X.ヒメアマツバメの集団繁殖地および集団ねぐらの現状と動向

 

1.形態及び生態

ヒメアマツバメはアマツバメ目アマツバメ科に属す,体長は13cmぐらいとツバメよりもやや大きい鳥である。体は,全体的に黒色で,のどと腰が白い。アフリカ大陸を中心に南アジアから東南アジア,東アジア南部にかけて分布する南方系のアマツバメの仲間である。日本では周年生息する。

もともとは日本に分布していない種だったが,1967年に静岡市ではじめて繁殖が確認され,その後,高知などいくつかの場所で確認されるようになった(阿部1970a,b)。1980年以前には,東海地方以南にまばらに分布するだけだったが(環境庁 1980,1988),1980年代には,さらに分布域を拡大した(浜口1980,相洋高校生物部1982,浜口・端山1984)。

おもな生息地は市街地とその周辺で,空中で小型の昆虫を捕食する。繁殖期以外も夜は巣をねぐら場所として利用する。ねぐらとして利用する巣は,繁殖期に利用した巣と同じ巣であることが知られている。コシアカツバメやイワツバメ,ツバメの古巣を利用して営巣することが多いが,まれに新しく自分自身で巣をつくることもある(相洋高校生物部1982)。現時点では,繁殖中のイワツバメなどの巣を奪うのか,それともイワツバメが利用していない巣を使っているのかは不明である。

イワツバメなどの巣を利用する場合,イワツバメの集団繁殖地すべての巣を利用することはあまりなく,ごく一部の巣だけを利用することが多い。自分自身で巣をつくる場合は,複数の巣が1か所に作られることが多く,1つ1つの巣を区別することが難しい。また,ヒメアマツバメ自身がつくった巣の材質は,ほとんどが羽毛である。

 

2.調査方法

前述のアンケート調査により,全国的な分布を調べるとともに,関東地方南部の茨城県,千葉県,埼玉県,東京都,神奈川県,東海地方の静岡県,関西地方の京都府,奈良県,大阪府,兵庫県において,詳細な生息環境を明らかにするための現地調査を行なった。アンケート調査については,他の種と同時に情報を収集したので,I.カワウの節で説明したものと質問事項なども同じである。

現地調査では,以下のような方法で集団繁殖地や集団ねぐらに集まるヒメアマツバメの個体数と環境特性を調査した。環境の調査として,集団繁殖地や集団ねぐらを中心とした半径1kmの円内の環境,集団繁殖地などがつくられている場所の植生を記録した。集団ねぐらを中心に半径1kmの円内の環境を13種類の要素,すなわち,畑,乾燥した草地,水田,湿性草地,果樹園,森林,河川,湖沼,海,裸地,一般住宅地,高層団地,商店街に分類し,それぞれがどれくらいの割合を占めているのかを,地図と現地での観察をもとに記録した。

集団繁殖地やねぐらがつくられている場所そのものの特徴として,まず巣やねぐらのある場所の種類(団地,一般住宅,商店,デパート,倉庫,工場,学校,市場,高架道路,橋桁,歩道橋など),巣やねぐらのある建造物全体の高さ,巣やねぐらそのものの高さ,巣が付着している部分の材質,巣のつき方(台にのっている,かべなどについているだけ),建造物の断面の構造,集団繁殖地やねぐらがある場所の標高を記録した。

集団繁殖地やねぐらを利用しているツバメの個体数は,日没40分前から日没20分後までの1時間のあいだに出入りする個体を数えることで記録した。

 

3.分布と規模

今回のアンケート調査では40か所の集団繁殖地と5か所のねぐらが,現地調査では11か所の集団繁殖地と11か所のねぐらが合計14の都道府県から報告された。その結果おもに太平洋岸の都府県に,集団繁殖地と集団ねぐらが分布していることが明らかになった(図5.1)。集団繁殖地の分布域は5万分の1地形図で26メッシュとなり,第2回自然環境保全基礎調査(環境庁 1980)の9メッシュに比べて増加している。これは,調査方法が異なるので確認数が増加したことが大きいと考えられる。

日本に生息するヒメアマツバメは,集団繁殖地として利用している場所を,そのまま冬期の集団ねぐらにも利用しているようであった。したがって,ここでは,集団繁殖地と集団ねぐらを区別することなく,一緒にとりあつかうことにする。集団繁殖地,集団ねぐらの規模を比較すると,冬の集団ねぐらの方で,大規模なものが多かった(図5.2図5.3)。なぜ夏になると大規模なものが少なくなるのか,現時点では資料不足のため,その理由は不明である。

現地調査を行なった地域についてみると,海岸沿いだけでなく内陸部でも集団繁殖地が確認されている。この分布は,コシアカツバメおよびイワツバメの分布とほぼ一致している(仲間 1983,日本野鳥の会神奈川支部 1993)。つまり,おもにコシアカツバメとイワツバメの巣を利用して営巣するヒメアマツバメの分布は,これら2種のツバメ類の分布に影響されている可能性が高い。

今回の現地調査によって,集団繁殖地内で確認された個体数は,最小が2個体,最大が411個体であった。この個体数には,巣で育っているひな数は含まれていない。確認された集団繁殖地のうち,全体の6割は,50個体以下の小規模な繁殖地であった(図5.2)。大規模な集団繁殖地は,静岡県に集中していた。集団ねぐらで確認された個体数は,最小が7個体,最大が881個体であった。利用個体数が100羽より多い大規模なねぐらが全体の40%近くあり,集団繁殖地にくらべ大規模なものが多い傾向にあったが,この大規模なものはすべて静岡県下で確認されたねぐらであった。

