゲン大学教授)、ベニンホフ(アメリカ:ミシガン大学教授)の5教授、日本側から堀川、中西、薄井であった。まずエレンベルグ教授から次のような発言があった。

 「私は1972年、日本の環境問題について日本に招聘され、環境庁長官とも会って相談に預った。その際、未だ破壊を免れている自然について早急に調査を行い将来の国土利用図を作るべきことを提案した。この提案から一年後の今日、全国的な規模で植生図が作られ、ここに提示されたことに対して非常におどろいている次第である。

 この植生図作製に当っては、堀川氏を長とし、全国11のブロック毎に代表者が集って実行の計画が立てられ、図示上植生単位のリストは環境庁の調査委員会から提案のあった358の群集あるいは群落名が採用された。各ブロックでは各県ごとに責任者が決められ、植物にくわしい人々が参加して、わずか半年の間に、航空写真も併用して図化が行われた。この点については県によってまちまちで、ある県では克明な野外調査を実行して図化した場合もあり、ある県では航空写真を併用したところもあった由である。またここに提示された1/5万の図は1/20万の図を印刷するための基礎として作られた由である。これだけの大仕事をわずか半年の間になしとげた努力はまことに称讃に値すべきことである。この図をみると完全な植生図とはいい難いところがあるが、将来の布石として国土利用上の貴重な基礎資料となるであろう。私が提案した土地利用図とは、

1.Culture reserve:即ち、水田、畑作、林業地などすぐれた耕作、若くは植栽地域を残すためのもの。

2.Nature reserve :すぐれた自然を守るべき地域:国立公園、国定公園等の外、水資源のため、グリーンベルト、レクリェーションの為の目的に対してすぐれた地域を確保するためのもの。

 これらの利用計画には植生図が総合的な土地評価を与える意味で重要である。したがって、ここに提示された図のように水田、畑といった土地利用図的表示は今後さらに植生図としての群落名におきかえられるべきであろう。したがって、云ってみればこの図は植生学的手法で作られた土地利用図といえる。」

 以上エレンベルク教授の説明があって栃木県、兵庫県の植生図を元に他の外人学者の意見が述べられた。

 シュミットヒューゼン教授:

 「土地利用図と植生図のミックスした図示がなされているが、これをどう今後利用しようとしているのか、明らかに二つに分けるべきではなかろうか(これについてはベニンホフ教授も同意見との発言があった)。

 私の考えでは

1.現存植生図

2.潜在自然植生図

3.将来の土地利用計画図

 の三つにすることが必要であると思う。1と2は専門的な植生図であり、3は植生学者や生態学者以外に一般の人々も理解できるようなものにすべきである。」

 フェグリー教授:

 「兵庫県の植生図をみるとアカマツ−ヤマツツジ群集の領域がひろく分布していることが分るが,この群集の中に生産力の非常にわるいところといいところとあるが、その区別をしないと土地利用図として使うために都合がわるいのではないか。

 ベニンホフ教授:

 「この図では現存植生と潜在自然植生の区別がはっきりしない」

 (答 この点は調査者はすべて現存植生という立場で描いている。)

 フェグリー教授:

 「国際地理学協会の規約では植生図の暗緑色は針葉樹をあらわしているので、この日本の図の色とちがっている。これは日本の場合にも国際的ルールをとり入れた方がよろしくはないか。最近ユネスコで1/100万の全世界土地利用図が出来ているが、この図を参考にされては如何。

 以上の批評をとりまとめてみると、今後の問題として注目すべき点は、

A.今回の図が純粋の植生図ではなく、土地利用図的性格を多分にもった両者の混合図となっている点。

B.将来の土地利用図として使うためには生産力を加味した図示の必要がある。

C.潜在自然植生図、現存植生図、将来のための土地利用図という3つの図の作製。

D.色彩の国際的統一。

 以上の4点に要約される。

 Aの植生図と土地利用図との混り合った表示の点については、指摘されたとおりである。即ち、水田、畑地、果樹園、竹林といった農業用地、及び工業団地、都市村落については、あえて群落名で表示せずに土地利用区分で表示がなされた。このことは雑草群落の調査が短期間ではできないことと、これまで日本の植生調査は主として森林植生を対象として行われ、ごく少数の学者を除いては雑草群落にまで手が廻らなかったことも大きな理由の一つである。しかし水田、畑地の群落については夫々植生はきわめて特徴的なちがいがあって、植生単位と利用区分とは巨視的には明確に一致している。したがって、1/5万のスケールで表示する場合には植生単位と利用区分的表示は同じことになる。詳細な群落表示に対しては1/5万のスケールでは森林についても水田、畑地についてもややマクロ的にすぎることはたしかである。したがって今後の問題としてはせめて1/2.5万乃至1/1万スケールでの植生図を作ることが必要であろう。

 B 土地の生産力のちがいが植生図上に出ていないと、ここは農業用地としてあるいは林業用地としてすぐれた地域であるか判然としない。例えばスギ−ヒノキ人工林として造林地をすべて一色で塗ってしまっただけでは土地利用の上からきわめて不十分である。同じスギ林でもすぐれた地域の谷すじの林床植生は土壌図と同じ程度にちがっている筈で、本来ならば更に細かい分け方が必要である。それにはまた前述のようにスケールの問題がからみ合ってきて、今後の重要な課題の一つとなろう。

