II.藻場調査結果の解析

 

 

 

 

                II.藻場調査結果の解析

 

 

                  横浜 康継・ 相生 啓子

 

 

1.目  的

 海産の大型底生植物の群落である藻場は、多様な魚介類の種場あるいは餌場として漁業者から大切にされてきたが、沿岸の水質浄化の場としてもきわめて重要な存在である。近年になって全国各地の沿岸で藻場の消滅が顕著になり、その対策が急務となっているが、磯焼けという言葉で代表される藻場消失の原因は未だ不明確であり、有効な対策が講じられないままとなっている。藻場消失を防止する有効な手段を見出すには、まず藻場消失の現状を把握することが必要である。本調査は、海に接する39都道府県を対象に1989年度から1991年度にかけて実施し、県別および海域別に現存する藻場の面積および前回調査(1978年度)から今回調査までの約13年間に消滅した藻場の面積を算定するとともに、藻場消滅の原因を推定するための資料を収集しようとするものである。

 

2.方  法

 調査方法は県毎に細部において異なる点もあるが、現地調査のほか漁業協同組合・自治体の水産担当者・試験研究機関等に対する聞き取り調査を行ない、さらに航空写真によって確認するという点でほぼ共通している。消滅藻場面積は1978年度に実施された第2回自然環境保全基礎調査の結果と今回の調査結果とから算定されたものである。

 

3.結  果

(1)現存藻場の分布状況

 今回調査の結果、全国の藻場の総面積は201,212haであった(付表1、33p参照)。大規模な藻場としては静岡県駿河湾〜遠州灘のガラモ、アラメ、ワカメ藻場の7,891ha(全国の3.9%)が最大で、以下青森県陸奥湾のアマモ場3,497ha1北海道釧路のアマモ場2,800ha、熊本県天草灘のガラモ、アラメ、ワカメ藻場2,464ha、沖縄県八重山群島のアマモ場1,407haと続く。

 県別では北海道の43,167ha(全国の21.5%)が最大で、以下青森の19,969ha、石川の14,761ha、静岡の13,791ha、長崎の13,355haと続く(図2、付表1)。この5道県で全国の藻場面積の半分以上(52.2%)を占める。

 海域別では能登半島の14,761ha(全国の7.3%)が最大で、次いで釧路の10,263haとなり、この2海域が10,000haを越える藻場を有する。以下津軽海峡の8,744ha、駿河湾の8,238ha、佐渡の7,306haと続く(図3、付表7、39P)。

 タイプ別では、ガラモ場が最大で全国の藻場面積の27.1%を占め、次いでアラメ場20.4%、アマモ場15.7%の順となる(付表2、34P)。各タイプの県別の分布をみると、ガラモ場はとくに突出して大きく分布する県はなく、福島と沖縄以外の各県に見られる。最大は石川で全国の面積の13.8%を占める。以下長崎(12.7%)、静岡(10.7%)、新潟(8.8%)、山口(7.0%)と続く。

 アラメ場は静岡が18.1%と最大を占め、長崎(15.1%)、山口(10.5%)が10%を越える。

 アマモ場はその34.5%が北海道に分布し、2位の青森(14.7%)を大きく引き離している。3位は沖縄(14.0%)でサンゴ礁に占める海草群落の大きさに驚かされる。

 コンブ場はその分布が北部に偏在していて北海道が74.4%を占める。青森(20.5%)、岩手(3.0%)、宮城(2.1%)以外に分布の報告がない。

(2)消滅藻場の分布状況

 前回調査後の約13年間に現存藻場面積の3.2%にあたる6,403haの藻場が消滅したことが明らかとなった。大規模な消滅藻場としては秋田海域のテングサ藻場(478ha)、天草灘海域のガラモ、アラメ、ワカメ、テングサ藻場(2ケ所281ha及び158ha)、有明海海域のアマモ、ガラモ藻場(243ha)、秋田海域のガラモ、アラメ、ワカメ藻場(157ha)があげられる。

 全国の沿岸域を91の海域に分け、海域ごとに消滅藻場面積を集計(付表7、39P)すると、全国の消滅藻場面積の約70%が10海域に集中していることがわかる。消滅藻場面積が最大の海域は天草灘(九州西岸)で全国の14.8%を占めている。第2位以下は秋田の11.8%、日向灘(宮崎県)の6.8%、有明海(九州西岸)の6.7%、播磨灘北(瀬戸内海)の5.9%、陸奥湾(青森県)の5.8%となる(図4)。なお、瀬戸内海および内海水の影響を強く受ける可能性のある海域を合わせて、紀伊水道から瀬戸内海を通って豊後水道に至る区域を設定すると、そこでの消滅藻場面積は全国の20.8%となる。

