2.淡水産貝類

 

(1)はじめに

淡水産貝類は、腹足綱の前鰓類と有肺類、二枚貝綱の古異歯類と異歯類とからなっている。

純淡水産貝類には、腹足綱前鰓類中腹足目のタニシ科、ミズシタダミ科、カタヤマガイ科、ミズツボ科、エゾマメタニシ科、カワニナ科、有肺類基眼目のサカマキガイ科、モノアラガイ科、ヒラマキガイ科、カワコザラ科、二枚貝綱古異歯類イシガイ目のカワシンジュガイ科、イシガイ科、異歯類マルスダレガイ目のマメシジミガイ科、ドブシジミガイ科、シジミ科がある。なお、シジミ科には、一部汽水棲がある。

汽水産には、腹足綱の前鰓類の原始腹足目のアマオブネガイ科、中腹足目のミズゴマツボ科、カワザンショウガイ科、トウガタカワニナ科、二枚貝綱のマルスダレガイ目シジミ科の一部、退歯目のクチベニガイ科がある。

純淡水産貝類は腹足綱(巻貝)約50種、二枚貝類約25種及び亜種がある。

汽水産貝類は約35種ある。したがって日本産淡水産貝類は合計約110種及び亜種が分布している。

淡水産貝類の分布には、次の特色がある。

 1)純淡水棲種の大部分は大陸と共通か、近以種である。

 2)汽水棲種は東南アジアと共通種が多い。

 3)琵琶湖及びその水系には特産種が多い。

 4)地下水棲や洞穴棲などの微小種には特産種が多い。

 5)汚染に強い外来種の分布は広がり、環境変化に弱い在来種の分布は狭まる傾向が見られる。

日本の淡水産貝類の分布は、大陸との関係が深いが、大別して二つの経路で日本に拡がったものと考えられ、分布型は次のように整理される。

 1)北方系(北極圏をめぐる寒冷な地域と共通種か近以種)

カワシンジュガイ科、マメシジミ科、ミズシタダミ科(これらの種は北海道や東北地方が主な分布地で、西南日本では河川の上流、高山湖、湧水、湖底に飛び飛びに分布している。)

 2)大陸系

1朝鮮半島、中国と共通か、近似種

マルタニシ、マメタニシ、モノアラガイ、ヒメモノアラガイ、ヒラマキミズマイマイ、ヒラマキガイモドキ、ドブガイ、カラスガイ、イシガイ、ササノハなど

2中国中南部と共通か、近似種

イケチョウガイ、ヒメタニシ、カタヤマガイ、アズキカワザンショウなど

3インド、タイ、中国と共通か近以種

カワネジガイ、ヒダリマキモノアラガイ(シベリアからも発見されている。)など

4東南アジア、中国中南部と共通か、近似種(汽水棲種)

トウガタカワニナ、ヌノメカワニナ、イガカノコガイなど(奄美諸島以南)イシマキガイ、タケノコカワニナなど(房総半島以南)

カワザンショウガイ、ミズゴマツボなど(北海道、サハリン、沿海州に及ぶ)

淡水棲貝類には、琵琶湖特産を除き陸棲貝のような著しく限定された分布域をもつものは少ない。

 

(2)分布図についての考察

 1)アマオブネガイ科

報告数が少ないため断定はできないが、全体的に南方系であることが明らかである。アマオブネガイ科の中では、イシマキガイが佐渡まで、カノコガイが九州まで分布していることが明らかとなった。その他オカイシマキガイ、ドングリカノコガイ等の種については、南西諸島以外の分布は見られない。これらは、分布図に表われているように八重山諸島までと考えられる。イガカノコガイ、ツバサカノコガイ等は分布図に表われているように奄美諸島まで分布していると考えられる。カバクチカノコガイについても同様に考えられるが、奄美諸島からの報告はなく、今後の調査の課題といえる。

なお、今回の調査ではハナガスミカノコ、シマカノコ、ヒロクチカノコ、シマオカイシマキ、イナズマカノコ、ムラグモカノコは汽水性が強く海産と見られるため調査対象からはずした。

また、アカグチカノコはカバクチカノコの中に含めた。

 2)タニシ科

タニシ科の4種は、ほぼ分布状態が明らかになった。北方系のオオタニシは、九州までの分布が見られるが、北海道、東北地方、四国西部、九州東部の調査が不十分であるために空白部分が多く生じているものと考えられる。今後調査地点が広がれば、水田や用水路等における環境状況も明かとなろう。

