《各 論》

1.ハンミョウ科

(1)概説

 ハンミョウ類は世界各地に広く分布し、既知の種類数は J.Wiesner(1992)のカタログによると1,923種(亜種を除く)、甲虫の中ではそれほど大きいグループではない。日本から知られる種類は別表(対象種一覧)に示すごとく22種8亜種、世界のおよそ1.3%である。野外では人目につきやすいためか、所産種はほぼ出つくし、分類上の扱いについて多少の変動(Sibling speciesなどの、まぎらわしい種を2種以上に分割する処理を含む)は予想されるが、外来種でも加わらない限り、今後まったく未知の種ないし亜種が見出される可能性は乏しい。

 地域別種類数の内訳は北海道7種、本州16種1亜種、四国11種1亜種、九州13種、屋久・種子を含む琉球列島13種3亜種、佐渡6種、対馬7種、伊豆諸島4種、小笠原1種である。北日本ではやや減少する傾向はあるが、比較的バランスのとれた分布型を示す。

 生息環境は一般的には裸地である。イカリモンハンミョウ、ハラビロハンミョウなどのように、植被をほとんど欠く開放的な海岸地に生息する種類はその典型といえよう。シロヘリハンミョウのように岩礁に生息するものも同様に考えられる。しかし、マガタマハンミョウなどは森林との結びつきが強く、またホソハンミョウも桑園のような環境を好む。マガタマハンミョウは後翅が退化して飛べず、ホソハンミョウも飛翔力がないと見られているが、かかる性質はこれらハンミョウ類の生息環境と関係がありそうである。つまり、植物のない開放空間では、獲物を捕らえるにも、敵から逃れるにも飛翔力を必要とするが、植物に被われた環境では、その必要度が低いと考えられるからである(ミヤマハンミョウなどにもホソハンミョウ的習性が見られる)。

 ハンミョウ、ニワハンミョウ、コハンミョウ、ヒメハンミョウ、ミヤマハンミョウ、カワラハンミョウなどのように、路面・崩壊地・川原・海岸といった裸地に生息する種類の場合も、その多くは開放的な完全な裸地ではない。草地や樹林に隣接しているか、さもなくば、裸地とはいえ、草本類が点在する。おそらく餌場との関係からなのであろう。トウキョウヒメハンミョウのように、危険を感じたとき、すぐさま近くの植物体上に飛び移る種類では、生息地に接して存在する樹木や高莖草本は、餌場としてではなく、避難場所あるいは休息場所としても重要な役割を果たしていると考えられる。

 土質が砂質か粘土質かのちがいや、湿潤度のちがいもそこがハンミョウ類の生息地として利用されるか否かと深くかかわる。イカリモンハンミョウ、ハラビロハンミョウのように砂質の環境を好む種類、ニワハンミョウ、ミヤマハンミョウのように粘土質を好む種類がいるからであり、さらにヨドシロヘリハンミョウ、エリザハンミョウ(ヒメハンミョウ)、ルイスハンミョウなどのように湿潤環境を好む種類が見られるからである。

 多くのハンミョウ類の生息地は、裸地または裸地的環境である。そしてそこはまた、植生自然度では最も低く評価される環境でもある。しかし、ハンミョウ類はそうした環境での単なる飾りものではない。獲物を捕らえ、生活している生きものなのである。したがって生活するうえでの必要十分な獲物が供給されなければ、生存は難しい。つまりハンミョウの生息環境は、裸地は裸地でも生きている裸地でなければならないのである。したがって開発などで、死んだ裸地になったとき、ハンミョウ類はそこから姿を消す。かつて都内でもよく見られたハンミョ ウ(ナミハンミョウ)は、今日その姿に接することはできないし、各地で水田が埋めたてられると、その周辺にいたヒメハンミョウはいなくなり、河口の湿原がなくなることでヨドシロヘリハンミョウは絶滅、そして森林が伐採されれば、マガタマハンミョウも消えて行くのである。海浜に四輪駆動車が乗り入れられ、バイクが走りまわることで絶滅したイカリモンハンミョウのような例もある。

 以上、ハンミョウ類の生息環境を中心にその生きもの像の一端を描写してみた。その中でもふれたように、ハンミョウ類は日本各地に分布し、目にふれやすいこと、未知の種はほとんどなく、図鑑類を用いるだけで同定が可能であること、種によって環境の選好性が異なるので、それを組合わせることで環境指標効果が大きいこと、そしてそれはまた失われる自然をもよく写し出すこと、など、指標生物としてかなりすぐれた条件をそなえている。

