発刊によせて

 

波部 忠重

 

 昭和59(1984)年度に実施された第3回自然環境保全基礎調査動植物分布調査に続いて、その結果を反省しつつ調査の方法等を一部改めて、第4回を実施した。調査員は前回同様、日本貝類学会会員を中心に陸淡水産貝類を調べている方々にお願いした。熱心に調査していただき、新たに多くの採集調査地点を報告され多くのメッシュを埋めて下さった努力に感謝の意を表したい。例えば、ニッポンマイマイは2094メッシュに及び、オオケマイマイ、コベソマイマイ、ウスカワマイマイ、ヒダリマキマイマイ、ヤマタニシ等も1000メッシュを超えている。しかし、前回の調査結果では調査員の分布が全国に均一に分布していないので、調査地点が皆無の地域があったり、片寄った地域が各所にあったので、調査地点の少ない地域を格別に努力して調査をお願いしたが、思ったほどの調査結果は得られなかった。ボランティアでそのために出張するのは経費もかかることであり、北海道、沖縄等ではヒグマやハブの危険もあるので、特に必要な場合は特別援助がないと事実上困難である。空白になっている地域は調査が不十分なのか、特定の種が分布しないのか判断がむつかしい場合もある。今後一層この対策を考慮して第5回調査に臨みたい。これは貝類に限ったことでない。

 陸産貝類及び淡水産貝類の分布調査の結果については湊宏・紀平肇両氏がそれぞれ分担貝類群について述べられているので、その詳細は省くが、陸産貝類は1000を超える種及び亜種が記録されているが、すべて腹足類(巻貝)で、殻口を蓋でふさぐ前鰓類と蓋を欠き空気で呼吸する有肺類の2群からなる。これ等の大部分は中国中南部の陸産貝類相と関係が深いが、種としては分化がすすみ大部分が日本特産種となっている。特に石灰岩地域に生息する種は分布が狭く、多くはそれぞれの石灰岩地にのみ生息するので環境の変化に弱く、石灰岩地の観光開発は厳重な注意が必要である。

 陸産貝類が中国中南部より日本へ分布を拡げた経路としては、一部は琉球列島を北上してトカラ列島の渡瀬線に及び、さらに男女群島に及ぶ。しかし、主要経路は朝鮮半島や九州に達し、それより四国・本州を北上して北海道に達する。一部は九州を南下し渡瀬線以北のトカラ列島に及ぶが、化石によると喜界島まで南下した時があった。

 北方からは北極圏をめぐる地域に広く分布するパツラマイマイ、エゾコハクガイ、ヤマボタルガイ等は南下して北海道、本州東北地方、八丈島に分布したが、氷期には沖縄八重山諸島と宮古諸島の間に位置する多良間島(化石を産出)に分布していたことを示している。

 また、小笠原諸島の陸産貝類は日本の他の地域とは全く異なっている。近年著しく個体数が減少し、ほとんど滅亡状態にあるが、兄島で比較的よく生存していることが確認された。小笠原諸島は南米ペルー沖にあるガラパゴス諸島に比べられる島々である。貝類のみならず特産の多くの生物の生息するところであるからその保護は絶対必要である。

 淡水産貝類は腹足類(巻貝)と二枚貝類とからなり、前者は殻口を蓋でふさぐ前鰓類と蓋を欠き肺呼吸をする有肺類とに分れる。日本産は150種及び亜種を超える。淡水貝類はさらに厳密には汽水産貝種と純淡水産貝類に分れる。前者は東南アジア等の河口汽水域に広く分布し、日本の沿岸を沖縄から本州房総半島まで暖流に従って北上する。むしろ海流に従った分布をする。これに対して純淡水産貝類はむしろ陸産貝類同様に古地形に従って分布するが、種分化は低く同種や亜種程度の差の種が少なくない。しかし、その中で琵琶湖特産種は他の地域よりも一段と古い型でナガタニシは中国雲南に近縁種がすみ、その他イケチョウガイ、オグラヌマガイ、セタシジミ等がある。ビワコマメシジミやビワコミズシタダミ等寒冷北方系種も棲んでいる。世界の古い貝類が今に棲んでいる湖沼として、タンガニーカ湖、バイカル湖等6湖沼の一つとして有名である。是非この貝類群を他の生物とともに世界的遺産として残さなければならないことを特に強調したい。

 北方系種としてカワシンジュガイが北海道や本州東北地方から本州西部(山口県と広島県境小瀬川)まで分布し、マメシジミ、ミズシタダミ等も北海道本州に南下分布するが、西日本ではカワシンジュガイは河川の改修等でその棲み場を奪れて減少し絶滅の寸前であるが、広島県帝釈峡、岐阜県飛騨高山地方、長野県大町等では保護が図られているのは喜ばしいことである。

 最後に物資の交流が激しい今日この頃は意外な貝類が国内に持ち込まれ増殖しつつある。その一つはカワヒバリガイで水道管の内壁に付着し害になるが、この種が琵琶湖や長良川に入り増殖しつつあるので、今後の動向が注目される。もう一つは養鱒池に原産地未詳の巻貝が大量に繁殖している。これ等はこの調査で十分資料を期間内に得られなかったが、やはり即応態勢がとれるよう次回では心掛けたい。

 21世紀へよりよい資料を残すために、第4回より第5回へとさらに完全なものを目指したい。調査員各位の一層の御協力をお願いする。

 

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