1.自然環境保全調査の経過と概要

 

1−1 調査の目的及び経過

 自然環境保全調査は、全国的な観点からわが国における自然環境の現況を把握し、自然環境保全の施策を推進するための基礎資料を整備するために昭和48年4月より実施してきた調査である。一般に「緑の国勢調査」ともいわれ植生、野生動物、地形地質、海中自然環境、歴史的自然環境等の現況を把握するとともに、それらの解析・評価により、自然度等の判定を行い、さらに植生図、植生自然度図、すぐれた自然図等の地図や資料を作成し、公表した。

 この調査は、自然環境保全法第5条「基礎調査の実施」に定められている次の条文に根拠を置くものである。

国は、おおむね5年ごとに地形、地質、植生及び野生動物に関する調査、その他自然環境の保全のために講ずべき、施策の策定に必要な基礎調査を行うよう努めるものとする。

 「緑の国勢調査」と一般にいわれる理由も、おおむね5年ごとに自然保護の基礎調査として実施される所にあり、今回がその第1回の調査である。48年度は、2億5,000万円の予算で都道府県及び民間調査会社に委託し現況の把握及び解析・調査を実施した。なお、49年度は全国の植生図及び植生自然度図(何れも縮尺20万分の1、都道府県分図)及び関東地方の植生区分図、植生現存量図、植生生産量図、鳥類生息分布図(何れも縮尺20万分の1)等を作成し、さらに50年度はすぐれた自然図(縮尺20万分の1、都道府県分図)と本報告書を作成した。

 この調査を実施するに当って、まず考えられた目的は科学的な観点に立った調査を実施することによって、国土にある自然の現況をできるだけ正確に総合的に把握し、守るべき自然、復元・育成・整備すべき自然は何かということを明らかにし全国的な観点に立った自然保護行政を推進するための基礎資料を整備することにあった。これまでわが国では、もっとも基礎的な自然保護のための調査でさえ文化庁で実施された緊急文化財調査を除いては全国的なレベルでは実施されていなかった。したがって自然環境保全法に基づく、第1回全国調査としてはじめて、自然環境の現況が把握されたという意義も大きい。また、自然環境を自然度等の指標によりできるだけ客観的に評価・解析してまとめた点も特徴的であり、これによって国土や各地域に残された自然の実態が浮き彫りにされている。

 今回の調査結果は、国土利用計画や自然環境保全長期計画の策定作業に活用されており、また、自然環境保全地域、自然公園の指定・計画の基礎資料として、さらに、各種の地域計画や土地利用計画の基礎資料として利用されつつある。

 

1−2 調査の骨子と概要

 調査は基礎調査と改変状況調査の二つの部分から組立てられているが、全体の項目としては1自然度調査、2すぐれた自然の調査、3環境寄与度調査の三つの項目から構成されている。

 (表1参照)

ア 自然度調査

 国土を陸域、陸水域(湖沼・河川)、海域(海岸線とその地先海面)の三つの領域に区分し、自然環境の現況を調査し、自然度や自然性を判定した。

(ア)植生自然度

陸域については、植物社会学に基づく全国の現存植生図を作成し、これから土地に加えられた人為の影響を判定した。人為による影響度合に応じて447の植物群落を10ランクの植生自然度に区分し、全国をほぼ1キロ・メッシュ(縦横1kmの格子状区画)−行政管理庁の地域メッシュ−に区切り、約36万個のメッシュごとに自然度を読み取り、電算機処理した。今回の調査で最も重点が置かれた項目である。

この結果、全国的にみると、自然林や自然草原など人間の手がまだあまり加わらないで、比較的自然性を保っている自然度の高い地域は、国土の約23%にとどまり、その他の約8割近くは何等かの意味で人間の影響をうけていることがわかった。一方、市街地・造成地など緑のほとんどない自然度の最も低いランクの地域は、3.1%となっている。地方別にみると、自然林のように自然度の最も高いランクの地域は、北海道・東北・北陸・南九州・沖縄など、日本列島の北と南、及び高山帯、亜高山帯、離島等にかたよって残っている。また、緑のほとんどない自然度の最も低いランクの地域の比率の高いのは東京(約40%)、大阪(約34%)、神奈川(28%)などの都府県で、愛知、千葉、埼玉の3県も、この比率が10%を越え、大都市圏の緑減少の現象が目立つ。