 指標昆虫群としてとりあげるためには、その昆虫が環境に対して高い指標性をもつこと以外に、その分類群についての分類学的研究が十分に行き届いていること、それぞれの種に関する自然誌的情報が整備されていることが前提条件となる。

 ハンミョウ科は前述の如く、この条件をほぼ満たす昆虫群であるが、ここでは最近の動向についてその一端を補足しておこう。

 まず、世界的に見て注目されることはK.Werner(1991-92)およびJ.Wiesner(1992)の2篇の大著が相次いで刊行されたことである。

1. K.Werner(1991-92) The beetles of the world 13 & 15. Cicindelidae.

2 vols. Sciences Nat, France. (続刊、4巻で完結)

2. J.Wiesner(1992) Checklist of the tiger beetles of the world.

Verlag Erma Bauer, Keletern, Germanny

 Wernerのそれは原色図版を伴ったモノグラフ、WiesnerのそれはJunkのColeopterorum Catalogus(世界甲虫目録)の改訂新版に相当するもの。ともに必見の文献となる。

 これらの中で日本産ハンミョウのいくつかは学名が変更された。新旧の関係は次のとおりである。

0010 Collyris loochooensis ヤエヤマクビナガハンミョウ

→ Neocollyris loochooensis

0210 Cicindela sumatrensis niponensis ハラビロハンミョウ

→ Neocollyris sumatrensis niponensis

0110 Cicindela ovipennis マガタマハンミョウ

→ Cylindera ovipennis

O130 Cicindela elisae エリザハンミョウ

→ Cylindera elisae

O150 Cicindela kaleea トウキョウヒメハンミョウ

→ Cylindera kaleea

0160 Cicindela psilica luchuensis ヒメヤツボシハンミョウ

→ Cylindera psilica luchuensis

0140 Cicindela gracilis ホソハンミョウ

→ Cylindera gracilis

0180 Cicindela inspecularis ヨドシロヘリハンミョウ

→ Callytron inspecularis

0190 Cicindela yuasai シロヘリハンミョウ

→ Callytron yuasai

0200 Cicindela striolata dorsolineolata タテスジハンミョウ

→ Lophyra striolata

0220 Cicindela anchoralis イカリモンハンミョウ

→ Abroscelis anchoralis

0230 Cicindela laetescripta カワラハンミョウ

→ Chaetodera laetescripta

0170 Cicindela specularis コハンミョウ

→ Cicindela speculifera

 Werner,Wiesnerの業績に匹敵する出版物とまではいえないかもしれないが、国内でも1985年、保育社から「原色日本甲虫図鑑(U)」が刊行され、その中で、佐藤正孝が日本産ハンミョウ科の全種を解説した。本書の出現で邦産種の同定は一段と容易になった。また、環境庁の分布調査でハンミョウ科をとりあげたことが一つの契機となってか、ハンミョウ科に関心を寄せる同好者が増え(榎戸良裕、櫛田俊明など)、分布や生態を中心に知見が増加しつつある。月刊誌「昆虫と自然」でハンミョウ科だけの特集号(26巻10号、1991)がとりあげられたことなど、こうした状況を物語る一例といえよう。日本産昆虫に関する図鑑も、次第に全種主義・情報完全整理主義の傾向が強くなり、トンボ、チョウなどではすでにそれに相当する類書が完成、甲虫でもカミキリ、クワガタムシ、ゲンゴロウなどでは、こうした図鑑が出現している。ハンミョウ科は種類数ではこれらのグループに及ばないが、現在、ハンミョウ科だけの原色図鑑を刊行する動きがある。完成の暁には、分布調査を実施するうえでその貢献度は極めて大きいであろう。

(2)ハンミョウ類の報告状況

 筆者の手元にある資料に基づき、日本産ハンミョウ科各種について、文献上記録のある県の数と今回報告のあった県の数(「U.集計表」に基づく)とを比較してみると次表のとおりである。ただし、ここにいう「文献上記録のある県の数」は、その種が実際に分布する県の数でなければならないはずであるが、コニワ、ミヤマ、アイヌ、エリザ、コ、ホソ、カワラなどの各種では、正式に報告されていないか、筆者の資料調査が不十分であるか、そのいずれかのため、カウントから漏れた県がいくつかある。このように算出基準そのものが不正確であるため、ここに示す報告率も実態を正確に表す数値とはいえない。あくまでも「傾向を示す」程度であることをおことわりしておく。

