2.カエル目

(1)琉球諸島以外のカエル目

1一般的考察

第3回調査の際にはモリアオガエル、ヒキガエル類、トノサマガエル種群以外のカエル類については、分布域全体を扱う研究がなく、分布調査の結果と比較できるような、全国規模の分布記録はなかった。またそうした中で行われた第3回調査の結果はきわめて不十分なものであった。今回の結果は前回にくらべるとより完全に近いように思われるが、上述の理由から、多くの種について、今回の結果から最近の分布の変遷を論じることはもちろん、この結果がどの程度まで各種の分布の実態を反映しているかを判断することさえ、厳密にいえば難しいのである。

2各種、亜種についての考察

今回の調査によっても関東地方から東北地方にかけて、ニホンヒキガエルが分布するという報告があった。西南日本産のニホンヒキガエルが、東北日本産の別亜種アズマヒキガエルの分布域に人為的に移入されている場合のあることも考えられるものの、両者は形態的に鑑別のむずかしい場合があることから、今回のニホンヒキガエルの東日本からの記録の多くはアズマヒキガエルの誤認と判断される。今回は第3回調査の際に空白であった四国からニホンヒキガエルの分布地点が多く記録された。他方、アズマヒキガエルの確認された地点の頻度はニホンヒキガエルの場合よりも高く、この亜種は本州東部の各地に、最近も普通にみられ、また北海道南部に現在も分布していることが再確認された。佐渡および伊豆大島からの本亜種の記録は人為的に移入されたものであることがはっきりしている。ナガレヒキガエルの分布状態も今回、ほぼ完全に把握できた。しかし、今回報告された地域以外に本種が分布する可能性も否定できない。成体では本種とニホンヒキガエルとの鑑別は容易ではないので、さらに詳細な分布域を確定するには幼生に注目した生息調査が必要であろう。

アマガエルについても今回は四国、北海道の記録が加わり、前回より分布確認地点数は大幅に増加した。今回の結果も、この種が山岳地帯では限られた分布をすることを示しているようで、繁殖できる環境の少ないことが本種の分布を制限している可能性を示唆している。

ツシマアカガエルとツシマヤマアカガエルとは、分布域が対馬に限られており、今回の調査でも厳原を中心に、数地点で最近も生息していることが確認され、前回不十分であった上対馬からの記録も得られた。

タゴガエルについては、前回不足していた西日本の情報が加わり、本種が平地に少なく、山地に分布が片寄るという傾向が示された。オキタゴガエルとヤクシマタゴガエルは、それぞれ隠岐、屋久島に分布が限られており、今回の調査でも、前者については数地点で最近も生息していることが確認された。本州産でタゴガエルに近縁なカエルはナガレタゴガエルとして記載された(Matsui and Matsui, l990)。この種の分布については既知の東限・西限の記録がなかったもののほぼ分布状態を示す情報がえられた。

ニホンアカガエルとヤマアカガエルは、ともに本州、四国、九州に広域分布する種とされるが、今回の調査結果で大よその分布の実態がつかめた。これら2種は決してどの地域にも一様に分布しているのではなく、中部地方や東北地方の一部では、ニホンアカガエルの分布に空白地帯があることなどが明らかになっている。なお、ニホンアカガエルの東北地方個体群は、分類学的に西南日本産と異なることが示唆されていて、今後分類学的調査も必要である。前回完全に情報不足であったエゾアカガエルについては今回、大よその分布状態を示す情報がえられた。なお本種も最近その分類学的位置が決定された(Matsui, 1991)。

トノサマガエルの調査結果も前回にくらべると大きな改良がなされた。しかし、前回指摘されたように、福岡県や青森県などいくつかの地域では、本種の分布が予想され、かつ調査が実際に行われたにもかかわらず、最近の分布が確認されなかった。こうした地域の存在は、水田の減少などによって本種の分布域が縮小していることを示唆するととらえることができ、今後早急に詳細な再調査が必要と考えられる。

ダルマガエルとその基亜種トウキョウダルマガエルについて今回の結果を第3回基礎調査の結果と比較すると、ダルマガエルの分布確認地点数は若干増加しているかのようにみえる。しかし、これまでに記録があり、今回も調査されたにもかかわらず、現認できなかった地域が近畿地方にみられることは、分布域全体からみれば実際に生息域の縮小が起こっていることを示しているとみなせよう。なお、トウキョウダルマガエルの2亜種はそれぞれトノサマガエルとの間に、野外で雑種を生じさせるなど、複雑な種間関係を示すことが知られているが、今回の調査ではこの点に触れた報告はなかった。