 C 色彩の国際的統一については国際地理学会できめられた色に統一することが望ましいと思われる。

 自然保護上の立場から今回の全国植生図に対しての意見は期待したほど出なかった。我国にはまだ原生林とよんで差支えない貴重な森林が奥地に残っている。それらはほとんど今回の図示に表示されており、とりたてて指摘する必要がなかったものと考えられる。但し、航空写真の判読によれば原生林(天然林)と天然生林とはその判断に苦しむ場合が多く、多少あやしいと思っても原生林(天然林)として表示された場合が多いように思われる。これも今後の課題であって両者を区別しておく必要があろう。

 以上のような不足の点を考慮に入れた上で今回の全国植生図がわが国の今後の土地利用上に果す役割りは大なるものがあることを指摘しておかなければならない。奥地森林の開発、都市の膨張、工業団地、ゴルフ場、宅地等の造成地の拡大は少くとも1/5万の地図に表示することが出来るし、開発予定地の限界を知る上に、あるいは開発してよい所、悪い所の判断にも大きな役割りを果し得るものと思われる。

 

2.国際的視野からみた日本における植生の位置づけの検討

(1)日本の植生の特徴

我国の気候的な特徴と相まって植生もまたその組成と配置に独特の内容をもっている。

先ず第一に熱帯的な夏の気候をもつため、南方の亜熱帯照葉樹林が北上し、西南日本はひろく照葉樹林でおおわれている点である。おそらく中部ヨーロッパの夏緑林(落葉広葉樹林)をみなれた学者の眼からみれば日本の暖温帯の森林は奇異にうつることであろう。

第二に冬季季節風の影響である。これは裏日本に豪雪を生ぜしめ、表日本では積雪のない乾いた冬の気候となる。この対立的な冬の気候は植生の上に顕著なちがいとなってあらわれ、日本のブナ林が表日本と裏日本とで明確に組成のちがいをみせている点である。

第三に日本は雨量が多く、とくに夏の季節風がもたらす豪雨は毎年のように災害を起している反面、植物社会にとっては恵みの雨ともなっている。雨量は少ないところでさえ1500mm前後であって、ほぼ中部ヨーロッパの2倍に達する。このため乾燥による天然草原(ステップ、サヴァンナ)は全く発達しない。日本のススキ草原は人間が管理しない限りこれを維持することは不可能で、たちまち森林化してしまう。この豊富な雨のおかげで、日本の暖温帯の照葉樹林も冷温帯の落葉広葉樹林も樹種の豊富なことは同じ気候帯において世界に類例をみない。

わが国の植生について今一つの特徴はササ類の繁茂である。とくに冷温帯落葉広葉樹林の林床は一面にササでおおわれ林冠のブナと結びついてブナ−ササ型森林を生じている。一方、暖温帯の照葉樹林ではシダの繁茂が著しく、シダ型林床が特徴的である。

以上のべてきたのは天然林(自然林)についての特徴であるが、自然植生は人間の歴史と共にこわされ改変されて今日に至っている。その最も大きな変化は薪炭林及び落葉採取林の経営である。農村地帯に接して薪炭林は必ず存在し、冷温帯ではコナラ、暖温帯ではクヌギ、アラカシがその代表的樹種である。関東ではこのコナラとアカマツが組み合った二段林が多い。アカマツは人間の影響を強くうけた地域では著しく優占度が高くなる。コナラの落葉は堆肥として畑作に使われ、人工肥料の出現するまで過去の日本の農業を支えてきた重要な植生であったし、このことは現在も将来も変りはないのである。

(2)植生の分類方法

以上三つの特徴をもった日本の植生に対して分類の方法がちがえば植生単位の名称もちがってしまう結果となる。日本では古くから色々の方法が行われてきたが大別すると

a 優占種を重視する方法

b 適合度にもとづく標徴種を重視する方法

c 植生推移(サクセッション)を重視する方法

の三つがこれまで存在し、夫々の労派の異った分類方式が報告されてきた。しかし最近ではbの標徴種にもとづいて分類する中部ヨーロッパの方式がひろく行われている。この方法は中部ヨーロッパのブローン・ブランケが大成し、彼の名著「植物社会学」は今日世界各地で受け入れられている。植生調査の方法はこの方法によれば時間と経費を節約して比較的短期間に行い得る利点がある。また植生調査の結果を表にくみ、標徴種や識別種を見出すやり方はこの学派のすぐれた特徴であって、樹種の豊富な日本の植生に適用しても充分成果のあげられることが分っている。この方法により、日本ではすでに多数の植生単位が確立され、これを基にして植生図の作製が行われている。植生単位は群集を基本とし、1/5万の地図では群集レベルで植生図は描かれる。群集の下位単位の亜群集まで図示しようとすると1/5万では無理であって少くとも1/2.5万あるいは1/1万あるいはそれ以上の縮尺の地形図を必要とする。

 

目次へ