W.チョウゲンボウの集団繁殖地の現状と動向

 

1.形態及び生態

チョウゲンボウはタカ目ハヤブサ科に属す,雄は頭部が灰色で,背中が茶褐色,体長33cm,体重190gであり,雌は全身茶褐色で大きさは体長38cm,体重300gの鳥である(榎本1941,清棲1965)。おもに小型哺乳類,鳥類などを捕食する,ユーラシア大陸の亜寒帯から亜熱帯,アフリカ大陸の北岸および南部で広く繁殖しており,日本では,本州中部から北部にかけての河川ぞいの崖地の穴や人工構造物にできた穴で繁殖している(環境庁1980,池田ほか1991)。繁殖は3月頃に開始し,4月に5〜7個の卵を産む(鷲沢1975)。

チョウゲンボウは,常に集団繁殖地をつくるわけではない。もっとも大きい場合には20つがい以上が集まって集団で繁殖することもあるが,単独で繁殖する場合も多い。今のところ,チョウゲンボウがなぜ集団で繁殖したり単独で繁殖したりするのか,その理由は明らかではない。

 

2.調査方法

前述のアンケート調査により,全国的な分布を調べるとともに,関東地方南部において,詳細な生息環境を明らかにするための現地調査を行なった。アンケート調査については,他の種と同時に情報を収集したので,T.カワウの節で説明したものと質問事項なども同じである。

現地調査では,以下のような形でチョウゲンボウの繁殖個体数と環境特性を調査した。チョウゲンボウはおもに草原,畑などの開けた場所を採食場所としているため,開けた環境の多い河川ぞいで繁殖していることが知られている(池田ほか1991)。また,多摩川,利根川などの南関東の河川では以前からチョウゲンボウの調査が行なわれており(池田ほか1991),営巣場所の分布情報を得ることができているため,現地調査は,南関東の河川ぞいのみで行なった。営巣可能な河川沿いの建築物すべてを調査するのは不可能なので,河川にそって移動し,橋について繁殖しているかどうかを調査した。営巣が確認された場合には橋の高さ,巣のある位置の高さ,巣穴の大きさなどを記録した。チョウゲンボウは集団で繁殖するだけでなく,単独で繁殖していることも多く,得られた結果のほとんどは単独のものだったので,本報は,単独で繁殖していたものも解析の対象としている。

それぞれの橋にチョウゲンボウが営巣しているかどうか,営巣しているとすれば何つがいが営巣しているのかを,それぞれの橋で最低2時間,観察を行ない,そこを出入りしているチョウゲンボウの有無,出入りしている場所などを明らかにすることで確認した。これは,チョウゲンボウが,繁殖期間中,最低2時間に1度以上は巣に出入りすることが確認されているからである(本村健 未発表)。

環境の調査として,巣を中心とした半径2kmの円内の環境,巣がつくられている橋などの特徴を記録した。巣を中心に半径2kmの円内の環境を,森林,果樹園,住宅地,水田,畑,草地,裸地,開水面の8つに分類し,それぞれがどれくらいの割合を占めているのかを,地図と現地での観察をもとに記録した。巣が橋以外に発見された場合にはその建築物の特徴として,建築物の種類(団地,倉庫,煙突,高架道路の下部など),巣のある建物自体の高さ,巣の高さ,建物の形状などを記録した。さらに,建築物の巣が作られている部分については,巣穴として使われている穴の大きさ,その材質(金属,コンクリートなど),巣穴の形状などを記録した。

 

3.分布と規模

アンケート調査によって報告された繁殖地は8か所,現地調査では24か所の繁殖地が確認された。これらの繁殖地は,本州中部から北部にかけての12都道府県,5万分のl地形図で18メッシュから報告があった。とくに関東近県では記録が多かったが,これは現地調査の結果確認された繁殖地が多かったことによる。(図4.1)。第2回自然環境保全基礎調査では5メッシュであり,今回の調査の方が増加した。

1980年以前は本州中部から北部にかけての崖地で10〜20つがい程度の集団で繁殖していた(信州鳥類生態研究グループ1983)。しかし,近年では都市近郊の河川ぞいの橋桁や高架道路,ビルなどの人工物での2〜5羽程度の小規模な集団繁殖地や単独での営巣記録が多い(池田ほか1991)。人工物への営巣例が増加していることから分布も広がっていると考えられるが,今回の調査では情報が少なく全体的な傾向を示すことはできなかった。

 

4.環境選択

チョウゲンボウの集団繁殖地は,河川ぞいの橋や高架道路などにつくられることが多い(池田ほか1991)。チョウゲンボウは荒れ地や丈の低い草原のような開けた場所で小型鳥類や哺乳類などをつかまえる(石沢・千羽1967,池田ほか1991)。河川ぞいは,そのような開けた場所が比較的多いので,集団繁殖地がつくられると考えられる。