種名

分布域に含
れる県数 

今回報告の
あった県数

報告率
(%)

ヤエヤマクビナガハンミョウ
シロスジメダカハンミョウ
ニワハンミョウ
コニワハンミョウ
ミヤマハンミョウ
アイヌハンミョウ
ルイスハンミョウ
マガタマハンミョウ
ハンミョウ
アマミハンミョウ
エリザハンミョウ
オガサワラハンミョウ
コハンミョウ
トウキョウヒメハンミョウ
ヒメヤツボシハンミョウ
ホソハンミョウ
ヨドシロヘリハンミョウ
シロヘリハンミョウ
タテスジハンミョウ
ハラビロハンミョウ
イカリモンハンミョウ
カワラハンミョウ

 1 
 2 
46 
41+
25+
28+
11 
16 
46 
 1 
37+
 1 
39+
 8 
 1 
27+
 7 
15+
 1 
11 
 5 
37+

 1 
 1 
33 
22 
11 
13 
 2 
 9 
33 
 1 
14 
 0 
21 
 7 
 1 
 7 
 2 
 8 
 1 
 2 
 0 
 7 

 100
  50
  72
 *54
 *44
 *46
  18
  56
  72
 100
**38
   0
 *54
  88
 100
**26
  29
 *53
 100
  18
   0
 *19

 

   注)

「分布域に含まれる県数」の欄で+を付した数値は、実際にはさらに増加する可能性のあるもの。無印は少なくとも現時点で見る限り、その種が分布する県の実数を表していると考えられるもの。

 

また、報告率の数値に*印があるものは不正確、**印のあるものは不正確の程度がさらに大きいことを示す。

(3)種別解説(「U.集計表」に基づく)

1)ニワハンミョウ

 広い分布域をもつ種。生息環境は耕地や粘土質の路上。報告県数は33。県単位の報告率は72%。都市周辺での減少は著しいが、県単位で見ると、まだよく目につくハンミョウの一つであり、調査結果もそれをよく表している。

  分布:

日本(北・本・四・九)、朝鮮半島(済州島を含む)。
  なお本種にはH.Beuthin(1905)の記載したinhumeralisという亜種(分布:北・本)と、尾池一清(1936)によって記載された亜種 tosanaとが知られ、中根猛彦(1976)は和名としてそれぞれエゾニワハンミョウ、トサニワハンミョウを与えている。しかし、この調査では、これら亜種の区別はせず、すべてニワハンミョウとして扱っていることをおことわりしておく。

2)コニワハンミョウ

 砂質の河原などでよく見られる。分布域は広い。報告県数22。県単位の報告率54%。もう少し報告率が伸びてよい種であるが、河川環境の改変などが影響している可能性もある。

分布:日本(北・本・四・九)、朝鮮半島(済州島を含む)、中国、サハリン、シベリア

3)ミヤマハンミョウ

 やや北にかたよる分布域をもつ種。山地性で、粘土質の林道やガレ場でよく見られるが、寒地では低地にも出現する。北海道では最も普通のハンミョウ。後翅はあるが、めったに飛ばない。報告県数11。県単位の報告率44%。

分布:日本(北・本・四)、サハリン

4)アイヌハンミョウ

 草が混じり、転石が散在する砂質の河原などでよく見られる。分布は広い。報告県数13、県単位の報告率は46%。

分布:日本(北・本・四・九・対)、朝鮮半島、中国、シベリア

5)ルイスハンミョウ

 海岸の干潟(狩り場)と周辺の砂浜(幼虫の生活環境)が隣接する環境に生息する。分布は南にかたよる。報告県数2、県単位の報告率18%。自然海岸の減少による生息環境の消失が危惧される種の一つ。

分布:日本(中部以西の本・四・九)、朝鮮半島(済州島を含む)、中国

6)マガタマハンミョウ

 北日本の日本海側にかたよりを見せる分布域をもつ。山地性で、日光をまともに受けないやや暗い粘土質の林道上などでよく見られる。目につかないだけで林内でも活動している可能性がある。後翅が退化しているため飛ばない。報告県数9、県単位での報告率56%。1991年、大野は本種の全体像をまとめ、既知産地を総括、分布図を作成した。日本において分布像が最も明らかにされているハンミョウの一つである。日本の固有種。