大陸性のマルタニシについてもほぼ分布が判明したが、オオタニシと同じ地域で調査が不足である。ナガタニシは琵琶湖特産と考えられるので琵琶湖以外で報告された地点は何かの理由で移され一時的に棲息したものか追跡調査の必要がある。ヒメタニシの模式産地が奄美大島であるがそこから報告がないのでこれも調査の必要がある。

 3)ミズシタダミ科

この科には3種あるがミズシタダミについての報告があっただけである。北方系の純淡水貝でしかも湖沼の清水の所に住む類であるためか報告が少ない。ミズシタダミは北海道〜下北半島、ニホンミズシタダミは芦ノ湖、ビワコミズシタダミは琵琶湖に分布することが知られる。ミズシタダミ科の分布は点在しているのが特色であるが今後の湖底調査が進むにつれ分布が明確になるものと考えられる。また小石まじりの所に凄む性質があるので湖底に泥が堆積する状態になると死滅するおそれがある。

 4)カタヤマガイ科

この科は陸産と淡水産とがあり、北陸〜北海道の日本海岸に多くの種が棲息する。クビキレガイモドキ(陸)は能登半島以北、イツマデガイ(陸)は越前〜北海道(今回は佐渡からしか情報が得られていない)、ヤママメタニシ(陸)は山陰〜秋田、ニクイロシブキツボ(淡水)は京都府北部〜秋田、ナタネミズツボ(淡水)は能登〜佐渡に分布することがほぼ明らかになった。しかし報告が少ないので分布域が点在しているように見える分布図となっている。今後の調査で一層分布が明確になるものと思われる。

カタヤマガイ(淡水)は今まで福岡県久留米市附近、広島県福山市北方神辺町、山梨県竜王町、千葉県利根川水系等から報告されているが、今回の調査では福岡県久留米市、佐賀県菊地川(水路、鳥栖市〜久留米市)、山梨県竜王町から報告されている。カタヤマガイは日本住血吸虫の中間宿主となっており、山梨県竜王町では毎年水をからし、火災放射器で土を焼いているが根絶出来ずに困っていると1992年春に聞いている。このような例が他にもあるものと考えられる。

淡水産貝類はいろいろな動物に寄生する吸虫類の中間宿主となり、直接または間接的に人間に害を与えているので、このような貝類の分布を精密に調査すればそれによって適切な対策をたてる資料となるので今後継続調査して、正確なものにしたいと考える。

なお今回の調査では、オカマメタニシ、エチゼンイツマデガイ、ヒメオカマメタニシをイツマデガイに、シブキモリイツマデガイをナタネミズツボに、フクイシブキツボ、ニイガタシブキツボをニクイロシブキツボの中に含めた。

 5)ミズツボ科

この科はナナツガマミジンツボ、ホラアナミジンニナ、ナナツガマホラアナミジンニナの3種の報告しかなかった。ナナツガマミジンツボとナナツガマホラアナミジンニナは長崎県七ッ釜の石灰洞附近に、ホラアナミジンニナは九州、四国、中国地方に分布していることが明らかになった。アキヨシミジンツボは山口県、宮崎県、大分県、長崎県から情報があったが、長崎県の情報は誤同定の可能性がある。滋賀県のコバヤシミジンツボ、京都嵯峨のサガノミジンツボ、高知県のコウチミジンツボ、岩手県安家洞のアツカミジンツボの報告がないのは、地下水または洞窟棲のため調査が困難なためと思われる。

なお今回の調査ではヤマテホラアナミジンニナ、タニガワミジンニナ、アキヨシホラアナミジンニナをホラアナミジンニナに含めた。地下水棲で現在では採集困難であるためかイマムラミジンツボ、ホソミジシツボ、クルイミジンツボの報告はなかった。

 6)ミズゴマツボ科

この科はミズツボ科と同様微小貝で同定がむずかしく、採集もしにくい貝類である。北海道のカラフトミズゴマツボ、エゾミズゴマツボ、沖縄産のオキナワミズゴマツボ、大分県産のオンセンゴマツボはミズゴマツボの中に含めミズゴマツボとウミゴマツボの2種で調査したが報告が極端に少ない。ミズゴマツボは上記のように全国に分布していると考えられるが北海道、東北、中国、四国からは全く報告がない。

