9. 千葉県 

 

(1) 分布及び消滅状況の概要
 現存藻場
a.  県内における全般的な藻場の分布状況
 千葉県における藻場調査区数は総計55カ所である。うち現存藻場は房総海域39カ所で総面積599ha、東京湾海域16カ所で総面積355ha、消滅藻場は房総海域2カ所で総面積4ha、東京湾海域1カ所で6haであった。
b.  海域別のタイプや構成種のちがい
 千葉県は日本列島のほぼ中央部に位置し、東側が太平洋に面し、西には東京湾をかかえ長い海岸線をもつ。東京湾の富津岬以北の海岸は埋め立てが進んでしまい、自然の砂浜は木更津市や富津市に残るだけである。自然の砂浜は、現在では九十九里浜に代表される。他の海岸は岩礁海岸と砂浜海岸が交互に位置してそれぞれ変化に富んだ海岸が続く。海藻の分布は沿岸を流れる海流の影響を強く受ける。千葉県南部沿岸は北上してくる黒潮の影響を受けて温暖であり、北部の銚子半島は南下する親潮の影響を受ける。このような海岸の地形と入り組んだ海流とによって、千葉県の海藻相は他県よりも変化に富んでいる。 
 千葉県は、東京に隣接することや水産講習所(現在の東京水産大学)の臨海実験所が館山にあったこと、東京水産大学の臨海実験所(現在の千葉大学臨海実験所)が小湊にあったことなどから、古くから多数の海藻研究者が訪れた。その中で、著名な人をあげると岡村金太郎、東道太郎、山田幸男、瀬川宗吉、新崎盛敏、石川茂雄などであり、また千葉県出身の千原光雄を忘れることはできない。現在では館山にお茶の水大学、坂田に東京水産大学、小湊に千葉大学、銚子に千葉大学の臨海実験所が設けられているなどわが国で最も臨海実験施設の多い県である。海藻の研究も活発に行われて、千葉県ほどたくさんの海藻研究者が訪れている県はないと思われる。その結果、千葉県の海藻はよく調べられており、千葉県下からは新種の発見はもとより千葉県新産種を見つけだすことすらむつかしい。
 千原光雄は1958年に海藻の分布の様子から千葉県の沿岸を以下の6区域に分けた:I 富津岬以北、II 富津岬より大房岬、III 大房岬より野島崎付近、IV 野島崎付近より太東岬、V 九十九里沿岸、VI 銚子半島。千葉県の海藻の分布はこの区分に従うことができる。
   