分布:北・本・佐

7)ハンミョウ

 広い分布域をもつ種。生息環境は、粘土質の路上など。往時は東京の23区内でも見られたが、現在生き残っている場所は存在しない。舗装化か進み、裸地が消失したためであろう。房総半島の丘陵地では小河川の川原のような環境に出現する。生態的に異なるタィプであるかもしれない。沖縄産の個体群は亜種を異にする(okinawana)。報告県数はニワハンミョウと同じく33。県単位での報告率は72%。

分布:日本(本・四・九・対・種・屋)

8)工リザハンミョウ(ヒメハンミョウ)

 本種は水田の周辺、河川敷、海岸河口部など粘土質、泥質の湿性裸地でよく見かけられる。しかし、海岸部の本種は大型で翅鞘の斑紋が太く、主として内陸部に見られる小型で斑紋の細いタイプと区別できる。日本産のエリザハンミョウは大陸産の個体群と区別し、亜種 novitia として扱われることもあるが、上記のように内陸型・海岸型の問題点も残っているのでここでは原亜種 elisae として扱っておく。なお、伊豆諸島御蔵島産の本種は中根猛彦(1968)により亜種として分けられ、mikurana なる学名が与えられている。三宅島の本種もこの亜種に属する。海岸型のエリザハンミョウは日本列島の海岸部の環境変化の影響をうけてか、生息地と個体数が著しく減少している。内陸型のエリザハンミョウの方はまだかなり見られるが、水田の消滅などでやはり産地は減少している。今回の調査では内陸型・海岸型を区別しなかったが、次回からはこの両型を区別、それぞれ別個にデータをとり、整理すべきかもしれない。今回の調査で報告のあった県数は14、報告率は38%であった。

分布:日本(北・本・四・九・伊)、台、中国、チベット、モンゴル、朝半、シベリア

9)コハンミョウ

 やや南にかたよった分布型を示す。農耕地や路など、粘土質の多少湿った裸地環境に見られ、海岸部に出現することもある。分布が広く、個体数も少なくない。今回の調査で報告のあった県数は21、県単位の報告率は54%

分布:日本(本・四・九・伊・対・球)、台、中国、東南ア

10)トウキョウヒメハンミョウ

 中国大陸または台湾からもたらされたと考えられる帰化昆虫の一つ。庭、河川敷など、粘土質の裸地で、周辺に樹林を伴う環境でよく見られる。飛び立ったとき、樹葉や草上に止まる習性を持つ。東京を中心に分布を広げ関東(茨城・埼玉・千葉・東京・神奈川)、中国(山口)、九州(福岡)などに定着、別亜種が沖縄から知られる。今回の調査で報告のあった県は7、県単位での報告率は88%であった(なお本種は近年栃木・岐阜・大分の各県でも発見された)。本種については1991年、日本における生態・分布上の知見を大野が総括した。今後の分布拡大を含む種の動態を見守る上で、この総括はそれなりに役立つであろう。

ll)ホソハンミョウ

 本種の生息環境については不明の点が多く、庭や墓地・校庭などの裸地で見られることもあるが発見例は乏しく、果たしてこうした環境が本来の生息環境であるのか明らかでない。後翅はあるのにほとんど飛ばない点などを考慮に入れると、飛翔にたよらず狩猟行動がとれる環境、つまり草間やブッシュ内などで生活している可能性が強い。裸地で見られる個体はこのような環境から、たまたま外に現われたときなのであろう。だとすれば本種の発見例が少ない理由も理解できるような気がする。今回の調査で報告のあった県は7、県単位で見たときの報告率は26%であった。

分布:日本(本・四・九)、朝半(済を含む)、中国大陸、シベリア

12)ヨドシロヘリハンミョウ

 アシ原を伴う砂泥質の河口部などで見られる。大阪の淀川河口部で発見されてこの和名をもつが、現在大阪以外に兵庫・和歌山・岡山(以上本州)、徳島(四国)、大分・長崎(以上九州)の各地から知られる。山口県からも不確実な報告があるので確認する必要がある。シマバラハンミョウの仮称で知られていた学名不詳種も現在ではヨドシロヘリハンミョウと見なされている。本種の生活できるような河口部のアシ原は、各地で改変度が大きいため、本種の生息地は今後急速に減少する可能性がある。今回の調査で報告のあった県は2、県単位での報告率は29%であった。

分布:日本(本・四・九)

