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植物II(維管束植物以外)概説


蘚苔類概説

  今日の植物学でいう蘚苔植物は顕花植物(種子植物)と違って、花を咲かせることもないし、また種子を結ぶこともなく、繁殖は胞子や無性芽などによる。緑色に見える部分は配偶体で、その上に造卵器、造精器という有性の生殖器官ができ、それらの中の精子と卵細胞が合体して胞子体を作る。胞子体は配偶体の上に半ば寄生した状態となっていて、成熟するとふつう褐色となる。胞子体の一部であるさくの中に胞子ができるが、そのときに減数分裂が起こる。
  蘚苔植物は、スギゴケで代表される蘚類、ゼニゴケが含まれる苔類、それにニワツノゴケで代表されるツノゴケ類の三群(綱)に大別される。蘚類の配偶体は茎と葉がある茎葉体で、その上にできる胞子体には硬い柄(さく柄)があり、先端のさくの中に胞子ができる。蘚類の大半を占めるマゴケ亜綱のさくの構造は複雑で、さくの口の周りにあるさく歯の構造は蘚類の分類に重要である。蘚類、苔類、ツノゴケ類の種を識別するには、配偶体だけでなく、胞子体が必要であり、細かい特徴を調べるには顕微鏡を使う。


日本の蘚苔植物フロラの現状

  日本には蘚類約1,000種、苔類約600種、それにツノゴケ類17種、計約1,600種が生育する。そのうち蘚類の約10%、苔類の約28%、ツノゴケ類の約25%が日本の固有種である。南北に長く、高山もある日本には、広い米国に生育する蘚苔植物の総数に匹敵するほどの、多くの種が生育している。
  蘚苔植物は海水中を除けば、岩上、地上、樹上など、ほとんどあらゆる場所に生育するが、環境が違えばそこに生育する蘚苔植物の種も異なる。言い替えれば、ある地点に生育する蘚苔植物の種から、その場所の環境を推測することもでき、環境の指標となる種も多い。
  南北に長い日本列島では、寒い北の端の北海道の蘚苔植物フロラは、暖かい琉球列島の蘚苔植物フロラとは非常に異なっている。また、海岸近くに生える蘚苔植物の種は、高山に生育する種とは大部分が異なる。
  日本では各県ごとの蘚苔植物のリストは、少数の県を除いて、まだできあがっていない。一方、欧米、とくにヨーロッパにおいては、蘚苔植物の保護について熱心に研究が行われており、これまでに多くの国で絶滅危惧種が選定されている。例えば、オランダには蘚類425種、苔類・ツノゴケ類122種、計547種の蘚苔植物が生育するが、1992年にこのうち274種(約50%)が絶滅危惧蘚苔植物に指定されている。しかも、危惧種のうちの40種(10%)が絶滅種である。また、スイスでは生育総数の約30%(397種)が絶滅危惧種に指定されている。


選定の基本的な考え方と選定結果

  蘚苔植物は顕花植物と比べ、調査や選定・保護について多くの困難がある。それらは、1)過去の生育状況について信頼できる記録が少ない、2)植物体が小さいので野外での同定や再確認、定量的解析が難しい、3)専門研究者の数が少なく全国を詳細に調査することが難しい、4)個々の種の保護が難しく森林など周辺の環境全体を保護する必要がある、などの理由による。
  これらの難しさはあるものの、以下の基本的な考え方に沿って選定を行った。

基本的な考え方

  これまでに高木・安藤(1975)によって、希少種とその保護を目的に、蘚類24種、苔類13種が選定されたことがあるが、蘚苔植物のレッドデータブックの作成は今回が初めてである。上述のように蘚苔類の調査にはいろいろ困難があるが、比較的少人数の研究者の努力の結果、多くの資料を集めることができた。しかし、過去の生育状況が不明な種も多く残っている。
  このような状況から、入手した資料をもとに、国外の絶滅危惧種の選定結果なども参考にしながら、今回の選定を行った。しかし、情報の不足から絶滅危惧砧爐廊毅僧燹CR)と毅体燹EN)に区別しなかった。また、過去の国内唯一の生育地で絶滅した可能性が高いと考えられる種も、将来の再発見の可能性を考慮して、絶滅(EX)と断定するのを避けた。次回のレッドデータブック掲載種の選定にあたっては、これまでに蓄積した情報をもとに、さらに多くの資料を追加して、より的確な選定を行うことができると考える。