  I.  富津岬以北:この区域の優占種はアマモ類とオゴノリである。他に生育する海藻の種類は少なく、群落は単調である。広い浅海域を利用してアサクサノリの養殖が行われていたが、東京湾の埋め立てが進むにつれて、浅海域とそこに形成されていた藻場は急速に減少してしまった。浅海域に竿を挿しての海苔養殖は木更津市のみで見られるだけである。とはいえ、養殖技術の進歩に伴い、船橋沖や浦安沖を始め木更津沖でも浮き流し法によるアサクサノリの養殖が行われるようになり、木更津市ではコンブやワカメの養殖も行われている。
  II. 富津岬より大房岬:半ば外洋的な所で、生育する海藻の様子はIII、IV区と似るが種類数も生育量も少ない。ガラモ場の優占種はアカモク、ヒジキ、オオバモク、ヤツマタモク、イソモクで、竹岡より内湾ではヒジキは少なくなり、かわってタマハハキモクとスナビキモクが優占する。低潮線付近にはアラメが優占するが低潮線下2〜3mの底質は砂であることが多い。富浦町南無谷から大房岬にかけては、今回は現地確認調査ができなかった所である。しかし、この辺りはワカメの産地で毎年3月上旬に刈り採りが行われる。岸よりに生えたものをササワカメとよび、船からの見突き漁で探る。大房岬周辺に生育するものはオオバワカメとよび、鉄製のクマデを引いて掻き採る。
  III. 大房岬より野島崎付近:黒潮の影響を強く受ける区域である。温帯性海藻を主とするが、分布上この海域を北限とする亜熱帯性海藻も多い。潮間帯中部より低潮線下2〜3mにはヒジキ、アカモク、イソモク、オオバモク、ヤツマタモク、ホンダワラ、ジョロモクなどからなるガラ藻場が発達し、潮間帯下部より低潮線下3〜5mにはアラメ・カジキからなるアラメ場が形成される。また、大房岬より洲ノ崎にかけてはクロメが生育する。
  IV. 野島崎付近より太東岬:外洋に面し、変化に富んだ海岸線からなる区域である。純温帯性海藻相からなる。外洋からの波浪が破砕される磯にはヒジキ、アカモク、イソモク、ネジモク、オオバモク、ヤツマタモク、ホンダワラ、ジョロモク、ホンダワラ類がよく繁茂し、良好なガラモ場を形成する。最も優れたアラメ・カジキからなるアラメ場が形成される。しかし、北上するに従いカジメは減少し、アラメがそのほとんどを占めるようになる。ここにはマクサもよく生育する。
  V. 九十九里沿岸:広い砂浜からなる。潮間帯に岩礁はない。しかし、今回は確認できなかったが水深15〜30mほどの所に根がある所があり、そこにはハスジギヌ、ヤレウスバノリ、ミチガエソウなどの紅藻類を主とする海藻が生育する。春に地引き網などに大量の海藻がかかることがある。
  VI. 銚子半島:温帯性海藻相からなるが、親潮の影響を受けてマツモ、ウルシグサ、ウミゾウメン、イソムラサキなどの寒海性海藻も見られる。外洋に面した岩礁にはヒジキが群生するが、ガラモ場の形成は少ない。潮間帯下部より低潮線下2mほどにアラメが群生するが、低潮線下3〜5m以深の底質は砂である。
c.  前回調査以降の分布域や粗密度の変化など
 外房の海岸は、岩礁海岸と砂浜海岸とがほどよく入り組んで明媚な景勝をなしている。白浜町は千葉県の中で最もよく発達した岩礁海岸からなるが、水深15m以深の底質はほとんど砂である。従って、岩礁海岸といえども砂の影響を強く受ける。砂の移動は海藻の群落形成に相当の影響をおよぼすものと考えられ、砂寄り具合によって藻場における海藻の分布域や粗密度に影響を与えることは明白である。ことに砂がかった岩礁海岸では面積的に3分の1ほどもの変化することがおこる。館山湾奥にある那古船形の磯は、近年砂の寄りがはげしい。ことに那古船形港の消波ブロック構築後は、平らな磯は砂に埋没して海藻群落は点在状態から消滅状態となってしまった。
 全般的には、前回の調査時に比べて、今回はいずれの海岸でも砂被りが多いように感じた。しかし、銚子市君ケ浜の場合を除いては、これくらいの変化は自然状態であると考えられる。
   
 消滅藻場
 港の新設による埋め立てによって、藻場が消滅したのは銚子漁港のみである。銚子市君ケ浜の防潮堤建設によって砂が海鹿島方面に寄るようになり、この海域での藻場が埋没状態にある。海砂はよく移動し、岩場が出現するようになると藻場は回復することが多いが、ここでは回復の見込みはなさそうである。館山湾奥にある船形の磯は、近年砂の寄りがはげしい。消波ブロック構築後は、平らな磯は砂に埋没してしまって海藻群落は消滅状態となってしまった。海触防止のために、海岸に平行にテトラポッドを積んだり、テトラポッド群と陸地の間を埋め立てたりすることによって既存の藻場が消滅してしまったことは銚子半島や太東岬から御宿までの海岸で見られる。海中に積まれたテトラポッドに海藻が着生して藻場を形成する場合もよく見られることである。しかし、テトラポッドが積まれる場所の多くの底質は砂であったり、砂がよく寄る海岸であることが多く、大規模な藻場の形成には至らない。

 

現存干潟・消滅藻場総括表

海 域 名

現 存 藻 場 消 滅 藻 場
調査区数 面 積(ha) 調査区数 面 積(ha)
房   総 39 599 2 4
東 京 湾 16 355 1 6
         
合   計 55 954 3 10

 