ヌマガエルは西日本と琉球諸島に広く分布する。本土の情報に限れば、今回は近畿・中部地方からの新たな記録が得られ、東限が更に東方に広がった。しかし前回同様、中国、四国、九州に関する情報は不足している。日本海側および四国における今後の分布状況の精査が望まれる。

ウシガエルについての情報は前回に比べ大幅に増加した。今回の結果からも、この種が山岳地帯に入りこんでいる例は少ないことが読み取れる。

ツチガエルについても情報が増加したが、調査がされたにもかかわらず、記録のなかった地点の多いことは注目されよう。この種の場合もニホンアカガエルなどと同様、一般に考えられているほど一様な分布を示すのではないことが示唆され、今後、今回実際に調査のされなかった地域を中心に詳細な分布調査をしていく必要がある。

シュレーゲルアオガエルについても大幅に情報が増加した。しかし、前回同様、東北、近畿、中国の各地方などで、実際に調査がされたにもかかわらず分布が確認されなかった地域のあることが目につく。これらの地域のうち、少なくとも一部には、本種が最近も分布していることは十分に予想され、記録の欠如は、成体では本種がアマガエルとしばしば混同されることを反映しているのかもしれない。今後の調査では、特徴ある泡状の卵塊、鳴き声に注目すれば、より確実な分布の確認ができるであろう。

モリアオガエルの分布域は第2回の基礎調査により、すでに明らかにされていたが、今回の調査の結果、そうした既知の産地の多くで、本種の生息が確認された。調査が十分になされなかった、中国地方の大部分と中部地方西部の生息状況の実態は不明で今回は確認できなかった。このような地域での分布の再調査が必要である。

カジカガエルの分布域は、今回の調査結果によっても決して十分につかむことはできないが、この種の分布域が広い範囲におよぶものの、各地域内では局所的に河川と結びついている、という特徴は表れたように思われる。

(松井 正文)

 

引 用 文 献

Matsui, T. and M. Matsui. 1990. A new brown frog (genus Rana) from Honshu, Japan. Herpetologica, Lawrence. 46:78-85

Matsui, M. 1991. Original description of the brown frog from Hokkaido, Japan. Jpn. J. Herpetol., Kyoto. 14:63-78

 

(2)琉球諸島のカエル目

1一般的考察

前回の調査と同様に、琉球諸島のカエル類の分布に関するデータは日本内地のカエル類に比べて相対的に多く、すべての種についてほぼ正確な分布図が作成できたといってよい。部分的にデータの不足している箇所があるとはいえ、今回の分布データは当山(1985)、前田・松井(1989)の分布図と基本的に合致している。前回の調査では、琉球諸島に散在する小さな島々のカエルに関する知見が飛躍的に増大した点が大きな特徴であった。その後、「南西諸島における野生生物の種の保存に不可欠な諸条件に関する研究」がスタートし、両生類に関しても沖縄本島北部、奄美大島、西表島西部を対象としたかなり詳細な分布記録が集積された(当山、1989a; 当山・太田、1990a; 当山・他、1990)。琉球諸島(南西諸島)に生息するカエルは合計18種で、人為的に移入されたオオヒキガエル、ウシガエル、シロアゴガエルを除けば、日本内地と共通の種はヌマガエル1種にすぎない。また、台湾と共通の種はヌマガエル、ハナサキガエル(この種の問題点については後述)、リュウキュウカジカガエル、アイフィンガーガエル、ヒメアマガエルの5種で、残り10種(ミヤコヒキガエルを含む)が琉球諸島に固有の種である。

2各種、亜種についての考察

琉球諸島は北から順にトカラ諸島、奄美諸島、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島に区別され、この地域のカエルの分布については、特定の島にしか分布しない種から全域に広く分布する種まで、いくつかのパターンに分けることができる。なお、この島弧の内側に位置する尖閣諸島、外側の大東諸島にはカエルは分布せず、大東諸島に移入種がみられるのみである。

ア.奄美諸島にのみ分布する種−オットンガエル、アマミアオガエル(亜種)

奄美大島と加計呂麻島に生息し、アマミアオガエルは徳之島、与路島、請島にもいる。

イ.沖縄諸島にのみ分布する種−ナミエガエル、ホルストガエル、オキナワアオガエル(亜種)

