《各 論》

1.サンショウウオ目

(1)一般的考察

日本産のサンショウウオ目のうち、小型サンショウウオ類のすべて1)と、オオサンショウウオ、イボイモリについては、第2回自然環境保全基礎調査によって、すでにその分布状態が全国的な規模で明らかにされ、また、そこでは取りあげられなかったイモリ、シリケンイモリについても、分布域全体を扱った研究があるため(Sawada,1963; Hayashi and Matsui, 1988,1990)過去の分布の概要をつかむことができ、サンショウウオ目の分布調査の結果が、各種、亜種の分布の実態を反映しているかどうか判断するための基盤はほぼ十分に整っているといえる。今回の調査結果をこうした過去の記録と比較した場合、分布調査の実行された地域が偏ってしまった第3回調査に比べると大きな進展があったといえる。

今回の結果で、分布の傾向がほぼつかめたと考えられる種、亜種は、分布域が特定の島嶼に限られたツシマサンショウウオ、イボイモリ、シリケンイモリばかりでなく、クロサンショウウオ、イモリのような広域分布種についても、かなり十分な調査ができた。

また、今回の結果により、トウキョウサンショウウオ、トウホクサンショウウオ、ハコネサンショウウオのような広域分布種(亜種)についてもおおよその分布傾向が示唆され、ほぼすべての種(亜種)で大まかな分布の特徴がつかめた。

このような調査で完全な結果がえられない理由として、調査地域が片寄ること以外に、いくつかのより根本的な問題が考えられる。一般に小型サンショウウオ類は人目につきにくい動物であり、人里近い場所にすむことの多い止水生活型と呼ばれるグループ(カスミサンショウウオ、トウキョウサンショウウオなど)であっても、実際の分布状況を正確に把握するのが難しい場合もある。さらに、流水生活型と呼ばれるグループ(ブチサンショウウオ、ヒダサンショウウオなど)は、調査のしにくい深山に生息する場合が多く、小型サンショウウオ類に関する調査結果が思わしくなくなりがちな原因となっているだろう。オオサンショウウオもまた、その知名度の高さとは逆に、小型サンショウウオ類以上に、実際の分布調査をすることが難しい種といえ、非常に偏った情報が得られるという結果になりやすい。

小型サンショウウオ類の分布調査を遂行するうえでのもう一つの問題は、各種、亜種の分類、同定が容易ではないことである。この問題は、調査結果のなかに、しばしば異様な分布記録をもたらすことになり、かなりの訂正が必要であったが、現実の例については個々の種、亜種の項で述べよう。これに対し、イモリ、シリケンイモリは一般によく知られている動物で、かなり正確に分布状態を調査することが可能であり、結果に現われた分布記録の信ぴょう性は高いと考えられる。

(2)各種、亜種についての考察

カスミサンショウウオについては、情報不足の地域を含むものの、今回は第3回にくらべずっと多くの地点からの記録が得られており、本亜種が山地に少なく、平地に分布が片寄るという傾向を示しているといえよう。第2回基礎調査報告で、かなり標高の高い山地に分布する、とされていた地域(広島、岡山など)からの記録が見当たらないが、これは、これらの地域に分布するサンショウウオが、カスミサンショウウオとごく近縁なものの、同種かどうか問題が残るため、調査者がカスミサンショウウオとして記録することを保留した結果であろう。第2回基礎調査の結果同様、今回も山口県からの報告がなかった。また、香川県、兵庫県などは、第2回基礎調査では、多くの記録が得られながら、第3回基礎調査同様今回もごくわずかの報告しかなかったことも重視すべきであろう。これらの地域については、前回の調査以後の分布域の減少が起きた可能性もあり、今後早急に調査する必要がある。

トウキョウサンショウウオについても、今回の調査によって、おおよその分布傾向がつかめたといえる。第3回基礎調査で記録のなかった東海地方についても今回は分布情報が得られた。

ツシマサンショウウオは、対馬に分布が限られており、今回の調査でも、数地点で最近も生息していることが確認された。また今回は、第3回に情報のなかった上対馬での記録も得られた。

オオイタサンショウウオの九州産個体群については、大分県、宮崎県の代表的な数地点からの記録に加え、熊本県の記録も得られた。また、四国産個体群についても、今回は記録が得られ、最近の生息の確認ができた。

アベサンショウウオについては、今回は、レッドデータブック掲載種であるにもかかわらず、報告がなかった。

ホクリクサンショウウオについては分布情報が石川県の一地点しか得られなかった。富山県下にも分布するはずであるが他の両生類同様、この県からの報告がほとんどなかったため、現状は把握できない。

トウホクサンショウウオについては、第3回基礎調査の結果同様東北地方東部の情報がやや不足しているが、今回の調査によって、おおよその分布傾向がつかめたといえる。

クロサンショウウオは、分布の傾向がほぼとらえられたが、福井、岐阜からの報告はなかった。今回報告のあった地点は、第2回の基礎調査で報告された本種の分布域の範囲におさまり、とくに新しい産地の報告などはない。また、サドサンショウウオは、佐渡に分布が限られており、今回の調査でも数地点で最近も生息していることが確認された。

ハクバサンショウウオは第3回調査のとりまとめ中に新種として記載された(Matsui, l987)。この種については、今回の調査結果は文献の記録同様一地点の記録にすぎず、今後は新産地を発見する努力が必要であろう。

エゾサンショウウオについては、第3回調査では情報がまったく欠けていたが今回の調査により完全とはいえないまでもかなりの記録が得られた。第2回基礎調査の結果、本種の分布は決して連続的ではなく、大きな空白地帯を含むことが指摘されているので、今後も他の北海道産両生爬虫類とともに、十分な調査が必要である。

