Y.ツバメの集団ねぐらの現状と動向

 

1.形態及び生態

ツバメはスズメ目ツバメ科に属す,体長17cm,体重12〜20gほどの,鳥類の中では比較的小型の鳥である。体の上面が青味がかった黒色で下面は白,頭からのどにかけて赤茶色をしている。体下面の白色は,成鳥はやや黄色がかっているだけであるが,巣立ったばかりの幼鳥では,かなり赤味がかった個体もいる(清棲1965)。

ツバメは,繁殖期を北半球ですごし,繁殖が終わると,熱帯から南半球にかけた地域へと移動し,そこで非繁殖期をすごしたあと,また次の繁殖期には北半球へともどる(Turner 1994)。世界的な分布域は非常に広く,ユーラシア大陸からアメリカ大陸まで,北半球のすべての地域におよんでいる(Turner & Rose 1989)。

ツバメは,繁殖期前の3月下旬から繁殖期終了後の10月上旬まで,河川や湖沼周辺の湿原に,場合によっては数万羽の個体が1か所に集まり集団ねぐらを形成する(須川1990)。とくに繁殖期の終わった7月下旬から9月上旬にかけて,集まる個体数が多くなる(小林ほか1992)。繁殖期間中の4月〜7月上旬にも,数百羽程度の個体が集団ねぐらを形成することも知られている(小林ほか1992)。繁殖期間中に集団ねぐらに集まる個体が,繁殖中の個体か,それとも繁殖に参加していない個体なのかは,現時点では明らかにされていない。

これらの集団ねぐらは,川原やその他の湿地にある草地に形成されることが多い。集団ねぐらでは,同じ草本の茎などに複数のツバメがとまって眠ることも観察されており,かなり狭い範囲に個体が集中しているものと思われるが,詳細は報告されていない。

ツバメが集団ねぐらを形成する生物学的な理由は現時点では明らかにされていないが,より効率よく食物を得るために食物の有り場所の情報を交換するためであるとか,たくさん集まることによって,捕食者を早く発見したり,あるいは捕食者に襲われたときに逃げきれる確率を高くするためだ,というような説がある(Turner & Rose 1989)。

ヨーロッパの国々では,個体数が急速に減少していることが報告されている(Turner 1994)。また,アメリカ大陸では分布域は拡大しているが,合衆国などでは多くの地域で個体数の減少が報告されている。

日本では,北海道南部以南に分布の中心があるが,近年,北海道東部などでも繁殖例が広く確認されている(環境庁1980,1988,日本野鳥の会十勝支部1991)。また,冬季には,日本で繁殖する亜種Hirundo rustica gutturalsとは別亜種のH.r.tytleriが,茨城県以南の広大な湿原や海岸沿いで,少数越冬していることが知られている。

今回は,7月下旬から9月上旬にかけて形成される大規模な集団ねぐらを対象に,その分布と規模,環境特性を明らかにする調査を行なった。

 

2.調査方法

前述のアンケート調査により,全国的な分布を調べるとともに,関東地方南部の神奈川県,東京都,埼玉県,千葉県,茨城県において,詳細な生息環境を明らかにするための現地調査を行なった。アンケート調査については,他の種と同時に情報を収集したので,I.カワウの節で説明したものと質問事項なども同じである。

現地調査では,以下のような形で集団ねぐらに集まるツバメの個体数と環境特性を調査した。まず,集団ねぐらの位置を明らかにするために,以下のような作業を行なった。ツバメは,河川沿のヨシ原などの湿性草原に集団ねぐらを形成していることが知られている(須川1990)。そこで,ツバメが集団ねぐらに集まり始める夕方から,河川周辺を探索し,ツバメが移動していく方向を追跡する。見失った場所周辺で,またツバメを探し,さらに移動経路を追跡する。そして,最後に集団ねぐらの場所が明らかになるまでこの作業を続けた。

環境の調査として,集団ねぐらを中心とした半径1kmの円内の環境,集団ねぐらがつくられている場所の植生を記録した。集団ねぐらを中心に半径1kmの円内の環境を13種類の要素,すなわち,畑,乾燥した草地,水田,湿性草地,果樹園,森林,河川,湖沼,海,裸地,一般住宅地,高層団地,商店街に分類し,それぞれがどれくらいの割合を占めているのかを,地図と現地での観察をもとに記録した。集団ねぐらがつくられている植生として,まずその植生の種類(湿性草地,乾燥した草地など),その植生の中で水中に生育しているヨシ原の割合,その場所での優占種,植生の高さ,集団ねぐらそのもののために使われている範囲の面積,集団ねぐらが成立している場所を含む草地全体の面積,集団ねぐらが成立している場所の標高を記録した。

集団ねぐらを利用しているツバメの個体数は,ねぐら上空を飛んでいる個体を,日没時刻の40分前,20分前,日没時刻,日没20分後,の4回数え,その値の最大数を利用個体数とした。ツバメが集団ねぐら周辺に集まる時間帯は,かなり暗くなっているため,数1,000羽以上のツバメが集まっている場合,個体数を正確に数えるのは非常に困難である。したがって,1〜100羽,100〜500羽,500〜1,000羽,1,000〜5,000羽,5,000〜10,000羽,10,000〜50,000羽,50,000〜100,000羽,100,000羽以上の,8つの階級にわけ,どの階級に属する個体数が上空を飛んでいたのかを記録するようにした。

 

3.分布と規模

今回のアンケート調査では82か所,現地調査では46か所の集団ねぐらが確認された。確認された都道府県は29で5万分の1地形図で72メッシュであった。関東地方では1980年代に行なわれたアンケート調査では報告されなかった集団ねぐらが多数見つかった(日本野鳥の会遠江支部調査研究委員会 1986)。