ナミエガエルは沖縄本島北部、ホルストガエルは沖縄本島北部と渡嘉敷島、オキナワアオガエルは沖縄本島と伊平屋島に記録されている。渡嘉敷島にはイボイモリも生息していることから、ホルストガエルの分布が自然分布であることは確実と思われる。これに対し、アオガエル類は沖永良部島、与論島にはみられず、沖縄本島周辺の属島にもほとんどみられないことは、伊平屋島のオキナワアオガエルが二次的に侵入した可能性を示唆しているように思われる。

ウ.宮古諸島にのみ分布する種−ミヤコヒキガエル

宮古島と伊良部島に生息し、北大東島と南大東島へは人為的に移入されている。移入種であるオオヒキガエルを除けば琉球諸島の他の地域にヒキガエル類が分布していないことから、宮古諸島のヒキガエルも古い時代に移入されたものではないかという見解は根強い。台湾では低地にへリグロヒキガエル、山地にバンコロヒキガエルがいる。ミヤコヒキガエルは明らかに後者の系列に属すが、宮古島には山地が無い点も不自然に思われる。いずれにせよ、この問題の解明は今後の課題である。なお、今回の調査結果には現れていないが、沖縄本島北部にミヤコヒキガエルが移入された記録がある(千木良、1991)。現在、この集団は定着しているらしいが、分布を広げつつあるかどうかは不明である。

エ.八重山諸島にのみ分布する種−ヤエヤマハラブチガエル、ヤエヤマアオガエル、アイフィンガーガエル

石垣島と西表島に生息し、与那国島および周辺の小島からは記録が無い。アイフィンガーガエルは台湾にもみられ、前2種も台湾に近縁種が分布している。

オ.奄美諸島と沖縄諸島に分布する種−ハロウエルアマガエル、リュウキュウアカガエル、イシカワガエル

奄美大島、沖縄本島北部のほか、ハロウエルアマガエルは喜界島、加計呂麻島、与路島、請島、徳之島、沖永良部島、与論島、リュウキュウアカガエルは徳之島、久米島にも生息する。西表島のハロウエルアマガエルの記録は、数回の調査にもかかわらず確認されていない(当山・太田、1990b)。イシカワガエルは山地環境の指標動物としてもっとも適した種である(当山、1989a;当山・他、1990)。

カ.奄美、沖縄、八重山諸島の主要な島に分布する種−ハナサキガエル

奄美大島、徳之島、沖縄本島、石垣島、西表島に生息する。従来、琉球諸島のハナサキガエルは1つの種であり、台湾のスウィンホーガエルはハナサキガエルの亜種とされてきた。しかし、Nishioka et al.(1987)によると奄美大島に大型と中型、沖縄本島にも大型と中型、石垣島と西表島には大型と小型の合計6集団が区別される。交雑実験や酵素タンパクの電気泳動の結果から、八重山諸島の小型の集団は明らかに別種であり、他の集団も少なくとも亜種レベルで区別されるべきものであるとみなされる。徳之島のハナサキガエルが奄美大島のものと同じかどうかは不明である。台湾のスウィンホーガエルはハナサキガエルと近緑の独立種とみなすのが妥当であろう(前田・松井、1989)。これらの種や亜種は未記載であるが、今後の調査においては、これらを明確に区別する必要がある。

キ.全域に広く分布する種−ヌマガエル、リュウキュウカジカガエル、ヒメアマガエル

ヌマガエルはトカラ諸島を除くほぼ全域に分布し、北大東島と南大東島に移入されている。リュウキュウカジカガエルは宮古諸島と与那国島を除いて広く分布し、トカラ諸島に生息する唯一のカエルでもある。ヒメアマガエルはトカラ諸島を除くほぼ全域に分布するが、この種の学名に関しては問題がある(前田・松井、1989)。これらのカエルが分布する島の詳細なリストは、当山・太田(1991)に載っている。

ク.移入種−オオヒキガエル、ウシガエル、シロアゴガエル

オオヒキガエルは南米原産の大形のヒキガエルで、石垣島と南北大東島に移入されている。ウシガエルはアメリカ合衆国原産で、徳之島、沖縄本島、石垣島などに移入されている。シロアゴガエルは東南アジアから沖縄本島に移入されたものである。

前回の調査によって琉球諸島のカエル類の分布はかなり細部にわたって判明し、今回の調査で加わった新たな知見と呼べるものは特にない。また、いずれの種の分布図も分布パターンをよく表したものばかりである。このようにほぼ正確な分布データが得られた背景には、この地域が動物相の点で興味をひく地域であること、調査地域が比較的狭いこと、多数の熱心な研究者がいること、ほとんどの種が年間を通じて観察できることなどの特殊性があると考えられる。