ウミゴマツボは主に東北地方〜中国地方の太平洋岸及び瀬戸内海に分布していることが判明したが、四国の瀬戸内側、紀伊水道、豊後水道については今後調査する必要がある。また島根県中海にも生息していたが報告がなかった。

 7)エゾマメタニシ科

全体的に報告が少ない。兵庫県〜岡山県にイナバマメタニシ、九州、四国、中国地方にヒメマルマメタニシ、本州、四国、九州にマメタニシが分布していると考えられていたが、ヒメマルマメタニシは北九州〜山口県、香川県、愛媛県、マメタニシは関東〜岡山県、香川県、徳島県の報告のみで今後の調査によってデータを蓄積する必要がある。

 8)カワザンショウガイ科

この科は陸産と淡水(汽水傾向が強い)産とがあり、対象種一覧ではカワザンショウガイ以後が淡水産である。

今回、ツブカワザンショウガイ、ヒラドカワザンショウガイ、ダテカワザンショウガイ等の諸型はカワザンショウガイに、クロクリイロカワザンショウガイはクリイロカワザンショウガイに含めて調査した。結果は次の通りである。

カワザンショウガイは全国に分布し南方で報告地点の密度が濃い。これは南方系であることを証明するものと言える。アズキカワザンショウガイは有明海、クリイロカワザンショウガイ、ムシヤドリカワザンショウガイは九州〜関東に、ヨシダカワザンショウガイは九州〜紀伊半島に分布する。多少データ不足によると考えられるが、分布の概要が明らかになった。

 9)トウガタカワニナ科

オガサワラカワニナは小笠原諸島の特産種であることが明確になり、南西諸島にはアマミカワニナ、トウガタカワニナ、イボアヤカワニナ、ネジヒダカワニナの棲息が明らかになった。トウガタカワニナについては鹿児島県から、イボアヤカワニナについては滋賀県からも情報が得られている。アマミカワニナは奄美以北ではその一型タケノコカワニナとなり伊豆半島まで北上していることが今回の調査で判明した。

なお、今回のハハジマカワニナをオガサワラカワニナに、カスリカワニナをアマミカワニナに、タイワンカワニナをヌノメカワニナの中に含めて調査した。なおヨシカワニナ、スグカワニナは生息しないと考えられたためリストから省かれていたがヨシカワニナは沖縄与那国島から報告があり、分布することが確実になった。

 10)カワニナ科

タテヒダカワニナ、イボカワニナ、カゴメカワニナ、ナカセコカワニナ、ヤマトカワニナ、モリカワニナは琵琶湖及びその水系の特産種と考えられていたが、今回の調査でタテヒダカワニナが長野県、群馬県、山梨県、神奈川県から報告されている。

アユ稚魚の放流に伴って移入したものと考えられるが、定着するかどうかを今後追跡調査する必要がある。

その他カワニナは全国に、チリメンカワニナは本州、四国、九州に、クロダカワニナは主に愛知〜兵庫県に分布することが明確になった。

ミスジカワニナとその変種はカフニナの中に含められている。

 11)サカマキガイ科

サカマキガイはヨーロッパからの外来種である。サカマキガイは生命力が大変強く、全国から報告があり、分布が拡大傾向にあるものと思われる。またサカマキガイが棲息すると同じ場所に棲息するモノアラガイ科の種類が棲息しないようになる傾向がある。その原因は環境の変化に強靭であることに加え、鋭い歯をもち肉食もするので同棲在来種を駆遂してしまうものと思われるが、それについては今後の研究をまたねばならない。

 12)モノアラガイ科

南西諸島にタイワンモノアラガイ、九州にハマダモノアラガイ、全国にヒメモノアラガイ、ほぼ全国にモノアラガイが分布することが判明した。

なお、北海道のイグチモノアラガイはモノアラガイに、コモノアラガイはタイワンモノアラガイに含めて調査した。

琵琶湖特産のオウミガイは、2年前から琵琶湖北部の殆どに生息している。最近では琵琶湖全体に分布が拡がり、礫のある所ではどこでもみられ(以前は比較的少なかった)、特に大津市内には多い。

 13)ヒラマキガイ科

ヒラマキミズマイマイを除き報告件数が少なく充分な考察が出来ない。しかしカワネジガイは以前香川県下の溜池から、ヒダリマキモノアラガイは3年前まで青森県鷹架沼に棲息していたが現在は棲息していない。その原因は不明であるが、体が小さく、環境の変化に弱い種と考えられる。