<調査実施方法>
既存資料調査:千葉県下で、海藻の生育記録のあるものを集めた。しかし、これらの資料から千葉県下に生育する海藻の種類相はわかったが、藻場についての特性の判定はむつかしかった。
ヒアリング調査:現地確認の折りに、現場で働く漁師や海女などに調査地の概要を聞いても、地図上に記録できるようには聞き取れないことが多かった。とくに海藻の種類については特定できず、ヒジキやハバノリなどのように大型でかつ経済海藻のみの生育を聞き取ることができただけであった。また、釣りの情報も入手しながら藻場の存在を探ったが、やはり、常に現地確認調査の必要性を痛感した。
現地確認調査:調査のほとんどは現地確認を行った。しかし、1991年の夏から秋にかけては雨の日が多く、せっかく現地にでかけても実質的に調査のできないことが多かった。現地では採集を行い、地図を持って書き込みをおこなった。このような調査で藻場の特性を的確にあらわすには、優占種は3〜5種類では少ないのではないか。ガラモ場、ワカメ場、アラメ場とテングサ場とが同一調査区域にある時にはアラメ・カジメとホンダワラ類とで5〜8種をこしてしまう。潮間帯の垂直分布について、潮間帯上中下部と漸深帯上部それぞれの優占種をあげさせる方がより藻場の性格を的確にあらわすことになるだろう。また、調査で観察した海藻は、できるだけ胎葉標本として保存することも必要であろう。

  

(2)現存、消滅藻場一覧表

現存・消滅藻場一覧表

 

調査区
番 号
地図
番号
海 域 名 市町村名 地    名 タイプ
番 号
面 積(ha)
現存藻場 消滅藻場
1 1 房総 銚子市 黒     生 2   3
2 1 黒 生・海 鹿 島 2 27  
3 1 君  ケ  島 2 22  
4 1 犬  吠  崎 4 9  
5 1 長  崎  鼻 2 6  
6 1 外     川 4 5  
7 1 犬     若 4 1  
8 1 飯岡町 通  蓮  洞 4 1  
9 9 岬 町 下     原 4   1
10 9 太     東 4 3  
11 9 大原町 根 方 大 井 4 15  
12 9 大  船  谷 4 13  
13 9 三  十  根 4 7  
14 9 御宿町 田     尻 4 13  
15 9 網  代  湾 2 1  
16 9 勝浦市 部     原 2 3  
17 10 川     津 4 33  
18 10 勝  浦  湾 2 1  
19 10 吉     尾 4 16  
20 10 茂     浦 2 8  
21 10・16 興     津 2 12  
22 16 行     川 4 8  
23 16 勝 浦 市天津小湊町 大沢・入道ケ岬 4 27  
24 16 天津小湊町 松  ケ  鼻 2・4 33  
25 16 引 戸・浜 荻 2 16  
26 16 鴨川市 太海・仁右衛門島 2・4 15  
27 16 天 面・太 夫 崎 2・4 10  
28 16 江 見・吉 浦 4 10  
29 16 和田町 和     田 2 2  
30 24 千倉町 矢     原 2 4  

 

調査区
番 号
地図
番号
海 域 名 市町村名 地    名 タイプ
番 号
面 積(ha)
現存藻場 消滅藻場
31 24 房総 千倉町 平     館 2・4 17  
32 24 川口・平磯・干田 2・4 42  
33 24 白  間  津 2・4 21  
34 24 白浜町 原 ・ 乙 浜 2・4 40  
35 24 野島岬・山 下 2・4・6 50  
36 24 根本・御神根島 2・4・5・6 35  
37 24 館山市
白浜町
布良・根本海岸 2・4・5・6 26  
38 24 館山市 相     浜 4・6 5  
39 24 伊     戸 2 10  
40 24 西  川  名 4 14  
41 24 西 岬 海 岸 2・4 18  
42 22 東京湾 富津市 竹     岡 2・4 16  
43 22 大     浜 2・4 10  
44 22 萩生新町・芝崎 2・4 10  
45 23 明  鐘  寺 4・5 8  
46 23 鋸南町 浮     島 2・4・5 8  
47 23 富浦町 南  無  谷 2・4 7  
48 23 大  房  岬 2・4 27  
49 23 西     浜 4 9  
50 23 館山市 船     形 2・4・5   6
51 24 鷹  ノ  島 2・4 6  
52 24 沖  ノ  島 2・5 21  
53 24 沖ノ島南海域 8 2  
54 24 波  左  間 4 4  
55 24 坂     田 4 11  
56 24 洲ノ崎灯台下 2・4 6  
57 22 富津市 富 津 干 潟 1 103  
58 21 木更津市 盤 洲 干 潟 1 107  
               
          954 10

 

 

(3)現存、消滅藻場分布図

 

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