13)シロヘリハンミョウ

 海岸の岩礁地帯を中心に生息する特異なハンミョウ。付近に湿った砂地を伴うことが生息地としての条件になっているようである。今回の報告県数8、県単位での報告率は53%であった。形態的には前種に似るが、生息環境が異なるため生息地の消滅危険度ははるかに小さい。千葉県を北限とする黒潮圏が分布域となっている。伊豆諸島三宅島産のシロヘリハンミョウは中根猛彦(1961)により亜種として区別された(miyakejimana Nakane ミヤケシロヘリハンミョウ)。

分布:日本(本・四・九・伊・屋・琉)

14)ハラビロハンミョウ

 海岸の河口部など湿潤な砂泥地に生息する。アシ原を伴う所、アシ原を欠く所、いずれでも見られる。ただし、実際の分布地は極めて少ない。熱帯系のハンミョウで、基本亜種はアジア熱帯地方に広く分布するが、日本産は亜種として区別され、新潟県以西の本州(主として日本海側)と佐渡、それに九州と種子島から知られる。秋田県の八郎潟や奈良・京都からの記録もあるが再検討が必要。四国や本州の太平洋岸からの確実な記録はない。大野(1980)が加藤晃からの情報に基づいて記録した千葉県の産地も標本を再調査する必要があろう(ヒメハンミョウの海岸型である可能性が大きい)。本種も海岸部の改変で生息地が失われやすいハンミョウの一つである。今回の調査で報告のあった県は福井県と和歌山県。県単位での報告率は18%であった。

分布:日本(本・佐・九・種)

15)イカリモンハンミョウ

 海岸砂浜の比較的水際に近い辺りで見られるハンミョウ。元来熱帯系の昆虫で、日本では石川県を北限とし、九州、種子島、琉球などから知られる。全体の分布パターンはハラビロハンミョウ型であるが、実際の産地ははるかに少なく、既知の県は石川・福井・宮崎・鹿児島・沖縄の5県にすぎない。今回の調査では本種についての3次メッシュ単位での情報は得られなかった。海岸での海水浴客増と四輪駆動車などの乗り入れで、本種の生息環境が著しく悪化していることもその原因の一つと考えられる。

分布:日本(本・九・種・琉)、朝半、台、アモイ、安南

16)カワラハンミョウ

 河川中・下流域で、やや乾いた砂質の河原が発達し、一部にアシ原が見られるような環境に生息する。また河原だけでなく、海岸の砂浜でも本種を見ることができる。基本亜種はアジア北部を中心に分布するハンミョウであり、日本産は亜種 circumpictula として扱われる。北海道から沖縄まで分布し、分布範囲が広く、姿を見る機会も決して稀でなかった。しかるにここ20〜30年の間に本種の産地は著しく減少し、今日では本種を確実に見ることのできる産地は極めて少ない。特に河川敷の環境改変が生息地の消失にかかわっていると考えられる。今回の調査で報告のあった県数は7、県単位での報告率は19%であった。

分布:日本(北・本・四・九・沖)

17)オガサワラハンミョウ

 小笠原諸島固有のハンミョウである。戦前(1937年)、門前弘多が父島で採集した2頭の標本に基づき、中根猛彦・黒沢良彦(1959)が新種として記載した。しかし、返還後、父島での調査が何度かくり返されたにもかかわらず、このオガサワラハンミョウを再発見した者はいない。おそらく、導入されたオオヒキガエルの捕食圧などに遭い、絶滅したのであろう。

 このオガサワラハンミョウは、現在父島の北に位置する兄島に見られる。兄島での発見は1977年10月、伊賀幹夫による。しかしこの兄島も、小笠原空港の予定地として大きく揺れている。もしこの地に空港が建設されれば、その用地はオガサワラハンミョウの生息環境を直撃し、本種はこの地においても姿を消すことになろう。

 本種はエリザハンミョウに近縁の種と考えられている。しかし、生息環境なども、より乾いた土質を選好し、エリザハンミョウとは異なる独立種と見なすことができる。

今回の調査では本種に関する情報は寄せられていない。

<琉球列島のハンミョウ類>

九州以北に見られず、日本では琉球列島にのみ分布するハンミョウにつき、ここで一括してとりあげる。

18)ヤエヤマクビナガハンミョウ

 八重山(石垣、西表、与那国)に固有のハンミョウ。やや山地性。葉上で生活するタイプのグループ。叩き網などで捕獲される。今回の調査では4メッシュしか報告がないが、分布域が限られているため、分布の概略はこれで把握できる。