今回の現地調査では,関東地方の河川ぞいでチョウゲンボウの繁殖地とその環境の調査を行なった。その結果,橋や高架道路にある穴や棚状の部分を利用して巣をつくっていることが明らかにされた。今まで記録されている巣も,崖などにできた穴や高層ビルの棚状になった部分であるので,チョウゲンボウの営巣にはこのような穴や棚が必要である。穴の大きさは,10〜20cmのものが60%をしめ,もっとも多かったが,1mといったかなり大きな巣穴も利用されていた(図4.2)。巣穴の向きは,横をむいているものと下をむいているものとがあったが,横むきのものが90%をしめていた(図4.3図4.4)。

地上から巣穴までの高さは最低が鶴見川第3京浜橋の6m,最高が利根川関越道橋の32mだった。とくに6〜15mの高さにつくられた巣が多く,全体の73%をしめていた(図4.5)。このことからチョウゲンボウの営巣には6m以上の高さに横むきにあいた10〜20cm程の穴や棚があることが重要である可能性が高い。

巣周辺の環境特性を明らかにするため,巣の周囲2kmの環境について調査を行なった。この2kmという距離は,チョウゲンボウの行動圏全域を含んでいる。チョウゲンボウは開けた環境で採食する(Village 1990)。採食地と考えられる草地,裸地,畑地,田地の占める面積は,繁殖している橋の周辺でも,繁殖していない橋の周辺でも統計的に有意な差はみられなかった(Mann-Whiteny U=226, z=0.387, P>0.1, 両側検定,図4.6)。このことは,現在の河川周辺の環境では,採食地の面積がチョウゲンボウの繁殖の主たる制限要因とは考えにくいことを示唆している。

河川周辺でチョウゲンボウの繁殖を制限している主な要因は採食地の面積ではなく営巣可能な巣穴の数である可能性が考えられた。つまり,10〜20cm程度の横むきの穴や棚など好適だと思われる営巣場所のある橋や高架道路では75%もの高い率でチョウゲンボウの営巣が記録されたのに対し,下向きの穴や,20cm以上の横むきの穴など好適でないと思われる穴をもつものではわずか25%,穴をもたないものではまったく繁殖は記録されなかった(図4.7)。そして,少なくとも鉄骨などで穴のある構造を持つ橋は非常に少なく,調査を行なった182の橋のうち25にすぎなかったので(14%,図4.8),営巣場所が不足していると考えられる。この調査では,調査地域内に,繁殖に参加していない未繁殖個体がいるかどうかは明らかにできていない。実際に,営巣場所が不足しているのかどうかを明らかにするためには,これらの未繁殖個体の調査も行なう必要があるだろう。

 

5.保護のための対策と提言

チョウゲンボウは山間部で繁殖する猛禽類であったが,1966年に神奈川県川崎市で繁殖が確認されたのち,都市近郊での繁殖があいついで記録されている(池田ほか1991)。したがって,少なくとも都市近郊ではチョウゲンボウの個体数は増加していると思われる。しかし,従来から繁殖している山地での生息状況は明らかでなく,全国的に個体数が増えているのかどうかは明らかでない。

チョウゲンボウは開けた草丈の低い場所で,ネズミなどの小型哺乳類や小型鳥類などを捕食するので,生息するためには開けた場所が必要である。そのような場所は河川沿いならば十分にあるが,チョウゲンボウの繁殖が確認された場所はすべて鳥獣保護区などの保護区には指定されていなかった(図4.9)。したがって,現在の採食場所が,開発をうけて減少する可能性がある。現在の河川周辺は,河川敷が利用されている場合でもグランドなどチョウゲンボウにとって良好な採食環境を保っており,少なくとも調査を行なった地域では,採食環境はチョウゲンボウの繁殖を制限していない。しかし,現在のところは緊急性は低いものの,採食地が開発され,採食に適した場所がなくなってしまえば,チョウゲンボウの数が減少してしまう可能性がある。治水対策を考慮に入れた上で,河川周辺の開けた環境を保全する必要がある。

営巣に適する穴のある橋のほとんどでチョウゲンボウの繁殖が確認され,採食環境が好適であっても好適な営巣場所のない橋では営巣が確認されなかった。このことは,チョウゲンボウの繁殖分布が,営巣場所に強く影響されていることを示唆している。河川周辺であれば,採食場所は十分繁殖可能なだけあると思われるので,営巣可能な場所が増加すればチョウゲンボウの繁殖個体数も増加することが期待される。チョウゲンボウは人工物にも営巣するので,巣箱を架設することにより営巣場所を増やすことは容易だと思われる。10〜20cmの穴をあけた50cm四方の箱を橋などの高さ10m以上の位置に架設すれば,営巣場所を提供することができるだろう。また,新しい橋を架設する際に,穴のある構造の橋を架設することができれば,チョウゲンボウの営巣場所を増すことができると思われる。

草原などの開けた環境がなくならないようにし,巣箱などを架設することにより,チョウゲンボウの個体数を増加,あるいは維持することが可能だろう。

 

6.評価

チョウゲンボウの繁殖地は比較的目につきにくいので,アンケート調査の結果はチョウゲンボウの分布を表していない可能性がある。南関東で行なった現地調査については,チョウゲンボウの繁殖地の大部分はおさえられていると思われる。

 

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