なお、この科の種は分布が不連続のことが多く、今回の調査でもカワネジガイ、ヒダリマキモノアラガイ、ヒラマキガイモドキ、トウキョウヒラマキガイ、ヒメヒラマキミズマイマイ、ミズコハクガイの分布は不連続に点在している。

ハブタエヒラマキガイは北方系なので北海道〜東北、北陸に分布していると考えられるが報告が少なく十分な考察が出来ない。ヒラマキミズマイマイは全国に分布していることが今回の調査で判明した。

インドヒラマキガイは南方系のもので熱帯魚と共に日本に移入された。そのため熱帯魚の飼育と共に全国に拡がったが、室内の水槽の中では生息するものの一般に野外では越冬し得ない。しかし、家庭排水等の水温の変化、インドヒラマキガイの低温への適応等から将来的には野外で越冬する可能性があり、注意深く観察を続ける必要がある。九州からの報告も温泉地である。温泉地や温室など最低水温が15度以上の場所では棲息し植物の温泉栽培の増加にともない分布が拡大するものと考えられる。

今回はリュウキュウヒラマキガイモドキをヒラマキガイモドキに、ヒロクチヒラマキガイをカドヒラヒラマキガイに、カドマルヒラマキガイをクロヒラマキガイの中に含めて調査した。

 14)カワコザラガイ科

この科の種は水蓮など水面に浮いている葉のウラに付着している。カワコザラガイは北海道、本州、四国、九州に広く分布していることが判明した。スジイリカワコザラガイは今回情報が全く得られず分布図を作成できなかったが、本州、特に琵琶湖に分布する。

コビトノボウシガイは本州西部、九州に点在していることが判明した。水蓮のある水槽に限られ、野外に分布していないので外来種である。

 15)カワシンジュガイ科

カワシンジュガイは、ヨーロッパ、シベリア、北アメリカなど環北極地域に棲息する北方冷水棲貝類で、日本では氷期に広く分布し、間氷期に分布が狭まったと考えられている氷河遺存動物の著例である。

本種の幼生グロキジウムは、サケ・マス類の鰭や鰓に付着寄生し栄養を得、変態して魚から離れ河底に落ちて底生生活に入る生活史を持っている。

これまでの記録から、山口県小瀬川を最南生産地とし、島根、広島、岡山、福井、岐阜、富山、長野、新潟、栃木、福島、秋田、岩手、青森、北海道に分布することが知られていた。しかし、今回の報告からみると、小瀬川での生貝の最後の記録は1969年、帝釈峡を除く広島県内では1973年までとなっており、分布上に示された広島県西部4地点についての新しい分布情報は今回調査では得られておらず、その棲息は不明である。

一方、岐阜県では1959年には高山市等で見られているが、近年はごく限られた川からの報告だけとなっている。

以上の例のように、氷河遺存動物として点在していた分布域が、ダムや河川改修による水量の減少、水温の上昇、サケ・マス類(イワナ・アマゴ等)の減少などの環境の変化により各地で影響を受けているように見られる。1980年以降の分布情報の得られた、広島(帝釈)、岐阜(清見村、久々野町)、長野(農具川、居谷里沢)、栃木(堂川)、岩手(安家川)、北海道(ウトナイ湖、標茶)など、棲息の知られている所では、学術上貴重な種であり保護対策の検討が望まれる。

 16)イシガイ科

イシガイ科には琵琶湖特産種が多く、ササノハ、タテボシ、オバエボシ、オトコタテボシ、イケチョウガイ、オグラヌマガイ、マルドブガイがそれである。しかし今回の調査でオトコタテエボシが三重県から、オバエボシが岐阜県、三重県、岡山県から、イケチョウガイが岐阜県、茨城県(霞ヶ浦)、東京都、大阪府、京都府から、マルドブガイが東京都、埼玉県から報告があるがすべて移入によるものと考える。今後も定住するが継続的観察が必要である。シジミなど有用貝類が移植されることがあるが、正確な記録を残していないと在来種か移植種かの判断が難しくなる。北海道〜九州に分布するものとしてイシガイ、マツカサガイ、ドブガイがある。カラスガイは本州島根県が南限になっている。北海道からの報告はなかった。