 消滅藻場面積をタイプ別*に集計すると(付表3)、全国の消滅藻場面積の22.2%をガラモ場が占め、次いで19.9%をアマモ場が、16.2%をアラメ場が、14.9%をワカメ場が、13.3%をテングサ場がそれぞれ占めていることがわかる。これを海域ごとに集計すると(付表9、41P)、天草灘では、ガラモ場、アラメ場、ワカメ場、テングサ場の4タイプのそれぞれが約25%づつを占めているのに対して、秋田ではテングサ場が45%以上を占め、陸奥湾ではアマモ場がほとんど100%を占め、有明海ではアマモ場とガラモ場がほぼ50%づつを占め、さらに北方の渡島ではコンブ場が40%近くを占めるというように、海域間の個性の差はかなり大きいということがわかる。

 次に海域ごとの消滅比率(消滅藻場/現存+消滅)をみると(付表11、 43P)、全91海域中大きい方から1位、2位、3位、4位、および6位にランクされる5海域が瀬戸内海沿岸に位置していることがわかる。5位は日向灘(宮崎県)、7位は三河湾(愛知県)、8位は有明海(九州西岸)、9位は鹿児島湾(鹿児島県)、10位は秋田となるが、この順位における1位、3位、4位、5位、6位、7位、8位、10位はそれぞれ消滅藻場面積の絶対値での順位の5位、13位、12位、3位、9位、11位、4位、2位(図4)に相当しており、これらの海域の藻場消滅状況がかなり深刻であることがうかがわれる。

 藻場消滅の原因は、全国的には埋立等直接改変28.1%、磯焼け14.7%、その他海況変化等16.2%、不明40.6%等と集計されたが(付表12、44P)、磯焼けは現時点でも原因が不明確であり、また海況が変化しても藻場を消滅させた環境要因はほとんど不明確なものと思われるため、「磯焼け」「その他海況変化等」も「不明」に合わせると71.5%となる。以上の他の原因としては乱獲が挙げられているが、これは宗谷1海域のみに該当するもので、全国の消滅藻場面積の0.4%を占めるに過ぎない。

 現状において藻場消滅要因として「磯焼け」および「海況変化」を設定することがほとんど無意味であるとすれば、明確な要因としては埋立等直接改変のみが残されるが、これによって生じた消滅藻場の割合は天草灘14.2%、秋田25.7%、陸奥湾1.9%、有明海15.0%、渡島9.4%、日向灘14.7%というように、消滅藻場面積の大きな水域間でもかなりの差がみられる。前述した全国の消滅藻場面積の約21%を占める瀬戸内海および周辺域では、埋立等直接改変が藻場消滅原因の約50%を占めている。また消滅藻場面積の絶対値はそれほど大きくないものの、消滅原因として埋立等直.接改変が100%を占めるという海域が26を数える。これは全海域数91の28.6%にあたる大きな数字である。

4.考  察

 

 過去約13年間に全国の現存藻場面積の3.2%が失われたことが明らかとなったが、同じ速度で全国的な藻場消滅が今後進行した場合、40年後には現在の全国の藻場面積の約10%が失われることになり、現状においても事態は大変深刻であると言える。藻場消滅の原因に人間の活動が関わっているとすれば、藻場消滅速度は年々増大する可能性があるため、早急に原因を究明し、その結果に基づく対策として、我々の産業活動や生活様式の改善を行なうことが必要となろう。

 全国的には、藻場消滅の原因の28.1%を埋立等直接改変が占めている。この型の藻場消滅はもちろん完全に人為的なものである。瀬戸内海および周辺海域では、それが50%近くとなり、また全国91海城中の26海域ではそれが100%となっているという事実は、漁業および沿岸環境における藻場の重要性が十分に認識されてない結果であると言えよう。

 藻場消滅の状況に関して海域間でかなり個性の違いがみられたが、その主な原因のひとつとして海域間における主要な藻場のタイプの相違を挙げることができる。つまりある海域で最も大きな面積を占めるタイプの藻場が消滅面積においても最大となる傾向がみられるのであるが、その例外と言えるような海域もかなり存在する。13年前の現存藻場面積が、今回の調査の結果から得られた現存藻場面積+消滅藻場面積に相当すると仮定すると、有明海では13年前のガラモ場が1,825ha、アマモ場が790haとなり(付表10、42P)、後者は前者の半分以下となる。しかし、消滅面積は前者で387ha、後者で350haというようにほぼ等しい(付表9、41P)。つまり、アマモ場の方が消滅比率が大きく、ガラモ場の消滅比率が21.2%であるのに対して、アマモ場はその倍以上の44.3%となっている(付表11、43P)。また天草灘では藻場総面積中に占めるアマモ場の面積の割合はきわめて小さいが、ガラモ場、アラメ場、ワカメ場の消滅比率が15%前後であるのに対して、アマモ場の消滅比率は97.5%と圧倒的に大きい。それに次いでテングサ場のそれは44.3%と高い(付表11)。一方陸奥湾ではアマモ場が藻場総面積の77%ほどを占め、全国のアマモ場総面積中でも約14%を占めていた特異な海域であるが(付表8、40P)、同海域内の他のタイプの藻場の消滅比率が0%ないし0.6%であるのに対しアマモ場のみが5.1%であったため、同海域内の消滅藻場面積の98.7%を消滅アマモ場面積が占めることになった(付表9)。