(イ)陸水域自然度

陸水域については、既存資料の比較的整っている67湖沼と51河川を選び、それらの物理的改変状況、水質等の理化学的性質、生物分布を参考にしながら自然性を判定した。しかし、陸水域及び海域ともに、今回の調査では、植生自然度のように10段階の判定ではなく、“自然性が失われている”とか“自然性が保たれている”といったような記述的な判定にとどまった。

湖沼調査については、調査対象となった67湖沼のうち、まだ全体的にみて本来の自然性を保っているものは、摩周湖、板戸湖、五色沼(福島)、八丁池、白駒湖の5湖沼にすぎず、その他の62湖沼は人為的な改変や水質汚濁が進み、特に印旛沼、手賀沼、加茂湖、柴山潟、河北潟、諏訪湖、白樺湖、丸池、琵琶湖(南湖)、伊庭内湖、中海、諏訪の池の12湖沼は、湖沼本来の自然性が最も失われていると判定された。

河川調査については、調査対象となった51河川のうち、まだ全体的にみて、本来の自然性を比較的保っているものは、標津川、久慈川、肱川、嘉瀬川の4河川にすぎず、その他の47河川は人為的な改変や、水質汚濁が進み、特に北上川、荒川、養老川、多摩川、阿賀野川、神通川、富士川、加古川、の9河川は、河川本来の自然性が最も失われていると判定された。

(ウ)海域自然度

海域についても陸水域と同様な調査を行い、全国の海岸線の物理的改変状況を調べると共に、特に代表的な17海域を選び水質や水産物の状況も加味して自然性を判定した。

まず、全国の海岸線の物理的改変状況だけから現況をみると、約60%が自然海岸として、まだ比較的自然性を保っているが、約20%は埋立や港湾整備によって人工海岸となり、その他約20%は或程度人為の加わった半自然海岸になっている。また、代表的な17海域について、さらに水質、水産生物等の現況も加味して総合的に自然性を判定すると、全体的にみてまだ本来の自然を比較的保っている海域は、陸中海岸、鳥取海岸、石狩後志海岸、鹿児島湾、宇和海の5海域であり、その他の12海域は人為的な改変や、水質汚濁が進み、特に、東京湾、大阪湾、伊勢湾、燧灘の4海域は開発によって、本来の自然性が最も失われていると判定された。

イ “すぐれた自然”の調査

 「すぐれた自然」の調査は、植物、野生動物、地形・地質・自然現象、海中自然環境、歴史的自然環境など5つの項目について全国を対象として稀少性、固有性、特異性という観点から、すぐれた自然がどこに、どのような状態で残されているかを調べたものであり、それぞれの貴重度、規模等のちがいはあるが、約18,000件のものが確認された。

ウ 環境寄与度調査

 環境寄与度調査は、改変状況調査の一環として実施されたものである。人間活動が著しく、しかも各種の環境タイプが見られる広域的なモデル地域として関東地方を対象とし、緑の量がどの位あるかという“植生現存量”と、その緑が年間当り有機物をどれだけ生産しているかという“植生生産量”を調査したものである。これは植生が人間環境の保全にどの程度の寄与をしているかを検討する基礎的なデータを整備する目的で行った調査であり、自然度及びすぐれた自然の調査が自然の質的調査であるのに対して、この調査は自然の量的調査に当る。植生現存量・生産量ともに関東地方を1キロ・メッシュに区画し、約3万メッシュごとに両者の数値を読み取り、電算機処理した。