ブチサンショウウオの分布地点として、今回も明らかにヒダサンショウウオの分布域と思われる地点からの記録があったが、これは両者がそれぞれいちじるしい形態変異を示し、形態的に両者を鑑別することが困難な場合のあることに起因していると思われる。今回のブチサンショウウオの東日本からの記録を、ヒダサンショウウオの誤認とみなして整理すると、ブチサンショウウオの分布確認地点数は第3回調査よりも大幅にふえ、この種の分布域はヒダサンショウウオの場合ほど連続的でないことが示唆された。紀伊半島の海岸沿いの地域や、山口、熊本、鹿児島各県の一部地域では、第2回基礎調査の報告中で、生息環境の破壊と個体数の減少が憂慮されていたが、今回も実際に十分な調査がなされておらず、現在の状況はまったく不明である。これらは今後早急に調査すべき地域にあげられる。

ヒダサンショウウオについては、西日本の情報がやや不足しているが、実際に調査のされた地域に限ってみれば、今回の結果は、本種が平地に少なく、山地に分布が片寄るという傾向を示しているといえよう。第2回基礎調査の際に疑問視された、分布の東限にあたる群馬県下の記録についてその後の新知見はない。また、南限にあたる奈良県下の記録は今回も得られていない。今後、これらの地域を中心とした調査が必要である。

オキサンショウウオは、隠岐島後に分布が限られており、今回の調査でも、島の数地点での記録があげられた。しかし、これらの記録はかなり古いもので今後現況の確認調査が必要である。

ベッコウサンショウウオも、九州の山地に分布が限られており、今回の調査では数地点の記録があった。しかし、これらも古い記録なので現在の状況を早急に調査する必要がある。

オオダイガハラサンショウウオの四国産の個体群については、代表的な地点で分布が確認されたが、九州産個体群については、今回も記録が得られず、最近の生息は直接、確認できなかった。また、第2回基礎調査の際に、すでに本種の絶滅が憂慮されていた北限地域を含め、本州産についての情報はほとんどなく、早急な調査が必要とされている。

キタサンショウウオは、北海道南東部に分布が限られており、今回の調査でも、既知の数地点の記録があげられたが、産地などの知見は得られていない。

ハコネサンショウウオについては、今回の調査によって前回空白であった四国地方の記録が加わり、おおよその分布傾向がつかめたといえる。その一方でこれまで本種が広く分布するとされていた地域の一部である兵庫に空白がみられ、今回の調査がかならずしも十分ではなかったことを示すものと考えられる。

オオサンショウウオの調査結果は分布域の東部での記録がないため必ずしも十分とはいえない。これはさきにも述べたように、この種の実際の生息状況が決して容易にはつかめないことを反映しているものと思われる。記録として報告された地点の大半は、とくにこの種を対象として、現在、種々の調査のされている水系に含まれるものである。実際にこの種を調査するには、他の両生類と同様な方法では十分な結果が得られない。聞き込みなどの方法によって分布がほぼ確実だと推定されても、実際に確認するのは困難なことが多い。今回も、実際の調査がなされなかった、中部地方西部での現認調査が今後の課題である。

イボイモリは、奄美大島、徳之島、沖縄本島、渡嘉敷島に分布が限られており、今回の調査でも、最近の記録が得られた。すでに第2回基礎調査の時点で個体数の減少が指摘されていた渡嘉敷島については、現状の調査が早急に必要である。

イモリについては、前回の問題となった四国の情報も加わり今回の調査によって、おおよその分布傾向がつかめたといえる。本種の調査結果では中部から関東地方にかけての記録が決して多くはない点に注目すべきであろう。イモリは実際に分布していれば、発見される確率が高く、また他のサンショウウオ類と誤認されるようなことはまずないと思われる。しかし、他の目につきやすい両生類の普通種(例えばアズマヒキガエル、ニホンアカガエルなどのカエル類)が、これらの地域でかなり記録の多いことを考え合わせてみると、実際にイモリの分布が限られていると判断せざるをえない。こうした現時点での限られた分布のある部分は、近年、イモリが絶滅しつつあることによると思われる。たとえば、渥美半島では、ここ35年ほどの間に完全に絶滅してしまった可能性が高く、イモリを主目的とした分布調査によっても、いまのところ発見されたことがない。今後、文献や聞き込みではなく、現認調査をもっとも必要としているのがイモリである。

シリケンイモリは、奄美群島、沖縄群島に分布が限られており、今回の調査でも、各島の数地点で最近も生息していることが確認された。しかし、分類学的に問題があるとされているトカラ列島産については今回も記録が得られなかった。今後の調査が必要である。

(松井 正文)

引 用 文 献

Hayashi, T. and M. Matsui. 1988. Biochemical differentiation in Japanese  newts, genus Cynops(Salamandridae). Zool. Sci., Tokyo. 5:1121-1136.

Hayashi, T. and M. Matsui.1990. Genetic differentiation within and between two local races of the Japanese newt Cynops pyrrhogaster in eastern Japan. Herpetologica, Lawrence. 46:423-430.

Matsui, M. 1987. Isozyme variation in salamanders of the nebulosuslichenatus complex of the genus Hynobius from eastern Honshu, Japan, with a description of a new species. Jpn. J. Herpetol., Kyoto. 12:50-64.

Sawada, S. 1963. Studies on the local races of the newt, Triturus pyrrhogaster BOIE I. Morphological characters. J. Fac. Sci. Hiroshima Univ., Hiroshima(B-1). 21:135-165.

 

注1)ホクリクサンショウウオは、第3回自然環境保全基礎調査よりも前は、アベサンショウウオの一部として扱われてきた。また、今回からハクバサンショウウオが追加された。

 

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