 17)シジミ科

汽水産のヤマトシジミ、ヒルギシジミ、淡水産のマシジミの分布はほぼ明らかになった。記録はないがヒルギンシジミは奄美以南の島々に、アワジシジミ(マシジミの型)は紀伊半島や四国西部地方にも棲んでいる可能性がある。

淡水産のセタシジミは琵琶湖特産種であるが、諏訪湖、河口湖、霞ヶ浦、八郎潟に移植された。

しかし、河口湖と八郎潟には定着したものと考えられるが、他の地域では定着していないと言われている。今回諏訪湖から報告があったが移植したものの死殻ではないかと思われる。

 18)マメシジミ科

北方系のマメシジミ科は小さく採集しにくい為か、また分類点が明瞭でないこともあってか報告が少なく考察しにくい。

琵琶湖産のカワムラマメシジミ、但馬産のウエジマメシジミについての報告は皆無である。なお千島から北海道、本州東北部地方に棲息している約13種は記録されていないが、もし採集されたら学会ヘ送付して査定をうけられたい。

コバンナリマメシジミとハベマメシジミは特産種とも考えられるが調査が進んでいないためとも考えられる。ニホンマメシジミは北海道〜九州まで、マメシジミは北海道〜本州にかけて棲息していることが知られており、北海道、四国、九州の調査が不十分であるため分布図に空白を生じている。

 19)ドブシジミガイ科

ビワコドブシジミは琵琶湖特産であり、ドブシジミは本州、四国、九州に分布する。沖縄首里城にオキナワドブシジミの情報があるがこれは移入かもしれない(今回、オキナワドブシジミの情報はドブジシミの分布図に含めて表示している)。エゾドブシジミは主に北海道に分布し下北半島に及んでいることが今回の調査で判明した。今後の調査により青森県を中心とした東北地方の湖沼から発見される可能性がある。

 20)クチベニガイ科

シベリア、中国東北部、朝鮮北部、北海道、青森県に分布するといわれる北方系のこの種は、報告が少なく正確な分布は今後の調査をまたなければならない。汽水で水深2m以下の所に棲んでおり、個体数が少ないので採集しにくいことも考えられる。北海道を中心に調査が必要である。

 

(3)琵琶湖特産種

琵琶湖は日本最大の湖で、その形成も第三紀にさかのぼり最も古い湖である。そのため、琵琶湖に棲みついた大陸系や北方系の淡水貝類がその長い間に分化をつづけ特産種となり、種類も多く世界的に有名である。琵琶湖には、現在約40種及び亜種の棲息が記録され、その中で17種が特産種と考えられている。

南方系のイケチョウガイは中国の長江に棲息するヒレイケチョウガイに良く似ていることから大陸から拡がり、琵琶湖に生き残り分化した遺存種と考えられる。またナガタニシは中国雲南省のコブタニシに、胎貝殻が平巻状で大きく、胎児殻数も少ないことなどよく似ており、日本の他のタニシ類の胎貝殻が薄くソロバン玉型であるのと違っている。

北方系のマメシジミ、ミズシタダミは本州南部では高山湖や湧水に棲息する冷水棲の貝類であるが、琵琶湖北部の湖盆の水温6℃以下の深底にカワムラマメシジミとビワコミズシタダミが棲息している。

シジミ類は、琵琶湖には汽水棲の系統で淡水に適応したセタシジミが棲息している。淡水棲のマシジミとは雌雄異体であることで異なり、卵の放出は汽水産のヤマトシジミに似る、汽水棲で淡水に適応した種が大陸から直接琵琶湖に分布して来て、特有な性質をもつセタシジミに分化したと考えられる。

その他琵琶湖は歴史の古さとあわせ水位の変化の少ない静水であるなど自然環境が棲息に適し種分化が進んだものと考えられる。特産種は上記のほか次の通りである。ヤマトカワニナ、タテヒダカワニナ、イボカワニナ、ハベカワニナ、カゴメカワニナ、ナカセコカワニナ、モリカワニナ、カドヒラマキガイ、オウミガイ、ササノハガイ、タテボシガイ、オトコタテボシガイ、メンカラスガイ、オグラヌマガイ、マルドブガイ、ビワコドブシジミの種及び亜種である。

現在琵琶湖の水質汚染が問題になっているが、セタシジミの衰退が顕著である等それらの種類の分布動態が注目される。

 

(4)外国からの移入種

外国から入ってきて日本に棲息するようになった淡水産貝類には、サカマキガイ、インドヒラマキガイ、ハブタエモノアラガイ、スクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)等がある。