19)シロスジメダカハンミョウ

 本種も葉上性のハンミョウであるが、前種に比し分布は広い。北は屋久島から奄美、沖縄、石垣、西表にわたり、台湾、紅頭嶼にも分布する。屋久島産はyaku-ensis Nakane ヤクメダカハンミョウ、八重山産は iriomotensis Chujo ヤエヤマメダカハンミョウのように亜種として分けられることもあるが、ここではすべてをシロスジメダカハンミョウとして扱う。今回の調査での報告は2メッシュだけで、本種が分布する島嶼数から見ると情報量は十分でない。

20)アマミハンミョウ

 奄美大島と徳之島に固有。徳之島の個体群は亜種 indigonacea Miwa アオアマミハンミョウとして分けられることもある。山道などで普通に見られる種で、夜は葉上で休止する習性がある。今回の報告は4メッシュ。分布域が限られているので、一応分布パターンは類推できる。

21)ヒメヤツボシハンミョウ

 アジア熱帯から台湾を経て八重山まで分布する熱帯系のハンミョウ。山地性。粘土質の山道で集団で活動する情景を見ることもある。八重山産は亜種 luchuensis Kano として分けられる。今回の調査での報告は7メッシュ。本種も分布域が限られるので、分布パターンは一応表せるかたちになっている。

22)タテスジハンミョウ

 沖縄島から八重山を経て台湾、中国さらに東南アジアにかけて広く分布する熱帯系のハンミョウ。山地には見られず、海岸に近い低地の耕作地周辺などで生活する。今回の報告は2メッシュのみであるが、沖縄、八重山の両地域が含まれているので、一応分布型が示せるかたちになっている。

 なお、以上のほかにオキナワハンミョウ(ハンミョウの沖縄亜種)、リュウキュウヒメハンミョウ(トウキョウヒメハンミョウの沖縄亜種)、コハンミョウ、シロヘリハンミョウなどの分布を見るが、ここでは省略する。琉球列島のように、固有種を多く含む島嶼群では、複数の島にまたがって分布する種の場合、島ごとに分化がおこり、それぞれ固有の個体群に変化している可能性があるので、個々の島内における分布状況を把握するだけでなく、ハンミョウ類の分布する島と分布しない島を精査し、それぞれの島に生息する全個体群について、分類学的検討を試みることが重要と考えられる。

(大野 正男)

引用文献

Beuthin,H.

1905. Cicindela japonica varr. Societas Entomologica. Zurich, 29:185.

Nakane,T.

1961. New or little-known Coleoptera from Japan and its adjacent regions. XV. Fragmenta Coleopterol.,(1):1-5.

Nakane,T.

1968. New or little-known Coleoptera from Japan and its adjacent regions. XXZ. Fragmenta Coleopterol.,(19-21):76-85.

Nakane,T.

1976. Check-1ist of Coleoptera of Japan(日本産甲虫目録).

3 Family Cicindelidae ハンミョウ科:1-7.

Nakane,T.

&Y. Kurosawa. 1959. A new species of the genus Cicindela from Bonin Islands. Bull. Nation. Sci. Mus.,Tokyo.45:372-373.

大野正男.

1980. 第2回自然環境保全基礎調査動物分布調査報告書(昆虫類)千葉県. pp.1-78. 環境庁.

大野正男.

1991a. 日本産主要動物の種別文献目録(24)トウキョウヒメハンミョウ(1). 戸田市立郷土博物館研究紀要、(6):1-16.

大野正男.

1991b. マガタマハンミョウの知見総説. 昆虫と自然、26(10):2-8.

尾池一清.

1936. 土佐に於ける甲虫相. 関西昆虫学会々報、(7):74-81.

シロヘリハンミョウ(●)とヨドシロヘリハンミョウ(○)の分布図

(大野、未発表原図)

カワラハンミョウの分布図(大野、未発表原図)

マガタマハンミョウの分布図(大野、 1991による)

ハラビロハンミョウの分布図

(○印で示した産地のうち、屋久島・長崎は正確な地名不詳。広島・大阪・京都 ・奈良・愛知・秋田の各産地は同定に疑問あり。共に再検討が必要)

(大野、未発表原図)

ホソハンミョウの分布図(大野、未発表原図)

ルイスハンミョウの分布図(大野、未発表原図)

イカリモンハンミョウの分布図(大野、未発表原図)

トウキョウヒメハンミョウの分布図(琉球のものはオキナワヒメハンミョウ)

(大野、未発表原図)

 

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