 消滅藻場面積第3位の日向灘でも、消滅面積全体に対するアマモ場の消滅面積の割合は9.4%と小さい。しかし、アマモ場だけの13年間の消滅比率は81.5%ときわめて大きなものになっている(付表11)。アマモ場の消滅面積はすでに記した陸奥湾で369haと最大であるが、これに有明海350ha、播磨灘北218ha、備讃瀬戸東209ha、三河湾169haと続く。これらの海域はすべて藻場全体に対するアマモ場の面積の大きな海域であるが、消滅藻場面積に占める消滅アマモ場面積の割合が大きく、すでに記したように陸奥湾で98.7%、また三河湾で100%となっている。一方でこれらの海域にもアマモ場以外の藻場つまり海藻の群落は存在しており、しかもそれらの消滅比率は決して大きくない。たとえば、陸奥湾に存在していた818ha (13年前の現存藻場面積が今回調査結果から得られた現存藻場面積+消滅藻場面積に相当すると仮定した数値、三河湾も同様)のガラモ場はその0.6%にあたる5haが消滅したにすぎず、また三河湾では248haのガラモ場が13年間に全く縮小しなかった(付表9)。このようにアマモ場だけ消滅比率が突出した海域は、河川からの汚濁水の影響を大きく受けている可能性があると言えるだろう。

 現在、藻場保全のための研究上最も重要な問題点は、水質の富栄養化に伴い、藻場が衰退していく過程をモニターする研究が行われていない事である。

 殆どの場合、藻場の衰退は、消滅してから気づかれるのが現状である。例えば、アマモ場が存在する内湾に下水道排水施設が建設された場合、下水処理水が湾内に排出され、淡水の流入による水質の変化と濁りにより、アマモ場の消長に影響を与える事が懸念される(註)。このような場合、施設着工以前のデータに加え、着工後の生物群集の変化と環境の変化をモニターしておけば、同様の似たようなケースに対し、正確な環境影響評価や廃水基準を設定する事ができ、藻場の衰退を未然に防ぐことができるであろう。

 1994年夏期の海水温が異常高温であった事に起因するであろうと思われるアマモ場の消滅がいくつかの海域でみられている。このような場合も、水温、照度、濁度なと環境要因と、生物の変化を継続的にモニタリングしておけば、藻場衰退の原因を特定できる。このような継続的な調査を、同時に日本沿岸海域の数ケ所で行うことを強く要望する。

 現在日本では、既存の藻場を埋め立てて、その代替補償として人工干潟や人工藻場を造成させている。欧米では、沿岸生態系の最も重要な生物種として、既存の藻場を潰さない事を原則としている。例えば、アメリカ合衆国では藻場の保護と育成のため、1972年に The Clean Water Act という法律が制定されている。以前消滅した藻場に対して、何年間にもわたり移植実験と研究が行なわれてきたが、移植された藻場が拡大したという場合、それはもともとアマモが生息していた場所に限られているという報告がなされている。

 フランスでは、1988年7月19日に海洋植物種のリストを政令(Arrete du 19 juillet 1988 relatif a la liste des especes vegetales marines protegees : NOR : PRME8861159A)で定め、消滅ないしは消滅の危機に瀕している植物種に対し厳しい規制を行なっている。地中海に普通に見られる海産顕花植物に関しても、特別に許可された場合を除き、Cymodocea nodosaPosidonia oceanica の群落を保護するために、藻場の埋め立てなどの開発行為は、法律及び政令で厳しく制限されている。

 日本の国家を支えてきた沿岸海域の豊かな漁業資源と生産力の基盤をなしている海草・海藻藻場の保護は、環境面のみならず、国民の健康を守るため、更に近い将来起こり得ると予測されている地球的規模での食糧難を乗り切るためにも、国家にとって焦眉の急である。

註: 太平洋西北部沿岸にみられる3種類の固有種、タチアマモ、スゲアマモ、オオアマモが日本沿岸には分布している。アマモに限らず、海草群落は全世界的に衰退していて、日本沿岸も例外ではない。,上記3種の固有種の分布の現況は、原記載時(1932年)以降の追跡調査が殆どなされていないので全国的な分布状況は把握されていない。特に固有種3種に関しては、全国レベルでの現状把握調査を実施することが強く望まれる。

 

 

 

 

                   面積(ha)     

           図2  県別現存藻場面積(上位10県)

 

 

                           面積(ha)

           図3  海域別現存藻場面積(上位10海域)

 

                          面積(ha)

          図4  海域別消滅藻場面積(上位10海域)

 

 

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1筑波大学下田臨海実験センター

2東京大学海洋研究所

 

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*同一の藻場が複数のタイプ消滅原因で報告されている場合は、それぞれのタイプ、原因に同面積が計上されている。このためそれぞれのタイプ、原因の消滅面積を合計すると、実際の消滅面積よりも多くなる場合がある。

 

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