●選定結果

  今回選定された蘚苔植物のうち、保護上注目すべき種のいくつかを紹介する。
1.暖地の森林に生育する蘚苔植物
  関東地方から屋久島にかけての太平洋岸の渓側の湿った森林内には、高湿度の環境の指標となるような蘚苔植物が、かつては豊富に生育していた。今回の調査では、そのような蘚苔植物の生育量が非常に減少したことがわかった。そのような種の代表が、カクレゴケ、ヒロハシノブイトゴケ、トサノタスキゴケなどの着生蘚類であり、苔類ではサガリヤスデゴケ、ヤクシマアミバゴケのような着生種や、ナガバムシトリゴケ、カビゴケ、ヨウジョウゴケなど生きた葉の上につく生葉上苔類である。自然林の伐採による乾燥化がこれらの種の減少の主要な要因と考えられる。
  蘚苔植物の保護については、世界各地で絶滅危惧蘚類のホットスポット(Hot spots)が提案されている。1996年には東アジアの蘚類の多様性に富んだホットスポットとして、屋久島が提案された(Tan and Iwatsuki, 1996)。
2.水中や水辺に生育する種
  川の中など水中に生育するカワゴケ、クロカワゴケは過去の生育状態が比較的よくわかっている種であるが、今回の調査では各地で減少、消滅したようである。とくに都市近郊での減少が著しい。苔類のイチョウウキゴケは全国の水田や溜池に浮遊して生育するが、近年各地で激減している。
3.アジアの熱帯・亜熱帯地方に分布し、日本が分布の北限になるような種
  これらのなかには、生育量が著しく減少、あるいは地域的に消滅した種が多い。そのような種には、蘚類のユリゴケ、タチチョウチンゴケ、タチチョウチンゴケモドキ、シダレウニゴケ、キジノオゴケ、シナクジャクゴケ、シマフデノホゴケ、苔類ではミジンコゴケ、ケハネゴケモドキ、ケナシオヤコゴケ、ヒカリゼニゴケなどがある。
4.都市近郊の蘚苔植物
  都市近郊の蘚苔植物には生育量が減少した種が多い。キサゴゴケは日本に固有の種で、宮崎県日南市の神社の境内から記載された。原産地はスギが伐採され消滅したが、愛知県の4ケ所で本種の生育が確認された。
5.石灰岩地域などの古生層地域に生育する種
  古生層地域には特有な蘚苔植物が生育している。なかでも石灰岩地域では、石灰岩の採掘により蘚苔植物の生育地の失われた地域もあり、多くの種の保護が必要である。それらのうち、蘚類ではコキヌシッポゴケ、シナノセンボンゴケ、オクヤマツガゴケ、ホソバツヤゴケ、苔類ではオオサイハイゴケ、ヒカリゼニゴケ、ミミケビラゴケなどがある。


  調査者:植物II分科委員 岩月善之助、神田啓史、北川尚史、古木達郎
  調査協力者:秋山弘之(兵庫県立人と自然の博物館)、安藤久次(広島大学名誉教授)、井木長二(故人)、岩片紀美子(日本蘚苔類学会会員)、上野純子(広島大学院生)、大塚政雄(大分県公立学校)、大西規靖(広島大学院生)、木口博史(埼玉県高等学校)、塩見隆行(元山口女子短期大学)、白崎 仁(新潟薬科大学)、鈴木 直(日本蘚苔類学会会員)、高木典雄(名古屋大学名誉教授)、立石幸敏(岡山県公立学校)、出口博則(広島大学)、土永浩史(和歌山県公立学校)、成田 務(愛知県公立学校)、西村直樹(岡山理科大学)、長谷川二郎(南九州大学)、樋口利雄(元福島県公立学校)、樋口正信(国立科学博物館)、平岡照代(平岡環境科学研究所)、水谷正美(服部植物研究所)、山口富美夫(広島大学)、山田耕作(元三重県公立学校)、山本誠二(日本蘚苔類学会会員)、湯沢陽一(元福島県公立学校)、横山正弘(日本蘚苔類学会会員)、渡辺良象(元東京都公立学校)

岩月善之助(財団法人服部植物研究所理事)