日本に入って来た経路はサカマキガイ、インドヒラマキガイの2種は熱帯魚と共にl940年頃あるいはそれ以前に入って来たものと考えられる。

サカマキガイはl940年に京都加茂川で採集され、1950年には熱帯魚ブームと共に全国に拡まった。水の交換の時小川や水路にサカマギガイの幼貝や卵の入った水を捨てることにより野外に脱出したと考える。この種は鋭い肉食的な歯をもってヒメモノアラガイなど在来種の棲息地に侵入し在来種を食べる等共存しないようであり、よく産卵し繁殖力が強い。また水質汚染にも強く強汚染の指標貝になっている。このようなことが全国に拡がった要因と考えられる。

インドヒラマキガイは東南アジア産で、ヘルコルビンという色素のため体が赤くレッドスネールといわれる。日本への侵入はサカマキガイと同様である。しかし野外で拡がらないのは冬の寒さに耐えられないためと考えられる。しかし温泉の流れる所や温室の中など最低水温が15℃以上であれば定着する可能性がある。

スクミリンゴガイ(通称ジャンボタニシ)の原産地はアルゼンチン北部やウルグアイで東南アジア産のタニシモドキ類と異なる。現在神奈川県、静岡県以南沖縄などの各地から野外での棲息の情報が入っている。この貝は1980年代のエスカルゴブームで代用品として養殖され各地に広がった。成貝は大きくなり食欲旺盛で農作物に被害を与えた。アルゼンチンやウルグアイと日本の気候が似ていることから日本への適応性はかなり高く、卵の数も多いので分布が拡大する可能性は高いと考えられる。今後注意深く調査する必要性を痛感する。これとよく似たものに陸産種であるがアフリカマイマイがある。原産はアフリカで戦前食料になるのではと移入したが、小笠原、奄美以南で繁殖し農作物に大きな被害を与えている。

その他コシダカヒメモノアラガイも1940年以前に東京で採集され各地に広まったがサカマキガイほど個体数が多くない。また、コビトノボウシザラガイ、ホタルヒダリマキガイ、ハブタエモノアラガイ、ヒダリマキガイなどの外国種が日本で採集された記録があるが一時的なもので水槽から野外に脱出しても定着しなかったと考えている。

 

(5)今後の課題について

軟体動物研究者の対象は海産貝類が圧倒的に多く、非海産貝類の中ではキセルガイやマイマイなどの陸産貝類の研究者が多く、一番関心の薄いのが淡水産貝類である。しかし人間の生活とのかかわりあいから考えると、食用貝としてシジミ、タニシ、住血吸虫や肺吸虫の中間宿主としてカタヤマガイ、カワニナ等があり、我々に大変深いかかわりを持っている。淡水産貝類は、農薬、工場や家庭排水等の水質汚染の影響を直接的あるいは間接的に受ける所に生息しており、生息環境の悪化の指標となるものであり、注目しなければならない。淡水産貝類は環境の変化に敏感であり、地域的には今後絶滅のおそれさえ考えられる。我々の子供の頃はどこの池や小川に行ってもタニシやドブガイが見られたものであり、小川で遊んでいると必ずといっていい程シジミを踏みつけたものである。今は小川はコンクリートで護岸され、池はどんどん姿を消している。田は農薬が使われ、自然状態で観察できる機会が少なくなった事実を無視することはできないと考える。今回の調査は現時点での分布を明確にし、今後の生息の変化を見ることが、単に淡水産貝類の研究にとどまらず、人間が人間らしく生きる環境を考える上で重要な課題といえる。また、ドブガイ、イシガイ、マツカサガイ、カタハガイなどの淡水二枚貝類は、天然記念物のミヤコタナゴやイタセンパラをはじめタナゴ類の産卵母貝となっているので、貝類の減少や絶滅はタナゴ類の絶滅につながるのである。

今回の調査では分布の情報数が少なく、十分な考察をすることができなかったが、新たな分布が判明したり、カワシンジュガイのように分布が縮小傾向にあることが認められるなど成果があったものと信ずる。今後は淡水産貝類に関心を強め調査・報告されることを強く望むところである。

特に北海道、東北地方、北陸、山陰、四国南西部、九州中南部、南西諸島に空白が目立つので、よろしくご協力をお願い致したい。

(加藤 繁富)

考察は下記の文献を参考にして記述した。

 

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