現地調査を行った集団繁殖地などのうち,継続年数が明らかなものは5か所あり,そのうち4か所では10年以上の長期間にわたって継続しているものであった。また,これらの継続年数の長い集団繁殖地などの中には個体数500羽以上の大規模なものも含まれており,おもに静岡県に集中していた。これらは,非常に安定した集団繁殖地や集団ねぐらになっている可能性が高い。これらの大規模で安定した集団繁殖地が形成されている建物,周囲の環境などについては,共通した特徴は読みとれなかった。神奈川県や東京都北部にある集団繁殖地なども,10年以上継続している比較的継続年数の長いものがあったが,東京都中部や神奈川県には,継続年数のわからない小規模なものがいくつか確認された。これらの継続年数の不明な小規模な集団繁殖地などは,比較的最近になって形成された可能性が高い。つまり,少なくとも,東京都や神奈川県下では,ヒメアマツバメは,わずかながら分布域を広げている可能性がある。メの分布域が拡大したことが明らかにされている(浜口・端山 1984)。また,東京都でも,この数十年間で,イワツバメが急速に分布を広げたことが明らかにされている(川内 1990)。1970年代,日本に入ってきたヒメアマツバメが,神奈川や東京などに生息できたのは,このようなヒメアマツバメが利用できる巣を造る種が広く分布していたことも関係しているだろう。

今回の調査でも,関東以外の地方でイワツバメの分布が拡大していることが報告されており,これらの地域でも,ヒメアマツバメの分布域が拡大する可能性が考えられるが,今回の調査では,まだそのような傾向は読みとれなかった。

 

4.環境選択

今回確認できた集団繁殖地および集団ねぐらは,すべて人工建築物に形成されたものであった。この営巣している部分は,ほとんどがコンクリートでできている部分であった(図5.4)。また,巣やねぐら場所の高さは,地上からおよそ10m以下のところが多かったが,20m以上の高さに巣やねぐらがあるものも少なくなかった(図5.5)。また,これらの巣やねぐらが確認できた場所は,雨のあたらない,風通しの比較的良いビルディングの軒下や駐車場,高架道路の下であった。

このような構造物をヒメアマツバメが選好するのは,本種がイワツバメのつくった巣を利用して営巣することが,もっとも重要な原因であると考えられる。つまり,イワツバメなどが,このような構造物を選好するため,その巣を利用するヒメアマツバメも,結果的にその構造物を選好しているのではないかと考えられる。

イワツバメが,雨の避けられる,風通しの比較的良いような建築物を選好する理由は,現時点では不明である。ただし,イワツバメの巣は土でできており,雨にあたった場合,簡単にこわれてしまう可能性があるので,雨があたらない場所を利用することは,繁殖を成功させるためにも重要なことだと考えられる。また,イワツバメやツバメでは,ダニなどの外部寄生虫がヒナの成長をさまだけることも知られており(Turner & Rose 1989),外部寄生虫が増加しにくい場所として,風通しの良い場所を選好している可能性がある。このような条件は,ヒメアマツバメにとっても都合がよいものだと思われる。

集団繁殖地やねぐらの周辺の環境の特性については,特別な傾向が読みとれなかった。ヒメアマツバメは,他のツバメ類よりも非常に高い上空で採食していることが知られており(浜口 1980),少なくとも,集団繁殖地のまわり1km以内の地上環境は,本種の採食場所などにあまり影響していないことが,その理由ではないかと考えられる。

 

5.保護のための対策と提言

本種は,人工建築物を営巣場所やねぐらの場所として選好する関係上,その集団繁殖地などが,法的に保護されていることはほとんどない(図5.6)。現時点では,大規模な集団繁殖地などは,長期間にわたって維持されており,巣などのある建築物の建て替えや壁の塗り変えなどの撹乱をさけてこられたものと思われる。

人工建築物は,表面の再塗装や構造改変などを定期的に行なうのが通常であり,その際には,同種の巣が取りのぞかれることが懸念される。一度巣が取りのぞかれた場合,おもに他のツバメ類の巣を利用するヒメアマツバメが,同じ場所に自分自身で場合,おもに他のツバメ類の巣を利用するヒメアマツバメが,同じ場所に自分自身で造巣することはごくまれにしか起こらない。したがって,もし,大規模な集団繁殖地などで,建築物の改修工事などが行なわれた場合,ヒメアマツバメの個体数が大きく減少する可能性が高い。

ヒメアマツバメの安定した集団繁殖地および集団ねぐら場所を確保するためには,現時点で集団繁殖地などが形成されている建築物の所有者に働きかけ,できるだけ営巣に影響のない形で,補修工事などを行なうようにしていくことが重要であろう。

現時点では,私有物である建築物などを法的に保護することは,困難である。しかし,建築物に営巣した鳥類の保護を考慮しながら建築補修工事をすすめ,管理するためのガイドラインやマニュアルを作り指導したり協力を要請することは可能だと思われる。本種だけでなく,チョウゲンボウ,イワツバメなど人工建築物を営巣場所として選好している鳥類の安定した生息環境を維持するためには,ぜひとも,このような側面からの取り組みについて検討する必要があるものと考えられる。

具体的には,ヒメアマツバメの繁殖期である春から秋にかけての改築補修工事を避けたり,巣の付着している壁面の再塗装を避けるなどの配慮が重要で,このようなことに対する理解をより多くの人に広める取り組みも重要である。

 

6.評価

ヒメアマツバメの繁殖地は比較的目につきやすいが,やはり発見には注意が必要であり,アンケート調査の結果は同種の分布を表していない可能性がある。南関東および静岡県,兵庫県で行なった現地調査については,ヒメアマツバメの集団繁殖地の大部分はおさえられていると思われるが,それ以外の地域の情報は,充分ではないと判断される。

 

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