藻類概説

藻類の特徴と調査上の問題点

  藻類は光合成の過程で分子状の酸素(O2)を発生する生物(植物)群から種子植物、シダ植物、コケ植物を除いた残りのすべてを包含し、分類学的には、1.藍色植物門、2.原核緑色植物門、3.灰色植物門、4.紅色植物門、5.クリプト植物門、6.渦鞭毛植物門、7.不等毛植物門[a黄金色藻綱、b黄緑藻綱、c真正眼点藻綱、dラフィド藻綱、e珪藻綱、f褐藻綱]、8.ハプト植物門、9.ユーグレナ(ミドリムシ)植物門、10.クロララクニオン植物門、11.緑色植物門[a緑藻綱、b輪藻綱]の11門が所属し、我が国ではこれまでに約5,500種類の生育が報告されている。上記の2、3、5、6、7のc、d、e、8、9、10の植物門の仲間はすべて、またはほとんどが単細胞または群体性で、顕微鏡を用いなければ観察できない。しかも、それらの多くは環境が悪化すると厚膜の胞子を作って休眠状態となり、環境が回復すると栄養体に戻る性質があるので、それらが真に絶滅したのか、絶滅危惧の状態にあるのかなどの判断は短い年月の調査研究では極めて困難であり、分類群によっては不可能に近い。さらに調査を困難にしているもう一つの要因は、陸上植物と比べて藻類は体構造が極めて簡単で、従って捉え得る種の特徴が少ないこと、つまり種の同定が難しいことである。専門家以外で藻類の種の同定のできる人の数は我が国では少ない。


選定の基本的な考え方と選定結果

  上記の理由から、肉眼で見ることができて同定が比較的容易なもの、海の深所産のものは除き、比較的観察しやすい場所に生育し、さらに過去に調査研究の対象となったことがあるもの、調査員が直接観察または採集した経験のあるもの及び国指定の天然記念物の藻類等を調査の対象とした。前回の「緊急に保護を要する種の選定調査」の時点では、情報が十分でないものについては調査者の経験を加味してランク付けを行ったなどの経緯があって25種を選定するにとどまったが、その後、知見が大幅に増加したため、今回は約80種を調査対象種とした。それらが所属する4門7綱の名称と特徴の大要を下に示す。

1.藍色植物門(藍藻綱)
  クロロフィルa、フィコシアニン、フィコエリトリン等の光合成色素をもち、同化物質は藍藻デンプン;多くは微視的であるが、肉眼的大きさのものもある;淡水にも海にも生育。
2.紅色植物門(紅藻綱)
  クロロフィルa、フィコシアニン、フィコエリトリン等の光合成色素をもち、同化物質は紅藻デンプン;ほとんどは肉眼的な大きさで、海産が多い.
3.不等毛植物門
(1)黄金色藻綱
  クロロフィルa、c、フコキサンチン等の光合成色素をもち、同化物質はクリソラミナラン;ほとんどは微視的であるが、大発生して存在が肉眼で認められるものもある;ほとんどは淡水産。
(2)黄緑藻綱
  クロロフィルa、c、ボウケリアキサンチン、ヘテロキサンチン等の光合成色素をもち、同化物質はクリソラミナラン;ほとんどは微視的で、少数が肉眼的な大きさ。淡水産、まれに海産。
(3)褐藻綱
  クロロフィルa、c、フコキサンチン等の光合成色素をもち、同化物質はラミナラン;ほとんどは肉眼的な大きさで海産。
4.緑色植物門
(1)緑藻綱
  クロロフィルa,b等の光合成色素をもち、同化物質はデンプン;微視的と肉眼的な大きさのものがある;淡水・海ともに生育し、海産は大型のものが多い。
(2)輪藻綱
  緑藻と同じ組成の光合成色素で、同化物質も同じ;大型で、シダ植物のスギナに似た形態;淡水産。


  調査は植物II分科会委員3名(藻類関係・別記)の他に調査を委託した協力者15名(下記)の合計18名で実施した。調査者は得意とする分類群を担当し、選定種の分布の中心と考えられている地域、選定種の生育・分布状態について資料が残されている地域、開発等により個体群の減少が認められている地域等を主な調査地とし、植物II分科会であらかじめ作成・用意した調査票と2.5万分の1の地図を用いて、選定種の調査地点における個体群数、30年前(または10年前)からの増減、5年前からの増減、危険性の要因、生育地の状況等について調査し、各調査者共通の記号を用いて調査票に記録した。後にこれらの結果について委員と協力者が意見を交換し、RDBカテゴリーのランク付けの基礎データの集積に努めた。その結果、以下に述べるように、絶滅(EX)5、野生絶滅(EW)1、絶滅危惧I類(CR+EN)35、絶滅危惧II類(VU)6、準絶滅危惧(NT)24の計71分類群を選定した。
  藻類は生育域が水界であるため、その生育は陸上とは異なった要因に影響される。河川上流のダム湖の建設や河川工事、川岸樹木の伐採等による水質や光条件などの変化、周辺あるいは沿岸域に開発された住宅地や工場等からの生活・産業排水の流入、またはそれらの建設時の廃棄土砂等の堆積物や沿岸の埋め立て、道路建設などに伴う生育地の減少と底質環境の攪乱、草魚の放流などが個体群の減少を招いている大きな要因である。周囲の開発による湧水量の減少や湧水の汚濁により個体群を減少させている種類もある。今回の選定作業は定性的な資料に基づくところが多かった。将来は定量的な調査が望まれる。


