8.調査の問題点と今後の課題

 いわゆる「緑の国勢調査」として実施された今回の調査は、当初期待した以上に相当の成果を収め、現在自然環境保全長期計画・国土利用計画・環境アセスメント等の基礎資料として各方面で活用されつつある。しかし、今回は最初の調査であり、複雑多様な自然環境を国土レベルで総合的に把握するためには、なお調査項目・調査手法・調査体制等について検討すべき諸点が多い。ここで第1回調査を反省し、問題点を検討し、53年度に予定されている第2回調査に向かって今後の課題を整理すると次のとおりである。

 

8−1 植生図・植生自然度調査

 今回の調査で最も重点がおかれた項目であり、全体の経費の中で約7割がこのために使われた。まず現存植生図の作成に当って植物群落の凡例として362種のものが採用され、委員会で学識経験者の意見をききながら原則として群集及び群集レベルの群落名が用いられた。しかし凡例に用いる群落名の統一は、関係者たちの間で最も異論の多かった問題である。全国的なレベルで実施する植生調査に適した凡例の作成づくりについて、生態学会等の適当な機関で植物社会学者による統一的な研究調査を期待したい。実際に出来上った植生図については、縮尺20万分の1の精度を期待したため、原図となった5万分の1の図面ではかならずしも十分な精度ではなく、さらに各都道府県によって精度もアンバランスが多かった。第2回調査でさらに修正を加えると共に、群落ごとの組成等を記述した植生調査表もより充実させる必要がある。また、植物社会学的な植生図の作成を目標としたが、実際に出来上ったものは純粋の植生図ではなく、土地利用図的性格を併せもったものになった。これは森林植生については相当くわしく群落調査が進んでいるが、水田・畑等の農耕地の雑草群落については植生調査の研究が十分にされていないことにも原因がある。今後の問題としては、縮尺2.5万分の1ないし1万分の1スケールで雑草群落まで考慮したより完全な植生図を作ることが必要であろう。

 さらに植生自然度についても例えば、自然度9に属する自然植生が人為の加わっていない原生林であるか、或程度人為が加わっている二次林的な天然生林であるか判別が十分でなかった。また、水質汚濁の進んだ河川や干拓地に生えている水辺植生のヨシ・アシなどの群落を自然度10に判定することの問題点もある。また陸域の自然性を植生自然度だけで判定するのも十分でない。今後はさらに、自然性の指標として土壌微生物から大型哺乳類まで野生動物も対象とした総合的な陸域自然度判定の手法が開発されねばならない。次に、将来の土地利用の基礎図として現存植生図だけでなく、潜在自然植生図の作成に着手する必要がある。植生図を環境管理や土地利用計画に活用するためには、植生と土壌・地形・地質・気象等の関係を総合的に把握し、その上で人為と植生遷移の関連を科学的に追究する必要がある。

8−2 湖沼・河川・海域等水域自然度調査

 第1回調査では、水質等の理化学的性状及び水際線の物理的改変状況に主体をおいて調査し、水域に生育生息する生物調査まで実施することができなかった。陸域では植生を主体とした生物を総合指標として自然度を判定したように、水域においても今後は、陸水域及び海域の環境指標生物を研究し、生物調査に重点をおいて総合的な自然性の判定を行うよう検討したい。根本的には、複雑な様相を呈しながら、自然的にも人為的にも常に推移が進む水界生態系の解明がより重要な課題であろう。

8−3 “すぐれた自然”の調査

 主として学術的な貴重性に着目して行ったこの調査は、各都道府県ごとの学識経験者からなる委員会によって貴重性の判定が下された。したがって都道府県ごとに保護対象物の選定と評価に差があった。今後、学術的貴重性等の客観的、統一的判定方法の検討を進めなければならない。このためには、まず、全国的地方的視野で貴重な自然物の標準的なリストを作成することが有効であると思われる。

8−4 野生動物調査

 第1回調査では、関東地方を対象とした野鳥の種類数の調査と、全国的には一部の学術的に貴重な野生動物についてその生息域を調査した。今後は、植生調査と並んでもっと重点がおかれなければならない項目であろう。野生動物調査については、特に調査の精度に問題があり、また種類数、現存量等も十分確認されていない。このため調査手法の開発を急ぐ必要がある。環境庁では自然保護研究費をもって50年度から「野生動物の現存量に関する研究」を進めており、この中で各種生態系について土壌微生物、昆虫、鳥類、哺乳類等の現存量の調査方法の検討を行う予定であり、この研究成果を次回には生かしたいと考えている。

8−5 改変状況調査

 第1回調査では、「環境寄与度調査」として関東地方を対象とした植生現存量・生産量等の緑の量的な現況を調査した。今後は、植生だけでなく、野生動物やさらに基盤となる地形地質・土壌等の自然環境の現状と改変状況を総合的に把握する必要がある。特に、現状だけでなく、過去から現在に至る時系列的な問題を含んだ動態的な改変状況を知ることが重要になるだろう。この調査と関連して、自然環境のモニタリングシステムの確立が今後の検討課題になる。例えば、原生自然環境保全地域や国立公園の特別保護地区、海中公園等の典型的な生態系や自然景観を特定の自然環境調査地区として選定し、自然の人為的・自然的遷移の状態を定期的にくわしく観測することが考えられる。このような自然環境のモニタリングポイントをどこに選定するか、その調査手法をどのように開発するか等の問題を明らかにしなければならない。また調査手法についても第1回調査では、野外調査及び既存資料の収集整理を主体として実施し、リモートセンシング等の新しい技術の活用はほとんど行われなかった。今後は、リモートセンシング等の調査手法の導入の可能性を検討し、調査の能率化を図ることも考えねばならないだろう。

8−6 調査体制等

 調査手法と共に、調査を実施する際の調査員の人的能力が問題になる。理想的な調査手法が開発されたとしても、調査員のマンパワーを十分考慮しなければ、実施不可能になるだろう。したがって調査の設計に当っては、調査員の問題も含めた調査体制の検討が必要になる。第1回調査では、都道府県に調査を委託し、各大学や研究機関の学識経験者を中心に調査を実施した。わが国の自然保護の調査研究体制からみれば、第2回調査も中央や地方の大学・研究機関の先生方を中心に進めざるを得ないのが現状ではなかろうか。しかし、将来の課題としては、国及び都道府県に自然保護研究所や自然保護センターのような調査研究機関を設け、調査手法の開発や調査員の確保とその能力向上を図ることを検討すべきだろう。

 最後に、調査データの整理・活用については、今回の調査及び今後調査を定期的に実施することにより、また他の各種調査と併せて、自然環境についての膨大な情報が収集されることになる。これらの環境情報を如何に適切にまた能率よく整理し利用しやすくするかということが問題であり、環境情報データーバンクとして資料の保管・利用システムの開発が重要であるが、この点については、公害研究所環境情報部において整理されることとなっている。

 

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