1.調査結果の概要


 福岡県東北部の海岸線は周防灘に面し、この地域に1854haの干潟が存在する。北西部は響灘、玄海灘に面し、この地域全体の現存干潟の面積は346haと少ない。有明海に面する南西部の干潟は、広大(3137ha)であったが、消滅した干潟も多く(1181ha)現存の干潟は1956haである。

 干潟の環境は、海域の状況と地形によって大きく影響を受けることを考慮し、標本区は北東部、南西部の海岸にそれぞれ1カ所を選定することを基準とした。ただ、北西部の海岸線は複雑に入り込み、干潟も比較的小規模のものが点在しているので、この地域には3カ所の標本区を設定した。選定した標本区と現地調査の年・月・日は以下の通りである。

地図番号

調査区番号

市町村名

地名

調査年月日

10

北九州市

曽根新田地先

 1990.2.24

19

18

津屋崎町

 1989.11.11〜12

19

21

福岡市

和 白

 1989.11.11

20

26

福岡市

今 津

 1989.11.12

23

27

柳川市

橋本開地先

 1989.10.15

次に各標本区の調査結果の概要を示す。

<北九州市 曽根新田地先>

 非常にゆるやかな傾斜で周防灘に面するこの干潟は、この海域では最大(517ha)の干潟である。底質は大部分が細かい粒子の砂で構成されている。干潟堤防直下の貫川河口から間島までの間を3地域に分けて、底生動物の調査を行なった。

 底質は粒度が小さいと言っても砂質が中心であったが、アナジャコが全域で見られたのは特異的であった。富栄養化が進むとアナジャコの出現が多くなると一般的に言われているが、この干潟は外見上富栄養化が進んでいるとも思えなかった。また、オゴノリやアサクサノリ、アオノリ等の藻類が見られたのは、海水が塩分濃度のやや低い、汽水域の特徴をもち、これらの藻類の生育に適していたためと考えられる。

 この干潟は、有明海の各干潟に次ぎ、博多湾の和白、今津の両干潟と並ぶ有数のシギ、チドリの渡来地でもある。また、ダイシャクシギ、ツクシガモの越冬が見られたことは特記すべき事項としてあげられる。

<津屋崎町 渡>

 前回調査では対象とされていなかったが、今回対象干潟として編入された干潟である。津屋崎町の漁港から渡地区へ入り込んだ細長い入り江に干出する約50haの干潟である。十数年前にレジャー施設の建設にともない、二車線の道路が右岸に整備され、その工事の影響により右岸側の干潟の底質が大きく変化した。その結果、右岸側の底質には砂質、砂泥質、泥質の場所がパッチ状に存在するようになった。左岸は泥質を中心とした底質である。

 調査は入り江の最奥部の右岸干潟の3カ所で行なった。干潟全体で見ると、砂質域にコメツキガニ、砂泥質域にチゴガニ、泥質域にヤマトオサガニ等のスナガニ類、岸寄りにアシハラガニ、ヒメアシハラガニ等のイワガニ類が多く見られた。また、砂泥表面にはヘナタリ類が多く見られた。

 渡り鳥はシロチドリ、コチドリ、キアシシギ、ソリハシシギ、アオアシシギ等が小数渡来する程度である。

<福岡市 和白>

 博多湾の最奥部に位置する約60haの前浜干潟である。底質はほぼ全域に渡って砂質であるが、表層より十数cm以下は黒い還元層となっている。また、唐の原川の河口両岸は砂泥質となっており、葦原も小規模ながら発達している。干潟全域で見るとホトトギス、アサリ、ソトオリガイ、ウミニナ等の貝類の他に、チゴガニ、コメツキガニ、ウミナナフシ等の甲殻類、ゴカイ類が多く見られた。全般的に出現種数は少ないが、個々の種類の個体数が多いのが特徴である。

 鳥類はシギ、チドリをはじめとする渡り鳥の種類が多く、また、近年は毎年ミヤコドリが7〜8羽飛来している。この他、ホシハジロなどカモ類も多い。今津と共に干潟を利用する鳥類の種類が多いのが特徴である。

<福岡市今 津>

 端梅寺川河口に発達した約110haの河口干潟である。底質は全域にわたって砂泥または泥質で、干潟奥に葦原が発達している。河口上部の干潟には、オキシジミやヤマトオサガニ、チゴガニ、ヒメアシハラガニ、アナジャコ等の甲殻類が見られた。下部も含め干潟全域を通じてウミニナ類、ゴカイ類が多く見られた。また、中部の干潟がカブトガニの産卵場であることは、特記すべきであろう。

 博多湾においては、和白干潟とならんでシギ、チドリ類の渡来数が多い干潟であり、時としてヘラサギ、クロツラヘラサギ、ヒシクイ、マガン、サカツラガン、ハシボソカモメ等も渡来する珍鳥のメッカである。また、カモ類も多く、マガモ、カルガモ、ホシハジロ、オナガガモ、ヒドリガモ等が数万羽渡来する。

<柳川市 橋本開地先>

 沖ノ端川と塩塚川に挟まれた、橋本開の前面に展開する広大な干潟である。底質は有明海特有のシルト状を呈し、生息する底生動物も特有のものが多い。アゲマキ、アサリ、タイラギ、ウミタケ等の貝類は、漁業の採捕の対象となっている。また、生きた化石と呼ばれるミドリシャミセンガイが漁業採捕の対象となっているのも特異的である。ムツゴロウ、ワラスボ(魚類)等有明海の泥質干潟特有の魚類も生息している。この他、ナメクジウオ(原索動物)も見られる。

 冬期には、有明海最奥の干潟部分は、日本最大の干満差を利用して、そのほとんどがノリの養殖場となっている。近年海底の陥没が各所に見られ干潟の様子は大きく変りつつある。

 有明海は渡り鳥の渡来地としても有名である。春、秋のシギ、チドリ類の渡来は種類数、個体数のいずれにおいても日本有数のものである。アオアシシギ、チュウシャクシギ等は1000〜2000羽単位で飛来する。また、冬期のカモ類、カモメ類等も数千羽の単位で飛来している。


 以上が5標本区の現地調査結果の概要であるが、福岡県内の現存干潟を環境および生物相から大まかに類型すると、北西部海域に面する津屋崎、和白、今津の各干潟は類似性の強いものであると言える。また、周防灘に面する北東部の干潟、南西部の有明海に面する干潟は、それぞれ独特な特徴を持っている。

 

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