本調査の結果では,ツバメの集団ねぐらの全国的な分布が,福島県,新潟県以南に限られていた。そのほとんどは,平野部の中,大規模河川の中流より下流,あるいは大規模な湖沼の周辺に分布していた(図6.1)。

個体数が10,000羽以上にのぼる大規模な集団ねぐらは,数は少ないものの,茨城県と千葉県北部の小見川町,静岡県の沼津市,京都府南部の伏見区といった湖沼や大規模河川周辺など,全国にわたって分布していた。一方,個体数1,000羽以下の比較的小さな集団ねぐらが,現地調査によって関東平野南部に多数確認された(図6.2)。

 

4.環境選択

確認された集団ねぐらのほとんどが,平野部にあるヨシ類を優占種とする湿性草地で確認され(図6.3図6.4),ガマ類やカヤツリグサ類などが優占する植生はあまり利用していなかった(図6.4)。これらの湿性草地は,利根川や多摩川などの比較的大規模な河川の中流から下流域,霞ケ浦のような湖の岸などに成立しているものが多かった(図6.1)。また,植生の高さについては,1mより高く2.5m以下のものが全体の80%以上を占めていた(図6.6)。個体数が10,000羽以上の大規模な集団ねぐらは,ツバメがねぐらをとる範囲は数10〜数100m四方のせまい範囲であるにもかかわらず,面積が10,000m2以上のヨシ原でのみ確認された(図6.7)。以上のことから,ツバメが安心して集団ねぐらを形成できる環境としては,草丈が2m弱の,面積10,000m2以上の広いヨシ原が重要であると考えられる。現時点では,10,000m2以上の面積をもつヨシ原が,日本国内にどれくらい存在しているのか,正確な情報は整理されていない(須川1990)。

確認された集団ねぐらの継続年数は,10,000羽以上ものツバメが利用する大規模なものでは,10年以上継続しているものが多かった。これらの集団ねぐらが成立している環境は,広大なヨシ原などの湿原であり,過去から安定して存在してきたものと考えられる。一方,南関東で確認された小規模な集団ねぐらは,調査期間中でも利用する個体数が不安定であり,年々減少している場合もあった。

繁殖期の個体数変動については,石川県と富山県で,昭和48年(1973年)から現在に至る20年以上の調査が行なわれている(石川県健民運動推進本部1994)。この結果をみると,ツバメの繁殖期の生息密度は,昭和48年(1973年)以降,ー定の速度で個体数が減少し続けている。特に個体数の減少が著しいのは,山村部にある集落であり,これには,過疎化による人口の減少や水田面積などの減少が深く関っていることが明らかにされている(藤田・樋口1992)。

しかし,それ以外の地域で,人口が増加しているにもかかわらず,ツバメの個体数は減少している地域も多くあり,これらの地域の個体数減少の理由は明らかではない。これらの地域の個体数減少に,集団ねぐらが形成できるようなヨシ原の減少が関っている可能性もある。

 

5.保護のための対策と提言

確認された集団ねぐらのうち,約半数が,鳥獣保護区に指定された地域に成立していた(図6.8)。しかし,関東最大規模の集団ねぐらが確認された渡良瀬遊水地は乾燥化が進んでおり,ヨシ原の面積が大きく減少している(日本野鳥の会栃木県支部 未発表)。また,渡良瀬遊水地とならんで大規模なねぐらが形成されている静岡県浮島湿原では,大規模な開発計画がある上に道路建設などによるヨシ原の乾燥化が進んでいる。また,現地調査の結果,小規模なねぐらが確認された南関東では,ヨシ原が刈り取られたり,乾燥化してセイタカアワダチソウやブタクサなどの植生に変化してしまった場所も確認されており,ツバメの集団ねぐらについての保護の状況は,必ずしも充分とは言えないものと考えられる。

上記のような,ヨシ原の遷移,河川改修などによるヨシ原の消失によって,今後,多くの集団ねぐらが消失したり,その規模が小さくなったりする可能性が高い。河川改修などが盛んに行なわれている南関東の集団ねぐらが,他の地域にくらべて小さな,不安定なものしか確認されなかったのも,興味深い現象である。集団ねぐらを形成する期間において,ツバメは日中100km近くの距離を移動し,採食を行なっていることが知られている(須川 1990,藤田・樋口 1992),これたけの長距離を移動しているので,ごく狭い範囲の採食場所が破壊されても,その集団ねぐらを利用するツバメの個体数がすぐに減少することは考えにくい。しかし,非常に大規模な範囲で,ツバメの食物になるような小型の昆虫が生産されなくなるような開発が起きれば,ねぐら場所であるヨシ原が残されていても,ツバメの個体数が減少する可能性が高い。

集団ねぐらが形成される場所の約半数が,鳥獣保護区などの指定区域に含まれているが(図6.8),ツバメが安心して集団ねぐらを形成できる環境を維持するためには,ヨシ原自体を保全する必要がある。すなわち,ヨシなどに代表される湿原の植物群落を,長期間にわたって維持していく必要がある。そのためには,定期的に火入れなどを行なう湿原の環境管理などを実施し,かつ一定以上の面積を確保し,保全を行なっていく必要があるだろう。しかも,ツバメが全国で繁殖していることを考慮すれば,日本各地に,そのような地域を確保することが望ましいと考えられる。また,ツバメの採食場所になるような河川や湖周辺の湿原,水田などの農耕地,森林などをある程度は残すような配慮も必要だと思われる。

 

6.評価

ツバメの集団ねぐらは,特に目立つものではないので,アンケート調査の結果はこの集団ねぐらの分布を表していない可能性がある。しかし,現地調査によって得られた結果は,ツバメの集団ねぐらの分布をおおよそ把握していると思われる。

 

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