3今後の問題

上述のように南西諸島のカエル類の分布に関する知見はほぼ完全に近い。少なくとも個々の島や島群のカエル相に関して新しい知見が得られる可能性は少なく、今後は単なる地理的分布から生態的な分布へと視点を移行するとともに、分布状況の変化を念頭においたデータ収集が望まれる。

前回と今回の調査結果から分布の拡大・縮小の傾向を読み取ることは、実際問題として難しい。このような変化を確かめるには、いくつかの地点を対象とした継続的な観察が必要であろう。例えば渓流性のカエルに関しては沖縄本島の安波川(Ikehara and Katsuren、1976)、普久川(Ikehara and Akamine、1976)で各種のカエルの個体数が調査されている。渓流に沿って幼生を確認する試みもなされている(当山、1989b)。このような調査を数年おきに行うことは、個体数の変化をたどる直接的な証拠としてきわめて重要である。

平地のカエルでは鳴き声が分布や個体数の変動を追跡する便利な手がかりになると思われる。筆者が1992年末に西表島で調査した時には、ハナサキガエル(大型)、ヤエヤマアオガエルは例年になく多くみられ、アイフィンガーガエルはほぼ例年通りの数が観察されたが、ヤエヤマハラブチガエルの鳴き声を聞くことはほとんどできなかった。以前には同じ時期に多くの鳴き声を聞くことができたのであるが、これが減少の傾向を示すものか、その年かぎりの一時的な変動であるかどうかは今後の調査にかかっている。移入種に関しては減少の傾向はまったくみられない。

(倉本 満)

 

引 用 文 献

千木良芳範. 1991. 沖縄島に持ち込まれた両生爬虫類. 池原貞雄(編)、南西諸島の野生生物に及ぼす移入動物の影響調査. 世界自然保護基金日本委員会. 東京. pp. 43-53.

Ikehara, S. and H. Akamine. 1976. The ecological distribution and seasonal appearance of frogs and a snake, Himehabu (Trimeresurus okinavensis Boulenger) along the upper stream of Fuku-river in Okinawa island. Ecol. Stud. Nat. Cons. Ryukyu Isl. 2:69-80.

Ikehara, S. and S. Katsuren. 1976. Preliminary survey on the distribution of frogs along Aha-river in Okinawa island. Ecol. Stud. Nat. Cons. Ryukyu Isl. 2:81-88.

前田憲男・松井正文. 1989. 日本カエル図鑑. 文一総合出版. 東京.

Nishioka, M., H. Ueda and M. Sumida. 1987. Intraspecific differentiation of Rana narina elucidated by crossing experiments and electrophoretic analysis of enzymes and blood proteins. Sci. Rep. Lab. Amphibian Biol., Hiroshima Univ. 9:261-303.

当山昌直. 1985. 琉球の両生類・爬虫類−現状と問題−. 世界野生生物基金日本委員会(編)、南西諸島とその自然保護 そのU. 世界野生生物基金日本委員会. 東京. pp.54-72.

当山昌直. 1989a. 沖縄島北部地域における両生爬虫類の分布(予報). 世界自然保護基金日本委員会(編)、南西諸島における野生生物の種の保存に不可欠な諸条件に関する研究. 昭和62年度沖縄島北部地域調査報告書. 環境庁自然保護局. 東京. pp.241-269.

当山昌直. 1989b. 沖縄島北部比地川水系域およびその周辺の両生爬虫類−特に渓流棲カエル類の幼生の生態について. 世界自然保護基金日本委員会(編)南西諸島における野生生物の種の保存に不可欠な諸条件に関する研究. 昭和62年度沖縄島北部地域調査報告書. 環境庁自然保護局. 東京. pp.270-281.

当山昌直・倉本満・森田忠義・前田憲男. 1990. 奄美大島における両生・爬虫類の分布. 世界自然保護基金日本委員会(編)、南西諸島における野生生物の種の保存に不可欠な諸条件に関する研究. 昭和63年度奄美大島調査報告書. 環境庁自然保護局. 東京. pp.163-171.

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当山昌直・太田英利. 1990b. 西表島の両生・爬虫類相. 世界自然保護基金日本委員会(編)、南西諸島における野生生物の種の保存に不可欠な諸条件に関する研究. 平成元年度西表島崎山半島地域調査報告書. 環境庁自然保護局. 東京. pp.159-106.

当山昌直・太田英利. 1991. 琉球列島の両生・爬虫類. 世界自然保護基金日本委員会(編)、南西諸島における野生生物の種の保存に不可欠な諸条件に関する研究報告書. 環境庁自然保護局. 東京. pp.233-254.

 

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