  調査者:植物曲科委員 千原光雄、吉田忠生、渡辺 信
  調査協力者:伊藤市郎(元群馬県公立高等学校)、大谷修司(島根大学)、大森雄治(横須賀市自然・人文博物館)、加崎英男(東京都立大学名誉教授)、加藤僖重(獨協大学)、香村真徳(元琉球大学)、熊野 茂(元神戸大学)、佐野郷美(千葉県市川西高等学校)、瀬戸良三(元神戸女学院大学)、田中次郎(東京水産大学)、中村 武(元埼玉県理科センター)、野崎久義(東京大学)、長谷川 稔(元群馬県公立中学校)、右田清治(長崎大学名誉教授)、吉崎 誠(東邦大学)

千原光雄(千葉県立中央博物館館長)


地衣類概説

  地衣類は、菌類と藻類の共生体で地衣体と呼ばれる植物体を形成する。地衣類は温帯はもちろん、極地、熱帯、砂漠など世界中に広く分布し、石上、樹皮上、地上の安定した基物上に生育できる。和名や生育場所が似ているため、蘚苔類と混同されるが、系統的にはまったく異なり、特殊化した菌類として扱われる。
  地衣類を作る共生菌は子嚢菌類、担子菌類、不完全菌類が知られている。一方、共生藻は緑藻またはラン藻(シアノバクテリア)で約25属が知られている。地衣共生藻は光合成産物を共生菌に提供し、代わりに共生菌は安定した生活場所と光合成活動を保証する地衣体を共生藻に与えている。地衣体や地衣体内で形成される二次代謝産物(地衣成分)、繁殖のための器官などは極めて高度に組織化されている。地衣体の形態、生理的特性、生態、分布等は地衣類の種によって決まっており、外面的には単独の生物のように見える。地衣類は植物分類学上、“種”を基本単位としてとり扱われる。
  地衣体は外部形態によって固着地衣類、鱗片状地衣類、葉状地衣類、樹枝状地衣類に大別される。外部形態による分類様式は必ずしも地衣類の類縁関係を反映していないが、地衣類の認識にはよく利用される。地衣体の大部分は共生菌の菌糸で構成され、内部構造は皮層、藻類層、髄層に分化し、おのおのの配置や組織は地衣類の種類によって異なっている。皮層は保護組織である。髄層は菌糸が緩く絡まりあい、生理活性が高く地衣類特有の化学成分の多くが作られる。
  地衣体には地衣類特有の付属器官が発達する。主な付属器官には粉芽、裂芽、ロビュール、仮根、シリア、さい状体、盃点、擬盃点、頭状体などがある。器官の有無と形態は地衣類の種によって厳密に決まっており、種類を区別する重要な特徴となる。粉芽、裂芽、ロビュールは地衣体の表面に生じる球状、棍棒状、へら状の微少な無性生殖器官である。これらは地衣体から容易に離脱し新個体を形成する能力を持つ。
  地衣類の繁殖は胞子による有性生殖と無性生殖器官による方法とがある。胞子が形成される裸子器や被子器の基本構造は地衣化しない菌類に見られるものとほぼ同じであるが、子実層を囲む組織は藻類の影響を強く受けて地衣類独特の形態を示す。地衣類の胞子は裸子器や被子器が形成されると1−数年間永続的に生産されるのが普通であり、地衣化しない菌類の生殖細胞形成時期が短いこととは極めて対照的である。
  地衣類は種特異性のある地衣成分を含むものが多く、現在では約350種類が知られている。地衣成分はある種の貯蔵物質と考えられており、共生藻で生産された炭水化物を材料として共生菌で合成される。地衣成分の有無と種類は地衣類の種を区別する重要な分類形質である。
  地衣類は共生生物であるため、生育環境の変化には敏感に反応し、死滅する種が多い。このような要因には酸性雨、都市化に伴う乾燥、生育環境の破壊、大気中のほこりなどが考えられる。