 関東地方の植生現存量は、1.2億トン、植生生産量は2,600万トン(年当り)で、人口1人に対する植生現存量は、群馬の18.8トンに対し、東京は0.4トンで、東京都民は群馬県民の50分の1の緑しか保有していないことが明かになった。さらに、この調査の一環として、生態系の一部である野鳥の種類の数を調べた。

 

1−3 調査の経過及び実施方法

 昭和46年7月環境庁発足に伴い、自然保護行政も、それまでの自然公園と鳥獣保護を主体とした一部の地域から国土保全を対象とする総合企画行政としてその分野を拡大した。この段階で早くから行政を科学的に推進する基礎資料として緑の国勢調査的なものの必要性が関係者の間で認識され、自然保護局で、その構想がねられた。47年6月「自然環境保全法」の制定に当り、その法律案に基礎調査に関する根拠条文を盛ると共に、48年度予算において、2億5,000万円の調査費が計上された。

 調査を始めるに当って、まず、具体的な調査項目・調査手法の検討を行い、自然環境保全調査委員会の意見をききながら、表1の骨子を取りまとめた。なお、この調査の企画・立案・取りまとめを行ったのは環境庁自然保護局である。

 さらに、調査が広い範囲にわたり、自然科学の諸分野の専門家の協力を必要とすることから、自然保護局長の委嘱により、自然環境保全調査委員会を発足させ、調査要領の作成、集計解析方法や調査結果の検討について審議をお願いした。この委員会は宝月欣二東京都立大学教授を委員長とし、植物生態学、動物生態学、地球化学、自然地理学、土壌学、作物学、林学、水産学、河川・湖沼学、航測学、気象学の諸分野からなる16人のメンバーによって構成された。さらにこの委員会の下に、植生自然度小委員会(委員長:宮脇  昭  横浜国大教授)、陸水域自然度小委員会(委員長:宝月欣二  東京都立大教授)、海域自然度小委員会(委員長:新田忠雄  前水産庁東海区水産試験場企画連絡室長)、環境寄与度小委員会(委員長:田崎忠良  東京農工大教授)の四つのワーキンググループを設け、委員会全体として総数37人の学識経験者に協力をお願いした。なお、最も重点がおかれた植生調査を現地で円滑に行うため、全国を11ブロックに分け、各ブロックを代表する14人の植生関係学識経験者による植生図作成のための懇談会(座長:堀川芳雄  広島大名誉教授)を設けた。この懇談会によっていろいろ考え方の異る植生図凡例の定め方を検討すると共に、植生図作成に当って各ブロック内の連絡、調整等をお願いした。

 自然度調査・すぐれた自然の調査及び関東地方を対象とした鳥類生息分布調査の項目は、環境庁の委託により、都道府県が主体となって実施された。このため、都道府県のレベルでも市町村、都道府県内の学識経験者等関係者の協力を求め、都道府県ごとに調査委員会を設け、48年8月頃から現地調査、資料集収に着手した。

 都道府県における作業機関として各県の自然保護関係部課や試験研究・調査機関、大学及び国の出先試験研究・調査機関等が主体となった場合が多い。また、各地方ブロックごとに都道府県の調査担当者が集り、連絡会議が持たれた。約10ケ月近い都道府県での調査が終り、49年春、環境庁へ調査データが提出された。

 この段階で、環境庁でも調査委員会を再開し、四つの小委員会を活発に開き、調査データーの集計解析方法や集計結果の検討を行った。小委員会を開いた回数は延50回に及んだ。

  環境寄与度調査のうち植生現存量と植生生産量の調査は航空写真の解析等特殊な調査技術を必要とする関係上、アジア航測株式会社に直接委託して実施した。また自然度・植生現存量・植生生産量等の集計・解析作業は環境庁の委託により、三菱総合研究所がプレック研究所の協力を得て実施した。

 なお、49年度及び50年度に印刷公表した植生図、すぐれた自然図の原図は関係都道府県において、調査者の協力を得て作成したものである。また、植生自然度図の原図は三菱総合研究所がプレック研究所の協力を得て作成した。

 

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