日本の地衣類相の特徴と現状

  日本列島からは、1999年現在53科214属1762種(種以下の分類群を含む)の地衣類が報告されている。しかし、国内で新たに見つかる地衣類の種数は固着地衣類を中心に今後さらに増えると考えられる。
  植物地理学的に見ると日本の地衣類相はおおむね、1)汎世界分布をするもの、2)北半球の北部―亜高山を中心に分布するもの、3)温帯に広く分布するもの、4)熱帯―亜熱帯を中心に分布するもの、5)オーストラリアに分布の中心があるが北上して日本まで分布を広げているもの、6)日本固有のもの(台湾を含む)、7)東アジアを中心に分布するもの、の7群で構成される。本書にあげられている種のうち絶滅、絶滅危惧I類及びII類の48種では、日本固有種が24種ともっとも多く、つづいて北半球の北部を中心にするもの13種、3)と5)の範疇に入るもの各3種、4)と7)が各2種、1)が1種である。しかし、分類学的研究の進展と並行してリストの見直しが必要と思われる。


  調査者:植物II分科委員 柏谷博之、中西 稔
  調査協力者:井上正鉄(秋田大学)、梅津幸雄(中津市立南部小学校)、遠藤嘉浩(元三井物産)、生出智成(元神奈川県立博物館)、大村嘉人(広島大学)、岡本達哉(高知大学)、小林聡子(基礎生物学研究所)、原田 浩(千葉県立中央博物館)、黒川 逍(富山県立中央博物館)、佐久間裕子(西茨城郡岩間町)、佐々木弘治郎(元秋田県立大曲高校)、四分一平内(元埼玉県立熊谷女子高校)、志水 顕(北海道大学)、松本達雄(武田学園)、宮脇博巳(佐賀大学)、文 光喜(韓国淑明女子大学)、吉田考造(埼玉県立博物館)、吉村 庸(高知学園短期大学)、G. Thor(スウェーデン国立農科大学)

柏谷博之(国立科学博物館植物第四研究室室長)


菌類概説

  菌類はキノコのような外観的な特徴から17-18世紀の分類学の黎明期には下等植物に分類されたが、カビ、酵母、細菌類などの顕微鏡レベルの生物という意味で「微生物」と一括されるなど、一般的な認識が分類学的な認識と十分に一致してこなかった歴史がある。20世紀後半に入り、真核生物として「微生物」の中での位置付けは明瞭となったが、糸状・多核細胞を基本とし、有性器官の形態に基づく分類群としては鞭毛菌類、接合菌類、担子菌類、子嚢菌類と有性時代が不明な不完全菌類が分類されてきた。さらに、1990年代に入ると、リボゾーマルDNA(rDNA)が生物の進化速度に関連することが明らかになった。菌類に対する分子系統関係が研究され、従来の形態に基づく分類群を打ち破るだけでなく、一部は藻類に分類されるなどrDNAに基づく新たな系統関係や分類群が提唱されている。また時を同じくして、バイオダイヴァーシティの研究も地球規模で盛んになりつつあるため、菌類誌として空白地帯の多い熱帯雨林での研究は特に注目されている。
  菌類の生活圏は陸上と水中のあらゆる場所に見られ、基本的には有機物の還元を行う。とくに植物と動物の生活と深くかかわり、腐生(遺体や糞の分解)だけでなく、他の生物の生活史に密接に結びついた寄生や共生という特異的な関係を発展させている場合もある。地球上の菌類の推定現存数は150万種に上るとも予想されている。
  このように「菌類」として類別される真核生物は、形態上からも遺伝子レベルからも多様性に富んだ生物である。


日本における分類群の特徴と現状

  日本産菌類は変形菌類を含め10門25綱87目約350科約1,000属からなる約16,500種として、レッドデータブックの選定資料作成時にまとめられた。1995年に刊行された『Dictionary of Fungi8版』では上述したように分子系統のデータを取り入れた新しい分類の考え方が取り上げられている。今回の本書で取り上げられた菌類は門・綱などの所属が劇的に変化した菌類を含まないので、本文では1995年以前の分類体系に従った。
  我が国の菌類は、基質となる植物や動物の分布が変化に富んだ国土に対応して固有種を含め発達したように、多様性に富んでいる。すなわち北半球の冷温帯林、アジア南部からの照葉樹林帯、さらに熱帯林から亜熱帯林地域に見られる菌類が分布し、北限や南限となっていることが多い。また我が国の照葉樹林、ブナ林や竹林では固有種が見られる。これらの固有種は植物の生育を助けるような菌根菌だけでなく、倒木や落葉の還元を行う腐朽菌や植物寄生菌にも見られる。さらに微小菌類は土壌や水圏より多数の新種が報告され、我が国の菌類相の多様性を反映しているが、生態が未解明のことが多く、固有種については十分論じられていない。我が国の植生に適応し発達した動物に対しても、とくに昆虫・クモ類には冬虫夏草菌やラブルベニア菌の寄生があり、前者には多くの固有種が見られる。
  菌類の生息は前述のように多様な生育環境と基質に関連しているため、日本の菌類相が国土の大規模開発に伴う環境破壊で大きな影響を受けている。こと日本の植生や環境条件に適応して分化したと思われる固有種の減少は、豊かであった我が国自然の単純化や一様化を反映しているので、自然環境の危機を示している。


選定の基本的考え方と選定結果

  菌類は季節変化や微小環境の変化を受けやすく、ライフサイクル中に多型性を示し、その大きさが肉眼レベル以下であり、個体識別が非常に難しいという特徴がある。そのため、全国レベルの頻度、個体数(コロニー)に基づいた定量的な評価を行うのは不可能であった。そこで、基質(植生、動物との関連)に対する分布頻度、基質特異性の程度などの定性的な評価を行うための補足的な選定基準を定めた。
  絶滅は開発や気象の変動などにより従来の環境が消失あるいは破壊を受け、日本産の初報告から約50年以上再発見の記録がない種。絶滅危惧I類(CR+EN)は、国内の分布に局在性があり、開発や気象の変動などにより従来の環境が不安定となったため基質(植生や動物)の存在が脅かされ、それに伴い絶滅のおそれが考えられる種。調査不十分なため絶滅が確認できない種も含めた。絶滅危惧II類(VU)は、国内の分布域は広いが、従来の環境が不安定となったため基質(植生や動物)の存在が脅かされ、それに伴い採集報告が減少している種。野生植物に寄生する菌も対象とした。準絶滅危惧(NT)は、国内の分布域は広いが、従来の環境が不安定となったため基質(植生や動物)の存在が減少し、それに伴い採集報告が減少している種。なお情報不足(DD)と絶滅のおそれのある地域個体群(LP)の2つのカテゴリーについては、選定基準をまだ定めていない。
  このような定性的な選定基準を出発点として、今後たとえば発生基質の種類による違いから、落葉1枚に発生している個体群と倒木に発生している個体群を地図上のメッシュでどの程度重み付けするかなどの定量的な選定基準の検討や他の動植物との関係を重み付けるカテゴリー設立が今後の課題であろう。
  今回の選定結果では、とくに固有種が多い小笠原諸島産の菌や冬虫夏草菌を取り上げた。今回の作業過程では、50年ぶりに再発見されたシンジュタケやハヤカワセミタケがあった一方、レッドリスト作成時には絶滅危惧II類にランクされたが再発見できず、本書では絶滅にランクアップされたスナタマゴタケがあった。
  菌類の発生は不安定であるので、調査が不十分な菌類の動向も含め、今後もこれらのカテゴリーは固定的ではない。野生植物に寄生する菌については、環境中の生物の多様性の指標としても評価できるので、積極的に取り上げた。今後は希少種と思われる農作物に対する植物病原菌の位置付けも防除に矛盾しないよう配慮しながら設定する。今回、準絶滅危惧、情報不足、絶滅のおそれのある地域個体群の3つのカテゴリーについては選定しなかった。我が国においてこれら3つのカテゴリーに含まれる菌の動向については、「国勢調査」のような定点観測を行うことによってのみその傾向が窺えると思われる。また変形菌類は今回の選定作業で考慮されなかったので、まったく検討されていない。より良いレッドデータブック作成のため、今後とも菌類の調査・情報の収集に努めたい。


  調査者:植物曲科委員 勝本 謙、椿 啓介、土居祥兌、長尾英幸
  調査協力者:岡田 元(理化学研究所)、佐藤豊三(農水省)、清水大典(故人)、出川洋介(神奈川県博)、徳増征二(筑波大学)、根田 仁(農水省)、前川二太郎((財)菌蕈研究所)、吉見昭一(京都市教育委員会)

長尾英幸(筑波大学農林学系講師)


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